希儀抄、アヤカシ砦攻略
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/28 19:38



■オープニング本文

●朱藩、開拓者ギルド
「ギルド長。希儀の開拓者ギルドから、先に大草原であったアヤカシ襲撃に関する調査の報告が上がってきました」
 声をかけた職員に、朱藩開拓者ギルド長の仙石守弘(せんごく・もりひろ)は「読んでくれ」と先を促した。
 希儀には明向(みょうこう)と羽流阿出州(ぱるであす)に精霊門があり、開拓者ギルドもまた両都市に存在する。しかし未だ仮設に近い状態であり、ギルド長は仙石守弘が兼任している。
 その為、三つのギルドを抱える事となった仙石の仕事は多忙を極め、それを心得た職員は報告書の要約を口頭で伝え始めた。

 大草原で行われた先の討伐で、一匹だけ逃げた羊頭鬼。
 その行き先は希儀の中でも「瘴気が濃い場所」といわれる『アヤカシの谷』に近い山地だった。
 飛空船を用いて上空より調査を行ったところ、山地には谷に沿って石壁を積んだ塁壁(るいへき)を持つ砦が見つかったという。
 砦には空を飛ぶキマイラがいた為、低空で詳細に調べる事は叶わなかったが、砦にはかなり多くのアヤカシが集まっているらしい。

「谷の両側は急な崖になっていて、奥は完全に行き止まりだそうです」
「いわば天然の城砦、という訳だな」
「遮蔽物も少なく、木々や岩陰に潜んで砦に忍び込むのは難しいでしょう」
 ふぅむと唸り、仙石は無精ヒゲの生えた顎に手をやった。
 ちょうど泰国での合戦もあり、数日ばかり家に戻っていないのだ。
「それから、現地で残された文献を調べる学者によれば、あの付近にも遺跡があったそうです。というか、遺跡があったので希儀の人達が石壁を作り、砦にしたみたいですね。ですがアヤカシに攻め落とされて、以来ずっとアヤカシが根城にしているのだろうと」
 要約を読み上げた係員が、首を少し傾けてギルド長の指示を待つ。
 出来れば多数の開拓者の力を借り、一気に叩きたいところだが、今の情勢からして、難しい。
 かといって、捨て置くのも言語道断だ。遠からず、大草原を開墾する入植者が危険に晒される事となるだろう。
 また遺跡についても、出来れば調査を行いたいところだった――もしそこに未発掘の宝珠が希儀の武具が眠っているなら、尚のこと。
「……困難な話ではあるが、アヤカシの跋扈(ばっこ)を見過ごす訳にもいくまい。僅かでも援護が出来るよう、何とか宝珠砲で武装させた中型飛空船を回そう」
 かくして仙石ギルド長は希儀のアヤカシ砦を攻略するため、指示を出す。

 間もなく、希儀開拓者ギルドより出された依頼書が、各地の開拓者ギルドに掲示された。
『 大草原から南西、山間にあるアヤカシ砦を攻略するための開拓者を求む。
  谷に位置した砦への出入り口は、砦正面の塁壁にある大門のみ。
  周囲は切り立った崖になっており、内部への侵入は容易ではないだろう。
  攻略にあたり、必要なら壁を破壊するのも構わない。
  砦に陣取ったアヤカシ全てを討伐する事は難しいだろうが、群れを率いているアヤカシを討ち取り、砦を落とす事でその脅威を大幅に減らす効果はあると考えられる。
  ギルドからは宝珠砲二門を備えた中型飛空船を移動のために用意。
  必要があれば、宝珠砲にて攻城の支援を行うものとする―― 』

●希儀、開拓者ギルド
「どうしても、行くの?」
 今日も今日とて、入植者に賑わう明向の街。
 その一角にある開拓者ギルド前で、心配そうな修羅の少女がじっと『保護者』を見上げていた。
「乙矢、開拓者じゃないのに」
「ですから、同行の許可を頼むのです。私でも砲撃の測量士くらいなら、出来るでしょうから……」
 厳しい表情でギルドの扉を見ていた弓削乙矢(ゆげ・おとや)だが、案じる傍らの視線にふと気付く。
「危ないですし、小春は宿で待っていて下さい」
「……うん」
 申し訳なさそうな笑みに、小さく一矢小春(いちや・こはる)は頷いた。
 死んだ両親の技を継ぐため、弓矢師の職人として乙矢は腕を磨く一方、希儀の弓にも興味を持っていた。
 アヤカシというのは、生じた土地の武具を主に使うという。
 ジルベリアのアヤカシの多くが天儀の刀を振るわぬように、長く希儀にいる鬼なら使う武具にも希儀独自の物があるかもしれない。
 弓削家独自の技を取り戻すのはもちろんだが、失われた希儀弓や矢作りの技術を復元させたい。
 希儀の大アヤカシを一矢で滅したような、そんな弓や矢を作る事が出来れば……と。
 職人としての渇望に、乙矢から弓を教わっていた小春は残される不安を覚えながら、我が侭は言わず。
「気をつけてね」
 気遣う言葉に首肯を返し、乙矢はギルドの扉を開けた。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
サーシャ(ia9980
16歳・女・騎
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918
15歳・男・騎
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
リズレット(ic0804
16歳・女・砲


■リプレイ本文

●進む心
「……逃げたアヤカシの、根城……ですか」
 飛空船の甲板でリズレット(ic0804)は希儀の風を再び受けながら、手を小さく握る。
 記憶を辿り、揺れる銀の瞳に、ひょいと脇から見知った顔が覗き込んだ。
「大丈夫?」
「あ、天河様……大丈夫です。……少し前の依頼の事を、考えていて」
「そういえば大草原でのアヤカシ討伐依頼、リズは参加していたんだよね。到着まで少し時間もあるし、参考に聞いてもいいかな?」
「……はい。リズの話でよければ……」
 彼女が加わる小隊の隊長、天河 ふしぎ(ia1037)へ依頼の話を手短にする。
「それにしても。アヤカシ討伐に同行だなんて、物好きな人がいると思ったら……ね」
 含むように胡蝶(ia1199)が視線を寄越し、弓削乙矢は苦笑を返した。
「小春を置いてきた事は、咎めないので?」
「まず、町にいる方が安全ではあるわね。それに乙矢が留守番を任せられると思ったのなら、口を挟む事もないでしょう」
「戻ったら、顔でも見せてやったらどうだ」
 毎度の如く鬼灯 仄(ia1257)がからかいの言葉を投げ、受ける胡蝶はつぃと顎を上げる。
「サボりたがる人がちゃんと働いてくれれば、早々に片付くかもしれないわね。そういえば乙矢、早手はどうしているの?」
 訊ねる胡蝶に顔を伏せた乙矢が首を横へ振り、翼をたたむ空龍 ポチの首を撫でた。
「ポチ殿とも、久し振りとなりますか。立派に成長されて」
「そうね……よかったわね、仄。『仕事』が出来たわよ」
「へいへい。ま、働くのはシロだが」
 ちらと仄は自身の鋼龍 シロへ目をやり、大欠伸を一つ。
「あの?」
「急襲組の支援を頼みたいの。少しでも確実に、依頼を成功させたいから」
 真摯な友人に乙矢もじっと思案した末、こくりと首肯した。
「微力ですが。しかし、こだわるのですね」
「ちょっと、片付けておかないと気が済まない依頼なのよ」
「なんだ。アヤカシに逃げられでもしたのか」
 冷やかす仄をきろりと鋭く胡蝶が睨み、長い付き合いのサムライは「おぉ、怖い」と冗談めかし。
「でもまぁ、そんなところよ」
 目にした惨状を思い返し、少し悔しげに彼女は開拓村を襲ったアヤカシについて口を開いた。

「その時……逃げられてしまったアヤカシに、根城があったようです……それが見つかったのは不幸中の幸い、とでも言いましょうか……。アヤカシの力は強大ですが……ここで討ち払えなければ、また人々が襲われて………」
「そっか、逃げたアヤカシが……じゃあ、今度こそ一緒に、そいつらをやっつけよう」
 相槌を打ちながらリズレットの話を聞いていたふしぎは、にこっと心強い笑みを返した。
「もう二度と、開拓村を襲わせない為にも」
 憂いて沈んでいた瞳が決意の色を帯び、彼女は「……はい」と銀髪を揺らす。
「……見逃せるものではありません、絶対に」
「開拓村を守るのもだけど、希儀の人が残した遺跡も取り返すぜぃ!」
「は……えっ?」
 横から勢いよく拳を掲げたルオウ(ia2445)にリズレットが驚き、何度も目を瞬かせ。
「あ、ちょうど聞こえてたんで、つい……俺はサムライのルオウ! よろしくなー」
 気付いたルオウもニッと人懐こく笑い、改めて名乗った。
「あたいもよろしく! みんなやっつけるよ!」
 負けじとルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)も小さな手をぶんぶんと振り、微笑ましい仕草に「あらあら♪」とサーシャ(ia9980)が既に細い目を更に細め、頬まで染める。
「なんて、可愛い……」
「おぅ。頼りにしてるからな!」
「うん!」
 何やら身を捩るサーシャに気付かず、ルオウとルゥミは一緒に気合を入れた。
「サーシャさん、よろしくなのです!」
 共にアーマーを駆るネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)が一礼すれば、春を思わせる桃の色の髪から狐耳がぴょこりと動く。
「えぇ。大詰め前の一仕事、油断せずに参りましょう。アリストクラートと頑張りますよぉ!」
 心置きなく、泰国の戦いに赴けるよう。
 サーシャも笑顔で、傍らに置いたアーマーケースを軽く叩いた。
「頼りにしてるぜ。そっちの動き次第で、こっちも状況が変わってくるしな」
「もちろんっ。希儀を切り開いている人達の為にも、正義の空賊としては、この脅威を見過ごすわけには行かないんだからなっ!」
 ルオウに答えるふしぎの笑みに心付けられ、リズレットの表情もほころぶ。
「じき、例の砦が見えてきます。準備をお願いします!」
 程なくして甲板に上がった船員が伝言を伝え、宝珠砲の準備を始めた。
 船尾側でも開け放たれた格納庫から固定されたグライダーが引き出され、手綱と鞍をつけた龍も一歩を踏み出した。
 応じるように踵を返した胡蝶は金髪をなびかせ、主人を待つ空龍に歩み寄る。
「アヤカシ砦の立地、陣容から考えると、正面突破は困難と判断されるわ……だから、このまま中型飛空船で正面から接近、宝珠砲により塁壁を攻撃する」
 表情を引き締めたふしぎも被った風のキャスケットの位置を整え、自分のグライダーへと向かった。
「飛空船と一緒に、出撃した僕もグライダーで門番役のキマイラを釣り出すから」
「空からの砲撃を受けた箇所へ私達がアーマーで進撃し、更に敵戦力の釣り出しを行います」
 重いアーマーケースをサーシャが持ち上げ、移動の障害にならぬようネプも大事そうに革帯でケースを背負う。
「はぅ。囮として、サーシャさんと共に駆鎧で正面から攻撃なのです!」
「ルゥミは上からサポートするね!」
「砲撃の間、飛空船はリゼが護衛しますので……」
 最後まで言葉にしなくても、力を帯びた少女らの瞳にルオウも首肯を返す。
「そっちは任せたからな!」
 身を切るような風の中、各自が己の役目を確かめ。
 サーシャを胡蝶が空龍 ポチの背に、ネプはルオウの轟龍 ロートケーニッヒへ相乗りし、最初に船を後にする。
「じゃあ、行くかねぇ。こいつは気性が荒い方じゃねぇが、振り落とされねぇようにな」
 鋼龍 シロの手綱を取った仄が、乙矢に振り返った。
「よろしくお願い致します」
 人を降ろす分だけタイミングを遅らせた鋼龍 シロも、翼を広げる。
 身体を固定するベルトを締め、次々に飛び立つ龍を見送ったふしぎはリズに手を振ってから、ゴーグルを下ろし。
「天河ふしぎ、星海竜騎兵出る!」
 風をまき、矢の如く滑空艇改 星海竜騎兵が飛んだ。
 それを追うように続くのは、純白の機体。
「まず狩るはキマイラ、行くよ!」
 滑空艇 白き死神を操るルゥミは機首を上げ、天の高みを独り目指す。
「スヴェイル……」
 名を呼ぶ主人に駿龍 スヴェイルが喉の奥を鳴らし、静かに最後に甲板から離れた。
 過ぎる翼の影の下、宝珠砲に練力を貯めていた砲手達は僅かに手を止め、託すように開拓者を見送る。
 進路の先には、山間の谷と石積みの古い塁壁。
 そして現在の砦の主たるアヤカシ達も接近に気付き、迎え撃つ準備を始めていた。
 両開きの門が僅かに開き、スケルトンやオークといったアヤカシ達がわらわらと陣を敷き、塁壁の上にのそりと登った単眼鬼が姿を現わす。
 加えてキマイラが竜の翼を広げ、大空へ吠えた。

●砦攻め〜正対
「頼んだぞ、開拓者……宝珠砲、発射!」
「てぇッ!!」
 船長の指示を副長が伝え、二門の宝珠砲が同時に火を吹き。
 放物線を描いて飛ぶ砲弾が着弾した瞬間、轟音と共に猛烈な土煙があがった。
「当たった……?」
 風に流れる土煙にリズレットが目を凝らせば、一発が門前の陣に穴を開け、もう一発は門の脇の壁に激突している。
 壁や門の破壊には到らなかったが、思わぬ攻撃にキマイラ二匹が門を離れ、真っ直ぐ『脅威』へ向かってきた。
「向こうは二匹……でもこちらも、リズとスヴェイルが相手です……!」
 無防備な甲板の砲手らを守るため、手に馴染んだ漆黒の愛銃――マスケット「魔弾」を構えるリズレットに駿龍が吼える。

(一匹残るだけの頭はあるのか、それとも羊頭の指示?)
 まだ完全に消えていない土煙に紛れ、騒然となるアヤカシの陣を飛び越えて、ふしぎはグライダーを塁壁に急接近させる。
 身を伏せるようにし、伸ばした手に長い宝珠銃を構え。
「いっけぇ!」
 白い銃身を彩る黒いラインに、七色の光が脈打つように流れた。
 両者がすれ違う一瞬、銃声と炎が交錯する。
 火炎の熱と痛みに眉根を寄せながらも、キマイラの肩口を抉る弾丸を確かめた直後。
「ふしぎちゃん、左旋回ッ!」
 頭上から警句が飛び、反射的に身体が動く。
 咄嗟に重心を移動させ、大きく傾いた翼をかすめたのは、人の頭ほどある岩だ。
 壁上から単眼鬼が投げた岩は、そのまま壁の外へ落ちていった。
「ありがと、ルゥミ!」
 大声で呼びかければ、白いグライダーは翼を左右に振る。
 機体を立て直しながら砦の上で大きく反転したふしぎはキマイラを空へ引っ張り出すため、再度の攻撃を仕掛けた。
 そのまま入れ違ったルゥミは金の蒔絵が彩る銀の銃身を持つ狭間筒「光明」を構え、未だ残るキマイラへ狙いを定め。
 三つ首を巡らせてふしぎのグライダーを追うアヤカシの死角、後方より引き金を引く。
 威嚇するように口を開ける蛇の尾を吹き飛ばし、キマイラが苦痛に吠え。
 飛び回るグライダーに苛立ったのか、一気に空へ駆け上がった。
「よしっ、かかった」
「手間取らせるよね。ふしぎちゃん、先導よろしく!」
「うん、僕に任せて!」
 キマイラの注意を引くべく、かすめるように飛んだふしぎは動向確認を後方のルゥミに任せ、飛空船を守るリズレットの元へ取って返す。
 入れ違いで、宝珠砲による第二射が放たれた。

 手の届かぬ距離からの砲撃に砦前で布陣したアヤカシどもは空を仰ぎ、得物を天に向け、ギャアギャアとやかましく吠え立てる。
 だがアヤカシの陣の一角で、吠える声は断末魔に塗り替えられた。
 海のように深く青い刀の一閃で、狂骨の剣が折れ、骨の腕は斬り飛び。
 巨石より荒く削り出された巨大な斧が唸れば、振りかざす豚鬼の槍が叩き折られる。
 自分らより身の丈のある相手にアヤカシは背後から切りつけるも、粗末な得物は鉄の装甲に僅かな傷をつけるのみ。
 ならばと豚鬼どもは槌や棍棒を振り回し、数と力を頼りに打ちかかる。
 幾つもの重い激突音が、空気を揺るがした。
 避けるまでもなく受け止めるのは、菱形の盾。
 すかさず脇より、鍛え上げられた石の刃が足の止まったアヤカシを薙ぎ払った。
 上空に気を取られていたアヤカシが浮き足立ち、虚を突いた鉄の巨人は敵陣の中で悠然と立つ。
「さぁ、こちらは遠路はるばる来たのですから、早々に背中を向けず存分にもてなして下さいね!」
 鱗のように黒曜石を重ねた黒鱗の鎧をまとうアーマー「人狼」改、アリストクラートがシールド「グラン」を携え、豪剣「リベンジゴッド」をひと振りし。
「はぅ。立派に暴れるのです!」
 背を合わせるアーマー「遠雷」改、ロギは瘴気が吸い込まれた地に一歩を踏み出し、相棒斧「ウコンバサラ」を構え直した。
 ジルベリアの工房ギルドが技術の粋を集めたアーマー二体の出現に、単眼鬼どもが負けじと大音声で吠えて威嚇する。
 下級のアヤカシを突き飛ばし、斬馬刀や金砕棒を振り回しながら、一つ目の鬼は猛然と挑みかかってきた。
「上手くこっちへ向かってきましたね、ネプさん」
「討ち取れば僥倖、ですが本分は囮として注意を引く事。無理はしないよう……なのです」
「はい。小物に動きを封殺されないよう気をつけながら、アヤカシの戦力を削って参りましょう」
 ネプとサーシャは互いの位置を確かめ、アーマーよりも巨体の鬼に備える。
 見据える刃と力任せに振り下ろされる得物がぶつかり合い、また戦場の空気を震わせた。

●砦攻め〜奇策
「どうやら、正面の連中は派手にやってくれているようだな」
 鋼龍の背で仄は額に手をかざし、土埃の上がる砦の門の様子を窺った。
 門から彼らがいる場所まで幾らか離れているが、砲撃の振動や剣戟や叫びといった戦いの喧騒は絶え間なく。
「流石の手際ですね……」
 彼の後ろでは元開拓者の乙矢派が感嘆しながら弓に矢を番え、応戦に備える。
「キマイラも、全て門を離れたようね。頃合いかしら」
 砦攻めが始まる直前、サーシャを門近くで降ろした胡蝶は、同じくネプを送ったルオウへちらと視線を投げた。
「よし! ロート、いくぜぃいいい!!」
 咆哮をあげる代わりに、轟龍は大きく翼を広げ。
 砦の裏手となる山側より、三体の龍は次々と飛び立った。

 砦の指揮官たる羊頭鬼三匹と遺跡の場所を視認したルオウは身振りで合図をし、胡蝶と仄が後に続く。
 人が滅びた希儀では過去に攻められる経験もなかったのか、塁壁で食い止められると考えているのか、残る羊頭鬼が動く気配はない。
 見下ろす砦内では単眼鬼の大半が加勢のために門へ向かい、従う豚鬼や狂骨らも騒々しくひしめいていた。
 戦いと血に餓えたアヤカシが、頭上を音もなく滑る翼に気付く筈もなく。
 迫る巨大な影に気付いた、その直後。
「ギャアァァッ!」
 舞い降りる龍の巨躯が、悲鳴ごと骨のアヤカシを踏み砕いた。
「援護は頼んだぜ。ま、龍の上に乗ってりゃ少しは安全だろ!」
 足の下で塵と化す狂骨を仄は気にも留めず、混乱するアヤカシへ矢を射る乙矢を残し、鋼龍の背より飛び降りる。
「そこだあっ、ロート!」
 更に露払いするかの如く、轟龍が激しく燃え盛る火球を吐いた。
 爆炎咆の炎に焼かれた豚鬼達は、叫びながら転げ回り。
 思わぬ急襲に、鎌を掲げた羊頭鬼が配下のアヤカシに怒声を飛ばす。
 それを縫うように、素早く空龍は三匹の羊頭鬼の背後へ回り込み。
「先に、逃げ道は塞がせてもらうわよ!」
 胡蝶が投じた淡い紫の光を帯びた符は即座に白い壁と成り、遺跡の入り口の前にそびえ立った。
「ゴロ、セッ。ゴォロセェ!」
 開拓者と龍へ剣先を向け、羊頭鬼の一匹が耳障りな声で周囲のアヤカシに命じる。
「望むところだぜっ。どうせなら、まとめてきやがれ!!」
 手に馴染んだ殲刀「秋水清光」を抜き払ったルオウが、大音声でアヤカシの注意を引き付け。
 彼が駆る轟龍も、挑むように大きく咆えた。
「ハッ。怖気づいてこねぇようなら、こっちから行きゃあいい!」
 殲刀「朱天」を鞘走らせ、大きく踏み込んだ仄が一閃を放つ。
 とっさに相手は脇にいた豚鬼を掴み、有無を言わせず己の盾とした。
 身構える事も出来ず、斬られたアヤカシはギャッと短い悲鳴をあげる。
 突然の攻防の僅かな隙に、三匹目――槍持つ別の羊頭鬼は、空へ逃れようと身の一部を翼に変えた。
「あの時、逃げた羊頭鬼は……そいつね」
 すかさず、胡蝶が陰陽狩衣の袖を翻し。
「後ろに構えて、いざとなったら逃げる? 戦い方が同じよ!」
 記された呪文字がぐるぐると踊り、符は九尾の白狐の式と化して牙を剥く。
 爪を立てた獰猛な式は主たる陰陽師の敵へ掴みかかるや喰らいつき、体勢を崩した羊頭鬼を地に落とす。
 それに合わせ、ひときわ力強く空龍が翼を打ち、巻き起こる風は衝撃波となってアヤカシの身を刻んだ。
 突風にあおられた狂骨や豚鬼は開拓者へ近付こうとするも、胡蝶が召喚した結界呪符「白」と乙矢の射に遮られる。
「百年、希儀ででかい顔をしてきたんだろうけどよ。ここいらが、年貢の納め時ってやつだ!」
 筋肉が隆起した豪腕より渾身の一刀を仄が繰り出す瞬間、淡い桜の花びらに似た燐光が戦場に散り乱れ。
 受け止めようと掲げる剣をかいくぐり、羊頭鬼を両断する。
 その、季節外れの薄紅色が消えぬ間に。
「くらいぃ、やがれええええ!!」
 八咫烏の黒いローブが死神の衣の如くはためき、轟龍の背より斬りかかったルオウが羊の頭部を蹴り飛ばし。
 身を捻り、体を崩した相手へ手にした刃を跳ね上げる。
 手応えは鈍く、そして重く。
 断面より瘴気を撒き散らし、最後の羊頭鬼も崩れ落ちた。
 途端、近くのアヤカシは我先に逃げ出し、侵入者を撃退せんと押し寄せてくるアヤカシ達とぶつかって、両者がもみくちゃになる。
「今のうちに離脱するわよ!」
 更に『壁』の式を追加しながら胡蝶が呼びかけ、遮るもののない空へ三体の龍は飛んだ。

 一方、空での『狩猟』も終焉を迎えようとしていた。
「空が自分達だけの領分だと思うなよ……リズ、後は任せたっ!」
「行きます……スヴェイル!」
 巧みに滑空艇改を操り、キマイラを追い込むふしぎにリズレットが呼吸を合わせる。
 次々と吐き出される火炎を駿龍が潜り抜け、目まぐるしく変わる状況と不安定な姿勢にも砲術士の狙いは過たず。
 弾丸は、アヤカシの三つ頭うちの目玉を吹き飛ばした。
 叫び、苦悶する隙すら与えぬように、上空で反転したルゥミが狭間筒「光明」の狙いを定め。
 ふしぎの宝珠銃「レリックバスター」もまた、追い討ちの火を吹く。
 三方よりの射撃に翻弄されながら、キマイラは呪詛の代わりに最後まで炎を撒き散らし、空から落ちて行った。

●潮目
 暴虐の凶刃が装甲を穿つ嫌な振動は、搭乗席まで届いていた。
「頑張る、のです……ロギ!」
 巨大な斬馬刀で圧倒する相手を渾身の力で蹴り飛ばし、距離を取ったアーマー「遠雷」改は再び大斧を構える。
 愛機で対していたネプは単眼鬼の肩越しの空に、砦の奥の方向から飛来する三体の龍を見つけた。
「はぅ。サーシャさん、羊頭鬼を討ちに行っていた人達が戻ってきたのです! ですが……」
 眼前のアヤカシ達に、退く気配はない。
「よもや、失敗したとは思いたくないですね……指揮官がいなくなった事で砦の内部が混乱し、伝達が届いてないのかもしれません。統制が取れず、雑兵のアヤカシが逃げ出しているのかも」
「そうですね。きっと、そうなのです!」
 それは、駆鎧乗り達の希望的観測ではない。
 現に龍達は、塁壁の上に陣取って岩を投げる単眼鬼達へ攻撃を仕掛けていた。
「なら、戦いも終わりが近いはず。砦を失ったアヤカシは野に散るでしょうから、単眼鬼だけでもここで!」
 気迫を込めたサーシャが、アーマー「人狼」改が唸りをあげ、鋭く豪剣を繰り出す。
 立ち上るオーラが青白い軌跡を描き、金砕棒で受ける単眼鬼の防御を突き崩し。
「ハァァッ!」
 神の如きアヤカシすら倒すと称された剣が、横薙ぎに巨躯の胴を切断した。
 瘴気を噴き出した単眼鬼はどぅと倒れ、土煙があがる。
「はい、負けられないのです……!」
 後の憂いを断つ為に――力を溜めた相手の突進に合わせ、アーマー「遠雷」改は一歩を踏み込んだ。
 正面より両者は激突し、ビリビリと大気が震え。
 次の瞬間、突き進む斬馬刀を荒削りの石刃がへし折った。
 止まらぬ一閃は、目を剥くアヤカシの身を深く深く抉り。
 狂骨や豚鬼を巻き込み、一気に単眼鬼を屠る。
 だが息つく暇もなく、ネプの意識は次の相手に向けられていた。
 ――駆鎧が痛手を負えば、自身の身を賭してでも、数を減らす為に。
 突然、耳をつんざくような爆音と、目も眩む閃光が戦場を貫いた。
「はぅっ!?」
「あそこ、ルゥミさんです!」
 何事かと驚くネプに、サーシャが空を指差す。
 立ちのぼる土煙を抜けた白い滑空艇が、僅かに名残りの尾を引いて飛び。
 何度かの砲撃と魔砲「閃爆光」により半ば吹き飛んだ砦の門は、近くのアヤカシを巻き込みながら轟音を立てて倒れた。
 アヤカシによる占拠の終焉を告げるような光景に、ふとふしぎの胸に感慨が過ぎるも、戦いの喧騒はそれにひたる事を許さず。
「指揮は乱れているみたいだ。後は一気に行くよ、リズ!」
「……わかりました」
 翼を並べたリズレットが応じ、ふしぎは霊剣「御雷」を掲げる。
「空賊騎兵、ただいま到着!」


 その日、大草原の焼け落ちた開拓村で片付けを手伝っていた子供らは、何気なく空を見上げた。
 夕暮れ近い空の上、頭上を行く飛空船を見つけ……理由も分からないまま、少年少女らはわっと手を振り、小さな機影を見送る。
 焼け跡では焦げた土を割り、新たな草の芽が顔を出していた。