希儀抄、兇鬼の群れ
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/31 19:38



■オープニング本文

●南より来たりしモノ
 ずぅん、と。
 重い振動が、大地を伝って響いた。
 それは一度きりで終わらず、二度三度と繰り返すどころか、徐々に数が増えてくる。
 開拓村の端にある物見やぐらに登った男は、地平線の先にある光景に目を剥き。
 危機を知らせる半鐘が、狂ったように鳴った。
「アヤカシだ! でっかいアヤカシどもが、こっちに向かっているッ!」
 やぐらの上から叫ぶ声に、村人達の顔から一斉に血の気が引いた。
「急いで、柵を立てるんだ!」
「武器を集めろ!」
「女子供を避難させろ。時間がなければ、地下の貯蔵倉へ!」
 大人達のただならぬ雰囲気に、子供らは物陰から様子を窺う。
 その、一人の少年の肩を、ぐぃと大きな手が掴んだ。
 振り仰げば険しい顔をした父親が彼を見下ろし、叱られるかと身を竦めるが。
「馬に乗れ。急いで、隣村へ知らせるんだ」
「お父さん……アヤカシが来るの?」
「そうだ。父さん達が村を守るから、お前は助けを呼べ」
「じゃあ一緒に!」
「子供一人の方が、馬も早く走れる。道は分かるな」
 半ば強引に馬屋まで息子を引きずった父親は、否応なく我が子を馬の背へ押し上げた。
 見れば他の大人達も、馬を扱える子供を鞍に乗せている。
 その間も、幾つかも数えられない程になった振動は不気味に近付き。
「さぁ、行け! 無事に辿り着けよ!」
 力いっぱい尻を叩かれた馬が、いななきと共に駆け出した。
 悲痛な願いにも似た、ひっ迫する声に送り出された少年が振り返れば、見送る姿は見る間に遠ざかる。
 戻りたい気持ちを断つように、少年は前を見た。
 希儀でも変わらず太陽は西に傾き、暑い一日が終わりを迎える。
 苦労して耕した畑で、ナスやカボチャが青々とした葉を茂らせる中、沈む太陽を背に数頭の馬はひた走った。
 風信機がある隣村まで辿り着けば、北西部での拠点となる宿営地『飛燕』は目と鼻の先だ。
 早く、早く開拓者を呼ばなければ……。

●希儀『明向』
「複数の大型アヤカシが現れたのは、希儀の北西部にある大草原地帯です。今日……いえ、日付が変わったので、もう昨日になりますか。昨日の夕方前に、最初の村が襲われました。そこから逃げてきた子供達の知らせで、隣村は襲撃に備えて守りを固めています」
 明向にある開拓者ギルドへ到着した者達に状況を説明しながら、ギルドの係員は足早に一行を港へ案内していた。
 村から逃がされた子供の中には、道に迷うなどして隣村へ辿り着けなかった者もいるらしい。
 無事に保護された子供達の話をまとめると、村を襲ったのは単眼鬼(サイクロプス)が5体に羊頭鬼(カプリコン)が3体。斧や槍のようなもので、武装しているという。
 大草原の開拓村はどこもそうだが、狼や野犬のような獣への備えはあっても、大型のアヤカシに対しては無力だった。
 最初の村がどれだけ抵抗しても、隣村にアヤカシが現れるのは時間の問題。
 もしアヤカシどもに移動する気配がない様子なら、周囲の村へ被害が出ないうちに倒して欲しい……と。
 話しの間に、一行は一隻の中型飛行船が停泊する桟橋へ着いた。
 連絡を受けていたのか、待っていた船員がすぐさま船のタラップを降ろす。
「他の村に被害を拡大させないためにも、何とかアヤカシの群れを倒して下さい。難しいようでしたら、退けるだけでも構いません。よろしくお願いします」
 桟橋に残るギルドの係員が深々と頭を下げ、開拓者を乗せた飛空船は空へ向けて出航した。



※参考資料:希儀について
(希儀開拓の経緯と現状。読まなくても特に問題はない)
 天儀暦1012年の秋に発見された、新しい儀。
 気候は温暖で、広大な未開の土地に遺跡が点在する。
 100年以上前に希儀人とアヤカシの最終決戦があり、人は滅亡、アヤカシも衰退。残ったケモノは、自分のテリトリーに引きこもった。
 現在の希儀には、土地を目当てに多くの入植者が渡っている。
 しかし開墾には新たな田畑を耕す苦労や、アヤカシやケモノの脅威も伴い、一世一代の大バクチともいえる。
 遺跡では石造りの住居や神殿、彫像が多くみられる他、宝珠を使った長期間保存といった珍しい技術、土偶ゴーレムに似たバラバラのパーツも確認されている。

 希儀へ行く移動手段は、『精霊門』と飛空船の2種類。
 『精霊門』は毎夜0時に開き、瞬時に儀の間を移動できる。
 現在は非常に混雑し、利用は数日待ち状態。また原則として人のみ通行可能で、荷物も一人が背負子で担げる程度という上限がある(開拓者は特別扱い)。
 飛空船は、『嵐の壁』に開いた『嵐の門』を通る。
 一気に家畜や大きな荷物を運ぶ事が出来るため、物流の主流となっている。
 飛空船が停泊可能な港と『精霊門』を備えた『明向(みょうこう)』と『羽流阿出州(ぱるであす)』が、希儀の入り口と言える。
 また開拓者ギルドも、明向と羽流阿出州の両方に存在する。両ギルド長は、朱藩開拓者ギルド長でもある仙石守弘(iz0170)が兼任となった。


■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
透歌(ib0847
10歳・女・巫
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
リズレット(ic0804
16歳・女・砲
浪 鶴杜(ic1184
26歳・男・巫
零式−黒耀 (ic1206
26歳・女・シ


■リプレイ本文

●暴虐の痕跡
 眼下には、見渡す限り緑の平原が広がっていた。
 それを貫くように道が作られ、道に沿って村が出来、家々を囲むように畑が連なる。
「ここが『希儀』……」
 飛空船の一室から見える風景を、リズレット(ic0804)は不安混じりの瞳で眺めていた。
 その肩に、ぽんと水鏡 絵梨乃(ia0191)が手を置く。
「そういえば、リズは来た事なかったっけ?」
「はい。話では聞いたことがありますが、実際に来たのは初めて……ですね……」
「そうか、初めてなんだ」
 すぐ耳元での声に、ピンと猫の耳が立ち上がった。
「いえ、今は一刻も早くアヤカシの脅威を除かないと……っ!」
 ぶんぶんと首を横に振れば銀の髪が揺れ、すぐ後ろに立つ絵梨乃はくすぐったげに忍び笑う。
 その腕の中で、くるりとリズレットは身体を反転させ。
「み、水鏡様っ、こ、今回もよろしくお願いします……っ!」
 尻尾まで微妙に震えているのに絵梨乃が気付き、優しく少女の髪を撫でた。
「ボクの方こそ頼りにしているよ。でも相手は手強い上に数もいるから、無理をしない程度でね」
「はい、気をつけます……」
 真摯な眼差しで、こくりとリズレットは頷く。
「中級のアヤカシが8匹、か」
 複雑な表情を隠さず、手にした召還符を胡蝶(ia1199)が見つめる。
 自分と相棒の力でどこまで出来るか、分からないが。
「まだ、襲われた村に留まっているといいわね」
「アヤカシの被害は、なかなか減らないものですね……」
 傍らの透歌(ib0847)は少し心配そうに、清杖「白兎」を両手で握りしめた。
「人里を襲うアヤカシ……速やかに、倒さねばならないと考えます」
 それが務めといったような抑揚が少なめの口調で、零式−黒耀 (ic1206)は流れる風景を見つめる。
 漂う重い気を晴らすように、パンッと拍手を打つ音がした。
「とにかく、手を尽くしてみましょう」
 両手を合わせた浪 鶴杜(ic1184)の、灰白の狼尻尾がふさりと動く。
「被害が出てしまっている以上、出来るなら討伐といきたい所ですが……単眼鬼と山羊頭が相手では、厄介ですよね」
「複数を同時に相手するのは、戦い慣れた者でもさすがに厳しいでしょうね」
 肩にかかる金髪を胡蝶は背中へ払ってから、腕組みをして思案した。
「まず私と透歌で、襲われた村を偵察にしてみるわ。鬼が残っていたら、そのまま囮として誘い出す……いいかしら、透歌?」
「はい、胡蝶さんといっしょにがんばります。危ない役目かもですけど、胡蝶さんといっしょだと心強いです」
 緊張気味の透歌は両の拳を握り、首肯する。
「透歌と一緒なら、私も心強いわよ」
 けなげで頼もしい言葉は、自然と胡蝶の表情を和らげ。自身の小さな笑みに気付き、誤魔化すように軽く咳払いをした。
「ただ、アヤカシが移動している可能性もあるのよね。その時は正面からぶつかる事になりそうだから……気をつけなさい。黒耀も、鶴杜も」
「そういえば引き際など、特に考えていませんでしたね」
 困った表情で鶴杜が眉根を寄せ、黒耀はこくりと首肯する。
「ギルドは『討伐できなくとも、退けるだけでも構わない』との事、損害状況から考慮するのも一手と判断します。もちろん、全てを倒すのが良いでしょうが」
「そうね。死んで花実は、咲かないものだから」
 噛み締めるように、胡蝶が呟いた。
「生存者の捜索は村の被害を見てからになる、かな。生き残った人を探している間に、他の村が襲われるのは……避けたいかもしれない」
 ふっと考え込む絵梨乃に、心配そうなリズレットが小首を傾げる。
「水鏡様……」
「だから、さっさとアヤカシを倒さないとな。リズレットにも、もっと希儀を見せたいし」
「はい、楽しみにしています……」
「歓談中に邪魔するが、そろそろ例の村だとさ」
 のそりと顔を出したアルバルク(ib6635)が、声をかけた。
「ありがとう。甲板で用意すれば、いいのかしらね」
「そうだな。けど、あんま期待はしねえ方がいいと思うぜ」
 告げてアルバルクは廊下へ引っ込み、顔を見合わせた者達は席を立つ。

 甲板では、船が切る風に銀色の髪をなびかせた皇 りょう(ia1673)がじっと地上を見つめていた。
「どうだ、アヤカシどもは。船長や観測員の見立てでは、村に残っていないらしいが」
 その背中にアルバルクは声をかけるも、振り返る様子はなく。
「ナンか、見えるか?」
「何も」
 隣に立って身を乗り出すように進行方向を窺えば、強張った声が短く答える。
 視線の先には、破壊された集落が地面に張り付いていた。
 追う様に現れた者達も、険しい表情で地上を見つめる。
 遠目にも板張りの屋根が落ちたり、家自体が壊されているのが分かる一方、立ち上る煙は見えず火の気はなさそうだった。
「近くに手頃な湖がないせいで、一度降りたら離陸に時間が必要なんだと」
 船員から聞いたのかアルバルクが緑の大地を顎で示し、鶴杜は他の者達に振り返る。
「すぐにアヤカシを探さないと、近くの村が襲われる危険もあるんですよね?」
「うん、急いでもらおう。日の高いうちに戦いたいからな」
 傍らで案じるリズレットに絵梨乃は軽く腕を回し、逆の肩では上級の迅鷹 花月が威嚇するように膨らませていた薄桃の翼をしぼませた。

 甲板より戻った一行はすぐに伝声管でアヤカシの探索を船長に託す旨を伝え、発見の報に備える。
「仕事は、もう少しお預けだってよ」
 相棒達が控える船楼(せんろう)に顔を出したアルバルクは、空龍 サザーへ声をかけた。
 しかし伏せた空龍は興味もないのか、様子を窺う素振りさえ見せず。
 そんな相棒の反応もアルバルクは気にせず、隣に腰を降ろした。
「しっかし、開拓魂ってのは仕方ねえなあ。何があっても道を拓くのは、人間って事かねえ……」
 他愛もない放言か、それとも単なるぼやきか。こぼす言葉に空龍が僅かに片目を開き、宝珠銃の手入れを始める主を確かめると再び目を閉じる。
 それから半刻を待たず、待ちかねた知らせが開拓者達に届いた。

●群れ成す鬼と
 何かを追ったのか、作物や草を踏み荒らした痕跡が蛇行する先で、アヤカシの群れは東を目指していた。
 大草原の名の通り、付近一帯には林や崖など遮蔽物になるような地形が見当たらず。
「船の安全を考慮して、アヤカシに先回りする形で着陸する。後は好きにやってくれ」
 釘を差した船長は、着陸命令を出した。
「スヴェイル、今回もよろしくお願いしますね?」
 微笑んだリズレットがそっと首筋を撫でれば、駿龍 スヴェイルが大きく翼を広げる。
「……行きましょう、七草」
 背より声をかける黒耀へ駿龍 七草は鋭く一声を発し、甲板を蹴った。
「さぁて、ようやく楽しい仕事だよっと。てなわけで、頑張ってこうじゃねえの。適当によ」
 アルバルクの言葉が聞こえているのかいないのか、マイペースに空龍は風を捉える。
 一足先に飛び立った龍を見送る徒歩の者達も、タラップが下ろされた途端、草原へと駆け出した。

 頭の遥か上から、ヒバリのさえずりが降ってくる。
「どうやら……羊頭鬼2匹が先頭に立っているようね。今のところ、飛び回る気配はないわ」
 天高く飛ぶ式の眼を借りた胡蝶が、見下ろす光景を手短に伝えた。
「ここは見通しのいい草原。私達が乗ってきた飛空船の存在を、既にアヤカシは知っていると判断致します」
「だろうね」
 黒耀の見解に絵梨乃も賛同し、窺うように透歌は仲間の顔を見上げる。
「こちらの位置が判っていないなら、最初の作戦通り、秋月に囮をお願いしましょうか。一気に押し寄せてくるとか、失敗する可能性もあります……けど」
「問題ないです。結果がどうでもその時はその時、仕掛けなければ始まりません」
 大きく首を縦に振る鶴杜からも後押しをされ、透歌が手の平の宝珠を見つめた。
「そうですね。お願いします、秋月」
『はっ、俺様に掛かりゃ、そのくれぇ朝飯前よ』
 減らず口と共に現れた管狐 秋月は、生い茂った草を隠れ蓑にアヤカシのいる方角へ向かう。
 位置に付き、身を低くして待てば、やがて重い振動が地を伝わってきた。
 複数の乱れた振動は、徐々に接近する。
「こっちへ引っ張る事は出来たらしいな。上手くいくかは、これからだが」
 伏せた空龍にアルバルクが飛び乗り、りょうはアーマーケースを草の上に置く。

 一方で、群れのうち単眼鬼の1匹が潜む者達に気付き、羊頭鬼の頭越しに高々と吠えた。
 金砕棒を掲げた先へアヤカシは注意を向け、その上を影が過ぎる。
「……七草、あの敵に致します」
「スヴェイル、目標を先頭の単眼鬼に。合わせて、……trois、due、un、feu!」
 鶴杜の七草とリズレットのスヴェイル、陽を背にした2体の駿龍は翼をすぼめ。
 矢の如く、空より急襲をかけた。
 気付いた単眼鬼が襲撃者を振り仰ぎ、威嚇するように吠え。
 風を切る釘先と銃声が、それを苦悶の叫びに変える。
 龍の背から狙い定めたリズレットの銃弾は鬼の片耳を飛ばし、黒耀の放った鑽針釘が額に突き立った。
「……外した?」
「スヴェイル、左へ旋回……!」
 空よりの攻撃をものともせず、力を溜めた単眼鬼が跳躍する。
 翼を打って駿龍は左右へ散開し、金砕棒が尾をかすめた。
 鬼が着地すれば、衝撃で土が飛び散る。
 数歩、先へ飛び出す形となった単眼鬼に、低空を飛ぶ空龍が草を散らして急接近し。
「そぉら、鉛のプレゼントだ」
 すれ違いざま、アルバルクは宝珠銃「軍人」のトリガーを引いた。
 目を狙った一撃ながら、弾丸は頬を抉る。
 砂迅騎の手元を僅かに狂わせたのは、脇より突進する羊頭鬼の存在。
 角を振り立て、突っ込む鬼を空龍はすんでのところで避け、空へ舞い上がった。
「思ったより面倒な相手だな、サザー」
 幸い、飛ぶ気配のない羊頭鬼を見下ろし、アルバルクが相棒に愚痴る。
「相手の動き……思ったより、早いです……」
 しっかりと、目を狙った筈なのに。
 銀の髪を風になびかせたリズレットは、手に馴染んだマスケット「魔弾」に次弾を装填した。
「巨躯という見た目に反し、決して愚鈍ではないようです。奇襲攻撃を受けた状態からの反撃も、早いと感じました」
 表情を変えずに黒耀は交差した瞬間を分析し、短く唸って駿龍が同意する。
 しかし、相手の戦力を削る事は出来なかったものの、鬼群の注意は完全に空へ向けられていた。

「アヤカシを滅し、人々の安寧を取り戻す。それが私と、この武神号――ひいては皇家に課せられた使命であり、願いであり、存在する意味の全てだ」
 草の狭間、機会を窺っていたりょうは鉄の鎧の体内に身を滑り込ませ、滅するべき厄災を睨み据えた。
 距離を取り、片膝をついているとはいえ、草っ原に鉄の鎧は目立つ。
 しかし相手は奇襲により、空の龍達へ気を取られていた。
「我等に武神の加護やあらん!!」
 猛るりょうに応え、目覚めたアーマー 武神号は草を散らして一気に突き進む。
 群れの側面を突いて出現した新手へ、羊頭鬼の1匹が吠えた。
 すかさず、単眼鬼が対するように前へ出るも。
 突如、雲霞の如く現れた蜂の一群が鬼を襲った。
 普通のソレより巨大な蜂ながら、更に巨体の鬼にとっては羽虫ほどにも感じないのか。
 尻の針を次々と差す虫の群れに構わず、迫るアーマーへ斬馬刀を振りかぶる。
 しかし、何故か振り下ろす動作は急速に鈍り。
 刃を潜り抜けたりょうが、天儀の刀を元としたソードで下肢を斬り払った。
 深追いはせずアーマーは流れのままに鬼の懐より離脱し、『神経蟲』を以って援護した胡蝶がすぐさま次の符「幻影」を打つ。
「貴方たちに襲われた者の、怨嗟の声を聞きなさい!」
 符は髪の長い女の式と成り、声なき怨嗟の叫びに単眼鬼が吠えた。
 術を行使する者を狙おうと羊頭鬼は動けば、1体の土偶ゴーレムが立ち塞がる。
「昧賈、押し留めろ。倒さずとも良い、奴等の足を止めろ」
 鶴杜から命ぜられた土偶ゴーレム 昧賈は、巨大な盾ギガントシールドのみを手にしていた。
「『硬質化』は適宜。余力のある敵から相手取れ」
 重ねての令を飛ばした主を背で守る土偶ゴーレムへ、羊頭鬼は鎌を振り回す。
 死角より隙を突くような一閃も、どっしりと構えた土偶ゴーレムは的確に盾で弾き。
 激突の反動で鬼の体勢が乱れた一瞬、虹色の糸を紡いだ衣が翻った。
「なかなか頑丈そうだけど……!」
 先ずは小手調べと、身を捻った絵梨乃は蹴りを叩き込む。
 咄嗟に腕で防いだ鬼はその威力で僅かに押されるも、転倒には到らず持ち堪え。
 絵梨乃も追撃はせず、素早く間合いを開けた。
「これは、骨のある戦いが出来そうだな」
「長丁場になりそう、ですか」
 後ろから見守る透歌はその言葉に不安を覚えたか、反射的に絵梨乃の背へ問う。
「かもしれない。けど奴等に襲われた村も気になるし、頑張ってみるさ」
 返事はあくまでも、飄々と。
「花月!」
 名を呼べば、相棒の上級迅鷹はきらめく光と化し、使い込まれた神布「武林」に同化した。
「怪我をしたら、すぐに手当てしますから」
「可愛いお嬢さん達の援護は心強いな。リズを泣かせる訳には、いかないしね」
 肩越しに二人の巫女へ絵梨乃は視線を返し、悪戯っぽくチラと舌を覗かせ。
 行く手を阻む土偶ゴーレムと対する羊頭鬼へと、打ちかかる。
「他の羊頭鬼1匹と単眼鬼3匹は、今のところ戦いに加勢しないみたいですね。どうしたのかな?」
『多分、だがよ』
 首を傾げる透歌に、管狐が不遜な口調で答えた。
『アヤカシの連中、もしかして「別の新手がまだ現れるかもしれねぇ」ってんで、警戒しているんじゃねぇか?』
「なるほど。こちらの正確な人数を、アヤカシは知らないから……」
『俺様のおびき出しが上手かったからな』
 こくこくと頷いて感心する鶴杜に管狐は得意顔で、(後でご褒美に、お揚げさんをあげないとかなぁ)と透歌は思案した。

●一線
 開拓村にいた人間と違い、てこずる相手に苛立ったのか単眼鬼が大きく吠えた。
 力を溜め、行く手を阻む土偶ゴーレムを一足飛びに飛び越えると、後方で控える開拓者らへ斬馬刀を振りかぶり。
 渾身の力で刃を打ち下ろすアヤカシを、その懐へ現れた巨大な蝦蟇が張り飛ばした。
 思わぬ奇襲に、出鼻を挫かれた巨躯の鬼がもんどりを打つ。
「ゴエモン、怯えたりしたら私への侮辱と見なすわよ!」
『全く、蝦蟇使いの荒ぇお嬢だぜ』
 主人たる胡蝶の一喝に、召喚されたジライヤ ゴエモンは鳴き袋を膨らませた。
「非力な女の子達を狙うなんて、野暮な鬼だな」
 斬馬刀を杖にし、のそりと身を起こした鬼が体勢を整える前に。
 再び迅鷹を『竜巻の刃』にて同化させ、絵梨乃が仕掛ける。
 振るう拳は、さして力を込めたようには見えず。
 だが打たれたアヤカシの巨体がぶるりと震え、身の内側より瘴気が皮を破って爆散する。
 練られ磨かれた『極神点穴』の一撃は、狙い違わず鬼の「点穴」を突いていた。
 ギャアァッと苦痛にわめき、天を仰げば。
 空より、駿龍2体の影が単眼鬼の上に落ちた。
「スヴェイル、仕掛けます……!」
 守りを相棒の駿龍に託し、マスケットを構えたリズレットは弾丸に練力を込める。
 振り回される武器を駿龍が避けつつ、トリガーを引けば。
 不安定な騎乗の体勢から放った『ブレイクショット』は、鬼の顔面で炸裂した。
 鬼が怯む隙に、接近した黒耀は苦無「天津狐」をかざし。
「私のような非力な物でも、薄そうな所なら可能性はある……そう判断いたします」
 すれ違いざま――素早くかつ正確に――一つきりの目玉へ、苦無を放つ。
 更にジライヤが『蝦蟇張手』で追い討ちをかけ、ゆらりと鬼の周りの空気が揺らいだと思いきや、その足が人ならぬ力で『捻られ』た。
「いやあ、力自慢ほど嫌なものは無いですね。本当に……腹立たしい」
 意趣返しとばかりに、『力の歪み』で足を狙った鶴杜は狼の尾を一振りし。
 絶え絶えとなった鬼へ、間合いを詰めた絵梨乃が間髪を容れず四連の蹴りを繰り出し、ひと息に屠る。
「綺麗……」
 その舞踏にも似た一連の動作に、戦いの最中ながら思わずリズレットが見惚れる。
「見事だったよ、リズ。次もよろしく!」
「はい、水鏡様っ!」
 巨体が塵と化し、完全に消え去るのを確かめる間も惜しみ。
「その羊の角、掴んで蹴り飛ばしてやりなさい!」
 剣を構えて突進する羊頭鬼に気付いた胡蝶が、ジライヤへ次の指示を飛ばした。
 迫った鬼が撃退された事に透歌は少し胸を撫で下ろしつつ、絵梨乃の背を押すように癒しの風を送る。
 それから、心配そうに鬼の群れと対するアーマーを見やった。
「りょうさん、大丈夫でしょうか……」
 囮を目的としたアーマーは立ち位置を変えながら、複数のアヤカシの足を止め。空龍を駆るアルバルクもじわじわと鬼達にダメージを与えて、足止めを援護している。
 その間に、癒し手を守る土偶ゴーレムは自身を盾としてアヤカシの攻撃を全力で阻み。絵梨乃や胡蝶が駿龍の乗り手二人と協力し、余裕があれば鶴杜も攻撃に加わり、一体ずつ確実に鬼の数を減らしていた。
「アーマーが引き付けてくれている間に、こっちもしっかり仕事を果たすわよ」
 あくまで、胡蝶は淡々と。
 そんな言葉の裏にある気遣いを知る透歌は「はいっ」と大きく頷き、今一度、清杖「白兎」をしっかりと握り直した。

 守りを固めた鉄の鎧であっても、強力の鬼どもと幾度も激突すれば、さしもに『無傷』という訳にはいかない。
 無論、りょうも出来る限り正面からのぶつかり合いを避けていたが、複数が相手では戦いを彼女の流れに持って行くのは容易くなかった。
 そんな『邪魔者』に埒が明かないと踏んだのか、羊頭鬼の一匹が身体の一部を翼へ変化させる。
 飛行できる時間は短いながら、虚を突くには十分。
 アーマーの頭上より、押し潰すように羊頭鬼は襲いかかり。
 その目を、不意の閃光が遮った。
「そっちは任せた。適当にやってくれ、サザー」
『閃光練弾』を撃ったアルバルクは空龍へ声をかけ、相棒の鋭い咆哮に風が集う。
 呼び集めた精霊を纏った空龍は、翼のひと打ちで羊頭鬼との距離を縮め。
「そぉら、キリっとかましとくぜ!」
 正面から突撃し、激突する両者の狭間で、湾曲する白銀の刀身が陽光に煌めいた。
 鋭く磨き上げられたシャムシール「アル・カマル」は、翼を斬り飛ばし。
 押し込むように、空龍が羊頭鬼を単眼鬼の群れに叩き付ける。
 アヤカシの剣は折れて砕け、鬼が完全に体勢を崩したところへ、りょうが刃を一閃した。
「仮に武神号がもたず止まったとしても、私は止まらぬ。生身になっても、刀を振るう事はできる。どちらかが斃れるまでが、死合いだ!!」
 満身創痍といっていいアーマーが、ずぃと前に進み。
 足並みを乱されたアヤカシは、気圧されるように後退る。
 にもかかわらず瀕死の羊頭鬼は猛々しく吠え返し、残った単眼鬼達も再び得物を構えた。
「……お?」
 その中で、1匹だけ戦いの場から距離を置いていた羊頭鬼が離脱するのにアルバルクは気付く。
「アレは逃げるのか、それとも……どうだろうなぁ、サザー」
 未だ4匹ばかりの単眼鬼を前に、戦力を分断する余裕もなく。
 眼前のアヤカシを滅する事に開拓者達は専心した。

 苦戦の末、草原にはようやく静寂が戻り、疲労困憊で飛空船に戻った開拓者達は船長へ次の目的地を告げた。
 襲撃を受けた、村である。
「避難用の地下蔵があると聞いたし……いえ、憶測は駄目ね」
「でも可能性が低くても、生存者がいないと決まったわけではないしな」
 自戒する胡蝶に、むしろ絵梨乃は僅かでも可能性に賭け。
「異論ない。むしろ、確かめずに戻る事など論外」
 りょうもまた光明を見出すように、村の方角を見つめた。

 村に着くと、疲れた身体に鞭を打って捜索する開拓者と相棒に、見かねた船員達がこぞって助力を申し出た。
 結果、村人が一命を賭して隠した数人の幼子を、辛うじて死の淵より救い上げ。
 落日前に小さな塚を作って、人々の冥福を祈った。