|
■オープニング本文 ●神楽への街道 がたんごとんと、車輪が回るのに合わせて車体が揺れる。 冬の寒さもいくらか緩み、日差しに春の気配が漂い、うぐいすが鳴き方の練習をする中。 乗り合いの馬車は二頭の馬に引かれ、ゆるゆると街道を進んでいた。 「どちらへ行きなさるんで?」 手持ち無沙汰に飽いたか、商人風の男が何気なく向かいに座る姉妹へ声をかける。 「へぇ、神楽の都まで。桜見物には、まだ早いでしょうかねぇ」 「いやいや、今年の桜は気が早いと聞きますから。都の桜なら賑わいにつられて、今が盛りかもしれませんなぁ」 愛想と調子のいい男の笑い声に小柄な身体を縮こませ、一矢小春(いちや・こはる)は隣に座る弓削乙矢(ゆげ・おとや)の袖を引いた。 「精霊門……使えばよかった、のに……」 「手続きもある上、高いのですよ……精霊門の通行料は。それにこうして自分の足で旅をすれば、また得られるものもあるというものです」 淡々と諭すような弓矢師に、深く帽子を被った修羅の少女は袖から手を離した。 毎夜0時に開く『精霊門』は、神楽の都と各地の都や主要な街を繋いでいる。歩けば何日もかかる道のりを一瞬で飛び越える門は、天儀や他国を飛び回る開拓者にとって、なくてはならないシロモノだ。 だが特別な役目もない者が精霊門を通るには、一人につき一万文かかる。 かけ蕎麦一杯が六文、四畳半二間の長屋一年分の家賃が六千文ほどなのを思えば、庶民には到底手が出ない金額である。 おまけに乙矢自身も飾る性質ではなく、どちらかといえば質素倹約が見に合うため、必要でなければ精霊門を使わなかった。 やがて馬車は山道にかかり、小窓から見える景色も田園風景から林か森のような緑の多いものに変わる。 幾らか進んで行くと、不意に馬が不安げにいなないた。 不規則に馬車が左右に揺れ、「どぅどぅ」と御者がなだめる声をかける。 「おいおい、何事だ? こっちは商いの用があるんだぞ」 止まった馬車に商人が声を荒げた途端、「ぎゃっ」と短い悲鳴が聞こえた。 続いてガンッとぶつかるような音がして、矢が車体に突き立つ。 歳若い姉妹が身を竦め、商人の顔がサッと青ざめた。 「とっ、盗賊だぁっ!」 血相を変えた商人は、慌てて馬車より飛び出したが。 「うわぁぁっ!」 いくらも離れぬうち、叫び声が響く。 「外に、鬼のアヤカシが……!」 小窓より外を確かめた者が、一同に知らせた。 「乙矢っ」 不安げに小春が振り返れば、乙矢は弓袋より取り出した理穴弓の弦を張り終えていた。 「馬車の中では、身動きが取れませぬ。矢の音から、射手はおそらく山の上側に陣取っている筈。街道を挟んだ下側の林へ、この人らを連れて逃れなさい」 怯える小春を叱咤した乙矢は矢を番え、機会を計る。 足を竦めた馬が、いつ弾かれたように馬車を引きずって走り出すか分からない。 もし街道に他の旅人がいても、腕に覚えがないなら、馬車が襲われた時点で先に逃げているだろう。 馬車の外からは古い鎧が擦れるがちゃがちゃという音に加え、獲物を前にして跳ねる複数の小鬼の嘲笑が聞こえてきた――。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
サミラ=マクトゥーム(ib6837)
20歳・女・砂
秋葉 輝郷(ib9674)
20歳・男・志
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
ジェラルド・李(ic0119)
20歳・男・サ
佐藤 仁八(ic0168)
34歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●道、交わりて (五月蝿い奴らが居ないだけで、こんなにも煩わしい事がなくなるとはな。やはり一人の方が気楽……) だが穏やかなジェラルド・李(ic0119)の道行は、馬のいななきに乱された。 「……なんだ?」 「うわぁぁ……っ!」 道の先から切羽詰った悲鳴が聞こえ、血相を変えた旅人達が次々と引き返してくる。 「盗賊……いや、アヤカシか?」 ともあれジェラルドは腰の大太刀に手をやり、足を早めた。 「……アヤカシ?」 秋葉 輝郷(ib9674)もまた、逃げる人々と逆に駆け出す一人だった。 気候もめっきり春めき、己の足をもって地を行くも良し……と。 季節の節目を迎えた山野を眺めを愛でつつ、やはり単身で神楽への道を辿っていたのだが。 駆けつければ、道の傍で地を這う男と止まった馬車が見えた。 更に耳障りな嘲笑に目をやれば、木立の陰で弓を持つ小鬼が数匹跳ねている。 なぶり殺しにする気かと、輝郷が眉根を寄せれば。 「こちらだ、鬼ッ!!」 疾駆するジェラルドが、小鬼へ吼えた。 距離はあるが、一時的に相手の注意をそらす程度にはなる。 「神楽からそう遠くないのに、面倒な……とっとと片付けてやる」 騒ぐ小鬼は矢を番え、同時に馬車の中から数人が外へ飛び出した。 アヤカシの襲撃を受ける、僅か前。 「小春ちゃん、一緒にオリーブオイルチョコを食べる?」 「おり……ぶ?」 菓子を取り出す柚乃(ia0638)に、上目遣いで一矢小春が首を傾げた。 「ふふっ、可愛いわねぇ……」 和ましい少女らの交流に雁久良 霧依(ib9706)が笑み、小首を傾げて表情を窺う。 「ところで小春ちゃんは、どこから来たの?」 「……奏生(そうじょう)」 「理穴からの長旅なのね……照れ屋さん?」 肌も顕わな衣装の霧依が自然と身を乗り出し、更に小春は俯いた。 「申し訳ありませぬ。何分にも、人付き合いが苦手で」 連れの弓削乙矢が非礼を詫びれば、くすりと霧依は笑む。 「いいのよ。奥手の子も可愛いわ〜」 「そう、ですか」 小春同様に鈍いのか、意味深な霧依にも乙矢は曖昧に返した。 暇を持て余した商人は姉妹に声をかけ、古酒の徳利を抱えた鬼灯 仄(ia1257)がのん気にいびきをかいている。 周囲のやり取りを聞きながら、サミラ=マクトゥーム(ib6837)は外の景色を眺めていた。どこまで行っても絶える事のない緑の風景は、天儀に来て二年を過ぎてなお御伽話のような光景だ。 時おり、傍らの長く大きな――彼女の身長を越える布包みを引き寄せつつ、見飽きぬ風景に心を奪われる。 馬車へ弓が突き立ったのは、その直後の事だった。 「起きて下さい。仄さん!」 急ぎ柚乃が仄を揺り起こす一方、不機嫌そうに霧依は黒髪をかき上げる。 「くっ……可愛い小春ちゃんとのお喋りタイムを邪魔するなんて、無粋な連中ね」 「まったくだ。人が気持ちよく寝てたのに、騒ぎの元はどこのどいつだぁ?」 大欠伸の仄も面倒そうに身を起こし、弦を張る乙矢が手短に状況を説明した。 「よし。じゃあ、しっかりやれよ、小春」 ぐりぐりと頭を撫でた小春へ仄は古酒の徳利を預け、無造作にひょいと外へ飛び出し。 「鬼灯殿!?」 先んじた仄を乙矢が追い、小春や柚乃らににっこりと笑んだ霧依も二人に続く。 「大丈夫、アヤカシなんてすぐやっつけてあげるわ!」 直後、指より離れた弦の微かな唸りを……そして神楽の方向からの呟きを、聞いた者がいたかどうか。 「結界呪符、規模は最大で……展開!」 木板へ刺さる寸前、矢は突如として出現した『白い壁』に遮られ、弾かれた。 「次の射にかかっている、今のうちに!」 誰の術かと考える暇もなく柚乃が促し、近くの木陰へ走った小春の後に他の客達も続いた。 ●縁と奇縁と (厳しい……無理……?) 視界の通らない木々の中という、不慣れな状況。そして戦士でありながら不覚にも油断していた自分への失望に、残ったサミラは頭を振った。 (……いや、違う) 弱気を払い、いま己がすべき事に思考の焦点を合わせる。 (……まず迅速な状況把握と、打開策の構築、を) 「私達で足止め、しよう」 覆う布を取り払えば、故郷の砂漠を思わせる黄白色の魔槍砲が鈍く陽光を弾いた。 「引くか攻めるかは……後で決めればいいし、ね」 そこへ逃げるどころか、駆け寄る人影に霧依が気付いた。 「こんなに開拓者がいるなんて、運がいいわね……でもまずは、馬を何とかしないと!」 意識を凝らし、眠りへ誘う呪文アムルリープを唱える。 立ち尽くす恐怖の最中でも抗えぬ強い眠気に、馬の片方が首を降り、暴走せぬ間に残る一頭へも魔術師が睡魔を投げた。 「まったく……本当に、何処にでも湧いてくる連中ね……!」 眠った馬に一先ず安堵すれば、御者台の辺りから誰かが毒づく。 「もう矢の心配は無いわ、開拓者よ……て?」 「お? その減らず口は胡蝶か。なんで、こんなトコにいるんだ?」 馴れ馴れしい相手に、胡蝶(ia1199)は眉を潜め。 「仄こそ、随分な言い草ね。アヤカシが出るって噂の街道があるから、来てみれば……これだもの」 「この壁は胡蝶の術でしたか。助かりました、お元気そうで何よりです」 「久し振りだけど挨拶は後よ、乙矢」 差し迫る事態にも邂逅を喜ぶ友人の変わらなさに、胡蝶は呆れつつも安堵した。 「馬は眠らせたけど、御者は?」 「命なら、あるわ」 案じる霧依に胡蝶は御者の足に刺さった矢を一息に抜き、淡い光が宿る手で傷に触れる。 「馬車は私が守ってあげるから、貴方は避難しなさい」 「すまない……!」 「皆はそっち、だよ。今の間に……!」 魔槍砲を抱えたサミラが、下り斜面を視線で示した。 「乙矢も、小春と乗客を連れて下り斜面へ。仄は好きにしなさい」 「おぉ、言う言う。だがこりゃあ、俺のやる事はねぇ感じだが」 各々の手際にボヤく反面、嬉々として仄は腰の殲刀「朱天」の柄へ手をやる。 「邪魔だ、退け……!」 木立より飛び出した小鬼を、地を割く剣圧が弾き飛ばした。 駆け付けたジェラルドは、腰を抜かした怪我人を半ば引きずるように庇う。 「……開拓者か? 近付く奴は片付けてやる。そいつらを守るのと厄介な射手は任せ……」 道より乗客らを見下ろすジェラルドだが、視界の隅で動く影に言葉を止め。 ギンッ! 鈍い音を発し、打ちかかる刃と坂下より駆け上がった刀身とが激突した。 「おぁあっ!?」 「人……?」 素っ頓狂な声に切り分かれたジェラルドは怪訝さを隠さず、鉢合わせた佐藤 仁八(ic0168)が空足を踏む。 その両者に挟まれた間から、小柄な影が跳ね逃げた。 「そっちか!」 即座に仁八が左手を突き出し、弾いた一撃にギャッと悲鳴があがる。 「すまんな。人を狙うつもりはなかった」 「そいつはお互い様……しかし月に叢雲、花に風てのぁ本当だねえ。折角風流を楽しんでるとこへ、野暮な横槍が入りゃあがった」 一先ず詫びるジェラルドに仁八は拳へ握り込んだ古銭を弾き、落ちてくるのを宙で掴んだ。 「ま、これ以上ぶち壊しになったんじゃ堪らねえし、これも何かの縁。桜探しは一旦置いて、一つ手伝ってやらあ」 人手は足りてるかもしれねぇが、まずは――と。後ろ頭に古銭を喰らい、転がった小鬼へ仁八が摺り足でにじり寄る。 そこへ、斜面の上から吠える声が響いた。 「何だ?」 「気をつけて。アヤカシらしい気配が、集まってきます」 訝しむジェラルドに、瘴気の位置を探る柚乃が警告する。 「小心者をけしかけてる、独活の大木がいるか。あたしんとこへ来てくれりゃ、遊び甲斐があるんだがねえ」 相手の所在を掴む為に、仁八もまた気を張り……ジェラルドの後ろで転がる商人に気付いた。 「その肝っ玉の小さそうなのは? 目ぇ回して泡ぁ吹いてるが」 「怪我人だ。動転して、馬車から飛び出したんだろう」 「腕利きが居たんなら大人しくしてる方が得策だろうに、馬鹿野郎めぃ」 やれやれと呆れつつも、小鬼から注意は放さず。 「手当てより、片付けるのが先か」 そこへ白壁に何かが激突する音に、潰された蛙を思わせる声が続いた。 ●散らすは火之花 「グギャァッ!!」 激しい音と悲鳴に、驚いて目を覚ました馬が前足で空を掻いた。 「どうどうっ。アヤカシと私、どちらに従うべきかは分かるでしょ」 胡蝶は咄嗟に手綱を引き、走り出す前に霧依が再び魔術で眠らせる。 まだ動く小鬼へ、面倒そうな仄が薄い朱の刀身で断ち落とし。 「山の上手、小鬼以外の何かが居ますね。矢の数から射手は三か四……たった今、一つ減りましたけど。柚乃さんの様子では、斜面の下手にも小鬼の『伏兵』が居るようですし、高所の有利を崩さないだけの頭はあるかもしれません。でも、戦力を投げつけてくる程度ですから」 「大した頭でもないって感じね」 木々の奥を見据えたサミラが状況を読み、扇情的な衣装を翻した霧依は馬車より少し離れた。 「卑怯者! こっちに来て、姿を見せなさい! それとも、出来ないの?」 金属張りの木製盾で身を守りつつ彼女は声を張り、隠したダーツを木々へ投じる。 「私みたいにか弱い女が怖いのかしら? さあ!」 挑発の直後に矢が飛来し、同じ方向から小鬼の悲鳴が聞こえた。 (姿を隠すに適した雑木林……多くも少なくもない、通行人の数……餌を探すには絶好、か) 立木の陰に身を潜めた輝郷は、独り機会を窺っていた。 (しかし、出会ったからには生きて帰すつもりなどありはせぬ……覚悟して貰おう) 弓持ちの小鬼は厄介だが、注意は街道の馬車とそれを囲む者達に向いている。 獲物の抵抗に苛立つ相手は、弓に矢を番え。 輝郷は不意を突く形で、弓を引き絞る小鬼との距離を一気に詰めた。 「ギッ!?」 奇襲に目を剥く小鬼の弓を、真紅の刀身の一打が砕く。 壊れた弓を捨てて掴みかかる小鬼だが、その腹から槍の穂先が生えた。 「な……っ!」 追撃をかけるべく踏み込んだ輝郷を、鈍い刃がかすめる。 貫いた小鬼ごと、穂先が一旦引かれたかと思うと。 即座に、大きく振り下ろされた。 壊れた粗末な鎧をばら撒きながら、引っかかっていた小鬼が飛ばされ。 「姑息な、アヤカシがッ!」 前に出る足を止めた輝郷は腰を落とし、霊剣「迦具土」を振るう。 瞬間、春先だというのに紅葉のような燐光が周囲に散り乱れた。 投げつけられた小鬼を、一刀の下に両断し。 断った先に、槍を片手で扱う巨漢の鬼を確かめる。 その時、動かぬ相手に意を決したサミラが前に出た。 「皆、目を閉じて!」 警告の直後、練力を込めた二射目が木々の間で炸裂し、閃光を放つ。 目も眩む光が、その場にいる者全ての視界を覆い。 「行こう、此処で……決める!」 魔槍砲による砲撃が轟き、射手の小鬼を吹き飛ばす。 「ええ、全力で潰させてもらうわ!」 霧依が栄光の手を掲げ、陽気を一転させる吹雪がアヤカシごと山肌を襲った。 「眩しいわ寒いわで、難儀なこったな。後は早々に、ケリを付けようかね……と!」 手をかざして光を遮りつつ、構えた殲刀に仄は練力を込める。 受けようとかざされた鬼の刀を、ものともせず叩き砕き。 鬼気迫る鬼殺しの一刀が、巨体を切り裂く。 同時に、振り下ろした槍を足場に輝郷が蹴り上がり、角のある頭へ紅い一閃を打ち下ろした。 小鬼が白い壁へ投じられたのと、時を同じくして。 斜面の下では、樹上より複数の小鬼が身を寄せ合う乗客へ飛び掛っていた。 「乙矢さん、時を稼いで下さい!」 「承知……退きなさい!」 柚乃に応じた乙矢は複数の矢を番え、対する小鬼どもへ狙いを定めぬ乱撃を放つ。 受ける矢に気勢を削がれ、空足を踏めば。 傾奇羽織を翻し、狐の尾が翻り、ニィッと口の端に笑みを浮かべた仁八が大太刀を閃かせる。 「人を喰らうこたぁなかったようだ。大人しくその空きっ腹ぁ抱えたまま、逝きやがれ!」 振り下ろした長巻直し「松家興重」を返し、小鬼を跳ね上げた。 矮躯は地に落ちる前に、塵と化す。 そのまま守りについたジェラルドは、奇しくも仁八と同じ大太刀を最上段に構え。 「そんな粗末な武器と鎧では、俺の刀は止められん……っ!」 練り上げた気と共に、真っ向から斬り伏せた。 ゴッと、鈍い音がして。 全力で叩きつけられた剣圧に、小鬼が地へめり込む。 二人の男が刀を振るう間も、首飾りの銀鈴を鳴らしながら柚乃は歌を唄っていた。 剣戟に消されぬ歌声を、ジプシーの少女が紡ぎきれば。 残る小鬼が突然に恐怖を顔に刻み、そのまま硬直して倒れ伏す。 音も無く塵となって消えるアヤカシに、ほぅと柚乃が安堵の息をつき。 「大丈夫、柚乃?」 「はい。まだ、ジプシーの技は使い慣れなくて……でも。早く使い熟したいです」 気遣って声をかけた胡蝶は振り返った柚乃の笑みに頷き、符「幻影」を懐へ納めた。 「悪いな、散歩に薬だの包帯だの持ってくるほど野暮じゃあねえんでよ」 徳利代わりの瓢箪から仁八は商人の傷に天儀酒をぶちまけ、あり合わせの布をぐるぐる巻いてやる。その間も商人は、礼と同時に泣き声とも悲鳴ともつかぬ情けない声をヒィヒィと発していたが。 「もう大丈夫だから、ね」 宥めるサミラの優しい声に、漫然と手当ての手際を眺めていたジェラルドが見やれば、身を寄せ合う姉妹の肩から震えが取れておらず。 「……くれてやる。適当に剥いて食え」 自分の荷から春柑橘を取り出し、手渡した。 「ありがとう、ございます……」 消え入りそうな礼に無言で首肯を返し、そのまま一足先に神楽へ歩き出す。 その背を見送る小春は乙矢を見やり、彼女が頷くのを待ってから荷物より小さな徳利を一つ取り出し、後を追った。 「あの、お礼……」 差し出す酒と小春の顔を見比べてから、ジェラルドはそれを受け取る。 「久しいわね、乙矢、小春。再会できて……そうね、嬉しいわ」 「はい。お元気そうで、何よりです」 小春を見守る胡蝶に乙矢は小さく笑み、霧依は皆にワッフルを分けていた。 「お疲れさま。皆、頑張ったわね」 帽子越しに頭を撫でられた小春の角が目に入るも。サミラはさして気にせず。 「神楽に着いたら小春ちゃんと一緒に甘味を食べに行って、お話しましょう」 嬉しげに誘う柚乃に、乙矢が「是非に」と頷き返す。 「幸い神楽は遠くない。必要なら、怪我人を担いでいくが」 声をかける輝郷に、袖へ手を入れた仄は車輪を蹴って確かめた。 「霧依や胡蝶のお陰で、馬も馬車も無事なようだ。怪我人や疲れた乗客を乗っけて、歩ける奴は歩きゃいい」 「そうか。御者は怪我をしているし、馬を引くぐらいはやろう」 気になるのか、いたわるように輝郷は馬の鼻面を撫でてやる。 「それじゃあ、あたしぁこれで」 ゾロゾロ連れ歩くのも……と、空になった天儀酒の代わりを仁八が引っさげた。 別れを告げた一行が神楽へ向かえば、やがて街道は峠を越え。 「わぁ……」 開けた光景を前に、思わずサミラが声をあげる。 遠く望む神楽の楼閣は、淡い桜の霞に彩られていた。 |