開拓者長屋 留守居の守
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/28 22:30



■オープニング本文

●合戦の留守番
「こーんにっちはーっ!」
 開拓者長屋に、相変わらずの元気で明るい声が響いた。
 長屋に住んでいないものの、ちょいちょい遊びに来ている桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)は顔を出すと、きょろきょろと辺りを見回す。
「って、何だか……ちょっと寂しい気がするね?」
『開拓者長屋』は神楽の都のどこにでもある長屋だ。住人に開拓者が多いためにそう呼ばれているが、ここのところ長屋でも見かける開拓者は減っていた。
「開拓者の人達、なんだか新しい儀が見つかったとかで、沢山そっちで大わらわしてるんだって」
 遊んでいた子供の一人が気づき、首を傾げる汀に答える。
「ほへ? そうなんだ」
「うん。ゼロさんとか、崎倉のおじさんとか……開拓者ギルドから依頼されたとかで、しばらく帰ってきてないし」
 少し寂しそうに俯く六つか七つほどの別の子は、今年の夏にゼロが引き取った子の一人だ。崎倉 禅(さきくら・ぜん)もまた長屋に居を構える開拓者で、日頃は天儀のあちこちを風来歩きしているが。
「そっかぁ。ゼロさんがいないんじゃ、静かだよね〜」
 自分の騒々しさは心の棚の天辺に置き、腕組みをした汀が「うんうん」と神妙な顔で首を縦に振る。
「開拓者の人、忙しそうだけど……ちょっと、心配なの」
 気弱そうな少女の一人が小声で着物の袖を引き、話を聞こうと汀はその場にしゃがんだ。
「心配?」
「うん。猫さんがいるのに、ネズミが出るの」
 こっそり少女が向けた視線の先には屋根の上で寝そべっている猫が三匹ほど、晩秋の日差しをのんびり浴びている。見たところ何の変哲もない、どこにでもいそうな普通の野良猫だ。
「……単に、ネズミを捕まえない猫じゃ?」
「わかんない。でも何日か前にあの猫さんが来てから、よく見る猫さん見なくなっちゃった」
 不安げな視線に汀が周りの子供達を見れば、ゼロの子らは同じように首肯した。
 ただの気のせいならいいが、世の中には猫の姿をしたアヤカシもいる。もしもそれなら……開拓者達が忙しい今、下手に放っておくと子供達の身に危険が及ぶかもしれない。
「よしっ。それじゃあゼロさん達がいない間、『おねーちゃん達』がどーんと留守を守ってあげよう!」
「……本当に?」
 子供の悪戯か虚言、あるいは勘違いだと一蹴されるのがオチだと考えていたのだろう。
 半信半疑といった感じで、少し年長の少年が恐る恐る確かめる。
「うん、任せて! ついでに読み書きとか算術とか、教えてもらうといいよっ。男の子なら、剣を教えてもらうとかね!」
 何だかんだ言いながらも心細くて心配だったのか、子供達は何やらほっとした顔を見合わせた。
「じゃあ、さっそく開拓者さんに頼んでこなきゃ!」
 そんな表情を見た汀はぐぐっと拳を握り、入れなくてもいい気合を入れる。

 ――かくして、たまたま長屋にいたり、近くを通りがかっただけの運の悪い開拓者達は、汀によって半ば強引に『留守居の守り(るすいのまもり)』を託された。


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
静雪・奏(ia1042
20歳・男・泰
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
リーディア(ia9818
21歳・女・巫
霧咲 ネム(ib7870
18歳・女・弓


■リプレイ本文

●留守の守り手
「こんにちは、お邪魔します」
「お邪魔〜、だよ〜」
 挨拶をする鳳・陽媛(ia0920)の後ろから眠たげに赤い瞳をとろんとさせるネム(ib7870)が顔を出すと、留守宅の子供達は慌てふためいた。
「わわっ、本当に開拓者の人がきた!」
「お茶出す?」
「えぇと、こんにちは……」
 年少と真ん中くらいの歳の子がうろたえ、年長の子らは頭を下げ、陽媛は手早く狩衣「五行」にたすきを掛ける。
「お茶を淹れるなら、手伝いますよ」
「ネムも〜、お手伝い〜」
 そこへ更に、桂木 汀が胡蝶(ia1199)の手を引っ張ってきた。
「わーいっ、胡蝶さんも捕獲してきたよー!」
「だから急用を思いついた……って言ってるのに、聞いてないわねっ」
「やれやれ、元気なお嬢ちゃんだ。最初は何事かと思ったが……子供の世話、ねぇ」
 一足先に『捕獲』された北條 黯羽(ia0072)も、艶やかな黒髪をかき上げながら子供達に苦笑を向ける。
「すみません、私達のせいで……」
「子供は別に嫌いじゃねぇから、構わねぇよ。それに『出た』のは、本当だろ?」
 頭を振った黯羽が問えば、謝る年長の少女はこくんと首肯した。
「まったく……開拓者長屋にアヤカシなんて、何やってるのよ」
「そこでコッチを見るな」
 咎める胡蝶の視線に、素知らぬ顔で鬼灯 仄(ia1257)は煙管をぷかりとふかす。
「ちょっと小用で、こっちに戻ったついでに寄ってみれば……」
「仄さんは、お忙しそうですね」
「たまに顔を出さねぇと、綺麗どころが寂しがるからな」
 扇子で口元を隠す六条 雪巳(ia0179)へ仄がニヤニヤ笑い、手に負えないとばかりに胡蝶はぷぃと明後日の方を向いた。
「……綺麗なところ、とな?」
「童女は知らぬ方がいいぞ」
 ハテと首を傾げる雪巳の人妖 火ノ佳に、主の仄より胡蝶の傍へ寝そべる猫又 ミケが二又尻尾をぱたんと揺らす。
「希儀から、ただいまですよ〜……って、どうかしました?」
「客人のようです、奥様」
 何故か賑わう我が家の様子にリーディア(ia9818)はきょとんとし、後ろに控えた荷物持ちのからくり アクアマリンさんが動じぬ返事をした。
「留守の間に、化け猫が居ついたらしいぜ」
「留守居の守りを汀ちゃんに頼まれてね」
 仄の説明に付け加えた静雪・奏(ia1042)へ、申し訳なさそうに汀が両手を合わせる。
「ご、御免ねっ。長屋の開拓者さん達、忙しそうだから」
「汀ちゃんの頼みじゃ断れないね。それにこの長屋の事なら他人事でもないし、いいよ。喜んで」
「化け猫さん……ですか。皆さん、怪我とかしませんでした?」
「奥様……立ち話も難ですから、先に上がりましょう」
 子供らに声をかける身重のリーディアをアクアマリンが促し、陽媛もこくこく頷いた。
「リーディアさんは休んで下さい」
「留守居の守りってぇコトだし、子供達の世話を確りとして楽しく過ごさせねぇとな。ついでにアヤカシを滅相するのを、ちぃっとばかし手伝うことにするさね」
 相手をしていた年少の子供らを、黯羽が見やる。ゼロが引き取った十二人の子供に近所の子供達も加わり、かなりの『大所帯』だ。
「ギルドは新しい儀のお話で賑やかですけれど、足元を固めるのもまた開拓者のお仕事。何より長屋仲間の困り事とあっては、一も二もなくお手伝いさせていただきますよ」
「ガキどもとリーディアに何かあったら、ゼロがうるせぇしな。胡蝶らが動くってんなら、そう手を出す事もねぇだろうが」
 申し出る雪巳に面倒そうな仄が大欠伸をし、つられてネムも小さな欠伸を一つ。
「お留守番〜? お昼寝付きなら〜、良いよ〜」
「こっちは、既に寝ぼけてる気もするけど。にしても、日向ぼっこする化け猫アヤカシねぇ……」
 似合わぬ組み合わせに胡蝶は苦笑し、腕組みをした黯羽は天井を仰ぐ。
「子供達もいるんだ。最初にアヤカシを滅相するに越した事は、ないと思うが」
「そうね……陽媛、場所と『正体』を確かめるのはお願いできる?」
「はい。まずその猫さんから、なんとかしちゃいましょう」
 相手がアヤカシか否かの確認役を陽媛が快諾し、頷いた胡蝶は子供と男達の顔を見比べた。
「子供達の守りなら任せておきな。アヤカシを滅相する間、子供達が勝手に動き回らないようによく言い聞かせておくから。もし何か援護が必要なら聞いておくぜ」
「助かるわ、黯羽」
 先に申し出た黯羽へ、胡蝶が礼を告げる。
「二階の窓は閉じておきますね。リーディアさんも護衛は任せて、無理はなさらずに……ですよ?」
「はい、お願いします」
 言い含める雪巳の気遣いに、リーディアも屋根の上の事は任せた。
「アヤカシ退治、応援したり見たり出来ないの?」
 相談を聞いていた幼い子のうち一人が、開拓者達を見回す。
「この顔ぶれならアヤカシに後れは取らないだろうが、用心に越した事はない。その詫びって訳じゃないが、なにか作るさね。食べたい物はある?」
 残念そうな様子に黯羽が希望を問えば、子供らは顔を見合わせ。
「じゃあね……ご馳走!」
「それ違うっ」
「お味噌汁〜っ」
「煮物とか、焼き魚とかでも?」
「何でも。材料がなかったら、買いに行くさね」
 わいわいと盛り上がる子供らに黯羽が笑い、陽媛から茶をもらったリーディアは微笑ましい光景をほのぼのと眺めた。
「……大丈夫、かなぁ」
 わいわいと賑やかな様子に、最初に汀の袖を引いた少女が心配顔で小さく呟く。
「どうかした?」
「ううん。猫さん達に、聞こえてないといいんだけど……」
 訊ねる汀へ少女は頭を振り、薄い障子戸を見やった。

●アヤカシ捕物
 秋の日差しを浴び、長屋の屋根上で一匹の猫が寝そべっていた。
 のどかに見える光景だが、ぴくりと猫の耳が動き。
「ん〜と〜、お話出来るかなぁ〜?」
「あ! ネムちゃんー! 危ないですよーーー!」
 屋根の上へひょっこり顔を出したネムに、地上から陽媛がハラハラと呼びかける。
「陽媛ちゃん、登るなら手を貸すけど?」
「降りられる自信がないので、遠慮します……」
 声をかける奏に陽媛はしょんもり答え、日なたで毛づくろいをする猫又を仄が見やる。
「ミケ、てめえの仲間だろ。少しは手伝え。はしっこいのを追い掛け回すのも面倒だし、化け猫が寄ってきたら斬ってやる」
「あちらはアヤカシだろうに。たまたま猫の姿というだけで、同じ扱いとは」
「じゃあ猫らしく、いなくなった猫どもの代わりにネズミでも捕ったらどうだ」
「何の由もなく、ネズミを捕れとな。極めて心外である」
 言い合う仄と猫又に、額に手をやった胡蝶が溜め息を一つ。
「暴れて壊すなら、仄の家にしてもらいたいわね」
「勘弁してくれ。修繕費用の請求は、こっちにくるんだぞ……多分」
「ええ。少なくとも、私の懐は痛まないわ」
 きっぱりと無情に胡蝶が言い放ち、雪巳は同情とも何ともつかない笑顔で聞き流した。
「こちらは守りを固めるのを兼ねて、控えていますね。代わりに人妖の火ノ佳を、包囲の一助として行かせますので」
「まったく、人妖使いが荒いのう。後で、あんみつを所望するぞ?」
 文句を言いながらも、ふわりと人妖は屋根の上へ浮遊する。
「助かるわ。四方から同時に仕掛けて……と思ったけど、顔ぶれ的に難しそうね。せめて動きを封じるのと、逃げ道を塞ぐのは引き受けるから」
「というか……そもそも屋根の上で叩くのか、何とか地上に降ろすのかすら、合わせてなかったな」
 誰かが追い込むだろうと高をくくった仄だが、奏は陽媛の傍らで奇襲に備え、屋根には胡蝶とネム、雪巳の人妖が登っている状態だ。
 悠長に開拓者達が構える間に、不審な猫はのそと立ち上がった。
「あ〜、逃げる〜っ」
 こっそり窺っていたネムが弓を構えるも、矢を放つ前に化け猫は視界から消え。
「下に〜、降りたよ〜」
「待って下さい。あっちからも、アヤカシの気配です……!」
「えぇと、どっちを追いかければ!?」
 路地を走り、井戸端の桶をひっくり返し、また屋根に上がったりで、三匹の化け猫は縦横無尽に駆け回り。行方を捉えた陽媛が方向を示し、残る者達が追う。
「少々賑やかというか、大変そう……ですが」
「ま、何とかするさね」
 二階家では騒々しい苦戦を雪巳が案じ、子供達を心配させぬよう黯羽が返した。それでも油断なく目を光らせ、二階家へ近付く影があれば金蛟剪を持つ手を翻し、『結界呪符「黒」』の式にて先手を打つ。
 その間も不安を散らすように、リーディアが希儀の土産話を子供達にしていた。
「そういえば、新しい儀には銀色の狐さん達がいるのですよっ。私は見てないですけれど、とっても『もふもふふわふわ』なケモノさんだとか」
「もふらさまと、どっちがもふもふ?」
「ふふっ、どっちでしょうね。ところで台所にジルベリア式のオーブンは、欲しいです? かまどを一つ、潰さないといけないのですけど……」
「赤ちゃんが生まれたら、オーブンのある家まで借りに出かけるの、大変じゃない?」
「そうなんですよねぇ。ジルベリアの料理やお菓子もオーブンを使う物が多いですし……他儀との交流の大切さも知ってもらいたいです。手始めに紅茶の淹れ方を教えますので、皆で飲みましょうね♪」
 ちょっとした『家族会議』も交えつつ、アヤカシ退治が終わるのを待つ。

 相手はたかだか、化け猫数匹と侮った……訳ではないだろうが。
 結局、開拓者達は夕暮れまで化け猫と追いかけっこをする羽目となった。

●明日への指南
「今日は……何だか、疲れたわね」
 ぐったりと消耗した胡蝶に、ぺこりとリーディアが頭を下げる。
「お疲れさまでした。でも無事に化け猫さん達は退治できたようで、子供達もひと安心です」
「そうね。よかったわ」
「ほら、椀物だ。急いで、転ばないようにな」
「はぁい、どーぞ」
 黯羽がよそった汁物の椀を子供の一人が受け取り、開拓者の膳に運ぶ。
「すみません、食事まで」
「こちらが好きでやった事だ。それにしても、小さいながら包丁の扱いに慣れているんだな」
 恐縮するリーディアに首を振り、子供達と料理を作った黯羽が感心する。作った料理は煮物に落ち着いたのだが、人参や大根をむいたり切ったりと、器用に下ごしらえをこなしていた。
「はい。いろいろと手伝ってくれて、助かっています」
「大勢の皆で晩御飯って、楽しくて嬉しいよね」
 手伝う子供らをリーディアが見守り、汀は足らない器を持ってくる。
 開拓者と近所の子供達も含めた二十数名、二階家一階のふすまを取り払い、車座になっての少し早い夕餉(ゆうげ)となった。
「この後は近所の子を送って、後片付けを手伝うかな」
 武術指南をするには時間も遅く、奏の呟きに人妖の料理を小皿へ分けた雪巳が頷く。
「こちらは書き物の指南でも致しましょう。筆記用具の一式も、幾つかありましたので」
「ネム〜、難しい事は〜、分かんないのだぞ〜。でも〜、煮物も〜ご飯も〜、美味しい〜」
「皆で頑張って、作ったからな」
 幸せそうなネムの感想に黯羽が褒めれば、子供達は照れくさそうに箸を動かしていた。

「ご馳走さま〜、お腹いっぱい〜。ひめママ〜、ネム寝るから〜、お膝貸して〜」
「はい、どうぞ。ネムちゃん」
 賑やかな食事の後、膝を軽く陽媛が叩けば、それを枕にネムはころんと寝転ぶ。
「食べてすぐに寝ると、牛になっちまうぞ?」
 からかう仄にも構わず、うにゃうにゃとまどろむネムの髪を陽媛は優しく撫でてやる。
 食事の後は黯羽やリーディアのからくりが膳を下げ、奏は近所の子供達を家まで送りに行った。
「さて……仕方ないわね。少しぐらいなら勉強見てあげるわ。これからはサムライだって読み書き、算術も出来ないとね」
 胡蝶が切り出せば年長の少年らが興味を示し、おもむろにリーディアも立ち上がる。
「後片付けは、大丈夫ですから。今日は先生がいっぱいですよ〜♪」
「リーディアも無理せず、座ってなさい。じゃあ、ここに千文あるとして。今から言う買い物の代金を……」
「買い物なら、時々いくよ!」
「ええ。その時に間違えないよう、ちゃんと計算のコツを掴んでおくのよ」
 得意げな年少組に胡蝶が言い含め、面白そうに眺める仄は何故か針と糸を用意していた。
「常々、器用だとは思っていたけど……なによ、それ」
「ん。とりあえず手に職でももちゃ、生きてくのに役立つだろ。とりあえず、近々必要になるだろうおむつでも大量に縫うついでに、裁縫でも教えてやろうと思ってな」
「……さすがに、どう突っ込むか悩むわね」
「いや、別に突っ込まなくていいから。あって困るものでもなかろうし、練習には良いだろ。器用な方が世の中は渡りやすいだろうし、不器用な生き方しかできん親を見習うと苦労するぞ」
「凄いです。確かお二人の結婚指輪も、仄さんが彫ったんですよね?」
 胡蝶と仄の会話に陽媛が感心し、ふと最年長の少女がリーディアの袖を引く。
「ゼロさんから預かったの。帰ったら渡して、一人でこっそり見るようにって」
「お、恋文か?」
「ゼロさんからですか……って、こ、こっ!?」
 からかう仄にリーディアはうろたえ、書を教える雪巳は陽媛と視線を交わし、くすりと笑った。
「ゼロがいなくて、寂しい?」
 子供達を送り届けた奏が、賑やかな会話の合間に汀へ訪ねる。
「ん〜、ゼロさんがいないってより皆が忙しそうだから、かな? 長屋はいつも、開拓者さんで賑やかな感じがするから。でも困ったら、やっぱり開拓者さん達が助けに来てくれて、嬉しかったよ!」
 後片付けを手伝う無邪気な笑顔に、ほっと彼は安堵し。
「長屋もまた、すぐ元通り賑やかになるよ。彼らの帰る家はここなんだから、ね。あの子達も加わって、どんどん賑やかになっていくさ。長屋を離れている者達も、ちゃんと連れ帰って来るから」
「うん。待ってたら、帰ってくるよね」
 約束する奏に、わくわくと汀は頷いた。

 夜も更ければ男衆はねぐらに引き上げ、残る者は二階家に泊まった。
「今日は……良い日だったな」
 ほんわりとした温もりを胸の内に覚えつつ、黯羽は寝かしつけた子供らの頭を撫でる。
「ねぇ〜、『親』って〜、どんな気持ち〜?」
 陽媛と枕を並べるネムが、不意にリーディアへ訊ねた。
「そうですね……とても嬉しくて、暖かな感じなのですよ」
 愛おしげに目立ったお腹へ手をやる仕草を、じっとネムは見つめ。
「ネムも〜、愛されてたのかな〜」
 気がついた時から、もうネムはずっと独りだった。神楽の都に来て、開拓者となって、陽媛を筆頭に念願だった沢山の家族を得たものの……それでも『本当の親』の事、その気持ちは、残されたネムには分からない。
 呟きに混じった不安に、陽媛はネムの肩へ布団を掛けた。
「愛してますよ。ネムちゃんの事。私の娘だもの、ね」
 柔らかな言葉と、続く子守唄に安堵したのか、少女は目を閉じ。
 微笑ましい光景を眺めながら、黯羽も行灯の火を吹き消す。

 そして、翌朝。
 猫又の意地か野良猫の『恩返し』か、長屋の各戸口には獲ったネズミが山と積まれていたという……。