【希儀】其は希望なる儀
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: イベント
EX
難易度: 普通
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/27 22:43



■オープニング本文

●遠き空を目指し
 神楽の都の港では、いつになく物々しい空気と活気に包まれていた。
 間もなく出航する大小の飛空船に忙しく人が出入りし、準備に追われている。

 嵐の門の突破に挑む飛空船団は、偵察と護衛を兼ねた小型飛空船数隻と、現地を調査するための道具や探検の道具、天幕など物資を満載した複数の大型飛空船で構成されていた。
 各飛空船は宝珠砲やバリスタ砲で武装し、陣形は数隻の大型飛空船を真ん中に置き、先頭と後方を小型飛空船の一団が守る形で航行する。
 全体の指揮を取る船団長は、理穴の儀弐王。
 目的地は、難破飛空船が出航したと思われる街……あるいは、都かもしれない……と定まった。

「いよいよ新しい儀へ出立、か。アル=カマルん時は、一番乗りを逃しちまったが」
 出港準備を眺めながら、ゼロは楽しげに呟いた。
「その前に、嵐の門を突破せねばなりませんが。あなたも加わるのですか」
 聞き慣れぬ声に振り仰げば、旗艦となる大型飛空船への渡り板に小柄な女が立っていた。
 一瞬、誰だろうと目を瞬かせたゼロだったが、中性的な顔立ちとまとう空気、何より携えた漆塗りの長弓を見て、正体に思い当たる。
「儀弐王じゃねぇか……って、へ? ナンでここに? まさか、あの船団を率いんのは……?」
「その、まさかです。そちらは確か、ゼロ……と、いいましたか」
「儀弐王の覚えに預かり、光栄で」
 おどけた風に会釈をするサムライにも、驚く様子はなく理穴国の王は頷き返した。
「腕が立つそうですね。あなたも参加するならば、心強い限りです」
「ハハッ。最近だと、神楽には俺より強ぇのがゴロゴロいるけどな」
 軽く笑い飛ばすゼロは謙遜(けんそん)など言えぬ性分で、そんな相手の言を面白そうに儀弐王は眺める。

『嵐の門』とは、『嵐の壁』を貫くように出来た「儀と儀を繋ぐ空の道」だ。
 天儀やジルベリア、泰国、アル=カマルの四儀は『嵐の壁』によって周囲を囲まれ、互いに孤立していた。だが『嵐の門』を見つけ出して封印を解除すれば『嵐の壁』の一部が開かれ、別の儀に繋がる道が開通する。
 だが開かれたばかりの嵐の門は不安定で、風雨や雷、嵐といった荒天が多く発生し、突破の際には相当の危険を伴う。
 時間が経てば次第に天候は安定し、やがて問題なく通過出来るようになるが、悠長にそれを待つ訳にもいかない。
 嵐の門を通過するのに必要な時間は、数時間。
 もし嵐の門より外れてしまうと、『嵐の壁』は容赦なく飛空船を飲み込むだろう。
 その末路は……。

「いつぞや、朱藩の氏族がやらかした私設船団のようになるか、最悪……武天の浜に流れ着いた難破船のようになるか、だな」
「他にも、嵐の門付近では「瘴水鯨」や「幽霊船」等のアヤカシ目撃報告や、「飛行能力を持つアヤカシが嵐の門付近で増えている」という噂もあります。突破の際に発生する障害や事態についての予測は、難しいでしょうね」
 だからこそ、臨機応変に事にあたれる者が必要です……そう、儀弐王が苦笑した。
「出来れば、面倒くせぇ相手は勘弁願いたいがな」
 腰に手を置き、ふんと鼻息も荒くゼロはぼやくが。ふと思い出したように、再び儀弐王へ顔を上げた。
「そうだ。希望の儀とやらへ行くにあたって、景気付けに船団の名前……というか、新しい儀での第一歩、足がかりになる宿営地なんかに名前とか、乗り込む連中で付けちまってもいいか?」
「随分と、のん気な事ですね」
「そうは言うが、新しい儀だぜ? どんな場所か、どんな連中がいるのか、うずうずしないでどうすんだよってな。それに、気ぃばっか張ってるのも存外に疲れるモンだ。弓だってそうだろ?」
「確かに。名付けは構いませんが……先方の失礼とならぬよう。戦いに赴く訳ではないのですから」
「委細承知」
 ニッと笑って即答するゼロへ儀弐王は「しょうがない」といった顔をし、旗艦となる大型飛空船に乗り込む。

 神楽の都の上には、からりと晴れた秋の空が広がっていた。



※参考資料/【嵐の門突破船団】
・大型飛空船(船団長、儀弐王の船)
 全長60X全幅14m、定員50人(乗船人数に制限なし)
 武装:船首と船尾に宝珠砲各1門、左舷と右舷にバリスタ砲各1門

・小型飛空船「迅(ジン)」…速度は速いが、装甲が薄い
 全長15X全幅5m、定員10人(開拓者は8人まで)
 武装:バリスタ砲1基(船首。射程10スクエア、充填は約3分)

・小型飛空船「鎧(ガイ)」…装甲は厚いが、速度は大型飛空船並
 全長15X全幅5m、定員10人(開拓者は8人まで)
 武装:宝珠砲2門(船首と船尾。射程30スクエア、充填は約1分)

・バリスタ砲
 火薬と張力を利用した大型弩砲。矢の先端には鋭く頑丈な返しが入っている。

・宝珠砲
 宝珠の力によって砲撃を行う固定型の大砲。宝珠に練力を充填させる傍ら、大砲に砲弾を装填、砲撃の威力と角度を調整して狙った場所へ着弾させる。移動速度の速い目標を狙うには適していない。


■参加者一覧
/ 柚月(ia0063) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 鬼灯 仄(ia1257) / 喪越(ia1670) / 御凪 祥(ia5285) / 海月弥生(ia5351) / からす(ia6525) / 以心 伝助(ia9077) / 劫光(ia9510) / フェンリエッタ(ib0018) / アグネス・ユーリ(ib0058) / ジークリンデ(ib0258) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 針野(ib3728) / シータル・ラートリー(ib4533) / 千鶴 庚(ib5544) / ナデズダ(ib5660) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / 玖雀(ib6816) / 鉄 千刀(ib9896) / ジーン・デルフィニウム(ib9987


■リプレイ本文

●嵐の門、雲の回廊
 晴れた空が、一変して真っ暗になった。
 夜の闇が如く周囲一帯は暗さを増すが、飛空船団は『嵐の壁』へ直進する。
 下を見れば天に浮かぶ儀は終わり、地の端より海の水は滝の様に下にも広がる嵐の壁へと流れ落ち。前を見れば、空の底から天高くまでそそり立つ厚い雲壁の一角が渦を巻き始めた。
「あんな風に、嵐の門は開くのですか」
 大型飛空船の甲板に立つジーン・デルフィニウムが息を飲む。否、開拓者達も飛空船の船員達も間近で見る光景に目を奪われ、『嵐の門』の開放に向かった者達の成果を見守っていた。
 やがて渦の中心から雲が切れ始め、ぽっかりと口を開ける。
 周囲に陽光が戻ってきても、『嵐の壁』を貫いた雲の回廊の奥まで見通す事は出来ず。開いた空間を時おり横切る雷光が、辛うじて窺える程度だ。
「確かに、開いて間もない『嵐の門』は……凄まじいな。あそこを進もうってのか」
 眼前の威圧的な風景に、何故か鉄 千刀は恐れどころか、胸の底からじわりと湧き上がる愉悦を覚えていた。その時、共に甲板へ出ていた玖雀が眉根を寄せ、門から少し離れた辺りに漂うモノに気付く。
「アヤカシも門を目指しているのか?」
 果たして、瘴水鯨や幽霊船といった巨体のアヤカシもまた希儀へ向かう気か。だが船団と別の小型飛空船が、思うとおりにさせまいとアヤカシに攻撃をかけていた。
「間もなく嵐の門へ突入するわよ。甲板にいる人は、気をつけて!」
 見る間に風が強くなり始め、船内への扉から海月弥生が注意を促す。
「飛ばされるなよ」
「はい、劫光お兄様」
 アヤカシの動向に警戒していた劫光は小柄な身体を庇うようにシータル・ラートリーを先に行かせ、「五行呪星符」を手に取ると『人魂』の式を放つ。
「……どうです?」
「蝶や小鳥の式は風に負けるな」
 苦々しげな劫光にシータルも考え込み。
「じゃあ、船体にしっかりと掴まる動物がいいんじゃない?」
「ヤモリでも試すか」
 一緒に甲板を守るアグネス・ユーリの提案に、劫光が首肯する。
「早速、手荒い歓迎だな。雲のトンネルは……どこまで続くんだろうか」
 荒れ始める天候にウルグ・シュバルツはぽつと呟き、同じ砲術士のナデズダが風で乱れた髪をかき上げた。
「出口が見えるまで、かしら?」
「……そうだな」
 謎々のようなナデズダの答えにも、ウルグは納得したように頷く。
「それにしても……」
 出航前にたまたま聞こえたゼロと儀弐王の会話を思い出し、千鶴 庚が苦笑いを浮かべ。
(朱藩の私設船団、ね。何というか……)
「……どうか?」
 庚の様子に気付いたジーンが、首を傾げて窺う。
「何でもないわ……過ぎた事より、今は目の前の事。この目で見なきゃ」
 それが何かは分からないが、彼女が胸に決意のような秘め事を抱いていると察したか、ジーンはそれ以上を問わず。
「人とはいつでも、得意なやり方で、世の中とぶつかっていくほかない。そして、得意なやり方は大概、一人にとって一つ……開拓者にとっては、これがそう、なのでしょうか」
 ふと彼が落とした言葉に、「そうかもね」と庚は短く返した。
 開拓者となって間もなく、未だ自身の立ち位置を見定められぬジーンは己が道と荒れた嵐の門を重ねながら、雲の回廊の先を見つめる。

「天儀の明かりが……どんどん、遠くなってく」
 船団の後ろを守る小型飛空船『鎧』より振り返った柚月は、遠ざかる入り口の光に一抹の寂しさを覚えていた。
「そうでやすね」
 しみじみと以心伝助も、青い風景を記憶に刻んだ。やりたい事も大事な友人も、まだあそこには沢山ある。今生の別れにする気なぞ毛頭ないが、囲む雲の壁に飲み込まれれば一巻の終わりだと、高まる希儀への興味と同時に気を引き締める。
「異国の地を書物で知るのも悪くないっすけど、やはり自分の目で直接見るのには敵いやせん。嵐の門の先を見る為にも、ここは一つ頑張りやせんとね」
「そして次に戻る時には、希儀の土産話を手土産に、だね」
 励まし代わりか、二人の背にからすが言葉をかければ。振り返った柚月は銀の瞳を輝かせ、大きく首を縦に振った。
「うん。なんだかワクワクするよね。見たことナイよなアヤカシもいて、たくさん仲間がいて、ドキドキするカンジ! あんまり、何もなく終わってくれたらイイケドさ」
「だが、良かったのか? こちらに柚月が来てくれて、助かるが」
 最初は儀弐王の大型飛空船に乗り込む予定だった少年へ、羅喉丸が訊ねる。
「ダイジョーブ! ゼロにも声をかけてきたしね。お互い、ガンバローねって!
 久し振りにちゃんと顔を合わせた「ご近所サン」は、いつもの様ににしゃりと笑い、大きな手で柚月の髪をガシガシと撫でた。
 ――応よ。風に吹かれて、飛ばされちまわねぇようにな。こっちの船にまで届くような笛、頼んだぜ。
 ゼロの言葉を思い出し、大事そうに龍笛を柚月は抱く。
「希儀〜、希儀〜♪ アル=カマルの時も色々あったけど、今度はどうなるかなー」
「新天地へ最初の一歩……か」
 楽しげに歌うようなフィン・ファルストに、一緒に宝珠砲を担当するフェンリエッタも光輝の剣の柄を握った。
「もし、儀と儀が隔てられる前があったなら。それを考えれば、今も何かが繋がっている気がして、不思議な……」
 気は抜けないが、御凪 祥は己が心のあり様が変化している事に気付いていた。
 戦いに臨めば気分が高揚するのは、今も昔も変わりない……だが。
(かつてならば、振り返る事もなかったであろうこの依頼を受ける気になったのは、何故だろうな……泰国を出、天儀で積み重ねた時が、知らず俺を変えて行ったのだろうか)
 柄にもなく、誰よりも早く希儀に踏み込む事になる事を、楽しみにしている――そんな感覚を、自身の内に覚えていた。
 片鎌槍「鈴家焔校」を持つ手にも自然と力は入るが、気付いた祥はゆるゆると息を吐いて緊張をやり過ごす。先の見えぬ道中、今から力んでは気が持たぬ、と。

 そして船団の先陣を切って進む小型飛空船『迅』では、別の意味で目一杯「ゆるゆる」の男達がいた。
「そ〜ら〜は〜ひろい〜な〜お〜き〜いな〜♪ フハハハハッ! まだ見ぬ大陸! まだ見ぬ文化! そしてまだ見ぬ美女!! ワクワクするねぇ。特に三番目大事よ、三番目! ここ、テストに出すから」
「前祝だ、前祝。ま、そこの色っぽい綺麗どころも一緒にどうだい?」
「おんしらは……おかしな輩よのう」
 酒を手に放笑する喪越と盛り上がる鬼灯 仄から誘われ、椿鬼蜜鈴は呆れるというより面白そうに男二人を眺めた。
 これで見目が麗しければ、まだ酒席に混ざる気も起きようが……それは言わぬが花。
「初見の者が多々居る様じゃて、よしなにの。しかし、未開の地か……美味い酒を探しに行かねばのう……」
 荒れる雲の狭間の向こうに、蜜鈴はそんな思いを馳せていた。
「吹き荒れる雨風にアヤカシ……厄介ではあるが、何方も越えれぬ困難では無いての」
「そうなんよー。皆で行きましょ、希望の儀に!」
 のん気な酒盛りを見なかった事にした針野は小型飛空船の進路へ注意を戻し、気持ちを前向きに修正してみる。
(……わし、第三次開拓史の時より、ちょっとはマシな腕前になっとるといいんだけどなァ)
 内心では、そんな不安が微妙に胸の底で渦を巻いていたが。
「希儀への道が開かれるというコトは、長きに渡りかの地に封じられしモノもまた、出づるというコト……ですよね」
 真摯な表情の柚乃が口にした小さな不安に、雷光が横切る雲間へジークリンデは顔を向けた。目を凝らしても、強い風にうねる雲の流れと時おり斜めに叩き付ける雨くらいしか見えなかった。
「不死の魔神を配してでも封じたかったあたり、不吉なものを感じますが。其処にあるのが希望か絶望か、確かめに参りませんと……」
 残念ながら『望遠鏡』や『煙幕を焚ける様な物』を用意する算段はジークリンデになく、己の準備不足を悔やむしかない。
「しかし、時化てるねぇ。色々な意味で」
 ぽつりとぼやく无は持参した望遠鏡を覗き、雲の流れと嵐を確かめていた。
 嵐の門に到る航路は既知なれど、そこから先は未踏破だ。海の上を進むなら、波も進路を決める目安になる……そう考えていた无の予想は外れたが。
「アヤカシを追って戦う事より、嵐の影響を受けない安全かつ確実な航路を見出す事が大事ですか」
 応戦の必要があれば手伝うが、今はそれが役目と无は決め、望遠鏡で見通しの悪い行く先を探る事に専心する。
 だが未開の航路の雲行きは、早くも怪しい気配をみせていた。

●嵐の難路
「気をつけて下さい。嵐の切れ間から……来る!」
 前方の安全を警戒する无が告げ、『迅』の行く手を塞ぐように巨体がのたりと下から姿を現わした。
「うわあぁっ!?」
「駄目ですっ。舵はそのまま、真っ直ぐで!」
 急ぎ船を回避させようと舵を握る操舵手を、慌てて柚乃が制止する。
「随分と、大物……なんよ」
 風雨の叩き付ける甲板では、バリスタ砲についた針野が標的に狙いを定めていた。
 バリスタ砲を守るように、彼女の背後では仄がからからと笑いながら、瘴水鯨と共に現れた雲骸を殲刀「朱天」で切り捨てていく。
「外れる事はねぇだろ。邪魔しに来るのは任せて、遠慮なくぶっぱなせ!」
「承知さー!」
 バリスタ砲の矢に針野は意識を集中させ、巨体のど真ん中を狙って放った。
 瞬間、女性の甲高い声にも似た音が周囲に響き。
 同時に瘴水鯨も、怪音波を放つ。
「ほあぁぁっ、うるせぇぇーッ!!」
 思わず耳を押さえて、喪越が訴え。
 ドウゥゥンッ!
 かき消すように、腹の底に響く爆発音が辺りを揺るがした。
「全く、騒々しいのう……露払いが我等が役目じゃ。おんし等、其処を通しやれ」
 焙烙玉を放り投げた蜜鈴は、気だるげにぱたりと扇を動かす。
「これでも足らぬなら、『雷槌』や『吹雪』もくれてやろうて」
「そうですね。幽霊船に使うつもりでしたが……」
 千早「如月」をまとったジークリンデが手をかざし、轟音と共に束となった雷光が迸った。
「こ、今度は落雷か!?」
「いえ、こちらの魔術です」
 狼狽する操舵手を柚乃は落ち着かせ、更に不気味な鳴き声を上げながら『混沌の使い魔』の式がアヤカシを喰らう。
「手っ取り早く、終わらせ……あぶぶぶあっ!?」
 豪勢な式を『振舞った』喪越だが直後に雨風であおられ、吹き飛ばされそうになる。
「こなっ、くそぉぁぁっ!」
 不気味な肉塊っぽい式やら、接近する瘴水鯨に気圧されながらも、操舵手は必死に握った舵を保ち。
 誰もが身構えた衝突の寸前、崩れて塵となった瘴水鯨の胴を『迅』が突き抜けた。
 後続の小型飛空船も残った頭や尾の側をそれぞれ回避し、大型飛空船からはナデズダらが砲撃で露出したコアを吹き飛ばす。
「おぉ〜っ!? ほ、鬼灯ぃっ!」
 手すりに掴まったというか、絡まった喪越が近くの仄に訴えるが。
「よし、自分でどうにかしろ……ああ、でも酒は惜しいか」
 何やら色々と喪越が酒を持ち込んでいるのを思い出して、不承不承で手を貸してやった。
 その間に針野は補助の船員とバリスタ砲に次の矢を装填し、傷を癒すべく柚乃が『精霊の唄』を紡ぐ。
(この梵露丸……使わずに行けるといいけど)
 使う事に迷いはないが、お守りのような梵露丸を入れたポケットに柚乃はそっと手を当てた。

「今ので、航路に影響は?」
 飛び回る大怪鳥の翼をロングボウ「ウィリアム」で狙う羅喉丸に、呪弓「流逆」を引き絞りながらからすが前方の船団をちらと見た。
「問題はなさそうだ」
「よかった。これまでの調査などに関わった身としては、その真実を己の目で見るまで……道に迷う訳にはいかないからな」
「別の羽音……きやす、右舷上方!」
 苦無「獄導」を投じる伝助が雷鳴の合間に聞きつけ、直後に風雨を切って鷲頭獅子は急降下を仕掛ける。
「キェアァッ!!」
 奇声と共に、アヤカシが衝撃刃が放った。
 そ先にあるのは大怪鳥や雲骸の群れを狙う宝珠砲と、それを扱う砲手の姿。
「く……ッ」
「祥さん!?」
 間に入った祥が瘴気の刃に裂かれ、庇われたフィンも慌てる。
「加勢を……!」
 破邪と光輝、二振りの剣をフェンリエッタが抜くも。
「こちらを気にするな、あんた達は宝珠砲に専念していればいい!」
 案じる必要はないと祥は構えた片鎌槍の穂先に練力を凝らし、甲板に接近する鷲頭獅子へと振るった。
 逆巻く風は刃となり、アヤカシの翼を『瞬風波』が切り裂く。
 しかし鷲頭獅子の突進は止まらず、襲い掛かる鋭い爪をガッキと柄で受け。
「ハァッ!」
 力比べの如き拮抗を、気合を込めた雷電の刃が打ち破った。
 体勢を崩したアヤカシに、踏み込んだ祥は湾曲した刀身で足掻きを刈り取る。
「感謝する」
「お互い様、です」
 背を向け合ったまま答える少女は志士の修行を積む身だが、それでも魂は騎士であった。
 そんな二人の傷を、素朴な音色に重ねられた想いに応じた精霊の力が癒していく。
「この音が届くトコまで、僕が守るよ」
 嵐の中でも時に舞い踊り、轟く雷鳴に負けぬ調べを柚月が奏で続けていた。
 術の力がなくとも、絶えぬ笛の音が仲間の支えとなるよう、祈りを込めながら。
「充填完了っ。宝珠砲、撃ちます!」
 嵐の門の突入前、フェンリエッタと二人で幾たびの試射を重ねたフィンの狙いは、確実に標的を捉え。
 追いすがり、船に乗り込もうとするアヤカシの群れは、嵐の中で霧散する。
「この先にある希望の儀で、何が待ち受けているのやら。いや、希儀にするために行く、その位の気持ちの方がいいか」
 瘴気を散らしながら、勢いを失って甲板に落ちてきた黒い雲骸を羅喉丸が踏み潰した。
「それにしても。門の突入よりかなりの時間を戦っているにも埒が明かないね。これだけのアヤカシが、一体どこから……」
 開かれつつあるとはいえ、息苦しさを覚えるような雲の壁をからすが仰ぎ。
 雲間を走った雷光に、一瞬だけ雲に浮かぶ異様な影を見出す。
「船の下より攻めてきた瘴水鯨は、囮やもな……船員、急ぎ前の船団に連絡を」
「からす?」
 状況を掴めぬ羅喉丸が問えば、指示を飛ばす弓術師は射る視線で船団の上に広がる厚い雷雲を示した。
「大きな何かが、あそこで息を潜めているよ」

「後方の船団より、手旗。真上から敵襲!」
「皆さん、気をつけてっ。上からアヤカシが……!」
 伝令役から知らせを受け、星天弓に矢を番えていた弥生が即座に仲間へ警告を飛ばし。
 雲を割って顕わとなったり幽霊船の船底が、甲板で戦う者達の頭上に迫ってくる。
「押し潰す魂胆? それでも、撃つわよ!」
 諦めず、マスケット「バイエン」を構えた庚はブレイクショットを叩き込み、足元が傾ぐ感触にジーンが気付いた。
「千鶴、投げ出されぬよう!」
 舵を左方向へいっぱいに切った大型飛空船は全力で回避を試み、その間も上から雷雲鬼や雲骸が襲ってくる。
「来たな。希儀の強い奴等に挑む前の肩慣らしだ、相手ぇしてやる!」
 太刀「重邦古釣瓶」を千刀が抜き払い、薙刀を振り回す雷雲鬼の一匹へ嬉々として打ちかかった。
 おろそかになる背へ別の雷雲鬼は棍を突き出すが、鋭く回転しながら飛来した苦無「獄導」がそれを穿ち、棍先を狂わせ。
「容易に後ろを取れると、侮ったか」
 続く一本の苦無が、驚愕して打ち手を辿った鬼の顔を抉る。
「やっぱり、後ろは気にしなくて良さそうだな。千客万来だ、斬って斬って、斬りまくるぜ!」
「子守をする気はないぞ、頼りにするな」
 あしらう玖雀に、振り返らず鬼へ太刀を叩き付けた千刀は呵呵(かか)と笑う。
 乱戦が繰り広げられている間にも、降下した幽霊船と型飛空船は間近で横並びとなり。
「これでも、喰らえ!」
 急ぎウルグは右舷のバリスタ砲へ駆けつけ、船底に矢を発射する。
 同時に飛空船が今度は右へ傾ぎ、幽霊船と接触した。
「お兄様……!?」
 シータルが驚いて聞く間も、乗り移ろうとする雷雲鬼を劫光が斬り飛ばす。
「幽霊船を、嵐の壁に押し付ける気だ」
 軋む音を立てながら、飛空船は渦を巻く嵐の壁に迫り。
「やっちまえ、儀弐王ッ!!」
 朱刀を手にけしかけるようなゼロの声に、ドンッと振動が飛空船を揺らした。
 雲の壁と接触した幽霊船は、前進して抜け出そうともがいたかもしれない。だが暴虐の嵐雲はそれを許さず船を奥へと引きずり込み、押し潰し、破砕音すらも雷鳴がかき消した。
「……前!」
 幽霊船を飲み込んだ嵐の壁を、緊張のまま見つめるアグネスが、真っ先にそれに気付いた。恐ろしく久し振りに見る暖かな光に、ナデズダも手をかざす。
「門の反対側、かしらね」
「楽しみね……この世には、まだまだ儀がありそう。ジルベリアと天儀みたいに、繋がって知恵を吸収あってる儀もあるかも。あぁ、ゾクゾクする……!」

●静かなる儀
「ざっと見た感じ、船体に異常はなさそうね。よかった」
 念のためにと飛空船を確かめた弥生が声をかけ、ウルグは小さく会釈をする。
「そちらも疲れてるだろうに、感謝する」
「これくらい、平気よ。でもこれで、安心して新しい儀の空を飛び回れるわね」
 状況が状況なのと、滑空艇(グライダー)や駆鎧(アーマー)を修理するのとは勝手が違うため、異常があっても迂闊に手は出せない。飛べなくなるほどの損傷がないのは、幸いだった。
「疲れたけど、着きましたね……ここが希儀です?」
 手をかざしたフィンが、広がる風景に手をかざず。
 荒れ狂っていた嵐の門を抜けた先。そこは嘘のように晴れ渡った青い空の下で、天儀のように広い海をたたえた儀が浮かんでいた。
「アヤカシの姿などは見えません。少し、休めそうですか」
 警戒して望遠鏡で周囲を窺っていた无の言葉に、ジークリンデも肩の力を少し抜く。
「ただアル=カマルにもアヤカシはいましたし、希儀に存在しないという保障もありませんが。ケモノの類もいて、おかしくないですしね」
 無事『嵐の門』を突破した飛空船団は、穏やかな海に翼を休めていた。
 束の間の休息に、真顔のジーンが庚を足の先から頭の天辺までしげしげと見つめ。
「ふむ……千鶴、今すぐ脱ぎなさい」
「なっ、……何をっ!?」
 詰め寄られた庚は咄嗟にずざざっと後退り、相手との距離を取る。
「何をって、風雨や油などですっかり汚れてるではないですか……服が」
 何より綺麗好きなジーンにしてみれば、気にならずにはいられないらしい。
「服……の、汚れ? い、いいわっ。これくらい、いつもの事……って」
 何故か顔が火照るのを覚えた庚だが、先の言葉を思い出して我に返った。
「そんな事より、ジーン! さっきの言葉、そのまま他の女の子に言ったりするんじゃないわよ!」
 頬を膨らませる庚にも彼はきょとんとし。
「……何故です?」
「何故って……そもそも、あなたは言葉が足りてないのよ……!」
「なるほど。では……今すぐ、服を脱ぎなさい」
「だから、足りてないって言ってるのッ!」
 訴える庚本人には、災難だったかもしれないが。
 緊張の連続を潜り抜けた飛空船の船員達は、聞こえてきた他愛もない――しかし和やかな会話に、ようやく笑顔をかわした。

「そういえば、てめぇら名付けの案とかナンか考えてねぇか?」
 日没の後、食事を取る仲間達へふとゼロが聞いた。開拓者は油断なく交代で夜も見張りに立ち、残る者達は休んでいる。
「そうだなぁ……到達して、最初に香った花の和名とか、花が無けりゃ、女の香の名でもいいと思ったんだが。調査でオリーブがあったって話も聞くし、『橄欖(かんらん)』とかな」
 ちびりと酒杯を傾ける仄の提案に、フェンリエッタも考え込み。
「音が紛らわしいかもしれないけど……希望の儀との良き誼(よしみ)を願って、『希誼(きぎ)』は如何?」
「『希誼』か、それも良い名だな。俺が名付けるなら『希樹』だろうか……自由に羽を休め、また飛び立てるよう」
 呟きながら、玖雀は窓から停泊する飛空船団を眺める。形は違えど、集まる姿は水辺で羽根を休める渡りの鳥の群れの如くも思えた。
「あっしは、灯火を少しもじって、『灯架(とうか)船団』とか言ってみやす」
 おもむろに提案した伝助に、ぽむと喪越が手を打ち。
「つまり……『とうかなんて、どうかな』、と。こいつぁは一本、取られたな!」
「ちょっ!? あっしはそんな、駄洒落を取る気なんてなかったっすから!」
「またまたぁ〜っ」
 本気なのかからかっているのか、動揺する伝助に喪越はくねくねと身体をうねらせ、周囲で食事をする者達もやり取りに笑う。
「うーん、希望なァ……わしは『明向(みょうこう)』っての、どうかなって思ったんよ? 『明るく、善き方に向かいますように』って、願いを込めて」
 少し遠慮がちに針野も考えていた名を明かし、ひとしきりの案を聞き届けたゼロは「うんうん」と頷いた。
「いい案じゃあねぇか? どれも、これから先があるって感じでよ。なぁ、儀弐王?」
 振り仰ぐようにゼロが後ろを見やれば、そこには理穴の王の姿があった。たまたま通りがかったのか、ずっと話を聞いていたのかは定かでないが、弾む会話は耳に届いていたようだ。
「モラルは大事だよ、儀弐王。辛い状況にも心の余裕がなくては」
 湯飲みを傾けていたからすが、ちらと視線を向ける。
「ええ。こうして語る顔を見れば、言わずとも」
 穏やかに儀弐王は答え、ひと時の休息を取る一同の顔をぐるりと見回した。
「嵐の門の突破に関わる働き、見事でした。間もなく船団は、難破船が出航したと思しき場所へ着くでしょう。その所在も短期間とはいえ、あなた方開拓者が力を尽くして調べた結果……間違いはないと、私は思います」
「もし間違っていても、調べ直せばいい話だよネ? こうして無事に着いたんだし、知らないトコでも皆で探しに行くよ!」
 明るく告げる柚月に、王は紫の瞳を細めて笑み。
「心強い言葉です。しかし今は嵐の門を突破したばかり、十分な休養も必要です」
「儀弐王サマも、ね」
 逆に気遣う柚月に頷き、開拓者達を労った彼女は踵を返すと……戸口に立つ人影に気付いて、足を止めた。
「儀弐王……だったかしら。現地は危機に瀕してるかもって情報もあるし、着陸後も警戒は続けるべきかもね?」
「そうですね。助言、感謝します」
 ナデズダの言葉に儀弐王は真剣な表情で礼を告げ、その場を後にする。
 見送ったナデズダは、それからゼロへ目をやり。
「それにしても……」
「んぁ、ナンだ?」
「ふふっ、なんでもないわよ」
 怪訝そうな顔をするゼロに、ナデズダはくつりと妖艶な笑みを返した。

「それっ、新しい儀に一番乗りだ!」
「ちょっと待ったぁーっ!」
「ぐはぁ! 喪越、何しやがるっ」
 異国の空の下、接岸した飛空船の甲板では仄と喪越が醜い……もとい、微笑ましく『新儀一番乗り』を争っていた。
「は〜い、そこ。静かにね」
 見かねたアグネスが笑顔で精霊鈴輪をシャラと鳴らせば、音に似合わぬ『重力の爆音』の重低音が大人気ない大人二人を容赦なく黙らせる。
 翌日、飛空船団は希儀で初めての陸地へ到達していた。
 一面に広がる緑に誰もが安堵し、やがて武天の浜へ流れ着いた難破船が出航したと思しき大きな都市へ辿り着く……だが。
「何か、妙じゃないか?」
 甲板から広がる街を窺っていた羅喉丸が『異変』に気付き、秋めいた風を受けていた柚乃も持ってきた「もふらのぬいぐるみ」を抱きしめる。先に『あまよみ』で見た希儀の天候は穏やかだったが、胸に騒ぐ不安は尋常でなく。
「確かに変、だねぇ」
「ええ。人の気配がないわ」
 ナデズダにアグネスも同意し、着物の袖を握る感覚に気付いた劫光は傍らのシータルの頭を撫でてやった。
 壁を這う蔓草に覆われた石造りの街並みからは、立ち昇るかまどの煙もなく。
 港と思しき場所へ船団が接近しても、人影一つ見当たらない。
「これだけ大きな街だってのに、人っ子一人、様子見にも出てこない。こりゃあ……これじゃあ、まるで廃墟だぜ」
 腹立たしげな千刀に、眉をひそめた玖雀の束ねた髪を潮風が揺らした。
「見たところ、何かに襲われた様にも思えない。いったい、何があったんだろうな」
 無言のゼロは、険しい顔で廃墟を睨み。
 動揺する者達の気を引き締めるよう、飛空船団の船団長たる儀弐王は先遣隊の名を新たにした。
 ――これより、先遣隊は【灯架】を名乗る。合わせて旗艦となる大型飛空船を「希樹」と名付け、当座の活動拠点となるキャンプ地は「明向」と命名する――。
「誰もいない、廃墟の都市……希儀の全てがこうなのか。それとも住人は皆、どこかに潜んでいるのだろうか」
「つつけば鬼が出よるか、蛇が出るか。まずは『希望の儀が、希望に非ず(あらず)』という皮肉にならねば良いがの」
 気を抜かず祥は異郷の地を眺め、複雑な表情で煙管をふかしていた蜜鈴が空へ紫煙をぷかりと浮かべる。
「酒は望めぬが……なにやら、面白い事になりそうじゃて」