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■オープニング本文 ●難破飛空船 それに気付いたのは、一人の漁師だった。 「なんだ、えらいボロ船が流れ着いとるぞ」 砂浜で不気味に佇む大きな船からは、人が現れる気配もなく。 おっかなびっくりながら遠巻きに様子を窺っていた漁師は村長へ知らせるため、そっと忍び足で浜を離れ。 船が見えなくなった途端、転がるように村へと駆け出した。 ――何処(いずこ)の国の物とも知れぬ飛空船が、武天の浜に流れ着いた。 その知らせは村長から領主、そして首都の此隅(こすみ)へ風信機によって伝えられる。 すぐさま先遣隊が編成され、漂着船の監視と調査に赴いた時には、発見からまだ片手で足りる日数程しか過ぎていなかった。 異例の迅速さ、である。 だが難破した飛空船の様相に、武天の巨勢王は一国の手に余ると判じたか。 漂着した砂浜一帯や付近の草原地の警戒に加え、船内の確認と安全確保、先遣隊が持ち帰った「資料」の調査を頼む依頼などが、次々と開拓者ギルドへと持ち込まれた。 ●露払い 「それで、調べてこいってか」 依頼書を見るゼロに、こっくりと受付係が首を縦に振った。 「むしろゼロさんには、こちらから依頼の参加をお願いしたく」 「そんな、厄介なのか?」 「船内の全容は明かされていませんし、調査にあたった数人が怪我をしたそうです」 「アヤカシか」 「かも、しれません。命に別状はなかったですけど、このまま放置して調査を進めるのもって感じで」 「なるほど。改めて、露払いをしてこい……って事か。調査とかしなくていいのは、有難いが」 「でも、出来るだけ船内の破損は避けて下さいね!」 先に釘を刺す案内係に、ゼロは怪訝な顔をする。 「アヤカシっぽいのを、退治すんだろ?」 「退治しても、調べる船を壊しちゃ元も子もありませんから」 「面倒だが、気をつけるぜ」 「そうして下さい。ゼロさんが暴れ過ぎて船内を壊さないよう、他の開拓者さんにお願いしておきますし!」 あまりアテにならない返事に案内係はぷっと頬を膨らませ、わりと本気っぽい「お願い」にげんなり顔のゼロが依頼書を再び眺める。 「でもコイツ、どっから飛んで来たんだろうな」 ふとこぼした呟きを、まだ残暑の残る九月の風がさらっていった。 |
■参加者一覧
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
レネネト(ib0260)
14歳・女・吟
高峰 玖郎(ib3173)
19歳・男・弓
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●彼方より来たりて 「何処から流れてきたのかは知らねえが、随分と年季の入った飛空船だな」 青空の下で鬼灯 仄(ia1257)は額に手をかざし、漂着した難破船をしげしげと見上げた。 「確かに。こりゃまぁ、デカイ迷子だねぇ……いったいどこから来たんだか」 同じく、ずーっと上ばかりを物珍しげに眺めていた笹倉 靖(ib6125)が、首筋の後ろを軽く叩きながら振り返る。 「で、俺らお目付け役みたいだけれど、何? ゼロって暴れるの?」 「そうね……手綱が二本、要るわね」 そんな光景を眺める胡蝶(ia1199)が嘆息し、更に靖は首を傾げた。 「一本だとさばき切らない、とか」 「違うわよ。二人分で、二本」 名は伏せたまま、腕組みをした胡蝶の視線が仄の背中へ投げられる。含みのある視線に靖も彼女の意図を察し、へらりと笑った。 「あ〜あ……なるほど、ねぇ」 「てめぇら、何の話してんだ?」 我が事とは露知らず、不思議そうな顔で聞くゼロに二人は素知らぬ顔をし。 「はじめましてなのです、ゼロさん。巨大なのです」 彼女からすれば難破船を仰ぐのと同じくらい顔を上げねばならない相手へ、レネネト(ib0260)が挨拶をする。 「おぅ、よろしくだぜ。俺もそれくらいちっこければ、ギルドの連中から文句とか言われねぇのかなぁ」 「お前の場合、身長だけが問題じゃあねぇだろ」 放笑する仄にゼロは子供の如く口を尖らせ、「うっせぇ」とぶーぶー抗議をする。 「出所不明の難破飛空船か……まるで、幽霊船か何かの様相だな。無事に露払いが終わればいいが」 呟くような言葉に見やれば、高峰 玖郎(ib3173)が船体に手を当てていた。 「謎の幽霊船の調査ですか、ロマンですね、わくわくします」 エルディン・バウアー(ib0066)は垂れ下がった縄梯子を引っ張ったりして具合を確かめ、彼の脇からひょこと顔を出したルオウ(ia2445)が手を振った。 「お。ゼロー、久しぶりー!」 「ゼロ殿もいたのですね、ちょうどいい。いいですか、単独行動しちゃダメですよ。女の子達を守ってあげて下さい」 「せ、説法か?」 エルディンへ身構える後ろから、呆れたような嘆息が聞こえ。 「こうして顔を合わすのも、一年ぶりか。変わりは……なさそうだな」 「なっ、なんだよ。成長してないみてぇな口ぶりだなっ」 異論ありげに振り返ったゼロへ、御凪 祥(ia5285)が一瞥を返す。 「成長しているなら、ギルドから釘を差されたりしないと思うが。しかし、本当に年季が入った船だな」 「朝廷による歴史書では、初めて宝珠加工の飛空船が開発されたのが八六八年。およそ、百四十年前の事ね」 目の前の船へ話題を変えた祥に、飛空船の歴史を調べてきた胡蝶が指折り数えた。 「造船から百年以上は経過しているそうだから、だいたい百年ほど前にあった出来事……となると、八七二年に始まった第一次大規模探索によって泰国との国交が樹立したのが九二〇年だから、年代的にはこの辺りかしら。嵐の壁を突破したのは十二回目の挑戦だったらしいから、失敗した開拓者の船かもしれないわね」 「よく調べたもんだな。そういや前に独断で嵐の壁へ突っ込んだ末、ボロボロで戻った朱藩の飛空船もあったなぁ……って、寝るなよ、ゼロ」 煙管を加える仄が、欠伸をするゼロへ紫煙を吹く。 「鬼が出るか蛇が出るか。色っぽい美女でも出てきてくれりゃ、嬉しいんだがな」 「攻撃されたのか、航行不能になったのか……だけれど航行不能なら、普通は不時着なり何なりするだろ。そうなると、遺体の白骨化の線は少ないかな」 苔も付着していない船底に靖は首を捻り、ハテと気付いたルオウが眉根を寄せた。 「アヤカシに攻められたのか、航行不能になった原因があるのか……だけれど航行不能なら、普通は不時着なり何なりするだろ。そうなると、遺体の白骨化の線は少ないかな」 「そういう事に、なりますねぇ」 エルディンは相槌を打ち、心配そうなレネネトが船をじっと見つめる。 「東房で見つかった古い船からは、怪物が出たらしいのです。この飛空船には危険なモノがない事を祈るのです」 「何ぞまた、気になる事がありそうだが……無茶はするな」 先の皮肉に反論できず、喉の奥で唸っていたゼロへ祥が目をやり。 「けど、てめぇらだって腕を上げてんだろ」 どこか楽しげに、にしゃりとゼロが笑ってみせた。 ●手がかり 「で、怪我人は?」 「怪我した時の状況なら、聞いてきたわよ」 つぃとゼロを見上げる胡蝶に続き、玖郎も一つ頷く。 「それから船内の様子もだ」 「怪我の具合自体は大半が引っかき傷や鋭利でない刃物での傷に酷似し、比較的浅い傷ばかり。場所も腕や足が多く、急所を狙った印象はない。……これが解決の糸口になるかは、分からないが」 怪我の具合を確かめた祥の説明に、エルディンも「それから」と付け加えた。 「関係があるか判断しかねるのが、物が倒れてきた事による打撲や打ち身の類ですね。それでも怪我は怪我、軽く考えない方がいいとは思いますけども」 「調査隊の連中も最初、調査に夢中でうっかり怪我したんじゃないかって考えてたみたいだぜ。けど手分けしていた調査班のそれぞれで何人も怪我してるって分かってきて、だんだん変じゃないかって話になったらしい。そんなだから、あんまり気付いた事とか変な事はないってさ」 肩を竦めるルオウに、「だが」と玖郎が続ける。 「怪我をした者のほとんどは、その時に残された物を調べたり、物品を回収したりと、『何らかの調査や作業をしていた』らしい」 「へ? どういう事だよ、それって?」 きょとんとした靖は不思議そうに聞き返し、言葉少ない玖郎に祥が補足した。 「手分けをして怪我人のほとんどに会ったが、船内を移動する間に何者かから襲われたという話は、一つも聞かなかった……という事だ」 興味を引かれたのか、平静としながらも祥の眼差しは挑む様で、首尾を聞く仄もふむと唸る。 「確かに変っちゃあ変だが、『何がどう』と言えないのも面倒なトコだな」 「とにかく中へ乗り込まねぇと、何も始まらねぇぜ」 慣らすようにゼロはぐるぐる肩を回し、おもむろに縄梯子を掴んだ。 「原因がアヤカシかどうか不明だけど、純粋な好奇心も湧くからね」 胡蝶もそれに続き、九人全員が難なく船の甲板まで登ったところでエルディンが口を開く。 「こういう時、何か手がかりがありそうなのは船長室ですね! そこを目指しませんか?」 最初に探索すべき場所……彼の提案は、胡蝶や玖郎達も考えていた事だった。 「後は、操舵室とか。とにかく地図や航行日誌みたいな、乗員がどこの出身か分かる手がかりがあるといいわね」 「異論ない。もしそれを見つけられれば、この船の目的やここに至る経緯も分かりそうだ」 「んじゃ、全員で細かく調べるか。船長室なら、部屋を見つけるのも早いだろうしな」 興味があったのか仄も賛成し、落ちないよう下を見ていた靖が背中越しの相談へ振り返る。 「持ち帰られる何かが、見つかるといいな。それが紙とか木片、羊皮紙だったら、墨やインクの状態次第で中身は読み取れないかもしれないけど。探してみる価値はある……って事だよね、エルディン」 「はい。先遣隊の方々は何かにやられたとはいえ、軽傷。では船員達の死因は? 餓死なのか? それらの疑問を知る、手がかりがあるかもしれません。船が作られたのは百年以上前とはいえ、この船が私達の知る儀で作られたものなら、見つかった記録自体は決して解読不能な内容でもないはずです」 そこから一行は調査隊より聞き取った簡単な船内図を頼りに、まずは船長室を目指した。 ●船は語らず 「船の基本的な造りは、天儀の飛空船とあまり変わりがないのです」 外から観察していたレネトトが、通路を歩きながら首を傾げる。正体の分からぬ飛空船だが手分けをして探すまでもなく、一行は早々に船長室へ辿り着いた。 「なかなか、趣味は悪くないようだな」 感心した仄が見回す室内は、石を削ったり彫刻して作られた装飾の数々によって適度に飾られている。それだけでなく、調度の材質も大半が石だ。 「石だらけだね。この、白っぽい石は……?」 木や動物が浮き彫りにされた石板を、靖が指差す。 「おそらく大理石ね。天儀は木の建造物が多いけど、ジルベリアでは珍しくないわ」 「泰国でも、な」 石を観察した胡蝶の返事に、携えた刀「翠礁」の柄へ手を置く祥が付け加えた。 磨き上げられた石の表面をルオウがなぞってみると、予想に反して僅かにざらりとした感触がする。埃っぽさのせいかと数回こすってみるが、ざらつきは変わらない。 「でも仕上げが荒いような」 「いいえ。直接の風雨に晒されなくても、磨き上げられた石が幾らか荒れる程、長い年月が経っている……という事でしょうね」 自らも石に触れて確かめたエルディンは全体像を掴もうと、異国の雰囲気漂う室内を見回した。寝具と思しき布類は腐食してボロボロになり、見る影もない。先に調査隊もこの部屋を調べたのか、調度に被った埃には幾つかの置物が並んでいた痕跡だけが残っていた。 「何か、あるのです」 衣服らしきボロ布に埋もれた何かを見つけ、レネネトが振り返る。 近くにいた玖郎はゴワゴワした感じの四角い皮の端をつまんでみるが、それだけでつまんだ部分がぼろりと崩れた。 「羊皮紙のようだが……触れない方がいいか」 「え? 何か書いてある?」 「玖郎殿、いいですか」 羊皮紙と聞いた靖とエルディンが興味を示し、手に取りたくなる心を抑えながら玖郎の両脇より覗き込む。 「う〜ん……これって」 「読み取れませんね」 腐りかけた羊皮紙に綴られた見た事もない文様の列に二人は唸り、玖郎が首を傾げた。 「字が滲んでいるせいか?」 「それだけでなく、この文字はどこの国とも違う……部屋の調度といい、この船は私達の知らぬ文化を持つ場所で造られ、そこから天儀へやってきたようです」 「それって、アル=カマルみたいな別の儀が、まだどこかにあるって事か」 途端に興味を示した仄は片眉を跳ね上げたものの、すぐ眉間にしわを寄せた。 「だが、こいつは百年以上も昔の船だろう。新しい儀があったとして……」 「個人には掴みきれぬ事でも、開拓者ギルドや朝廷は何かを知っているのかもしれん」 アル=カマルに至る戦いを思い出し、祥も読めぬ文字を見つめる。それが重要な書類か私的な落書きか、遺言なのかすら判断がつかなかった。 「持って帰るのも無理かな……なぁ、ゼロ?」 靖が声をかけるが、無言のゼロは外に面した窓から動かない。 「何か見つけた?」 「随分と磨り減ってんだ。ココだけ」 軽くなぞった窓枠は、明らかに磨耗していた。船と全船員の命を預かった船長が何度も手を置き、あるいは腰掛けて外を眺めていたのか。 深く息を吐いてから、ゼロは仲間に振り返った。 「互いの連絡に伝声管を使うなら、俺は艦橋で伝達役をやるぜ。あそこは広いし、何かあっても俺から連絡出来るだろ?」 調査隊によれば、船内各所の伝声管はまだ使えるという。艦橋に直結し、そこから連絡係が必要な区画へ伝達する形式は天儀の大型飛空船と同じだ。横の連携が重要な場所、例えば動力区画は宝珠の制御区画と繋がっているが、厨房など生活区画は網羅していない。 「仕方ないわね。呼子笛の合図に気をつけて、舵輪とか壊さないでよ?」 動き回らないが、単独行動のゼロに胡蝶が念を押す。 「合図な。えぇと」 「一回なら生き物の発見、二回はアヤカシ。三度で応援の要請、長く一回は集合地点へ戻る」 「あ、ああ。覚えてるぜっ」 意味もなくゼロが胸を張り、再度の説明をした祥は頭痛を覚えた。 「何かが潜んでいる気配は……なさそうだ」 「音もしなくて、空っぽなのです」 華妖弓を手に玖郎が船倉を見回し、『超越聴覚』でレネネトは耳をすませる。開拓者達は二手に分かれ、船内の探索を進めていた。 「何も積んでないのか?」 「違うわね。ここ、食料庫か何かだったんじゃない?」 がっかりする仄に胡蝶は頭を振り、船倉の床に散らばった素焼きの陶器の破片をブーツの爪先でつついた。砕けて消えた分を考慮しても全体量は尋常でなく、大き目の破片から割れたのは壷だろうと見当をつける。 「船の規模を思えば、水や食料を大量に積んでいたんじゃない?」 「妥当な意見なのです」 胡蝶の見解に、レネネトも首肯した。 「この船に、何があったのか……」 探るように暗い倉庫を窺う玖郎は、仄が持つカンテラの光が届かぬ陰で何かが動いたような気がして、華妖弓に矢を番える。 「何だ?」 「分からない、が」 まだ気配を捉えられる位置ではなく、殲刀「朱天」を抜いた仄を先頭に四人はじりじりと船倉の奥へ進んだ。 遠くから、微かな鋭い笛が短く二度響く。 「向こうでも?」 「一斉に仕掛けてきた、という訳でもなさそうだけどな!」 笛を手にしたエルディンの前でルオウが脇差「雷神」を振るい、飛来する石の小刀を弾き落した。 「くるよ、次は左から!」 靖の言葉に返事の間も惜しみ、一歩を踏み込んだ祥が刀「翠礁」を突き込み。 鋭く繰り出された一閃は、石とはいえ小刀を二つに断つ。 床に落ちた石の刃物は黒い塵を吹き出し、崩れ去った。 「アヤカシが操って、投げてんのかよ?」 「いえ、一つ一つが付喪のアヤカシのようです。『素材』はもう、ボロボロですが」 ルオウに答えたエルディンが確かめるように見れば、『瘴索結界「念」』を使う靖はアヤカシの接近を伝えながら首肯する。 「瘴気の濃さは外と変わらないから、天儀の海を漂ってる間に自然と溜まったんじゃないかな。憑いたモノ自体も小さくて、だから軽傷だった……てね」 「遺体に取り憑かず、良かったというべきか」 周囲が静かになると祥は『心眼』で気配を改めてから、刀を鞘へ納めた。 「こちらを追ったりしている何者かも、いないようですね」 仕掛けた場所への侵入者を探知する魔法『ムスタシュイル』から反応はなく、宝珠を固定した古い機械の傍らに崩れた白骨へエルディンは目を伏せる。 「一体、何があったんだろな……」 「刀や打撲の後はなく、同士討ちは考え辛いな。隔離をした様子もない……考えられるのは『力尽きた』という事か」 眉根を寄せるルオウに祥も手を合わせ、親指の先ほどの小石を靖が拾い上げた。細かい花の彫り物がされた四角い石板は、上部に穴がある。 「これ、首飾りかな」 「付喪怪を倒しながら、いろいろ集めようぜ。壊れそうなのと大きいのは無理だけど」 呟きにルオウも遺留物を探し、祥は持参した天幕を示した。 「それなら毛皮と荒縄がある。青竹を通して二人で持てば、多少の量でも運べるだろう」 「助かります、祥殿」 周到な準備に、エルディンは礼を告げる。 そして伝声管で連絡を取り合った両組は、死した者達が残した僅かな生きた証を探し続けた……刻限のギリギリまで、取り憑くアヤカシを滅しながら。 |