【猫族】月へ捧ぐ火の彩
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/23 23:31



■オープニング本文

●三日月は秋刀魚に似てるよ祭り〜別名、月敬いの儀式
 泰国で獣人を『猫族(ニャン)』と表現するのは約九割が猫か虎の姿に似ているためだ。
 そうでない獣人についても便宜的に『猫族』と呼ばれている。個人的な好き嫌いは別にして魚を食するのが好き。特に秋刀魚には目がなかった。
 猫族は毎年八月の五日から二十五日にかけての夜月に秋刀魚三匹のお供え物をする。
 遙か昔からの風習で意味の伝承は途切れてしまったが、月を敬うのは現在でも続いていた。
 夜月に祈りの言葉を投げかけ、地方によっては歌となって語り継がれている。
 今年の八月十日の夕方から十二日の深夜にかけ、朱春の一角『猫の住処(ニャンノスミカ)』において、猫族による大規模な月敬いの儀式が行われる予定になっていた。
 誰がつけたか知らないが、儀式の名は『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』。
 それ以外にも、各地で月を敬う儀式は執り行われるようだ。
 準備は着々と進んでいたが、秋刀魚に関して巷では不安が広がっていた。

「とはいえ、やるコトはやらなきゃね」
 ぴこぴこと頭上に突き出た猫の耳を動かし、猫族の少女ホン・ファン(周 芳)は腕まくりをする。
「北の曹組や東の孫組には、負けられないもの!」
 鼻息も荒く気炎を吐いたファンは、朱春から見える三つの山をぐるりと見回した。

●三山送り火〜西の劉組の事情
 泰儀にある泰国の首都、朱春(しゅしゅん)。
 その近郊には、三つの山があった。山といっても険しい山ではなく低い方だが、朱春から見て「西の劉山」「北の曹山」「東の孫山」と呼ばれている。名付けの由来はもちろん、過去にあった群雄割拠の時代に泰国を治めた三諸侯の地名からだ。
 そして祭りの際は「月に観てもらうもの」として、毎年この三山で送り火が焚かれている。
 送り火の図案は毎年変わり、いつの頃からか――あるいは送り火が始まった時から、既に意識しあっていたのか――祭りの長い歴史の間に三山の送り火を担当する組は、互いに対抗意識を燃やし。技を競い合う結果、それぞれの特色を持つに至った。
 すなわち――
  西の劉組は、奇想天外。
  北の曹組は、豪華絢爛。
  東の孫組は、質実剛健。
 ――といった具合である。
 もっとも、競い合っても『勝ち・負け』が誰かに裁定される訳ではない。しかし歴史を紐解けば、ごくまれに「感銘を受けた時の春華王が、送り火を担当した組に贈り物を下さった」という事例が過去にあったという。

 ……が、そんな歴史はひとまず置いて。

 今や、月へ捧ぐ三山送り火を楽しみにしているのは猫族だけではない。
 祭り見物の旅客や街の人々の評判もまた、気になるところで。三山を受け持つ各組は、年に一度の晴れの舞台に向けて、その情熱を傾けていた。

   ○

 朱春の一角では数人の猫族が簡素な草庵に集い、真っ白な図案を前に頭を突き合わせ、にゃぐにゃぐと唸る。
 いずれも『三山送り火』にて西の劉山を受け持つ、劉組の猫族達だ。
「曹組は豪華絢爛、孫組は質実剛健……そして我らが劉組の伝統といえば、奇想天外。だが単なる『奇抜』では、これまでの劉組を培ってきた先代衆に申し訳が立たないからな」
「とはいえ一口に『奇想天外』と言っても、やっぱり難しいモンだよな」
「爆竹や花火のように大きな音を立てたり、パッと咲いて散ればいいというモノでもないからね」
 男女を問わず、集った若い衆はアレコレと考えを出すものの、図案作りはふるっていなかった。
 その原因は、なんと言っても秋刀魚の不漁だ。
 祭りが危ぶまれる中、ガックリと意気消沈した者もいれば、少しでも秋刀魚を獲ろうと漁に出た者も多い。アヤカシが退治できないかと挑んだ者もいて、劉組では送り火に関わる者自体が今年は減っていた。
「ここ一番で奇想天外といえば、やはり……開拓者でしょ?」
 話の流れが途切れた中、おもむろに口を開いたのは、じっと耳を傾けていたファンだ。
「まさか、開拓者に図案を考えてもらうのか」
「案そのものでなくても、小さなキッカケでもいい。同じ者が同じ頭を延々と突き合わせて澱んでいるより、違う場所の違う風を入れてみるのもいいんじゃない」
 少女とはいえ劉組で最も血気盛んな若手の提案に、年上の猫族達は不安げに顔を見合わせる。
「噂では、春華王は開拓者にも理解があると聞くわ。劉組の意地も分かるけど、もし秋刀魚の不漁がこのまま続くなら、その分だけお月様に盛大な送り火を見せたいし……無事に秋刀魚が取れるようになれば、それこそお月様にお礼をしなきゃ!」
「しかしなぁ……どうだい、ヤンさん」
 心配顔の猫族が、劉組を仕切るヤン・シューイン(楊 秀英)を見やった。
「ま、いいんじゃあねぇか? 他の者の手を借りちゃならねぇって、決まりもないからな」
 一番奥で徳利を脇に座した虎の獣人は日焼けした赤ら顔をくしゃくしゃにし、ガラガラと破れ鐘のような声で放笑する。
「まったく、ヤンさんはファンに甘いから……」
「そう言うお前らだって、そうだろうが!」
 ひとしきりげらげらと笑ったヤンは、鋭い目を少女へ向けた。
「図案と開拓者の件、お前に任せる。やるからには劉組の名に恥じぬよう、しっかりとやれ」
 打って変わって真剣さの混じるヤンの言葉に、緊張した表情のファンはこくりと頷く。
 かくしてファンは劉組を代表して、朱春の開拓者ギルドへ依頼を持ち込んだ。

   ○

『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』にて西の劉山を彩る送り火の図案作りを、開拓者の方々に手伝ってもらいたい。
 ただ伝統的な行事であるため、図案の作成に当たっては次の点に注意をお願いする。
 一つに、図柄は月を敬うもの、または秋刀魚や猫族に関するものである事。
 二つに、図柄は劉組の特色である『奇想天外』を外さない事。

「……上手くいくと、いいなぁ」
 ギルドの一角へ張り出された依頼書の内容を確かめたファンが、小さく呟く。
 北の曹組や東の孫組が、どんな送り火を考えているかも気になるが。
 それより何より、月と先代衆に満足してもらえる図案を作るのが第一で、彼女に託された重大な役目だ。日頃可愛がってもらっている劉組の皆と、大任を預けてくれたヤンの為にも、成し遂げなければならない。
 依頼書の前でファンは手を合わせ、にゃぐにゃぐと頭を下げた。


■参加者一覧
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
葛城雪那(ia0702
19歳・男・志
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
ケロリーナ(ib2037
15歳・女・巫
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
音羽屋 烏水(ib9423
16歳・男・吟
祖父江 葛籠(ib9769
16歳・女・武


■リプレイ本文

●助っ人登場
「ほほぅっ。泰国の祭り学ばんと足を伸ばしてみれば、悩み事とな。なればなれば、ここは一つ三味線奏で名案吟じてみせるとするかのぅっ♪」
 ぺけぺん、と。
 小気味の良い音が、泰国の首都『朱春』にある開拓者ギルドの一室で響いた。
 撥(ばち)を手にした烏の獣人、音羽屋 烏水(ib9423)は弦をすくいながら首を捻り。
「……いや、名案とは言いすぎかの? ま、開拓者も八人集まれば、文殊の知恵をも超えるやも知れんしのっ」
「頼もしいお言葉です。本当にありがとうございます!」
 集った開拓者達と顔を合わせた虎猫の獣人シュウ・ファンは、勢いよく頭を下げた。
「ところで、それは天儀の楽器ですか?」
「うむ。三味線、というものじゃな」
 べんっ。
 烏水は三味の合いの手を入れながら、興味深げなファンへ答える。
「良い音ですね……あ、申し遅れました。劉組より今年の送り火図案作りを任された、シュウ・ファンです」
「俺は羽喰琥珀だ、よろしくな!」
 ニッと屈託なく羽喰 琥珀(ib3263)が名乗りを返し、他の者達も順に挨拶を交わした。
「お祭りの夜を飾る、送り火の図案……芸術にたずさわる者として、興味のある題材です」
 アーニャ・ベルマン(ia5465)が目を輝かせ、ジルベリア出身の胡蝶(ia1199)は何気なく猫耳を目で追う。
「獣人の祭事か……ジルベリアには獣人は居ないし、どんなものか気になるわね」
「う〜……猫族さん沢山で、お祭りするですのね! 素敵な送り火にしたいですの〜☆」
 わくわくとしたケロリーナ(ib2037)も待ちきれぬ様子だ。
「お月様もびっくりしちゃうような送り火とかねっ」
 秋刀魚の不漁を気にかけながら、祖父江 葛籠(ib9769)も心躍らせる。
「皆が楽しめて月への感謝も示せるなんて、素敵な祭りですしね。頑張って、図案を考えないと」
 何やら懐かしそうな柄土 神威(ia0633)に葛城雪那(ia0702)も頷いた。
「頼まれたからには、劉組らしいものにしたいよな。楽しいお祭りになるよう、皆が笑顔になれる案を考えるぞ」
「でも、『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』かぁ……面白い名称だねっ。サンマは銀色の刀にも見えるから、天儀では秋の刀の魚って書くみたいだけど、三日月に喩えるのも素敵だねっ」
 葛籠に褒められ、嬉しそうにファンが笑う。
「祭りが終わったら、きっと三日月を見るたびに秋刀魚を食べたくなるよ!」
「その国の文化を知るには、参加してこそ……ね。秋刀魚好きになるかは置いて」
 それが、天儀での生活で胡蝶が体得した持論だ。旗袍「蝶乱」を身にまとった彼女は泰国への観光に訪れて、たまたま依頼を目にしたのだった。
「猫族さんの三山送りをお手伝いして、お祭りを成功させるですの〜☆」
「はい。アイデアを聞いていただけるだけで嬉しいですし、案が採用されれば……とっても光栄ですっ」
 盛り上がるケロリーナとアーニャに、腕をぐるぐると回す琥珀。
「俺も負けてられないぜ! 勝負の相手は『曹組』と『孫組』だっけ?」
「はい! では、劉組の集会所へ案内しますね!」
 ファンの道案内で朱春の街を歩く途上、送り火を点す「西の劉山」「北の曹山」「東の孫山」の三山を確認しながら、一行は劉組の猫族が集う草庵へ向かった。

●図案の草案
 猫族もそれぞれの仕事にたずさわっているせいか、昼間の簡素な草庵は静かだった。
「やぁ、ファン。彼らが図案の助っ人か?」
「忙しいだろうに有難い事だ」
 居合わせた猫族が、客人へ泰の茶や菓子を振舞う。
「この雰囲気は……少し懐かしい感じがします。私の育った村も、神威族の風習が少しあったので」
 茶と菓子を受け取った神威は、茶の香りにほぅと息を吐いた。
「案は各自で考えてきましたので、一つ一つ順番に説明しますね」
「はい、お願いしますっ」
 早速と切り出すアーニャにファンは神妙な表情で、椅子へ座り直し。
 松割木の準備をする猫族達も気になるのか、自然と耳がぴこぴこ動いている。
「では、私から……」
 ひと息ついて落ち着いた神威が、まず口を開いた。

「図案ですが、『一匹の猫が秋刀魚を月へ掲げている姿』から始めます。猫が消え、泳ぐ仕草をしてから秋刀魚の火を消し。全部の火が消えたところで、打ち上げ花火を……本物の月の傍に、秋刀魚が自ら水面へと飛び上がったような姿を見せる。という感じですね」
「ふむふむ」
 熱心にファンが耳を傾け、気付いた猫族の一人が彼女の案を紙へ書き留めていく。
「油を塗った長くて太い縄を束ねて張り巡らせて、それに火を点ける事で炎を線上に走らせ、徐々に図を描けないかな……と。長く燃やしたい部分は、縄を束ねて綱のように太くしたり、長く燃える別の物を置いて火を移すのもいいですね。
 秋刀魚の動きは、尾の部分が上下か左右に動く感じに。全部が燃え尽きて炎が消えたところで、月へかぶらない様に秋刀魚型の打ち上げ花火を上げる……と」
 あとは、と思案した神威は急に、少し困った表情を浮かべた。
「これは実現しても、私はお手伝いできませんが……秋刀魚の部分は、焼酎を浸した縄を使うといいと思います。炎が青く燃える筈ですので」
「なるほど〜」
 納得する猫族は手伝えない理由を追及せず、酒に弱い神威は少しばかりほっとする。色が変わるほどの酒を縄に含ませるなら、縄から立ち込める匂いだけで彼女は大変な事になってしまうだろう。
「問題点は、燃え移すための配置にかかる時間と、材料。炎がどれだけ燃えているか。後は打ち上げ花火を使ってもいいのか……そして秋刀魚の花火が出来るかどうか、ですね」

「ここは一つ、花火を上げてみてはどうじゃろうか。秋刀魚や猫の送り火から打ち上げるものじゃなっ」
 花火と聞いた烏水が、ぺけぺぺんっと三味線で合いの手を入れながら次に語る。
「それも普通の花火ではなく、落下傘を仕込んだ花火じゃ!」
「落下、傘?」
 不思議そうにファンが繰り返し、首を捻った。
「今年は秋刀魚も不漁で、あまり食べられん者も多いんじゃろう? 落下傘に猫や秋刀魚を示す印を付け、持ってきた者には新鮮な秋刀魚を振舞う! 見て楽しみ、貰って嬉しく、皆で分け合い食べれば喜びも増すとなっ」
 べべんっ!
 ひときわ賑やかに弦を弾き、ニッと烏水は笑ってみせる。
「もちろん、全て当たりにしても良し。秋刀魚でなくとも、別の物を渡すのもよしじゃしのっ。
 花火も月や秋刀魚に見立てることで、空に輝く月からの贈り物のようにもできんかの? どうじゃろう?」
「そうですねぇ……」
 何やら「う〜ん」と思案を始めたファンに、はたと烏水が気がついて。
「あ、でも、案をどうするか、今は聞かぬんようにしておきたいの。見る側の楽しみとして、わしも取っておきたいしのぅ」
「あはは、そうですよね。先に知っちゃうより、後でビックリする方が楽しいから」
「とういう事じゃ!」
 べんべべんっ、と三味を鳴らし、烏水は話を締め括った。

「私は、猫族に関するものを主に置きたいですね……」
 じっと先の二人の話を聞いていたアーニャが、きょろきょろと草庵の中を見回す。
「えっと、何か?」
「いえ。仕掛けを説明するのに、ここで火を焚くと危ないから……ドコでしようかなって思ったんです」
「それなら外、とか?」
「でもそれだと、他の人に見られちゃうよっ」
 扉を指差す猫族に、うずうずとファンが尻尾を揺らす。送り火の「タネ」になりそうな仕掛けを、先に誰かに見られるのは悔しいらしい。
「それなら、説明して分からなかったら模型……で、いいです?」
「うん!」
 小首を傾げてアーニャが確認すると、満面の笑顔でファンは頷いた。
「私が考えたのはニャンコの顔に、目の部分の炎の色が変わっていく仕掛けです。燃えた時に炎の色が変わるものを、上から順に層を重ねて薪に混ぜるんです。赤紫なら、御影石の粉。青なら、錆びた銅。赤くするなら、卵の殻……といった感じですね。
 ニャンコの顔は途中で表情が変わるよう、目の部分と口の部分の薪を少な目にして。そこが燃え尽きた頃には、別の目と口に点火するんです。水をざばっとかけて火を消して、次の薪に着火をするなら楽なんですけどね」
 いったん言葉を区切ったアーニャは茶をすすり、口を湿らせてから先を続ける。
「もし人手が使えないのでしたら、点火装置ですね。炎が薪の下の方まで行ったら燃え尽きる寸前のはず。薪の下に導火線を敷いて、次の薪に燃え移るようにしましょう。先端部分には蝋を固めておきます。導火線は陶製の管を通し、火の粉がかかっても間違って燃えないように工夫します。導火線着火方法は、燃え尽きる直前あたりで薪が崩れたとき熱で蝋が溶ければ火が着くはず! あまり確実性がないなら、一人着火役が欲しいですね。導火線を張り巡らせて、手元でひとつに束ねておけば楽です。火を使うから誰か近くで番しているかとは思いますが、どうでしょう?」
「え、えぇ、と……」
 ひと通り説明したアーニャが首を傾げればファンは固まり、他の者達も目を点にしていた。
「つ、つまり、人手があればいいんだね!」
「そっ、そういう事だな!」
 強張った表情と共に、もっとも簡単確実な結論へ猫族達は行き着く。
「だから、模型で説明しようと思ったんですけどね」
 それでも技術者でもなければ、実験者でも魔術師でもない彼らに通じたかどうか……あくまで町で普通に暮らす人々に、アーニャは苦笑した。

●そして、後半戦
「『奇想天外』っていうと……やっぱり色が変わったりとか、動いて見えたり、とかかなぁ」
 順番が回ってきた葛籠は窓の外の山を見ながら、さてはてと首を傾げる。
「問題は実現方法……だよね。先の人の案でもあったけど、動いて見せるのは時間差で点火したりとか、薪の量を調整したりとか、かな。色も……専門の職人に出し方を聞く、とか……?
 図案は……月の満ち欠けを表現してみたりするのも素敵かなーっ。月のウサギみたいな感じで、月の中を泳ぐ秋刀魚とか……劉と曹と孫の三諸侯が仲良く手を取り合ってる図も、面白そうだけど」
「面白そうですね。でも最後のだけは……劉組だけでなく、曹組と孫組にも意地がありますから」
 話を聞いていたファンが微妙に茶を濁す。三組が張り合っているのも理由だろうし、本来の月敬いの意味から離れてしまうのだろう。
「難しいんだね。ちょっと残念だけど」
 ファンの表情に、葛籠も強くは言わなかった。

「次は俺だな! 違う場所の違う風を入れんなら、違う儀の技術も取り入れりゃどーだ?」
 勢いよく切り出したのは、琥珀だ。
「仕掛け花火とかは天儀のほーが進んでるって思うからさ。俺達を雇えんなら、天儀の花火師も雇えるだろ? それで高さ十三尺以上の火花が噴出する手筒花火を、沢山作ってもらうんだ」
「それで、どうするんです?」
 きょとんとして訊ねるファンに、悪戯っぽく虎の獣人の少年は笑う。
「まず左上に月、下側に捧げられた秋刀魚を篝火で山の斜面に描く。それで一定の時間が経ったら、あらかじめ仕掛けておいた手筒花火に点火し、火花で山の斜面全体を覆い隠しちまう。
 その間に次のかがり火を点けておき、花火が終わったら捧げられた秋刀魚をくわえる猫が山の中央に現れる……って、寸法だ!」
「おぉ〜」
 面白そうな案に、他の猫族達も興味を示す。
「手筒花火は二尺程の青竹の節をくり貫き、周囲を麻縄で巻きつける。一定の距離を開けてこれを置き、山の斜面に固定。後は導火線で点火口を繋いで、一つの導火線に点火したら順番に火が回るようにするんだ」
 仕掛けは大変だが花火師と人手があればと、琥珀はまとめた。

「けろりーなは最初は一匹の秋刀魚さんが、やがて色とりどりの秋刀魚さんの群れがお月様にむけて泳いでいくのを、まるで動いたようにみせるのが面白いと思うですの」
 ケロリーナは持参した数枚の紙に描いた魚の絵をぱらぱらさせて、絵が動く様子を実践してみせ。じっと見つめていたファンが少女へ視線を上げる。
「つまり、走馬燈のようなものですね」
「実際には少しの間隔を取りながら次々と火を点けていって、動いているように見せるですの。油のついた紐を導火線がわりにすれば、火付けを合わせるのは楽だとおもいますの」
 頷きながら、机の上でとんとんとケロリーナは紙束を揃えた。

「奇想天外っていうのも、難しいわね……」
 他の者達の案を聞いていた胡蝶は、小さく呟く。それから残る意見が少なくなってきた事に気づき、口を開いた。
「アーニャ達の言う、火の変色は面白いと思うわ。泰国でも花火自体は珍しくないでしょうし、ある程度の色の調整は出来ると考えたのだけど。
 最初に、山腹の右下で空を見上げる猫。次に左下へ1匹の秋刀魚と、真ん中の上に三日月を浮かべて。そこから秋刀魚が2匹に増えれば、三日月は半月に変化し……最後に秋刀魚が3匹になる事で、半月が満月となって完成するの。
 月敬いの儀式が三匹の秋刀魚を供えるっていうのと、『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』って名前から三日月を貰ったわ。ケロリーナ達の案にもあるけど先に薪を配置し、時間をずらして点火していけば……可能かしら」

「俺もいろいろ、考えたんだけど。絵巻のように流れるような図で、時間を置いて形が変化するのがいいと思うな。
 題材は三毛猫が秋刀魚を追う姿で、最後には三日月に向かう秋刀魚を惜し気に見送る……とか?」
 最後まで思案していた雪那は説明を終え、なおも自分へ集まる視線に首を傾げた。
「短かった、かな」
「いえ、とても分かり安い説明でした」
 ファンは笑顔で首を横に振り、ほっと雪那が安堵する。
「他にも図案以外でも手伝える事があれば、手伝うよ。祭りに関係した料理……秋刀魚や三日月を模した料理、とか」
 料理の話を聞けば、何やら腹も減ってきて。
「そうね。せっかくだし、紹興酒っていうのと何か肴を……秋刀魚じゃないわよ」
 呟いた胡蝶は、意味深な猫族の視線に鋭く切り返した。
「ともあれ、送り火は楽しみにさせてもらうわ」
「あ、図案の結果は聞かんからの。見てのお楽しみと、しておきたいしのぅ」
 ぺんっと弦を弾いた烏水が頼み出れば、琥珀らも頷く。
「で、肝心の送り火はいつだっけ?」
「お祭り最終日です。目玉ですから」
「じゃあ、すぐには見れないわね」
 残念そうな神威に、改めて葛籠も窓から劉山を眺めた。
「三つの山の送り火、どんな感じなんだろう。きっと幻想的なんだろうな……あっ、下準備とか人手が足りないなら、お手伝いするからね!」
「はい! 皆さんから頂いた案を活かし、春帝様よりお褒めの言葉を賜れるように頑張ります!」
「うん、応援してる!」
「けろりーなも、ですの〜☆」
 気合いを入れるファンをアーニャとケロリーナが激励する。
 その後、劉組の猫族達は開拓者への礼にと、ささやかな御馳走や土産を用意し。夜闇を彩る送り火を誰もが胸に描きながら、賑やかな夜は更けた。