【浪志】星よ願い届けよ
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/17 21:22



■オープニング本文

●残されし若木の行方
「たのもーぅ!」
 神楽の都にある浪志組の屯所に、時ならぬ大音声が響いた。
 何事かと隊士の一人が慌てて顔を出せば、神楽に住まうなら誰もが知っている人懐こい顔が、にしゃりと笑う。
「俺は開拓者のゼロだ。東堂俊一の養い子らの件で、真田の某(なにがし)に会いに来た。居るならば、取り次いでくれるか?」
「しばし、待たれよ」
 名乗り、用向きを告げられた隊士は、微妙に強張った表情で奥へ引っ込んだ。待つ間の手持ち無沙汰に、ゼロは空を仰ぐ。
 既に空は青の色が増し、浮かぶ雲も白く……夏の気配が濃くなっていた。

「東堂さんの子供達を引き取りたい?」
「応よ。一時預かりじゃあなく俺の子として引き取り、育てようと考えている」
 用向きを確かめた真田悠(さなだ・ゆう)にゼロが即答し、後は微妙な沈黙が落ちる。
 屯所の座敷に通されたゼロは、そこで真田と対面していた。
 折り入った話の為に障子は閉じているが、数人の隊士が緊張と共に耳を済ませる気配は薄っすらと漂ってくる。
 東堂・俊一(とうどう・しゅんいち)とは、先日に天儀王朝への乱を企てた咎で八条島へ島流しとなった男の名だ。
 彼は十数人の孤児を養っていたが、流罪が決まると子供らは行き場を失った。東堂についていく事も考えたらしいが、縁のある開拓者達の説得で神楽に残り。今は浪志組の屯所に身を寄せ、里親などの引き取り手が現れるのを待っている。
「僅かだが、子供らとは面識もある……つっても、東堂に寺子屋の先生役を押し付けられたってだけだが。しかしこれも、何かの縁。天涯孤独の身から、東堂の元で家族を得たも同然となったガキどもが、また勝手都合で散り散りになるよりは……と、思った次第だ」
「そうか……あいつら、いつか東堂さんの汚名を晴らし、八条島まで迎えに行くって息巻いてたが」
「その話も、耳にしている。確かに東堂は胡散臭い奴だったが、止める理由はねぇだろ。ガキどもが汚名を晴らすってんなら、それもいいさ」
 からりと笑ったゼロは、熱い茶を口へ運んだ。
 だが真田は怪訝そうな顔をしたままで、表情は冴えない。
 そも、互いに噂に聞けど真田とゼロはほぼ初対面。真田としても預かった子供らを、よく知らぬ相手へ「はい、そうですか」と任せる訳にもいかなかった。
「ご内儀は承諾しているのか? その、いきなり十人も子が増えると、やりくりも大変だろう」
「それなら、あいつも拾われ子でな。子供好きで面倒見もいいから、文句はないと思うぜ。金の方は……俺の素行から心配かもしれねぇが、花街通いは辞めて久しい。大家から長屋にある二軒屋を借りる手はずは整えたし、子供を引き取ることが決まり次第、引っ越すつもりだ」
「随分と、段取りがいいな」
 神楽でも腕利きと名高いゼロならば、相応の稼ぎもあるだろうが……と、思案しながら真田が苦笑う。
「そりゃあ、本気だからよ?」
 不機嫌そうにゼロが口を尖らせ、観念したように腹から大きく息を吐いた真田は懐より文を取り出した。
「酒天君から預かっていた。もし子供らの件でゼロ君が現れたら、渡してほしい……とな」
 渡された文を手に取ったゼロは、中の書状をひと打ちして広げる。
 ――ありがとう。後は任せる。
「ったく……あのチビ修羅め」
 綴られた簡素な一文に、からからとゼロが笑い。
 同じ頃、神楽の都の一角では酒天童子の盛大なくしゃみが響いたとか、なんとか。

 顔を合わせた子供らはゼロが遊びに来たとはしゃいだが、真田の説明を聞けば俄かに(にわかに)顔をこわばらせた。
 子供らにとっても、養子話は青天の霹靂。
 戸惑う一人一人の頭を、しゃがんだゼロがわしゃりと撫でる。
「東堂の事もあるし、いきなり家族だナンだといわれても背中がむず痒いだろ。まずは、同じ屋根の下で落ち着くトコから始めればいい。俺の子になるか否か、てめぇら自身で自由に決めろ……今なら、誰にも負けねぇ優しい別嬪さんが『かーちゃん』になるぜ」
 冗談めかしたゼロは引越しの日取りを伝え、その日は一人で帰路についた。

●開拓者長屋 遅れ七夕
「それで、子供らをまとめて引き取る事になった……と」
 夕涼みにと道端に置かれた長椅子に腰掛け、一部始終を聞いた崎倉 禅(さきくら・ぜん)が苦笑した。
 長椅子の傍らには鉢植えの朝顔や、赤い提灯のような実を下げた鬼灯(ほおずき)が並んで置かれ、一時の涼をかもし出している。
「言っとくが、『あいつらが不憫だ』ってな一時の情で引き取るつもりじゃあねぇぜ。己が道筋をつけ、独り立ちするまで面倒はみるし……なにより家族がバラバラになるのは、な」
 団扇で肌蹴た胸元を扇ぎながら、ゼロは口を尖らせる。
「だが既に、年長の何人かは商家なんかに奉公へ出た後だった。小さい連中が離れずに済むようって気概らしいから、無理に引き戻す訳にもいかねぇだろ」
「住み込みでの奉公ならば、寝る場所も服も喰うに事欠く事もなく。心配は無用……か」
 呟く崎倉の隣にはサラが腰掛け、実を取って洗った鬼灯を口に含み、鳴らそうとしていた。
 だが上手く鳴らせないのか、「ギュ」とか「プシュ」とか気の抜けた音しか出ない。
「ともあれ、だ。引越しの日は騒がしくなるだろうが、すまねぇな」
「引越しの後から、ずっと賑やかになる……の間違いじゃあないか?」
「そうかもしれね」
 断りを入れたゼロは崎倉の訂正に反論できず、むぅと唸る。
 そこへぱたぱたと足音が駆けてきて、明るい声が続いた。
「あっ、ゼロさんだー! 聞いたよ、聞いたよっ。隠し子がいっぱい見つかったから、引き取るんだって?」
「待て。どこをどう捻じ曲げれば、そんな話になる!?」
 目を輝かせる絵描きの桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)に、がくりとゼロは脱力し。ふと思い出したように、顔を上げる。
「そういや、汀。てめぇのトコに、七夕の短冊とか残ってねぇか? あったら、譲って欲しいんだが」
「あるけど、ナンで?」
 急なゼロの頼みに、きょとんと汀は小首を傾げた。
「店賃を稼ぐのに忙しかったし、引越しついでのいい機会だ。ひと月遅れでも、七夕の星は文句を言わねぇだろ」
「じゃあ、笹も必要だね!」
 はしゃぐ声を聞きながら、段取りを任せたゼロは引越し先の二階家(にかいや)へ目をやる。
「長屋に住む近所の連中にも、面通しをさせたいし。子供らを心配してるのも、いるだろうし。賑やかに夕涼みをやるっつったら、遊びに来るのもいるだろうからな」
「じゃあ、皆で流し素麺とかっ!」
「それ、争奪戦つーか、惨状しか見えねぇ……」
 満面の笑みで提案する汀にゼロがげんなりし、サラの頭を撫でながら崎倉も忍び笑った。
 その足元では藍一色の仔もふらさまが、食べ物の話にもふもふ尻尾をぶんぶんと振る。

 開拓者長屋の一角に奉られた小さな守り神社の傍らでは、植えて二ヶ月ほどの桜の苗木が夏の日差しに負けず、青葉を茂らせていた。


■参加者一覧
/ 六条 雪巳(ia0179) / 柚乃(ia0638) / 紫焔 遊羽(ia1017) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 海月弥生(ia5351) / 氷那(ia5383) / 菊池 志郎(ia5584) / 和奏(ia8807) / 以心 伝助(ia9077) / 劫光(ia9510) / リーディア(ia9818) / アグネス・ユーリ(ib0058) / エルディン・バウアー(ib0066) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 十野間 月与(ib0343) / ケロリーナ(ib2037) / パニージェ(ib6627) / 玖雀(ib6816) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 月夜見 空尊(ib9671) / 木葉 咲姫(ib9675) / 須賀 なだち(ib9686) / 須賀 廣峯(ib9687) / 祖父江 葛籠(ib9769


■リプレイ本文

●只今掃除中
「水、汲んできやした」
 水桶を伝助が土間に起き、台所を整える月与が顔を上げた。
「ありがとう、助かるよ」
「多少の力仕事なら任せて下さいやし」
「汚れたお水は〜?」
「撒いてきやすよ」
 雑巾を絞るケロリーナは桶を指差し、伝助が手を伸ばす。
「階段の段……も、拭くのでしょうか」
 ちょこんと階段の真ん中に座った和奏が、小首を傾げ。
「ええ。上から、ね」
 コツを教える弥生は、汚れた雑巾と綺麗な雑巾を交換した。
「壁や畳は傷みが少ないから……後は、屋根をかしらね」
「あっしが登りやしょうか?」
「あら。『目』だけなら……ねぇ?」
 弥生と伝助のやり取りに、アグネスははたき片手に意味ありげな視線を友人へ投げる。
「怪我を心配して顔を出してみれば、陰陽師使いの荒い……」
 口の中で愚痴をこねる劫光だったが、合戦で深手を負ったアグネスが楽しげに掃除する様子に安堵し、五行呪星符を一枚取り出した。

「迎えで手が減りますし……しっかりとお掃除、ですね……」
「そうだな。遣り甲斐がありそうだ」
 咲姫がほうきで埃を掃き、段取りを考えながら玖雀は乾拭きしていた。熱心な玖雀の様子に、咲姫は小首を傾げ。
「玖雀さん……手際が良くて、楽しそう……ですね」
「そ、そんな事はないと思うがっ?」
 不意に指摘され、赤くなった顔を隠すように玖雀がうろたえる。
「汚れていたのが綺麗になると、気分も良くなるものだろう」
「確かに……でも、乾いた雑巾です、よ?」
 無意識に玖雀が絞る乾拭き雑巾を、そっと咲姫は指を差した。
「ふふっ、玖雀様も随分と楽しげで……出向いた甲斐も御座いますね」
 なだちも掃除に勤しみ、風が通る日陰では『への字』口な廣峯がどっかり胡坐をかいている。
「暑いし、人は多いし、面倒くせえ……この上、騒々しいガキまで増えるのかよ」
 肌蹴気味の襟をバタバタ扇ぎながら廣峯はぼやくも、妻に悲しい顔をさせたくはないので皆までは言わず。
(なだちが来たがらなきゃ、こンな場所……)
 掃除を手伝う柄でもない廣峯は自然と妻の姿を目で追い、所在無げな様子になだちが笑むと急いで視線を外した。
「こっちは次の場所にかかるが、なだちは如何する?」
 必ず夫から見える場所にいる彼女に玖雀も気付き、乾拭きを切り上げる。
「私は、この部屋をもう少し」
「ならば俺と咲姫で、向こうの部屋にかかろう」
「そうですね……」
 残ったなだちが様子を窺えば、即座に廣峯は渋い表情で安堵を隠した。

「私は何をしましょうかね?」
 片付いた縁側からリーディアが訊ねるが、月与や弥生は笑顔で取り合わず。
「好意に甘えて、大人しく座っておきなさい。身重なんだから」
 彼女がジルベリア風の調理器具を欲しがっていると聞き、助言に来た胡蝶が釘を差した。
「でも皆、楽しそうだもんね!」
 つい最近に開拓者となった葛籠は緑の瞳を輝かせる。しわくちゃの爺さまや、むさ苦しいおっさんらに囲まれた少女の暮らしは一変し、全てが目新しい事ばかりだ。
 楽しげに掃除をこなす葛籠の手際に、見ているリーディアもうずうずし。
「エルディン達が何か作っていたようだけど、覗いてみれば?」
「でも折角なので、新居で『家族』を待っていたくもあるのですっ」
「複雑ね」
 家族としての第一歩は譲れない様子に、提案した胡蝶は苦笑した。
「でも、やっぱり遅いからっ。気付くの!」
「『来ないなぁ』とか『ちょっと調子悪いなぁ』とは、思っていたのですよ?」
 ビシッとアグネスが指差せばリーディアは誤魔化し、残念そうに伝助が笑う。
「知った時のゼロさんの顔、見たかったっすね」

「えぇと、五ヶ月……だそうです」
 二ヶ月ばかり続く体調の悪さから、産婆へ相談したリーディアが身籠った事を伝えれば、ゼロは息すら忘れた。
 細腕に背をぽむぽむと叩かれ、やっと大きく息を吐き。
「ありがと、な」
 かすれた声で短い礼を告げる。
 それから二人は掃除や七夕の準備で集った友人や顔見知り、長屋住人一同に声をかけ、照れ臭そうに懐妊を明かした。
「リーディアが? そっか……そっかぁ、おめでとうっ」
「その身体で合戦へ参加してたのですか!?」
 アグネスはぎゅっと友人を抱きしめ、狼狽したエルディンがのん気な当人の先を心配する。
「気付くのが遅すぎるにも、ほどがありますよ……最寄りの戌の日はいつでしょうか。そろそろ、腹帯をしましょうね」
「めでたき事は、重なるもんじゃの」
 長屋の賑やかさに誘われて手伝う烏水も、不意の祝い事に「これも縁」と嬉しげに三味線「古近江」をべべんと打ち、歌うようにアルーシュが祈った。
「大事な思いを抱えて、お引越しされるのですね。良い日になります様……」

●小さな門出
「子供達の身の振り方が決まったと聞き、見届けに参りました」
 挨拶の菓子折を手に志郎が一礼すれば、応じた隊士も頭を下げる。東堂に同行する気の子供達を神楽へ残るよう説得した一人として、志郎は先行きを気にかけていた。
「あの……亜祈さんは、お身体に大事ないでしょうか?」
「彼女なら少し前、挨拶にきたよ。何でも兄弟揃って泰へ里帰りとかで……子供らに土産を渡して」
 訊ねる氷那に隊士が奥を見やれば、仕度を終えた子供らの手には竹トンボがあった。司空亜祈の弟妹と遊び友達だった子らの……初めて会った時の話を思い出し、小さく彼女は笑む。
「入れ違いは残念ですが、亜祈さんがお元気なら何より……お別れも言えたのですね」
「聞けば氷那殿は司空の命の恩人の一人だとか。同じ隊士として、御礼申し上げる」
「面を上げて下さい。子供達の迎えも来られたようですし」
 氷那は銀髪を左右に揺らし、屯所前の気配に表を示した。

「奉公に出た子達、弟妹の行き先を気にしてると思うの。教えた方が良いと思って……でも聞いたら、奉公先は一日二日で回れる距離じゃないとかで」
 しょんぼりする真夢紀に、ゼロが低く唸る。
「奉公先が大きな町と限らねぇし、里心がついても先方が困るからな」
「でもゼロさんも、思い切った事をなさいますねぇ」
 感心しながら雪巳はゼロに微笑む。
「いや。俺の勝手で迷惑をかけるかもだが」
「つまり、いつもと変わりなく……いえ、何でもありません。人手がいる時はいつでも呼んでくださいね?」
 日常茶飯事と笑う雪巳は、子供達と視線を合わせた。
「これからはご近所さんですね。心配せずとも、長屋の人は皆やさしい人ばかり。もし困った事、聞きたい事があれば、私の所へもいつでもおいでなさい。歓迎致しますよ」
「さて、忘れ物はありませんか?」
 最後に志郎が確かめ、出立と聞いた隊士達が見送りに集まってきた。
「では、お世話になりました」
「隊士の皆さん、ありがとうございました!」
「お世話になりましたっ」
 礼儀を示すように志郎が礼をすれば、子供達も次々と頭を下げる。
 不揃いな仕草をゼロもじっと眺めてから、子供らの頭越しに隊士達へ会釈した。

「今日は七夕の夕涼みをするので、開拓者長屋にはたくさんの人が集まっていますよ、おいしいものも、たくさんあるでしょうね」
「志郎のお兄ちゃんも、来るの?」
「それは……」
「お兄さん達も忙しいんだから、無理言うなよ」
 年少組を年長者が諌め、口ごもる志郎は苦笑う。
「その代わり、途中で夏花でも摘んでいきましょうか」
 緊張した子供達の気をほぐすように、寄り道へ誘った。
「いいの?」
「部屋に飾る花をお土産にするのはどうです。ね、ゼロさん」
 幼い子や不安げな子と手を繋ぐ雪巳が、一番後ろの『父親』に聞く。
「おぅ、リーディアも喜ぶだろうぜ。驚かしてやれ」
 からりと笑うゼロが促すと子供達は寄り道の相談を始め、川縁に着くと無邪気な表情で駆け出した。
 花を探し、走り回り、そして一斉に竹トンボが夏空へ舞い上がる。
 風に流される一つにいち早く気付いた氷那が銀髪を翻して駆け、川へ落ちる前に掴まえた。
「上手ね」
「ありがとう! 亜祈さんの竹トンボ、お姉さんも飛ばす?」
 手渡した子に誘われ、しばし氷那も遊びに興じる。
「この度の事、驚ましたが……小さい子達は離れ離れにならなくて、よかった」
 幾分か硬さの取れた子供達に志郎が安堵し、呟いた。
「てめぇも寄らねぇか?」
「いえ。丁度、区切りも良いですし」
 二階家に着くと志郎は足を止め、真摯な眼差しで深々とゼロに頭を下げる。
「どうか……あの子達を、よろしくお願いします」
 無責任だと呆れられても仕方ないと覚悟した上で、末を託した。
「委細承知。だが顔を見たくなったら、遠慮なくな。『友達』が遊びに来れば子供らも喜ぶ」
 迎えに出たリーディアへも志郎は一礼し、子供達に「元気で」と声をかけて別れる。
「お兄ちゃん、またね!」
「ありがとう!」
 見守ってきた青年は一度だけ振り返って頷き、人の流れに消えた。

 志郎を見送った子供らは、自分の荷物――風呂敷包み一つを胸に抱き、不安の入り混じった表情で二階家の敷居をまたぐ。
「お世話になります」
「はい。でももう皆さんの家ですから、『ただいま』でいいんですよ。」
 緊張気味の子供達に、リーディアは一人一人と顔を合わせながら名と誕生日を聞き。
「すぐに『母』とは思えないでしょうけども、私は全員を本当の子と思って育て、愛しぬきたいと思ってますから」
 よろしくお願いしますね……と、十二人へにっこり微笑んだ。
 離れた遊羽が、そんな光景を思いを揺らす。
(この子らは、どないな未来を見てるんやろか……)
 弟二人きりで、必死に生きてきた自分の過去を重ね……彼女は頭を振った。
(ゆぅは、もっと目が死んどった……けど)
「……遊羽?」
「ううん。あの子らは大丈夫や」
 気を許せば聞き逃しそうな返事だったが、細い肩へパニージェは手を置く。
 子供達が東堂の養い子だったと聞いた時、一瞬だけ彼は表情を強張らせたが……黙したまま、祈るように目を伏せる。彼の胸の内に去来するものを遊羽は知らぬが、駄々っ子の如く袖を引かずとも、いつか背負った荷物を少しでも自分に分けてくれればと密かに願い。
 今はただ、愛しき騎士へ小さな笑みを向けた。

●縁は結び、願いは星に
「慣れん生活を受け入れるには、まず同じ事を共にし、共に楽しむ事じゃっ」
 明るく音頭を取る烏水の助言で、『親子』は家族での荷解きを始め、使う部屋を相談して荷物や布団を運び入れる。
 月与や真夢紀は料理を進め、アルーシュは桂木 汀や崎倉 禅と七夕飾りの準備を始めた。
「皆がバラバラにならなくて、よかった……。迎えに行きたかったけど、ごめんねっ」
「ううん。心配してくれて、有難う」
 安堵した柚乃が謝れば子供達は嬉しげな顔をし、感慨深げに弥生も見守る。
「裏が表に、表が裏にと……」
 東堂の一件が落ち着いたと思ったら、文字通りの『置き土産』足る身寄りの無い子供の問題。それも奇特な者が里親となった事で、落ち着いた。
「ある意味、この件に関しての総仕舞いという処よね」
 弥生自身が直接に何をしたという訳ではないが、決まりつけの結びに意見を差し伸べた事もあり、行く末を気にかけていた一人だった。
「胡蝶さん、七夕飾りは作らないの?」
「つ、作らないわよっ。今年は人が多いから、短冊の場所も必要でしょ」
 訊ねる汀に、焦りながら胡蝶はぷぃと明後日の方を見やった。
「じゃあ、短冊にお願い事を書きましょうか」
「書き物をするなら、これを使うといい。これから必要になるだろうからな」
 提案するリーディアに、筆記用具一式をパニージェが手渡す。
「ありがとよ、すまねぇな」
「祝い事だ。気にする事はない……皆、自分を確りと持つ様にな」
 幼い瞳へ、彼は門出の言葉を送った。
「そしたら、うちからも……」
 遊羽は女の子六人のうち幼い三人に「もふら」「うさぎ」「とら」のぬいぐるみ、年上の三人には扇子「雲間」を贈る。
「大人しい子もおろうてな。まずは自分が何を出来るか、焦らんと一生懸命に考えて生きてな」
「はい」
 最年長の少女がお辞儀し、遊羽はリーディアへも薔薇の花束と石鹸を贈った。
「おめでた、おめでとうございます。子供が増えるなら、石鹸は役に立つと思いますから」
「ありがとうございます。大事に使わせてもらいますね」
「書いた人から、「引越しおそば」を食べるですの〜♪」
「後は素麺と、付合せの天ぷらも揚がったよ」
 ケロリーナに続いて月与が声をかけ、真夢紀も寿司の折詰を解く。その間に弥生があぶる直火焼裂きイカや、司空家の糠秋刀魚の良い香りが鼻をくすぐった。
「これは、酒がほしくなるな」
「そういえば先の依頼では夫共々お救い頂き、有難う御座います。お好きだと伺いましたので、是非お受け取って下さいませ」
 極辛純米酒を差し出すなだちに、軽く玖雀は頭を下げる。
「これは、かたじけない」
「ンぁ、あー……そういえば、あん時の……来てたのか。……お前、見かけに寄らず強ぇよな。機会がありゃ、仕合いてえもんだぜ」
 やっと玖雀に気付いた風な廣峯が、ニィッと楽しげに笑った。
「そうだな。機会があれば」
「あ、空尊さん……」
 その時、傍らの咲姫が遅れて現れた長身に気付く。
 夕暮れと共に訪れた空尊は子供達を眺め、迎えに出た咲姫をじっと見た。
「ふむ……繋ぐか……?」
 だが差し出す手を白い指はかすめ、着物「黒霧」の袖をきゅっと握った。
「……空尊さんも、七夕、楽しみましょう、ね?」
「七夕……星祭、か……」
 少し困った様な咲姫の微笑みを空尊は気にする風もなく。
「飾りを……作るのか……?」
 紙を切る子らへ、無表情の彼は興味がおもむくまま訊ねた。

「『東堂先生と早く会えますよう』『東堂先生が元気でいますよう』……揃いも揃って、東堂の事ばっかだな」
 子供達の短冊を見比べたゼロが苦笑し、くすりと雪巳は口元を隠す。
「本当に、東堂さんの事が好きなんですね」
 そんな雪巳の手には、『若木が健やかに真っ直ぐ育ちますように』と願う短冊。
「柚乃殿は、何を書かれたんですか?」
「……内緒☆」
 訊ねるエルディンに柚乃は短冊を隠し、こっそりと笹へ結び。
(願わくば、紡がれしヒトの絆が解れん事を……)
 拍手を打つように精霊鈴輪の音をしゃんしゃんと響かせ、満点の星に希った。
「私が願うは、何よりも『家内安全』ですねっ。ゼロさんは今年も書かないんですか?」
 短冊を手にリーディアが首を傾げ、「まぁな」とゼロは苦笑する。
「天儀の風習は、素敵ですね」
 かけられた願いを見つめるアルーシュは、静かに穏やかな歌を歌い始めた。
 澄んだ歌声に引き寄せられたか、茜の空に帰る途中の小鳥数羽が屋根の上や庭へ舞い降りてくる。
「この子達なら飛んで、何処までもいけるはず。願い事はお星様に、お引越しの御報告はこの子達にお話して託してみませんか?」
 小鳥に囲まれたアルーシュが声をかけるも、不思議そうな子らは真剣な眼差しで首を横に振った。
「ううん。八条島は遠いし、嵐の壁もあるから……帰れないと可哀想」
「でも、ありがとう」
「いいえ。どういたしまして」
 行儀は良いが寂しげな表情にアルーシュは笑顔を返し、幼い直向きさが実るよう願いを込めて、再び歌を紡いだ。
 どこにいても、見上げる夜空は同じ。
 彼もきっと、同じ星を見ている筈だから……。

「くだらねぇ」
 つまんだ短冊をひらひら振った廣峯は、傍らで願い事を書くなだちの姿に嘆息する。
「廣くんは何を書いたんですか?」
 こっそり妻に問われ、乱雑な字で先に書き上げた夫はふぃっと明後日の方を向いた。
「……教えねえ」
「じゃあ、廣くんのと一緒に飾ってきます。見ちゃダメなら、見ませんから」
 短冊を預かるなだちだったが、結びたい場所に手が届かず。
「ほら、貸せ」
 ぴょんぴょん跳ねる妻の後ろから廣峯が短冊を取り上げ、笹へ結んだ。
「ここで良いか?」
「はい、アナタ」
「ふんっ」
 素っ気なく踵を返す廣峯へなだちが寄り添い、夫婦の短冊は仲良く並ぶ。
『廣峯様と永久に添い遂げれますように』
『なだちがずっと笑ってるように』

「……ぬしらは……器用なものだ……」
 黙々と七夕飾り作りを勤しんでいた空尊が子供らの出来に感心し、一緒に揺れる少し切りの大きな飾りを見つめた。
「う〜ん……!」
 傍らでは高い枝につけようと咲姫は背伸びをするが、届かず。
「……つけるのか……?」
 空尊は短冊の糸をつまみ、一番高い場所へひょいと結んだ。
「これで織姫さんと彦星さんに……願いが届くと、いいのですけど……」
「織姫と彦星……? 星の名、か……?」
「七夕のお話、空尊さんは……聞いた事ないです?」
 知らぬらしい空尊に咲姫は語って聞かせるが、何故か進むにつれて表情は暗くなり。
「……咲姫?」
 何気なく頭を撫でようと手を伸ばせば、何故か咲姫はふぃと身を引いた。
「……す、すいません……っ」
 謝り、駆け去る後姿に空尊は取り残された子供の如く、きょとんと首を傾げる。

(願掛けの類は、あまり好きではないが……)
 迷いのない遊羽の手に感心していたパニージェは、慣れぬ筆先を紙へ運ぶ。
「遊羽は何を願ったんだ?」
 何気なく問うと楽しげに遊羽は紫眼を輝かせ、扇子で口元を隠して微笑んだ。
「……内緒」
 微妙に眉根を寄せた相手が考え込み、無防備な横顔へ届くよう彼女はそっと伸びをする。
「遊羽?」
 予期せず頬へ触れた感触にパニージェが驚き、間近で目が合った遊羽はハッと口元を手で隠した。
 耳まで赤い遊羽は人目のない場所へ逃げるも、細い手を掴まえられる。
「あのな、遊羽の、少しだけの我が侭やから。だから気にせんと……」
 理由を問われる前に矢継ぎ早で言葉を紡げば、頭を垂れたパニージェが掴んだ手の甲へ唇を寄せる。
「ぱ、ぱにさん!?」
 声が戸惑って狼狽え、自分の仕草が騎士が誓いをたてる時のようだとパニージェは頭の片隅で思い。バラバラの思考を押しやってから、口を開いた。
「遊羽は、何でも似合うな……」
「こ、こんなん、珍しゅうない……石鏡の巫女袴、やから」
「そうか? この間のドレスも似合っていた」
「あれは……ぱにさんが、選んでくれたから……」
「隣にいてくれる遊羽の為、だからな」
 大事な……その言葉を彼は胸に収め、代わりに手を引いた。
「短冊は落とさなかったか?」
 確かめた遊羽は、黙ったままこっくり頷き。
「では、結ぼう。遊羽の望みが叶うよう」
「ぱにさんのも……願い事、届いてほしいから」
 触れた理由は互いに聞かず、短冊をそれぞれ笹へ結わえる。
『遊羽が健やかであるように』
『ぱにさんの無病息災』
 二人で結んだ短冊は、忍ぶように目立たぬ陰で揺れていた。

●想い送りて
「昔々じゃない、つい最近。神楽の都にパウロという、優しくも勇ましいもふらさまがいました」
 べべんっ♪
 エルディンの語りに合わせ、合いの手に烏水が三味を打つ。
「ある日、パウロが散歩をしていると。
 『怖いアヤカシが出たもふ〜っ』
 『美味しそうなちびもふだ、食べちゃうぞー!』
 『食べられちゃうもふ〜!』
 なんと、狼アヤカシがちびもふを食べようとしています」
 舞台代わりの台では、ぴこぴこと柚乃が三体の指人形を動かす。
 ちびもふもアヤカシももふらさまも、人形は全てもふらさまの毛製。エルディンのパウロと柚乃の八曜丸、そして烏水のいろは丸の毛を持ち寄り、大急ぎで作ったものだ。
「パウロだってアヤカシは怖いですが、ちびもふが食べられてしまいます。
 『待つでふ! その子達を放さないと、神に代わって僕がおしおきでふ!』
 『助けて、パウロもふ〜!』
 『二匹まとめて、食べてやる!』
 『負けないでふっ。やーぁ!』」
 丁々発止の人形に、烏水も天神に青の宝珠が付いた三味線で盛り上げる。
 子供達は真夢紀が作った氷で冷やした素麺や蕎麦を食べるのも、齧りかけた西瓜やめろぉんも忘れて芝居に夢中だ。
「『えいっ、愛と勇気の、もふアターック!』
 『や、やられたー!』
 『ありがとう、パウロさん!』
 『怪我はないでふか。もふら牧場まで送りますよ』
 こうして愛と勇気でアヤカシを見事に撃退したパウロは、ちびもふをもふら牧場まで送り届けるのでした。めでたしめでたし」
 最後に烏水が〆ると、二階家は大人と子供の拍手に包まれた。
「お芝居、どうだった?」
「楽しかったです!」
「もふもふのお人形、可愛い〜」
 感想を聞く柚乃に顔見知りの子供達が次々と答え、笑顔にエルディンもほっとする。
「これ、エルディンさんと烏水クンと柚乃から……皆が仲良く並んで寝れるよう、怖い夢を見ないようお祈りを込めたから」
 もふもふの毛を詰めた超長いもふ枕を柚乃は子供達へ贈り、そんな柚乃にも差し出されるもふ枕が一つ。
「もふ好きな柚乃にもなっ」
 烏水からの贈り物に、ほっこり笑顔がまた増える。
「こちらは酒天さまのところとあまり違いがなさそうですから、環境の変化は少なそうで良かったです」
 和やかな様子に和奏はほっとしながら、美味しそうにめろぉんを口へ運んだ。

「同じ物食べて一緒に寝て起きて……って、してううち、いつの間に家族になってる。あたしのとこは、そうだったわ。だからね、大丈夫よきっと」
 年長組にアグネスが助言し、微笑む月与も首肯する。
「何か困った時があったら、うちに来てね。うちも、身寄りがない子を両親が引き取って兄弟が増えてってるような状態だからさ、きっと力になれるから」
「東堂さんが教えてくれた事、あなた達の想いも大切に、これからを生きていければそれでいい。素敵なお父さんとお母さん……その赤ちゃんが弟か妹かは分からないけれど、どうか皆で守ってあげてね」
 氷那もまた、言葉を添えた。
「家族になった記念日に子供達へ。ご夫妻は懐妊のお祝いだね」
 十二個の宝珠のかけらと、友人夫婦に薔薇酒と薔薇の砂糖漬けを月与が渡す。
「わわ、ありがとうございます」
「いつも世話になってるのに……そうだ」
 席を立ったゼロは、二つの箱を持ってきた。
「これ?」
「開けてのお楽しみだぜ。あとエルディンにも礼を……式の立会い人だしな」
「私からも。あまり役には立てないのだけれど」
 キャンディボックスに花の種を添えた胡蝶は、自分の拠点で花壇が整ったのだという。
「あまり引越しに渡すモノじゃないけど、良かったら。気が向いたら、庭にでも植えてみて」
「子供達と大事に育てるのですよっ」
 新たな目標に、ぐっとリーディアは拳を握り。
「全く、また豪快な事を……ゼロさんらしいっすけど、今迄以上に身体には気をつけてくださいやしね。一家の大黒柱なんすから!」
 ゼロの背を、伝助はばんばん叩く。大切な存在を作り、失う恐怖……それは未だ彼の心から拭えず、同時に友人の強さに感嘆し。
「あっしも引っ越ししやすかねぇ。今の長屋は、手狭で」
 これも機会と思案しつつ、酒「も王」と祈りの紐輪を差し出した。
「引越祝と、母子共に安全を願う懐妊祝でやす。それから七月生まれの子と、ゼロさんには不動明王のお守りを」
 遺跡開拓記念銀メダルに続き、瀕死の際に祈りを託した御守りを伝助は今一度ゼロへ手渡す。
「あと、アグネスさんには……花屋の見立てでやすが」
「私に? ありがとう、伝助」
 嬉しげに、アグネスは花束「薔薇の祝福」を受け取った。
「俺はあんま忍武器に詳しくねぇし、アグネスも吟遊詩人に戻ったようだが」
 返しにとゼロは伝助へシークレットナイフ、アグネスに舞台衣装を贈る。更に「誕生日が近い」と理由を付け、遊羽や胡蝶、玖雀にも祝いをした。
「一ヶ月程、違うが?」
「俺がやりてぇだけだ。祝われるばっかも、悔しいんだぜっ」
 憮然したゼロの答えに、思わず玖雀は酒にむせ。
「そうだな。ならば俺からも」
 けふんと咳払いをし、子供らを前に居住まいを正す。
「浪志組には俺の親友も居る。流刑も見届け、また東堂の理想を受け継ぎ伝える者だ」
 だから、今はここで頑張るのだ……と、十二人の頭を玖雀はわしゃりと撫で、親友から預かった手紙を子供達へ渡した。
 見守るリーディアは祝いの言葉を綴った文を干し花の香り袋に添え、そっと夫の袂へ忍ばせる。
「夏は、割烹着も暑いしな」
 気付いたゼロもまた、子沢山となった妻へ贈り物をした。
「皆、誕生日おめでとう〜♪ お祝いに歌っちゃお」
「いきなり子沢山になった、この素晴らしいお人好しどもに幸あるように、な」
 パッションリュートを奏でるアグネスに、劫光も龍笛「黄龍」を手に取る。
 三味線「古近江」を烏水が鳴らし、アルーシュは歌声を添えた。
「皆、いい人だね。皆が先生に幸せになってもらいたいみたいに、きっと先生も、皆の幸せを願っていると思うよ。だから先生に申し訳ないと思わないで、ゼロさんに甘えちゃっていいと思うんだ!」
 子供らに笑う葛籠は楽しげに歌い、おずおずと幼い歌声も少しづつ増える。

 耳慣れた童謡や七夕の歌は、よく晴れた星空へと響き。
 沢山の飾りと短冊をさげた笹は、涼しい夜風に吹かれていた。