空を行く鯨に大口
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/22 22:35



■オープニング本文

 空の彼方。湧き上がる雲は夏の到来を思わせる。
 魚の動きをみるべく、鳥の群れを探していた漁師達は、見上げる雲になにやら不自然な形を見つけ目を凝らした。
「あれは……」
 海の彼方から何かがやってくる。かなりの距離があるのに見えている辺り、大きさも相当なもの。飛空船かと思ったが、近付くにつれ形が魚に似ていた。
 さらにその廻りにもなんだかよく分からない輪っかか円盤かのような小さなモノもいる。小さいといっても、それは魚の陰に比べてであり、実際は相当な大きさがあるはず。
 不審に思い、漁師達はさらにじっとそれを見つめていたが、
「急げ! ギルドに知らせるぞ」
 正体に気付くと、蒼白になる。漁船を至急陸へと戻し、漁師は連絡に走った。

「海上に瘴水鯨が現れた。現在陸地に向けて移動している」
 どこから来たのかは分からない。しかし、それは問題では無い。問題はその行く手だ。
 瘴水鯨は巨大な鯨のような形をした粘泥の一種で、あろうことかその大きさで空を飛ぶ。ゆっくりと空中を移動し、やがてはその巨大な体自体を一つの武器として村や街などに落下。大勢を押し潰した後に付近を蹂躙し始める。
 陸地に向かって飛んではいるが、上陸してしまえば人里などどこにでもある。そのいずれに落ちるかはアヤカシ次第。考えられる範囲全ての住人を避難させるのも無理がある。
「さらに、その周囲にいるのはどうやら大口。これが十体。竜も丸呑みする巨大な口のアヤカシで、常に飢えていて手当たり次第獲物を飲み込もうとする。こちらも現在瘴水鯨と海上を飛行。上陸されれば危険極まりないのは同じだ」
 口だけのアヤカシは体が無い。含んで咀嚼してそれがそのまま零れ落ちる。満足する事を知らずに、ずっと何かを食べ続ける。
「一応付近の人里の避難は促している。とはいえ、人がいないのに気付いてさらに奥地にまで入り込んでくる可能性があるし、例え無人でもあんなものが落ちてこられてはその後の近隣の生活には支障が出てしまう。出来れば早急にこれらを排除し、穏便に済むようにして欲しい」
 瘴水鯨だけでもきわめて厄介な相手。それに大口が張り付いている。
 空を行く敵を相手に地上とは戦い方も違う。
 されど退けば被害が大きい。急ぎ、開拓者たちに対処が求められた。


■参加者一覧
からす(ia6525
13歳・女・弓
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
シーラ・シャトールノー(ib5285
17歳・女・騎
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔


■リプレイ本文

 アヤカシ出現の報告に、ギルドではただちに開拓者へ依頼が出された。空を飛ぶアヤカシという話に、相棒も駆りだされ、開拓者たちはまさに現場に飛んでいく。
 目撃された現場付近にまで来れば、広がる海に果て無き空が目に入る。その間を、悠々と浮かび進み来るのは巨大な鯨。
「ああ、ホント……。鯨が飛んでる。絵本が作れちゃうくらい素敵なのに……」
 褒め言葉とは裏腹に、鷲獅鳥のアウグスタの背でフェンリエッタ(ib0018)はげんなりと顔を歪ませている。
 空飛ぶ鯨。実際目にしても、何やら御伽噺のような可愛らしさを感じる。しかし、その鯨の正体はアヤカシ。巨大な粘泥なのだ。
「いつ見てもシュールだな」
「出来ればもう二度とお目にかかりたくなかったんやけど」
 からす(ia6525)は何やら感心気味に目を向けるが、ジルベール(ia9952)はやっぱりげんなりした目をしている。
 武天で起きた大アヤカシとの合戦。そこであの鯨のアヤカシ・瘴水鯨も姿を現している。移動はゆっくりながらもその巨体が繰り出す攻撃は苛烈で、ぶよぶよとした体はなかなか止めを刺すに至らない。最終的には城に落下し、多大な被害をもたらした。
 あの時は合戦場なので、民間への被害は無かった。しかし、今はどうか。放っておけばどこか人の気配の多い場所に落ち、暴れまわるのは必須。
「ずいぶんと大きなアヤカシが現れたものね。おまけに小物も一緒と来ている」
 滑空艇・オランジュで風を切りながら、シーラ・シャトールノー(ib5285)は目を凝らす。巨大な瘴水鯨に目が向きやすいが、その周囲では奇妙な物体が同じように飛びまわっている。巨大な口にしか見えないそれは勿論同じくアヤカシ。大口という。
「鯨も口も斯様な距離であの大きさ……。何とも愉快な釣りとなりそうじゃ」
 椿鬼 蜜鈴(ib6311)が苦笑する。餌に喰らいつくのはさてどの口か。
「敵が巨大で、距離感が狂いそう」
 フェンリエッタが目を擦る。
 瘴水鯨に比べて大口は小さいが、それでも竜を丸呑みする大きさ。油断すれば、即座にこちらが飲み込まれかねない、危険な釣りになる。
「距離はまだありますわね。この調子だと海上で接触できますわ」
 鷲獅鳥・クロムを操りながら、ジークリンデ(ib0258)は覗いていたアメトリンの望遠鏡を器用に仕舞う。
 上陸されても、近郊の人里は念の為避難している。しかし、避難した人を追ってさらに瘴水鯨たちが移動する可能性もある。無人でもあんな巨大な物が地上で暴れ出したら、被害は甚大だ。
「あいつが地上に落ちる前に片つけんとな、慣れ親しんだ家や財産かて、持ち主にとっては掛け替えのないもんや」
 ジルベールの言葉に、フェンリエッタも頷く。
「瘴水鯨も大口も必ず洋上で仕留めましょう。アウグスタも、いつまでもお臍を曲げてると美人が台無しよ」
「何や、はっちゃん御機嫌斜めなんかいな? どないしたん」
 宥めるフェンリエッタに、ジルベールも騎獣の鷲獅鳥ヘルメスも視線をそちらに動かした。
 何やら不機嫌そうにしていたアウグスタだが、元々は気性の荒い相棒。罰が悪そうに目を細めはしたが、アヤカシを前に鼻息を荒くするや、二対の翼を震わせ雲母のような煌きを弾かせる。
 海から来たならかえって好都合。被害が少なそうな内に、アヤカシを叩く。
 主人たちの気合いが移ったか。他の相棒たちも風に乗り、より早くと速度を上げ、アヤカシたちへと距離を詰めていた。


 合戦では瘴水鯨に手こずったが、それは周囲にいた大量の飛行アヤカシのせいでもある。
 今回、その時に比べれば取り巻きは断然少ない。が、それでも大口は十体。開拓者の数よりも多い。
 何を思っているのかは分からないが――頭も無いので、そもそも考えがあるのかも分からないが――、開拓者たちの接近には一早く気付き、出迎える体勢を取っていた。
 瘴水鯨は態度を変えない。そんな少数では餓えは満たされないとばかりに、ひたすらに陸地を向かってのろのろと飛んでいる。
「先ずは大口……。どうやって飛んでいるのかしら?」
 近付いてくる大口に警戒しながらも、フェンリエッタは首を傾げる。
 遠くで見ても近くで見ても口は口。羽や翼があるわけでも無い。アヤカシなのだから、という理由で片付けるにしても、不思議は不思議だ。
 けれど観察している暇は無い。餓えた魚のようにぱくぱくと唇を動かして迫る相手に、フェンリエッタはアウグスタと呼吸を合わせ、雷鳴剣と真空刃を浴びせる。
「瘴水鯨に近付くには彼らが邪魔ね。――誘き寄せるわよ」
 オレンジを基調とした機体を傾け、シーラは進行方向から逸れる。つられた大口たちもその道筋を変えた。
「麗しの美女ならまだともかく、あいつらにキスされるんはごめんやな。俺らの逃げ足の速さ、見せたるで」
 顔が無いなら、自由に思い描けば……という問題でも無い。
 ジルベールの指示に従って、ヘルメスもまた銀鼠から墨色の翼を羽ばたかせて大口の先を飛びまわる。
 追い込まれそうになれば、ジルベールが宝珠銃「皇帝」で雷鳴剣を放ち、牽制する。
 といっても、大口は所詮は雑魚程度。威力を持って貫けばそれだけでかなりの痛手を受けている。
「『天狼咆哮』御馳走だ、存分に喰らえ」
 黒と紅の滑空艇・舞華で巧みに間合いをつけて高所に位置すると、からすはアーバレスト「ストロングパイル」で烈射「天狼星」を放つ。
 機械弓から放たれた矢が一直線に敵を貫く。
「天禄。加減は要らぬ、存分に遊んで良いぞ」
 免れた大口が喰らいついてこようとするのを、蜜鈴がホーリーアローやファイヤーボールを唱えて邪魔をし、その間にからすは次の矢を装填する。
 黒紅の龍が風を切り大口たちを翻弄する。
 駿龍を追いかける大口だが、飛行についていけてない。だが、気迫だけは負けない勢いがある。
「腹が減っては戦は出来ぬというが……飯を喰らいに戦場へと来るとはの」
 ふと蜜鈴が息を吐く。この場合は食事に行こうとする大口たちに、開拓者たちが仕掛けて戦闘になったと見るべきなのだが。アヤカシは出れば狩られるのは当然。それをのこのこ現れたのだから、やはり愚かというべきか。
 シーラはマスケット「クルマルス」で仕掛けながら、追いつこうとする大口を弐式加速で引き離す。
 大口たちは獲物たちを追い、あるいはその攻撃から逃げる内に、徐々に一箇所に纏められていく。
「ジークリンデさん!」
 シーラが声を上げてオランジュを反転。他の開拓者たちも素早くその範囲から離脱する。
「鯨ごと打ち落としてやりますわ!」
 敵が集まり、ジークリンデはメテオストライクを浴びせる。敵が散らばる前に、素早く二度目のメテオストライク。
 広範囲に渡る爆発はその中にいる者を纏めて吹き飛ばす。
「喰われる側になった気分はどうだね? 喰らう者よ」
 からすがニヤリと笑いながら、残骸を始末する。
 苛烈な攻撃を逃れ得ず、大口は答える口を失い見る間に瘴気へと還り消えていった。


 メテオストライクの爆発に撒かれて、瘴水鯨の体も大きく抉れる。薄水色の半透明の水っぽい物がぼとぼとと海上に落下し、落ちきる前に瘴気に変わって消えていく。
 しかし、その傷口はじわじわと泥が流れ込むように塞がっていき、やがて綺麗に消えてしまった。瘴水鯨の動き自体は変わりなく、大口がいなくなろうとも構わずのったりと陸地を目指している。
「クロム、近付きすぎないで。後はあいつが落ちるまで攻撃し続けるだけですわ」
 射程のぎりぎりまで鷲獅鳥を離すと、ジークリンデは連続してアイシスケイラルを唱え続ける。
 鋭い氷の矢は突き刺さるや炸裂し、ぶよぶよの体に穴を開ける。
「『崩壊呪歌』爆ぜよ粘塊」
 ジークリンデが開けた穴が塞がる前に、からすもまた狙いをつけて矢を放つ。
 女性の悲鳴のような音を上げた矢が刺さるや、瘴水鯨の身がふるりと震えたように見えた。粘泥系のアヤカシの厄介さに防御力の高さも上げられる。水を撃つ様に下手な攻撃は通らず、通ってもまた戻ってしまう。共鳴弓の効果で少しはマシになってくれていればいいのだが、やはり見た目は変わらない。
 ただ、直接攻撃はさすがに不愉快だったのか。それまで開拓者らに見向きもしなかった瘴水鯨が、のっさりと間合いを詰める動きを見せた。不愉快そうに身を震わせ、大音響を上げる。
「きゃあ!」
「ぐう!」
 射程はそこそこ。十分離れていた者は免れたが、近くで攻撃していた者は瞬く間に音に飲まれる。鍛えた開拓者たちは勿論だが、それ以上にきつかったのは相棒たちの方だ。
「アウグスタ、無理せず距離をとって」
 残響がする頭を振りながら、フェンリエッタは騎獣に声をかける。持ち帰る手間はあるが、戦弓「夏侯妙才」であれば、距離をとって攻撃も出来る。
 体勢を崩していた鷲獅鳥だが、それは心外だと言わんばかりに翼をはためかせると、四肢に力を込めた。
「然様な図体では格好の的。先程の大口よりもでかい口を開けるとは迂闊じゃな」
 天禄がひらりと射程を取ると、怪音波をあげた口を狙って蜜鈴はアークブラストを放つ。
 瘴水鯨が動き出す前にさらに接近すると、フェンリエッタもまた口の中へ瞬風波を放ち、鯨肉を抉り取る。
 外見と同様、口の中もじわりと傷は埋まっていく。けれども口の中に餌でも無いのに飛び込まれるのは叶わないと、その大口が嫌そうに歪んで閉じられていく。
「ヘルメスも負けとられへんで。かといって、ほんまに無理されても困るんやけどな」
 ジルベールが気遣うや、こちらもまた何やら黄金色の眼が鋭く睨んでくる。が、文句は後とばかりにヘルメスが高く昇る。
 口を閉ざす寸前を見計らって、ジルベールは梅の香りを纏わせ焙烙玉を投げ入れる。
 口の中で炸裂弾は爆ぜ、唾でも吐きだすかのように湿っぽい肉が飛び散った。
 シーラも距離を保ったまま、マスケットで攻撃を加える。
 口を開けるのは一応懲りたのか。周囲に纏わりつく開拓者を払いのけるように、瘴水鯨が身を捻った。察知した開拓者たちはさすがに一斉に相棒を退かせる。
 寝返りを打つ様な回転。空の上では押しつぶされる事は無い。だが、触れるだけでもどれだけの傷を負わされるか。翼を折られでもこの高度を一気に縮めて海に叩きつけられかねない。
「あの巨体で直接攻撃されるのはさすがにきついな」
 からすは接近しすぎないよう、舞華を巧みに操りながら射出と装填を繰り返す。
 開拓者も移動しているが、瘴水鯨もそれとなく動いている。音もなくゆったりとした動きはかえっていつ動いたのか気付かせず、巨体による遠近の狂いもあって、油断すれば思いがけないほど接近しすぎている時もあった。
「武州での戦いの時に、噂は聞いたけれど、頑丈で面倒だわね、ほんと」
 マスケットの再装填を急ぎながら、シーラも苦々しい。大抵のアヤカシならとっくに倒れている。それほどの攻撃をもってしても瘴水鯨は元気に暴れまわっている。
 幸いなのは、開拓者を追い払うのに夢中で陸地へ向かうのをやめた事か。
「早く核を叩かないと、長引くと練力も危うくなるの」
 アークブラストを叩き込みながら、蜜鈴はやや不安げな顔を見せる。練力が切れても、直接攻撃すればいい。駿龍もいる。が、接近すれば、向こうの攻撃に巻き込まれる可能性が高まる。
 瘴水鯨の半透明の身体の一部に、核となる細胞片が見える。あれを叩けばさしもの瘴水鯨とて一溜まりも無い。それを覆う粘質の肉は分厚くなかなかそこに直接攻撃するに至らないが、肉片は削った分だけ瘴水鯨の全体の大きさは小さくなっている。やがては覆う肉も失うに違いない。これまでの攻撃は無駄では無い。
「悪いけど、瘴水鯨は地上立ち入り禁止や」
 ヘルメスを瘴水鯨に寄せると、ジルベールは魔剣「ベガルタ」を突き立て、尾の方へと飛びぬける。一直線の傷は相変わらずじわじわと塞がっていくが、怒った瘴水鯨はジルベールを追いかけ、完全に反転してしまう。
「もう只管に削りまくるしかないわね」
 うんざりしつつも攻撃の手を緩めないシーラ。他の開拓者たちもけして諦めるなどしない。焦らずじっくりと、穿った傷をさらに穿ち、
「いい加減、届いて下さいまし!」
「さっさと落ちなさい!!」
 ジークリンデの怒涛の氷の刃が肉を切り裂き埋まり、ついに核すら抉る。
 瘴水鯨がのたうった。苦しげにヒレや尾が滅茶苦茶に暴れまわる。
 その無様な攻撃を巧みに掻い潜りながら、開拓者たちは穿った傷が消えぬ間に止めとばかりに一斉に技を放ち、止めの一押しをしていた。


 核のあった部分が大きく抉れる。細胞片が綺麗に消え去ると、瘴水鯨は大きく仰け反った。そのまま横倒しになると水に沈むかのようにゆっくりと海へと落ちていった。
 消えきらなかった肉が海に叩きつけられ、派手な水飛沫が散った。波に紛れて瘴気が立ち上がり、だがそれもやがて消える。 
 瘴水鯨の消滅を確認すると、一同息をつき、相棒を労いながら砂浜までいったん戻る。
「……。怪我のある方はおられますか? といっても、私の練力もあまり残って無いと思いますけど」
 さすがに憔悴しきった様子で、ジークリンデが皆の怪我を見て回る。
「残るはギルドの報告じゃな。それで人々を帰してもらって終了じゃ。もう一っ飛び、散歩気分で帰ろうか」
 大きく伸びをすると蜜鈴は天禄に声をかける。さすがに疲れたか。砂浜で丸くなって休んでいた駿龍だが、気力を震わせるように頭を蜜鈴の方に伸ばしてきた。
「やれやれ。だが、人里に被害は無くて何よりだな」
 傷の入った滑空艇に手をかけながら、からすはほっと息をつく。避難した人々はご苦労な事だが、無事ですんだならそれで良し。

 空から落ちた瘴水鯨が浮かび上がってくる気配は無い。大口どもが餌を求め彷徨う様子も勿論確認できない。
 ただ波だけが寄せては返し、ざわめいていた。