【桜蘭】疑惑
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/29 21:09



■オープニング本文

 神楽の都に居を構え、尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るう集団。それが浪志組。
 天儀の平和を守る正義の集団であり、幾つかの規律が存在するものの、しかしそこは人間の集まり。一枚岩とは言い難い。
 志同じでも何とはなしに気の合う合わないがあり、そういう人間関係から大雑把に三つの集団に分かれる。
 徒党を組んで酒癖悪く傍若無人に振舞う森藍可などははっきり頭の痛い部類に入るだろう。
 道場に受け入れていたあぶれ者ともっぱら剣の腕を鍛え、真田悠は品行方正といえるのだろうが、
「……東堂は何か企んでやがる。俺の勘はそう告げている」
 事あるごとに忠告してくる柳生有希には頭が痛い様子。
 その警戒先である東堂俊一は浪志組の発起人であり、浪志組局長の地位にある。いわば中核を為す人物であり、その相手を疑うのはいかがなものかと。
 探りを入れれば、確かに埃は出た。武器や兵糧の備蓄。名門貴族、近衛兼孝と重なる接触。そして、天下を揺るがした桜紋事件に連なるという過去。
 けれど、浪志組が武装集団である以上、武器や兵糧を集めるのは当然のこと。貴族との接触も天儀が帝の治めるところであってもまさか帝自らが直接采配を揮うはずも無く、関係各所の有権者と話を持つのは実に当たり前だ。
 逆賊事件に関わった過去は確かに眉を顰めるが、そもそも浪志組の入隊条件に「一、心ならずして犯した過去の罪はこれに恩赦を与える」とある。志さえあれば、抜け忍や暗殺者、叛乱に加担した者でも恩赦が下すとしたのは、設立を認めた大伴定家でもある。事件の大小関わらぬなら、浪志組には脛に傷持つ者が山といる。
 埃程度で騒いでいては、手が幾らあっても足らぬ内情だが、それでも柳生は考えを改める気は無い様子。

 そんな中で、数年に一度の祭事・大神大祭が行われようとしている。


「真坂カヨを調べて欲しいらしい」
 開拓者ギルドにて、ややうんざりぎみにギルドの係員は告げた。
 真坂カヨは浪志組の一員にして発起前から東堂俊一と共にいた。同じく桜紋事件に関係する過去を持つ。疑うに値するが、そもそも東堂ですら怪しいと主張するのは難しいのに彼女にまで疑いの目を向けるのはいささか偏見ともいえる。そうして隊内ではあまり相手にされない為、ギルドに監視を密かに依頼してきたらしい。
 隊内部のごたごたぐらい自分達で治めろと言いたいが、これもまた依頼であれば断るほどのものでもない。
 このところ、カヨは大神大祭に絡み、都のあちこちに赴いて武器や物資の調達に力を入れているらしい。
 また人が増えてきたという事で、油問屋などで油や炭を頻繁に買い入れているのだとか。落ちぶれていた昔の知り合いである坂野井修一やごろつき達も指導しながら隊を切り盛りしている。そうした新人が勉学するには夜の灯火は欠かせないし、若い者が多ければ当然食に対する消費も多くなる。
 大祭に絡み、他の警備の動きを把握したり、避難経路になりそうな道を調べたりと精力的に動き回り、漁師などとも天気や売り上げの話をしているのだとか。
「何がどう怪しいのかもよく分からないが……、まぁ頼む」
 やや投げやりに係員は開拓者に任せてきた。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
和奏(ia8807
17歳・男・志
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
无(ib1198
18歳・男・陰


■リプレイ本文

 神楽の都に常駐し、有事とあらば即座に出撃するよう設立されたのが浪志組。
 だが、その内部が何やらおかしい。立役者でもある東堂俊一に何やら疑惑の目が向けられているという。
 そのいざこざは開拓者ギルドにも飛び火し、東堂だけでなく、親しい者もまた注意するよう依頼が出ていたりする。真坂カヨもその一人。
「組織ってのは面倒臭いねぇ。わざわざよそに依頼してまで仲間を疑わないといけないんだ」
 ギルドの係員が投槍によこしたのも分からないでも無い。やれやれと不破 颯(ib0495)が肩を竦める。
「あまり人を疑うような事はしたくは無いのですが……」
 浪志組の不和の根拠は、ほとんど柳生有希の勘みたいなものだ。それで調査となれば柚乃(ia0638)でなくても、いささか戸惑い気鬱にもなる。
 ただ、それが単なる勘だけでなく、何やら妄言と言えぬ事情が出てくれば完全に断りも出来ない。
「東堂先生にしても……まさかかつての桜紋事件関係者だったなんて……」
 天儀を揺るがした反逆事件。まだほんの十五年程前の出来事であり、記憶にある者は少なくない。一体何のつもりで、浪志組を設立したのか。あるいは、その事件とは無関係なのか。
「怪しいのか、怪しくないのか。調べて何も無けりゃそれでいいんだし、俺も浪志組には興味あるしな」
 首を傾げたルオウ(ia2445)だが、あっけらかんと悟る。
 藪を突付いて鬼が出るか蛇が出るか。あるいは全く何も出ないか。まずは突付いてみなければ分からない。


 探るといっても、手がかりが乏しい現時点、出来る事は限られる。
 柚乃は坂野井修一に面会を求める。ごろつきからも落ちぶれて、盗賊にまで成り下がっていた彼だが、カヨに会い、開拓者たちから引き渡され、浪志組での更生の道を選んだらしい。
「過日は失礼しました。本日はどういう御用件で」
 柚乃の前に現れた修一は、身形を正して言葉遣いを改め、きちんとしたもの。落ちぶれていたとは言え昔は良家だったのかと感じさせた。
 柚乃も丁重に手土産を渡すと、さっそくと本題に入る。
「カヨさんが当時親しかった人物など分かりませんか? 些細な事でも構いません」
「何故そんな事を?」
 逆に尋ねられた。確かに気にされるのは当然だろうが、事情をいう訳にはいかない。適当にはぐらかす。
「残念ながら、親しかったと言っても親の付き合い。私も小さかったので」
 申し訳なさそうに謝られるが、それは予測していた。
 去り際にふと思う。そういえば、この人も桜紋事件の関係者だったなと。


 別に回りくどく動かずとも、真正面から本人を見る手もある。
「浪志組に興味あるから。っていう訳で、見学させてもらいたいんだけど、ダメかな?」
「構いませんよ。力になってくださる方はまだまだ歓迎いたしますわ」
 浪志組の屯所に訪れたルオウたちを、カヨは快く受け入れた。その対応には、不審な点は見当たらない。
「婆ちゃんは家族とかいないの?」
 ルオウの問いに、カヨの目が寂しげに緩む。
「おりませんよ。でも今は彼らもいますからね」
 目を向けた先には数名の子供たち。東堂は身寄りの無い子を引き取り、世話しているのだという。浪志組で忙しくなったせいもあるか、その世話もまたカヨが担っているようだ。
「お仕事の邪魔はしたく無い。外回りに出られるようでしたら、お付き合いしますよ。ところで東堂さんはお元気で?」
「ありがとうございます。東堂さまは、組を立ち上げてから何かと忙しく、今も不在にしてますわ」
 伝言があるなら承るとの申し出を、无(ib1198)は簡単に断る。あくまで話の糸口。雑談と思われればいい。
 幸い、カヨの態度は落ち着いたもの。疑われるのを警戒して何気ないふりをしているのか、疑われる筋合いは無いから警戒してないのか。どうも判然としない。
 无は、浪士組の規模や人員配置、巡回経路などある程度など調べていた。大祭における警備計画も大貴族の指揮の元、武帝たちの護衛も浪志組の中でも東堂たちが行うらしい。要人警護とあらば半端な者には任せられないのは当然だが、果たしてどういう腹つもりか。
 一応他開拓者には話してある。どう捉えるか、今は各人に判断を任せる。

 共に外回りに出るが、カヨのそれはどうやら買い物を兼ねている。馴染みになった店に顔を出しては、近所の噂や事情などをゆっくりと話しこんでいる。その際に、組に欠けている物も手配するが、食料や灯火用の油など、これといって不審は無い。
「家政婦さんのようなお仕事ですね。こういう業者さんとの折衝はカヨさんのお仕事なのですか?」
「全部という訳でもありませんが。他にとりえも無い事ですし、こういう仕事が向いてますわね」
 やりとりを覗き込む和奏(ia8807)に、カヨは謙遜なのかそう答えた。
「屯所に出入りする業者さんというのは多いので?」
「そうですわね。人が多いので、流しの業者もよく通ります。給金は渡しておりますから、個々での買い物もありますし」
 続けての和奏の問いは、何となくはぐらかされたような気もする。けれど、今までの動きからだけでも十分分かった。
(情報通というか、観察力・注意力をお持ちの方だとは思いますね。それが何か目的があって目を配る必要があるからとも解釈できないことは無いですが……)
 アヤカシや蝮党に関わる情報をギルドに持ってきた。随分と事情通なのだとぼんやり考えてた和奏だが、どうやらそれもこうした地道な努力があったからこそか。
 だが、どうしてそこまで気を配らねばならないのか。警備を担う組の為、危険な兆候があれば先手を打てる様にか。
「前は台所事情を気にされてたようですが、改善されたのですね」
 ただ、顔を出す店でちょっとずつだが買い物をしている。それを纏めればたいした支払いになる。
「まさか。今は大祭の警備もあって少しお金を都合して下さってますから、余裕があるように思われるだけですよ。森さまに見つかると、いつまた飲み代に変えられるか分かりませんから、さっさと備蓄物に変えるのが一番のようです」
 組の内情を、カヨは困り顔で笑う。その言葉に嘘は感じられない。森藍可の酒癖の悪さは都でも評判だ。

「次は何するの?」
「今は大祭の日に向けての準備ばかりですわね。組にも大事ですから、準備不足ではいけませんもの」
 尋ねるルオウに、カヨが強く言い切る。
 確かに、帝も訪れる晴れ舞台。ここで何かあれば組の存続に関わる。
 しかし、気合いを入れるのはただそれだけか。何とも判断つきかねた。
「大祭の警備といえば浪志組はどう動くつもりなのでしょう。ギルドでも警備依頼は出されるでしょうし、分担した方が効率良いかと思いまして」
 无の問い合わせに、カヨは少し小首を傾げる。
「そういう事は東堂さまが采配なさいますので。今の所、私たちは都中の警備ですわ」
「要人警護などはなさらないので?」
「私はそこまで腕はありませんもの。何かあった際、市井に極力被害が及ばぬよう尽力するのみです」
 年寄りの冷や水にならなければいいのにと彼女は笑う。
 心配しないように、と一緒に笑いながら、无は言葉の意味をよく考える。つまり東堂は要人警護と共に市井にも手勢を散らせるつもりなのかと。
「婆ちゃんは何で組に入ったんだ? 誘われたからっていうのは無しで」
 ルオウが一言置くと、カヨは困った顔をする。
「そう言われましても、東堂さまからお誘いいただいたというのは事実ですからね。東堂さまも楼門事件には関わりがあるそうで、その縁で田舎に篭っていた私をお誘いいただいたのでしょう。とかく立ち上げた今となっても人手は幾らあっても足らぬ状態ですから」
 あっさりと、そして何でも無い事のように告げる。
 軽い笑いには何が含まれているのか。
「浪志組か……。興味はあるんだけどな。ただアヤカシ相手と違い、人を相手にする組織なんだろ? 場合によれば、人を殺す事だってな。人を殺すのは悪い事だって師匠は言う。けど、そうしないとならない時も、残念だけどある……って」
 開拓者とて命じられればただ進むだけの犬ではない。そこに何があるのか、考え、悩む。
 ルオウが告げると、カヨもその通りだと憂いを帯びた顔をした。
「本当に、その通りですわね。けれど身勝手な思惑に踊らされて迎える死は無念でありましょう」
「それは一体?」
 問い直すが、もはやカヨは答えず。夕餉の支度があるからと、それとなく開拓者たちと距離を置いた。


 カヨたちが見回りに出た後を、颯はそれと無く着いて回る。普通の和服で、武器の類も隠している。ぱっと見、そこらにいる買い物客と大差無い。
「はい、いらっしゃい。何が御入用で?」
 恵比須顔で出迎えた店主に、まずは適当に買い物を告げる。
「いい品を揃えてますねぇ。話に聞いたが、浪志組にも入れているとか?」
「あそこは人も多く大量に買い取っていただけるので、こちらとしても大助かりです」
 別に秘密で無いのか。上機嫌で店主は告げる。
「浪士組の御用達だってんで、安心だなぁと思って寄らせてもらいましてねぇ。最近評判もいいし。近々大祭もあるし、あちらからの注文も増えたでしょう? 大変じゃないですかぁ?」
「そうですねぇ。不備があっては困ると、先ほどもカヨ様が参られましたし。まぁ、帝がお越しになるとなれば気は抜けないのは分かりますが、そう再々顔を出されてもこちらも売る物なくなりそうですよ。かといって、他の店にも声をかけているようじゃ、こちらは出来ぬでは大口を減らしてしまいますからねぇ」
「ほほぉ」
 苦笑めく店主に、颯はそれとなく話を合わせていく。


 調査を終えると、開拓者たちはギルドへと集まる。
「カヨさんが使えていたという新条とかいう家の事は分かりませんですねぇ。古い話な上、遭都の話ですから仕方も無いですか」
 使用人や残党が他にもいないか探そうとした和奏だが、何せ距離も時間も離れている。手がかりつかめず、何章に乗り上げていた。
「ああ、でも仕入れ業者に関してはほぼ問題無いですよ。まぁ、中には金さえ積めば入手不可能な品も取り扱うなんて噂の店も混じってますけどね」
 和奏が肩を竦める。
 勿論、調査で泳がせているという可能性もある。けれど、それにしてはぼったくりを行う店を取り締まらないのは何か妙にも思えた。
「組の内部の細かい人員配置なども分からないな。やはり漏洩を恐れてか口が固い」
 无は大祭時の警備体制など突き詰めたかったが、こちらはカヨ自身が与り知らぬのと、開拓者とはいえ警備上の問題があると当日明かせばよいと跳ねられた。
「それは真田さんなら東堂さんと警備について話す事もあるでしょうし、真田さん通じて柳生さんの耳にも入るでしょうから大丈夫ですよ。組内部の物資の流れの擦り合わせと共に、警備も東堂派が黒と仮定した場合の経路や、班分けには必ず東堂派と真田派か森派を混ぜるようにするのは進言しておかないと」
 颯が店主と話すほどに、やはり相当数の物資を溜め込んでいる。今日回った以外にも声をかけている店もあるらしく、それらを合わせると都に複数ある屯所にも収まりきらない。
 それが一体どこに持ち込まれているのか。
「桜紋事件……。それに関して、何か思う所があるように思えます……。もし、遺恨があるならば、簡単に拭えるものではないと思うのです」
 柚乃が、ふと震える。
 十数年経った今なお残る遺恨。そんなのがあるならば、それは一体どんなものか。
 例え楠木義成の関係者としても、彼が謀叛を行おうとしたのは明白。それで処せられたのを不満に思っているのならば、逆恨みもいい所だ。
 東堂にしろカヨにしろ。彼らぐらいになれば、その程度理解出来そうなのものだが……。
 不安と戸惑いは隠せないが、今は調べた事をギルドに渡し、その資料を元に最悪を止めてくれるのを待つだけ。
 大祭の日は迫りつつあった。