【武炎】酒天、逃走中
マスター名:からた狐
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 28人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/04 19:15



■オープニング本文

●伊織の里
 その名を出されて、高橋甲斐は険しい表情を見せた。
 彼に対する上座に座る少年、立花伊織は、慌てて頷き、書状を開いた。
「はい、朝廷と和議の成った修羅について‥‥」
「御館様」
 丁寧な少年の言葉を、初老の甲斐は、やんわりと、しかし厳しい口調で遮った。びくりと肩を震わせた少年が、小さく咳払いをして、きちんと居住まいを正す。
「うむ。巨勢王よりも書状が参った。酒天を伊織の里で相まみえて見極めんとの仰せだ」
 目下の者に対する言葉遣いに、甲斐は小さく頷いた。伊織もまた、安心したように肩の力を抜くと、書状を畳んで祐筆に下げ、ゆっくりと時間を掛けて下座に向き直った。
「して甲斐。朝廷の意向であればともかく、これは巨勢王の決定である故、異論は許されぬと思う。差配は任せるが良いか」
「はっ。開拓者ギルドにも遣いを出し、万全の体制を整えまする」

●神楽の都
「霊剣で封印か‥‥。面倒臭ぇ事をしやがる」
 開拓者ギルドにて。改めて使者たちから話を聞き、酒天は渋い顔で唸る。
 五百年前、酒天童子率いる修羅たちの叛乱があり、時の朝廷とのいざこざの末に、修羅たちは封印された。昨年、何の弾みか酒天は封印を解かれたものの、今だ多くの修羅たちはかつての故郷ごと隔絶されたままになっている。
 修羅と朝廷が和解後は、閉ざされた島への精霊門を開けるべく動いていたようだが、新大陸での探索などでも手を割かれ、なかなか進展が見えなかった。
 そんなこんなでようやく出てきた足がかりは、しかし、すんなりと事を運ばせてくれないようだ。
「しかもそれが武天? とやらにあって、わざわざ取りに来いと? いたく舐められたもんだな、おい」
 顔を顰める酒天に、ギルドの係員はあっさり肩を竦めて手を上げる。
「仕方無いだろ。当時は朝廷の物でも、今や武天は立花家の所有。丁重に扱われてきた家宝だぞ? 二つ返事で渡せるような簡単な品ではないだろ」
「つーか、向こうが朝廷の呼び出し断ったと聞いたぞ?」
 朝廷としてはそれなりのお膳立てがあったかもしれないが。
 とりあえず、それをあっさり蹴って、伊織の里まで来るように手を回したのは、武天国王・巨勢王である。
「どうやらお前さんに興味があるようだ。巨勢王様については、面識無くとも噂ぐらいは聞いてるだろう。アヤカシが横行する世の中、武天に臍を曲げられるのは朝廷とて避けたいのでなかなか強くも出られないのだ」
「五百年前にゃ朝廷を差し置いて采配なんぞ考えられないね。時代は変わったもんだ」
「叛乱の首謀者がそれをいうか?」
 実績ある分、巨勢王より質が悪い。
 そこを突付かれても、当の本人は肩を竦めるだけで悪びれもしないが。
「何だったら拒否して代理でも立てるか?」
 嘆息交じりに、係員が伝える。厄介な赤入道に、お騒がせ修羅。‥‥何も無いのを祈りたい。
 せめて面倒の一つを消せないかと、それとなく係員は勧めてみるが、鼻で笑われた。
「馬鹿抜かせ。叛乱に端を発して一族郎党封じられてんだ。俺が動くのが道理だろ。魔の森だろうが別の儀だろうが、必要とあれば行くさ」
 強い意志を露わに、はっきりと口にする。
 聞く耳無い態度に、それ以上は係員も言わない。代わりに、では、と話を続けた。
「行くのはいいけどな。どうもこの話を聞きつけたか、近郊でアヤカシの出没情報が増えてるらしい。まあ、伊織の里の辺りは警備も厳しいと聞くから大丈夫だろうが、それまでの道中は分からん。今のお前さんの実力じゃあ護衛は必要だろ。朝廷からも派遣されてるが、こちらからも開拓者をつける。気をつけて行って来いよ」
「あ、ああ」
 朝廷からの話を出した途端、ふと酒天の表情が険しくなる。
「不満があるのか?」
「いや。それじゃあな」
 首を傾げる係員から目を逸らすと、酒天はギルドを後にする。
 妙な態度と思ったが、後を追うほどでもなく。係員は護衛する開拓者を募集すべく、貼り紙を作成した。


 が。


「酒天殿が消えましたーっ!!」
 しばらく後に、酒天宅の護衛についていた一人が、ギルドに駆け込んでくる。
 何でもいつものように呑みに行くような素振りで出て行き、そのまま行方が分からなくなったという。
 調べてみると、伊織の里に向かう旅支度から一人分の荷物が消えていた。してみると、一人で先に向かったようだ。
「道中が危険だと言った矢先に‥‥。何考えてやがる!!」
「それについては、有力な情報を得ています! 何でも酒場の飲み仲間から武天で行われる夏祭りの情報を仕入れていたとか!!」
 顔を真っ赤にする係員だったが、続けられた報告に脱力して卓に突っ伏す。
 何とも分かりやすい情報だ。
「祭りの開催は二日後。街道からは少し離れますが、比較的大きな街ですね。近隣の農村からも人がやってきて屋台や催し物を一日かけて行う納涼祭のようです。夜には花火も上がるとか」
 さらに調べた詳細を護衛は話す。
「ただ、ここら辺りの街道は最近粘泥の被害が増えているそうです。日差しを嫌うアヤカシなので、周辺住民も夜の移動はなるべく避けているようです。ま、下級アヤカシには違いないので、酒天が襲われても対処は出来るでしょうけど」
 粘泥は不定形の粘着質のアヤカシだ。流動的な体で小さな穴からでも入り込み、人を襲う。倒すには微塵に消滅させるしかないが、柔らかすぎる体には物理攻撃が効きづらい。
 酒天は好んで武器を持つが、術も使う様子。むざと遅れを取るとは思えないが‥‥。
「とはいえ、あちこちふらふらされた挙句、怪我をして到着されては神楽の都ギルドの名誉にも関わる。早急に見つけ出し、首に縄つけてもいいから伊織の里に運んで放り込め!」
 歯をぎりぎりと噛み締め、係員は開拓者たちを集める。
 勿論、アヤカシは見つけ次第退治してくれていい。近隣の住民は喜ぶに違いない。


■参加者一覧
/ 小野 咬竜(ia0038) / 無月 幻十郎(ia0102) / 柚乃(ia0638) / 氷海 威(ia1004) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 八十神 蔵人(ia1422) / 九法 慧介(ia2194) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 羊飼い(ib1762) / ケロリーナ(ib2037) / 華表(ib3045) / 紅雅(ib4326) / ルー(ib4431) / 雪刃(ib5814) / 不知(ib6745) / 玖雀(ib6816) / 山羊座(ib6903) / 射手座(ib6937) / 魚座(ib7012) / 柊 梓(ib7071) / 朱羽(ib7255) / sfead(ib7264


■リプレイ本文

 酒天童子失踪。
 いや、行き先が丸分かりなので、単に逃走というべきか。
 修羅の解放、巨勢王との会談、朝廷との連携など一切無視した身勝手な行動は本来大問題である筈なのだが。安須大祭を始めとするこれまでの行動を鑑みて、どうも周囲は「またか」と当たり前に処理している。いいのか悪いのか。
「祭りに夢中になった? 大いに結構ではないですか。民衆が祭りに集中できるような治世。それは為政者として誇りになりこそすれ、咎められるものでは無い」
 ただその身勝手に振り回される側は堪ったものではない。がっかり来ている朝廷の使者たちに、竜哉(ia8037)も話をつける。
「民の力によって国は成り立ち、祭りは民の日頃の暮らしぶりを示す指針にもなる。王として、酒天もそういう辺りが気になるのでは」
「いや、絶対自己満足だ」
 使者たちを宥める竜哉だが、横からきっぱり言い切るのはギルドの係員。思いがけず、共にいる時間を長くし、その人となり大体分かっていると苦い顔をしている。
 とりあえず、朝廷の使者たちは先んじて伊織の里に向かってもらい、竜哉も酒天が万一遅刻しても弁明できるよう共に向かった。


 武天の一角。酒天を探しに、祭りが行われるというその街へ、開拓者たちも後を追う。
 街道を行く人は多く、なかなか賑わってる。が、その歩みは忙しく、のんきなもふらを急かす声には焦りが感じられた。
 それもそのはず。その界隈では、最近粘泥が多く出没する。
 昼の内は活動も鈍いが、夜ともなればそこかしこで粘性の身体を動かし、人を襲う。下級の雑魚アヤカシではあるが、物理攻撃に非常に強い為、一般人の手に負える相手ではなかった。
「事は解ってるだろう。里には必ず行く筈だ」
「長だし。妙な土産とか怪我とかされたも困るっての分かるでしょうし」
 修羅に関する大事な一見なのだ。すっぽかして困るのはむしろ酒天の方。
 そう考えて、からす(ia6525)や礼野 真夢紀(ia1144)などは探す気さらさら無く、人込みを苦手とする柊 梓(ib7071)も街中には飛び込まず、粘泥退治に力を入れる。
「そこに一匹おるな」
 日差しを嫌う昼間は粘泥がいない訳でなく、むしろ隠れている今が好機とからすは鏡弦で探査。反応があれば、呪弓「流逆」で射掛ける。
 しかし、勢いつけて突き刺さる矢も、粘性の体に捕らわれるとゆっくりと沈み込んでいき、効果は今一つ。
 梓や真夢紀の力の歪みなどの方が効果的に粘泥を始末できた。
 幾ら日差しが嫌いといっても、攻撃を甘んじて受けてばかりのアヤカシでもない。にゅるりと影を動くと、そこから素早く身体を伸ばして敵を巻き込もうとしてくる。
「っ! ‥‥怖いは、嫌い‥‥! 」
 飛び散る体液が周囲に跳ねる。そのおぞましさ。梓は気色ばんで身を震わせながらも、始末にかかる。
 そうやって街道沿いの粘泥を退治しながら、街に入る道、そこから伊織の里に向かう道を中心に、行き交う人に酒天がいないかを見張る。
「ふに‥‥なかなか来ませんです」
 けれど、目的の人物はなかなか現れず。増え続ける人の波に紛れ見落としたのだろうか。
 梓の垂れてる兎耳がさらに垂れる。


 祭があるという街まで数日かけて移動。
 街に入ると、本格的な祭は夜からだが、すでに昼の内から準備や座興で街は賑わっていた。
 祭りを楽しむべく、近隣の村からの足も多い。その為、街にある宿はもう埋まっている。
「宿に酒天の姿は無く、泊めてくれそうな民家にも幾つか当たってみても心当たりが無いみたいだね」
 仲間の荷物も受け持って、魚座(ib7012)は宿泊場所の足取りを当たっていたが、手がかりは得られなかった。いや、ないという事が手がかりか。
「無類の酒好き祭好きと聞く。夜通し遊び倒す気では」
 結構な人数が、酒天捜索で街に入り込んでいる。しかし、追っ手がばれれば、また逃げ隠れする可能性はある。気付かれぬよう、不知(ib6745)と共に射手座(ib6937)は開拓者間の伝達を行う。その為、情報が集まりやすかった。
「そろそろ日が暮れる。街の酒場も開く頃だ。そこを中心に探ってみるか」
 山羊座(ib6903)が頷くと、飲食店が並ぶ通りへと向かおうとする。しかし、祭りの人手でどの道も混雑。単に移動するだけでも人を掻き分け泳ぐよう。
「探すのはもちろんだが、伝令も一苦労じゃねーか」
 人の流れに、不知は朽葉色の狐耳をぺたりと寝かせる。同色の尻尾もどこか力無げに垂れ下がっていた。
 開拓者同士特に示し合わせている訳でもなく。各々が捜索している場所を探して回るのもまた大変であった。
「祭りを楽しみたいってのは分からなくもねーけどよ」
 告げる不知に、射手座も頷く。フラリとやってきた異邦人。天儀をよく分かっていないので、この祭り自体にも関心があった。
 賑やかで楽しげな人の波。彼らと共に浮かれたい気分も抱きながら、今は仕事優先。他の開拓者にも情報を伝えに回る。

 人が多いと、大なり小なり事件が起きる。
 そうして監視の目が逸れると、よからぬ事を企む者も中には混じる。
「いたた! 何するんだい、お兄さん。誘うなら優しくしとくれよ」
「ぬけぬけと。いいから、その懐に入れてるモンをさっさと出しな」
 すれ違い様に、玖雀(ib6816)は女性の手を捻り上げる。
 腕をとられた女性が騒ぎ、周囲からも注目が集まる。女性はその同情を買う様にのらりくらりと言い募ったが、玖雀は威圧的な笑みを浮かべると、容赦なく追い詰める。
「あ、俺の財布」
「やだ、これあたしの」
 投げ出された統一性の無い財布の山に、周囲から声があがった。
 スリを暴くと、後の対処は任せると被害者たちに引き渡す。本来の目的はそちらではない。
「ったく、こんな大事な時に、どこ行きやがってんだ」
 玖雀の声は若干苛立つ。

「全く。酒天くんも逃げなくていいのに」
 人目が無いのを確かめて、フィン・ファルスト(ib0979)はまるごといのししに風を通す。幾ら日が落ちても、夏の日に人込みの中着続けるのは暑苦しくて仕方が無い。
「気持ちは分からなくもないけど。追いかけっこも楽しいから良いんだけどねぇ」
 まるごとふくろうを脱いで休む九法 慧介(ia2194)はすんなりと笑い飛ばす。開拓者たちの多くは酒天に同情的というか、この事態をどこか面白がっている節がある。
「こういう遊びは酒天くんの方が上手な気もするけれど、ま、頼もしい人もちらほら居るし、多分大丈夫。俺は俺なりに頑張りますか」
 ふぅっと息を吐くと、ふくろうを着直し、慧介は探索に戻る。
 ふわふわ丸っこい着ぐるみに、子供たちが喜んで集まってくる。が、その中に酒天の姿は無い。‥‥いても微妙に対応に困るが。
 肩を竦めてフィンもいのししになると、人込みに戻る。酒天の姿を探していると、その足にきゅっと小さな手がしがみ付いた。
「どうしたの? 誰かと一緒じゃないのかな?」
 まだまだ小さなその子は、到底一人では祭りに来そうに無い。尋ねると、やはり迷子だった。
 フィンは頷くと、その手を取り警備の元に送り届ける。さすがに、親を探す余裕までは無い。
 そこかしこで逸れた子供の声がし、保護者を呼ぶ声。警備兵も対応に追われている。

 夕暮れが近付くにつれ、街の人は休むどころか、ますます活気が帯びてくる。
 近くの街道にアヤカシが現れるが、いや、だからこそ、この一度の享楽に浮かれたいのだ。
「本当に、人‥‥多いなぁ」
 裾を握り締め、柚乃(ia0638)は周囲を見渡す。たまには目を惹かれる物に目線を留めたりもするが、どうしても視界に入ってくる人の流れを追うのに精一杯。
「はいよ、ごめんよ」
 すれ違いさまに肩を当てられ、柚乃がびくりと震える。別にスリでもなく、相手はすんなり謝って人込みに消えたが、その姿を緊張して見送り、盛大に息を吐く。どうにも人込みになれない。
「浴衣、着たかったなぁ」
 しばらくすると花火が始まる。酒天は気になるものの、折角の夏祭りを楽しみたくもあった。心悩ます諸悪の原因は一体どこにどうしているのやら。
「酒天だって、追っ手が来るのを分かってるなら正体ぐらい隠しているでしょうし」
 雪刃(ib5814)は、人込みの中をわざと目立つように歩く。
 幾度か顔を合わせて酒天にも覚えられてるが、変装などせず。むしろ、向こうが雪刃を見つけて逃げ隠れしてくれれば、その動きで他の捜索隊が見つけてくれやすくなる筈。
 酒天が目的を見失うとは思えないので、捜索は念の為、といった気分は変わらない。自分から積極的に探そうとはあまり考えていない。
 そうこうと賑やかな街中を一通り歩き回ると、雪刃はその足であっさり街の外に出て行く。
「今会えそうにないのは残念だけど、力にはなりたいからね」
 日も暮れだし、粘泥たちが活発に動き出そうという頃。退治に向かった人たちに合流する為だ。
 粘泥の性質を思えば、サムライである雪刃は不利である。しかし、そこは術師の壁になるなり振る舞いようはある。
 傍にいるだけが力ではない。道中の安全を図るのもまた助けになる。


 振る舞い酒があちこちで行われてるとあって、呑み助が多い。
 逃げているといっても酒天が楽しみを捨てるはずは無く。そこらを中心にとりあえず目立つ人物を追っていくと‥‥。
「何をしてらっしゃるのでしょう?」
「折角の祭りじゃ。楽しまにゃ勿体ねぇじゃろ」
 顔の上半分を覆う鬼の面に毛皮の羽織。女物のような派手な着流しで地元の人たちと混じって太鼓を叩いて大騒ぎしていた小野 咬竜(ia0038)に、華表(ib3045)は呆れ返る。
「言っておくが、ただ騒いではおらんぞ。この騒ぎに楽しむ奴らに、紛れてるじゃろうてな」
 にやりと笑うと、咬竜は視線を観客らに目を向ける。
 頷き、華表も望む姿があるか、人込みに隠れていないかを注意深く調べる。何を使って誘き寄せるかといえば、確かにこうした騒動が一番だろう。
「酒天くんの性格だと、お酒と美味しい物には目が無いですの」
 ケロリーナ(ib2037)も酒臭い場所を中心に、似顔絵と身長を基準にして聞き込みに回る。
「若いのに、大層な大酒飲みはいなかったかい?」
 問いかける無月 幻十郎(ia0102)に、大抵は首を横に振るっていたが。
「そういえば。顔は分からないが、笠被った子供ぐらいの奴がいたなぁ。何か、嬢ちゃんを見て逃げてったみたいだったぜ?」
「あやしーですの! どこに行ったか教えて欲しいです!」
 幾つか飲み屋を当たっていくと、やがて赤ら顔の親父が首を傾げつつもそう回答が得られた。
 そこを中心に、さらに飲み屋を当たっていく。
「こちらにも顔を出していたようですが、入れ違いになったようですね。こちらがここらで一番上等の酒の振舞っているようですから、私はここで待ち構えてみますよ」
 振る舞い酒を飲んでいた无(ib1198)と行き会い尋ねるも、返答はあっさりしたもの。告げると、また酒を頂戴して口に運ぶ。

 そうやって、界隈を開拓者たちがうろついていると、路地裏にすっと抜ける子供の姿があった。
 路地裏は人が少なく、表の賑わいも遠くなる。面を被った子供は、土地勘が無いのかうろうろと入り組んだ道を歩いていたが、
「!」
 その足が止まった。路地の行き先に、人が立っている。紅雅(ib4326)だ。
 子供は気付かれないよう、物影に移動し、そのままそっとその場から離れようと抜き足差し足後退しはじめる。
 その不審な動きに向かって、後ろから別の人物が見事な速さで間合いを詰めてきた。
 気配に気付いて振り返ろうとした相手だが、それより早く。瞬脚で走り寄ったルー(ib4431)は手を伸ばすと面を剥ぎ取る。
「うぎゃあ!」
「見つけましたよ! 観念して下さいね!!」
 下から出てきたのは、思った通り酒天童子だった。髪を隠す布を解くと、修羅の角も露わになる。
「何するんだ! って‥‥なんだ、お前か」
「なんだとは失礼ね。心配したんだから」
 ルーもまた、尻尾をマスケッターコートで隠し、長い髪も帽子で隠している。その変装を解くと、見知った顔に酒天は表情を濁らせて目を逸らせた。
「駄目ですよ。皆様には連絡済みでこの辺り一帯は囲い込んでますから」
 観念しなさいと菊池 志郎(ia5584)が告げると、酒天はあからさまに狼狽していた。
「皆様ってまさか朝廷の奴らも?」
「いいえ。使者たちは先に里に向かってもらってます。捜索に来たのは開拓者ばかりです」
「あ、そ。そうか、うん。ならいいんだ」
 氷海 威(ia1004)に告げられ、どこか慌て、それでいてほっとしたように酒天は大仰に頷いている。
「やはり朝廷の方と一緒で楽しめませんか? 貴方と祭りを楽しみたい者も多く居ます。御安心を」
「そういう訳じゃねぇんだけど‥‥そういう事でもあるのか?」
 丁重に威は告げるのだが、どうも酒天の態度ははっきりしない。
「何だい、煮え切らないねぇ。美味いもん奢ってやるから、しゃんとしな。‥‥その前に」
 肩を竦めていた朱麓(ia8390)がにやりと笑うと、問答無用に手を伸ばした。
 その気配に恐ろしいものを感じたようで、とっさに酒天は跳ね除けると、数歩下がって距離を置く。
「何するんだ!?」
「何って、迷惑かけたオシオキだよ。尻の一つや二つ叩いておくべきだろ」
「幾つだと思ってんだーっ!!!! てめぇよか、遥かに年上だかんな!?」
 からからと豪気に笑う朱麓に、酒天の顔が真っ赤に染まる。
「ですよねぇ? 幾ら若く見えても、天儀でこのぐらいの歳とだとほぼ成人――いいオトナのはず。どうして毎回、子供扱いされるのでしょうね‥‥」
 和奏(ia8807)が首を傾げる。密かに怒ってるのかもと思っているが、実際に怒っている。でも朱麓は悪びれない。
「しょうがないだろ。見た目これで性格がそれで第一印象もあれだし。誰に聞いても似たようなもんだろ」
「なるほど」
「納得するな!」
 適当な説明を大雑把に繰り出すが、和奏はそれですんなり受け入れる。
「まぁまぁ。酒天さんを心配するだけでなく、一緒にお祭りを楽しみたくてここまで追いかけてきた人たちもいます。彼らの希望を叶えていただけませんか? 一人で見物するよりきっとずっと楽しいですよ」
 宥める志郎に、紅雅も頼み込む。
「私たちも職務怠慢になりますので、一緒に行かせてはいけませんか?」
 見つけたので、これで解散お役御免‥‥とは行かない。ちゃんと伊織の里に向かうまでが依頼である。
 けれど、即行引き摺って行こうとするものは皆無。それぞれがそれなりに気遣っている。
「しょうがねぇなぁ」
 そうと察し、観念した酒天が息を吐く。
「では、皆様にもそう伝えてきますね」
「ああ、悪い」
 一礼して走り去っていく威に、酒天はすまなかったと頭を下げる。


 とっぷり日が暮れると、花火が上がり出す。
 濃い夜に向かって打ち出される大輪の花は街のどこからでも見れるよう、計算されて上げられているが、
「おう、皆来たな。こっちやこっち!」
 その街の中でも見晴らしのいい高台にて。大きな茣蓙を広げていた八十神 蔵人(ia1422)が手を振って呼ぶ。
 酒天捜索もせず、ひたすら場所取りに励んでいた彼。
「こんなもんが近くにやってるんやったら、見んと損やろ! 酒天かて、見れんて臍曲げて。武天の会談こじれたら、皆かて困るやん」
「俺はそんな狭量じゃねー!」
 酒も肴も買いあさって準備は万端。
 そんな蔵人の言い分に酒天は否定を入れるが。それはどうだろうと、周囲はちょいとばかし首を傾げる。割と気分屋で感情的で適当な奴なのも否めまい。
 とはいえ、花火見物には不満は無い。茣蓙に居座ると早々と酒に手を伸ばす。
「そういえば、土産は探したんか? 手ぶらで行くのもなんだろ。うまい地酒でいいんじゃないか?」
「いや、武天に住んでる奴に、地元酒ってどーよってもんだろ。せめて神楽の都で仕入れとくんだった」
 早速並んで騒ぎ出す幻十郎が告げるも、これは酒天も本気で悔やんでいる様子。
「という訳で、途中で落ちてる粘泥の一匹でも差し入れするのはどうだろう。苛立った時などに殴ってくれと」
「そりゃいいかもな。だが、見た目が悪い上に、落ちてる物をってのは今一だな」
「とすると、夏だしでかいカブトムシか!」
「クワガタ派ならどうする?」
 割に真剣に企んでいる酒天に、咬竜も一緒になって考えて笑う。
 まさか本当に用意するとは思えないが、周囲の良識開拓者たちは気が気でない。
「まー、後悔してもしょうがないです。妙な手土産とか一緒に探しませう! 経費で落ちるですよね?」
「どの経費で出すんだよ。ま、ギルドに頼めば工面するんじゃねーか? 駄目なら強奪するまで!!」
「それは強盗ですねー。駄目じゃないですかぁ」
 羊飼い(ib1762)の確認に、酒天はきっぱりと答える。
 物騒な言い分に、羊飼いが指摘するも、伸びた語尾が危機感無し。
「二日酔いと聞きましたが、調子は相変わらずですね」
 馬鹿な話をしながらも、ぐいぐい用意された酒は消えていく。開拓者にも酒豪は多く、遠慮は無い。
 そして、酒天もまたワクのように呑む。蔵人が用意した分は、祭りの終わりを待たずしてなくなりそうな勢い。その呑みっぷりに、无は安心したような呆れたような。
「二日酔い? んなもんなる訳が‥‥。あ、いやそうか。うん」
 心外だと顔を歪めた酒天だったが。何かに思い至り、また言葉を濁す。
 だが、それ以上は何も言わず。考えにふける酒天を、心配げに周囲は見る。
「話したくなったら‥‥話せる時期が来たら自分から話して下さるのではないかと」
 和奏は割と気にせず。もそもそと肴を口に運ぶ。
「そういえば、今夜の寝床はどうする? 見回りの手伝いをするなら寺子屋に留めてもらえるよう頼んであるのだが」
 そろそろそちらの時間も気になりだし、誘ってみる无だったが、酒天に代わって蔵人が問題ないと胸を張る。
「宿? 安心せい、わしに手がある! 泊まる場所を確保してない奴! 酒も肴も大量に用意してある‥‥ちゅうか無くなりそやけど、そんなん買い足しゃええんや! 全員朝まで呑むぞ!!」
「そうそう、朝が来るまでが祭りだぞ?」
「今夜は寝かさないぞー☆」
 拳振り上げる蔵人に、幻十郎や羊飼いたちも揃って拳を振り上げ呼応する。
 他にも宿泊の手配をした開拓者はいるが‥‥これはもう夜通し宴会決定らしい。
「寝袋は一応用意してきたが‥‥。しょうがない、とりあえず買い足しの買出しに行くかー」
 呑み比べもまた楽し。一緒に呑んでた不知が、ふらり立ち上がったが。
「待って。もうちょっとちゃんと着ようよ」
 何となくその服がはだけてて、フィンが慌てて呼び止める。
 不知、酔うと脱ぐ癖があるとか。やっぱりワク並に呑むし、まさか全脱ぎまで至らないだろうが‥‥朝まで大丈夫か、男衆はドキドキだ。
「しょうがねぇな。付き添いが必要か」
「お願いですから、酒天様はじっとしていて下さい。お怪我をされても、横道に逸れられても困ります」
 一緒に行きかけた酒天を、華表が引き止める。嫌がろうと嫌われようと、無事でいてもらわねばならない。
「懲りないというか‥‥自由ですよねぇ」
「当たり前だろ。俺の行動を俺が決めて何が悪い」
 紅雅が苦笑するも、酒天は当然とする。
「そろそろ、最後の花火だそうですの☆」
 楽しんで見ていたケロリーナが、街の人から話を聞いてそう伝える。
 それに答えるかのように、夜空一杯に大きな花火が打ちあがり、街のあちこちに音が響いて騒ぎ立てる。
 花火を楽しそうに見上げていた柚乃だったが。ふと酒天を見ると、また険しい表情でどこか遠くを見つめている。
 修羅の解放に伴う会談。その重圧は確かにあるかもしれない。けれど、果たしてそれだけなのか。

 祭りが終わってからも、街は眠らず。むしろ活気が増したように、騒がしくなった。
 開拓者たちも、酒と肴を何度も買い足し夜通し騒ぐ。
「眠」
「だから、少しは休めばいいのに。これから会見って頑張ってよ」
 夜通し騒ぎ通せば当然寝る間もなく。
 半分寝ながら歩いてる酒天に、呆れる魚座。
 けれど会談までの時間も惜しいので、伊織の里に早々と向かう。
「祭りは堪能されましたか? 妙なお土産は持ち込まないで下さいね。相手にヘソ曲げられると困りますから」
 道途中で待ち構えていた真夢紀から苦言が飛ぶ。まぁ、持ち込んだ所で一応荷物検査ぐらいするだろうから、巨勢王までは届かないだろうが‥‥念には念を入れて、だ。
 それからも道中、敵は開拓者任せ。大勢がそのまま寄ってたかって移動して、賑やかなまま里へと入った。