犬だって魚が喰いたい
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/25 20:42



■オープニング本文

 泰の開拓者ギルドにて。
 一人の猫族の青年が現れる。
「猫族には八月に秋刀魚をお供えする風習があるニャー。細かい点は地域で差があるので、置いとくとして。ニャーの村では月を崇めて秋刀魚を食べるのニャー」
 どっかと椅子に座って怒り憤懣の彼は先ほどからニャーニャーとうるさい。
「ニャーも勿論祭りをしようとしたニャー。でも、近所にくそ意地の悪い腹黒ででしゃばりで(以下、罵詈雑言中略)何かと馬の合わない金持ちの息子がいるんニャけど、そいつが村中の秋刀魚を買い占めたのニャー」
 よっぽど嫌いなのだろう。途中聞くに堪えない言語が続いたが、ギルドの受付もそういう客には慣れていて、うまく聞き流す。
「そいつは他の家には買った秋刀魚を分けてたニャー。でも、ニャーにはくれなかったニャー。お前は肉でも食ってろといわれたニャー。酷いニャー。外見差別ニャー。ニャーだって好きでこんな体に生まれた訳じゃないニャー」
「‥‥そうか」
 突っ伏す青年に、静かに受付は告げる。
 泰の獣人はそのほとんどが猫科の外見を持つ。それでニャーニャー言ってるなら、分かる気もするが、彼の外見は犬である。耳はピンと立ち、ふさふさの尻尾がぶんぶん揺れる。
 勿論、少ないだけでいてもおかしくはない。しかし、言葉と違和感ありまくりだ。
 の前に。
 いい年こいた男(推定二十歳前)が、ニャーニャー言っても可愛くない。
 せめて可愛い女の子だったらなー、と受付は思う。
 案外金持ち息子もそういう所が鬱陶しくてあからさまな態度に出ているのかとも思うが‥‥それは推論だ。今回の件には関係ない。
 まぁ、依頼相談に来た大事なお客だ。黙って、用件を聞く事にする。
「という事で、碌に祭りが出来ないまま終わってしまったニャー。別にお祭りできなかったからといって何かある訳でも無し、今からでも秋刀魚は食べられるけど、でもあいつの陰謀に嵌まったままというのは実に悔しいニャー!」
 青年が地団太を踏む。
「そんなある日。とある海に、巨大な秋刀魚ケモノが出現していると聞いたニャ! それを村に持って帰って見せびらかせば、絶対あいつは悔しがるに違いないニャ! でも、ニャーだけではとても捕まえられるとは思えないのニャ。船とかは用意するから手伝って欲しいのニャ!」
 いささか動機などが不純めいているが、依頼は依頼。
「ところで、対象ケモノの詳細は分かるか? 大きいといってもどの程度の大きさなのか」
「あくまで噂ニャけど、全長一丈半ぐらいあったというニャ。重さは百貫はあるんじゃねーのー? って言ってたニャ」
「それは大変だな‥‥」
 何でも無い事のように告げる依頼人。
 ざっと見積もって、人間の二倍以上の大きさ。重さは5倍以上の相手である。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
犬神・彼方(ia0218
25歳・女・陰
雲母(ia6295
20歳・女・陰
からす(ia6525
13歳・女・弓
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
志宝(ib1898
12歳・男・志
月見里 神楽(ib3178
12歳・女・泰


■リプレイ本文

「という訳で、皆に釣り上げてもらう獲物はあちらニャー!!」
 海を見渡す高台から、依頼人が尻尾をぶんぶん振って沖を示す。
 声が届くはずもない。ならば気持ちが届いたか。合わせたように、サンマが跳ねた。
 餌の魚目当てに群がっていたカモメたちを蹴散らす巨体は目を瞠るものがある。
「ほー、でかい獲物がおるというからどないなもんやと思ったがあれが目標のサン、マ‥‥?」
 笑顔で眺めていた天津疾也(ia0019)は、その笑顔のまんま、依頼人に向き直り。
「いやいやいや、あれどう見てもサンマよりマグロクラスやろ、それも特大の!?」
 真顔に戻ると、勢い込んで詰め寄る。
「違うニャ。マグロはもっと太くて短くて丸っこいニャ」
 対し、依頼人も勢いで返す。
 確かに大きさこそマグロ並だが、あれはあくまでサンマなのだ。ただし、ケモノだが。
「確かに、秋に取れる刀のような魚だった‥‥。喰えば形など問題ないというに」
「違うニャ! もしマグロ姿のサンマを、マグロと思って調理したらサンマ味のマグロ料理が出来てしまうニャ! マグロを食べたいのに、サンマ味なのはがっかりなのニャ! 中身を知る為にも外見は大事ニャ!」
 必死に訴える依頼人を、雲母(ia6295)はややウンザリ気味に惜しとめる。
「分かった分かった。で、貴様が捕まえたいのは巨大なサンマのあいつなのだな」
「そうニャ! そして、犬の癖にと偏見差別するどら息子めを、絶対ぎゃふんと言わせてやるのニャ!」
 意地悪な知り合いに、ニャーニャーと憤懣する依頼主。ただ、口調の割りに、野太い尻尾とでかい耳。どう見ても、特徴は犬。
「犬なのに猫なまりって面白いですニャー」
 志宝(ib1898)が和んで笑う。何気に口調もうつっている。恐るべし、猫語(?)。
「鴉だって、魚が食べたい時もあるからな。秋であるからには、旬のものが食べたい。脂ののったサンマはいいね」
「そういえば、家で買ってた犬もお魚食べたニャ」
 からす(ia6525)が同情するように告げると、志宝も思い出して手を打つ。
「お魚食べるの好きですが今回は食欲より好奇心♪ あんなおっきな魚釣りって、スリル満点で楽しいと思うのです♪」
 月見里 神楽(ib3178)は、目の当たりにしたサンマに浮かれている。
 近くで見ると、もっと迫力があるに違いない。


 しかし、でかいが故に問題がある。
「秋といえぇば、サンマだぁが‥‥ここまでぇでかいと、喰う気がぁ無くなるな」
「それは問題ニャ!」
 垣間見ただけで食傷気味。
 複雑な目線を今は静かな沖へと向ける犬神・彼方(ia0218)に、依頼人が耳を立てたが。
 勿論、依頼の問題とは関係ない。
「釣りって言ってるけど、釣具だと強度に難アリ。確実に行くには網を使うニャ! 漁するニャ!」
 志宝が告げる。
 釣り糸垂れて勝負できても、相手の力が如何程か。力を合わせて引き合っても、竿や糸が負けては仕方が無い。
「その網も負けてはダメだから。目は粗くても、丈夫な物を用意して欲しいな。出来れば多めに用意してもらって、二重三重で少しくらい破れても大丈夫なように使いたいかな」
「ニャー。引き上げる時、重くならないかニャ?」
 琉宇(ib1119)の提案に、依頼人は少し首を傾げる。
「そこら辺やるのは俺たちだから、依頼人は気にしなさんな。それと、船は分乗するから二隻用意してくれ」
 騒々しい依頼人から一歩引いていた北條 黯羽(ia0072)も、念を押すように頼む。
「用意できるのであれば、光源となるような物も準備しておけ。ケモノとはいえ、サンマ。特性を生かせば、船体の影に追い込めるかもしれない」
「分かったニャ! そっちの準備は任せるニャ!! だから、絶対サンマを捕まえて欲しいニャ!」
 雲母の条件にも一つ返事すると、さっそく依頼人は調達に走る。
 が、それを雲母が少々止める。
「そうそう。縄を使う以上、恐らく鱗が剥がれる。そこらは許容してくれたまえ」
「‥‥う、分かったニャ」
 渋々と了解する依頼人。
 サンマの鱗は剥がれ易い。ケモノサンマなら頑丈かもしれないが、それは現物を調べねば分かるまい。
 お使いにかけてく依頼人を見送り、開拓者たちも海での動きをもう一度確認しあう。
「で、うまく行ぃきそうか。黯羽は、どぉ思う」
 ちょっかいかけてくる旦那に、黯羽は軽く肩を竦める。
「さぁね。地形に対して、網をどう張るか」
「浜辺に追い込むんじゃないのか?」
 考え込む黯羽に、からすも疑問を投げかける。
「浜に追い込むか、網に追い込むかでまた状況が変わるだろうし。上手く網に引っ掛かれば、後は術で大人しくさせて止めを刺すのは簡単だろうけど。‥‥今の内にもう少し調べるか」
 追い込むまでに網をすり抜けられては元も子も無い。
 地形の確認をすべく、黯羽も少々情報収集に回る。


 しばらくして。
 依頼人の熱意で、船と漁具が用意される。
 二隻の船に分かれて乗り。まずは、目的の海域へ。
「いる場所ぉの大体の見当はついてるのだぁから。まずはそこいぃらで網ぃ張る作業だな。後は、見つぅけてからの勝負」
 波に揺られる漁船に乗って。彼方は網の準備に取り掛かる。
「陸で見た時と、実際に現場に来たんとは感じちゃうなぁ。ここのどこに大サンマは、いてるんや」
 疾也が海を見渡す。
 見晴らしのいい景色だが、海の中は分かりづらい。
 鳥の動きで餌にしてそうな魚群を探ったり、時折跳ねる魚の煌きを注視したりと、気は抜けない。
「とりあえず、何かはいっぱいいるのニャ。出て来るかどうかは、待つしかないニャー」
 心眼で、志宝は気配を探る。
「待つのも、漁では大事な要素だよね。‥‥わんこのお兄さんは、泰のどの辺? 神楽はサンマは塩焼き派なのですが、お兄さんはどんな食べ方が好き?」
「にゃ、にゃ、にゃ。落ち着くニャ。いっぺんに聞かれても答えられないニャ」
「にゃはっ。故郷の人に会うのは久しぶりだから、嬉しかったのです」
 網を仕掛け、待つ間の暇つぶし。神楽と依頼人が故郷談議に花を咲かせる。
 波は穏やかで、天気もよし。幸い船酔いする者もおらず、のんびりとした時間が流れる。
「近辺に出る以上。ここらにいるのは違い無いのだろうが‥‥」
 その間にも、黯羽は人魂を飛ばして、辺りを偵察する。複雑な行動は取りにくくなるが、待つ間、こちらも彼方の相手をするぐらいしか無いので特に不自由しない。
 ただ、たまに人魂の方が餌と間違われて鳥に襲われる。油断は出来ない。
「ん?」
「どうした?」
 黯羽が緊迫した表情で、自身の目を人魂へと向ける。同じく彼方が目を向けたと同時、海面が飛沫を上げ、巨大な何かが姿を現す。
「出たニャ!」
 依頼人の声に張りが出る。巨大サンマはまた着水と同時に飛沫を上げた。
「目標発見ニャ! 網は大丈夫ニャ? まずは牽制してこっちに引き込むのニャ!」
 志宝が理穴弓を構える。矢を放つも、着水と同時に波に飲まれ、相手にはどこまで効果があるか。
「ふぅむ。やはり水中に矢は厳しいか」
 じっと見ていた雲母は目を細める。
 咥えていた煙管を器用に回すと灰を片付け、弓「緋凰」を手にする。銛や槍などは届かないので、使用しない。
 そのまま、じっと機会を待つ。
「少し派手にやらないと、効果無さそうか?」
 からすも機械弓。烈射「流星」を放てば、放つ矢が思念を砕くというソウルクラッシュから、海に一線が引かれる。
 衝撃波はさすがに驚いたか。サンマが滑翔して、空へと出現する。
 見逃さず。すかさず雲母は弓を引いた。
 放たれた矢は技により、鏑矢のような甲高い音を響かせて飛ぶ。狙うは内臓狙って口の中。
 音を立てて飛び込んできた矢にさらに驚いたか。サンマは海に沈むと、今度は跳ね上がってこない。
「‥‥まさかそのまま沈んだとか!?」
 海でのやり取りは仲間に任せ、操舵についていた神楽が慌てる。
「こっちに来てるニャ。気を抜いちゃダメニャ!」
 心眼で志宝が捉える。
 示された先、波間に魚影を視認する。動きも速さも、まだまだ元気一杯の様子。
「けど、狙いバッチリやん。このまま逃がさんよう、気ぃ入れるで!」
 疾也もホーンボウで仕掛ける。矢に絡まる葛の幻は葛流の効果。狙い間違いなく、飛び込んできた矢を逃れるようにサンマは動き回る。
 が、元気が良すぎ。いきなり反転したりで思う通りに泳いでもくれない。
「逃がしはしないよ」
 動きを読みながら、少しずつでも近付くようからすも矢を放ち続ける。
「‥‥原型が残らないのであれば、響鳴弓で一気に片付けも出来るのだが」
「ダメニャー! ひき肉になったら、自慢できないニャー!!」
 ぼそりと呟くからすに、とんでもないと依頼人が泣き叫ぶ。
「傷つけんようにするんも、大変やで。これで、痺れてくれへんかね」
 疾也が雷鳴剣を放つが、効果はあるような無いような。
 水中に入ると電撃も拡散する。駆け出し開拓者で、ちょっと痺れたかなという程度らしいので、体力いっぱいのケモノサンマだと影響如何ばかりか。
「こっちぃ寄ってくぅればいいんだろ」
 見計らい、彼方が咆哮を放つ。
 途端、サンマの動きが変わる。注意は引けたようで、船に突進してくる。
 サンマが跳ねた。大きく波打ち船が揺れる。
「そもそも、網から逃げられたら意味が無いんだが」
「海に潜られて逃げられるよりかぁは、いいだろ」
 悪びれない彼方。黯羽とて元から口調は軽い。サンマから目を離さず、二人構える。
「体当たりされたら、船もサンマも傷ついちゃいますよ!」
 言いながらも、神楽は網にサンマがかかるよう、船の向きを調節。
 二隻の船が揺れ続ける。網にかかりながらも随分と暴れる。
 身が崩れる前に。黯羽たちが射程内にまで近付き、どうにか呪縛符で動きを抑えると、彼方が十字槍「人間無骨」で弱らせる。
 傷は目立たないよう、狙いはあくまで口の中。
「ずいぶん興奮してるみたいだし。ちゃんと寝てくれるかなぁ」
 琉宇がイーグルリュートで夜の子守唄を爪弾く。
 やがて曲が届いたか。瞼が無いので分かりづらいが、とりあえず大人しくなった。
 起こさないよう手繰り寄せ、船に引き寄せる。さすがに重いが、琉宇が狂戦士の宴を奏でて攻撃力を上げてみる。
「では、僭越ながら」
 飛沫濡れる甲板、揺れる船。
 サンマが起き出す前に、神楽は止めの暗勁掌を打ち込む。


「やったニャー! 大サンマゲットにゃー! ざまぁ見ろにゃ!」
 引き上げたサンマを前に浮かれてはしゃぐ依頼人。
 だが、引き上げてからもやる事は山とある。
「確か、おっきい魚は尾鰭の付け根から血抜きした記憶があるニャ」
 志宝が急いで捌きにかかる。
 網で暴れたので、すでに味はいかほどか。かといって、放っておけばますます味が落ちてしまう。
「とった証拠として、魚拓はとって置きたいがどうだろう。大丈夫なら、紙と墨か」
「折角だから僕の分も欲しいな」
 からすの提案に、琉宇も乗っかる。 
「ニャるほど。置いといたら、ずっと自慢出来るニャ」
 依頼人も乗り気に。
「だが、のんびりしてる暇はない。見せたいだけならともかく、食うつもりなら鮮度が落ちるのはダメだろう」
「そ、そうニャ。急いで持って帰らないと、見せびらかせないニャ」
 一息ついて。煙管を燻らせる雲母に、我に返った依頼人はあたふたと動き始める。

 浜に戻って、地元漁師の助けも借りて下準備にかかる。何せ、早く運ばねば生物はまだ腐るのが怖い季節。
 村まで運ばねばならないし、その手配がまた忙しい。
「ひとまずは、皆お疲れ。茶はいかがかな」
 からすがねぎらいの茶を配る。
「ありがとう。重いし、運ぶんは大変そうだね」
 黯羽は、荷車に括りつけて運び出されるサンマを見つめる。
 これにて、依頼は無事終了。
「依頼料も受け取って、後は帰るだけニャ。‥‥ふぅ、ニャーニャー言うのも結構疲れるもんだね」
 志宝は大きく伸びをする。
 実際、依頼に問題はなく。このまま帰宅しても問題は無いのだが。
「‥‥今年はまだサンマ食べて無いなぁ」
「うにぃ、神楽もお魚見てたらお腹が空いてきたのです」
 煙を吐くついでのように雲母が呟くと、神楽も少し涙目になってサンマを見つめる。
「ついでや。依頼人の村まで運送手伝うで。その後サンマ相伴できるんやったらありがたいんやけど」
 疾也が、依頼人に問いかける。
「分かったニャ。開拓者に付いてきてもらえるなら、こっちもありがたいニャ。でも、もう余分なお金が無いから、後のお礼はサンマ祭りになるニャ?」
 依頼人のあっさり返答。その条件で疾也も了承する。
「え? アレを食べれるの? 厚い切り身がどんと乗って覆っている丼とか、考えただけでもわくわくしない」
「網には他の魚もかかっていたし、そちらも塩焼きにするのもよいかの」
 琉宇が目を輝かせ、からすも思案を巡らす。
「こっちも秋刀魚でぇも食べに行きたいねぇ。疲れた後のぉ一杯は格別だしな。‥‥黯羽、お酌してぇくれるよな」
「お酌でも何でも。勿論、部屋で二人っきりで、だよな?」
 尋ねる彼方に、黯羽も含みのある笑みを見せる。
「ニャー! そうと決まれば早速ニャ。付いてきたい人は手伝って欲しいニャ!」
 サンマが欲しいか、見返しが嬉しいのか。あるいは両方か。
 急かす依頼人も上機嫌。

 秋を象徴する一品。
 動機思惑はどうあれど。束の間、腹を満たし和むのもまた一興。