夏の風呂に遊びにおいで
マスター名:からた狐
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/08/31 23:42



■オープニング本文

 暑夏。猛暑。酷暑。
 天儀の夏はとにかく暑い。暑いが為、人は涼を求めて時には出かける。
 海へ、山へ、川へ。
 暑さ和らぐ場所ならどこでも。

「というのに、うちの風呂には誰も来ん。暑い時こそ熱い風呂で一汗かく方がいいと思わんか」
 見るからにガタイのいい親父が、開拓者ギルドで愚痴る。なんでも、都から程よく離れた観光地で宿屋を経営しているのだとか。
 見渡す山々。景色はいい。春の花、秋の紅葉目当てに人も来る。冬場は雪が深くて人が来れず、客をとらないので関係ない。
 つまり、夏の目玉がこれといってない。
 なので、客が減る。
 春と秋に稼げばいいのだが、やはり今の時期にも客がせめてもう少し来てほしい。
 しかし、人を集めると言っても簡単ではない。何か祭りでも開けば客は来るだろうが、それも一時。
 常に客に楽しんでもらうにはどうしたらいいのか。
 一応露天風呂がある。近隣の山々を一望できる見晴らしの良さが売りだが、夏のもっさりした緑では今一面白味に欠ける。
 さすがに景色は変わらない。それならば、と、変わり風呂を作ろうとしてみた。
「が……これがうまくいかないもんだ」
 しみじみと、親父が告げる。
 風呂と言っても温泉ではない。普通に薪でお湯を沸かす。街の銭湯と変わりがないので、湯治目的では効能が無い。
 とりあえず、薬草を湯に入れてみたり、氷風呂を作ってみたり。しかし、それなら街中にもありそうな風呂で、目玉にするには今一。
「もふらを詰めたもふら風呂とかやってみたが、あいつらの食費の方が高くつきそうだし。乳風呂は案外匂うのと食べ物を粗末にするなと怒鳴り込まれ。いっそそれならと熱湯ならぬ熱油の釜風呂を作ってみたが、後が滑り過ぎて危なかっしい」
 どうにも迷走しているようで、試した風呂が出てくるごとに、ギルドの係員の首が傾いていく。
 だが、親父は真剣そのもの。なんとか夏の観光客を呼べるような、変わった風呂を作りたいという。
「だから、頼む。何か人を呼び込めるような風呂を考えてはくれないだろうか」
 親父が苦り切った表情で頭を下げる。
 現地を知らなければ案も出ないだろうと、しばらくの滞在とその間の費用は負担してくれるとのこと。何も思い浮かばなくても、その時はその時、と親父は言う。
 どうせ部屋が空いてるので、その穴埋め……と、係員は思ったが。断る謂れは無い。
 いい骨休めにはなるだろうと、早速開拓者たちに声をかけて回った。


■参加者一覧
/ 明王院 未楡(ib0349) / 国乃木 めい(ib0352) / 御鏡 雫(ib3793) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / サライ・バトゥール(ic1447


■リプレイ本文

 暑い時期の熱い風呂。
 客の入りの悪さをどうにかするべく、目玉になるような風呂を考えてもらおうと、開拓者ギルドに頼んだ宿屋経営の親父であったが……。
「銭湯だからと言って、必ずしも温泉地に対しての湯治目的の客寄せで負けるってわけじゃないと思うよ。療養や美容健康なら、泉質にも左右されるし、本当に流行る場所は、食事や治療、休憩施設なんかにも気を配ってる物だよ。――例えば、ほら」
 言って、御鏡 雫(ib3793)は、石鹸を差し出す。
「何やらいい匂いが……」
「薔薇石鹸だよ。同様に薬草やハーブを練り込めば、皮膚病などの治療だけでなく、美白や髪の艶回復とかも見込める」
「なるほど」
 小さな石鹸、ただそれだけ。それを感心したように親父は見入る。風呂をどうこうすることばかり考えて、そういう細やかな考えには及んでいなかったらしい。
「癒しは何も風呂だけが持つのではありません。医食同源。地場産の食材を生かした料理があれば、それも目玉にできましょう。風呂上がりの男性客に足裏マッサージや整体なども加えてみては?」
 おっとりと同意を求める国乃木 めい(ib0352)。明王院 未楡(ib0349)は後方で控えながらも、同意して頷いたり、大切なことは手帳に記したりと忙しい。
「中ばかりじゃないよ。街中にいると普段は野生の生き物見る機会が無いし、夏のカブトムシやクワガタは子供にも大人気! そういう散策できる道があれば、昆虫採集も出来る」
 宿屋付近の景色を確認すると、リィムナ・ピサレット(ib5201)強く主張。
「夏ですし。かいた汗をすぐお風呂で落とせるという利点を生かし、原料と体力向上の為の合宿を計画して人を呼び込むのはどうでしょう。お風呂はサウナと水風呂があった方がいいですね」
「水風呂ならすぐに用意できるが……」
 サライ(ic1447)の提案に、さらに親父がうなる。
 それから少し思案して。
「よし、分かった。いや、よく分かってないか。ここの場はしばしお任せしましょう。従業員にも協力するよう頼んであるので、何をどうすればいいのか、御教授願いたい」
 神妙な顔して親父が頭を下げる。


 宿を見て回ると、サライは宴会場を見つけてその広さに満足そうに笑う。
「部屋の広さは十分。それではシノビの体術修行を考えておきます。御主人はいい体格してますし。皆に教えられるようにしてくださいね」
「うむ。それでは頼む」
 年齢によっても、鍛えたい場所によっても動かしたい箇所は異なる。
 実践的なシノビの修行を真剣にやってしまうと、気軽に楽しめるものでもない。が、手を抜いて効果が無いのも困る。
 安全第一も必要。
 様々な考慮をしながら、サライはいくつかの型を披露し、それが実際に使えるか、そもそもこの親父さんが覚えられるか指導できるか。
「まぁ、いざとなればその筋の人を改めて雇うと手段もあるからなぁ」
 サライに柔軟体操を施されながら、軽く親父をそう告げる。

 冊子に動きを記すが、動かしてみるとやはり素人には難しそうな箇所も見えてくる。
 そういうのを改良したり、コツを伝授したりといろいろ教えている内に、思いがけず時間も経っている。
「ここまでにしましょうか。……ふぅ、いい汗流しました」
 注意事項を冊子に書きこむと、サライは額の汗をぬぐう。
 そこにバタバタと元気にリィムナが飛び込んでくる。
「サライく……サライお兄ちゃん、終わった? じゃあ、次は風呂の予行演習行こう♪」
 サライの手を取ると、有無を言わさず引っ張っていく。
 その姿がどこか泥くたなのは、どうやら散策路を模索してきたらしい。置かれた虫かごには獲物がいっぱで、頭に葉っぱもついている。
「僕もお風呂に……ってええ!?」
 強引なお誘いに垂れた兎耳すら立ち上がりそうに驚くサライだが、おとなしくついていく。
 だが、それに親父が待ったをかける。 
「言い忘れていた! 混浴は構わんがその場合、水着着用してくれ。無いなら貸出になる」
「えー、今更今頃それを言い出すぅ?」
「最近は倫理関係とかうるさくてなぁ。客が少なくて説明する機会もなかったもんだから、すっかり忘れとったわい」
 口をとがらすリィムナに、野暮ですまん、と親父が頭を下げる。
「うーん。でも、お風呂は皆といるから楽しいんだよね。しょうがない。……あ、でも家族風呂なら家族なんだしいいよね」
「んー、それもなかなか面倒な話なんだがなぁ」
 渋面を作る親父さんに、リィムナは適当に返事をしながらさっさとサライを引っ張っていく。
「いいや。ささ、お兄ちゃん。予行演習しよ。泳いで洗いっ子して〜、楽しいね♪」
「え、待って。結局どっちにどう??」
 顔を真っ赤にして戸惑い続けるサライに、大丈夫と頷きつつ。嬉々としてリィムナは風呂の偵察へと向かう。
 

「丁度よかった。こちらにどうぞ」
 風呂から上がったリィムナとサライを待ち受けていたのは、めいと雫と未楡。そして、宿の女中たちだった。
 救護室を急ごしらえで整えたと思しき休憩室。湯上り二人が寝台に案内されると、女性たちに取り囲まれる。
「湯上りに足裏をほぐし。体を整えます」
「本格的にやろうとすれば、医師などの専門家を雇う方がいいかもな。だが、覚えていても損はないね」
 サライの足を取り、めいが実演して見せると、雫が補足を入れる。
 それを熱心に見入る女中たち。隣の者と実際にやり合って、手つきを確かめ合ったりする熱心さ。
 この宿が少しでも盛り上がれば。その思いは従業員でさえ同じのようだ。
「普通にツボを押すのもいいですが、女性相手ですとこういう香油を用いての施術も喜ばれます」
 リィムナの足を取るのは未楡。ぬれたりしてもいいように水着に肌襦袢で、豊かな体を隠し。ハーブを用いた油を擦り込み、丁寧に疲れをほぐしていく。
「そして、存分に癒されたお客様にはこちらのクッキー。このオータムクッキーも、これはこれで良く出来たお菓子なんですよ。例えば、これをベースに症状に応じて必要な食材を足して健康促進のお菓子として振舞っても良いかもしれませんよ」
 すっかりくつろいだ開拓者二人に差し出したクッキーを、めいは女中たちにも手渡す。
 匂いを嗅いだり、かじってみたり。女中たちの反応は様々。
 その様子を見ながら、未楡は微笑む。
「例えば、今回のクッキーは、生姜と蜂蜜を練り込みました。体を温めて血流を良くして、美容と健康に良い……とも言えます。お菓子一つとっても、工夫すると色々と宣伝に出来るんですよ。この香油にしてもそう」
 差し出した香油は先ほど使ったものとはまた違う。
「胡麻油や菜種油にハーブを漬け込んだり、ワインなどのお酒を少し混ぜたマッサージすると、気持ちが良いんですよ。香りの効能など、後でまとめさせていただきますね」
 一通りの体験を終えて、女中たちが大きく息を吐く。
 クッキーや香油をじっくりと調べたり、実際に体験してどうだったかなどをリィムナたちに感想を聞いたり。
 その熱心さを満足そうに見ていた雫だが、頃合いを見て手を打って注意をひく。
「という訳で、これで風呂上がりにできる奉仕活動は大体わかったと思う。次は胃袋。食堂で医食同源の美味しい食事療法を体験出来るようにするだけでも、人寄せ効果が期待できると思うけど、試しにやってみたらどうだい?」
「名物は無いとおっしゃってましたが、地場産の食材を生かしてよりおいしく食べれるように調整できますよ」
 雫の言い分に、めいも頷く。
「それでは皆様厨房へ。母の知識や料理を参考に、料理長ともお話しして少し試作を作ってもらってます。感想などお聞かせ願えませんか?」
 未楡が指す方からは、美味そうな匂いが漂ってきている。


 厨房で様々な食事と共に、その効能をめいたちが女中に教え込む。
 だが、それはリィムナたちには直接関係ない。
 味についての感想も求められるとなれば、しっかりと食べなければならない。そもそも、昼に動いた分や湯上りでほぐれた体に、考えられた料理を食が進まないはずがない。
「そうそう。子供用に砂糖水に果物の風味をつけた飲み物とかどうかな? ちょっと作ってみたけど……あれ、甘い過ぎるかな?」
 子供目線の立場からの飲料も考案して、その味見と称してさらにがぶ飲み。
 
 話し込んでいる内に夜も更ける。休養も兼ねて宿泊の用意も出来ているが、意見交換などでめいたちはかなり遅くまで話合っていた。
 リィムナは、機を見て布団で就寝したのはいいが……。

 翌朝。

「うぎゃあああ!」
 濡れた布団の感触に、リィムナは爽やかな朝をぶち壊す勢いで飛び起きた。
 はがれた布団には濡れた後。大きな地図の原因は、誰もが考え付く。
 家ならともかく――いや良くないか――、これは宿の布団。隠蔽しようにも、布団を隠せば女中さんが困る。
「リィムナさん……またオネショしたんだ……。可愛いな」
 見つけてほほ笑むサライに、リィムナは真っ赤になって反論する。
「オネショじゃない! いや、結果オネショだけど、こ、子供が来るって事はこういう事もあるという予行演習だよっ!」
 泣きそうに笑って、恥じ入って消えそうにリィムナがうずくまる。
「昨日いっぱい飲み食いさせすぎたか……。夜尿を緩和する食事も考案した方がよかったかな」
 行動を思い出して雫が反省する。
「それは後で。それよりも早くお布団を片付けましょうか。女中さんにはいいように言っておきますから」
「着替えを用意しました。そのままでは風邪もひくでしょう」
 てきぱきと動くめいに、未楡も手際よく手伝っていく。


 昨日のおさらいや改良点を話し合い、洗濯も済ませる。
 これ以上は、口出ししようがないという辺りまで打ち合わせを済ませると、開拓者は宿を後にする。
「実に参考になったよ。ありがとう」
 親父に従業員一同揃って、玄関先までお見送り。深々と礼を取る様は、夏の目玉にあてがついた喜びゆえか。
 後は彼らの頑張り次第。
 満足して――一人だけ足早に逃げるようではあったが――開拓者たちは都の喧騒へと戻っていった。