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■オープニング本文 ●夢語り部の間 護大を滅ぼす作戦が進む頃、遭都・御所の地下には武帝と共に穂邑(iz0002)や多数の開拓者達の姿があった。 武帝の心境の変化は藤原保家の心を動かすに至り、朝廷が隠してきた秘密・情報を開拓者に開示すると決定。だが、内容の重さから、まずは限られた者達にのみにという結論に至り、開拓者ギルドに以下の依頼書が張り出された。 『遭都、御所において今後の大規模作戦における重要会議を執り行う。朝廷はこれに開拓者の参加を望むと共に、朝廷が持つ情報の共有を図りたい』と――。 小部屋の扉が幾つも並ぶ空間。朝廷の神官達が説明を始める。 曰く、此処は『夢語り部の間』。 各部屋は過去を記憶する不思議な結界が施されており、刻の記憶を司る精霊によって知り得るはずの無い過去の情報を授けてくれるのだ、と。 穂邑――神代の役目はその精霊と交信し、部屋に入った開拓者達に夢を見せてくれるよう頼む事。 各部屋そのものがある種の結界になっており、中で一晩過ごすと記憶を夢として見、過去を追体験できる。 吟遊詩人の『時の蜃気楼』に似るが、より強力。この部屋で見る夢は、聞いて、嗅いで、触れて……過去の登場人物として行動が出来る。 「そなた達の行動によっては辿り着く結果が変わる事もあるだろうが、歴史そのものは変わらない」 選んだ部屋によって充足感を得る事も出来れば、深い絶望を知る事にもなるだろう。 「……それでも、お前たちはこの世界にかつて何があったのかを知りたいと望むか?」 武帝の問いに、開拓者達は――。 ●500年前 朝廷がこれまでの秘匿主義を止め、改めて明かされた真相がある。 その一つが、酒天童子封印時の出来事だ。 当時、修羅の王であった酒天童子は、天儀の支配権を求め朝廷と争う。 朝廷の権力は絶大。けれども、現在ほど志体持ちも存在しない。各国次々と敗れ、酒天による天儀統一まであと一歩。という所で、朝廷は修羅との和議を成立させた。 和議は修羅側に有利な条件で結ばれ、締結の証として朝廷から一人の姫が酒天へと嫁ぐことに。これで争いは丸く決着する――はずだった。 朝廷側は和議を守る気無く。婚礼の席で油断した修羅たちを襲い、酒天を封印する。 中枢を失った修羅たちは烏合の衆と化し、士気の上がった朝廷軍に陽州まで追いやられ、精霊門ごと封印される。天儀に残った修羅たちも『鬼』として処罰対象となり、種族自体が歴史から消された。 ここまでは酒天も知る内容。 一部うやむやに秘匿されたのは、和議すら利用する騙し討ちなど、朝廷への信頼が揺らぎかねないと判断されたからだ。 酒天も過去を蒸し返す気はない。アヤカシの情勢が昔と比べ物にならないほど荒れた昨今で、朝廷が権威失い、各有力者の権力争いが始まれば、得をするのは何者か。 今更不要な波風を立たせるよりは、と、口をつぐむことに同意した。 けれども。 さらに朝廷側には隠していた事実があった。 酒天封印の姦計には、アヤカシからの入れ知恵があったという。 故意か。朝廷とて奴らの策略に飲まれたのか。いずれにせよ、アヤカシと一時的にせよ手を組んだ事実は非常にまずい。当時を隠したかったのも、それが本当の理由らしい。 そう伝えられて、さすがに酒天も呆れた。 呆れはしたが、事実は変えようがない。今更でも事実を伝えてきたのは誠意の表れであり、朝廷の変化を物語っている。 ●依頼 夢語り部の間の一つに、酒天封印時を夢語る部屋がまだあると知り、協力を募ったのは酒天童子自身だった。 今更さらなる真相を探っても、これからを好転させる情報が手に入るとは思えない。 けれども、そこにあえて踏み込むのは、 「姫がその後どうなったのか知りたい」 のだそうだ。 朝廷から嫁いだという姫は語り継がれていない。 夢を辿ってもそれが正しいか違うのか、こちらには分かりようもない。それを承知でなおも探りたいらしい。 「それに、関わったというアヤカシも気になるしな」 深刻そうに告げるが、話を逸らしたのは明白だった。 ●夢の始まり 天儀風と陽州風が交じる山城は現代には無い。 月がきれいな晴れた夜。煌々と篝火があちこちで焚かれる。 城には、酒天の腹心始め、多くの修羅が集う。さらに朝廷より嫁いだ姫と従う侍女や護衛、見届け役の貴族たちやその護衛など、人が溢れ返る。 酒天の話では、どうやら薬を盛られたらしい。式後、大広間での宴で騒いでる最中に体が動かなくなり、攻め入る朝廷勢に討ち取られた、と言う。 時間的に、事態はもう動いているはず。 「見つけましたぞ、酒天さま!」 夢に降り立った酒天たちに、どっと走り寄ってきたのは、修羅の一団。 「茨! 皆も……これが夢か」 「何を寝ぼけておられるか」 爺修羅が、したり顔で酒天の首根っこをつかむ。 「茨さん。旦那さまはいらっしゃったの?」 「姫様――いや、奥方様。こちらに」 茨がほころんだ顔で呼びかけると、声の主が廊下の向こうからかけてくる。 「全く何故宴の最中に消えるの? 朝廷側がざわついてたわよ」 ぷん、と頬を膨らませているその姿は、開拓者たちにも見覚えのある人物に見えた。 「穂邑……じゃない。姫!?」 途端、姫の目が険しくなる 「『ほむら』って……女性? え、何? 誰と間違えたっていうのよ! 早々と浮気!?」 「んな訳ねぇだろっ!」 「そうですぞ。婚礼を持ち掛けられた際、姫様だったらと了承したのは酒天さまの方で」 「お前は余計なこと言わんでいいっ!!」 爺が笑顔で告げるのを、酒天が噛みつくように口をふさぐ。 その間を、体躯のいい修羅が苦笑いをしながら割り込む。 「皆々様、落ち着いて下され。新郎新婦両人が席を外しては礼を欠きます。お早くお戻りを」 「いや待て、俺は!」 言うが早いか。酒天を担ぐと何事もなく、歩いていく。どうやら宴の席に戻されるようだ。 宴でにぎわう城から離れ、朝廷の軍勢が攻め込む時を待ち、取り囲んでいた。 夜闇に紛れ、息を潜め。その一角で、兵の一人が頭から布をかぶり琵琶を持った見慣れぬ子供を示す。 「あの子供は何だ? 修羅どもを狩るのに邪魔な」 「此度の策を提言した者が連れてきたらしいが……。そういえばそいつの姿が無いな」 「どうでもいい。くっそ、合図はまだか。謀反人どもめ」 兵たちが話し合うのを、その子供もまたおもしろそうに見返していた。 「御身自ら参らずとも。お命じ下さればよろしいのに」 「知らぬ仲ではないのだ。宴の席に葬送曲を贈るのもいいだろう」 その童に、姿はなく影が直接声をかけていた。童は驚くでもなく、静かに答えている。 「護大を呑み込んだ今、ひねり潰すのもたやすいが。人間どもの手にかかり無様に果てるのを見るのも一興」 「御心のままに――弓弦さま」 それを最後に影の声は消えた。 人間の兵たちが息を潜める中、童は金と紅の瞳を修羅の城に向け、邪を含んだ笑みを見せていた。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
呂宇子(ib9059)
18歳・女・陰
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 山城の一角。現れた修羅たちに酒天が連れ去られるのを、水月(ia2566)、ケロリーナ(ib2037)、呂宇子(ib9059)、篠崎早矢(ic0072)は思わず見送る。 「そなたたち、何をしている?」 そこに声をかけてきたのは知らない顔だ。が、口ぶりや服装からして姫付きの侍女――その頭のよう。 「私は……酒天さまの傍付きの者。あの方を探して、今この侍女たちから事情を聞いたまで。見つかって何より」 早矢が説明すると、相手はあっさりと頭を下げてきた。 「それは御無礼を。あなたたち、酒天さまが見つかったなら早く姫様を手伝いなさい」 三人に告げると、女は去った。誰かを呼ぶ気配もない。 「……。私たちは姫様付きの侍女――で話が通っているのね」 水月が感心する。狐に化かされてる心地すらする。 現実と変わらないのに、ここはすでに夢の中だ。 「夢語りの間? ですの?? 世の中いろいろなトコがあるですのね」 説明を受けていても半信半疑。興味津々にケロリーナは周囲を見渡す。 「そしてここが酒天童子封印の再現夢ってわけね」 修羅の呂宇子としては心中複雑だ。この日をもって、修羅は苦境に立たされる。その現場に立つとは。 「残る二名は大丈夫かな」 水月が探しても、同じく夢に入ったはずの柚乃(ia0638)と八十神 蔵人(ia1422)は見つけられない。 どうやら彼らは別の場所にいるようだ。 「騒ぎはないのだから、今は大丈夫だろう。時が来ればおそらく出会う。それまで私は酒天の近くで伏せる」 「気をつけて」 早矢は三人から離れると、屋敷の闇へと消える。 これからの出来事は分かっている。限られている時間と場所。その中で、何を得られるのだろうか。 ● 気付いた時には夜の中。山城の灯りは遠くに見える。 辺りは兵が潜んでいるが、柚乃がいても騒がれもしない。複雑な思いを抱きつつ、柚乃はその場を動いた。 瘴索結界「念」を頼りに、探している相手はすぐに見つかる。頭から布を被っているが、間違えたりしない。 「見つけた……弓弦」 琵琶を持つ子供としか見えない相手が柚乃へと顔を向けた。二度と見たく無かった面を見る。 「名乗った覚えは無いが。さて誰か?」 「朝廷直属の巫女。あなたの正体も分かってる。周囲にいるのは手下のアヤカシかしら」 感情を捨てて淡々と。敢えて冷めた目を柚乃は向ける。 うまく潜んではいるが、多数のアヤカシが周囲にいる。 「あなたに興味がある。だからここに来た。しばらく……同行する」 御自由に、と弓弦が笑う。すでに柚乃に興味は無い。関心があるのは山城と周囲の兵――彼らの動きだけ。 「ここで何をしてるの?」 「そういう自分はどうだ」 「私は……人間等に興味は無い」 そして、弓弦を見据える。 「交換しない? 修羅との因縁、古き時代、護大……世界。私の知りえるコトと。最も、真偽は保障しないけど」 毅然と取引を持ち掛ける。護大の名を聞いた時、少しだけ弓弦の表情が動いた。 「その名を知るとは。だが、それを知るならすでに分かっているはず。滅びは必定。ただそれだけ」 けれど、乗ってくる気配はない。 「そう。でも、邪魔をするなら……消す」 柚乃が周囲の取り巻きに向け、術を放つ。アヤカシたちの気配が何体かがまとめて消え失せた。 「それはこちらも同じじゃ」 手下が消えても心配はしていない。だが、威圧感は増した。夢の中でも大アヤカシの力は変わりないと見える。 所詮、夢の中。死も幻に過ぎないと聞いた。ならば無茶もできるだろう、と柚乃は胸の内で計算する。 だが、弓弦はそれ以上動かず。今は傍観者を決め込んでいるように見えた。 ● 山城は、どこもかしこも宴で浮かれている。しかし、朝廷からの使者たちはどこか緊張し、慎重に酔いも避けていると、蔵人は気付いた。 自身の身なりも朝廷兵と変わりない。夢の精霊は気を利かせてくれたようだ。 「今後の段取りはどないしてん。――そういえば姫自身は修羅に肩入れしているが、上の考えとしては」 「一緒に始末しろとのことだ。いなくなったところでどうとは無い。むしろ修羅はどうとの五月蠅いだけ」 告げた兵が吐き捨てるように告げる。 ひとまずそれに頷き、蔵人は厨房に赴く。 一足早く戦場が訪れたかのような騒々しさで、料理人や女性が中心に出入りが激しい。これでは誰が紛れても不思議ではない。 少し離れ、周囲をうろつく朝廷兵を見つけると改めて蔵人は声をかける。 「料理と酒はどないしたんや。新郎側には例の……。っとこれは内緒やな」 「遅行性の毒だ。じきに効いてくる。もっとも志体持ち並の修羅に仕掛けるなら、念には念で、これも酒に混ぜろとのお達しだ」 朝廷兵がすんなりと答え、懐から薬瓶を取り出す。 途端に蔵人が顔をしかめる。 「段取り悪いな。……貸せ。わしが指揮する!」 不手際を叱責すると、蔵人はその薬を取り上げる。 他にも混ぜられた毒が無いかを調査。判別すると、蔵人はそれを朝廷側に送られるよう指示していった。 「この酒を朝廷側に出してもらえないか。めでたい席だから、兵たちにも一つ振る舞ってほしい」 酒樽には毒を放り込む。 言われた方は朝廷側からの申し出であれば、無碍にも断れない。酒が兵たちに配られていく。 ● 退室ついでにお色直し。姫付きとして付き合いながら、水月たちはこれ幸いとあれこれ尋ねる。 「婚礼の盛大な宴と厳重な警備。……姫様は帝の縁戚なのでしょうか?」 「とんでもない。朝廷にお勤めさせていただいているだけよ。所詮は臣でしかないわ」 それとなく水月が問い正してみると、姫は目を丸くする。 「でも、嫁ぐのに不安はなかったのですか? 和議締結の証としての婚礼。政略結婚ともとれましょうに」 「うーん。まぁ、驚いたのは事実だけど……。悪い奴でもないし」 呂宇子の問いかけに、口ではそっけないものの、姫の顔色はどことなく朱に染まっている。 その態度や先ほどからの行動から、ふと水月は気付く。 「つまり、前から顔見知りだったのですか?」 「顔見知りというか。昔、生家が修羅との乱に巻き込まれてね。戦ったり助けられたり、何となく縁があったみたい」 仄かな笑みを浮かべる姫君。どこか遠い目をしているのは、いい思いも悪い思いもしているからか。 思い出に浸る姫を横目に、開拓者たちは静かに言葉を交わす。 「竜田姫さまだっけ。顔は本当にそっくりね。……もし御先祖で帝の血筋なら、長い年月を経て穂邑さんに神代が現れたと考えられるのだけれども」 「お着替えの際に神代が無いかも探してみましたの。でも見当たりませんし、その気配も無かったですの」 声を潜める水月に、ケロリーナもがっかりした様子で告げる。 「酒天は姫が好きなのは火を見るより明らかだけど。姫さまもまんざらでもなかったようね」 それをよかったと喜んでもいいのか。呂宇子には判断つきかねる。 史実通りなら、今宵が二人の今生の別れになる。その後、姫は一体どうなるのか。 そこに、わっ、と宴の席から騒々しさが届いた。さらに悲鳴や物々しい雰囲気も伝わってくれば、さすがにただ事ではない。 「喧嘩でも始めたのかしら。あれほど暴れるのは厳禁って言ったおいたのに」 急いで戻ろうとする姫にケロリーナはすがりつく。 「そばを離れてはダメですの。万一があれば私たちが脱出させます」 緊張するケロリーナに、姫は表情を強張らせた。 ● 外にいた朝廷兵たちは、山城の異変に気付き雪崩れこんできた。 計画では、倒れている修羅たちを抑え込み、王を封じる手はずを整えるはずだった。 しかし、勢い込んで城に乗り込めば、苦しみもがくのは朝廷から来た兵や一部の賓客。まともに動いているのは修羅たちの方だった。 「とりあえず修羅たちには解毒符かけさせてもらったけど。他はどうしたものかしら」 様子を見に来た呂宇子も、倒れている朝廷兵の扱いに困る。 修羅たちも事態を把握しかね、乗り込んできた朝廷兵相手に構えつつ、王――酒天に指示を仰ぐ。 その中心に、平然と蔵人は居た。取り押さえようと修羅たちが取り囲むが、酒天がそれを制す。 「八十神。お前、何したんだ!?」 「んなもん決まっとるやん。愛する二人を引き裂くとかやっぱきっついんで、事前通告なしで止めさせてもらいますわー。巫女さんは瘴索結界こいつらに使うと面白いこと分かるでー」 悪びれない蔵人に、水月たちは軽く肩を竦める。だがそれだけ。 修羅ではなく朝廷側が崩れたのであれば、史実とは異なる。この先どうなるのか分からない。 「……。アヤカシがいるわ。そこのあなた」 「周囲にもたくさんいますの。取り囲まれてます」 覚悟を決めると、水月とケロリーナが指摘する。身構えるのは修羅たちだけ。 朝廷兵側は、顔を朱に染めて怒鳴りつける。 「でたらめ抜かすな! 毒を盛り、難癖つけるとは卑劣な真似を。最早反逆の意志明白。謀反人どもめが、成敗してくれる」 「この毒用意してたんは、あんたらやろが。朝廷から来たわしが言うんやから間違いない。そもそも、なんで城の外からこない大量に兵がいきなり来るねん。待機してたんバレバレやないか」 蔵人が鼻で笑い飛ばすと、兵たちはますます顔を赤くし唇を噛み締める。だが、かかっては来ない。図星だ。 「だが、何故朝廷が毒など?? しかもアヤカシと手を組むなど」 戸惑う修羅たちに、酒天が盛大に嘆息ついた。 「和平なんぞ端から守る気は無かっただけさ。もっとも、アヤカシが絡んでいるとは思わなかったぞ――弓弦童子」 「覚えてくれたとは光栄至極、というべきかな」 前に進み出た弓弦が姿を見せる。その傍にいた柚乃が、静かに問う。 「ずいぶん親しそう。どういう因縁?」 「奴に討たれたことがあってねぇ。人の言葉で言えば、借りはきちんと返さねば、って奴か」 「そういえば若い頃見たような。仕留め損なったとは不覚」 酒天のそばにいた老翁が軽い口調ながらも、静かに身構える。 「だから……修羅を潰そうというの?」 「今回の計画自体は無貌餓衣の仕業じゃ。何せ、修羅どもはアヤカシを討伐せよと派手に騒いでくれるからね。我らにとっていろいろ目障りなんだよ」 何事も無く告げる弓弦に、開拓者の幾人かが表情を変えた。ここでその名を聞こうとは。 弓弦の無邪気な態度から殺気めいたものが放たれる。 言うや、大きく飛び退いた。弓弦が立っていたその位置に、一瞬遅れて矢が一つ刺さる。 「外したか」 物陰に隠れ、機会をうかがっていた早矢が舌打ちする。 「手駒を使って朝廷すら動かす姑息な手腕はいい勉強になった。――が、詰めにしくじるとはね」 弓弦は着地と同時に琵琶を掻き鳴らす。その音を掻き消すほどの悲鳴が、あちこちの人の口から洩れる。 笑みと共に、弓弦が次の攻撃を放とうとするが、その音は鳴らない。不機嫌そうに何かを告げるが、その声も届かず。 柚乃の対滅の共鳴が封じ込めていた。 (大アヤカシ相手。どれほど持つか分かりませんよ) 最早傍で様子をうかがう必要はない。柚乃はアヤカシと敵対する構えを取る。 苦しむ朝廷兵を飛び越えて、アヤカシたちが姿を現す。修羅たちは機敏に動くと、アヤカシと向き合おうとする。 「今は逃げろ」 それを酒天が止める。 「しかし。敵に背を向けるなど」 「態勢を整えるのが先だろうが! 姫を早く安全な場所に!」 渋る修羅たちに、酒天が怒鳴り返す。 婚礼の宴の席。多くは武装も調わないまま、敵には大アヤカシ。そして……。 「謀反人どもを成敗せよ! 誰一人逃すな、斬り伏せ!!」 「正気かい!? この期に及んで敵が違うんとちゃうか」 動ける朝廷兵が修羅たちに挑むのを見て、蔵人が叫ぶ。 だが、兵たちは本気だ。もちろんアヤカシを食い止める者もいるが、多くは修羅に向かって武器を構える。 「しょうがねぇだろ。この時代のアヤカシ被害は冥越がほとんど。平和ボケの朝廷には、謀反やらかした俺らのが脅威なんだろ」 「ある意味うらやましい時代だ」 殺到する兵を早矢は五感研ぎ澄ませて的確に矢で射抜く。その陰から飛び出てくるアヤカシも、酒天や修羅たちが対処している。 アヤカシはもちろん、朝廷兵も殺気は並でない。眼前の相手が非武装だろうと関係ない。女たちにも迫る朝廷兵やアヤカシたちを、呂宇子は結界呪符「黒」や毒蟲で阻害する。 「今の内に早く!」 「待って。私は何とかするから他の侍女たちを」 「大丈夫。そちらは私がお守りしますから」 水月は太陽針を構えると、慌てる侍女たちをまとめ、傍にいる者たちと脱出を図る。 「後で、確かに落ち合いますの」 ケロリーナは姫を抱えると、前方のアヤカシに蒼浄焔戈を叩きつけ、後は騒ぎで転がる人や物を天狗駆で軽く越える。 さらに迫ろうとする相手には、夜や餓縁で隙をつく。慕容王の秘技を見極められる者はこの場にいるはずなく。朝廷兵らも翻弄される。 「おもしろい技を使うの。じゃが、所詮は児戯。疾く消えよ」 弓弦が無音の空間から脱すると、お返しとばかりに弦を鳴らす。 朝廷兵が猛々しく迫り、アヤカシが爪牙を露わにし、そこかしこで血飛沫が舞う。 その中を、修羅や開拓者たちは奮戦し、城から離脱しようとあがいていた。 ● 気付けば、室内で倒れていた。――いや、寝ていた。 その場にいるのは酒天と開拓者たち。他の修羅もアヤカシも朝廷兵も、誰もいない。 覚えのない天井も、よく考えれば寝る前に見た光景そのまま。 「……そうか。夢か」 呆然と告げる酒天。 開拓者たちもあまりにも生々しい夢の感触に、しばし現実との違いが呑み込めない。 「今回はここまでと言うことか。実入りがあったのかなかったのか」 早矢は手元の強弓「十人張」を見る。あれだけ矢を放ったのに、使われた形跡は全くない。 「こっちの知りたい事は見事に潰してくれたけどな」 「ええやん。今更過去の事でくよくよするのもらしくないで。どうせ夢なら、出来んことを派手にやって朝廷への溜飲下げた方がええやん」 愚痴る酒天に、胸を張って蔵人は答える。 「お姫さまは無事に脱出させた所までは見届けられましたの。きっと現実でも助かってますの」 不貞腐れる酒天。忘れない内にと紙に記していたケロリーナが、思わずその手を止め、抱きしめる。 水月もこくこくと頷き、無言で同意を告げる。 「どうなってようと朝廷に戻る気なんて無かったようだし。正史でも案外封印された酒天を追って石鏡に移り住んだかもね」 呂宇子としても、穂邑との繋がりは気になる。もっとも帝の系譜でないならさして意味は無いのだが。 「そういえば。身長は昔も変わらずなのですね」 「放っとけ」 側近たちの行動を思い出し、柚乃が酒天を見る。 当たり前のように王に従い、共にいた修羅たち。嫁いできた姫君。押しかけて来た兵たち。 だが、それらはもういない。ただ居たという記憶だけがここに残されていた。 |