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■オープニング本文 これもアヤカシの影響か。それとも単なる精霊の気まぐれか。 冬の最中で寒いのは当たり前だが、にしてもここ数日の寒さはどうしたものか。 とある天儀のとある村。普段なら、雪は降ってもたかが知れているのに、今年は一日降り続く。 結果。 「屋根が落ちたー!!」 村人たちの悲鳴が、白い雪景色に広がっていた。 雪国のように厳重な備えは無く。家の作りもそもそも違う。 屋根の傾斜も緩やかで、村の人も雪への考えは日が出れば溶けるだろう程度。 故に。降り積もっても放ってしまった。雪降ろしもしないままずんずんと積もった雪は、そのまま重みとなって屋根を押し潰す。 家の中でぬくぬくとしていた村人は、大音響に何事かと驚き。慌てて外に出てみれば、大穴が開いた不恰好な小屋を発見してしまった。 よりにもよって、それは村の食料庫。 保存食が水浸しになる前に、積もった雪を掻き出し、食料を各自の家に運び出す。ついでに各家でみしみし軋んでいた屋根からも急いで雪を下ろした。 「どうすべか〜」 「どうすべって、直すしかないじゃろ」 「それもあるが、食料もなぁ……」 大穴が開いた屋根を見上げながら、村人たちは途方に暮れる。 ● 「実はうちの村、冬になると猿がよく来るんじゃ」 夏場は山に餌も豊富で困らないし、村に来ても野良仕事中の村人に追い払われるので来たがらない。 だが、冬になると山の食料乏しくなり、ついは村に目をつける。村人も田畑は休んで家にこもったり出稼ぎに出たりで外を出歩く者も減ってしまい、割と我が物顔で歩けてしまう。 結果、猿はちょくちょく村に入り込んでは、家に保管してある食糧を狙う。 村人もなるべく戸締りや見回りなどで防衛しているが、例えば近所に出かけるちょっとした隙を狙われ、家に入り込まれてしまう。 なので、村人は話し合って共同の食料庫を作って保管。そこだけは厳重に管理しようとなった。 が、雪の重みで潰れるとは想定外だ。 それぞれの家に食料は戻したが、各々の家に冬の食料全部を溜め込むのも限界はあるし、家に上がりこまれて一気に食い尽くされでもしたら本当に食うに困ってしまう。番をしていればいいのだろうが、冬とはいえ、一日中誰かが居続けるわけにもいかない。 食料庫を直さねばならないとなるとなおさらに。 「なので、開拓者さま。食料庫を直すまでの間、村で猿の警戒にあたってくれませんか」 警戒心が強いので、見知らぬ人間が村中をうろついていれば猿もうろつき辛いはず。 崩れた屋根の材料を取り寄せるのに一日。応急処置に屋根を塞ぐが、頑丈でなければいけない。念を入れて、でも手早く作業を行って二日ほどぐらいか? その間の衣食住ぐらいは確保するという。 さすがに猿も夜間は出てこないだろう。だが、昼日中とはいえ、寒風荒ぶ村の中。 さて、どう過ごすべきか。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 冬寒波到来。 豪雪となり、子供は喜ぶが、大人はどうにも笑えない事態になった。 慣れぬ雪道で転倒し、雪の重みで屋根が軋む。 軋むどころか、潰れてしまった建物がある。よりにもよって、それが冬の生命線でもある食料庫なのだから、たまったものでは無い。 なんとか運び出したのはいいが、今度は食料を狙い、猿が村の中に入り込むようになってしまった。 「食料品の店が近くにあるわけではないから、食料庫の修繕は死活問題ですね」 見事屋根が落ちている食料庫を見上げて、菊池 志郎(ia5584)は告げる。 雪が溶けても、買出しになど簡単にはいけない。行った所で近隣の村とて状況は似たようなもの。食材が気ままに手に入るのは都ぐらい。辺境になるほど、冬の生活はどれだけ収穫保存できたかにかかってくる。 「猿かー。可愛いけど、群れなしてくると厄介だよなー」 軽く言い放ちながら、ルオウ(ia2445)は村周辺を確認する。 ぬかるんだ土からは足跡が残っている。そこから付けられた足跡は屋根に上り、山の方へと消えていく。 足の大きさは複数。それなりの数が村に入り込んできているのがうかがい知れる。今は、人の気配を察してか、姿を隠しているようだが。 「人が少ないので、力仕事まで手が回らない。倉庫の修繕は村の人に任せる。代わり……でもないが。こちらは猿専用として全力を尽くさせてもらう」 篠崎早矢(ic0072)は村人たちにそう告げる。 来たのは開拓者四名。アヤカシ退治でもなく、単なる猿対策なら十分だ。 「まずは猿を見つけて、三〜四匹ほど殺せばいいか。死体をぶら下げておけば警告効果がある」 強弓「十人張」を手にして、周囲を見渡す早矢。 が、それにルオウが待ったをかける。 「無駄な殺生はしたくない。猿とはいえ、追い払えばいいだけだろ」 「追い払っても、また戻ってくるようでは村も困るだろう。私たちが帰った後に大挙してくるようではむしろ迷惑になる」 やるなら徹底的にだ。猿もそれなりに知能がある。危険が無い攻撃だと見抜かれては意味が無くなる。 あれこれと議論し、結局村人に決めてもらえば、やっぱり殺生はなるべく避けて欲しいとのこと。 群れの序列を崩すと、群れが分裂して若手が新勢力を作る場合がある。死体も警告と受け取ればいいが、気の荒い奴だと報復行動に出るかもしれない。 下手な知恵があるからこそ、何をしてくるかがよく分からないのだと言う。 「アヤカシよりは……と思ったけど。野猿も野猿で面倒くさいな」 鞍馬 雪斗(ia5470)が、早々とうんざりしたように山の方を見る。 アヤカシのように、倒して終わり、なだけの相手ではもない。 一体だけで駄目なら、仲間を呼んで物量作戦で来るかもしれない。一体殺ってしまえば恐れてそれきりの可能性も勿論ある。 山の生態系まで考え出すと、頭が痛くなってくる。 もっとも、食料庫が修復できれば以前の生活が戻る。そうすれば、後は村人の管理能力次第なのだから、深くは考慮しなくてもいいそうだ。 ● 猿が来る山は分かっている。 山と言っても大きいし、猿も様子をうかがいながら入りやすいと思った所から入ってくる。なので、門番のように立ちふさがるわけには行かない。かといっても、雪斗が考える通り、村の全方位あらゆる場所から侵入してくるとも考えにくい。 猿の狙いも分かっている。であれば、家屋の多い場所や、時間的に人のいない家を聞き、その周囲でも幅の広い猿の通れそうな道に罠を仕掛ける。 「しかし。フロストマインもまずい……か?」 罠を設置し、雪斗は少し悩む。 フロストマインは攻撃技でもある。志体を持たない一般人では十分致命傷にもなりうる。 村人には誤って踏み込まないよう、予め知らせておいたり目印をつけていれば大丈夫。だが、猿。野生動物は人間より生命力が強かったりもするが、さてどうなのだろう。 「調子に乗って入ってきた猿にまで情けをかける必要は無いだろうに」 早矢は目立つ場所に案山子を立てると、そこに猿の死体をぶら下げる。といっても、今は単なる毛皮だ。それが本物に変わるかどうかは、猿の出方次第だろう。 巧みな罠を張り巡らせて、その周囲にも括り罠やボウトラップがそれとなく仕掛けられていく。 「本当に。警戒して帰ってくれたなら、それでいいんですけどね」 志郎は、村人から藁束などやいらない布団を借りると、おおきな人形を作る。 てるてる人形のような簡単な物だが、目鼻をつけるとそれなりに不気味だ。 それを山側の家につるす。 人形には紐がついている。見て逃げるならそれで良し、逃げないなら、紐を引けば動く仕掛け。驚いて逃げるかもしれない。 その他にも鳴子を用意。人家に入りやすそうな木のそばには重点的に仕掛けていく。 ● 普段と違う気配がするのか。開始早々は猿の気配もなかった。 半日もすると、ちらほらと村の外に猿の姿を見たという村人の報告も入ってくる、 やがてそれが鳴子を鳴らし、時折、罠にもかかったような悲鳴が村に響く。 「さて、これで早々と懲りてくれるとありがたいのですけど」 傷が深い猿には、志郎が新風恩寵で治療する。 元気になった猿は一目散に山に逃げるが、これを恩に来てくれるかは分からない。 いや、そんな期待を持つ方がおかしいか。 「懲りるまで続けるまでだ。ただの脅しと思うなよ」 去るふりをして様子をうかがっている猿を見つけ、早矢は容赦なく矢を射掛ける。 鏃は潰しても、刺さる場所が悪ければ十分脅威。だが、他に仲間が見ているのを知り、急所だけは外す。遠く離れた小銭さえ打ち抜くという技量で、見事に射抜けば、猿が悲鳴を上げて逃げていった。 思った通り、その悲鳴と逃げ様に、他の猿も驚き早々と逃げていく。殺さなかったのはそれが狙いだ。 が、その一帯の猿がいなくなったと思えば、また別の方向から猿が罠にかかった悲鳴が聞こえた。 「……本当に学習能力の無い」 「それだけ群れが大きいのかもしれません」 頭を抱える早矢に、志郎も少し肩をあげた。 「柵は幾ら高くしても無駄だろう。村人にも罠をしかけたり、弓などで攻撃してもらおうか」 今は忙しくても、覚えてもらえれば今後に役立つ。 「お手柔らかに」 思案して、早矢は修復作業中の村人たちに声をかける。 分かれて、志郎は猿の手当てに向かう。 北風が鋭く吹き付ける。身を震わせると懐の温石で手を温める。 巡回も大事だが、下手にうろつくと幾ら志体持ちでも風邪をひきそうな寒さ。 集まっていた猿たちをビューグル「雲海」の音で追い払う。なお残る猿も天狗礫や空気撃で退散させる。 厳しい冬の環境。そして、それは猿も同じだ。かといって、哀れんでしまえるほど村は余力も無い。 ● 雪斗はムスタシュィルを設置。侵入者がないかを見張る。 瘴気の有無ぐらいと誰かが来たと分かるぐらいだが、設置すれば距離を置いても感知できる。無いよりもましだ。 たまに村人が引っかかるが、それは注意して、猿の行方を探る。 やはり殺生は好まない。空気撃で威嚇し、追い払う。武器も用意しているが、それは最後の手段に取っておく。 そうした地道な追い払いが功を奏したか。二日目の遅くになると、積極的に入り込む猿は限られてきた。 「気性の荒いヤツらだったら、雪崩れるのも考えられるが……。無いなら無いで幸いだな。本当に」 かじかむ手に息を吹きかけ、雪斗は少しほっとする。 大挙してくる気配が無いのはいい。さすがにそうなるとこちらも加減は出来なくなる。 だが、来なくなったのは言わば気弱な猿。 これだけやってもなお入り込んでくる猿は、相当肝が据わっており厄介だ。 「そういうふてぶてしいのは、群れのボスか、それを狙う若い衆ってところかな」 罠があるのを懸念してか。慎重に、けれど堂々と歩いてきた猿とルオウは向き合う。 猿は、ルオウと向き合っても逃げる気配が無い。歯をむき出しにして威嚇し、睨みつけてすら来る。 じりじりと間合いを測り飛びかかる隙をうかがっている。ルオウも勿論それに応じる。 ルオウが挑発して一歩踏み込んでみた。 すぐに毛を逆立てて、猿が飛びかかってくる。すかさず掴み上げると、猿も負けじと引っかき噛み付いてこようとする。 「あいてて。けっこうやるな」 ルオウは暴れる猿に手を焼くが、まともにやりあえば志体持ちと野生猿なんて勝負にもならない。 多少の傷は負ったが、首根っこを押さえ込むと、相手のキーキーと悲しげに泣き喚く。心の傷の方が深かろう。 十分反省したと見てから、村の柵の外にほいと投げ出す。悔しそうにしながらも猿は去っていった。 ● 三日目。 仮とはいえ屋根の工事が終わる。猿が入り込めない程度には頑丈に作られたのを確かめると、急いで食料を倉庫に戻す。 運搬の最中を狙ってやってきた猿もいるが、開拓者たちが姿を見せるとびびって一定以上は近寄ってこなかった。 「こらっ!」 勇気振り絞って踏み込もうとすると、志郎がすかさず一喝。声をかけた一匹のみならず、周囲の猿も散り散りになっていく。 分厚い扉を閉めて錠までかけると、ようやくほっとした表情を村人たちは浮かべた。 「どうも御迷惑をおかけして申し訳ない。おかげでなんとか残りの冬も過ごせそうです」 笑って頭を下げる村人たち。 「奴らはどうするんだ」 遠くから様子をうかがっているだけの猿たちを、早矢が指す。 食料を倉庫に仕舞ってしまえば、猿では簡単に手が出せない。餌が取れないと分かれば、順に村には来なくなるだろうとのこと。 「何にせよ。双方怪我が無く。猿も村人も日常に戻れるならそれでいい」 雪斗も猿と村人たちに笑みをこぼす。 双方争いながらも加減する。それが長年の村と猿との関係かもしれない。 かくて、開拓者たちは村を後にする。 「じゃあな、お前たちも元気でやれよ」 ルオウが猿たちにも声をかける。 ようやく厄介なのが消えたとでも考えているのか。それとももう面倒臭くなったか。 猿たちは開拓者たちに背を向けて、山へと消えていった。 |