懐かしいあの人
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/27 19:20



■オープニング本文

 とある山中のとある峠。
 通っている山道は極普通の道で、そこそこに整備されて、そこそこに交通量もあった。
 途中見所も危険な箇所も無い、実に普通の道なのだが、最近になって途中で人が消えているようだという話が出てきた。
 さらに詳しく調べれば、道を外れて山の中に入ってしまう人がいて、そのまま本当に帰ってこないらしい。
 道は安全だが、山の中は当然整備されておらず、危険な箇所も多い。崖から足を滑らせたか、獣道に迷ったか、穴にでも落ちたか。
 だが、短期間でそこまで事故が続いたことはなく、そもそも道を外れる理由が分からない。
 何かよくないものでも棲み着いたか。
 そこで開拓者ギルドに何が起きているか、調査を依頼し、開拓者たちがやってきたのだが。

「悪い。やられた」
 調査に出ていた開拓者たちは、申し訳なさそうにギルドに戻ってきた。


 原因不明。場合によっては正体不明の何かがいるとあって、山に入る道はすべて原因がはっきりするまで通行止めにしてもらった。
 これで横道から無理矢理登ってこない限りは、調査中、開拓者たちだけが山にいることになる。
 襲撃者がいるならこれでかかるはずと、開拓者たちはとりあえず道をただ進んでいた。
 人がいなくなる峠に差し掛かった時、不意に一人が声をあげた。
「姫!? いやそんな馬鹿な」
 何かに驚いた様子の彼は、そのまま見ている方向――山の中へと駆け込もうとしている。
「待て、そっちは!」
 とっさに確認するもそこに何かいるようには見えない。一体、彼が何を見たかは分からなかった。
 ただ何かを仕掛けられたのは分かる。とっさに彼を捕まえようとしたが、意外にすばしっこく、するりと抜けた手の先で、いきなり彼の姿が消えた。
「げっ!」
 小さな悲鳴だけが残された。慌てて確認すると、草に隠れて分からなかったが、消えた地点に穴が空いている。
 草の生え方からして前々から空いてたのだろう。ふと気付くと、そばには「縦穴注意」の札が根元から折れ、やはり茫々の草の中に埋もれて横たわっていた。全く意味が無い。
「おい、無事かぁ!」
 声をかけるが、返事は無い。反響からして結構深そう。
 どうするべきか悩んでいると、他の開拓者たちが騒ぎ出す。
「せ、先輩! 助っ人に来てくれたんですか! それとも自分を助けに、いやその――」
「あら? 久しぶりね。何故ここに? ここは危ないから早く避難を……」
 やはりどことも知れない場所を見ながら、彼らだけに見える人影を追って山に入っていこうとする。
 明らかに普通では無い。目をこらすと、山の奥に白い鹿の姿が見えた。
 立派な角を持つ雄ジカ。何故こんな場所にと思う間に、そいつは目を赤く光らせて一跳びで大層な距離を跳躍してきた。
 その足は鋭い爪を生やした狼に似ている。そんな鹿がいるわけがない。
 アヤカシと見たからには、やる事は決まっている。討伐あるのみ。
 けれど、どうにも分が悪かった。すでに相手の術中にはまった仲間を抱え、さらに敵は複数いるようでまだ白い姿がちらちらと木に紛れて動いている。
「聞こえてるか! 悪いが、一度退く。すぐに応援を呼んでくるから待っててくれ」
 縦穴に落ちた仲間に告げるが、返答は無く。
 これ以上犠牲を増やす前にと、調査に入った開拓者たちはギルドに報告に戻っていた。


「という訳だ。アヤカシは雪幻灯。雪に身を隠して出てくると言われてるのだが、まさかこんな時期から出てくるとは、気の早い奴もいたもんだ」
 ギルドで報告を受けた係員が、新たに開拓者を募る。
 放っておいてはギルドの信頼にも関わる。その他いろいろ放置してしまうには問題ありすぎる。
「雪幻灯は相手が好む幻を見せ、山の奥へと獲物を誘いこんでいたのだろう。封鎖したことで人の数が減り、焦ってでてきたか」
 アヤカシに引き込まれた以上、いなくなった人の生存は絶望的だ。
 だが、その被害をこれ以上広げる訳には行かない。
「道の封鎖は継続している。狙う獲物がいなくなったとなれば、ヤツラは狩場を変える可能性もある。移動する前に、奴等を見つけ出し、退治してくれ。
 出る場所は大体分かっている。狩場を移動してないなら、のこのこ踏み込んできた獲物に対して反応を示してくるはず。
 逃がせば、どこか人の多い場所に行ってしまう。失敗は出来ない。 
「で。ついでに落ちた奴も救出できるならそっちも頼む」
 縦穴に落ちたという調査に向かった一人。
 落ちた穴も雪幻灯が入り込むには小さいので、恐らくまだ無事でいるだろう。
 で、落ちたその開拓者はと言えば……。
「酒天童子だ」
 ナニヤッテンダアノオチビ。
 そんな声がギルドにぽつりと響いた。
 まぁ、放っておくわけにもいかない。……いや、奴なら放っておいても大丈夫か? 


■参加者一覧
緋桜丸(ia0026
25歳・男・砂
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
ティア・ユスティース(ib0353
18歳・女・吟
呂宇子(ib9059
18歳・女・陰


■リプレイ本文

 依頼の説明で酒天童子の名を聞き、柚乃(ia0638)は思わず溜息を漏らす。
「自業自得です。仲間の制止も無視したのですから」
「それで……どうするの?」
 呂宇子(ib9059)が集った開拓者たちに尋ねる。
「早く助けに行ってあげないと、ですね」
 ティア・ユスティース(ib0353)が心配して告げるも、実際はどうしたものか。
 改めて雪幻灯退治に向かう必要はある。ならば、その際に穴から助けてもいい。合流すれば一戦力が増える。……が、粗忽な直情型を引き上げてまた騒動を起こされても困る。
 話し合いしばし。そして、結論を出す。


 どちらにせよ、現場には行かねばならない。
 敵襲を警戒しつつ、遭遇した峠の道までたどり着く。といっても、目に付く姿はまず四名。
 その四名から少し離れ、残りの呂宇子、ティア、緋桜丸(ia0026)、九竜・鋼介(ia2192)は隠れるように付いてきている。
 先の四人を囮に、出てきたところを彼らで奇襲する作戦だ。なので、先に見つかっても困る。
「こちらは目で探すしかないか。視力には自信があるけどな」
 バダドサイトで視力を上げ、山の中に白い牡鹿が見えないか、緋桜丸は注意して探る。
「雪降って無くて助かったわ。今の季節なら白い姿は逆に目立ちそう。――これ以上幻覚でホイホイされる人が出ないよう、きっちり退治しましょうか」
 目を動かしつつ、呂宇子は苦々しく告げる。
 白い鹿は、場所によっては神の使いや精霊ともされる。神聖で厳粛な存在であり、山の守りとも言われる。
 しかし、外見こそ似ていても、雪幻灯は悪意しか持ち合わせてない真逆の存在だ。
「精神攻撃……それも好意を持つ人の姿を使うだなんて、趣味が悪い相手ですね」
 ティアとしても腹立たしい。
 吟遊詩人は心に訴えかける。それはその人を楽しませ、和ませ、癒す為。けして傷つける為ではない。
 心を操る術を持つだけに、それを悪用するのは許しがたい。
「ふむ。よほど厳しくされた人が見えるのかもな。厳格な幻覚ってねぇ」
「おいおい」
 真面目な態度で頷いている鋼介に、緋桜丸がつっこむ。
 小隊仲間なので気安いが、であるが故にその後の対応も予想がつく。鋼介が警戒して身構える。
「俺は駄洒落に対してどんな反応をされても気にするつもりは無いが……。お前に本気でつっこまれたら洒落にならんからねぇ。駄洒落なのに……なんてね」
「あのなぁ」
 軽く告げる鋼介は、真面目なのかからかっているのかその他なのか。
 口を開きかけた緋桜丸を、けれど、ティアたちが宥める。
 そろそろ現場につく。奴らに気付かれないように、状況を見守らねばならない。
 騒いで悟られても困る。緋桜丸と鋼介ももはや何も言わず、黙ったまま意志だけを交わすと、アヤカシに備えて身を潜める。


 先んじて進んでいた四人は、柚乃が瘴索結界「念」を展開。瘴気を探りながら、現場へと急ぐ。
「この辺りでしょうか……」
 聞いていた位置にたどり着くと、鳳・陽媛(ia0920)は超越聴覚を使用して耳をすます。すぐに道を外れて草むらにうずくまる。
 そこには、草の陰にぽっかりと穴が開いていた。
「何の穴か知らんけど、草の茂り具合からして最近の物や無いなぁ。雪幻灯の造詣からして穴掘り得意そうやないし、本当にたまたまここにあった穴に落ちただけなんやな」
 周囲を調べた八十神 蔵人(ia1422)が、思わずぷっと吹き出す。
 こんな所に落ちるとは。迂闊にもほどがある。
 落ちた当人が聞けば怒りそうな態度だが、その相手はまだ穴の底。聞こえているのかいないのか。
「おーい、酒天ーどこだー!?」
 穴の底に向けてルオウ(ia2445)が大声で呼びかける。
 ルオウの声が反響し、程無くして返事があった……気もする。中はどうなっているのか。どうもルオウの声が返ってきただけとも思えたが。
「大丈夫。無事なようです。ただ、相当深いようですね」
 聞き取れた陽媛が胸を撫で下ろしつつ、首を傾げた。
「無事と分かったんやったらかまへん。ほら、気付けやで〜、目を覚ませ〜」
 蔵人が笑いながら、極辛純米酒を遠慮なく穴に注ぐ。
 しばらくすると、何やら声らしきものが底から聞こえてきた。何か叫んでるようだが、言葉は今一聞き取れなかった。
 だが、生きて元気にしていると分かればいい。騒ぐ気配があるなら怪我があっても大事ではなさそうだ。
 となれば、心置きなくアヤカシ退治に励んでも構わないだろう。
 ……酒天回収は、助けても後が面倒と、後回しにすると決まっていた。


 周囲の気配を窺っていた女性二人が、どちらともなく顔を見合わせる。
「来てます」
 そして、柚乃が呟くように告げる。
 誰が、とは言わなかったし、聞かなかった。ここで出る相手は限られる。
 例えばルオウは、顔を上げたその先、木の陰から父親が手招いているのを見る。
「おー、親父。元気だったかー……、って、んなわきゃねぇだろ!!」
 盆も過ぎ。死者が帰る時期ではない。何より、その姿を他の誰も見てはいない。
 陽媛はすぐに竪琴「神音奏歌」を鳴らし、天使の影絵踏みを奏でていた。
「ひめ。後方支援、よろしくなー」
「はい。皆は、私が護ります!」
 ルオウが気さくに声をかけると、陽媛はきっぱりと頷く。
 心を癒す澄み渡った音色がひろがり、ゆっくりとした曲が響き渡る。けれど、その表情は硬い。
 木々の奥から血のつながらない兄が手を振っていた気がするのだ。振り払う間もなくそれは消えた。ありえない、幻覚と分かっていても、心が動くのはどうしようもない。思いを寄せるならなおさらに……。
「先日も神楽でそっくりな人を見かけて……。幻と分かっていても、会いたいと一瞬でも思うなんて……」
 柚乃も、死んでしまった幼馴染の少年を木の向こうに見た気がして、ゆっくりと頭を振る。
 幻覚は他人には見えていない。術をかけられた側が、勝手に自身の中から望む姿を浮かび上がらせ、見ている気にさせられているに過ぎない。
 そう頭で分かっていても、すんなり割り切れるものでもないのがまた厄介だ。
「結構いけすかん奴やな」
 幻覚の奥に隠れているアヤカシに、蔵人は小さく舌打ち。苦心石灰で抵抗を上げつつ、木の奥に目を向ける。
 雪幻灯の位置と数は、柚乃が瘴索結界「念」で把握した。こっそりと皆に伝える。
 数は六。指した先には白い姿がちらちらと動く。
 思う内に、それらは一気にこちらへと走り寄って来た。仕掛けてくる気だ。
 柚乃は自らの両頬を叩いて気合いを入れる。
(今を生きる。いつまでも過去に縋っているわけにはいかない)
 前を向かなければ。そう胸で決意すると、迫るアヤカシたちをしっかりと見据えた。


 動かなくなった開拓者たちを、自分たちの力で引っ掛けたと思ったに違いない。
 雪幻灯たちは、何の警戒も無く襲いかかってきた。
 姿は確かに白鹿に似ている。けれど、性質は獰猛な肉食獣……いやそれ以上の凶悪さを持ち合わせている。
 一足先にと、飛び出した一頭が手近な開拓者に角をつきたてようとしていた。
 そこに、派手な銃声が響き渡る。
 雪幻灯は眉間から血のような物を振りまき、よろめく。
 続く連中も異常に気付き、動きを止めた。と、その中の一頭の身が、音もなく裂かれた。
 穴の周囲にいる囮の開拓者たち。それに襲い掛かろうとしていた雪幻灯たち。さらにその彼らを囲むように、待機していた開拓者たちが飛び出してきていた。
「酒天はケリがつくまで待っててもらうとして。さくさくと片付けようじゃないか」
「分かった。鹿だけにしかと仕留めるか」
 短筒「一機当千」に次の弾丸を込める緋桜丸。頷くと、鋼介は太刀「鬼丸」を雪幻灯たちに向ける。
 一頭に向けて練力を込めた太刀を振りぬく。真空の刃が飛ぶと、雪幻灯の白い身が裂かれた。 

 新手の出現に、雪幻灯たちは戸惑った。とっさに逃げようと来た道に走りかける。
 しかし、その先頭……つまりは一番遅く走ってきていた奴は、引き返す姿勢のまま悲鳴を上げた。その身には小さな虫が取り付いている。
「逃げられたり、いきなり攻撃されたりしても怖いからね。まずは動きから封じさせてもらいましょうか」
 呂宇子がはめている陰陽甲「天一神」。それに埋められている宝珠が青白い燐光を放つ。
 出現した毒蟲が、雪幻灯を襲う。傷は与えられないが、その毒は対象の四肢を麻痺させる。
 次の対象に続けて毒虫を放とうとし、ふと視界の隅に人影を見る。
 一瞬、術を放つ動きが止まる。その動揺をついて、雪幻灯が呂宇子へと動く。
 けれども、その角が呂宇子を捕らえる前に、ルオウが咆哮を上げる。
「ほら、こっちを向けよ」
 つられた一頭はたちまち向きをかえ、その角を構えてルオウへと突進してくる。
 殲刀「秋水清光」を構える。鋭く突いてくる雪幻灯を最小限の動きで躱しつつ、胴へと刃を振るった。
 躱すなどできず、雪幻灯が異形の悲鳴を上げる。

 その間に、ティアが呂宇子に近寄る。
「大丈夫ですか。もし何かされたのであれば解除いたします」
 味方が混乱して暴れられては勝機も遠のく。ティアは安らぎの子守唄を奏でるか迷うが、呂宇子は大丈夫だと強く告げる。
「予想はしてたけどさ。身体の弱い母さんが、こんなトコにいるわけないからね」
 自分の頭を小突く呂宇子。気を取り直すと、たっぷりとお礼をする為、蛇神を召還。ウミヘビの姿をしたそれは、容赦なく雪幻灯に襲い掛かる。
 その様を見て、問題ないと判断したティアは、河乙女の竪琴を掻き鳴らす。天使の影絵踏みの音色が陽媛と重なる。
「どうやら、精神異常に引っ掛かる心配は無い……でしょうか」
 皆が戦う様を見て、陽媛はそう感じる。雪幻灯は仕掛けてるようだが、幻覚に惑う気配も混乱する気配もない。
「どの程度幻覚を操れるかは知らんが。同士討ちは気を付けたいな」
 動きを牽制すべく足を狙う緋桜丸だが、機会があれば頭部も撃ち抜く。
 急所はそれたか。最後の一勝負とばかりに突進して来た雪幻灯を、アルタイル・タラゼドで迎え撃つ。
 その間も幻覚に魅せられる者が出ないよう、陽媛とティアは演奏する手を止めない。
 だが、音は注意をひきつける。無防備にも見える楽師は獲物にしやすいと思ったようだ。雪幻灯が高く舞い上がり、ティアへと飛びかかる。
 ティアはとっさに名剣「デル」へと手を伸ばす。けれど、剣技を披露する前に、飛びかかった雪幻灯が姿勢を崩して倒れてしまった。
「ここはあなた達のいる場所ではありません。還りなさい……」
 自らの声を楽器にして、柚乃は魂よ原初に還れを披露。聖鈴の首飾りがかすかな音を鳴らし、その歌声は周囲の雪幻灯たちを確実に蝕んでいく。
 気力振り絞り突撃して来た雪幻灯を、緋桜丸がアルタイル・タラゼドで撃つ。その腹に穴を開けると、騎士剣「グラム」で止めとばかりに首を跳ね落としていた。

 力量の違う相手。幻覚で惑わせるはずが、雪幻灯たちの方が混乱した。強引に逃げようとする個体もいたが、開拓者もそれは許さない。
「逃げようなんて思わんときや。犠牲になった人の分、ここで仇討たせてもらうで」
 蔵人は魔刃「エア」を振り抜く。赤い線が明滅する刃から真空刃。呂宇子の毒蟲で、ふらつく雪幻灯には不可視の刃からも逃げられない。
 逆に果敢にかかってくる個体もいる。鋭い角でつき、狼のような足で掻いて来る。
 狙われた鋼介は刀「長曽禰虎徹」で牽制しつつ、出来た隙にすかさず鬼丸を叩き込む。焔陰により刃が炎に包まれ、雪幻灯を裂く。
「鹿の体に狼か。……狼じゃなくて馬の方がふさわしかったね」
 ふっと息を吐くと、鋼介の太刀が雪幻灯に深々と差し込まれていった。


 瞬く間に雪幻灯を片付け。取りこぼしも無いのを確認すると、ようやく穴に落ちた酒天の救出に取り掛かる。
「穴に入って引っ張り上げた方がいいか?」
 呂宇子の夜光虫で穴の内を照らしながら、ルオウが穴の大きさを測る。
 大柄な開拓者ならつっかえそうだし、潜り抜けられるからといって女性を向かわせるのもどうだろう。とすると、降りるとしたら自分が最適か、と、ルオウは考える。
「必要ないやろ。こないすれば、自力で上がってきよるって」
 皆が持ってきた荒縄を繋ぎ合わせ、その先に蔵人はイカと酒を結び、穴に垂らす。
 まさかそんなことで、と一同は呆れるが。縄に本当にしっかりした手応えがあると、もう笑うしかない。
 緋桜丸は穴のふちでしゃがみ、頬杖ついて見守る。ほどなくして中から人影が現れる。
「お〜? 見えてきたか、ちっこいの?」
「小さくねぇ! いいから見てないで手伝えよ!!」
 かけられた言葉に、酒天が怒鳴りつける。とりあえず元気なのは確かだ。
「なんてゆーか、ほんとドンピシャで穴に落ちたのね。ケガとか大丈夫?」
 呂宇子は穴と酒天を見比べる。中はどうなっていたのか。頭から泥だらけになっている以外は、外傷も無い。
 雪幻灯はもう討伐したと話せば、恨みでそこらの木々に八つ当たりまでする始末。
「血相変えて走って行かれたそうですが……どなたを御覧になられたのですか?」
 ふと湧き出てきた疑問を、ティアはそのまま投げかける。
「……昔の知人だよ」
「ほ、ほぉ〜。酒の肴に語ってみ」
 なんとなく顔を赤くしてそっぽを向く酒天に、蔵人が酒を出しつつ絡みだす。
「少しは反省して下さい、おじいちゃん」
 柚乃が軽率な行動を咎める。酒天は口を尖らせるが、反論は無い。
「でも、特別な人を見たなら心が動きますよね……」
 陽媛は少し目を伏せると、再生されし平穏を奏で出す。別に誰かが術中にはまった訳ではない。
 ただ今は。乱れる心を落ち着ける為に……。