|
■オープニング本文 蒸し暑い日が続く天儀の夏。 暦は秋に向かっているはずだが、その気配も無く。 水辺は大切な生活の場。この晴天で水量も減り気味だが、それでも近くの民の命を繋ぐ大切な糧だ。 「というのに。アヤカシが現れて近寄れないという」 今日も今日とて、開拓者ギルドには依頼がもたらされる。 こんな暑い最中では、アヤカシどももおとなしくすればいいのにと思うが、奴らに気温は関係ないのか。 むしろここぞとばかりに、嫌な話ばかりが舞い込んでくる気もする。 「生活に使う川に、貪魚が入り込んでしまったようだ。井戸がある村ならそれでも構わないが、川の水に頼っていたところだと生活に支障をきたしている」 貪魚の隙をついて川の水を汲む。相手は魚で早々陸地まで飛びかかってこないとはいえ、何かの弾みで川に落ちたらひとたまりも無い。近寄るのは命がけになる。 あるいは他の町村の井戸を借りるか。だが、ここの所の晴天続きで井戸水も減り気味。無尽蔵に湧くばかりでもなく、長く続くなら、その町村の生活にも関わってくる。また遠くまでいちいち水を運ぶのも手間がかかりすぎる。 この時期だと、川で涼を取りたいと思うもののそれも叶わず。そもそも漁にも出られなければ、日銭も稼げずやがては干上がる者も出る。 「という訳だ。早急に、川の安全を取り戻して欲しい」 水も少なくなっていて水深は深くない。そもそも流れの緩やかな川なので、溺れる心配は無い。 とはいえ、水に入ってしまうと貪魚の方が優位だろう。 |
■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
ミノル・ユスティース(ib0354)
15歳・男・魔
ミーファ(ib0355)
20歳・女・吟
薔薇冠(ib0828)
24歳・女・弓
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
マストゥーレフ(ib9746)
14歳・男・吟
スチール(ic0202)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 夏の暑さはまだまだ残る。涼を求めて水辺に向かう機会も多い。 「せっかくの水場が、なんともまぁ……」 流れに目を向けて、薔薇冠(ib0828)は嘆息ついた。 腕ほどの魚が優雅に泳いでいる。よくある光景に見えるがとんでもない。その魚こそが諸悪の根源。アヤカシ・貪魚なのだ。 それ以外の魚は見当たらない。彼らの狩場内ではすでに食い尽くされてしまったか。 我が物顔で泳ぎ回る貪魚に、マストゥーレフ(ib9746)が不快げに顔をしかめる。 「川辺には生き物が集まるもので、私ら人間も同じでねぃ。水の恵みをアヤカシに譲ってやる訳には行かないよぅ」 川を利用するのは人だけではない。川の魚は勿論、野の獣や空の鳥にだって必要。それらが上手く融通しあっていろんな秩序が保てる。 だが、アヤカシは貪欲に食らうだけ。 自由といえば自由。だが、度が過ぎると相応の報いを受けるのは、マストゥーレフとて知っている。 「特に何の変哲も珍妙さも無い、数ばかり無駄に多い連中だ。見るべき所は特に無い。早々に終わらせ、涼むとしようか」 煙草をのみながら、じっと観察をしていた成田 光紀(ib1846)だが、これにて終了と煙を吐き出すと火を始末する。 異を唱える者は無い。早々と駆除だ、と開拓者たちは動き出す。 ● とはいえ、敵の数も多い。一匹一匹が弱くても全部を倒すには時間がかかるかもしれない。 その間、水をどうするか。開拓者たちの頭を悩ませるところだった。 「飲み水にすら事欠くような状況が続いてしまっては、心すら乾いて荒んでしまいかねません。まだまだ夏の暑さにもさらされる日々に、飲み水を控えなければならないなんて、健康を害する方も出てきてしまいます」 空を見上げたミーファ(ib0355)は、そのまま眩しそうに目を細める。 今日も日差しが強い。熱気は夏の強さを保ったままだ。ここは川辺で涼しいが、部屋で寝たままの老人や子供などは、時に熱気にやられてしまう。 「衣食住が整って初めて、人心が落ち着き、安寧への道筋が立つというものです。討伐の間も何とか少しでも安心して水が汲める環境を整えてあげたいものですね」 なので、討伐より先にまずは水汲みの確保をしようと、ミノル・ユスティース(ib0354)は動き出す。 討伐にどのくらいかかるか。その間も我慢を強いる必要もない。気温が高くなりそうなら、なおさら水は自由に飲める方がいい。 安全に水を汲めそうな地点を作る為に、まずは貪魚の位置を探る。 「特に必要でも無い限り、濡れたくは無いが」 光紀が流れる川に近付くと、おもむろに人魂で小魚を作り、水中を探る。 人魂と共有する視覚は、水中で物がぼんやりにじんで見えた。それでもここは動く物さえ分かれば十分。目の届かぬ所、岩陰や深みなど用心して見回り、貪魚を探す。その際、死角から近付いた貪魚に食われることもしばしば。まったく油断ならない。 大雑把にでも位置を把握すると、水が汲めそうで貪魚が少なそうな場所に目星をつける。 そこから少し離れた位置で、派手に水面や川底を叩いているのは鈴木 透子(ia5664)だった。 「こうやって騒げば普通の魚なら逃げます。逆に、アヤカシならば寄って来ると思います」 勿論、そこに迂闊に入る真似なんてしていない。竿の長さを十分にして、岸から叩いていたのだが。 「……きゃあ」 竹竿を振り上げた透子が悲鳴を上げた。振り上げた竹には、貪魚が食いついていたのだ。 釣り上げられた勢いで、そのまま貪魚は透子に被りつこうと、竿を離れて空中を飛ぶ。 「小賢しいな」 一言口に出すと、スチール(ic0202)がチェックシールドを掲げる。その表面にべたりと貪魚がはりつき、地面に落ちた。 がちがちと歯を鳴らす貪魚を、あっさり踏み潰す。 「確かに集まってきてる。これなら始末もしやすそうだ」 満足げにスチールは、水辺を見る。 岸近くまで、餌を寄越せと貪魚が迫ってきている。水を泡立たせるほどに身をくねらせ、しきりにふかす口からは鋭い歯で噛み付く意志が明確に分かる。なるほど獰猛に食い荒らすその性質がよく分かった。 おもむろに光紀は夜光虫で人気の無い別の場所を照らしてみる。が、そちらに向かう貪魚はあまり無い。 「やはり餌……人が一番ということか」 さらりと光紀が告げる。 「大体集まったのかなぁ。あ、今岩陰で水が跳ねたよぅ。あそこに隠れてるねぇ」 マストゥーレフは超越聴覚で、不自然な水音を探し当てて貪魚の位置を示す。 人魂を襲ったり、獲物を見つけたと近寄ってきたりと貪魚も活発になってきている。 そうやってアヤカシを集める一方で、そこに貪魚が集まった為に出来た空白地帯で薔薇冠が鏡弦を響かせる。 「少ないなら仕留めて綺麗にした方がよいか。仲間を呼んだりはしなかったはずじゃが……」 少なくなったとはいえ、皆無でもない。狙い定めると薔薇冠は射抜いて細かな残りを払う。 そうやってアヤカシ不在地帯を作り上げると、ミノルはそこにムスタシュィルを仕掛ける。 重ならないよう複数仕掛け。広範囲を支配下におくようにする。 「これで大丈夫。ここに貪魚が近付けば、呼子笛で注意しますから、駆除中でも水を汲んで平気です」 臨時の水汲み場を作ると、一旦近くの村へ知らせに回った。 まだ危険を完全に排除してはない。 女子供が直接作業するにはまだ危ないかもと村の方で不安が出て、なので、男衆が必要分を組んで村まで運び出す。 移動の手間に重労働と大変だが、滞っている水仕事は多い。何より新鮮な水がすぐに得られるのはありがたかったようだ。 ● 集まったアヤカシたち。それらがどこかに行く前に、透子は結界呪符「白」で逃げ道を塞ぐ。 「では。本格的に倒していくか」 スチールは盾を構えると、さらにオーラで身を固めた。 弱い雑魚アヤカシ相手に物々しいが、それだけの理由はある。 岸辺まで集まっていた貪魚たち。その群れの中を目掛けて、スチールはアヘッド・ブレイクで駆け抜ける。 餌が飛び込んできた訳だが、その移動の速さに対応できた貪魚もそういない。たとえ食いつけても、盾とオーラで身を固めた彼女には文字通り歯が立たない。その間に、鋭い歯を気にせずスチールは踏み抜き去って行く。 踏まれた魚も多いが、逃げた魚も多い。すばしっこい貪魚は川を泳ぎ、一旦川岸から遠ざかる。 「どこまで釣れるか、出てきて欲しいねぃ」 マストゥーレフは聖鈴の首飾りで歌声を楽器とすると、怪の遠吠えを聞かせる。 水中で聞く歌声はどんなものなのか。驚いたか貪魚たちが、右往左往と泳ぎ回る。 その動きがさらに乱れたのは、ミーファの音色のせいだ。 バイオリン「サンクトペトロ」で奏でる精霊の狂想曲に、貪魚程度が抗えない。同種を攻撃したり、ぼーっと動きを止めたりと、滅茶苦茶な行動を始めた。 「今の内に、少しでも多くの貪魚を駆除して下さい」 「勿論です。逃がしたりしませんよ」 敵を混乱させるが、暴れた精霊を宥める為演奏を続けねばならない。 激しく弦を引き続けるミーファ。 透子もさらに白壁を召喚し、貪魚の行動範囲を制限していく。 「群れているなら纏めてこれですね。一匹ずつ狙うのは非効率です」 ミノルが精霊の小刀をかざした。その先端から吹き荒れた吹雪が視界を一時白く染め、貪魚たちを纏めて包み込む。ブリザーストームだ 「でも範囲攻撃には限りがあるねぇ。うまく集まってくれるといいのだけど」 マストゥーレフが重力の爆音を叩き付ける。練力消費も大きく、無節操に連発も出来ない。 もっともそんな心配はいらないかもしれない。目に見える貪魚は目に見えて数を減らしている。 粗方逃げ道を塞ぐと透子は氷龍を召喚。その凍てつく息は一見何もいない川の中を貫いたかに見えた。 けれど、跡からは確かに瘴気が昇っている。人魂で水の下を覗き、上からは見づらい隠れた敵を打ち抜いていたのだ。 纏まっていると狙われる。だが、散った所で行ける範囲も限られる。 開拓者側の力は歴然としており、だったらここはひとまず練力温存、と光紀は様子見していた。 高みの見物でもない。うっかり川に入り囲まれている仲間がいれば、そこは惜しみなく氷龍を披露する。 「……。深みにでも術は届いているようだが、なるべく浅瀬におびき出したいものだ」 「そうしたら、私が葬ってやろう」 川を覗き込む光紀に、スチールは魚たちが告げる。 さすがのスチールも深みまで追いはしない。深い所は自身の背丈にも近くもあると聞いた。下手に転べば、重い装備が錘となって沈み、奴らの餌食になるだけ。 なので浅瀬でうろつく貪魚を挑発している。言葉を理解したとは思えないが、本能的に何かを悟ったか。跳ね上がった一匹をすかさずセントクロスソードで両断していた。 「深みに困るのは術だけでもない。わしの矢も届くか、流れに負かされまいか」 心配している薔薇冠だが、精霊力を集中させた鷲の目で水の中の獲物も的確に捉え、弓「瑞雲」から放たれる矢は間違いなく貪魚を射抜いている。ゆっくりと弦を引いた構えから繰り出される威力は十分に鋭い。 「私も、及ばずながらお手伝いさせていただきます」 バイオリンから黙苦無に持ち返ると、ミーファも数を減らした貪魚に一撃を入れる。 目につく群れがいなくなっても気は抜けない。一匹でも残せば、どんな被害をもたらすか。 「あそこの川底に潜んでる。届くか?」 「はい。やってみます」 人魂や視覚で貪魚を探し、伝える光紀。術でふっ飛ばす数でもないと、位置を知らせてミーファが黙苦無を放つ。 「ふむ。まだ川上に気配があるようじゃの」 薔薇冠の鏡弦でアヤカシの位置を探る。必要があれば即座に矢を番え、逃がさない。 時にはミノルが察知して笛を吹く。それは村人に危険が及ぶ警告。率先して駆除する必要があった。 「予定外のアヤカシの気配はないねぃ。貪魚の駆除を続けるねぃ」 マストゥーレフは超越聴覚で、周囲の物音を警戒していた。 何せ怪の遠吠えを使ったのだ。聞いた通りすがりのアヤカシが、ちょっくら様子見に来ました、なんてありうるかもしれない。万一そうなっても、先に手をうてるようにと探っていたが、幸いそんな奴は現れなかった。 ● 川の上流から下流まで。出現した地帯を行ったり来たりを繰り返す。 光紀や透子も人魂を潜らせ、何度も貪魚がいないかを調べる。 最後に、薔薇冠の弦が鳴り響く。その音に何の反応も無いのを確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。 「鏡弦ではもう察知できぬようじゃ。やれやれ、雑魚とはいえ集団はやはり手応え十分じゃのぅ」 戦いの緊張をほぐす。 さっそく村の人たちに知らせに回る。 二度目の知らせを受け、これで生活が取り戻せたと喜び勇んで川へと向かう。女性たちが溜め込んだ洗濯にせいを出す傍ら、子供たちが恐る恐ると川に近付き、やがて笑顔を作る。 「わしも、しばしゆるりと過ごそうかのぅ」 「私も一息入れさせてもらおうかな。折角のきれいな川なんだ、堪能しなきゃウソだよねぃ?」 小魚を探す薔薇冠に、マストゥーレフはアヤカシ戦で荒れた現場からゴミなどがないかを探し出す。 「あれだけ冷気を打ち込んでなおも涼むか……。もう避暑の気にはなれんな」 ふるり、と、光紀は身を震わせると、川から遠ざかる。 すでに術の冷気も薄れ、夏の日差しが照りつけるばかり。とはいえ、凍える景色を見続け体に寒さが残っているよう。 「巻き込まれたお魚さんは……夏の漁でいいですか」 戦闘には注意したが、それでもいつのまに紛れたか、普通の魚も術の範疇に捕らえることもあった。 あっさりと腹を見せて浮かんだ魚に透子は合掌しつつ、どうするべきかを村人たちに尋ねている。 きゃあきゃあと子供の笑う声が響く。女性たちも手を動かしつつ、お喋りに忙しい。 「これがこの川辺の景色なのですね」 煌く川辺。明るい光景にミーファはほっと息をつく。 そこには確かに前と同じ日常が戻っていた。 |