蜘蛛襲撃
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/03 19:48



■オープニング本文

 アヤカシの襲撃はいつも突然だ。
 形状も能力も様々な彼らを、警戒したところでしきれるものでも無い。

「うっ」
 ちいさな声を上げて、村人はいきなり倒れた。
 どうした、と駆け寄るまでもなく、そばにいた村人も激しい痛みと共に体の自由を失った。
 草むらから、屋根から、樹の陰から、軒下から。
 次々と姿を現す大きな蜘蛛。それらは目につく生き物を糸を吐いて拘束し、あるいは針を刺して昏倒させる。
 勿論立ち向かう者もいた。けれど、蜘蛛の数は多く、囲い込まれて糸で拘束され、動けなくなったところをたちまちに群がられ命を落とすことになった。
 騒ぎと同時に村から逃げようとした人もいる。けれど、村を出る前に張られた糸に捕まり、野にいる蝶と同じ運命を辿る。
 何とか逃げ出せたのはどれぐらいいただろう。その確認をする余裕も無く、彼らは開拓者ギルドに駆け込んでいった。


「ある村が、アヤカシの巣窟になっている」
 ギルドに開拓者たちが集められ、依頼が説明される。語る係員の顔が暗い辺り、事態がけしてよくない――アヤカシの襲撃自体が喜ばしくも無いが――事が分かる。
「襲ってきたのは蜘蛛のアヤカシだ。化蜘蛛に家化蜘蛛。いずれも下級の雑魚アヤカシだが、その分数に任せて攻めてくる」
 大きさは一尺程度と蜘蛛にしては巨大。だが、それでも入り込める物陰や隙間は多い。
 足音立てず、壁でも屋根でも這い回る奴等に気付くのは難しい。
 密やかに村に忍び寄られ。最初の犠牲者でアヤカシの侵入に気付いても何が出来るでもなく、蜘蛛が村を占拠するまであっという間だったという。
「蜘蛛アヤカシは村中に糸をはり巣を作っている。犠牲になった者もすでにいるが、非常食なのかまだ生かされている村人もいるらしい」
 ただし、村人達は蜘蛛の毒にやられ、糸に絡められて抜け出せない。
「どれだけが生き延びているのかは分からない。だが、見捨ててもおけない」
 急ぎ村に赴き、生存者の救出と蜘蛛退治を行って欲しい。


■参加者一覧
喜屋武(ia2651
21歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
レイア・アローネ(ia8454
23歳・女・サ
春風 たんぽぽ(ib6888
16歳・女・魔
楠木(ib9224
22歳・女・シ
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志
銀鏡(ic0007
28歳・男・巫
帚木 黒初(ic0064
21歳・男・志


■リプレイ本文

 村はすでに静寂に包まれていた。
 生活の気配はすでになく、誰かが動く気配も無い。
「蜘蛛がたくさん……。見ていて楽しいものじゃ無いのぉ」
 ゆっくりと煙管を口元から外すと、銀鏡(ic0007)は静かに紫煙を吐き出す。
 村の外から眺めるだけでも、そこかしこに見つかる蜘蛛の糸。村自体が巨大な蜘蛛の巣のようだ。
 その中を小さな物が蠢いている。
 蜘蛛だ。小さいと言っても、普通の蜘蛛に比べれば巨大。そんなものがあちこちにいる。すぐに隠れてしまうが、相当数入り込んだのはよく分かった。
 被害は推して知るべし。
 それでもまだ生存者がいるかもしれない。彼らを助けるべく、早速開拓者たちは村へと乗り込む。
「村に入ったら三方向に分かれる。それぞれで生存者を探し、蜘蛛を殲滅する」
「私と銀鏡さんは村の入り口で待機。皆さんが村人を連れてくるのを待ちます」
 竜哉(ia8037)の確認に、楠木(ib9224)が硬い表情で口添える。
 楠木と銀鏡が見送りながら、六人の開拓者たちは蜘蛛だらけの村へと突入していく。


「いやぁ。面倒な雰囲気で」
 帚木 黒初(ic0064)が見たままの感想を述べる。
 近くで見てもそこかしこ蜘蛛の糸だらけ。触れずに歩くのも難しい。
「全く。これでは迂闊に進めない」
 共に進む竜哉もぼやく。
 粘度のある糸は、一本二本なら簡単に千切れる。けれど、それが少しずつ体にまとわりつく。動きを阻害するほどではないが、気のいい物ではない。絡まった糸から蜘蛛たちに接近を知られているはずなのも気になる。
 蜘蛛の足音は聞こえない。それでも動き回れば、草の揺れる音や不自然な物音が聞こえる。後はいつどうやって仕掛けるかだ。
「瘴気は濃くなっている感じにはなるけどね」
 適当な家に近づくと、竜哉は真なる水晶の瞳を嵌め、戸を開けた。
 ありふれた農家だ。囲炉裏の火は消え、その周囲には巨大な繭のような塊が幾つか転がっている。
「死体は生物にはいりますかーと……無いですよね」
 黒初が心眼で確かめる。眉状に絡んだ蜘蛛の糸からは、人の姿も見て取れる。が、生物の気配は感じられなかった。
 代わりに察したのは別の気配。
 刀「虎徹」を抜くと、黒初は物陰へと走らせた。鋭い一閃。切った闇の先では、蜘蛛が二つに裂けていた。
 二人とも、長居は無用と家から離れる。飛び退いたその後を、小さな針が飛び交った。
「囲まれてるねぇ」
 黒初に指摘されるまでも無く、相手は糸を伝いあちこちから姿を見せている。
 竜哉が腕輪「キニェル」を掲げる。盾としてオーラの障壁で針をやり過ごすと、すかさず黒初が刀を振りぬく。
 弱いアヤカシだ。瞬く間に屍骸が積み重なる。刀で届かぬ間合いも、竜哉が鋼線「墨風」で括り切る。
「なにやら珍しい武器が見えますねぇ……」
 黒初が警戒する眼差しをぶつけてくる。素早く動く刃からは、赤い燐光が零れ落ちている。
「敵味方の区別をつけるぐらいの力量はあるさ」
 刃の軌跡の合間を縫うように、竜哉は鋼線を展開する。
 その間にも、蜘蛛は落ちるが、するとどこからとも無くまた別の新手がやってくる。
 竜哉は周囲を見渡すと、屋根の上で巣にへばりついている蜘蛛に苦無を投げつける。ど真ん中を打ちぬかれて、その蜘蛛が落ちると、何となく残りの蜘蛛の動きが変わった。
「張り巡らせた糸を使って、新手を呼び寄せる。面倒臭い相手だな」
 呼んでいた蜘蛛が消え、増援も無くなる。だが、すぐに別の蜘蛛が糸を震わせ、仲間に知らせようとしている。
「新手を呼ばれる前に、ここを始末して。とっとと次にいきましょうか」
 黒初は小太刀を振るいながら、呼子笛を吹き鳴らす。
 ただ、特に合図は決めていない。誰か来てくれたらめっけもので、使ってみるが、やはり誰も来る気配は無い。
 群がる蜘蛛をひとまず蹴散らしながら、二人は他の家へと捜索に向かう。


 物音が少ない村の中で、その笛の音はよく聞こえた。
「誰かに何かあったのでしょうか?」
 荷車を引きながら、春風 たんぽぽ(ib6888)は耳を済ませる。もっとも距離があるのか、音は遠く、現地で何が起きてるか伺いようが無い。
「かもしれない。だが、生き残っている者の安全が最優先、だな」
 道端で、レイア・アローネ(ia8454)が立ち止まった。その視線の先には、まだ耕されて間もない畑がある。その中心に、眉上に包まった蜘蛛の糸が幾つも転がっている。
「無事な者は声を上げろ! 上げられない者は手でも首でも動かせ! 私たちが助けに来た!」
 声を張り上げレイアが叫ぶも、答える声も動きも無かった。
 あいにく、彼女たちは生体反応を調べる技も持ち合わせていない。
「近付いて確認するしかないか」
「気をつけて下さい。人が居るという事は……近くに蜘蛛が居ると言う事でもありますから」
「分かってる。広範囲の術があれば支援を頼みたい。代わりに私は全力でお前を守ろう」
 警戒して周囲に目を走らせるたんぽぽに、レイアが強く頷き返す。
 畑はまだ何も植わっておらず見晴らしはいい。それでも慎重に二人でまだ土の柔らかい畑に踏み込み、繭に近付く。
 ある程度まで近づいた所で、レイアは咆哮を上げた。
 途端。繭が裂け中から蜘蛛がぞろりと這い出てくる。
「正直、蜘蛛は得意では無い……。だが……そんな事は言ってられん!」
 肌を粟立たせながらも、レイアはカーディナルソードを抜く。
 頭上から一気に振り下ろす。衝撃波が土を裂き、蜘蛛たちを一斉に吹き飛ばす。たんぽぽもホーリーアローで糸からこぼれ出る蜘蛛を狙い撃つ。
 蜘蛛の姿が無いのを確かめた上で、二人は糸の塊に手をかける。引き裂けば、中から人が出てきた。夫婦だったか、男女二人が寄り添うように。
 女の方は事切れていた。けれど、
「男性はまだ生きてます!」
 脈を確かめ、かすかな流れを捉えると、たんぽぽはすぐにレ・リカルをかける。それで回復したはずだが、男はぴくりとも動かない。
「麻痺か毒か。これじゃ返事は期待できないな」
 状態を調べて、レイアが嘆息する。
 よく見れば、瞼や指先が痙攣しているが、糸に絡まった状態ではその程度動けても仕方が無い。
「レイアさん!」
 たんぽぽが声を上げた。
 畑に蜘蛛が群がっている。咆哮に引かれ、隠れていた畔から出てきたか。
「ひとまず彼を銀鏡たちの所へ連れて行こう。すまないが道を」
「勿論です」
 たんぽぽは霊杖「カドゥケウス」を突き出す。絡み合う蛇の先から吹雪が広がり、蜘蛛たちを纏めて凍えさせる。
 レイアは男を担ぐと、残る蜘蛛を切り払い、畑から出る。
 荷車に男を乗せると、たんぽぽが荷車を引く。レイアが前方で蠢く蜘蛛へと切りつけ踏みつけ、道を確保すると、村の入り口目指して二人で走る。


 六人が村の中に入ってから、しばらく。
 少しずつ発見された村人が外へと運び出されていた。
「動ける者は手を貸してもらえるかの?」
 毒や麻痺を治し体力も回復させると、動ける者も出てきた。
 銀鏡は彼らに、他の村人の世話を頼む。だが、手を貸す方も貸される方も表情は暗いままだった。
「きゃあああ!」
 休んでいる人たちの中から悲鳴があがった。
 即座に、楠木が小太刀「四季彩」を握り締め、駆ける。村の外で十分距離をとっている。とはいえ、人の気配に惹かれるのか、村から家化蜘蛛たちが出てきてもいた。
 その度に、これを駆逐し、念の為に場所も移し。最初にいた場所からだんだんと遠ざかっている。あまり遠ざかりすぎると、今度は村から出てくる人たちを助けにくくなるので、動ける範囲はどうしても決まってきているが。
 アヤカシ蜘蛛が出たなら、退治せねばならない。一匹たりとも逃がす気は無い。その勢いのまま、楠木は刃を走らせようとして……。
「なんだ、普通の蜘蛛ですか」
 敵の正体を知って、踏鞴を踏んだ。
 そこにいたのは爪ほどの大きさもない、ありふれた蜘蛛だった。
 ほっとする楠木。だが、村人たちの表情は青ざめたままで、子供たちは泣き叫ぶ。動揺が広がっていた。
 無理も無い。突然の襲撃で、家族や親しい者も失っている。捕まっていた恐怖もぬぐい難いのだろう。
 体は癒せても、心を癒すのは難しい。
 銀鏡は煙管に火をつけると、ため息を隠すように煙を吐き出す。
「泣かないで。もう大丈夫だから」
 楠木は泣く子供の手を取り宥める。向こうも必死に頷いてはいる。
「蜘蛛は儂らの仲間が始末しておる。任せて、おぬしらは出来る事をするのじゃ。ほれ、言うてる間にも来たぞ」
 見れば、村から出てくる開拓者たちの姿があった。
 どうやら毒を受けたらしく、抱えていた村人を渡すと、自身も銀鏡から解毒を施されている。
それでも、治療が終わればすぐにまた村へと戻っていく。
 迷い無く進む彼らの後姿を、楠木はそっと見送る。
(皆も無事に戻ってくるといいけど……。ううん! 絶対大丈夫だよ! 信じてるし!)
 今、村の中にどれだけの村人がいて、どれほどの蜘蛛が残っているのか。
 心配が楠木の胸をよぎるが、すぐにそれを振り払う。
「嬢ちゃん、すまんが糸を切ってくれんか。これでは元気になっても動けん」
「はい。任せて下さい!」
 運ばれてきた村人は、糸が絡んだまま。楠木が糸を切ると、銀鏡は村人を回復させる。


「成敗!」
 戦斧「壊し屋」を引くと同時に喜屋武(ia2651)は格好をつける。
 その背後には破壊の跡。振り回された斧の軌跡に沿って、千切れた蜘蛛たちが瘴気へと還り始めていた。
「蟷螂やら蜘蛛やらおぞましい姿のアヤカシばかりだな」
「大変だな。だが、反応は無くなってきた。他の連中の分も合わせ、粗方始末出来た、か?」
 顔を顰める喜屋武に、宮坂 玄人(ib9942)は同情しつつ、心眼「集」で周囲の気配を探る。
 生きた気配を感知する事も少なくなった。引っかかっても、そのほとんどが蜘蛛たちだった事を思えば、気分は複雑だ。
 こうして歩きながら、気配を探っても何もかからないのはさて喜んでいいものか。
「……っと。反応がある。一応、用心してくれ」
 気配を見つけて、足を止める。複数の気配はあまりよくない。
 反応があったのは小さな小屋。物置なのか作業場なのか。少し覗くと中は物が溢れかえり、糸だらけ。
 慎重に距離を取ると、喜屋武が咆哮を上げる。
 小屋の中から物音がする。身構える二人に向けて、糸が伸びてきた。
「物陰から出てこないつもりか」
 苦々しく舌打ちすると、喜屋武は戦斧を振り回し、小屋ごと粉砕する。
 さすがにそれは怖かったのか。瓦礫の下から、ごそごそと蜘蛛が姿を見せる。その数二つ。
「これでここのは全部。やはり生存者なしか」
 玄人が落胆する。が、すぐに機を取り直して野太刀「緋色暁」を構える。
 蜘蛛は糸を吐き散らし、針を飛ばす。危なげなくそれらを躱すと、二人、顔を見合わせる。
「面倒だし。仲間を呼んでもらって纏めて始末するか?」
「相当遠くまで伝達できるらしい。村の外から呼ばれては困る」
「確かに。楽はしちゃいけないな」
 肩をすくめる玄人に、喜屋武も笑う。
 針を吐こうとする蜘蛛に、先手を取って玄人は篭手払を仕掛ける。
 攻撃の勢いが衰えたところにすかさず、薙ぎ払い、両断する。
「攻撃は糸と針。そもそもが雑魚で力の弱い相手。……物足りないねぇ」
 相手の攻撃にどれだけ自分は耐えられるのか興味がある。けれど、相手はまず動きを止めようと動く。
 試しに喜屋武は糸に捕まってみる。針は毒針か麻痺針。さすがに後が面倒でそちらは回避する。
 絡まり、動きが鈍った所をさらに縛り上げようとする。粘つく体を無理矢理動かすと、蜘蛛に重い一撃を加える。


 時間をかけて村中を巡り。ついには何の反応も無くなる。
 蜘蛛の駆逐が終わった達成感に喜ぶ暇も無く。今度は犠牲になった者たちを運び出す。
「その辺に寝かせて置くのも忍びないですしね」
 黒初は死を悼む風は無く、実に淡々と村人たちを並べていく。
 開拓者たちが集め、増えていく村人の数。知った顔を見つけて、生き残った人は駆け寄り、そこかしこで叫びが上がる。
「死には慣れませんね……。特に、アヤカシが原因ですと。私も『生き残ってしまった側の人間』だから……でしょうか」
「確かに、心の傷は簡単には治らない……。けど、自分が生きている事に、後悔しないで下さい」
 泣き崩れる人々を前に、たんぽぽは添える為に摘んできた花を胸に抱く。
 楠木も辛い表情を見せつつも、泣く村人たちに声をかけて励ます。
 並べられる死体の数。それは、生き残った村人たちよりもはるかに多かった。
「神の御許、までは望まないがせめて安らかに」
「そして、生き残った人たちが失意のまま沈んでいかないといいんだがな」
 祈りを捧げる竜哉に、玄人は複雑な眼差しで生き延びた人たちを見届ける。
「敵は払っても犠牲は大きい……か。負け戦だな……」
 泣き崩れる村人と、目覚めぬ村人。彼らを見比べ、レイアはそっと目を閉じた。