【神代】護衛陽動
マスター名:からた狐
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/22 20:57



■オープニング本文

 薄っすらと雪化粧の施された街路を、浪志組の隊士らが進む。
 穂邑の暗殺未遂に端を発する衝突の緊張は、開拓者たちの素早い動きにより、現場レベルでの手打ちが早々に取りまとめられた。
 現場での衝突を抑え、方々を駆け回り、その中から五行を根城とする大アヤカシ「生成姫」の影に気付き、あるいは、一部の開拓者は大胆にも御所に忍び込み、武帝の真意を問いただしもした。

 穂邑は今、長屋で静かに傷が癒えるのを待っている。
「……声?」
 ふいに、顔を上げた。


 穂邑への襲撃は朝廷の意図ではなかった。
 誤解と分かって長屋の封鎖も解かれ、浪志組や開拓者も落ち着いた雰囲気を取り戻す。
 だが、穂邑が狙われたのは事実。『后の徴』の事もあり、今後の話し合いも必要と、穂邑は遭都に移送され、そこで護られることに決まった。
 護衛や荷物の加減、何より穂邑の体調も慮って移動は飛空船が用意されるという。
 護送は、浪志組が行う。だが、相次ぐ混乱から隊士だけでは手が足りず、開拓者ギルドも手を貸す事になった。

 そして。準備に追われる開拓者ギルドに、ふらりと酒天童子が顔を出した。
「珍しいな。酒も飲まずに変な顔してどうした」
「変な顔は余計だ」
 なじみのギルド係員がからかうのを、表情も変えずに静かに睨んでくる。
「穂邑が襲撃されたと聞いてな。移動させるらしいが大丈夫なのか? ……いや、武州の件では世話にもなったというかずいぶん迷惑もかけたし。一応知らない相手でもないし」
 酒天は、口早に、何故か言い訳がましく言葉を連ねる。
 よく分からないが、気にかけているようなのは確か。
 少し考えた後に、係員は何気ない風を装い酒天を奥座敷に通す。人前で話せない事情がある。

 開拓者ギルドでもさらに奥まった座敷。そこには素性確かな開拓者たちが密かに呼び集められていた。
 というのも……。


「穂邑を遭都まで護衛というのは表向き。実際は影武者を動かし、敵の出方を見る」
 改めて、係員が依頼の説明を行う。
 影武者の『穂邑』は長屋で務めていた少女達から一人、続けて行ってもらう。新たに募るより、その方が自然に見せられるからだ。
 長屋の警備は解かれても、『穂邑』が遭都に入るようでは今まで以上に手が出せなくなる。ならば、敵は移動の隙をついて仕掛けてくるに違いない。
 そこを叩こうというわけだ。
「叩くたってそう簡単に黒幕が出てくるのかよ」
「無理だな。今回の裏にいるのは大アヤカシ・生成姫だ。かの御大はどこぞの馬鹿のように後先考えずに前に出てくることは無い」
「何故俺を見る?」
 何か言いたげに見られ、酒天はジト目をかえす。
「仕掛けてくるとしても手勢のアヤカシ……あるいは「子供」たちだろう。ただこれまでどうも一方的に虚仮にされてきたんだ。少しは意趣返ししてやろうというのが、浪志組や開拓者側の意見だ」
「そんなことの為にこんな大ごと仕組んだのかよ」
「勿論、目的は他にある。こちらが派手に動く裏で、穂邑本人をもっと守りの厚い場所に移す。つまりこっちは陽動だ」
 だから遭都への移動に精霊門を使わず、わざわざ飛空船を使う。敵の目をひきつける為に。
 穂邑の移動も、別途準備を進めている所だという。
 そう聞いて、何やら酒天はほっとしている。が、すぐに何かを思いついたようで顔をしかめた。
「影武者ねぇ……あの顔がたくさんあるとは」
「嫌いか?」
「んな訳ねぇ」
 慌てて酒天は否定する。一つため息をつくと、係員は話を続ける。
「『穂邑』を守りつつ、かつ、襲撃者の目をひきつけてもらう。程ほどに派手に、けれど怪しまれないように。向こうに加担する『人間』もいるし、それを抜いても配下のアヤカシがどのぐらいで何がいるのか分からん。どこにどう潜まれどう出てくるか……。結構面倒な依頼になるぞ」
「だが、暴れられる可能性も高いんだろ。おもしろそうじゃねぇか」
 酒天童子がニヤリと笑う。


「ところで……。そもそもは『后の徴』が穂邑に出たせいと聞いたが、なんだそりゃ。今はそんな制度があるのか?」
 話もついて落ち着いたか。出された茶を飲みながら、首をかしげる酒天に、係員の方が目を丸くした。
「聞いてないのか。それはどうやら間違い……というかそもそもそんな話は無い。あれは后の徴なんてもんじゃなく、どうも神代らしい」
 途端、酒天が盛大に茶を吹いた。
「神代? まじで?」
 どうやら本気で知らないと悟り、係員が裏で起きた経緯をかいつまんで話す。
「帝の推測らしいがな。しかし、推測であっても帝がおっしゃるなら間違いなかろう」
 何せ、帝は代々神代を受け継いできた。朝廷以上に神代に熟知している場所はない。
 であればこそ、今回の朝廷の混乱も幾分推測つく。
「……そういう事か? ……だから似るのも……いやいや待て俺落ち着けよ?」
「何をぶつぶつ言ってる」
 上の空で何か考えている酒天。
「いやこっちの話だ。――それより神代だとしたら、今後も大変だぞ。后の徴のがマシだったかもな」
 酒天は頭を振って、肩をすくめる。
 似た表情で係員も肩をすくめた。
「神代ならアヤカシは手を出せなくなるはず。ある意味そっちは安全になるが……。むしろ厄介は朝廷か。引き続き交渉を考えている奴がいるようだが、どうなるか」
「どう転んでも、朝廷は絡まざるをえないだろうがな。――そうだな。せめて負担が減るよう、今は陽動に勤しむか」
 茶化すように、けれど真剣な口調で告げると、酒天はギルドの表へと赴く。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 八十神 蔵人(ia1422) / 海月弥生(ia5351) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 劫光(ia9510) / ウィンストン・エリニー(ib0024) / 无(ib1198) / リーブ・ファルスト(ib5441) / 柏木 煉之丞(ib7974) / 白鳥(ic0386) / 迅脚(ic0399


■リプレイ本文

 狙われた穂邑。朝廷との誤解は解かれたが、狙われたままなのは変わらない。
 身の安全を確保すべく、その身は遭都まで運ばれる事となった。
「では。行ってまいります」
 まだ具合の悪そうな穂邑だったが、それでも気丈に胸を張る。と、慣れ親しんだ長屋の人々に向けて別れの挨拶を伝える。
「道中、浪志組が護衛を務めさせていただきます。」
 柏木 煉之丞(ib7974)はじめ、この影武者道中につきあう浪志組たちが『穂邑』に礼をとる。
 その他開拓者たちの手も借りながら、『穂邑』は港へと向かった。

 ……というのはすべて芝居。
 今、立ち去ろうとしているのは、影武者を務めた娘だ。
 本人はこの時点でもなお、長屋の奥で親しい者たちによって守られている。

「朝廷の思惑だかなんだかしらんが……いい気はしないな」
 守られながら移動する『穂邑』に、劫光(ia9510)の表情は浮かない。
 穂邑本人を助ける為。とはいっても、同時にそれは影武者となった少女の命を危険にさらしている。
 今回の「敵」には人も使う。街中で、仲間が瘴気感知の術を使っているとしても、それにすらかからず恵比寿顔で近付いていきなり襲いかかってくるのだ。
 『穂邑』自身、ある程度の自衛は出来るが、それでも不意をつかれる危険は消えない。
 用意してくれた人員も削減し、『穂邑』の周囲は身が確かな信頼できる開拓者を中心に固められている。
「人を疑う事はしたくないけど……やむをえません。無事にたどり着く為、油断は禁物ですね」
 気落ちした風を見せる柚乃(ia0638)だが、事態は理解している。
 敵をおびき寄せる必要もあるが、安全も大事だ。
 長屋で大勢に守られていた時ともまた違う。緊張している『穂邑』を、无(ib1198)は優しく撫でる。
「大丈夫」
「はい」
 励まされ、『穂邑』は微笑む。


 『穂邑』とは微妙に離れた位置で、酒天童子は開拓者と共に警備の任についていた。
 距離を取りながらも、その目は『穂邑』に向いている。しかし、護衛対象の確認というよりも、何か遠い懐かしいものを見つめるような目つき。

 そんな酒天を、八十神 蔵人(ia1422)はずっと見ていた。
「……なんか前々から穂邑に対する目がおかしい思てたんやけどなぁ。昔惚れた女に似てるとかやろ? やりあった朝廷側に穂邑に似た女でもおったか?」
 軽くかまをかけると、途端に酒天の顔が真っ赤になる。
「な、何言ってやがる!」
「ほほぅ。図星かい」
 確信を得て、にやりと人の悪い笑みを蔵人は浮かべる。
 が、すぐにその笑みを消して、周囲に余計な耳が無いのを確かめた上で声を潜めた。
「余計な詮索する気はあらへん。けどな、ぶっちゃけ今現状分からん事だらけで、何すればええかも分からん。何か心当たりあるなら、話せるようになった話をしてくれや」
 本当に分からない事だらけだ。
 帝のみが持つはずの神代が穂邑に現れ。大アヤカシにも狙われ。
 これから何が起きるかどころか、今の何が起きてるのかすら判然としない。
 蔵人から真面目に告げられ、酒天も表情を引き締めた。しばし考えた後に――大きく頭を振った。
「穂邑に似た女を見たというのは当たりだ。が、それが今回の事態に関係あるのかどうかは分からないし……正直関係ないよなぁ」
 盛大にため息をついた後、弱って髪をぐしぐしと掻き乱す。
「悪いが俺も混乱している。穂邑が初めて俺の前に現れた時、今の朝廷が狙ってやったかと思ったが、それは違った。じゃ、単なる他人の空似かと思えば、今回の事態だ。彼女も朝廷筋の姫だったし、帝の血筋でその子孫がとかなら幾分説明もつくようでいて、その実、よく考えなくても五百年も経てば赤の他人だろ。そもそも彼女に神代なんて無かったし、帝以外に出るもんじゃないってのは変わらねぇ」
「なんや。結局分からんのかい」
 蔵人も肩をすくめる。不満そうに酒天は見返すが、言い返しはしない。
 それまで話を聞いていた无が、ふと思い出す。
「鬼と姫。やはり伝承は真です?」
 酒天が鼻で笑う。
「どんな話かは知らんが、伝承は伝承。時間が経てば、真実とも違うものになるさ。そんな伝承でいいなら、帝以外にも神代を持つ者がいた昔話はある。初代の酒天童子とかな。――が、そも実在も疑わしい神話上のヤツラだ。眉唾な話には変わりない」
 結局また天を仰ぐ。
 そんな酒天に煉之丞が近寄る。
「分からない事を推測するのも大事ですが、今のなすべき事もお忘れなく。……酒天様は穂邑殿の側を頼みます」
「……分かった」
 促されて、酒天は不承不承に頷く。
 関係ないと頭で理解していても、昔知った顔に気後れしているようだ。
「思い違いなれば失礼をお許し願いたい。……機会があればどうぞ、貴方の思う節を彼女にお伝えを」
「何をどう告げろってんだよ。ただでさえ異常事態で手一杯だろうのに、これ以上推測めいた情報で混乱させてもしょうがねぇ。お前たちも、妙な話は伝えるんじゃねぇぞ」
 そっと進言する煉之丞に、酒天が苦虫を潰す。
 口調は荒く。彼女を気遣ってるようでもあり、罰の悪さを隠すようでもあった。


 港までの陸路は、滞りなく移動した。
 海に浮かぶ用意された飛空船は中型。動かす人員も手配されていたが、能力の高い開拓者たちが代行を申し出て、人員は極力減らされている。

「酒天は続けて『穂邑』の護衛を頼む。「子供」とやらが混ざれる開拓者より信頼できるってもんだぜ」
「ああもう分かった。任せとけ」
 リーブ・ファルスト(ib5441)が笑って、酒天の背中を押す。
 なんだか妙にやけくそ気味に立ち去る酒天を、柚乃は声をかけたそうにしていて……けれど結局何も告げずに見送る。
 『穂邑』に用意された客室は船の後方。柚乃とリーブが向かうのは船の前方、操舵室。
「操舵を取られては船をどこに持っていかれるかわかりませんもの。何としても守らなければ」
 柚乃は管狐の管を握り締めると、管狐の伊邪那が飛び出してくる。
 伊邪那はリーブを注視した後、柚乃にたしなめられ、お日様色の目を閉ざして集中する。不振な動きはまだ無い。

「船内に不振な瘴気はありません。……船員たちにもおかしな点は見られません」
 瘴索結界「念」で一通り調べまわり、菊池 志郎(ia5584)が報告する。
「積荷も点検終了や。食料も調べて異常あらへん。このままこっちの警備もしといた方がええやろか」
 貨物室から人妖・雪華を連れて蔵人が顔を出す。
 蔵人自ら毒見も済ませている。もし毒でやられても、その時は雪華が解毒をする為待機している。
「よし、では出航する!」
 船長の宣言と同時、出航の合図が港に響く。
「乗り遅れた者はないであるな! 階段を外すであるぞ!」
「ロープ回収終了。いつでも飛べ……うわっとと」 
 甲板警備をまとめていた浪志組や羅喉丸(ia0347)の間を縫って、空夫として動くウィンストン・エリニー(ib0024)と迅脚(ic0399)が慌しく動いている。
 積荷が崩れてないか。おかしな箇所は無いか。異常が無いのを確かめ、船内を駆け回る。

 機関室では、宝珠が稼動を始める。船が小刻みに震えだし、飛び立つ時を待つ。
「船内なのはありがたい」
 煉之丞はこちらの警備につく。重要箇所を守るのは当然だが、甲板に比べれば外を見なくていい分、ほっとしている。
 他の浪志組には甲板での警備を任せてある。志同じくする同志ではあるが、「子供」の入る余地を考えれば『穂邑』から離して様子見も必要になる。勿論外の警備も大事ではあるが。
「『穂邑』の傍には人妖を付き添わせている。向こうに何かあれば連絡が来るだろう」
 劫光の言葉に煉之丞も頷く。
 『穂邑』の傍には酒天に人妖の双樹のみ。いささか心許無くはある。
「何かあれば、私も駆けつけます。大丈夫ですよぉ」
 巡回していた白鳥(ic0386)が、顔を出す。

 船が揺れた。外の景色も動き出し、空が近くなる。
「動き出したか」
 九字護法陣を結んで、劫光は襲撃に備える。

 これより丸一日。空の旅となる。

 甲板では。遠ざかる港を下に見ながら、からす(ia6525)は用意していた茶をすする。
「さて、どんな旅路になるのやら」
 飛空船の高い場所からは、甲板で警戒する浪志組隊士も見える。彼らにも怪しい動きは無い。
 上空に行くほど気温も低く、風も強くなってきた。ずっと外では身体が持たない。適度に交代しながらも、外への警戒は続けられている。
「今の所、怪しい動きはどこにも無い。このまま何事も無ければ……」
 望遠鏡で遠くを見ていた羅喉丸を、同じく甲板で待機している甲龍の頑鉄が見つめている。何事もないなら、自分は何しに来たんだと言わんばかり。
「影武者とて大事な人員。一人とて欠けてはならんさ」
 例え対象が誰になろうと、これが護衛には変わりない。
 吹く風がまた一段と寒くなる。からすは身を震わせると、水筒を袂へと戻した。


 船は順調に風を捉えて進む。
 適時交代を取り、船の内外の警戒に
 警戒態勢でぴりぴりとした空気が船内に漂うものの、航海自体は今の所順調そのもの。いささか退屈とすら思われた。

 異変が起きたのは、航路を半分も過ぎた辺りか。

 観測員として、海月弥生(ia5351)は残念そうに空を見つめていた。
「風は強いけど今の時期ならこんなもの。計器の異常も無いし、視界良好。飛ぶにはいい日ね」
 雲の流れと、鳥の群れと。動くものはそれぐらい。広々とした空を、无と交代しながら注意深く見つめていた。
「あら?」
 その中に、一際大きな影の群れを見つける。視力をバダドサイトで上げると、鷲獅鳥だ。数は二十。
 いや、それは鷲獅鳥に似てはいるが――。
「五行の方角からだな」
 航海士から航路を確認していた无は、今の位置と方角を確認する。
「やっぱり、見逃してくれなかったか」
 肩をすくめると、弥生は船内に異変を伝える。
 鷲頭獅子――アヤカシ化した鷲獅鳥が接近している、と。

「来たか」
 その知らせを受け、どこか楽しげに酒天は太刀を手にする。
「無茶はなさらないで下さい」
「そっちこそ」
 用意されていた布団に、精霊武器を隠し持ち『穂邑』も万一に備える。
 双樹はそんな彼女の肩に止まって周囲に気を配る。
 食事を運んできていた丹桜もそのまま残り、身構えるが――。
「そういや、腹減った」
 ふと酒天が告げると、丹桜が持ってきたおにぎりに手を出す。
 柚乃が作ったという差し入れを、こんな時に遠慮なく食いついている酒天に、人妖とからくりすらも呆れている。


 鷲頭獅子の狙いはやはり飛空船。
「キエエエエエ!!」
 瞬く間に迫るや、その翼で衝撃波を起こし、強靭な鍵爪で切り裂いてくる。
「狙いは翼、足。アヤカシとて翼無く飛びまわれるものではない」
 からすは弓「蒼月」を構えるや、瞬時に狙いをつけて放っていた。流れる一連の動作にさしもの鷲頭獅子も虚をつかれる。
 しかも放たれた矢は、ぶれて惑わす朧月。卓越した射手であるからすが行えば、鷲頭獅子といえども躱すのは難しい。
 迅鷹の詩弩の助けも駆り、攻撃力を上げて鷲頭獅子を打ち抜く。
 観測室から飛び出し、弥生も星天弓で射る。素早く所作を済ませて、息をつく間も無く矢を次々と放つ。
 浪志組たちも武器を持ち、各々応戦している。若干サムライ・志士クラスの四名が苦戦しているようだ。
 というのも。
「攻めている、というより挑発しているようだな」
 ロングボウ「ウィリアム」を構える羅喉丸だが、本来は泰拳士。
 こちらに突撃してきたら、捕まえ投げ飛ばしてやろうと隙を窺うが、相手はなかなか近付いてこない。
「そうだな。こちらの死角に潜りこもうとするのは当然として、攻撃も甘い」
 飛び交う鷲頭獅子の行動を、からすは落ち着いて分析する。
「でも何故? 援軍の姿は見当たらないようだけど――」
 弥生が周囲を見渡すが、飛んでいるのは鷲頭獅子のみ。
 ふむ、と頷き、からすが鏡弦を弾く。
「――やはりか。中に瘴気の反応が複数ひっかかる」
「いつの間に」
 得た結果に、羅喉丸が舌打ちした。
「分からないが、こちらに戦力をひきつけて中を荒そうとでもいう魂胆だったのだろう。――詩弩!!」
 からすが声をかけるや、黒い迅鷹は飛び出す。
 隊士を爪で引っ掛け、即座に飛び過ぎようとした鷲頭獅子の前を詩弩が横切る。
 視界を遮られ、驚いた鷲頭獅子に頑鉄が頭突きをかます。
 防御を固めた甲龍からの一撃に、軽く鷲頭獅子は吹き飛ばされた。

 さらに一撃というところで、船が大きく揺れた。翼を持つモノはとっさに飛び立ち、持たぬ者は投げ出されないようとっさに踏ん張る。

 倒れる前に何とか踏ん張る。だが、体勢崩した相手に好機とばかりに、鷲頭獅子は爪を剥き襲い掛かる。
 崩れた姿勢のまま、羅喉丸は矢を放つ。別の方からも隊士たちの矢や術が飛び、鷲頭獅子をはね除ける。
「ここを終わらせれば、救援にもいけるし、中の仲間も楽になるか。――役目を果たそう。行くぞ、頑鉄」
 中の様子は気になるが、万一にもこの連中を入れてもならない。
 気合を入れて促すと、相棒も鎧を振るわせる重厚な声を上げた。


 船の周りを鷲頭獅子が飛び回る。
 各人警戒を怠らず、要所を動かずに航行を続けるが。
 
 操舵室。リーブに操舵を任せ、柚乃が警戒を続ける。一般人の船長と航海士の安全も考えなければならない。
 その船長たちは顔色こそ青ざめているが、元より襲撃は承知。開拓者たちの邪魔にならない位置で仕事を続けている。
 姿を見せたのは外の鷲頭獅子だけ。数が多く自在に飛ぶ彼らに、甲板警備の開拓者たちは大丈夫かと不安になっていると。
「伊邪那?」
 柚乃が召喚していた管狐が、耳を立てたかと思うや、いきなり動いた。
 操舵室の何も無い場所に飯綱雷撃を放つ。
 機材が置かれた影を撃つや、その影が大きく盛り上がった。影は、瞬く間に鬼の形になる。その数、二体。
「影鬼か!」
 影に潜み、動きまわるアヤカシ。潜まれると瘴気も消える為、見出すのが難しくなる。
「グルルル」
「ひぃ!」
 さすがに間近でアヤカシを見て、船長たちが腰を抜かす。
 動けない一般人たちには目もくれず、影鬼は操舵に必要な計器に拳をふるって暴れまわる。
「やめろ、船を落とすつもりか!」
「ダメです。下がって!」
 身の危険も忘れ、船長が飛び出そうとするのを柚乃が必死で止める。
「船長、下がれ。操舵交代だ! 高度を落とさず、まっすぐ進めばいい」
「はい!」
 柚乃に船を預けると、リーブは宝珠銃「エア・スティーラー」とピストル「スレッジハンマーEX」を構える。
 柚乃は操舵が動かないようしがみつくと、伊邪那の召喚に集中する。
「伏せていろ!」
 宝珠銃を影鬼に向けると、すかさず発砲。影鬼たちが躱したのを見るが、それは予測の内。即座に死角からピストルを撃つ。
 ショートカットファイアで装填すると、続けて発砲。
 残る一体にも、出来る隙も管狐が走り回り、あるいは雷を打ち、動きを阻害する。
「オオオオオォ!」
 抵抗に焦れたか。
 影鬼が吠えると、突進してきた。身の丈が倍ほどもある長身の鬼は、それだけでも迫力がある。
「くっ!」
 押し込まれ、リーブが跳ね飛ばされる。
 とっさに柚乃が精霊鈴輪を鳴らす。共鳴の力場で防御を高めて傷は軽減したが、壁まで叩きつけられる。
 体勢を崩した所に、さらに影鬼が拳を固めた。その手から瘴気が見えるほどに集められている。攻撃力を高めているのか。
 だが、その拳がリーブに届く前に。影鬼を風の刃が襲う。
「ガ!」
 明らかに切り傷を作った相手。仰け反った一瞬に、リーブは転がり出ると再び発砲。
 影鬼の一体が、面倒とばかりに船長たちに近付こうとする。人質に取るつもりか。
 しかし、その前に黒い壁が突如出現する。
「狭くなりますが、ご勘弁を。入り込んだアヤカシは五体。各所で暴れているようです」
「いや、ありがたいぜ」
 尾の無い管狐・ナイを伴って部屋に飛び込んできたのは无。先の風刃は管狐の仕業だ。
 結界呪符「黒」に阻まれ、視界も動きも制限される。けれど、跳弾や誤射を気にしないですむ。遠慮なく、リーブは影鬼に狙いをつける。
 无が短刀「濡衣」を構えるが、中級の鬼相手に接近戦をやらかすのも危険すぎる。五行呪星符を構えると、式を召喚。魂喰がアヤカシを蝕む。
「影鬼を影に入れるな。逃げられると厄介だ」
「伊邪那も、逃さないように気をつけて」
 ナイと伊邪那。二匹の管狐が険しくアヤカシの動きを見張る。


「危ない!」
 漏れ出た瘴気を感知して、志郎は機関手を引き剥がした。
 その足元から起き上がった影は、鬼の形を取るや太い腕が唸りを上げた。志郎が気付かねば、機関手の頭が弾け飛んでいた。
「もう一体がそちらに!」
「させるか!!」
 機関室は二部屋。もう一部屋にも気配が現れる。
 現れた影に、劫光が蛇神を召喚する。機関手をつかんでいた太い腕に、巨大な蛇が噛み付く。
「捕縛の必要は無いな。容赦無しだ。機関手たちは宝珠の制御を!」
 刀「蒼天花」を抜くと、煉之丞が影鬼に迫る。
 回避困難な流し斬り。さしもの影鬼も避けられずに、傷を負う。
 と、その目が煉之丞を睨むや、目にも止まらぬ速さで拳が繰り出された。
「ぐっ!」
 とっさに身を丸めると、小具足「迅雷」で受け止める。それでも無傷とはいかない。
 さすがは鬼。肉弾戦に長ける。
 煉之丞を殴りつける影鬼に、劫光は霊剣「御雷」で斬り付けた。
「がっ!」
 仰け反った影鬼に、すかさず煉之丞が刃を叩きつける。
「早くやっつけないと、航行に支障が出そうです」
 魔杖「ゾディアック」に忍者刀「風魔」を構え、志郎も応戦する。
 中級二体相手に、この場にいる戦力三名。機関手も抱えてやや荷が重い。
 武器から香る白梅香。触れる瘴気を浄化し、影鬼の姿を崩す。

 そこに、部屋の外から小さな姿が飛び込んでくる。新手かと焦るが、飛び込んできたのはウィンストンと劫光の双樹。
 双樹は暴れる影鬼に驚いていたが、すぐに気を取り直すと劫光に報告する。
「『穂邑』の方にもさらに一体。――応援に行くにも、それにもこいつらが邪魔か!」
 小さく舌打ちする劫光。
「では、そちらに向かった方がよいであるかな?」
 ロングソード「ガラティン」を抜いて、ウィンストンも構える。その目は影鬼を見据えながらも、機関手たちにも注意している。
 船内を駆け回る知らせによれば、人間側に不審な動きは見られない。ここの機関手たちもアヤカシに怯えつつ、船の安全を保とうと宝珠の制御を必死に行っている。
「いや、ここを落とされてもまずい。――丹桜もそちらか。よりによって、鬼が来るとは」
 煉之丞は自身の相棒を想い、そっと息を吐いた。
「では、急いだ方がいいであろうな。多少危険な手であるが」
 ウィンストンは了解すると、騎士の誓約を立てる。
 精霊の力を借りると、影鬼たちを挑発。いきり立ち、闘志に燃える影鬼は手ごわくなるが、その分防御が疎かになる。
「例え彼女が何者であろうと。守護する者は必ずや護り抜く」
 駆け込み殴りかかってくる相手に、ウィンストンは鋭く刃を切りつけていた。


 船の各所で鬼が暴れる。
 やはりいつも通りの航行とはいかず、船は不安定に揺れる。
「神代持ちでも、この高度から落ちればただではすまないだろうな。いやはや、五百年前にはありえねぇ話だよ」
 太刀を構えて、酒天は冗談めかして告げる。
 襲撃に際し、酒天も『穂邑』も共に巫女。瘴気を察知して最初の奇襲は上手く逃れたが、如何せん、中級相手に実力不足は否めない。
 神代にアヤカシは手が出せない。一体しか現れない辺り、船が落ちるまでの足止め役か。
「ウガアアアア!!」
 奇襲を見破られた後は、本能の赴くままに、怒り、暴れる。
 その姿に、丹桜が不愉快そうに眼差しを強くした。相棒双刀を強く握ると、舞うように斬りかかる。
 その刃は空しく風を切っただけ。
 軽く躱した影鬼に、さらに部屋に飛び込んできた迅脚が奇声と共に、足を振り上げる。
「あちょお!」
 片足を軸に、身を捻り、遠心力たっぷりに蹴りつけるも、影鬼はやはり簡単に躱しその拳を叩き込む。
 軽く吹き飛ばされ、迅脚は壁に叩きつけられて倒れる。
 続けて爪を食い込ませようとした所で、船がぐらりと揺れた。思わず、誰もが体勢を崩す。
「私には好機ですけどね」
 天狗駆けで、揺れる足場にもすぐに対応し。白鳥は体勢崩れた影鬼に大薙刀で斬りかかる。不意をつかれて、さすがの影鬼もこれを躱せない。
 けれどもその傷は浅い。その身を傷つけるにも力不足という事か。
 酒天が光弾を放つ。そちらに目がそれた間に、迅脚に『穂邑』が駆け寄ると傷を癒す。
「あいたた。一対一なら負けないと思ったんだけどなぁ」
 ふらつきが残る迅脚だが、寝てもいられない。次の一撃をどう入れるか。距離を置いて、睨み合う。
「実力差がありすぎらぁ。ったく、面倒臭ぇ」
 嫌そうに顔をゆがめる酒天。
 間合いを測るように、影鬼も距離を置いている。
 この差が開きすぎてもダメだ。影に逃げ込まれたら、次に現れるまで居場所が分からなくなる。
「さて。どうするか」
「相手は鬼。物理攻撃よりも非物理の魔法の方が効いてるようですね」
 呟く酒天に、白鳥は告げる。
「じゃあ、攻撃は任せた方がいいかな。私は影に逃げないよう足止めさせてもらおう」
 迅脚が気息を整えると、再び影鬼に迫る。
 性懲りも無く。そう鼻で笑い、影鬼は拳で迎え撃ってきた。
 その軌道を見極め、するりと迅脚は躱す。
「早々何度も食らうと思うなよ」
 目を見張る影鬼に、素早くステップブーツで蹴り上げる。
 けれども、それはやはり躱される。
 白鳥が荒童子を仕掛ける。途端に影鬼が苦痛の呻きを上げる。
「やはりこちらの方が効果ありですね」
 大薙刀を構え、白鳥は表情を険しくしていた。


 飛ぶ鳥を落とす勢いで、矢が放たれる。迂闊に近付いた者は甲板に引き釣り落とされる。
 鷲頭獅子の群れは数が減じるに連れて、状況の悪さを理解し、数体が逃げたようだがそれを追うまでも無い。
 内部に入り込んだ影鬼も、間も無く駆逐した。けれど、どこかにまだ潜んでいる可能性もあり、警戒は続いた。
 治癒の技を使う者によって、受けた傷も癒される中、弥生は飛空船の破損箇所修復に空夫役と共に走り回る。
「目立つ傷は無いようだし、大丈夫だと思うわ。元々武装して頑丈には出来ているもの」
 一応見回るものの、不安は尽きない。だから港が見えた時、誰もがほっと胸を撫で下ろした。
 
 無事に着水して、船員たちとは港で別れ。再び陸路で遭都の都を目指す。
 その道中も警戒に当たるが、空での襲撃以降は滞りなく、無事に都へとたどり着いた。

「皆様、ありがとうございました」
 周囲に人目がない事を見極めてから、『穂邑』はようやく満面の笑みを見せる。それは穂邑とは違う、彼女自身の笑顔だった。
「結局、『子供』は来なかったね」
 浪志組にも開拓者たちからも裏切る気配は無く。
 ほっとするやら残念やら。迅脚が告げると、皆も複雑な思いで顔を見合わせた。
 アヤカシたちだけでいいと踏んだのか、それとも他に理由があるのか。
 何にせよ。戦わないですむならそれでもいい。
「命は一つ。無用な殺生は避けるに越したことはありません」
 白鳥が憂う。
 今回は戦わずにすんだが、穂邑を取り巻くこの状況。生成姫の思惑次第で、いつまた彼らが動き出すか分からない。
 命すら投げうつ狂信的な――いや、献身的な暗殺者。
「穂邑の神代自体、そう簡単な話やないやろからなぁ」
 蔵人が天を仰ぐ。

 依頼は無事に済んだが、事態は何一つ解決していない。ただ今は、穂邑の負担が少なくなるよう願うばかり――。