【希儀】危険な魔神見物
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/27 18:44



■オープニング本文


 希儀の輪郭が浮かび上がり始めた。
 温暖でからりとした気候、蛇の姿をしたアヤカシと戦う人々の姿、あるいは土地を捨てる人々――そして石灰や大理石を用いた彫刻品、美術品の数々。難破船と共に希儀へ訪れた人々はようやく静かな眠りに付いた。
「問題は、魔神不死鳥と嵐の門だ」
 ギルドの職員たちが地図を見据えた。
 皆、資料を抱えて頬を寄せ合う。
「魔神封印は、現在遺跡深部へ向かって展開中、か」
「……アル=カマルからは、例の物は届いてる?」
「ええ、確かに。アストラ・インタリオ。妙な水晶です。内側から掘られているようで、中を覗くと星空が映るんです」
「飛空船の出港準備も概ね順調ですよ」
 口々にそれぞれの管轄を報告し、大伴はうんうんと小さく頷いていた。
「なるほど、順調じゃな。しかしこう順調であると……」
「いけません、大伴様。それ以上は言わないで下さい。それは『ふらぁぐ』と言うそうで。言霊のようなものだそうですよ」
「ほう。なるほど、験担ぎというわけじゃな」
 大伴が大仰に頷いてみせると、職員たちは顔を見合わせて笑った。ではもう一度確認を――急報が舞い込んだのは、明るい雰囲気の中、彼らが資料を机に積み上げたまさにその時のことだった。


 開拓者ギルドに、酒天童子のはつらつとした声が響く。
「という訳で、魔神戦、いっくぜえええー!」
「行くか! ぼけっ!」
 腕振り上げて気合を入れる酒天を、後ろから思い切りギルドの係員が叩きこむ。
 ……一年ほど前は賓客扱いだったのに、もはや遠慮も何もない。
「なんでだよ。出港準備が整って、嵐の門の位置も分かって今の所の邪魔はあいつぐらいだろ。とっとと片付けようぜ。でないと資料整理とかばかりさせられて暇でしょうがねぇ」
「お前の暇潰しに、魔神に挑んでどうする」
 気合十分の酒天に、深々と係員が息をつく。
「いいか。魔神『ふぇねくす』は、封印準備が進んでいる。嵐の門を開ける必要な品もアル=カマルから届いたし、後は封印完了まで待つだけだ。余計な事はするな!」
「はぁ? そんな消極的でいいのかよ。封印解けたら出てくるぞ」
「誰かさんみたいにな」
 皮肉を込めて係員は睨みつけるが、相手は分かった上でへらへら笑う。
「だが、その時はその時だ。大体、今度の魔神は『不死』だ。近寄る相手は火炎で焼き尽くし、自身は傷を受けても炎の中からたちまち蘇るという火の鳥。そんなものにちょっかい出してどうする!」
「傷が入れられるなら、がんばりゃ倒せるだろ。そしたら今後を考える必要もない。それが無理だとしても、必要な記録は残しておけば後世の役に立つってもんじゃないか?
 なんにせよ、相手も見ずにさよならなんざ、弱気にもほどがある」
「そんな甘い奴じゃないだろ」
 鼻で笑っている酒天童子に、係員は頭が痛くなる。どうしてこうも無茶が好きなのか。
「希儀でも何があるか分からんし、下手に死傷者を出して戦力を低下させたくないってのもある。魔神からの影響が出るとは思えないが、下手な手出しが封印失敗に繋がったらどうしようもない。いいから、おとなしく見てろ!!」
「ふーん」
 顔を真っ赤にして怒鳴りつける係員に、白い目を向ける酒天であった。

 ……が。

「おとなしく見てろ……ねぇ。じゃ、おとなしーく見物させてもらうとするか」
 ギルドを後にした酒天童子。にやりと笑うと竜舎に向かう。
 開拓者として登録している以上、酒天自身も騎竜を持つ。飛び乗るや、場にいる開拓者たちに声をかける。
「嵐の門に向かう! 封印がきちんと成功するか、しかと見定めてやろうじゃないか! まぁ、近寄れば魔神が襲ってくるだろうし、そうしたらこっちもちょっかい出さにゃならんだろうがな!」
 高らかに告げて酒天は飛び立つ。
 唖然としていた開拓者たちだが、やがて失笑を漏らす。
 勿論、危険を避けて儀式による封印は最善の策だろう。
 その一方で、やはり相手も見ず、戦わずして先に進むのを良しとしない者もいる。
 酒天の言い分は詭弁ではあるが……だがまぁ、本当に封印されるかは確かに気になる。見届けたくもある。
 かくて、開拓者たちも空へと旅立つ。その胸中は様々。
 けれど、向かうは危険な嵐の門。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
斑鳩(ia1002
19歳・女・巫
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
喪越(ia1670
33歳・男・陰
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
アルネイス(ia6104
15歳・女・陰
月代 憐慈(ia9157
22歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
賀 雨鈴(ia9967
18歳・女・弓
ハッド(ib0295
17歳・男・騎


■リプレイ本文

 新たなる儀――希儀。
 至る嵐の門に、立ち塞がるは魔神・不死鳥ふぇねくす。
 不死といわれるその存在を倒す事は不可能とされ、封印する手段が選ばれた。
 必要な品も入手し、嵐の門ともども後は仕上げをまつだけ――ではあったが。
 それに納得しない者もいる。

「まあったく。訳の分からん相手を訳も分からんまま無かった事にしようなんざ甘いってもんよ。あのおんぼろ飛空船もそいつにやられたってんなら、せめて一矢報いるなりするべきだろ」
 駿龍を駆り、ぶいぶい文句を垂れているのは酒天童子。封印結果を見に行くと飛び出しはしたが、因縁付ける気満々である。
「えーと、一つ確認なんだけど、今回の依頼主って……ぺこちゃん?」
 龍舎から飛び出した酒天を見て、急いで仕度を整え自身の炎龍ヒムカで追いかけてきた柚乃(ia0638)だが。身の置き所が気になった。
「ぺこ言うな。依頼も何も飛び出してついて来ただけだろ」
「誘ったのはそっちなのに。じゃあ、危険な目に合うのにただ働き?」
「んな事するかよ。ギルドにゃ事後承諾でも魔神の調査をしてきましたとか情報売れば、飲み代ぐらい分捕れるさ。ギルドがダメでも、朝廷なり瓦版なり、今なら売り先は選び放題だ」
「……たいして働いて無さそうなのにお金に困ってないのが、分かった気がする」
 がっくり肩を落とす柚乃は、そのまま目線を酒天の駿龍に向ける。
 手のかかる主人を持って大変そうだね、と目だけで告げると、向こうも全くだと言わんばかりに疲れた目を向けてきた。
「三成んの時はどのように封印するのかわからんかったが、今回は天儀王朝が隠しておる技術の一端を見れるかもの〜」
 駿龍・とびとかげと共に、期待に胸膨らませているハッド(ib0295)だが。
「あ、封印自体は別の場所らしいぜ。なんか遺跡がどうたら」
「なんじゃつまらん」
 酒天からの指摘に鼻を鳴らす。
「では封印自体を観察するのは無理か」
「そうなるな」
 劫光(ia9510)の言葉に、酒天は天を向く。
「まあよい。封印されていくふぇねくすを監視できるならそれもよかろう」
 ハッドはすぐに気を取り直して胸を張る。悩んだ所でよい結果にはならない。
「そうですね。それに、今回の話は封印をして終わりにならない。そんな予感があるのです」
 甲龍・かつぶしに乗って。炎を纏う幻影に包まれている斑鳩(ia1002)は、その温かな見た目とは裏腹に軽く身震いをする。
「根拠は?」
「ありません。けど、なんかこう……」
 問われて答えようとするが、うまく答えられない。
「ま、順調に行き過ぎて、確かに調子に乗りすぎてる感じはするよな」
「そうね。良い予感はしないわね」
 軽く言い放つ酒天に駿龍を並べ、賀 雨鈴(ia9967)は目を細める。
 封印に邪魔が入る可能性はある。たとえばこの酒天とか。思わぬちょっかいが儀式にどう影響するか分からない。
 知ってか知らずかギルドの係員が上げた懸念を雨鈴も持ち合わせ、であるが故について来た。余計な真似はしないように……。


 飛び出した時は穏やかな秋の空だったのが、嵐の門に近付くにつれ風が強くなり、やがて雨も混じり出す。
 いまだ開封されてない門に飛び込めば天候はさらに悪化し、雷鳴轟く暴風雨にさらされるのは分かっている。吹き飛ばされ落ちれば勿論命は無い。対策として、開拓者たちは自分たちと相棒をしっかりと縄などで縛りつける。
「はーい。防寒具は着込んだかー。弁当は持ったかー? おやつと酒は300文までやでー。はぐれそうになったらこれ目印にしてやー」
 八十神 蔵人(ia1422)がいつの間に用意したのか、龍旗を翻す。だが、それも風に弄ばれ、飛んで行きそうだ。炎龍の小狐丸は必死に風に乗るが、不安そうにしきりに蔵人を振り返ろうとする。前方不注意で危ないと蔵人はたしなめるも、どうにも不安らしい。
「酒300文って少ないだろ」
「無茶言いな。そもそも遊びに行くんちゃうやで」
 酒天が顔をしかめている。
 どこまで本気か冗談か。呆れる蔵人に、雨鈴も大きく頷く。
「そうそう。寒い時に温める程度があればいいの。準備はしてるから必要な人は言ってね」
「気合い入れに寄越せ」
「ダーメ。必要になったらって言ったでしょ」
 どうやらどこまでも本気らしい。図々しく出してくる手を、雨鈴は追い払う。
 そうする内にも天候はますます悪化していく。言い合う声もかなり声を張らねば吹き消されていく。
「魔神の姿を確認するには『門』に近付いていく事になるんかねぇ。魔神見たさに飛び出してきちまったが、この雷雨だと鎧阿の紅葉は早く見納めになっちまうかも知れねぇなぁ」
 背中のお花畑に埋もれながら、すまんのぉ、と喪越(ia1670)は甲龍を撫でる。長年かけて根付いた植物はすでに風に飛ばされそうだ。
 門に入ればさらに天候は悪化する。加えて魔神との接触――それは交戦を意味する。
「まずは魔神の姿を確認しておきたいな。不意打ちなんて食らったら洒落にならない。戦闘もなるべく避けないとこの人数でどうこう出来るとは思えん」
「消極的だな」
「飛び込みたいなら止めないけどな。遠くから眺めさせてもらうわ」
 やる気な酒天に、月代 憐慈(ia9157)は軽く手を振る。
「そういえば牌紋の時にはまだ封印中でしたっけ」
 斑鳩が身に着けたマフラーを強く握り締める。
 それは魔神・牌紋が残した遺物。戦功を鑑みて斑鳩の手に渡ったが、その勝利は何も彼女一人で成し得たものではない。どれだけ多くの人が関わり、挑んだ結果か。
 それを思えば、この人数では無茶は出来ない。好奇や期待は勿論あるが、それも命あっての物種だ。
 

 門の中は、予想通りの天候になった。
 吹き荒ぶ風に叩きつけてくる雨。空間を引き裂く雷は雷光も危険だが、雷鳴も重低音を伴い体に打ち付けてくる。
 翼を広げれば吹き飛ばされ、畳めば落ちる。必死に風を捕まえて安定を図る竜たちに、開拓者たちも捕まり続けるのが精一杯。
「離れんなやー! 豆王様御一行はこちらやでー!!」
「誰が豆王だ!」
 旗をふる蔵人に、酒天が声を荒げる。
 何人もが人魂を用いて周囲を見張るが、小さな式は風に飛ばされ龍たちよりもさらに行動に苦戦している。
 それでも警戒は怠らない。もはやここは敵の――魔神の陣地。一瞬の隙が命取りになる。
「来るぞ!」
 雲の中に吹き飛ばされた式を通じ、劫光は不自然な輝きを見た。
 その意味を悟るや、炎龍・火太名から顔を上げて叫ぶ。
 言い終わる前に、周囲が明るくなってきた。
 嵐の勢いそのままに、雨は少しずつ量を減らし、雲には濃い陰影が落ちる。濡れて凍えていた寒さも和らぎ、周囲は熱を帯び始める。
 接近に備え、開拓者たちは護りを固める。
 そんな事は気にも止めず、魔神は開拓者たちの前に姿を現す。
 立ち込める雲を吹き飛ばし、雨を蒸発させ、荒れる風に熱を運ばせる炎の塊。さながら地上に降りてきた太陽で、遠く距離を置いても目が眩む。
 広げた翼は一体どれだけの大きさか。羽毛か火の粉かを飛び散らしながら、不死鳥ふぇにくすは一際鋭く鳴いた。
「一応警告をしてくれてるようね。どうする?」
「決まってるだろ。先手をくれるならありがたく受け取るべきだ」
 さりげなく前面に出ていた雨鈴を越えて、酒天が駿龍で飛び出す。
 けれど、その前をさらに火太名が滑り込んでくる。
「邪魔だ!」
「いやいや。依頼主様を護らない訳にはいかねえかんなぁ」
 怒鳴る酒天に、劫光はすっとぼける。
「などとのんびりしている場合ではありませんよ」
 フェルル=グライフ(ia4572)が声を上げる。
 立ち去る気配無し、と判断した不死鳥がその体を一際大きくする。纏う輝きをさらに強めて、魔神が距離を詰めてきた。
「退避――!!」
 迫る火炎の塊は洒落にならない。駿龍・黒主の首を引くと、憐慈は門から出るよう指示を出す。さすがに誰からも文句は無い。
 各々全力で天儀に向かい逃げる開拓者たち。
 その只中に、不死鳥は追いつき、飛びぬける。巨大な体から溢れる高熱が間近を通る。直撃は避けたが、熱を吸い込み喉が痛む。なるべくの防御は整えたはずだが、どれだけ効いているのか。
 飛びぬけた先で不死鳥はすかさず反転した。またもや突っ込んでくる。
「この!」
 移動を文采に全面に任せ、雨鈴は神弓「サルンガ」を構える。番える矢は精霊の力で狙いを付ける。その分ダメージは減るが、まずは撹乱。次々と射る。
 不死鳥は避けもしない。幾つかが届く前に燃え尽き、幾つかはまともに刺さるが、委細構わず飛びまわる。
「こうなったら、これはどうでしょう!」
 アルネイス(ia6104)が黄泉より這い出る者を召喚する。
 瘴気回収で周囲の瘴気を薄く出来るか試していたが、元より周囲に影響をもたらすほどの技でも無い。
 不死鳥が蘇生する際に仕掛けてみたかったが、今のままでは奴を瀕死に追い込む前にこちらが昇天しかねない。
 見えない攻撃に不死鳥も一瞬動きが揺らいだ。すかさず、憐慈が呪縛符を放つ。
 不死鳥の動きが止まる。その隙に、一旦門から抜け出そうと相棒たちは飛速を速める。
 けれど、その背後。不死鳥が高らかに鳴いた。
 大きく開かれた翼が黄金に輝く。
 翼を一打ち。
 生み出された膨大な炎は全周へと広がり、爆風を伴ってすべてを吹き飛ばしていた。
 

「生きてるかー」
「な、なんとか……」
 よれよれの駿龍から酒天が声をかけると、ちらほらと返事があった。
 熱風に飛ばされた拍子に門から転がり出た。相棒たちも完全に体勢を崩し、追撃されればたちどころに全滅していただろう。
 だが、侵入者が門から出ればそれでいいのか。魔神は追って来なかった。
 門の境界付近。威嚇している不死鳥の姿が、やがて流れてきた雨雲の向こうに消えていく。
 雲は厚く視界を阻むが、時折ちらちらと動く光と炎が噴き出している。吹く風もどこか熱い。
 何より鋭く殺気だった気配は嫌と言うほど感じる。近くにいるのは間違いない。
 今の内にと、フェルルが閃癒をかけて回る。

 しばし小休止。
「ヒムカにも負担かけるね。でも、頼りにしてるから」
 炎龍を優しく撫でると、柚乃は髪を一旦解き、また束ねなおす。不死鳥の熱でか、雨で濡れてたはずが綺麗に乾いていた。
「焼きかつぶしにならなくて良かったです」
 斑鳩もほっと息をつく。ただでさえ鰹節みたいな相棒が、さらに美味しそうな見かけになるなとちらと頭を過ぎったが、それは口に出さない。
「観察どころではないかもしれませんねぇ」
 アルネイスは駿龍・タノレッド(殿)に、少しでも体力が回復するよう、持ってきた食料を渡す。夢中でそれを腹に治めたタノレッドは、振り出した雨になにやらほっとしている。蛙模様だから、でもなく、あれだけの熱風を受ければ冷たいこの雨は心地よい。
 相変わらずの暴風も、門の中に比べればまだまだそよ風に思えてしまう。
 蘇生する不死鳥を見たかったが、相手にするだけでこちらが危うい。
 門から追い出された開拓者たちは、追いかけてきた開拓者たちと合流し、今はその数を増やしている。戦力増加でいざ再戦、も期待したが、酒天たちを連れ戻しに来た後続組は同時に厄介な事態が進行している事も知らせてきた。
 すなわち、アヤカシたちが不死鳥封印後に門を突破すべく、集まってきている。
 このままでは不死鳥にやられるか、アヤカシにやられるかのどちらかになりかねない。
「つまりー。わしらの努力に便乗する阿呆がおる、と……。どするー酒天? 魔神で暴れられなかったついでに、やるか?」
 軽く笑いながら蔵人が呼びかけるも、酒天は珍しく真顔で考え込む。
「アヤカシ側も気になるが、封印も気になるな。何も起きないといいんだが」
 不死鳥に聞かれるのを恐れるように、声を低める。
「そういえば、魔神や嵐の門について何かご存知です? なぜ、儀は門で隔てられて、門番がいるんでしょう」
 飛び出し防止でやはり、門と酒天の間で待機しているスヴァンフヴィード。その真白き鷲獅鳥の背から、フェルルは気をそらせる為に話しかける。
「いや分からん。門や魔神については、俺よりもお前らの方が詳しいんじゃないか。もっとも詳しそうな奴には心当たりがあるけどな」
「朝廷の連中だな」
 ハッドが告げると、その通りと酒天が頷く。
「全くあの秘密主義はどうにかならねぇもんかねぇ」
 うんざりとする気持ちは、開拓者たちにも分かる。
「分からないといえば。アヤカシが門を越えたがる理由が分からなくて不気味ですよねぇ……」
 フェルルは周囲を見渡す。
 不死鳥を警戒して、アヤカシたちはかなり距離を取り隠れているらしい。視認出来る範囲に怪しい姿は無い。
「それは単に新しい儀に興味があるんじゃないか?」
 いかにも口から適当に酒天が答える。
「そうだとしても、私たちのような好奇心とか探究心とかじゃないんでしょうね」
 雨鈴が顔をしかめる。希儀がどんな場所かはまだ分からない。だが、無闇にアヤカシが荒らしていい場所でないのだけは確かだ。


「へい、リーリーリーリー……のぉお!!」
 謎の掛け声をかけ、鎧阿に門へと近付いてもらう喪越。が、不意の突風で煽られ予定以上に竜が門へと迫った。
 途端、飛んでくる火炎球。鎧阿は体重を利用し風を切って落下すると、今し方いた場所で炎が弾けた。
「おー、危なかったー。ありがとよ、相棒」
 胸を押さえながら、喪越は甲龍を労う。
「ふぅむ。やはり門からは離れぬようじゃな」
 十分な距離を開けて、ハッドは望遠鏡で不死鳥と門周辺を監視。
 門の入り口ではなかなか立ち去らず、時には近付いてくる開拓者たちを威圧するように、不死鳥は姿を見せて旋回し続けていた。
「野生動物とかち合った時みたいだな」
 じりじりと、相手の動向を確かめながら憐慈も黒主と共に近付いていく。
 ある程度近付けば警戒を露わに攻撃姿勢を取って威嚇。それを無視してさらに近付けば、容赦ない炎が注がれる。距離はあろうと、向こうも遠距離の攻撃に不自由していない。
 それで離れればまた大人しくなるので、本当に門を守るのが第一なのだ。
 気になるアヤカシたちも一向に姿を現さない。後続組から何人かがそちらに仕掛けにいったが、接触から逃げ回っているのだとか。
 からかうように不死鳥の相手をしつつ、ただ時間だけが過ぎていき。

 変化は唐突に始まった。

 不死鳥が鋭く高く鳴き叫ぶや、その体が業火に包まれる。
 近付きすぎたかと憐慈は駿龍を急いで遠ざけるが違った。
 何かの攻撃か、と、戦慄と共に身構えたが……違う。むしろ生まれた炎は不死鳥を焼きつくように飲み込んでいく。
 火勢は凄まじく、歴戦の開拓者たちですらさすがに怯む。
 炎から生まれ、炎と共に在った鳥が、炎へと消えていく。再生する事も無くその身は崩れていき、火の粉のように羽毛が舞い飛び、門から落ちてくる。
 鳥の上げる声は断末魔に近かった。
「封印が成功した――か?」
 酒天がはっと声を上げた。
 そういえば、そんな時間か。
 見回しても暴風雨で太陽などの動きは見えず、魔神と対峙する緊張で時間の感覚も狂っている。けれども、そろそろ発動していい頃合だった。
「残念ですわ。かの能力をもっと調べられたら、新しい術を生み出せる可能性もあったかもしれませんのに」
 残念そうに、アルネイスは崩れていく不死鳥から目を離さない。
 不死鳥の変化に驚き、怯え、あるいは興奮する騎獣たちを宥めながら、開拓者たちは炎に消える魔神を見届けていたが……。

――永きお勤め御苦労様、不死鳥。

「痛い!!」
 声が響いた。嵐にも飛ばされず――いや、嵐など関係なく、その声は直接頭の中へと叩き込まれてきた。

――あなたの役目はもうおしまい。門を守る必要は無い。

 まだ幼い、少女のような声。それが不死鳥へと語りかけている。
 その言葉が響く度に、酷い頭痛が開拓者たちを苦しめる。目が眩み、手綱を持つ手も痺れ、座っているのすら苦しい。滑り落ちそうになる主人を相棒たちは雨風と戦いながら懸命に支える。

――さあ……、還ろう……無へ。
 
 淡々と、何の抑揚も感情も無くそれは告げる。

 業火がさらに激しさを増した。炎は暴れる不死鳥を押さえ込んでなお燃え盛り、天も地もこの嵐もすべて燃やし尽くすかの如くに膨れ上がると、閃光と共に一気に弾け飛んだ。
 吹き荒れる炎は開拓者たちのいる場所にすら届いた。けれどそれも一瞬。その一瞬を耐え抜き、顔を上げれば、不死鳥の姿はどこにも無く、魔神が放っていた威圧感も消え失せていた。

「今の声は、一体……」
 まだ残る痛みを無理矢理振り払い、憐慈が周囲を見渡す。他の開拓者たちにしても同じだ。
 あの声は誰か。
 先んじて乗り込んできたアヤカシを疑い、呪声のような攻撃を怪しむも、嵐の空のどこにも自分たち以外の存在は見当たらなかった。
 

 魔神は消えても、嵐は止まない。封印と門の解放はまた別。そちらは今、どうなっているのか。
「ああ、あかん」
 魔神のいなくなった門を見ていた蔵人が、慌てて小狐丸の手綱を引いた。その横を、駿龍が飛び出す。
「我輩たちに任せよ。――とびとかげ、急げ! 全力だ!!」
 同じく気付いたハッドが、相棒を急がせる。
 不死鳥が消えた空間。風にもまれながらも落ちていく真っ赤な羽毛。
 そして……。
 風にも負けず高速飛行で近付くとびとかげ。その背からハッドは落ちていくそれに手を伸ばす。しっかりそれを掴むと皆の元へと無事に戻る。
「何だ?」
「短剣だ。柄に嵌まっているのは宝珠か」
 誰のものでもない剣は、不死鳥の消滅と共に現れたという。
「それと、念の為に羽根も回収しといたわ。――魔神の羽根だけあって結構おもろいで、これ」
 蔵人が羽根を擦ると、小さな火が点った。たちまち羽根は燃え上がり、芯を残して消える。何の役に立つかは分からないが、ギルドへの報告には十分だ。
「おいおい。そんなのんびりしてる暇はねぇぜ。どうやらアヤカシどもも、封印成功に気付いたようだ。用が無いなら、とっととおさらばしようぜ」
 喪越が声を張り上げる。
 見れば、アヤカシたちがこちらに迫ってきている。そう思う間にも数は増えていき、みるみる近付いてくる。
「魔神の遺物も回収したし、アヤカシも寄せ集めやって分かったら情報は十分や。深追いはせんとき」
「といってもこっちも門から出るし。あっちは門に向かってくるしー。幾ら空は広くても逃げ場は無さそうだぜ」
 蔵人が告げるも、酒天はからからと笑う。
「ここを通せば、希儀に迷惑がかかります。フィーも手伝い、お願いね」
 全滅できそうな数では無い。ならば、少しでも味方に怪我が無いよう、そして向こうに渡るアヤカシを減らせるようにと、フェルルはすでに敵を見据えているスヴァンフヴィードに語りかける。
「やはり荒っぽくなるか。頼むぞ火太名」
 すでにどのくらい空にいるだろうか。疲れているだろうに、炎龍は微塵もそんな素振りも見せずに鳴く。
 劫光はそんな相棒を軽く労うと、ひとまずは酒天のそばについた。
「ここで命を落としたら……お酒は全部没収するからね」
 釘を刺す柚乃に、酒天は口を尖らせたが、
「まぁいいさ。死ななきゃいいだけの話だ」
 やっぱり我先にと飛び出していく。

 門に迫るアヤカシたち。もう一仕事とばかりに開拓者たちは疲れた体に鞭を打つ。