【混夢】蛙面人
マスター名:からた狐
シナリオ形態: イベント
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/27 22:13



■オープニング本文

※このシナリオは【混夢】IFシナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。

「悠久の時を越え、現世に復活酒天童子! なお、このシナリオではサケゾラ ワラベコであり、本編とは一切合切全くちっともぜーんぜん関係しない事を宣言した上で――助けなさい、この野郎!!」
「一体、いきなり何なんだー!?」
 開拓者ギルドの扉を蹴り倒し、一人の修羅が飛び込んできた。勢いのまま、ギルドの係員の首を締め上げる。
 すったもんだとしている所へ、さらに巨大な影がギルドに飛び込んできた。
「見つけたおらの救世主ー♪ 恥かしがらずに助けてケロォ」
「するか、ボケェ!!」
 ぴょんと飛び跳ね飛び込んできたのはジライヤ――いや、単なる巨大な蛙か!?
 宙を舞う大蛙。勢いのままにフライングボディアタック。
 危険を感じた童子は、締めていた蛙に係員を突き飛ばすと、一足飛びでその場を離れた。
 哀れ、大蛙に潰される係員。
「しくしくしく。どうして逃げるぅ! おらはただ呪いを解いて欲しいだけケロォ」
「よし、じゃあそいつに修行つけて巫女にするからそれで呪いを解いてもらいなさい!」
「タイプじゃないからヤダ」
「我侭な奴だなぁ。呪われた姿のままでいいのか!」
「嫌ケローン! だからあなたが解いてケロー」
「ゴメン被る!!」
「俺を盾にするなー! つーか、話が分からん!!」
 迫る大蛙と嫌がる童子と。間に挟まれて係員が悲鳴を上げる。

 しこたま殴られて、大人しくなった大蛙がギルドに正座する。
「ううう。実はおらはこう見えてもただの人間で、あちこち旅をしていたケロォ。こうなったのは旅の途中で寄った寂れた港町が原因ケロォ」
 涙ながらに大蛙は話し出す。

 旅の途中で妙な街の話を聞いた。
 あそこの港町は変な街だ。行かない方がいい。特別な産業も無く生活も出来るか怪しいのに、街の人がいなくなる様子が無い。そして住む人々も何だか目がぎょろりと飛び出て大きな口で蛙のような顔をしていて気味が悪い。
 実は本当に人間でなく鱗と水かきがついているとか、夜な夜な奇妙な祭りを開くとか、海に不気味な巨大生物を飼っているとか怪しげな噂がてんこもり。
 噂も悪意に近い気味の悪いものばかりで、街ごと嫌われているのがよく分かった。
 興味を引かれた旅人は、近隣の村で止められたにも関わらず、その港町を訪れてしまった。
 なる程、確かに住人は奇怪な蛙面をしていた。宿はあったが出される食事も生臭く、食べれたもので無い。
「夜は外出してはならない。早く休んで下さい。さもなくば恐ろしい目に合います」
 部屋に案内される際、蛙面の主人からそう告げられたが、それは好奇心をかき立てるだけだった。
 そして夜更け。眠ったふりをして見張っていると、街の人々が出歩くのを見た。
 止せばいいのにこっそりついていくと、海に面した巨大な建物に入っていく。
 中は普通の建物だったが、隠し扉があり、さらに地下へと続いていた。
 長く湿った階段を下りていくと、人の言葉と思えぬ声が聞こえた。
 大きな空洞に、潮の香り。海と繋がっているらしい巨大な地底湖が広がっていた。
 側には気味の悪い――恐らく祭壇があり、街の人全員が集まってもまだ余裕のあるその空間で、人々は祈りを捧げているようだった。
 そしてその祈りに応えたか、地底湖からそれは姿を現した。
 広大な空間を一気に手狭にしたそいつは、魚にも似た蛸にも似たこの世の者とも思えない奇怪な生物。見た事も無いおぞましい姿をしていた。
 蛙面人は歓喜に湧いたが、旅人は思わず悲鳴を上げた。
 その声で、祈りも歓喜の声も遮られた。そして街の人が一斉に旅人を見た。
 怒りの声は、もはや人の声でなかった。
 ずるり、と奇怪な生物が触手を伸ばしてきた。街の人も追って来る。

 それから旅人は自分でもどうしたのか分からない。ただ、必死で逃げた。逃げて逃げて――逃げ切った。
 しかし、気付けばその姿は蛙に変わっていた。

「ジゴージトクじゃーん。救済の余地なし」
「それもそうだが。それでどうしてこいつに言い寄る羽目になった?」
 童子が鼻で笑うのを哀れみ、係員は宥めて大蛙に尋ねる。
「蛙に変えられたらチッスで元に戻るのがお約束ケロォ。巫女さんから祓ってもらったら、効果抜群に違いないケロ」
「それはてめぇの勝手な思い込みだろうがっ! 大体、蛙の戻り方は壁に投げ付けられて潰されるはずだ!」
「そんな痛い思いはごめんケロォ!! 減るもんじゃなし、一発ちゅーっと頼むケロ」
「ええい、まずは他の奴から試せ! ただの人間でも効果あるかも知れないだろ」
「イヤーケロ。チューの相手は選びたいケロォ」
「俺を巻き込むなー!!」
 大口突き出して迫ってくる大蛙に、係員を盾にして身を守る童子。盾にされた係員も、大蛙から精一杯仰け反る。
「大体、そういう場合、大元を倒すとか呪いを解くグッズが本部にあるとかがセオリーだろうが。とすれば、さっさと港町に戻って探ってこーい!!」
「それも嫌ケロ。あんなグロゲチョをもう一度見るぐらいなら、巫女さんとチッスの道を探るケロォ!!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!」
 ばたばたとギルドで暴れる蛙と童子。
「えーい。うるさい! 呪いを解きたいならよそでやれ!」
 騒がしさに堪忍袋の緒を切った係員が、二人を蹴りだす。
「ひっどーい! こうなったら一人ででもその港町に乗り込んで、この馬鹿を蛙に変えた奴を殴り倒してやるんだから!!」
「危ないケロ! 危険ケロ! 忠告はしかと受けないとおらみたいになるケロ! だから大人しくチューを」
「やなこったい!!」
 唇寄せて迫る大蛙を蹴り上げ、酒天童子はその怪しげな港町に向けて走り出す。
「待ーつーケーロー! 逃がさないケロー!!」
 止める為か、抱き寄せる為か。大蛙も後を追う。

 そして、周囲で成り行きを見ていた人々がいる。
 彼らは考えている。
 蛙を助けるか、童子を助けるか。不気味な街に挑んでみるのも構わないし、単に興味本位でこの騒動を見届けてもいい。
 さらにあるいは、その人物だけが知る港町の秘密を守る為に二人を追いかけ抹殺するか……。
 動く理由は人それぞれ。そして独自の理由に従い、彼らもまた影に日向に動き出していた。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 黎阿(ia5303) / 由他郎(ia5334) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 无(ib1198) / 日ノ宮 雪斗(ib8085) / サドクア(ib9804


■リプレイ本文

「お慈悲ケロォ〜。軽く口と口を合わせるだけケロォオオオ〜」
「えぇい、何が軽くだ。でかい口開いてんじゃねぇ!!」
 街道を、ジライヤの如き大蛙と賑やかに進む者がいる。
「えっと……あ、サケノミハラペコちゃん。今日はワンピ水着じゃないの?」
「サケゾラワラベコ!! 水辺でも無いのに、水着でいたらおかしいでしょ!」
 見知った顔と見て、柚乃(ia0638)が声をかけると、即座に酒天童子が反論してきた。
 どうやら機嫌は最悪。聞くとも知れず聞こえてきた喧嘩内容から察すれば、それは当然か。
「ペコちゃん、見た目アレでソレですが……実は妻子ある身なんです。代わりに解呪に柚乃が協力致します。……チュー以外で」
「そういえば、お前も巫女だろ。うん、だったらこいつを助けてやってくれ」
 助かったと早々と柚乃を差し出す童子。
 しかし、大蛙はぐりぐりと飛び出た目玉を動かし、柚乃を上から下から見渡した後、盛大に溜息をつく。
「好みじゃないケロ。それに、チューじゅなきゃ駄目ケロ」
「そこを何とか、ほっぺで我慢を」
 妥協案を出してみるが、途端に大蛙の目から滝のような涙が溢れている。
「いやああ、ちゅーはちゅーケロ。あなたもやっぱり気持ち悪いとか思ってるケロ? 愛がなきゃ呪いは解けないケロ!」
「愛なんてコッチも無い! 贅沢を入ってる場合か。呪いを解いて欲しいんだろ」
「だから、ちゅーしてケロー♪ 別に妻子持ちでも構わないし、その後の責任取ってなんて言わないケロー。外国じゃほんの挨拶って言うケロォ」
 ぴょんと一飛び、大蛙は童子たちに迫る。
「ここは外国じゃねぇええ!! ってこら、人を差し出すな!」
「ペコちゃんもさっきやってました」
「ぺこじゃなく、ベコ! 怒るよ、もー!」
 結局二人と一匹で道を占領して走り回る。
 その様を見ながら、无(ib1198)は肝を冷やす。
「これは……危うかったという事か」
 冷や汗垂らす主人を、尾無狐も似たような表情で見上げている。
「そこの兄さん、それはどういう?」
 聞きとがめた童子が、无を見る。
「実は、あの区域の伝承を調べている最中でね。その港街に現地調査で向かったはいいが、忘れ物をしたと気付いてトンボがえりもいい所。碌な調べは出来なかったが、おかげでギルドの騒動で実体を聞けたというわけだ」
 一歩間違えていたら自分も大蛙になっていたと、无が軽く頭を振った。
 その横から、和奏(ia8807)が割って入る。
「ちょっといいですか? 捕まったワケでなく、逃げていたらカエルさんになってしまったのです?」
「そうケロ。でも、どうしてそんな事を今更確かめ……。はっ! 呪いを解く手がかりがそこに!?」
「いいえ、世の中にはいろんな出来事があるのですねぇと感心するだけです」
 本当にただ感心している和奏に、蛙は地面に突っ伏す。
「期待させてー! しかも珍獣みたいな目で見るのは止めてケロ」
「おや、すみません。なにぶん蛙というのを間近で見るのが経験が乏しいので」
 悶える蛙に、やっぱり和奏は悪びれない。
「ううう。酷い扱いケロ。やっぱり早々と呪いを解くケロ。チューしかないケロ! ささ、ここは覚悟を決めるケロ!」
「やーめーんかーっ!」
「巫女さん……サケゾラさま限定ですか?  ずいぶん変わった……いえ、好みは人それぞれですよね」
「お待ち! それは何気に私にも失礼ってもんよ」
 童子が怒るも、和奏は気にしない。巫女じゃないから手伝えない、と丁重に大蛙に頭を下げている。
「これはもう! その街に行って原因究明で呪い解除するしかないって奴ね! こんな迷惑振りまくなんて蛙面の住人たちを説教しないと!!」
「殴りこみですか?」
「その通り!」
「認めちゃいましたよ……」
 気負う童子に、和奏が尋ねる。即効返ってきた答えに、柚乃は頭を抱えた。
「でしたら、私もご一緒させて下さい。調査がまだ残っているので、どの道行かねばならない」
「おう、手勢は多い方がいいでしょ」
 表情の硬い无に気付かないのか、童子は軽く誘いを承諾する。
「その道行き。よかったら、あたしも入れてくれないかしら」
 そして、声をかけてきた女性がいた。
「あなたは?」
「舞手のレア。よろしくね。……実は夫の由他郎がなかなか帰ってこないの。聞けば、仕事帰りに立ち寄りそうな街だし、巻き込まれてるんじゃないかと心配なの」
 艶っぽく笑ったのも束の間、黎阿(ia5303)の表情が曇る。大切な人が帰ってこないとなれば当然か。まして、奇妙な蛙になっていたとしたら……。
 同行を断る理由は無い。
「ふぅん、蛙の呪いねぇ……面白そうだな」
 日ノ宮 雪斗(ib8085)も興味を引かれ、黒い笑みを浮かべる。
 かくて、怪しげな港町へと皆は向かう事になる。
 

 道すがら、例の港街について聞き込めば、「あそこは止めとけ」「気味が悪い」と皆が顔をしかめる。そのくせ、具体的な話が聞けないのだから不思議なものだ。
 嫌悪感を示す人々以外は普通の旅と変わりなく。やがて港街の手前、貯水の為か大きな池へとさしかかった。
 そこを、巨大な何かが泳いでいる。
「ん?」
 目を向けるとそいつは水中に消えた。水の波紋は残るが、目を凝らしても影は深く沈んで見えない。
 かと思えば、いきなり目の前で水柱があがり、それは飛び出してきた。
「いやぁ、何ケロー!」
「何って、お前の仲間だろ!?」
「あんな仲間知らないケロー!」
 降って来たのはジライヤの如き巨大な大蛙。細部は違えど、童子に迫っていた蛙と同じだ。
 大蛙は目を動かし、やがてじっと黎阿を見つめる。
 半ば身構えていた一同だが、一人、じっと見つめ返していた黎阿。
 やがて何かに気付くと、一段高い声を上げていた。
「あんた……、由他郎!?」
「おー、やっぱり黎阿か。目線が違うと感じも変わるな」
 目を丸くする黎阿に、暢気に蛙――由他郎(ia5334)は口を開けて笑う。
「あれでよく分かるな。……元から蛙面だったとか?」
「そんな訳ないじゃない。仕草とか雰囲気で何となくね。……それでどうしたの、その姿は」
 驚く周囲だが、その表情自体は黎阿も同じだった。ただし、内容はまるで違うが。
「依頼の帰りに寂れた街を通ったら、気付いたら蛙になっていたんだ。このまま帰る訳には行かないが、急ぐ理由もなし。そのうち戻るだろうと日向ぼっこなどしてのんびりしてたら、体が乾いてきたので行水を」
「こんなになっても変わらないのねぇ」
 苦笑する黎阿が由他郎を手招くと、顔を近づけ、その大口に口付ける。
 途端、軽い音と上がる煙に由他郎が包み込まれる。晴れた時にはそこにいたのは成人男子。
「おや戻った。蛙の体は泳ぎやすかったんだが」
「ほんと、のんびりしてるわねぇ」
 自らの姿を確認して喜ぶでもなく、ただ納得してる由他郎に黎阿も呆れるしかない。
 そして、そのやり取りを見ていた外野は騒然となる。
「ちゅーで戻ったケロ! やっぱりケロ。さあ、呪いを解くべく観念して一発熱いのを」
「やなこったい! パスよ、パス。ってか、彼女にやってもらえ」
「ああ、悪いわね。タイプじゃないの」
「それはこちらも同じケロ」
 黎阿と由他郎によって、呪い解除が証明され、俄然やる気になった大蛙。
 されてたまるかと、童子は黎阿を前に出そうとする。
 しっかり旦那の手を繋ぎ、黎阿は軽やかに月歩で逃げる。由他郎もそれとなく黎阿を後ろに庇うと、童子と大蛙の壁になる。
「今の形は前の旦那と同じだろうが」
「そりゃ、姿がどんなに変わろうと由他郎は由他郎だもの」
「くっ、ノロケか。リア充って奴か!!」
 軽く笑う黎阿に、童子は袖を噛み千切る。
「ううう、そんな女よりやっぱり童子ちゃん、カモーンゲロー!」
 泣いて飛び掛ってきた蛙を童子は躱す。めげずにまた飛び掛ろうとした蛙だが、突然何かに怯むや慌てて池にと飛び込んだ。
「ここに大蛙がいると聞き、捕まえに来てみれば……、何やら賑やかなようですのぉ」
 喉で鳴らすような奇妙な音で、声をかけられた。
 いつの間にいたのか。奇妙な顔をした人たちがそこにいた。
 由他郎がそれとなく身構える。その顔は忘れられない。
「あの街の連中だ。何をしに来た?」
 蛙面と言ったのは間違いなく、飛び出た目にやたら大きな口はまさしく蛙としか見ようが無い。一人二人なら可哀想ぐらいには思えたが、そこにいる全員がその特徴を持っているとなるとグロテスクな限り。
 彼らは手に手に銃や斧などを携えていた。
 気付けば囲まれている。突破はできるかもしれないが、乱闘になるのは必須。
 果たして、今それをすべきか。
「この先には、我らの街しかない。来たいなら来てもいいが、我らの生活の邪魔をするな。特に夜はけっして出歩かないでくれ」
 目玉を動かし、一人が告げる。
「人を蛙に変えてんのはあんたたちね! お陰でこっちはいたく迷惑してるんだから! とっとと殴られて、呪いを解く方法を……ふぎゅう」
「お言葉に甘えて、しばらくご厄介させてもらいます」
 拳振り上げ怒鳴りつける童子を無理矢理黙らせると、无は住人たちに丁重に挨拶する。
「なんで止めんの!?」
「真正面から言って話してくれる相手ではなさそうだからな。調査するには敵意も少ない方がいい」
 无が告げると、不承不承童子は黙り込んだ。


 帰りたい者は帰路に着き、そちらの見送りそこそこ調査組は街の中に入り込む。
 街自体は普通に港町。停泊する船がほとんど無く、あちこちに崩れた建物や壊れた看板が目に付くさびれっぷりが、一番の特徴という物悲しい街だった。
 行き交う人は皆似た顔。蛙のような突き出た目に平たい大きな口。男女も子供も老人も変わらず同じ特徴が見られる。童子ら外部から来た人間が誰か、すぐに分かる。
 例えば、両手いっぱいに袋抱えて出てきたからす(ia6525)もまたそうだ。
「やあ、珍しい。ここで外の者に会うとは」
 からすも気付いて足を止める。その様を店の奥で、やっぱり蛙顔の店主がじろりと不機嫌そうに睨みつけていた。
「よぉ、兄ちゃん……だよな? この街は蛙が沢山あっていいなぁ。俺も蛙大好きでな。色々この文化を知りてぇから、教えてくんねぇか」
 蛙のお面をつけて見回っていた雪斗が気軽に声をかけるも、相手は器用に鰓骨を膨らませる。
「見ての通り、寂れた田舎だ。文化なんてありはしない。妙な好奇心は捨てるんだな。さもなければとんでもない目に合うぞ」
 仏頂面でそれだけ告げると、また店番に専念し始める。関わる気無し、と言ったようだ。
「蛙の面をつけてる訳でも無いんだな。あれが地顔とは恐れ入る」
 雪斗が肩を竦める。
 聞こえたのか、店番が目玉を動かしたものの、特に何も言わずにそっぽを向く。
「きみはここで何を?」
「見ての通り、散策、買い物だ。此処には『死せる都』由来の貴重な品があったりするのでね」
 无が尋ねると、からすは荷物を示す。
「なんだこりゃ」
 木工細工をする雪斗が興味を惹かれるも、中にはとても常人には理解できない品が詰まっている。
 見ているだけで吐き気がしそうな、複雑に入り混じった奇妙な形をしている。用途もよく分からない。
 よく見れば、店の品のほとんどがそんな奇妙な物体だ。
 顔をしかめた雪斗とは対照的に、无ははっと顔を上げる。
「死せる都? では、やはりあの怪しげな本にあった事柄は本当だったのか?」
「本とは?」
「何かの写本らしい。皮の装丁本で、しかもあの皮は推測が正しければ恐らく……いや、口にするのもおぞましい。内容は眠れる異形の神への賛美や崇め方、様々な呪文。かつてあった大陸が滅ぶさまなど、およそ信じ難い物が書かれていたが」
「なるほど、あれを読んだのか。だからここへ……。だが安心しろ。彼らの機嫌を損なわなければ蛙面にされる事もないさ。単に宗教に熱心なだけだ」
「とすると、彼らも蛙面にされた被害者で?」
 和奏が尋ねると、からすが少し首を傾げた。
「と言えるし、そうでも無いといえる。もうそんな事気にしてはいないだろう。大抵の者が大漁を願って祈っているだけだ」
 どこかとぼけた口調で、からすは告げる。
 それ以上に、内情を読めぬ面で店番はただその場を守っていた。


 陽が落ちて。宿を出るなといわれて部屋に押し込められた所で、童子が不敵に笑う。
「行くなと言われたら行きたくなるのが人の情」
「ああ言われたら、調べたくなるな。面白ぇことは、皆で共有しないとな」
「それは同化と思うが。まぁ記録を取って会席しないとな」
 同じく楽しみだと足を軽くする雪斗と、興味深げに街を見ている无も乗り気である。
 それとなく外を見張っていると、大蛙の言葉どおりに街の人たちが移動を始めた。
「よし、こっちだ」
 无が人魂を放ち、周囲に人が無いのを確かめ足音忍ばせついていく。
 そして、これまた大蛙の言葉通りに、海に面した巨大な建物に吸い込まれるように住人たちは消えていった。
 遅れて建物に入れば、そこは普通に寂れた館。人の出入りした痕跡は残れど、肝心の人の姿はどこにも無い。
「あいつの話なら、確かここらに隠し扉が……」
 聞いた話を元に探してみれば、やはりあっさりと扉が判明した。
 地下へと伸びる階段は薄暗く、吹いて来る風は潮風よりも生臭い臭気を宿していた。
 湿った階段を滑らぬよう静かに下りていくと、広い空間に出た。巨大な地底湖。その前にいる住人は結構な数だが、彼らを収容してもまだ余裕がある。上の街より案外広いかもしれない。
 空気が滞留しているのか引っ切り無しに風が吹いている。備えられた禍々しい祭壇は、昼間見た道具の美的センスをさらに醜悪に特化させたグロテスク極まりない代物。その前で蛙面の住人たちは一心に祈りを捧げていた。
 その真剣さ。思わず、侵入者たちも息を飲んで儀式に見入る。雪斗と无は、紙に書き連ねる手が止まらなかった。
 やがて、湖の水が盛り上がると、イカだかタコだか分からない触手が伸び上がり、続いて出てきた胴体はその広大な空間を埋め尽くすほど巨大で、分厚い鱗の奥に濁った目が見えた。
「なんだありゃ!」
「静かにしろ。ばれたらまずいだろうが!」
 巨大な怪生物を目にして、顔を引き攣らせて童子が呻くと、慌てて雪斗が口を塞ぐ。
 予想はしていてもやはり聞くと見るでは違う。そのおぞましさ、奇怪さに雪斗も必死で声を押し殺す。
「まずいな」
 住人たちの様子が変わったのに気付き、无が呻く。
 地底湖は広く、風は地上に向けて吹いている。熱狂する住人たちの声も大きく、あるいは聞こえないかと思った。実際明確に聞こえてはないようだ。が、異変を感じ取ったようでざわめきが大きくなる。
 怪生物も手足を動かし、あちこちへと目を動かしている。見つかればどうなるか。
 无は、符を構える。しかし、あの数相手にどれだけやれる!?
 緊張する一同に、後ろから手がかかる。
 また悲鳴を上げそうになるのを、必死でこらえる。
 そこにいたのはからすだった。騒ぐ住人たちを一瞥すると、侵入者たちを手招く。
「こっちに。大丈夫、まだ本気で気付いた訳じゃない。静かに移動すれば撒ける」
 階段途中から別の通路に入り込み、複雑に入り組んだ洞窟へと出る。天然迷路を抜けると、そのまま外へと無事に逃げ切った。
 追っ手の気配は無いのに気付くと、ほっと息をついた。
「何なんだ、あの化け物」
「彼らの祖、らしい。彼等が蛙面なのも不老の弊害であり、彼等の神の眷族である証。年寄ほど蛙や魚に近くなる」
 ふぅっとからすは息をつく。
「彼等は彼等で幸せなのだ。そっとしてやってほしい」
「……といわれても。蛙の呪いの解き方を調べないと、別の意味でおぞましい」
 童子が先以上に顔をしかめて身震いする。
「そういう話もあったねぇ。もう、童子がキスしてやれよ。我ら修羅の大君よ、御慈悲を〜」
「やなこったい。そういうならお前が慈悲を見せやがれ」
 手をひらひらさせて笑う雪斗に、童子は恨みがましい目を向ける。
「呪いの解き方? 人間とのキスで治るよ。或いは壁に叩きつけるといい。彼等から聞いたのだが、どうもお茶目で童話などを意識してみたようでね」
 あっさりとからすが告げる。
「最初に言えよ。そういう事は!」
「申し訳ない、聞かれなかったから。もう一つついでに言わせて貰えば、この村は数日で海に沈む。用が済んだらさっさと出ていくべきだ」
 からすは軽く笑うと、さっさと立ち去っていった。
 无は、天を見上げる。
「星辰の並び……。彼らの神が目を覚ますのか」
 満天の星は、海が映っていた。


 忠告を聞いた以上、長居は無用。夜明けそこそこ、一同は港町を後にする。
 街を出て即座に現れたのは、例の大蛙だった。
「無事だったケロー。安心したケロー。ここで感激のちゅーを熱く一つちょうだいするケロ!」
「出会い頭にベコちゃんキーーーック!!」
 見つけた途端に飛びつこうとした大蛙に、負けじと飛んだ童子のドロップキックがカウンターで決まる。
 大蛙は見事にすっ飛び、茶屋の壁にぶつかり、穴を開けて向こう側に落ちた。
「ひっどいー。なんで蹴倒すのよ。こんな戻し方無しー!」
 上がる煙は大半が埃。顎が外れるほど驚いている茶屋の店主の隣で、ひょっこり顔をだす女性一人。 
「あ、戻った」
「女性だったんですねー」
「うっさいわね、戻ったならいいでしょ。素直に感謝なさい」
 和奏と柚乃がのんびりした声を上げる。
 童子が、胸を張るがそれで納得出来はしない。
「ううう。絶好のチャンスだったのに。こんなの無し! やり直し!!」
「その前に修繕費寄越しやがれ!!」
 きっと顔を上げると、女性が童子に迫る。その後を茶屋の店主が追いかける。
「うげっ」
 一言呻くと一目散に童子は逃げ出した。都に向かって。
 その背中を見送りつつ、雪斗は書き留めたレポートを開く。
「しかし、沈むとなったらこの調査も水の泡って奴かねぇ」
「何かの足しにはなるだろ。今後また浮上してくる可能性もあるからな」
 口を尖らせる雪斗に、无は何か考えこむ。

 そして、数日後。とある港町が嵐でも無いのに謎の崩壊をとげて海に沈み、住民全てが消えたと風の噂で届いた。
 さらにその後。海辺なのに人のような巨大な蛙が行き交い、巨大な魚ともイカともつかない生物の姿を目撃するとも……。