【負炎】刈らせず猪
マスター名:咬鳴
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/03 01:33



■オープニング本文

 一日目に、村はずれの野菜畑が踏み荒らされていた時は皆が普通の獣害だと思った。

 二日目に、ひねくれ者の世兵衛が村人を寄せ付けず自分だけで耕していた田んぼで死体になっていた時は皆凶暴な野獣が出たと噂した。

 三日目に、収穫前の共有田の周りに4頭のアヤカシが立っていた時、村人達は全てが奴らの仕業であったと気付いた。

「猪のような化け物たちは、普段はただじっと立っているだけで‥‥」
 憔悴した村長がギルドの受付に語る。
「村の者が稲を刈ろうと近づけば、これ見よがしに田に入り稲を踏み荒らす。追い出そうと若い衆が近寄れば、半殺しにした上で稲穂の上を引き摺り回して田を荒らす。放って置けばやがて稲は駄目になってしまう‥‥」
 言葉を継ぎながら、握り締めた拳がわなわなと震える。
「獣に食い荒らされたなら諦めもつくし、食い残しをかき集めれば多少の収穫にはなる。が、奴等ぁひたすら稲が全部駄目になるのを待ちおる‥‥丹精込めて育てた米が目の前で無残に朽ちていくと思うと悔しゅうて、悔しゅうて‥‥」
 涙をこぼす村長の手を取り、ギルドの受付が語りかける。
「村長殿、そのような害を防ぎアヤカシを退治する為我々開拓者ギルドがあるのです。すぐに手練の開拓者を手配いたしましょう」

「理穴での活発な動きと連携しての事か、北面国内では兵糧米の確保を妨害する目的で活動するアヤカシ達が増加している。これもその一貫だろう」
 依頼内容を確認しにきた開拓者達に、ギルドの受付係が説明する。
「奴等はどうやら、食事を目的に現れた訳ではないようだ。稲刈りの阻止、そして排除の動きあれば稲田を荒らす事を主目的にしている。つまり、田畑を質に待ち構えていて、こちらが仕掛けても素直に迎撃に来ない可能性が高い」
 田で戦えば、周辺の稲穂は確実に被害を受ける。
「多少の被害はやむをえんが、半分も荒らされれば実質我々の負けだろう」
 それは自足分を抜いてこの村が供出できる兵糧米の概算に等しい。
「今確保する兵糧は後々理穴で多くの人々を助ける礎となる。速やかに、かつ的確に頼む」


■参加者一覧
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
雲母坂 優羽華(ia0792
19歳・女・巫
柳生 右京(ia0970
25歳・男・サ
神無月 渚(ia3020
16歳・女・サ
菘(ia3918
16歳・女・サ
銀丞(ia4168
23歳・女・サ
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
黒森 琉慎(ia5651
18歳・男・シ


■リプレイ本文

●会敵
 稲田の北側でまるで置物のように静止していた大猪がすっと頭をあげる。そして
「ブゴォオオオオオオ!!」
 と咆哮を辺りに響かせると、迷い無く自らの後ろに広がる稲田へと入っていく。
「‥‥中々勘が良い」
「もうちびっとゆっくりしてくれはってもええやろうに」
 全力で駆け寄る柳生 右京(ia0970)と雲母坂 優羽華(ia0792)が毒づく。予想していたとはいえ、彼らにとって最も好ましくない動きには違いない。

 同時に4箇所で戦端が開かれる。口火を切ったのは南側で早駆を使い距離を詰めた黒森 琉慎(ia5651)。小猪が反応する前に追い抜きざまに一撃切りつけると、田んぼと猪の間に立塞がる。
「さあ、こっちは行き止まりだよ?」
「よぅし黒森、このまま挟み潰そうか」
 グルル、と狼のような唸りを喉から発しながら、太刀を抜いた銀丞(ia4168)が迫る。
 そのころ東側でも
「始まったようですね。こちらもお願いします、神無月さん」
 真亡・雫(ia0432)の呼びかけに答えて神無月 渚(ia3020)が一喝を入れる。ビクンと反応した中猪は血走った目で渚を睨むと、迷わず突進してくる。
「そうこなくっちゃ!」
 鍬のように平たく広がった牙を受け流し、構えなおす。とりあえず、稲の間での乱闘は防げそうだ。
 一方、西側の中猪は菘(ia3918)と各務原 義視(ia4917)の姿を確認するや否や背を向けて稲田へと踏み入る。
「くそっ、待て!」
 菘の怒声に振り向いた猪がかかって来いといわんばかりに頭を振る。
「いやはや、困るほど常道に則った布陣ですね」
 後方でひーこらと走りながら義視が唸る。こちらが荒らしづらい地形に篭り、周囲の見通しが良いとなると拙速の正攻法が最善になってしまう。
「策で優位に持ち込めないとなると、後は個人の武勇ですねぇ」

「こらそこのあんた!他人様の大事な田んぼでほたえるやなんて、何も考えてへんにも程がありまっせ!」
 優羽華が大猪を指さしてわめくが、見目はおしとやかな彼女が凄んでも獣には効果は薄そうだ。
「退屈だろう?‥‥来い、相手をしてやる」
 足を止めた右京が刀を振りながら挑発する。しかし、大猪はやはり意図を見抜いたかのように田んぼから動かずニヤリと嘲う。
「‥‥これを弾くか。やむを得ん、貴様の手の内に乗ってやろう」
 あくまでも自分から踏み荒らさぬよう足場に注意を払いながら田んぼに入った右京に、田んぼ全体に響くような雄叫びを上げ稲穂を踏み潰しながら大猪が突撃をかける。
「この戦場は貴様に有利‥‥だが地力はどうだ?」
 すかさず太刀を構え受け流す。激突の衝撃で右京は数歩分押され上半身も揺らぐ。
「だ‥‥大丈夫どすか?」
 舞で援護する前に一撃を食らわされた右京に優羽華が声をかけるが、右京は強敵と対峙する悦びからかかえって笑みすら浮かべ答える。
「‥‥ああ。悪くはない、愉しめそうだ」

●転機
「プギイッ!」
 銀丞の直閃の太刀を受けた小猪がのたうつ。
「当たれば軽い分良く吹っ飛ぶな。黒森!試し切りなら今の内だぞ」
「はい!」
 牽制に専念していた琉慎が、タン!と踏み込み目突きを仕掛ける。眼球には届かなかったが瞼くらいは切れたようだ。
「もう片方も潰せばやりやすいかな?」
 と、その時北側から大猪の雄叫びが響き、小猪は我に帰ったかのように周囲を見ると琉慎の横を抜け田んぼへと一目散に走っていく。
「む、今ので私の咆哮が解けたか?」
「早めに仕留めないと荒らされちゃうね」

 渚の咆哮も同時に解かれていた。
「ちっ、もういっぺん行くよ!」
 咆哮も無尽蔵に使えるわけではない。長丁場になれば、今のような戦い方は望めなくなる。
「早めにやらなければいけないようですね」
 ずい、と踏み出した雫の切っ先が雪のようにユラユラとゆらめく。
「そして触れる一瞬には氷刃のように鋭く‥‥この刀を扱ってみせる」
 するりと歩み寄るような雫のしぐさと共に、猪の眉間が裂ける。
「このまま仕留めてしまいましょう。神無月さん」
「まーかせてっ!」
 雫が軽く横に動くと、その陰で上段に構えていた渚が力任せに振り下ろす。頭を割られた猪はどうと倒れこみ、そのまますっと消えていく。
「猪鍋ぇ‥‥」
 何となく未練がましくいう渚の背を雫が押す。
「急ぎましょう。他はまだ戦っているようですから」

「もう、好き勝手にはさせない‥‥!」
 猪に追いついた菘が渾身の両断剣を放つ。胴に比べて小さな的である前脚への攻撃だが、確かな手応えが得られていた。
「これでもう暴れ回‥‥ええっ!?」
 よろめいていた猪の取った行動は意外なものであった。自ら横倒しに倒れ、そのまま稲を薙ぐように転がりだしたのだ。
「徹底してますね。息の根を止めるまでは安心できないということですか」
 畦から状況を眺める義視が陰陽符を取り出しながら溜息をつく。
「急々如律令‥‥!」
 符から呼び出された式が真っ直ぐ猪に飛びかかるも、猪を止めるには至らない。
「やれやれ、効きは良さそうなんですがね。さすがに丈夫ですね」

 小猪を追って田んぼに入った銀丞と琉慎の前で稲穂に隠れた小猪がプギープギーと鳴く。
「よしよし、今すぐ永眠させてその小うるさい鳴き声を止めてやるからな」
「銀丞さん、段々言う事が不穏になってるよ?」
 とはいえ、戦いの舞台が田んぼの中になってしまうと、袈裟懸け、横薙ぎといった斬りつけは稲の被害が大きくなる。一方で縦一文字の振り下ろしは只でさえ小柄で見えづらい小猪相手だとさらに命中精度が下がる。
 琉慎は影のように気配を消して猪に近づくと、その後ろ足を掴む。自らの打撃力では致命傷には至らないと感じた琉慎は、必殺の一撃を導く為に平然と身を捨ててかかった。
「よし、銀丞さん急いで!‥‥といっても急ぎすぎて僕ごと斬っちゃだめだよ?」
 小柄とはいえ、相手は猪。体重を乗せて蹴られたり踏まれたりすれば骨の一本も折られてしまうだろう。そんな状況下でいつもどおりの暢気な表情のまま軽口まで叩けるのはシノビとしての鍛錬ゆえか複雑な生い立ちゆえか。
 銀丞は承知したとばかりにニイッと笑うと、踏み込みながらの突きを放つ。殆ど串刺しに貫かれた小猪は2、3度痙攣し、そのまま動かなくなる。
 琉慎が手を放すと、猪はまるで最初から存在しなかったかのように空に溶け消滅する。
「普通の猪ならなぁ。アヤカシはどうにも味気なくって‥‥」
 戦う間猪鍋を連想していた琉慎は洒落か本音かそんな事を口にする。銀丞も消えていく猪を見ながら少し残念そうに煙管をガジガジ齧っていたが、煙を吐くと気を取り直して言った。
「さて、次は大物のほうに行こうか」

●決着
「柳生はん、あんじょうおきばりやす〜」
 優羽華の神楽舞により攻の気が右京に集まる。優羽華は舞を終えると大猪のほうを向き、
「さて猪はん、さっさとどっか行くんやったら許したるさかい‥‥って、そんな簡単に聞いてくれたらアヤカシちゃいますわなあ」
 と指さしてから、ないないと言わんばかりにひとりでツッコミまで済ませる。
「しょうおへんな、うちらががつん言わせなあきまへんな」
 がつん、という言葉と同時に猪の側に歪が生じ、その身を捻る。その目に苦悶が宿っているのが見て取れる。
「ほな柳生はん、あんじょうよろしゅうに」
 その声を合図にするかのように示現の構えを取った右京が両断の一刀を振り下ろす。鉄鎧すら真っ二つにする必殺剣を受け、どうと倒れる。
「塵に還るがいい」
 そう言って背を向けた右京の後ろで、大猪がむくりと起き上がる。
「柳生はん!」
 優羽華の声に察し、刀を盾に振り向いた右京が吹き飛ばされる。片膝をついた状態から立ち上がろうとする彼を尻目に、猪は踏み荒らしきった一帯から戦場を移そうと田んぼの更に奥へと踏み込んで行く。
「そうはさせませんよ」
「こっちは通行止めだよ!」
 東側から畦を伝って注意深く歩いてきた雫と渚が猪の行く手に立塞がる。くるりと向きを変えた猪の視界に舞い散る木の葉を纏った琉慎と畦からゆっくりと降りてくる銀丞の姿が入る。
「よお柳生、苦戦してるみたいじゃないか」
 立ち上がった右京はふん、と鼻で笑うと包囲の輪を狭めながら仲間達に声をかける。
「遅かったなお前達、危うく一人で一番の武勲を挙げてしまうところだったぞ」
 居合いの為に刀をしまい直すのが第二戦の合図となった。
 大猪は抜ける隙を覗うが、三方より猪の挙動に注意を払いながら近づいてくる開拓者達には容易に突破できる隙がみられない。これまで、とばかりに大猪は戦いが始まって以来初めて目の前の敵を倒す事に専念する動きを見せた。
 人の背丈以上の巨体が暴れまわる様は圧巻の一言に尽きた。刀を突き入れた雫を引き摺りながら、銀丞を牙で薙ぎ払う。渚を押しのけながら琉慎を踏み潰そうとする。優羽華はひっきりなしに仲間達を治療せねばならず、見えるものには飛び交う風の精霊が見えそうな状況だった。
 だが、その動きも段々と弱まり、丸太のような脚も無数の傷の結果として自由が利かなくなっている。
 刀を鞘に収め、居合いの構えを取った右京が大猪の前に進み出る。
「苦しまぬよう一刀で片付けてやる。塵と消えるがいい」
 ひゅうっ‥‥
 風を切る音が鳴り、そして右京が刀を鞘に収める頃には大猪は彼の言葉どおり塵と消えていった。

 北東の方から鬨の声が聞こえてくる。
「後は‥‥目の前の一匹だけ!」
 菘は更に長巻の一撃を繰り出すが、転がるという回避法を取る猪は存外に組しにくく、有効打に至らない。懐から新たな符の束を取り出した義視は他との合流後の余力が必要なくなったと理解すると新手を繰り出す事にした。
「動きを縛りますよ!菘さん、次の一撃に集中してください」
 気合をゆっくりと符に込め、放つ。現れた式達はこれまでのように真っ直ぐ切り裂くのではなく、猪に包みこむように纏わりつく。
「今度こそ!てりゃぁあああああ!」
 転がりまわれなくなった猪に、菘の渾身の一刀が振り下ろされる。ちぎれ飛ぶように吹き飛んだ猪の体は、地面に落ちるより早く消滅した。

●勝利を祝して
「ふう。本当に最近は色々あるな‥‥輸送も手伝えれば尚良いのだけど‥‥」
 今回の情報を手帳に書きながら義視が難しい顔をしている。
 銀丞は周囲を見渡し、所々倒されてはいるものの稲全体から見れば被害は軽微といっていい範囲に収まっているのを確認して、少しだけ嬉しそうな顔をする。
 開拓者たちがゆっくり談笑を始めたことで戦いが済んだ事がわかったのか、村人たちが三々五々集まってくる。皆稲刈りが始められることに大いに喜び、開拓者たちの肩をたたき、手を握って口々に礼を言う。
「何か他に出来ること、ありませんか?」
 自分も農に携わっていた菘は稲刈りの手伝いを申し出る。彼女と一緒に村人たちが総出で稲刈りを始めたのを見て、雫が村長に声をかける。
「‥‥無事に残った分は収穫できそうですか?」
「ええ‥‥ええ‥‥ほんにありがとうごぜえますだ。礼と言うには何ですが、うちの村では稲刈りをやる日には収穫の祝いとして目一杯飯を食うことにしとります。如何せん田舎飯なもんで皆さんの口に合うかはわかりませんが、良かったら食っていってくだんせぇ」
「今後何があるかわからんのだ。今は少しでも備ち‥‥」
「ええどすなぁ。うちにも手伝わせておくれやす。腕によりをかえて、うんとええもんこしらえましょ」
 渋い顔で倹約を訴えかけた右京の口を封じて、笑顔で村長の提案に同意した優羽華は村の女衆と一緒に台所へと向かう。
「いやー、すっかりお腹空いてるし猪肉は取れないしどうしようかと思ってたんだ!え、何菘、僕も手伝え?えぇー!?」
 食事にありつけると大はしゃぎしていた琉慎は菘に捕まり田んぼのほうへと引っ張られていく。

 そして夜。
 すっかり刈り取られ、稲架掛けにされた稲に囲まれた田んぼの中で焚き火がたかれ、それを囲うように村人と冒険者たちが車座になって騒ぐ。
「お疲れ様ー!」
 すっかり村人と打ち解けた菘は、彼らと祝杯を交わして労を労いあう。その横で一緒に労働させられた琉慎が旨い旨いと飯をがっつく。
 優羽華は女衆と調理法を互いに教えあいながら談笑しているようだ。
「これは来年の結束と豊作を祈る大事な儀式でもありましてな‥‥」
 村長の両脇には話をふむふむと聞き入りながら農村の風俗を記録する義視と、微笑んで頷きながら聞く雫の姿。
 銀丞も渚も思う存分飲み食い出来てご機嫌な様子だ。

 菘がこの宴席に難色を示していたらしい右京の様子を見に来ると、彼は武勇伝をせがむ子供達に囲まれていた。
「このお侍さんすげーつよかったんだって!」
「でかい猪を一撃で斬ったんだって聞いたぜ!」
 開拓者達の活躍は、早速色々尾ひれがついて広まっているようだ。
「大人気ですね」
 くすりと笑いながら徳利を見せる。
「私は修羅道に進んだ身、常人と接する生き方はしておらんぞ」
 仏頂面で子供達を持て余しながら、右京は杯を上げる。
「まあ‥‥稀の事であれば悪くは無いかもしれんがな」
 そのまま、注がれた濁り酒を一息に呷った。