湖中の悪食
マスター名:咬鳴
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/18 01:01



■オープニング本文

「ああくそ、今度もハズレだ!!」
 投網を引き上げた漁師が忌々しげに舌打ちする。
 毎年なら好漁が期待できる湖で、今年はどうにも魚が獲れない。
 たまにみかける魚群も、網を内側から食い破って逃げる。更には唐突に船底に穴が開くなどしてとことんついていない。
 あまりにも不調な為、漁師達は「アヤカシの仕業」という事にして漁を止めて飲んだくれる始末である。

「ところがぎっちょん、実際にアヤカシの仕業みたいなんだな、これが」
「誰に向かって言ってるんですか先輩」
 事のきっかけは釣り好き翁が毎日釣りを続けていた時。
 長い坊主の日々の後、かかった獲物は魚の形はしているが鱗も無ければえらも無く目と牙が極端に大きい化け物じみた姿で、力任せに糸を引きちぎって逃げ出したということだ。
 恐らく不漁の原因はこのアヤカシ魚の群れが湖の魚を食い荒らしているせいではないかというのがギルドの分析だ。
「そこまで解ると、船底の穴もこのアヤカシが齧り開けてるんじゃないかなぁ、と予測できるな」

「問題は相手は水の中という点だな」
 漁師の網を突破する相手、半端な仕掛けは通用しない。かといって潜って退治に行くのは勇気を越して蛮勇の世界だ。
 釣り上げてしまえばまな板の上のアヤカシ魚、労せず退治してしまえるのだが‥‥
「相当貪欲なアヤカシだから餌の仕掛け方によっちゃ陸まで飛び出してきてくれるかもな」
「それより先輩、このアヤカシ魚の似姿絵、テッポウウオに似てるって話さなくてもいいんですか?」




■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
リン・ローウェル(ib2964
12歳・男・陰


■リプレイ本文

 問題の湖の岸辺。
 一艘の小船に、綱引きに使えそうなくらい頑丈で長い荒縄が括りつけられている。一仕事終えた表情の村雨 紫狼(ia9073)が、しかし心残りを口にする。
「本当は船底も補強したいとこだったんだけどな」
「喫水が下がりすぎて違う方向から危険になりそうでしたからな」
 と、これは水に浮かべた小船の状態を確認しながらの風鬼(ia5399)の言。
 船がアヤカシ魚を誘き寄せ、それを縄で曳いて岸辺に寄せる作戦。普通に漕ぐより速く岸に着くがその分揺れるので乗る人間は大変だ。
「餌や漁具は漁師の方々に貸して頂きました‥‥。岸の皆様は、連絡が来たら手筈通りお願いします‥‥」
 三人分のスペース以外は様々な漁具で埋まった船内で朝比奈 空(ia0086)が一礼する。
「気をつけてね〜」
 岸辺の五人が見送る中、船はゆっくりと漕ぎ出していく。

 魚釣りにおいて、かかった魚と格闘する時間はさほど長くない。寧ろ最大の敵は、魚と遭遇するまでのじっと待つ時間であると言える。
「楽なのはいーけど、ヒマよね〜」
 故事に則り(?)真っ直ぐな釣り針を垂らしながら鴇ノ宮 風葉(ia0799)が頬杖をつく。
 他の皆も船からの報せの為に耳は澄ますが、殆ど思い思いの行動を取っていて仕掛けに注意を払ってはいない。唯一普通に釣りをするブラッディ・D(ia6200)も‥‥
「釣っても食えないって空しいよなー。普通の魚がかかんねーかなー」
 と愚痴るほうが主になっている。

「こんな事ならもう少し練習しておけばよかったかな‥‥」
 仕掛けも終わって時間を持余し、日頃使わない梓小弓で付近の木を的に射撃練習をする海神 江流(ia0800)。剣術とは力や体の使い方が異なる為、慣れるのに時間がかかる。
 尤も、弓に慣れても相手が動くものになるとまた当り難さが違う。その上
「あー、水ん中にいる相手っちゅうのは面倒なんやよなあ、うまく攻撃当たらんし、水の中から攻撃されたら一方的やしなあ」
 と天津疾也(ia0019)がボヤく通り、水上、せめて水面付近まで相手が上がってこないとそもそも戦いにもならない。実力以上に厄介な相手である。


 一方湖上の小船の上。
「見えねーな?」
「ま、さすがに池の鯉のように顔を出してはくれませんわ」
 餌を撒きながらゆっくりと周遊する。餌は徐々に沈むので、さすがに水面に直に殺到はしてくれない。
「餌に釣られたか船の周囲に大勢の小さな瘴気が集まっているのは確かですね」
 空の結界には下方に集まる数十体の瘴気が感じられる。
「じゃあさ、俺の声出すとがーっと寄って来る不思議パゥワーでおびき出しだよな!」
「あ‥‥」
 軽く制止しようとした風鬼の様子に気付かず、船の縁にドンと片脚を乗せた紫狼が大声で叫ぶ。
「うおおおっ!!!幼女大好きいいいいっっ!!」
 どん引きした空と風鬼が固まる中、その声は静かな湖畔の木々に木霊するように響き渡る。
「よーし調子にのってキターーーー!!」
 そのまま願望とも欲望とも性癖ともつかぬ主張を立て続けに叫ぶ。
 なるべく近寄らないでくださいといわんばかりの空と眉根を寄せた風鬼に振り返る彼は、とてもよいドヤ顔をしていた。
「あー‥‥」
「ついスパークしちまったぜっ!だってさー、単に叫んでも芸がねーだろ?こっちの方がパゥワーも通常の3倍、魚アヤカシも気になって急接近だってばさ!」
 その言葉を証明するように、船の周りに大量の泡が浮かび始める
「それは概ね構わないし、趣味に口出しする気もありませんが」
 顔を出した数匹の魚‥‥というには物騒な顔付きのアヤカシは紫狼一人を凝視している。
「咆哮で集まった敵が狙うのは、船ではなく紫狼さんなんですな」
「ぎゃああああ!」
 多数のアヤカシ魚が一斉に牙を剥いた。

「あ、呼子笛の音」
「一緒に紫狼の悲鳴が聞こえんかったか?」
「あたしはなーんにも聞いてないな〜」
 然程遠くまで漕ぎ出したわけでもなし、当然ながら彼のカミングアウト、もとい咆哮は岸まで届いていたりする。
「三人で乗ってもらっててよかったですね。彼一人だったら魚アヤカシの餌になってたかもしれない」
 江流が苦笑しながら引き縄に手をかけると、仲間達もやれやれと縄を持つ。船の周囲ではぴちぴちと魚が水面を跳ねる水しぶきと、魚アヤカシが口から放つ水鉄砲の水が日光を受けて輝いている。
「あー、もぉ、アタシは魔法使いだってのに!あによ、これで手の皮剥けたら後で全員ぶっ飛ばしてやんだからっ!」
「ほーら、風葉、頑張って!ぶっ飛ばすのは勘弁して欲しいから、手の皮剥けるまではしなくていいけどなー!」
 ぐちぐち言いつつも縄を引く風葉の負担を減らすように引く手に力を込めつつ、Dが茶化すように笑う。
「同じ陰陽師のリンさんも頑張ってるんだから、風葉も無茶言わないようにね」
「え?あ、ほんとだ。あんまり加わらなさそうなイメージだったのに」
 言われて見ると、待っている間は一人離れて湖面を見つめていたリン・ローウェル(ib2964)が一番前で縄を引いている。
「僕は無駄と無意味が嫌いなだけ。アヤカシの殲滅と仲間の被害を抑える役に立つ行為を忌避するのはそれこそ無意味だろう?」
「可愛げ無いなぁ」

「岸までもう少しですな。紫狼さん、傷は深いのでガックリしてください」
「え、俺死ぬの!?」
 岸が近付いたのと咆哮の効果が収まり直接攻撃が減った為、冗談を言う余裕が生まれだす船上の二人。ちなみに体中を齧られ、鉄板も射抜きそうな勢いの水鉄砲を浴びて何度か死線を彷徨った紫狼の負傷は風精霊の恩寵によって綺麗に治っている。
「お二方とも‥‥水を掻き出す手伝いをしていただけませんか‥‥」
 空はそれどころではない。紫狼の手当てが済んだかと思えば、鋭利なアヤカシの牙が水中から船底を齧り抜こうとしているのだ。その都度氷霊結の力で穴は塞いでいるものの、凍るまでの数秒間の浸水によって船底は氷水が溜まってきている。
 引き縄付きのおかげで迅速に岸まで帰り着く事が出来たのはもっけの幸いであろう。

「よぉーしっ!江流、網張れっ!」
「長持ちはしないと思うんで、早目に済ませましょう」
 ばさりと張られた漁網がアヤカシ達の退路を塞ぐ。もっとも、攻撃一辺倒に思考が偏った今の魚アヤカシはそんな事など気にも留めず、岸辺の開拓者達目掛けて寄って来る。
「おーおー、入れ食い状態やなあ。狙いをつける必要もあらへん勢いや」
 方々に動く魚の群れは心眼で視るにはいささか賑やか過ぎる。番えた矢を水面に向けてひょうと放つと、串刺しのように射られたアヤカシの一匹が霧散する。
「煮ても焼いても食えん外道はさっさと廃棄処分にしとこうか‥‥死骸が残らんのは湖に優しくてええなあ」
「釣り人の礼儀は大切ですなっと。ほいまた一匹、今日は入れ食いですわ」
 テグスを引いてアヤカシを釣り上げると、片手のバトルアクスで真っ二つに叩き切る。風鬼が湖面に放った苦無は、逆棘状に加工した上テグスを結わえてある。物騒な魚の釣り道具にはおあつらえ向きといえる。

「貴様らのような醜悪な輩はこの一撃で蹴散らしてやろう‥‥穿て、我が邪なる砲弾よ!」
 リンの求めに応じ、赤黒い色の巨大な鉄杭が次々に魚アヤカシに打ち込まれる。
 次々と墓標のように突き立つ杭が現れ、掻き消えていくが魚影なおも尽きる事は無い。
「数が多すぎるな‥‥一網打尽が必要か」

「一網打尽‥‥やってみようか。覚えたてのぶっつけだけどね」
 江流はそれまで使っていた弓をしまい海冥剣を抜き放つ。
「さすがに直接倒す事は無理だろうけど、痺れさせて動きを止めるくらいは可能なはずだ」
「んなわけないでしょ?アンタの術力じゃ軽くビリっと来ておしまいよ」
 風葉が指を横に振りながらふんぞり返り、最後にびしっと人差し指を突きつける。
「ま、そこでアタシが力を高めてあげれば目標に届くってわけ。このアタシが引き立て役になってあげるんだから‥‥失敗したら今日の夕飯抜きよ、海神ぃっ!」
「今回は面倒は避けれるかと思ったんだけどなぁ‥‥善処するよ、ははは」

 水鉄砲と飛び道具の撃ち合いの中、湖面に一歩踏み出し水面に狙いを定める。
「覚えたての新技だ!遠慮しないで食らっとけっ!!」
 水面と水中に強烈な稲光が走り、水中の魚アヤカシが次々と腹を見せて浮かび上がってくる。
「大漁旗でも掲げたいところやな。目ぇ覚まされる前に片付けるで!」
「所詮は魚か。その程度の存在が僕の式に穿たれる事を光栄に思え!」
 疾也やリンが待っていたとばかりに次々と仕留めていく。
「ただ、長くは持たないかもしれないから全部倒すのは難し‥‥」
「その前に纏めて陸揚げ!全力の精霊砲でぶちかます!」
「あの‥‥風葉サン?船は‥‥」
「月緋っ!船に当っても不可抗力よね!」
「俺ごとぶっ飛ばすなよー、せーの、っとぉ!」
 Dが縄をぐんと引いて、船が爆発に飲まれないように安定させる。そして水面に精霊砲が当ると、大量の水と魚アヤカシたちが岸辺に打ち付けられた。
「こうなると楽でいいですな」
 陸に上がってしまえば魚に出来る抵抗は殆ど無い。開拓者達の手でさっくりと仕留められていく。

「これで全部片付いたかな?」
「‥‥いえ、ごく少数ですが、まだ瘴気が残っています」
 生き残りがいないか空の瘴索結界で調べているところに。
「よっ、終わったっすか?」
 戦いが始まると同時に姿が見えなくなっていた紫狼がのこのこと現れる。
「アンタ、どこ行ってたのよ?」
「いやぁはっはっは、武器忘れちまって〜。ほら、俺って囮専門だから?」
「‥‥次はあいつに縄つけて湖に放り込めばいいんちゃうか?」
「‥‥異議無し」

「悪魔!鬼!つるぺったん!」
「言うに事欠いて何だとアノヤロー!」
 結局恩情(?)措置で紫狼一人を船に乗せ、再度咆哮させる事に。湖の方からは仲間への悪態のような叫びが聞こえてくる。
「それじゃ、さっさと片付けてきますわ」
 水蜘蛛の術で水面に立った風鬼が、そのまま飄々と船の方へ歩いていく。
 船の周りのにいる魚アヤカシは五匹程度だが、武器の無い紫狼には十二分の脅威だ‥‥尤も、彼が集中砲火を受ける間に背後から忍び寄る風鬼にとっては絶好のカモであるのだが。

「しかしなんで女神様というのは金銀の斧をもってるでしょうかね‥‥特に金は非実用っぷりにもほどがあるのに‥‥いやでも売る事を前提にするなら‥‥いやいや」
「おーい風鬼、斧見ながらぶつぶつ言ってないで帰るぞ〜」
「漁師さんに借りたものが返せる程度の損傷でよかったですね」
「お礼に魚とかもらえないかな?」
「これから日を改めて漁に出るんだろうし無理だと思う」

 その頃、開拓者達には見えないが、湖の中では魚達がアヤカシからの解放を喜んで泳ぎ回っていた。