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■オープニング本文 世に聞こゆ、『恋文の君』の物語‥‥ 恋に恋する若き乙女が、己の心に住まう理想の殿方への想いを文にして庭木に捧げると文に託せし理想の君が、夜な夜な逢瀬に来るという。 しかし彼の君彼岸の者にして、彼岸と此岸の道ならぬ恋。やがて乙女の命は削れ、君の住まう彼岸へと旅立つという。 「と、いう話が流行ってるんですよ先輩!怪談ですかね!?悲恋譚ですかね!?」 「与太話じゃないか?」 暇な時の世間話、というのは生産性のある活動とは結びつきにくい。ギルドの受付達も他愛もない話で時間を潰していた。 「そもそもそんな完璧超人が無条件で付き合ってくれるなんて虫のいい話にほいほいついてく時点で駄目なんじゃないか?色々と」 「そこはほら、日々の変わり映えしない生活に倦んでるんですよ。庭木があるようなお金持ちや上流の人達ですもん」 偏見といえば偏見なのだが、今のところ『恋文の君』の犠牲者と噂される女性は概ね後輩受付の言うとおりの層に属する。その事実が噂に一層の拍車をかけている。 「病死の不幸にこじつけるのは感心せんがなぁ」 「それが、あながち嘘八百の怪談というわけでもないのですよ」 突然予期せぬ第三者に背中から声をかけられ、受付二人が飛び上がらんほどに驚く。 「うわ、びっくりした!」 「いつの間に湧いて出たんだ」 八角翠という人物は呼ばれてない時に限って現れる。 「そんな事より、恋文の君が実在するとしたらどうします?」 「もったいぶらずにとっとと話せ」 恋文の君の噂を耳にした翠は早速試してみたらしい‥‥軍役状の書き損ないで。 「風流も何もあったもんじゃないな」 「廃物の有効活用です」 果たしてその晩庭木の下に、軍役状通りの武装をした男がうっすらと立っていたのである。尤も、直接触れることも叶わない幻影程度の希薄さであったようだが。 「で、その晩は亡霊にうなされたとかそういう目出度い事は?」 「疑問が氷解したので安眠出来ました」 怪談通りであれば夜な夜な枕元で生気を奪っていきそうなものだが、そういうものでもないらしい。 「先輩、きっと八角様は信じる心が足りないんですよ!想いが強ければもっとはっきり姿を現してくれますよ」 「で、出てきたところをさっくり仕留めると」 とりあえずアヤカシか、そうでなくても人に害をなす者、従って退治の対象であるという前提で依頼組みを始める。 「とりあえず、現れる姿と能力が比例すると仮定するなら、理想の人物像は戦闘能力が低いほうが有利でしょうね」 「夢見がち‥‥もとい強い信念がないと戦うところまで辿り着けないから贅沢は言えないがな」 「さらりと酷い事言ってませんか先輩」 場所は結局翠の屋敷、飛翠庵を使うことになった。許可を出す人間が目の前にいるし、敷地内が戦うにも向いた構造をしていて都合がいい。 「後は開拓者の皆さんの文才次第ですね!」 「ところで‥‥」 「無理です」 先輩受付の言わんとする事をあっさり否定する翠。 「うちの者が『気立てがよくて甲斐甲斐しく世話をしてくれる巨乳金髪美女』を所望して吊るしてましたが、無反応でしたから」 「ちくしょう‥‥」 がっくりと崩れ落ちる先輩受付を見る後輩と翠の目は実に冷たかった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
ハイドランジア(ia8642)
21歳・女・弓
藍 玉星(ib1488)
18歳・女・泰 |
■リプレイ本文 「じゃあ、まゆが恋文書きますね」 「ボクも気張って書いちゃうよ〜」 しっかりと自前の矢立と紙を持参しての礼野 真夢紀(ia1144)と、気合を込めるかの勢いで文を綴るハイドランジア(ia8642)。今回の役割にはこの上なく適任であると言える。 「折角なので私も一筆書いてみましたがどうですかな」 「相槌を打ちながら金塊で風鬼(ia5399)を殴り殺そうとするアヤカシが目に浮かぶようアルな」 藍 玉星(ib1488)が見るなりそう感想をもらした風鬼の文は『金持ちで彼女より長生きして言うこと聞く人』という身も蓋も無い内容。確かにアヤカシらしく悪意を加えて解釈するとそういう存在になりそうだ。 「これでどうでしょ?」 「他人の恋文は読み甲斐がありますね、眼福眼福」 真夢紀とハイドランジアの恋文を見てつやつやした表情の翠。一方で天津疾也(ia0019)は浮かない顔で言う。 「ああ‥‥こいつはアヤカシやのうても男の敵やな」 何か男として色々負けたような気持ちがする。まあ相手は純然たる理想の産物なので仕方ない。 「ではごゆるりと。お二人のご就寝の間、寝所へは何人たりとも通しません!」 直前まで仮眠を取って元気一杯の橘 天花(ia1196)が杖を六角棒の如く振り回す。 二人が眠る庭に面した一室には既に布団がしかれ、行燈の小さな火だけが薄暗い部屋を照らしている。 「凄い!このお布団ふかふかだ〜♪」 「贅沢すぎて、逆に寝付けないかも‥‥」 羽毛布団と縁のある生活を送る天儀人はそうそう多くは無い。 「では鎮静効果のある香と、私の送る風で心を鎮めてください」 風鬼はそういって扇で扇ぐ。二人の死角に何故か筆と墨を用意していたりもするが。 「足りないものがあれば言い付けて下さい。それと‥‥枕は逢瀬に現れた相手の想いを受ける時は『是』断る時は『否』を上にしておいてください、うふふ」 「時折思うんですが、翠さんは年齢詐称ではないかと」 「悪い意味でもっと年上の人間の思考をしとるな」 風鬼が聞こえよがしに言うと、疾也もうんうんと頷く。 数刻の後、寝室からは寝息だけが聞こえる頃。恋文の吊るされた木の下に、すうっと人影が現れる。 透き通るように白い肌と、うなじが見える長さで切り整えられた流れるような黒髪、深く澄んだ瞳。すらりとした長身だが、最近の貴公子に見られるような貧弱な痩身では無く均整のとれた体つきをしている。装束は華美ではないが卸したてのように清潔だ。 開拓者達はそれぞれが武器を構え、天花が即座に瘴索結界を張る。 「現れましたな。二体だったり腕が四本だったりしないのは僥倖ですな」 「瘴気を確認。間違いなく、彼が本体です!」 二人の望んだ人物像が近かった為であろうか。現れた姿は一つのみで、二人分の想いを受けた為かその姿は触れそうなほどはっきりと実体を備えているように見える。 「油断は禁物や。突然ぶっつり真っ二つになって分裂するかもしれへんで?」 「そ、それはちょっと怖いですね」 疾也の言葉に想像して身震いする天花。 「なるべく気をつけて戦うアルが、庭や家が壊れたら謝るアル」 「多少戦傷がついたほうが箔が付きます。遠慮なくやっちゃっていいですよ」 「なら遠慮なく。真夢紀のところへは行かせないアル!」 恋文の君の進路を妨害するように位置取りつつ、蛇拳を放つ。これを有職にある神楽舞のような足運びで優雅に避けつつ、恋文の君が口を開く。 「通してください。私は戦いは望みません」 「しゃ、喋ってますよ!?」 「まあ、喋れんと身振りでやる逢引は難しいやろうからな」 「恋文に書いてあった通りの言い草だし、一定の内容を繰り返すのが精々だと思いますわ」 「三人とも、無駄話してないで早く倒すアルよ!」 が、怒声とは裏腹に玉星の拳の切れは初撃に比べ鈍い。恋文の君が争いを否定する言葉を発する度に拳が重くなるのだ。 「おお、さすが吟遊詩人も真っ青の美声。言霊力(ことだまちから)が半端無いですな」 「ほんなら、『馬に蹴られて死んじまえ』と言われる前に片つけよか」 疾也は言うが早いか踏み込むと、玉星の攻撃を避ける恋文の君の足取りに時機を合わせ、秋水の太刀を振う。 手応えは十分にあった。が、目の前の恋文の君に傷ついた様子は見られない。 「む、見た目と違ごうて硬かったりするんか?」 「美形は怪我なんてしないんですよ」 「頬や額から綺麗に一筋血を流すのがお約束アルな」 「やっぱ許せんなぁ」 効いているのなら問題ない。今のところ直接的な攻撃はしてこないが、万一を考え距離を取り、再び切り込む機会を窺う。 その頃、夢の中では。 真夢紀、ハイドランジアそれぞれに恋文の君との馴れ初めから今までの場面が次々と現れる。 真夢紀が彼と出会ったのは、遭都の川。溺れていた子犬を救うため、我が身が濡れるのも厭わず飛び込む姿を見た時。 考えるより先に動いていたという彼に体を拭く布を差し出しながら笑いあった。 時には貧民街に出て病人や老人の世話をし、子供達に読み書きを教える。 やんごとなき身分のようでありながらなぜそこまでするのかと真夢紀が尋ねた時、人々がより豊かに、心安く暮らせることが喜びだから、と答える彼の微笑は忘れられない。 ハイドランジアの出会いは突然だった。街中を歩いていてぶつかった時、互いに一目ぼれに落ちた。 その時、彼は跪いてハイドランジアの手を取り、運命の人と巡り会えたと言った。 彼は見目もよく話術も巧みで、多くの女性より想われていた。しかし彼自身は自分にはハイドランジアしか居ないと彼女達の求めをすっぱりと断り続けていた。 そして、ハイドランジアと二人だけの時のみ、外では想像もつかないくらい情熱的な言葉を紡ぐ‥‥ 「まあ、うふふ」 「そんな、ボクの為なら死ねるなんて‥‥」 寝所から寝言と笑い声が聞こえてくる。 「何か凄く楽しそうに寝ておられるようですが‥‥大丈夫ですかね?って、もうこんなとこまで来てる!?」 恋文の君は背中から切りつけられるのすら気にも留めず、軽やかに近付いてくる。 「これ以上は近付かせません!精霊様、お力を!」 浄炎でいぶりながら、杖を横にして接近してくる恋文の君を押し留める。 「迎えに参りました、愛しき人よ」 その言葉に呼応して、寝室の障子が中から開け放たれる。 眠ったままの真夢紀とハイドランジアが、恋文の君を迎えるように立っている。 但し、その閉じられた瞼には目が何者かの手によって描かれている。 逢引にしては微妙な絵面になったが、恋文の君は何事も無かったかのように二人を迎えようとする。 「‥‥残念ながら『笑ってはいけない逢引』作戦は失敗のようですな」 犯人は風鬼らしい。 「寝てる相手なら、多少は操作できるてことか。天花!」 「はい!解術の法ですね!」 これあるを見越していた天花が素早く術を解く。 それとともに、玉星が恋文の君の頭を掴み、庭へと投げ飛ばす。 「堂々と二股をかけようとはいい度胸アルな。そのスケベ根性を叩き直してやるアル」 転んでいる恋文の君を踏みつけるように2度3度と蹴りつける。 「貴様にやるぐらいならこっちが横から掻っ攫ってやるわ!」 疾也も飛び掛ると、突き刺した刀でグリグリと抉る。 「殆ど間男を撃退する一族郎党の図ですな」 「駆け落ちって命がけなんですね」 「どれだけの乙女を誑かしたネ? 天誅アルっ!」 うんうんと感慨深げに頷く風鬼と天花の前で、玉星が骨法の技で延髄を打ち抜く。恋文の君は最後まで涼やかな顔のまま消滅した。 首尾良く退治し終わったこともあって、二人の見た夢の話で花が咲く。 「あ〜、おしかったな〜。彼が迎えにきてさぁ駆け落ちだってとこで目が覚めちゃった」 「もう一息で死出の旅路でしたな」 「解っていてもあんなに優しくされると心が揺らいでしまいますね」 「どんな夢だったかお話してくださいね〜♪」 「二人の理想が同じか、近かったのは興味深いアルな」 彼女達の輪から少し離れたところで‥‥ 「なあ、夢の中の理想とは別に目の前に割とイイ男がおるんやけど‥‥」 疾也がささやかに主張していたが、無論誰も聞いてはいなかった。 |