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■オープニング本文 凡そ大規模な探検・探索とは、巨額の資金を必要とする。 そして凡そ、探索の発案者が潤沢な資金を持っていることは稀である。 今回の探索行の提唱者であり第一人者である黒井奈那介も、ご多聞に漏れず資金繰りには難渋していた。 伝と言う伝には頼み込んだが、一介の学者のコネで工面できる額には限りがある。 そこで、奈那介が考えた方法とは‥‥ 「無理」 ギルドに依頼するという方法である。一言で拒否されたが。 「そない言わんと、やってみなわからんやろ」 「金くれ、なんて依頼がまかり通るならギルドが真っ先に出すわい!」 「いや、さすがに直接金寄越せなんて依頼はよう出さんわ。こう、金を出してくれそうなモンに話を通して欲しいっちゅうか、話す機会が欲しいっちゅうか‥‥」 「そういう事か。とはいえ、それにしたって金持ちをほいほい紹介してくれる奴なんてそうそうは‥‥」 いない、と言おうとして受付ははたと考える。 「いたな、一人。そういえば」 「というわけでそれなりの金を出せそうな人間を紹介してほしいわけだが‥‥」 「構いませんよ」 断られた時の切り返しを用意していた受付は、八角翠のあっさりとした承諾に肩透かしを食う。 「ギルドの仲介である以上、黒井様には相応の信用があると受け取って頂けるでしょうから。ですが、私がするのは紹介まで。先方から良い返事をもらえるかは黒井様次第ですね」 「おお、すまんな嬢ちゃん。よっしゃ、早速説明用の資料とか纏めてくるわ!」 感謝の言葉を述べるや否や奈那介は駆け去っていく。 「うまく行くのかねぇ‥‥」 数日後、楼港のお座敷で奈那介は弁舌を振るう。相手は同地の大商人、大黒屋宗元を始めとしていずれも貿易や運送に携わる商人達。 「なるほど、既に遺跡に関してはそれだけの目処が立っていると」 「どないでっしゃろ。あんさんらにも宝珠商いが出来て悪い話やないと思いますが」 しかし、笑顔のまま宗元は肩をすくめる。 「残念ながら、出資は出来ませんな‥‥貴方は、その話を万屋さんを始めとしてどれだけの方々にされましたかな?」 あっ、と声を上げる奈那介。 一刻の時間差が損益の明暗を分ける商売にあっては、宝珠についての情報であっても散々手垢のついた状態では投資するほどの価値も無い。 「ですが折角紹介されたご縁、一つ宿題をお出ししましょう。数日時間を上げますので、その間に手前どもが納得できる交渉材料を考えてみてください」 「という塩梅やったんやけど」 「二度と来るなと言われなかっただけありがたい話だな。で、こんなところで油売るより先方に喜んでもらえる話の一つでも探したほうがいいんじゃないか?」 「それなんやが‥‥」 頭をかきながら奈那介が切り出す。 「なんぼ考えてみても、商人が喜んで買ってくれそうな話が思いつかへんのや。せやから、頭と口の回転がいい開拓者に頼もうと思ってきたんや」 この瞬間奈那介の資金繰り、ひいては大開拓時代の未来が数名の開拓者の手に委ねられることになった。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
赤マント(ia3521)
14歳・女・泰
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
メイユ(ib0232)
26歳・女・魔
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
リア・レネック(ib2752)
17歳・女・騎
リン・ローウェル(ib2964)
12歳・男・陰 |
■リプレイ本文 「商人って凄ぇんだな〜」 会合場所、楼港の高級料亭の入り口でルオウ(ia2445)が感嘆の声を漏らす。見ただけで高そうなこの手の店に入ろうとは普通は思わない。 「ま、こっちは黒井のあんちゃんって凄え学者先生と一緒なんだし堂々と招待されればいいよな?」 「別に俺は凄い学者でも無いし、そもそも奢ってもらいに来たわけじゃないんやで?」 奈那介が苦笑する。 「さて、回答のほうをいただけますでしょうか?」 料亭のお座敷、並べられたご馳走の膳の奥から大黒屋宗元が笑顔のまま値踏みするように一同を見渡す。 (「慣れないこともあるけど、戦闘よりよっぽど消耗するわね」) 「まず、お並びの皆様に確認したいことがあります」 リア・レネック(ib2752)は緊張を隠して朗々と語りだす。 「すでにご存知だとは思いますが、今回の調査・開拓には我がギルドでも少なくない数の開拓者を事前調査に使っており、何より朝廷から勅命も出ています。つまりは最早引き返せないところまで来ている、ということです」 ぐるりと見回す。商人達の表情から読み取れるものは今のところ、ない。 「今回、ご支援をいただけなかった場合‥‥すでにご協力いただいている方々、例えば万屋などに更なる支援を求めるでしょう。無論、相応の見返りをもって。新たな儀で商いの先鞭をつける権利を彼らに握られるのは、皆様方にとっても喜ばしいことではないのでは?」 「だが、朝廷まで関る大事であれば我々にも早晩声はかかるだろう。大規模な開拓行には多数の船が必要になるからな」 商人の一人が、多少の自負を込めて言い返す。 「そう、他に倣えでいいならそもそも資金援助の話は門前払いでいいはずなんです」 「それで、そうした話と別に貴方達がわざわざ出資を考える種が何かあるかと私達も考えたんだけど」 リアの言葉を引き継ぐように設楽 万理(ia5443)が言う。つ、と商人達を指差す彼女の動きに応じて、仲間達から単語が出る。 「開拓者相手の取引」 「新儀や遺跡の資源」 「俺なら何も無くても協力しちゃうな」 「より魅力あって精密な開拓計画‥‥ってちょっと、ばらばらじゃないの。ルオウさんは余計なことは言わない!」 恥ずかしそうに指を下ろす万理をみて噴出し笑いを堪える宗元。 「‥‥少なくともお話を聞く時間が無駄にならずには済みそうですね。どうぞ、それぞれのお話を進めてみてください」 「なんや、噂になっとるが遺跡や開拓先の儀じゃあここらで手に入りにくい草や鉱物、お宝の類が取れるらしいなぁ」 自分自身が噂を広めた大元であるにも関らず、斉藤晃(ia3071)が抜けぬけという。 「わしらが見っけたもんは色々取れる場所でも珍しい宝でもあんたらに優先して知らせたる。まあ‥‥全部が全部そっちに渡せるちゅうわけにはいかんやろうけどな」 「ふむ、では‥‥この辺りで」 鉱物商いに強い商人が弾いた算盤を見て晃が渋い顔をする。 「そりゃあ流石に取りすぎやろ。せめて半分で我慢してもらわんと」 「さてはて、黒井殿にも申しましたが、払いに応じた見返りとなりますと‥‥」 「直接の物の話はあの二人に任せて‥‥流れに乗れば良いといいつつそうせず、一度説得にしくじった彼にもう一回機会を与える理由を僕なりに調べてみたんだけど」 赤マント(ia3521)が取り出した数枚の紙。暫くの間で、見た限りでの遭都の門をくぐった商家の荷車が余さず書いてある。 「手伝ってくれた皆に感謝しないとね。‥‥で、見落としでなければ貴方達の中には都で、若しくは朝廷に出仕するような御用商家の人はいないんじゃないかな?」 都での取引は朝廷の庇護下で行われるものという建前になっており、銭を納めて正式に権利を得た商人以外は入れない事になっている。 「大店ならそんなに難しくない都の取引権を敢えて取らず、今は黒井の話に耳を傾けるって事は朝廷に唯々諾々とするやり方も十分だと思ってはいないって事でしょ」 「中々お目が高いですな。ですが、そのことと黒井殿にどのような関係が?」 「朝廷のお抱え学者とは毛色の違う黒井を貴方達が支援して成果を上げる。その上で落としどころを探れば、貴方達の懸念『嵐の壁の開閉』の問題も解決する可能性があると思うんだ」 ほほぉ、と商人達の間から感心の声が漏れる。新儀へ向かう鍵となる開閉の宝珠は一組しかなく、その管理権は当然開拓者ギルド、ひいては天儀王朝に帰するところとなる。 そうなれば開拓をするにも交易をするにも往来を掌握する朝廷の意向通りになるところだが、在野の士でありながら発見の最前線にいる奈那介が然るべき後援を得れば、そうした流れに掣肘を加えることも出来る。 「黒井には貴方達が必要で、貴方達にも彼が必要。お互いが必要とされるのは良い関係だと思うよ?」 商人の中には顎に手をあて、真剣に考える者も出始める。 「皆様も商売ですので、一か八かの開拓投資のみの話となると二の足を踏まれるでしょう。なので、私達は保険となるお話も一つ提示しようと思います」 商人達の心が動いていることを察したメイユ(ib0232)が新たな札を切る。 「開拓行へ名乗りをあげる人々はあちこちから出てきています。無論、私達開拓者も多く参加します。黒井さんは私達と接する機会も多いので注視すれば開拓者達の高需要品や供給不足品に気付けると思います」 「私達もお手伝いさせていただきます。旅商時代の知識が活かせるならばインシャッラー、そうありたいです」 モハメド・アルハムディ(ib1210)が胸に手を当てて一礼する。 「アーニー・アースィフ、残念ながら、私には相場師の才能はありませんが、知識をお教えすることならばモンキン、できますので」「作為は一切無く事実のみをお伝えします。その情報を元に稼ぐ事に関しては本職の皆様のほうが優れてると思いますし」 ちらとメイユが仲間達のほうを見る。 「ちなみにここにいる皆さんが考える、不足しそうな物や十分に供給して欲しいものはなんでしょうか」 「酒やな。現地の酒もいいが、天儀の酒もちょくちょく恋しゅうなるからのう」 「おはぎかな」 晃と赤マントが即答する。 微妙な空気を心配する開拓者をよそに、意を得たとばかりに宗元が手を叩く。 「はは、言われてみればその通り、嗜好品は必需品より後回しになりやすく、かつ求められる品々ですな。千を越す開拓者や国勤めの方々が取引の相手となれば、運ぶ労に見合う利益が出るでしょうな」 「さて‥‥皆様からいただいた情報に見合う額としては、これ位でしょうか」 三方の上に各々の商人が屋号の入った袋に銀子や銭を入れたものを乗せていく。 「定期的に新しい情報を頂けるのであれば、こちらも定期的にお出ししましょう。よろしければ、証文をしたためようと思いますが」「ちょい待ってぇな」 話を纏めようとした宗元を制止し、奈那介は緊張から出る唾をごくりと飲み込む。 「金を出してもらえるちゅうんは有り難いけど、それは情報料であってそれ以外やない。俺は‥‥開拓に協力してもらいとおて来とるんや」 奈那介の頭に、ここに来るまでに行われた開拓者達とのやり取りが思い浮かぶ。 「もしも、貴方が描いた開拓計画、面白みのあるものならば不肖な身ながら私は乗らせていただくわ。ほかの人達はあなたのやる気と説明次第。運が良いわよ、斉藤さんやルオウさんに赤マントさん、ついでに私達のお墨付きがもらえるかもしれないんだから」 万理が指を突きつけながら奈那介に発破をかける。 「まぁ、ほいほいと頷くだけでええならワシは何も減らんからの。が、自分の夢があらへんと結局は山師の詐欺と同じことや」 晃が含みを持たせたもの言いをしながら奈那介を見る。 「正直、俺自身いまだに信じ切れんとこがあってなぁ。何せガキの頃から親父の荒唐無稽な法螺を聞かされてきたもんで」 「でも、実際にお父さんの記録通りに遺跡は見つかったんでしょ?」 「そうそう、ドンピシャだったんだろ?すげーじゃん!」 赤マントやルオウの言うとおり、奈那介の父の記述は正しかったのだが‥‥ 「ちゅうても、新しい儀の石ころ一つ一つが宝珠の原石だとか、大概なことも一緒にふかしよったんやで?」 「ならば事実を実際に確かめて、正しければお父様の名誉の回復に努め、過ちなら正せばよいのですよ。貴方はこれまでも、そうやって実際に見ることを大切にされてきたのでしょう?」 メイユが優しく宥める。 「ああ、そういやぁ‥‥そうやったな。どうにも俺自身、親父が絡むと冷静に考えれんとこがあるなぁ。せやな、俺のすることは『かもしれない』と頭ごなしに否定することやない、実際に目で見て『こうだった』と調べた結果を皆に知らせることや」 帽子を被りなおすと、開拓者達にぐっと気合の入ったところを見せる。 「ありがとさん、おかげで気合入ってきたでぇ」 「その意気です。あなたと父君の調べた話は、ナァム、私の氏族の伝承にある故地の話とも似ています。必ずや、真実となりましょう」 「とはいえ、俺上手く売り込むような喋りはそこまで得意ってわけじゃないんやけど」 「変に工夫しなくてもいいのよ。熱意は美辞麗句よりよっぽど効くことがあるんだから」 どさりと奈那介自身と父の調べた成果を置く。 「‥‥俺は今、担保に出来るものはこの研究資料くらいしかない。後は、向こうで見つけた諸々の記録や、調査中に見つけた物を贈るくらいが精々やろう。とにかく、出来ることは何でもやるし、お望みのもんがあれば手に入れるために出来る限りの努力をする。お宝が仰山、ちゅうのは眉唾やろうけどここまで集めた資料や伝承から、俺らと異なる文化を持ってて交易相手になりうる人らが住んでるのはほぼ確実なんや。皆さんの援助が受けれへんかったら、そこにたどり着く事が出来ん。この首かけての頼みや、何卒、力を貸してぇな」 深々と頭を下げる彼を見た後、宗元はぐるりと開拓者達を見渡す。 「皆様、彼が調査の陣頭に立っているという話、相違ありませんね?」 「ええ、調査に加わった当事者として証言します」 万理が強く頷く。 「ギルドや朝廷などが本腰を入れているという言葉、信じてもよろしいですな?」 「はい‥‥気になるのでしたら日を改めてお調べいただいてからでも構いません」 リアが真っ直ぐ見返す。 「新儀へ向かう開拓船団が組まれるという話、皆様の名誉にかけて事実だと言い切れますな?」 「わしの名にどれほどの意味があるかはわからんが、そうじゃと答えるほかないな」 「ならば、黒井様と開拓者様、ギルドを信用致しましょう。先程の情報料とは別に、黒井様個人への投資です」 さらさらと書いた証書に印判が押される。 「さすがに持ち合わせでは足りませんからな。これを蔵番に見せれば銭を引き出せます」 「ありがとさん、この借りは必ず‥‥うおっ!?」 「どうしたの黒井さん、腰抜かしたりして‥‥うわっ!?」 引出証書には普通に暮らしていると一生お目にかからないくらいゼロが沢山並んでいる。ルオウがまだ呆然としている奈那介を揺さぶる。 「やった、凄いじゃん黒井のあんちゃん!」 「この投資に見合うご活躍を期待しておりますよ」 「聞いた話では難しそうだったのに、随分と奮発してもらえましたね」 「ヤー、リアさん、あの方達は本当に商売人です。あまり困ってない人を助けても、ラ、感謝されません。でも、本当に助けが要ると感じた人に欲しい助けを与えるとずっと恩を感じます。厳しく当たった後、条件を少しずつ優しくするのは商売人得意です」 かつてモハメド自身がよく目にした光景である。 「ですが、あの人たちのお蔭で開拓が進められるのも事実です。アーヒ、嗚呼、氏族の伝承の地を踏みしめる日が楽しみです」 「おっしゃあ!こりゃあ何が何でも新儀にたどり着かないとあかんな!」 「絶対声かけてくれよ!何が何でも協力するからさ!!」 「せやな。まぁ心配せんでもしくじった時は開拓詐欺師黒井奈那介の成敗はわしが引き受けたるわ」 クカカと晃が笑いながら凄んで見せると、奈那介は勘弁とばかりに首筋を隠した。 |