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■オープニング本文 桜のつぼみが膨らみ、暖かな陽気の中ではちらほらと咲き始める季節。 だがその陽気も桜の香も、アヤカシの瘴気を打ち払うほどの力は無い。 満開にはやや早い、三分咲きの桜の季節のことである。 「さて、この季節ならではのアヤカシが現れた」 それだけ言ってギルド職員は暫く間をおく。 意図を察した開拓者が桜の木のアヤカシか?と尋ねるとその言葉を待っていたとばかりにニヤリと笑う。 「それも天儀のどこかには居るのだろうが、今回の依頼の相手はそれじゃない。今回の相手は・・・・桜餅だ」 一瞬職員の頭がおかしくなったのかと思った。が、冗談や妄想の類ではないようだ。 「なぜかは知らないが、桜の木の下に陣取って近づく人間を食おうとしてくる。動きはそんなに早くはないが、数が居る上に飛び道具も使うのでそれなりに危険な相手ではある。そして何よりも・・・・もっちりとしてつやのあるもち米の一粒一粒まで巧妙に再現したその姿を見てると腹が減るという強敵だ」 なぜそんな姿になる必要があったのか理解に苦しむが、理解に苦しむからこそアヤカシなのだろう。 「ギルドも鬼じゃあ無い。戦闘後のやり切れぬ空腹を満たすためにこれを持たせてやろう」 親切心なのかそうでないのか、桜餅の入ったお重を職員は出してきた。 |
■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
フレイ(ia6688)
24歳・女・サ
チョココ(ia7499)
20歳・女・巫
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
ベルンスト(ib0001)
36歳・男・魔
マテーリャ・オスキュラ(ib0070)
16歳・男・魔
ミレイユ(ib0629)
23歳・女・魔 |
■リプレイ本文 それはアヤカシというにはあまりにも丸く、もちもとし、美しい桜の色をしていた。 巨大な米粒の一粒一粒までもがつやがあり、包む桜の葉は深い緑をたたえている。 そのアヤカシは・・・・見紛う事無く桜餅だった。 「なんて美味しそ・・・・皆さんのお花見の邪魔をするアヤカシ許すまじ、ですっ」 コホンと咳払いしてビシっと指を突きつけるフェルル=グライフ(ia4572)。 「なんて美味しそうな、もとい恐ろしい奴らでしょう」 チョココ(ia7499)が冷や汗を拭う。ギルドから貰った桜餅入りの重箱が無ければ危なかったかもしれない。 「さて、皆はサクラモチ見物でよいとして俺は俺の仕事をせねばな」 ベルンスト(ib0001)はそう呟いて詠唱を始める。アヤカシの来る道を絞込むように段々と細くなるストーンウォールの通路、しかも破壊に備えて二重の厚みを持たせている。大詠唱術並みの時間と練力が必要だ。 その間他の開拓者達は桜餅を見物・・・・もといアヤカシと睨み合いを続ける。 「お姉、見て、あれがアヤカシじゃなかったら何人分の桜餅かなぁ」 「・・・・それはアヤカシを見てお腹がすくよりも先に、桜餅を食べられなくなりそな気もするんだけど・・・・」 興奮しながら、穴が開きそうな勢いでアヤカシを見つめるアーニャ・ベルマン(ia5465)に、フレイ(ia6688)が呆れたように答える。 そして、その答えにまた反応するかのようにアーニャのお腹がギュルルルと鳴る。 「はいはい、アーニャのお腹が元気なのはよくわかったから・・・・にしてもホント、再現度高いわね」 見れば見るほど桜餅に見える。アーニャの気持ちもわからないでもない。 (「「あの柔らかい体だと長巻じゃ斬りにくそうだし、じゃあ峰で叩いた方が・・・・けど、叩くと中の餡子がっ、うーん餡子は飛び出させたら美味しさ半減だよね・・・・」) 「やっぱり、綺麗な状態をパクリと食べたいなぁ・・・・」 「た、食べるんですか!?」 マテーリャ・オスキュラ(ib0070)の言葉ではっと我に返るフェルル。戦い方を考えていたはずが、何時の間にやら美味しい桜餅の食べ方に思考が転じ、しかも凄く誤解を招く部分が言葉に出ていたらしい。 「ち、違いますよ!?色々混じっただけで・・・・」 「・・・・ふぅ。俺は限界だ。後は頼んだ」 「お疲れ様です」 少しふらついた後重箱を持って後ろに下がるベルンスト。 「さ、これで妙な動きをして見せればさすがの桜餅も馬脚を・・・・」 と意気込む趙 彩虹(ia8292)に対してゴロン、ペタンとそのまま桜餅が転がってくる。 「かーわーいーいー!何です移動方法まで可愛いとか反則的な!」 そのまま進んできたアヤカシは石壁に詰まって渋滞を引き起こす。 「そこの一番美味しそうなお餅、ちょっとこっちへ来てくださいね!」 アーニャが先頭のアヤカシにまず一矢。ぷすりと当たっても叫びもしなければ何かが飛び散るようなリアクションも薄いので効いているのかはわからない、が多分効いているはずである。 「作戦通りですね」 「少し、石壁がミシミシ言っている気もしますが」 ミレイユ(ib0629)とマテーリャもそれぞれ雷と冷気の魔法で続く。壁の裏では集まったアヤカシが押し倒そうとしているのか少し揺れが生じている。 「やっぱりアヤカシだけあって力はあるみたいですね・・・・ならばこちらへ!」 通路正面からフェルルが咆哮をかけ、アヤカシの向きを誘導する。 遠距離攻撃を受け続けながらも何とか細道を抜け出した先頭のアヤカシがゆっくりコロコロと接近してくる一方で、次に通路を抜けようとするアヤカシは米粒を彼女に放ってくる。 「思ったより速っ・・・・!」 達人は羽毛すら手裏剣のように放つという。 超高速で射出された米粒は命中と同時に潰れ、その衝撃を命中全面に拡散させ・・・・フェルルを後ろに大きく弾き飛ばす。 まさに天然の超兵器。惜しむらくは殺傷能力はゼロに等しいところであろうか。傍からの見た目ほど本人は痛くない。 「ベタベタしますよ〜」 が、受けに使った武器や防具部位を中心に拡散した米粒は意外にべとつく。精神的ダメージは深刻だ。 フレイはぞくりと顔を青ざめながらも、自らも咆哮を使う。相手の矛先は分散させるのが基本だ。その矛がちょっと受け止めたくなくても。 「さぁ、来なさい!」 「やぁ!」 彩虹の一撃でバランスを崩したアヤカシが転倒する。勿論あれが転倒だという自信は放った彩虹にもない。 ただ、横にころんと転がった姿、律儀にも元の位置に転がって戻る姿を見て、他にどう表現しろというのだろう。 「えい!」 面白い(?)のでもう一回同じように攻撃してみる。やはりころんと転がって、ごろんと戻ってくる。とても面白い。 そんなこんなしていると横合いから殴られたり、矢や魔法で撃たれたりしている先頭のアヤカシが突然くたっとしたようにへばって動かなくなる。といっても少し丸みが崩れただけでもの凄い違いがあるわけではないが。 「倒した・・・・のでしょうか、あれは」 ミレイユが首を傾げながら見つめるが、一応ぴくりとも動かないという事は倒したと見ていいのだろう、多分。 暢気に見えるアヤカシとの戦いだがさにあらず。高速飛来する米粒弾に加え、一匹が踏み台になって後続のアヤカシを一気に前に進ませる二段桜餅移動によってサムライ二人との距離を詰めてくる。 そしてこのアヤカシの真の恐ろしさは、接近した時にこそ発揮される。 「うぅ、チクチクします・・・・」 桜の葉のふちのギザギザがフェルルに襲い掛かる。掠めただけで血が噴出す‥‥という事も無く、ただちょっと痛くて気がちるだけなのだ。それだけゆえに、防御や攻撃に至る集中を乱す能力はきわめて高い。 そして、この攻撃により防御に乱れが生じたところで、このアヤカシ最大の攻撃法が待っているのだ。 かぱ。 桜餅が二つに割れた・・・・もとい、アヤカシが大きく口を開いた。 中は黒々として地獄の深遠のようだ。餡子がたっぷり詰まっているという言い方も出来る。 まずフレイが一気に飲み込まれる。 「うわっ、出せー!」 呼吸が出来なくなるほど危うくは無いが、周囲からあんこの甘い香りが漂ってくる。これを全部食べればどれほど太るか‥‥否、そもそもアヤカシの一部を体内に入れるなどどれ程恐ろしい事かは言うまでもない。 「この桜餅め!お姉を食べるなーーー!!」 だがそれ以上にフレイが恐怖を感じたのは逆上したアーニャの全身全霊の一矢が目の前を掠めていった時であった。 「こらアーニャ!私が中に居るんだから考えて狙え!」 慌てて、動かしにくい中必死で両手剣を操り、アヤカシの腹(?)を断ち切って自力で脱出する。人間頑張れば出来るものである。「そっちが片付いたなら、こっちも助けてください〜」 声のするほうを見ると、フェルルが腰まで齧られた状態でじたばたもがいている。どうやら避けようと後ろに退いたところを、餅のように伸びたアヤカシの顎に中途半端に捕らえられてしまったようだ。上腕が口の中にあるからかえって腕も自由が利かない。強敵だ。 割と大変な状態のフレイとフェルルを見ながら、チョココは首を傾げる。 「あのベタベタは、癒せばどうにかなるのでしょうか」 試みに神風恩寵を送ってみるが、ぎざぎざの傷は癒えるがもち米弾のべとべとが取れる様子はない。風の精霊と意思の疎通が出来るなら、『無理』というニュアンスが帰ってきていたことだろう。 かくて、桜餅に見えたアヤカシは本当に、本当に恐ろしい相手であった。石壁による各個撃破が出来なければ危うかったかもしれない。 過去形なのは、既に6体がへたりと倒れてゆっくり消滅し始めているからである。 「桜餅ー!じゃない、ベルンストー!無事だったー!?」 「お、おう。サムライ達が攻撃を引き付けてくれたおかげもあるが、この通り重箱は無事だ」 「私達は?」 べたついた鎧を脱いで、顔や手は近くの小川で洗ったフェルルとフレイが戻ってくる。 「では皆さん揃ったところでまずはお花見の準備として‥‥」 急かすようにぱんぱんと手を叩いてチョココが言う。 「コレ(石壁)、邪魔なのでどうにかしてください」 石壁を全て破壊するのは中々大変だった。具体的には先程のアヤカシ3体分の苦労であった。 その間にもマテーリャが敷物を敷き、ミレイユが桜餅を取り皿に載せ、お茶の準備をしている。 「先ずは一服、皆さんどうぞ」 戦闘後の高揚と疲労を取り除くように、桜餅と一緒にミレイユのお茶を皆で飲む。 「こらアーニャ、がっつかないの」 「だって一杯頑張ったんだもの、むぐむぐ」 「皆さん、お疲れ様でしたっ。お花見も出来ると聞いていたので私も色々持って来ましたよ」 フェルルが笑いながら花見団子を見せると、彩虹も待ち構えていたように荷物を開く。 「ふふふ、私もかくあるを見越して泰式甜品と甘酒を持参してきているのです」 胡麻団子とエッグタルトがずらりと並ぶ。甘酒の香りが心地よい。 「後、実はお酒もちょっとだけ持ってきてるんです」 フェルルが出してきたのは、お世辞にもちょっととは言いがたい量の「桜火」。漬け込まれた桜の花が杯に酒とともに注がれ、風流を誘う。 「僕も甘酒を持ってきました。それと、これも作ってきたんですけど、ちょっと不恰好で‥‥味は悪くないはずですよ」 とマテーリャが取り出したのはおにぎりや玉子焼き。見栄えは本人の言うとおり崩れているが、努力しているのはよくわかる。 「ありがたいですね。甘いもの以外もあったほうが、これを呑む時にはありがたいもので」 見ればチョココも、「桜火」の一升瓶を手にしている。 「ちょっと花見、というより大宴会だな」 ベルンストがずらっと並んだ飲食物を呆れたように見ながら一献飲む。 「こういうのがこの国の花見の流儀だっていうしね。アーニャもいっぱい食べれてよかったわね」 胡麻団子をつまみながらフレイが妹に笑いかける。 「えへへ、お姉また一緒に頑張ろ‥‥ああ、それ今食べようと思ってたのに〜!!」 「まだ沢山あるでしょうが!」 「うん、味は中々です。問題は見た目で減点五十な所ですが」 「厳しいなぁ。精進します‥‥」 何時の間にか、チョココがマテーリャに説教を始めている。酒の席の説教は長いというのが常識だ。 「まぁまぁ、何よりも気持ちを込めて作る事が大事ですよ」 ミレイユは横から助け舟を出す。が、チョココ相手にはそれだけでは不足だったようだ。 「その気持ちは表に出ないというのがそもそもですね‥‥」 「こんなに花びらが‥‥もう春ですねっ」 枝の端に手を伸ばし、その香りをすんと嗅いだフェルルが微笑む。開き始めた桜の香りは、散り際とは異なる力強さも含んだ趣があり、また格別である。 見ると、彩虹も桜の下で上を見上げてきらきらと感極まった表情をしている。 「ああ、天儀に来て初めて見るこの美しさ!桜の下で死にたいといった古の詩人の気持ちもわかる気がします!」 日の光までもが桜色に感じられる景色が、辺りにゆっくりと広がっていた。 |