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■オープニング本文 ――遭都の鵜飼は、夏の風物。 羽さしかわす鵜が鮎を咥えるおもしろさ、川面にうつる篝火の光のうつくしさ。かつては天子上覧の栄に浴したという伝統もさりながら、いまの時代、夏の宵に庶民の涼を求めての行楽先としても人気である。 石和はことし六十八歳、老齢ながら威風堂々とした縄さばき、また同輩の中でも指折りの鵜に対するいつくしみにより、名人としてつとに知られた鵜匠である。 あくまで、建前は。 「‥‥静、巴、常盤‥‥おまえたちの仇を前に逃げ帰った不甲斐ない儂を叱ってくれ‥‥! ああ不出来な弟子があのとき舟を返させさえせなんだら‥‥!」 ぶるぶると震える両手を合わせ、河辺に建てた真新しい塚の前にこうべを垂れて号泣する祖父に、孫にして弟子の明石は心底、疲れたため息を吐く。 「そうは言っても爺さま、相手はアヤカシだ。あのとき真砂と砂子が舟を返してくれなかったら、爺さま死んでたぞ」 真砂と砂子は芳紀十八、これも石和の孫にして舟をあつかう双子の姉妹である。魚の姿に鋭い歯を備えたアヤカシの群れに襲われ、悲鳴を上げる鵜の只中に飛び込もうとした祖父を必死で押さえ込む明石のかたわら、普段河下りには使わぬ帆を上げて死に物狂いで舟をあやつってくれたのだ。三日前の出来事である。 が。 「何を言うか! 鵜とともに生きて死ぬのが鵜匠の習い、しかも手塩に懸けた子らの仇。この儂の手で塩ふって踊り串打ってこんがり焼いてくれるわ!」 ちょうど産卵を終えた鮎が河をくだる、落ち鮎の季節なのであった。鵜のとる鮎は塩焼きほか鮎鮓、鮎雑炊、奉書焼きなどにしても美味だ。ちなみに鮎の話であり、いくら魚の姿をしていてもアヤカシが食べられる訳ではない。念の為。 そして怒涛のように馳せ戻って鳥屋――漁でないとき鵜をいれておく小屋――から放り出す手縄やら鵜籠やら手松明やら。明石はその後を追いすがり、 「落ち着け爺さま! 鵜を出したって二の舞だ!」 石和、六十八歳。根っからの鵜匠であり、他の漁法にはとんと疎い。じつにもっともなことを言われ、ばさりと落ちる手縄。漁のときに鵜匠と鵜をつなぐのに使う縄である。 「静ぁ‥‥巴ぇ‥‥くうっ、不甲斐ない‥‥」 まったくだ。 皺ばんだ手の甲で滂沱と溢れる涙をおさえる祖父の相手に、ぐったりと疲労をかくしきれぬ明石であった。 ほいほいと他愛なく泣く老いた背中を支え、川岸を歩く。 「明石兄――!」 との呼び声に、土手を振り仰いだ。 白い手拭の姉さん被りも清楚可憐な、少女のおもては二つ並んで瓜二つ。初見の人にはどちらがどちらか良く間違われるが、兄の明石から見ればその差は歴然としている。細かな仕草や癖の違いをひっくるめてわかりやすく特徴づけるなら、おっとりした方が姉の真砂で、元気の良い方が妹の砂子だ。いま呼んだのは双子の妹のほう。 「開拓者ギルドに連絡ついたよ。すぐに人寄越してくれるって!」 「まわりの村の方々も手伝ってくださるって。このままじゃ魚捕りだけでなく、お洗濯も水汲みもできませんもの」 姉の真砂は頬に手を当てて、ため息ひとつ。 助かった。 と、明石が思うひまもなく。 「儂に助っ人とな!」 行く気まんまんの爺がひとり。 ぎっくり腰が再発して寝込めばいいのに、と明石は久々に、心の底から願った。そう、五つの年に冬の餌飼――新鵜を慣らすとともに鵜たちをやしなう旅に伴われて以来。 祖父の石和は、孫として弟子としての欲目を差し引いても名人である。名鵜匠である。国の名士に呼ばれてそのわざを披露する見せ鵜飼だって年に一度や二度じゃきかない。売れっ子の引っ張り凧の渋い爺なのである。黙っていればの話だが。 「爺さま格好いい! ね、ね、あたしも助っ人していい? 舟で案内できるもの、爺さまと一緒に行けるよね」 「うむ無論! 儂らで静や巴の仇を取ってくれようぞ」 手に手を取って見つめ合う爺と孫。砂子は幼い頃からどうしてか、この祖父が好きでたまらないおじいちゃんっ子だ。 誰かこいつらを止めてくれ。 明石、二十歳、中鵜使いすなわち鵜匠見習い。心の叫びであった。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
橘 一輝(ia0238)
23歳・男・砂
橘 琉璃(ia0472)
25歳・男・巫
東雲 蔵人(ia0698)
17歳・男・サ
木戸崎 林太郎(ia0733)
17歳・男・巫
暁 露蝶(ia1020)
15歳・女・泰
瑠璃紫 陽花(ia1441)
21歳・女・巫
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●第一幕・河畔・昼 ――鵜飼は悔しかる、何しに急いで漁りけむ‥‥ 陽はすでに高くなりかかり、河原にひびくのは若く伸びのある歌声。 まろみを帯びた小石は広く河原を為し、流れは豊かかつ澄んで、いにしえの旅人は見ゆるものみな涼しげなとこの景勝を讃えた。 中でも涼しげな松の木陰に座り込み、真砂は歌にあわせて針を動かす。膝の上には幾枚かの刺し網。一枚だけではアヤカシ相手に心許ないので、重ねて強度を増すためだった。 「よっ。精が出るねぇ、嬢ちゃん」 声を掛けたのは北條 黯羽(ia0072)、浅黒い肌に精悍な印象ある彼女に、双子船頭の姉はいいえ、とおっとり微笑み返す。 「もうしばらくかかりますから、皆さん休んでいて下さいな。こんなことくらいしか出来ませんもの。‥‥それとも、お腹空きました?」 そう言われ、北條は黒髪を高く結った頭をぽりぽりと掻いた。様子を見にきたのも本当だが、確かに、小腹の空く時分でもある。 「爺さまぁ、皆さんも、一休みなさいませんか――?」 河原へと呼びかけるも、戻ってきたのは辺りを見回っていた兄の明石と、橘 一輝(ia0238)の二人だけ。 「やあ、参った参った。あっちの橘さんが焚きつけるもんだから、爺さまその気になっちまって‥‥」 と、ぶつぶつぼやく。あっちの、というのは見目たおやかな橘 琉璃(ia0472)のほう。口八丁というか乗せ上手というか、その滑らかな弁舌にころっとその気になった石和は他の若手の連中と一緒に投網の練習に余念がない。言い出しっぺが祟って中々抜けられない様子の琉璃は、被衣の下からちらりと恨みがましげな視線を寄越した――明石としては、ご愁傷様というほかない。名人の常として、己はむろん他人にも妥協を許さぬ祖父なのだった。夢中になり過ぎてぎっくり腰を起こさねば良いが、と溜息をつく。一輝がねぎらうように、 「ご苦労なさいますね。お茶はこちらですか?」 すっきりとした面ざしに、微笑がきれいな青年である。 ひとまず四人で車座になって弁当をひらく――鵜飼の弁当というのは、何せ一舟四人分だから、これがでかい。小桶を三つ重ねて入れ子の一段目が飯桶、二段目には野菜なんかの煮物にどんと尾頭付きの焼き魚が人数分、三段目には茶碗が重ねてあるのである。なお、飯は一升飯。人数の多い今日は同じ桶がもう一つ用意されている。 「どんどんおかわりなさって下さいね。鵜飼じゃありませんけど、皆さんもうんと力をつけておかなくちゃ」 真砂がころころ笑い、明石は手早く人数分の飯をよそう。 「しかし、こりゃあ豪勢だが。魚はどうしてるんだい?」 焼いた石斑魚を指しての北條の問いに、がっくり肩を落とす明石。 「よその魚屋からですよ‥‥獲れなくっても鵜は生魚の他は食いつけませんからね。今が稼ぎ盛りだってのに、これが続いたら俺らも鵜も干上がっちまいますよ、本気で」 切実な問題なのであった。 おーい、と土手の上から呼ぶ声がした―― そちらを振り仰げば、見慣れた双子の妹の姿。連れ立つ木戸崎 林太郎(ia0733)は片手にばたばた羽を動かす鶏を入れた籠を下げ、もう片方はなぜか砂子に手を引かれていた。 「どうだった。砂子」 兄に問われ、ばっちり、と胸を張る。アヤカシを誘き寄せる餌にと、近在の村へ調達しに行っていたのである。「皆困ってるもん。あちこちの農家の人がお金なんかいらない、持ってきなって言ってくれたよ。ね、林ちゃん?」 「はあ」 淡々と返事を返す木戸崎。にしても、幾らなつっこい方だといえ、出かける前にはちゃんと木戸崎さんと呼んでいた筈なのだが。 「それでね、林ちゃん面白いんだよー。そっち村の方じゃないよって言ってるのに、ふらふらーって。よく迷子になるんだって、うちの爺さまとおそろい」 ああそれでか。と、明石は深く納得する。 若さに似合わぬ枯淡なたたずまいといい、落ち着いた言動といい、ものごころついて以来爺さまっ子の砂子になつかれる訳である。 ちなみに砂子の「爺さまみたい」は決して悪意ある表現ではなく、むしろ最大級の賛辞なのだが、それにしても、ちょっとどうか。内心深く詫びながら頭を下げる明石であった。いいですけどね、僕は、と言うふうに肩をすくめる御年十七歳、巫女の青年の落ち着きっぷりは確かに、ちょっと爺さまぽい、と明石も思った。むろん、悪い意味でなく。 やがて河原に出ていた面々も、三々五々と昼餉をとりに集まり出した。 「はいはい、おじいちゃん。頑張るのもいいけど、休むのも大事よ?」 そう祖父をなだめるのはやわらかな物腰をした赤髪の泰拳士、暁 露蝶(ia1020)。 「初めてやるとなると、中々上手くいかないものだな‥‥」 手にした投網をためつすがめつ呟く東雲 蔵人(ia0698)。 「まあまあ。鵜飼を楽しむのには遠回りをしなきゃならない‥‥ってな」 その心は、鵜飼なだけに、迂回をする、と。 誰が上手いこと言えと言った。と、いう皆の視線をものともせぬのは九竜・鋼介(ia2192)である。「まあまあ、面白いかた」と、この駄洒落をさらっと流す真砂は大物なのか天然なのか、おそらくは後者であろう。 陽はうらうらと照り、河はとうとうと流れ、これでアヤカシ討伐が控えているのでなければ何とものどかな、行楽の風景であった。 ●第二幕・河・午後 「さて。では、征くとするかの」 河岸につくられた、この事件で犠牲になった鵜たちの弔い塚の前に手をあわせてのち、石和はおもむろに立ち上がる。 老齢でありながらしゃんと背筋の伸びた体躯にまとうは袖口を小鉤で留めた黒筒袖。共布の胸当は芯に油紙、動きやすく、また水の湿りを防ぐためのもの。篝火の火の粉を避ける風折烏帽子に足捌きのよい足半草履。まこと威風あふれる、匠の鵜使い装束であった。手には鵜の首を結わえた手縄‥‥ではなく、扱いつけぬ投網。 「爺さま。腰には気をつけてな、護衛の皆さんに迷惑かけちゃならねえぞ」 いざとなると心配性な明石がくどくどと言ってきかせる。 「じゃ、行ってくるからね、真砂。林ちゃん、一輝さん、暁さん、東雲さん。兄ちゃんと姉ちゃんをよろしくお願いします」 ぺこりと陸組の面々に頭を下げ、印半纏にきりりと巻いた鉢巻姿の砂子が棹を取り上げる。いつもの中乗役でなく、船頭の艫乗とあって、いつになく緊張ぎみだ。 「気楽に、気楽にな。何、俺達がついてるさ」 舟に乗り込んでいた北條にとんと背を叩かれ、てへへと照れ笑った。 そうして鱗めいて漣立つ河面に、鵜舟はゆっくりと滑り出してゆく。 「このあたり、かな」 砂子が棹さす手を止めつぶやく辺りはひときわ深く、淵をつくって淀んで見えた。 「どれ」と、九竜が籠を手にして水面を覗き込む。籠の中には羽毛まじりの、血もしたたる生肉。 ぽつ、と落ちる血のしずくに、ざわざわと不吉な水音が立った。 「おっ‥‥と」 手を引こうとする暇もあらばこそ。 水中のアヤカシが尾で水面を叩いて躍り上がってきた。 九竜が十手を抜くまでもなく、北條の長脇差の一閃がそれを迎え撃つ。おや、これは、と船尾の琉璃が呟く。 「貪魚ですね。どうやら坊主はまぬがれたようで‥‥」 鋭い歯をもち、水中でその群に喰らいつかれれば牛馬のたぐいもほんの数十秒で骨と化すアヤカシ。へええ、と砂子は目をまるくして感心した。 水揚げしてしまえば一匹程度、さほどの脅威でもなく、止めを刺した刃の先でどろりと瘴気と化して霧散する。 「よっしゃ。爺さん達、網と撒き餌は頼んだよ!」 高揚を隠しもせず、北條が人魂の式を飛ばす。水中から確認し、水域のアヤカシを一網打尽に捕えて陸に揚げる算段である。「うむ!」石和の皺ばんだ掌からきらきらと、刺し網の糸が陽光に光り、舟の残す澪とともに後方へと流れていく。 ●第三幕・河畔・午後 おおい、と下流からさかのぼってきた舟相手に、東雲は大きく手を振った―― 「そろそろ、いいかね」 舟の後ろを追う、不穏な水飛沫。時折は舟の中まで飛び込んでくる貪魚をしのぎつつ網を動かしていた鵜舟が、陸からの呼びかけに応じて船首を返す。 それを見届け、東雲は深く息を吸い込み、丹田に力を込めた。 河面にひびく、鬨の声めいた咆哮。 アヤカシを寄せる雄叫びにつられ、水中に垣間見る魚群の暗い影が、一気に収縮した。 「廻せ! 廻すんじゃ、砂子!」 それを取り巻く網を支えたまま、船端にしがみつき、石和が老いた喉を嗄らす。ちょうど水流が速さを増し、石が舟底をこする難所にさしかかっていた。 「うん、爺さま!」 ぐっ、と。 肩にあらん限りの力を込めて、棹で河底を押す。目の前を白く染める水飛沫、着岸の衝撃。「どっせええい!」と、石和とともに網を支えていた九竜がよくわからない気合の声を挙げる。 「やれやれ、無茶をしますね。御老体も、砂子さんも」 被衣から水をしたたらせ、琉璃は苦笑する。ほぼ岸に乗り上げる形で着岸し、舟内に転げた砂子を助け起こして囁く。 「さ。早く岸の、皆さんの後ろへ」 力任せに陸へ揚げられた網からは既に幾匹か、魚の姿のアヤカシが零れて鋭い歯を剥いていた。うん、とうなずき、砂子は祖父の元へと走る。ちょっと目を回してはいたものの、腰もぶじなようでほっとする。その腕を引いて、さらに走った。 「ここは任せて、ね」 暁がすれちがいざま、茶目っ気とともに上品な目配せを寄越す。華麗な足技で貪魚を空中に舞い上げる、その残像が目の端に残った。投網を捨てて刀をふるう東雲のすがた。一閃で牽制を掛け、返す刀で貪魚を仕留めてゆく一輝の様子も、ちらりと垣間見えた。息を切らせて駆ける足を噛もうとしたアヤカシの一匹を、木戸崎が放った力の歪みが千切り飛ばす。 砂子が真砂と抱き合って喜び、あらためて土手から河原を眺めるころには、勝負の大勢は決しているようだった―― 刺し網から逃れたアヤカシは浅瀬では投網ですくい、着実に始末をつけられてゆく。 見るにおそろしげに噛み合わされる歯列のつくる傷は、巫女のわざが癒し。 いっときは河面が黒く見えるほどの数を誇った貪魚の群れも、やがては陸で苦しげに跳ね回るばかりになり。 空が黄昏のいろを帯び、河の夕風が涼気を運ぶ時分、北條がもう一度人魂を飛ばした。 式の目をもってぐるりと見てまわった水域にはようやっと、数をもって悩ました貪魚も尽きて。 それぞれに濡れ髪から雫を垂らし、もしくはすっかり重くなった衣を片肌脱ぎ、めいめいはてんでに歓声をあげる。 「やったな、爺さん。仇を討てたな」 東雲に肩を叩かれ、石和はまた他愛なく、声を挙げて泣いた。 ●終幕・宴・夜 河を騒がせたアヤカシを駆逐してのち、三日。 痛んだ鵜舟の修繕や、新鵜の仕入れの手配とてんやわんやの忙しさの合間を縫って、きょうは別れの宴である。 「‥‥ううむ。塩でそのまま食べるのも美味だが、蓼酢できゅっと締まったこの味もまた‥‥!」 箸でほぐせば湯気とともにほっくりと香りの立つ塩焼き相手に、東雲は感嘆しきり。かたわらでは九竜が砂子の酌を受けている。 「よ――‥‥っとと。そのまま、そのまま、ん、まさに猪口から――」 「はいはい、また今度聞くね。一輝さんもどうぞ」 繰り出そうとされた駄洒落を華麗にかわし、砂子は兄としみじみ飲んでいる志士のそばへゆく。鵜匠・石和の家は河岸にほど近く、こうして座敷から縁側まで開け放つと河風がよく通る。昼の残暑を夜が吹き払うと、風はもう、すっかり秋の気配だ。 勝手に頂いています、と笑ってかるく目礼し、一輝は杯につと瓶子をかたむける。微笑とともに、こまかい仕草の端々がじつに端正だ。 斜向かいでは暁が目をまるくしては皿の魚を美しい箸使いでつつき、 「あら、こんなの初めて。美味しい‥‥」 「あ。鮎はもう子持ちの季節なんだよー、気に入った?」 北條や一輝に持たせるみやげの鮎はすでに、籠に盛ってある。 酒は近在の村から祝いに届けられたものも加えて、たっぷりと。 料理の皿は塩焼きにうるか、赤煮に甘露煮、その他諸々。旅籠で出されるように見事な、背越しの刺身なんかも混じっている。何せ今日は、特別に腕利きの料理人が厨に立っているので。 縁側の端っこでのんびり茶など啜っている木戸崎の姿をみつけ、砂子ははしゃいだ声を出した。「林ちゃん、こっちおいでよ! お酒飲もう? 料理食べよう?」 やれやれ、と言った感じで腰をあげる、その年に似合わぬしぶい笑いに、やっぱり爺さまみたいだ、と砂子は嬉しくなる。 一方その頃、厨房では。 「しかし皆さん、よく食べますねえ」 鮎御飯から雑炊までひととおりの仕込みを終えて、琉璃はくすくす笑う。 「すいません。こんなに沢山手伝ってもらって‥‥」 しきりに恐縮する真砂は姉さん被りに前掛け姿。結局、料理の皿の半分ほどはかれの手になるものである。 いいんですよ、好きでしていることですから、と首を振り、 「それより、この赤煮、というのはどうやって作るんです? 素朴で、生姜の風味が利いているところがまた‥‥」 「ああ、それはですね。鮎のはらわたを取らずに、味付けは濃い目に‥‥」 料理談義に花が咲いていた。 そうやってひとしきり酌をして回った砂子を、ひとり骨酒を嗜んでいた北條が手招く。 「ほら、そろそろ見えてきたよ。まったく昨日の今日で、爺さんも無茶をする」 じつは砂子もちょっぴりそう思う。 「でも、爺さまには鵜飼が一番の薬なんだって。そう言ってた」 鵜も、鵜舟も、ついでに今日は船頭も、よそから借りてきたものである――新鵜の仕込みは冬になる。河の魚を獲りつくさぬため、鵜飼が鵜飼を行うのは夏のはじめから、中秋の名月のころまでに限られる。その他の季節は鵜をやしないにさまざまの河をさまよう、餌飼の季節だ。ことに夏をアヤカシに悩まされた今年の冬は、つらい旅になるだろう。 ぐしぐし、と頭を撫でられて目をあげると、精悍な笑み。 「ま、なるようになるさ。そうだろ?」 「‥‥そうだね!」 花咲くように笑い返す。秋の気配の夜風が吹き過ぎてゆく。ほろほろと飲みながら、「歌ってくれないかい、酒の肴に」とねだる北條に応え、砂子は立ち上がる。 ――鵜飼はいとほしや、万劫年経る亀殺し、又鵜の首を結ひ‥‥ やがて、河面に流れる篝火の明かり。 夜目にひとしお黒い、鵜の羽のいろ。 ――現世はかくても在りぬべし、後生我が身を如何にせん‥‥ 面白く、やがてはかなしくさびしげに、夏の名残りがゆく。 |