招きもふら大作戦
マスター名:石田牧場
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/13 19:35



■オープニング本文


 ギルド受付の仕事も無い非番の日。そろそろ春物の服でも見繕いに行こうかと神楽の街へと出かけていた受付係の晶秀は、これが最後とばかりに知人が営む店へと足を運んでいた。
『古物屋』
 古着から骨董品までの古物を扱うこの店の店主は、これまでに何度か依頼を持ち込んできている。その縁でこうして買い物に足を運ぶようになったのだが‥‥
「お休みのようですね」
 夕暮れ時ではあるが、まだ店を開けていてもおかしくない時間である。まして店主の性質は生真面目な方であることを考えると、休業日であることを知らせる張り紙の一つもないのは不思議に思えてくる。丁度通りかかった婦人に話を聞くと、今日は定休日でもないという話で。
「‥‥‥」
 数瞬迷ってから晶秀が戸板を叩こうと手を伸ばせば、何やら音が聞こえてくる。再び数瞬迷った後に、晶秀はそっと耳を戸板の隙間に寄せた。
 ‥‥回り‥‥‥! 今度は‥‥‥ですよ‥‥!
(何をしているのでしょう?)
 聞き覚えのある店主の声だが、営業と接客用の部屋よりももっと奥から聞こえてくるらしく、あまりよく聞き取れない。
 ‥‥今です! ‥‥戸を閉め‥‥
 首をかしげる間にも店主の声が続き、それに応じる従業員らしき者達の声とバタン何かを閉じたらしき音がした。

「おや、丁度良いところに来てくださいました」
 店内が落ち着いたのか、しばらくの後に顔を出した店主の三豊矩亨は、外で困ったように立っていた晶秀に驚く前に、嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「受付係さん、確か巫女‥‥志体をお持ちでしたよね?」
「え、ええ一応‥‥」
「私達では手に負えないみたいでして‥‥是非お手伝いをお願いします!」
 三豊にしては珍しく強引な態度で手を引かれ驚いたこともあるが、先ほどの物音との関連性も全くわからず抵抗もなく奥へと連れて行かれる晶秀。
 蔵の中へと導かれるままに足を踏み入れた後、自分が冷静さを欠いていたことを悔やむのは‥‥これから語られることになる。


「どうしてこんなモノがあるんですか!」
 にゅるり、ぬるぬる‥‥
「モノではありません、れっきとしたもふら様です‥‥よ?」
 かつてない怒気で叫ぶように声を荒げる晶秀に、三豊が及び腰になりながらも答える。
「そうではありません、もふらが装備してるアレとかソレとか、挙句の果てにどうして赤いモノまでしっかり装備してるんですかこの子!?」
 自分に纏わりつくもふらの様子を恐る恐る見回しながら、どんどんと涙目になっていく晶秀。
 ぺたっ♪ ぬるりにゅる〜
 もふら自体は、ただ純粋に晶秀に甘えているように見えるのだが、その装備している品々が問題なのであった。三豊は誠実な対応をせねばと考え必死に答えているのだが、本来の顔の造作のせいでどうにも真面目に見てもらえない、そんな役割を延々と続けていた。
「ですからそれは、私が以前に買い付けておいた珍しい品でして‥‥」
「能書きはもういいですから! 早く人手でもなんでも呼んできてください!」
「えぇと、この場合どこへ行けばいいのでしょうか?」
「ギルドに決まってるじゃないですか! 手続きは後付けで私が何とかしますから、さっさと呼んで来てください! 勿論報酬は三豊さんが払うんですからね!」
「わ、わかりました、今使いのものをギルドに‥‥」
「ってさっさと行けーーーーー!!!」
 涙交じりの絶叫で三豊を蔵から追い出す晶秀。それに気圧されて慌てて駆け出していく三豊。
 にゅる〜ん、ぺったぺたもふ〜♪
 件のもふら様には、ぬるぬるとした数本の触手とタコのような吸盤、そして赤い巻物がくっついていた。
 受付係の名は晶秀 恵(あきひで めぐむ)、普段は落ち着いた雰囲気を持つ女性だが、さすがの彼女も精神的な限界が近くなっているようである。


■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454
18歳・女・泰
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
四方山 連徳(ia1719
17歳・女・陰
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ


■リプレイ本文


「この扉の先になります。ですが‥‥その、皆さん気をつけてくださいね」
 受付係さんもそうですが、どうして今回はこんなに女性が多くいらっしゃったのでしょうか‥‥私自身、心してかかることにいたしましょう。

 ガラッ!
「わぁ、こんな珍しい生き物が居るなんて、流石ニンジャの国、東洋の神秘です!」
 早速声をあげたのはルンルン・パムポップン(ib0234)さん。その、もふら様なのですよ? 背から七本ほどに分かれた触手が生えたようにくっついていたり、お腹にはタコのような吸盤がいくつか密集して並んでいたりはしますけれども。やっぱり珍しいものとして映るのでしょうか、狙い通りではあ‥‥何やら、後方から寒気がしてまいりました。
「吸盤とかは家も使ってるけどさ‥‥珍しいからって、何でも使おうとするんじゃないの!」
 どうやら視線の主は川那辺 由愛(ia0068)さんだったようです。ごもっともで‥‥私もまさか、あそこまで元気に遊びまわられるとは思っていなかったのですよ? 今となっては言い訳にしかなりませんけれど。
「これは見事と言うか、面妖と言うか‥‥ご主人、良い趣味でござるね」
 悪い意味で。と小さく四方山 連徳(ia1719)さんが呟いたのは気のせいではないようです。趣味とかそういうつもりではなかったのですが、その‥‥反省はしています。しているのですが、先ほどからずっと受付係さんを直視することが出来ないことには変わりません。涙目で触手に纏わり疲れている女性というのは、その‥‥見ていると困った気持ちになってしまうと言いますか、いえなんでもありません!
(看板になるものに気をてらいたくなるのは人情ですが、奇抜なだけではすぐに埋もれてしまうのですけれど‥‥)
「そこまではこちらが責任を持つことでもありませんか」
 何かおっしゃいましたか斎 朧(ia3446)さん? 責任? えぇはい、今回は間違いなくこちらの不行き届きですから報酬は安心してください。え、そういうお話ではない?
「面白そうなチャレンジよね」
 そういってくださると少しだけ救われた気がします。ありがとうございます、葛切 カズラ(ia0725)さん。ですが今は素直に喜べません、流石に他の皆様の視線が‥‥私のせいですから、きちんと受け止めますけれど。ですから頭を抑えて溜息などしないでいただけると嬉しいです‥‥
「まあ、こんな姿でも、貴重な装備でしょうから、まずはしつけと並行して外すことにしますか」
 宿奈 芳純(ia9695)さんは今回駆けつけていただいた開拓者さんの中で唯一の男の方です、一人でも居ていただけて助かります‥‥目のやり場に困った時などの逃げ道になりますし。
「もふ龍ちゃん、今回も一緒に頑張るわよ!」
「頑張るもふ!」
 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)さんは年明けぶりでしたでしょうか、その節はお世話になりまして‥‥もふ龍さんもよろしくお願いしますね。
「ぬ‥‥もふら様、こっちに来て遊びませんかー?」
 さっそくのとりかかり感謝します乃木亜(ia1245)さん。食べ物のことはすっかり忘れていました‥‥ところでその『ぬ』って何でしょうか?

 え、名前? そういえば何も考えておりませんでしたね、どうしましょう。
「名前なんてどうでもいいから、さっさと何とかしてくださいよ!」
 あっすみません受付係さん! そういうわけですので、なるべく早くお願いします‥‥


「もう暫く耐えて頂戴ね。あたし達が如何にかするから」
 晶秀用の着替えを用意した由愛がはじめに声をかけた先は晶秀である。これからどうやって事態を収束させるにしても、晶秀が途中で理性を手放しては意味が無い。ほんの僅かな時間であろうともその時間を確保すべく心のケアに向かったのは道理といえた。盟友の性質に関しては自身も身に覚えがあるので同情をしていたりもする彼女としては捨て置けなかったと言うのが事実かもしれない。

 由愛が晶秀の気を逸らす間に、もふらへ働きかけるのは乃木亜、紗耶香、ルンルンの三名。まずは力ではなく説得でどうにかしようということで各自笑顔を浮かべてそっと近寄っていくのだが、どうにもあと少し、触手の届く範囲に入るところから先に進む一歩が踏み出せない。
「もふら様と同じもふらのもふ龍さんもいらっしゃいますよー」
「もふ龍と遊ぶもふ! な、何か動いてるもふ〜」
 紗耶香のもふ龍を含め、まだ近づく勇気がないようである。その中で意を決したのかルンルンが一歩踏み出し、もふらへ右手を差し出した。
 もふにゅるぅ〜、ぺとっ
 にゅるぅんっ
 ぬるまきっ、もふ〜ん
「私ルンルン、仲良くしましょうね‥‥‥‥‥ごめんなさい、やっぱりちょっときしょいです」
 なんとか触手の一本を自分たちのほうに向けることに成功したルンルンだったが、触手との握手ともとれる接触に生理的な嫌悪感が呼び覚まされた様子。もふもふしている毛皮の隙間からにゅるりと出てくる触手はなぜか生暖かくて、やっぱり気持ち悪いほうが印象に強かった。つい突き放すように手を離してしまう。
 もう一本の触手はもふ龍へと伸ばされている。ただルンルンと違い手を伸ばされているわけではないので、どうしていいのか分からないらしくもふ龍の目の前でゆらゆら揺れているだけだ。それはそれで、きしょい。
 三本目の触手は乃木亜の差し出していた食べ物に吊られているようなのだが、しっかり掴んで持ち上げるほどの力にいまひとつ足りないようでこちらも手持ち無沙汰に蠢いている。食べ物をちらつかせている乃木亜自身、触手に触れたくないようで食べ物を寸前で避けさせたりしている。こちらはある意味触手のひきつけには成功しているようなのだが‥‥目の前すぐ傍にあると、やっぱりきしょい。
 大事なことですから何度でも。とにかくきしょい。
「きしょいって何もふ?」
 無邪気に聞いてくるのだが、当人(当もふら?)に直接その理由を教えるのは遠慮したいところだ。つい黙り込んでしまったせいで静かになった空気を吹き飛ばすように、慌てて紗耶香が声を上げた。
「とにかく説得あるのみですよ、もふ龍ちゃん!」
「やってみるもふ!」
 もふもふ、にゅるりぬる〜ん
 しばらくもふもふ話し合ったようなのだが、一向に晶秀が解放される気配が無い。焦れたもふ龍がじゃれ付く要領でもふらへと擦り寄ったのだが、自己犠牲もむなしく数本の触手に弄ばれるだけとなった。
「あ〜! もふ龍ちゃ〜ん!?」
 自分自身ではないにしても、自分の盟友がきしょいものにまみれるのはやっぱり嫌なものである。愛しの盟友を力ずくでも取り戻そうと近寄りかける紗耶香の肩に、ぽんと手を乗せたのは由愛。
「説得っていうのはこうするのよ。ほら来なさい、神薙!」
 蝦蟇見栄の発動で姿をあらわすのはジライヤで、現れてすぐに見た光景が女性と触手。
「おぉ、由愛様! あ、あっしも混ざって良いで‥‥スミマセン」
 どうやら好色の琴線に触れたようなのだが、すぐに由愛のコメカミに浮かぶ青筋に気がついたようでびしりと姿勢を正した。
「判れば宜しい。ほら、さっさとやりなさい!」
 誰も怪我だけはしないようにと簡潔に伝えて一息つけば、由愛に向けられるまなざし一つ。
「わぁ、由愛さんもニンジャだったんですね‥‥ガマ呼べるのが何よりの証拠です!」
 ルンルンが仲間を見る目で由愛を見つめ、自身も相棒のパックンちゃんを呼び出した。
「いや、あたしは違‥‥って、あんた何してんの!」
 視界の隅に、触手に巻き疲れて喜ぶ神薙の姿を捉えて怒声を飛ばす由愛。だが実際7本のうち4本が晶秀から外されているわけで‥‥
「いっその事このまま一本ずつ外せば、ひとまず彼女が助かるんじゃないの?」
 あれで、当のもふらは遊んでもらってると思ってるみたいだし。カズラが鶴の一言を放った。

 潤滑剤にと提案されたもののうちの大半は、油と言うことで却下されている。可燃物を大量に使うということの危険性と、商品の汚れ落としの手間を考えた結果のようだ。だが代わりになるものとして三豊が提案したものの大半が彼の趣味としている調理の材料ばかりで、うっかりとその中に匂いの強い納豆が混じっていたため一部女性陣に不審の目で見られるなどひと悶着あったようである。
 時間もそう長くないと言うことで、すぐに用意できるものとして採用されたのは大量の生卵であった。白身だけを使いたいところだが、分ける手間も惜しいので黄身ごと使うことになる。
「ちょ、ちょっと! この上更にぬめらせるってどういう‥‥っ」
「ぬるぬるは嫌? そんなの知らんでござるよ!」
 触手が減り多少理性を取り戻してはいたものの、大量の卵液をもってにじり寄る連徳と朧、カズラに気づいた晶秀が抗議の声をあげるものの、即座に切り捨てる連徳。一度厳しい顔をしたかと思えば一転、徳の高い僧が諭すような声音に変わる。
「力技でどうにかすると、触手とか色々とダメになっちゃうので‥‥気長に延長戦な感じで、そう長期戦でござるよ」
「そ、それは‥‥」
 気おされた勢いで、「長期戦」の真の意味に気づかない晶秀。
「私達も同じ状況になるのですから」
 これは本意ではないのだという表情をつくってみせながら朧が説得を試み、同時に卵液を自分の身にかけた。それにあわせてカズラと連徳も卵液を被れば、晶秀は諦めたのか目を伏せた。
(‥‥説得対象が変わっているように思いますが、それを言ってしまっては台無しになるでしょうね)
 どうにも手を出しにくくなってしまった芳純は、のちに晶秀嬢に差し出すもふらのぬいぐるみを見ることで気づかなかったふりをした。
 流石に紳士としては、女性ばかりのところに混じってぬるぬるの世界に飛び込む勇気はない。不慮の事故でいい目を見られる可能性と同じくらい、後のお仕置きが怖いようにも思えたからだ。
「躾のときに力を尽くさせてもらいますね」
「‥‥はい? あ、えぇ、お願いします」
 同じように気まずげにしていた三豊にそう声をかけて、男二人、なんとなく後ろを向くのだった。

 ぬーちょ太郎さん ぬちょ太郎さん
 触手にからめた 晶秀さん
 ちょいと 放して 下さいな

「もふルフちゃん、の方が可愛くないですかぁっ?」
「でももう、ぬちょ太郎の印象が強すぎて‥‥って、きゃぁっ?」
「おいらのこともふか?」
「由愛様ぁっ! またお嬢さんが増えていい眺め‥‥へぶっ!?」
「あんたはこれで目隠しでもしてなさい!」
「見えないとこれはこれでぇ〜」
「やっぱり気持ち悪いもふ〜〜!!!」
「こめんなさいもふ龍ちゃん、あと少しだけ辛抱してください〜」
「ここをこうして‥‥まったく、触手と吸盤は人を選ぶものなんだからね?」
「何でそんなに慣れてるのよ貴女方‥‥」
「気のせいですよ、別に楽しんでいませんし」

 ぬーちょ太郎さん ぬちょ太郎さん
 触手にからめた 開拓者
 ちょいと 遊んで 下さいな

「やっぱり遊んでるんじゃない! ‥‥って、あら?」
 連徳の歌とぬるぬるの効果音を背景にくんずほぐれつ巻き込まれていた晶秀の声が驚きに溢れる。開拓者達の所業に慌てたり怒ったりごまかされたりしているうちに、気がつけば解放されていたのだ。
「まぁ‥‥ひとまず着替えてらっしゃい。お疲れ様?」
 由愛が目の前に差し出した着替えに遅れて気づき、それまでなんとか気丈に振舞っていたのがほぐれへたり込むのだった。


「一応あちらは看板もふらですので、今までの怒りをぶつけたい場合はこちらへどうぞ」
 古物屋で湯をかり清潔な服に着替えさっぱりした晶秀、芳純の差し出したもふらのぬいぐるみをなじることは無かったが、心の平穏を取り戻すためにと存分にその感触を堪能しているようである。
「やっぱりもふらはこの感触じゃなくちゃ駄目よ‥‥」
 などと何度も繰り返すように呟いてマインドコントロールを図っていたように見えたが、そこは触れないで置くのが正解と言うものだ。再び手持ち無沙汰になった芳純は、もふらの命名案を書き付けることで時間を潰し始める。
「受付係さんにも、慰謝料‥‥囮として協力していただいた分、報酬と言う形でお礼をいたしますから」
「当たり前です」
 依頼報酬の金額交渉など、後付けの手続きを行うどこか殺伐とした様子を背景に、触手や吸盤は堪能されながら外されていく‥‥

「剥がしにくいときのために‥‥とは思ったけど、大丈夫そうかしらね」
 もふらの行動を抑える術の使用も考慮に入れていた由愛だったが、最終手段だろうと思い直す。絡まれている者達が晶秀のように精神の限界を感じる者ならば再び考えるつもりだったが、どうにも皆本気で困っている様子は見られないからだ。神薙が常に見られないほど興奮していることには、ひとまず今だけと考えて目を瞑る。
「ゾクッ? 今、素敵に悪寒があっしの背をめぐりましたぞ〜」
 そう言いながらも声に喜色が混じっているのは間違いない。今は無理でも、後でその分お灸をすえてやればいいのだ、そうしよう。
 ぬるぬる、つるりもみにゅるりもふっ
「中途半端もいいところだわ。やるなら本気だしてこれくらいは‥‥ねぇ?」
 自身も卵液に塗れ触手に負けず劣らずぬるぬるになったカズラが本領発揮とばかりにその色気をかもし出す。自らに絡みつく触手の表面に手をなぞるように沿わせ、滑らせたかと思えばうねらせ、うねったかと思えば柔らかく力を加え徐々に触手の根元、つまりもふら本体へと近づいていく。
「それができないならやめるか、目指すものを変えなきゃ駄目ね」
「くすぐったいもふ〜」
 もふっと体を震わせた勢いで根元へ辿りつき、薄く微笑む。これで第一関門突破だとばかりに両手を添えた。そこから一本ずつ丹念にくすぐる様に触り始める。
 ふにふにぬるり〜‥‥
「もふっ? とれたもふ〜♪」
 はじめに外れたのはもふ龍に絡み付いていた触手。もふらから外されると同時にコントロールを失う事となる触手は、そのままずるりと外れ力なくその場にずり落ちていく。紗耶香がすかさず抱きつくのだが、ちょっときしょい感触が残っていて複雑だ。
 にゅるぅっ! ぬ〜りゅ〜
「はぅっ! そう滑られると変な気持ちに‥‥いえその今の気のせいですから、すみませんっ」
 乃木亜が開放されて直後に顔を真っ赤に染めた。見ればうなじまで赤く染まっている。いまだ触手に絡まったままの神薙がウヒョウと奇声をあげた。
 楽しげに歌っていた連徳は、遊んでいる中でも特に積極的な「遊び相手」と認識されたようで、特別に何もせずとも触手で巻き取られもふらのすぐ傍に引き寄せられていた。そのまま抱きつくように抱え込まれたので、実際は吸盤の餌食にあったといってもいいかもしれない。はじめの晶秀が居たのと同じ位置だ。幸い触手は他の者達と遊ぶために忙しいようで、連徳は吸盤へと専念できた。卵液を吸盤ともふらの接続部分へと刷り込む様にすれば、端のほうからつるりと指を差し込めるようになる。
「こっちもすぐに剥がせそうでござるよ」
「もふっ? それじゃ遊べなくなるもふ〜」
 連徳の声に抗議を上げるもふらだったが、特に剥がしにくいはずだった触手はすでに数本剥がされている。抵抗が無駄だと分かるのは全て剥がされ取り押さえられたあとだった。


 各自身支度を整える時間をとり、盟友の龍達も入れる作業場へと場所を移したのは大分日も傾いたころであった。
「面白かったのにもふ」
 芳純の盟友、菩提に手加減されつつ圧し掛かられたもふらは遊び足りないと文句を垂れているが、流石に逃げられない状況なのでそれ以上の抵抗はしていない。
「見てる分には、存分に」
 はじめから今までずっと高みの見物をしていた朧の盟友、玉響がさりげなく気配をあらわし頷くように首をふった。
「まず言葉で説得するところからはじめるのは基本ですが‥‥」
 わざと玉響のほうを見ずに三豊へと話しかける朧、その言葉が切れる合間に虚空がビキリと歪んだ。
「‥‥あまり心労がかかると、手が滑ることもありますよね」
 ねぇ? と誰にともなく同意を求める朧。その一部始終と、玉響がその場で固まっている様子を見て一部の者達が言葉をなくす。
「由愛様、あっしはちょっとお暇させていただこうかと‥‥ひぃ、申し訳ございませぬ!」
「わかっているならそのままおとなしくしてなさい! っとまぁ、時と場合よってはこうやって主の威厳って奴を判らせるようにしないとね?」 
 眼光そのままに向き直られたせいで、三豊が怯えたままなのは‥‥今回は自業自得であるので誰も助け舟を出さない。
「‥‥あの、他には」
「拙者に任せるでござるよ! 泥船に乗った気分で」
 連徳が胸を張って立ち上がり答えようとしたのだが、突如すばやい動きできしゃー丸に捉えられ、子猫のように首の後ろあたりの服をくわえられ居なくなった。
「「「‥‥‥」」」
「えー、と。『誰かに絡むと痛い目にあう』もしくは『悪いことをすると痛い目にあう』という具体的な対処法の一例です、今のは」
 とりなそうとした芳純の言葉もどこかぎこちない。ともあれ手ほどきは続く。
「他の場合というのは‥‥?」
「ごはんをあげる時に待てやお座りを教えるとかですね。うちのもふ龍ちゃんは躾る前から賢かったのでできましたがね〜」
「もふ龍頭良いもふ〜☆」
「ただ、問題は、この後もこのアイテムを付け続けられるかと言うことでしょうね。もし付け続けるというのでしたらちゃんと制御できるようになってからじゃないと駄目だと思います」
 紗耶香が実際の躾け方を出したことと今一番の問題点を挙げれば、乃木亜がもふら様の傍によって話しかける。
「もし、誰かを傷付けてお店に人が来なくなったら、ご飯が食べれなくなりますよー? ですがお行儀よくお客さんの相手をして、お店が繁盛したら美味しいものも沢山食べれますから」
 自分のことも構ってくれと藍玉が鼻先を擦り付けてくる様子に頭を撫でてやりながらの優しい声音とその絆の現れに、三豊も羨ましくなったのか手ほどきへの態度もより真剣になる。
「大丈夫、私ちゃーんと用意してきたんだからっ‥‥」
 次は自分とばかりに前に進み出たルンルンが鞄から自信たっぷりに取り出した巻物には『正しい触手の躾け方』と書かれている。すでに対象が違うのでカズラがさりげなく遮った。
「まぁ、そういう基本的なところからしっかり躾けて、個性をつけるのはソレからでいいと思うわよ」
 その先について、さわりだけでも今のうちに教えてはみるけど期待はしないように。そう言いつつカズラを筆頭に開拓者達はいくつかもふらへと躾と芸の初歩を教え込んでいった。
 実際に鉄葎の舐め癖予防に役だった自参の画を教科書代わりに昼夜の使い分けを教えたり、なつく場合は肉球だけにしたり、触手は踊りの衣装のように扱うようにする等だ。勿論、三豊には躾をしっかりと施すまで危ないアイテムは使わせないことを約束させた。

「どうしましたか、菩薩?」
 仕事も終わりに近づいたころ芳純が盟友の様子をいぶかしみ近づけば、もふらから剥ぎ取った何かを差し出す菩薩。少々湿ってしまっているが、盟友に持たせる類の赤い巻物。
「疲れたもふ〜」
 そして続くもふらの声ははじめのころの元気一杯の調子とは違っている。
「ご店主、これは?」
「なんでも盟友に活力を与える珍しい巻物だと聞きまして。そのおかげかはわかりませんが、吸盤と触手を無駄なく使って壁のぼりやら天井歩きやらをやっていました。蔵に追い込むのも大変だったのですよ」
 それも立派な芸の一つではないか、と開拓者達が思ったのは言うまでも無い。


 もふらの名前だが、あまりにも強烈な印象を残した『ぬちょ太郎』が正式に採用されたようである。
 名付親の連徳はずっときしゃー丸に屋外でガリガリと甘噛みされていたようで、その事実を知るのはもっと後のことになる。