【迎春】自身の味を
マスター名:石田牧場
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/22 16:18



■オープニング本文


「こんにちは、続けての依頼になりますがよろしいですか?」
 つい最近にも聞いた声。見覚えのある雰囲気を纏ったその男は三豊 矩亨(iz0068)と言う名だ。三豊がはじめてギルドに依頼を申し込んだ時から担当をしている縁で、受付係も今ではギルドの外で彼と顔を合わせれば挨拶を交わすほどになっている。
「先日も言ったとおり、年明けまでは来客も減って、店も落ち着いているものですから」
 私自身も、流石に新年には仕立てたばかりの晴れ着を着ますからねと小さく笑う。
「そうは言っても、店を持つ身としては出費も抑えたいのではないですか?」
 利益が見込めないならそう無理も出来ないだろうと思い訪ねれば、首を振る三豊。
「そうでもありませんよ、一年分をすべて振り返れば採算も取れています。‥‥今日は、来年からの営業に関わる仕事を頼みたいと思いまして」
 よろしくお願いできますかと聞かれれば、勿論と答えるだけである。


「新年のご挨拶ということで、毎年年始には営業としての挨拶回りを行って居るのですよ。その際に御節の重箱をお渡ししているのです」
 参考に見せようと持って来たようで、何も入っていない箱をひとつ取り出す三豊。毎年決まった数を職人に頼んで支度してもらっているその箱は、確かに御節料理を詰めるのに適した形で、毎年違う柄を入れてもらっているのだという。だが普通と違うのは、それが一段分しかないというところで。
「あくまでも営業用ですから、一段分しかありません。これに、お節料理を詰めて蓋をして‥‥最後に、うちの商品でもある古風呂敷で包むのが恒例となっているのですよ」
 風呂敷に新しいも古いもありませんし、そうやって営業の意味を付与しているのだと言われ、納得の顔で頷く受付係。
「なるほど、うまく考えているんですね。‥‥募集する仕事の内容は、どの部分からですか?」
「そうですね、今年は営業先も増えてきまして、数も多く今の人手では足りなくて‥‥御節を作るところから風呂敷に包むところまで、何かしらお手伝いいただければと」
「わかりました、人数はどうするのですか?」
「折角ですから皆さんにも年末を楽しんでいただきたいと思います、報酬にお出しする額は減ってしまいますが、少しばかり大人数でお願いさせてください」
 その代わり、年越し蕎麦ならお出しできますと三豊が付け加えれば、勿論それも書き加えておきますねと受付係も頷くのだった。


■参加者一覧
/ 天津疾也(ia0019) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 井伊 貴政(ia0213) / 鷲尾天斗(ia0371) / 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454) / 橘 琉璃(ia0472) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 斑鳩(ia1002) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 巴 渓(ia1334) / 皇 りょう(ia1673) / 星風 珠光(ia2391) / ルオウ(ia2445) / 瑞木 環(ia2772) / 斉藤晃(ia3071) / 平野 譲治(ia5226) / 氷那(ia5383) / 設楽 万理(ia5443) / 菊池 志郎(ia5584) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / ギアス(ia6918) / 九条 乙女(ia6990) / 濃愛(ia8505) / ルーティア(ia8760


■リプレイ本文


「慌しい年末ではありますが、どうぞ皆さんよろしくお願いしますね」
 三豊が集まった開拓者達に声をかける。見知った者も初めて会う者も様々だが、やはり皆開拓者。顔合わせが終わればそれぞれが持ち場として予定した場所へと散って行く。

「‥‥毎年、元日中に無くなってしまうのが謎だ」
 御節料理を作る仕事だと説明されて、昔を思い出したのは皇 りょう(ia1673)。毎年山のように支度されていたはずの料理を美味しく頂いて、夕方に気づくと重箱は空になっていた。美味しいから夢中で食べたという記憶はあるのだが、家族が自分の食べる様子を驚愕の視線で見つめていたことは覚えていない。
「実は料理を勉強できればと思ってな、不慣れな分仕事を教えて欲しいのだ」
 三豊に話す間も厨房は活気に溢れ、ただ見ているだけでも気分が高揚する。
 ぐぎゅるるる〜
「‥‥聞こえなかった事にして下され」
「まずは、わたしと一緒に台を運んでいただけますか? その後でよろしければ、私と一緒に天麩羅を作るというのはいかがでしょう」
「御節料理のほうではなくていいのだろうか?」
「お蕎麦とあわせて、お仕事で来てくださっている皆さんへの賄いです。これも私の手伝いになりますから、十分お仕事の範疇ですよ」
 照れて頬を染めていたが、賄いの話を聞いて頬に気色が戻る。
「なんと! 年越し蕎麦を頂けるのか? 有難い話だ。牛蒡天が好きでな」
「食感が美味しいですよねぇ。牛蒡が残っていたらそれも作ってみましょうか?」
「是非お願いする!」

 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)が担当するのは黒豆である。煮た黒い豆だと説明するだけであれば一言であるそれは、実際に調理するとなると特に気を使う料理であった。あえてそれを選ぶのは紗耶香がそれだけ料理に対する思い入れを強くもっているという現われかもしれない。
「つきっきりでいたいのは山々ですけれど〜」
 あらかじめ浸してあった黒豆の山を確認しながら紗耶香が三豊へと声をかけた。何しろ量が多い。一人で最後まで手がけるには時間がかかりすぎてしまうことは明白で、彼女が申し出た交代について三豊は快く頷く。
「お手伝いに来ていただけるだけでも助かっているのです、断って頂くと、こちらが恐縮してしまいますね」

「刃物使うんは慣れたもんやしな」
 料理人ではないけれど、刃という意味では同じ。りょうと似た言葉を呟いたのは斉藤晃(ia3071)で、彼は紗耶香の手伝いを中心に作業していた。料理の下拵えが晃の担当なのだが、紗耶香があまり一箇所に留まらず次から次へと場所を変えていくのでついていく側としても持久力が要求される。晃の体力を考えれば適材適所の配置なのだろうが、大柄な晃が厨房内をせわしなく動き回る様子は、ある意味で見ものであるとも言えた。
「どうです、進んでますかー?」
 火を止め冷ます合間をみては他の開拓者達の状況を見に行き、手が必要そうなら手伝う。本来長く保存できるように考えられているお節料理には包丁や鍋をせわしなく動かす時間よりもただ火の前でじっくりと構える時間が多いので、手の動かす量が少ないと物足りないように感じてしまう紗耶香であった。

 黒豆とは別に手がかかるものを挙げるとするならば、橘 琉璃(ia0472)が作ろうと支度をしている田作りも良い例だ。
「100食分‥‥ものすごい、量必要ですね?」
 割烹着を纏いながら琉璃がちらりとイワシの量を見れば一口で食べられる大きさの干されて硬くなったイワシがそれこそ数百、いや千近くもありそうな山がある。
「これは、気合入れないと、終わりませんね」
 何事も楽しめば苦にもならないはず、うっすらと微笑を浮かべながらイワシの山をいくつかに分けていく琉璃の姿勢は立派だといえるだろう。
 調味液はあらかじめ纏めて作っておけば、後は順々に消化していくだけだ。はじめに炒って、調味液をさっと絡めてひと煮立ち。焦げる前に火からはなして皿の上にうつすのだが、イワシひとつひとつがくっついたままさめないようばらして行く。数と回数を考えると根気の必要な作業なのだが、てきぱきとこなす様子はどこか音楽的な調子さえ纏っていた。

 御節料理に明るくないルーティア(ia8760)は、斑鳩(ia1002)に教わりながら共に料理をすることにしたようだ。担当するのは栗きんとん。そう難しい料理ではないのだが、体力が必要な料理である。
「まずは茹でるところからですね‥‥どうしましたか?」
「黄金色‥‥そもそも黄色くもないぞ!」
 こんなであの綺麗な料理になるのかと真剣な目から察するに、栗自体もあまり見たことが無かったようである。
「やっていればわかりますよ、楽しみにしていてくださいね?」
 後で煮る際に使うクチナシは白い和紙に包んで砕いてあるので、黄色になる要素はまだルーティアの目に触れていない。色が変わっていくときの彼女の反応を予想し、知らず斑鳩から笑みがこぼれる。
 殻と薄皮を剥いた栗の山を別の鍋で火にかけた後、斑鳩に渡された和紙の包みを言われるままに鍋の中に入れたルーティアは、そこから少しずつ黄色が広がっていく様子が面白いようでしきりに声を上げている。
「栗、こうやって黄色になるんだな!」
 湯の沸く泡の色も徐々に濃くなっていくのだが、あわせて栗にもクチナシの黄色が染み込んでいく。
「柔らかくなるまではこのままですね、綺麗な黄色になったら、全部潰していくんです」
「力仕事は慣れてる、大丈夫」
「その後にまた砂糖を足していって‥‥焦がさないように煮詰めたら、艶も出て綺麗な黄金色になりますよ」
 自分で作ったものが光る様子というのは、想像するだけでも楽しい。
(「せっかくだから、潰さない水煮のままの栗を残して最後にあわせるのもいいですね」)
 綺麗な宝石のように光る栗を、栗餡の中に大事に隠せば、食べるうちに顔を覗かせる栗という構図が出来る。それも趣があっていいかもしれない。

「焼き物が入る予定はあるんですかね?」
 三豊に御節料理の全容を確認するのは井伊 貴政(ia0213)で、事前に聞いていた一部の料理以外にも予定はしていると答えを貰い満足げな笑みを浮かべた。
(「切身と言えば鰤に鯛、海老までありますねぇ」)
 一段の重箱に入れられる料理には限りがあるはずだ。材料があったとしてもそう多くはないのではと予想していた貴政だったが予想を超える品揃えに手の加え甲斐がありますねと再び口元が緩む。
 しかしこのまま全てを大振りな焼き物にしていては、他の料理を圧迫してしまう。そう考えた彼は一旦取り掛かろうとした手を引っ込めた。
「全体の品数に合わせて大きさを変えましょうかね」
 他の料理人の手際も見るというのも勉強になるからと自分を納得させると、厨房の中を一回りしようとその場を離れるのだった。

「ん〜、料理を作る手伝いをしようかな?」
 開拓者達が思い思いの仕事場へと散っていく中、一旦足を止めたのは水鏡 絵梨乃(ia0191)。考えるように腕を組むと見事な体型のこれまた一部が強調され‥‥それはともかく。
(「料理は普段からしているし、足手纏いになることはないだろう」)
 普段の様子からは窺いにくいのだが、彼女は以前育ての親の世話をしていたために一通りの家事をこなせるくらいの技量は持っている。常日頃の振舞いを知る者は、改めて料理ができると言われると首をかしげるかもしれなかった。
 出汁巻卵はなんといっても出汁が命だ。三豊が前の晩から仕込んでいた昆布出汁の味を確認した絵梨乃は、水瓶から必要な量をとり鰹節を用いて合わせ出汁へと手を加えていく。沸かしすぎず、しかし手早く丁寧に。手間をかけるだけ味もやさしくなる。
「うーん‥‥こんなものかな?」
 出来あがった出汁の粗熱をとって、調味料を味見しながら加えていく。納得いくものができてから、必要な量の卵を割り溶いたものに出汁を混ぜていった。
 ほどなく出来上がった一本目は全体が綺麗な狐色をしているし、出汁の旨みと砂糖の甘みも香りとして空気に溶け出していくようで、五感が美味しいと告げてくる。
「100の料理に入れる分とはいえ‥‥一本の両端を落とした残りを切って使うのだよな」
 さりげなく端を切って、ぱくり。

 伊達巻用のすり身は事前に用意されていたおかげで、星風 珠光(ia2391)はすぐに作業に取り掛かることが出来た。確認を取ったところ、出汁巻卵も伊達巻もあれば両方重箱に詰めるということなので、料理系統の重複には気を使わなくても大丈夫。
「古物を扱っている店だからといって、必ずしも全てにおいて古きことを重視しなくても良いと思うのです。勿論、上手くいかなければまた別の方法を選べばいいのですよ」
 よく言えば前衛的、悪く言えば大雑把な‥‥変わり者の部類に入る依頼人である。
「なら、美味しく出来上がるよう腕によりをかけて頑張るだけだねぇ」
 くすりと笑ってそう言えば、どうぞよろしくお願いしますと丁寧に返された。
(「妻として母として女将として料理はすることあるけど、ここまでの量を作るのはまずないから大変そう」)
 余裕があれば蒲鉾を作りたくもあったが、そこまでの時間はないようである。

 里芋と蓮根の煮しめを担当するのは巴 渓(ia1334)で、まず彼女は休まずに手を動かさなければならなかった。重箱の数は100である、其々に里芋と蓮根を一つもしくは一切れずつ入れるとしても、足して200が必要になるのだ。
「小芋か。大体わかっちゃいるが‥‥」
 彼女自身のプライドがあるようで、そこから先は言葉にならない。たった一段の重箱に品目を多くかつ美しく詰めるためには、一品ごとの量を少なめにしなければならない。そのため蓮根は大きさよりも綺麗な穴のあき具合を、芋は小さくて球に近いものをと選び仕入れてきているのが見て取れる。
「芋は六方で十分見てくれが良くなるな、蓮根は‥‥あれしかないか」
 芋のような柔らかい食材を多く煮る際は角を取り煮崩れを防ぐのが一般的で、小さなものであれば六方‥‥六角の太鼓のような形になるように皮を剥くのと美しい。対して蓮根は本来硬い食材なので、芋ほどに気をつける必要はないのだが、やはりただ丸いだけでは面白くない。
 穴一つひとつが花びらに見えるよう、一番外側の皮に目を入れていく。外側に近い穴の一つひとつが花びらのようにカーブを描けば、花蓮根ができあがる。
 これも芋と同じ数。それぞれの食材自体が小さいこともあり、人によっては拷問ととりかねない作業である。だが渓は一人耐えるように手を動かし続けていった。

 黙々と昆布巻を作るのは雲母(ia6295)だが、彼女を取り巻く様子が他の開拓者達と違っている。
「‥‥‥」
 手元を覗き込めば水で戻した昆布にニシンや鶏肉を巻きかんぴょうで結い留めるだけのはずなのだが、彼女の表情が真面目を通り越して真剣すぎるのだ。例えば武器を操りアヤカシと戦っている時のような緊張感、その中でも敵に対して狙いを定める視線に近いものが感じられた。
「おや、摘み食いかな?」
 丁度味の確認をしに手を伸ばした三豊がぎらついた包丁の餌食になりかけたが、それだけ真剣な証拠なのである。
「おや、失礼」
「こちらこそ邪魔をしてしまいましたね」
 依頼人と気づき寸止めされた包丁の切っ先から目を逸らしながらも笑顔を崩さない三豊の様子にニィと雲母の口角が上がった。あわせて、銜えたままの煙管もゆらりと揺れた。


 出来上がった料理はそれが一部であれ100食分であれ、別の部屋へと順次運び込まれていく。ある程度揃ってくれば、重箱に詰める担当の者達が動き出す。

「さて、それでは詰めますかね」
 普段から長い髪を後ろの高い位置で結っているギアス(ia6918)だが、さらにそれが料理にかからないようくるりと巻いて一纏めにする。丁度通りがかった三豊が髪紐を貸し出したらしく、瞳に合わせた紫色だった。
「さぁて。こういうのは、速さ・直感・ノリだ!」
 すささささささっ!
 準備を終え料理と重箱の並ぶ台の前に立ったかと思えば、流れるように両手が動いていく。じっと凝視すれば追えない事も無い速度ではあるのだが、特筆すべきはその力加減。硬さや柔らかさが様々な料理があるはずなのに、一つも身崩れがおきずに重箱に並んでいく。瞬間技といってもいいかもしれない。
(「あ、これ美味いな‥‥」)
 うっかり力加減を間違え形を崩してしまった料理が重箱ではなくギアスの胃袋におさまっていたりする。皆彼の手元に目を奪われて、口元に気づいていないというのが真実のようだ。

(「どうしてアタシが料理の手伝いなんて」)
 隣で嬉しそうに蒲鉾を漣切りにしている天河 ふしぎ(ia1037)を睨むように見つめながら、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は心中で溜息をついていた。なのにふしぎの方は鼻歌でも歌いそうなほど作業を楽しんでいるようにしか見えない。
(「来たからにはやるけど。なんで天河はやる気満々なのかしら」)
 恋仲ならば年末に仕事ではなく、もう少し別の場所に行ってもおかしくないのにとは思うものの口には出さない。
「よしっ、完成!」
「あー、もう、来るんじゃなかった!」
 一人で目を輝かせ楽しむ様子に対してあてつけるように声に出せば、慌てた様子でふしぎが風葉の顔を覗き込んでくる。
「風葉。えっと、その‥‥怒ってる?」
 黙る風葉の僅かな視線の動きを感じたふしぎがその視線を追いかける。 
「誘う理由っていうか。年末年始を風葉と一緒に過ごしたかったから、丁度良くて」
 仕事だからこそ、風葉は一緒に居てくれるって思って。頬を染めながらも真っ直ぐに視線をむけるふしぎに風葉は咄嗟に答えることが出来ない。
「‥‥盛り付けの方に行って来るわ」
 きびすを返す直前の風葉の目が揺れた様子を見たふしぎは、その背にさらに嬉しそうな笑顔を向けていた。

(「皆さんが心を込めて作ったお料理、美味しく食べてもらえるように‥‥」)
 一つひとつの料理を見て微笑みかけながら詰めていくのは氷那(ia5383)で、その仕草だけで丁寧かつ心を込めている事が伝わってくる。丁度様子を見にやってきた三豊が瞬間見とれていたことには気づかず、彼女は三豊に声をかけた。
「ぱっと見た時の印象は色どりが綺麗、というか、鮮やかな感じだといいかしら? 御節料理は、見た目の楽しさも大事ですから」
「そうですね‥‥お任せ致しますよ」
(「それぞれのお料理の味が移らないように、汁気をきったり、場合によって仕切りをしたりする方が良さそうね‥‥」)
「この重箱専用のものは生憎用意していないのですが、どうぞ使ってくださいね」
 氷那が煮しめや昆布巻を小皿に取り分け汁気を除こうとしたことに気づいたか、三豊は組み立て式の仕切り板を数種類運んでくるのだった。

 設楽 万理(ia5443)にとっての御節料理は『余りモノ』といったところだ。
「うちの実家だと毎年残るのよねぇ‥‥」
 自分の記憶を振り返りながらも、手元はテキパキと作業を進めていく。同系色の料理を隣り合わせたりすることで線を描いていく。それを何度か繰り返していくと、たちまち重箱の四角い平面に一輪の花が咲いた。
(「そうね、昔どうしても新しい弓が欲しくて、急ぎで請けた仕事がこんな感じだったわね‥‥」)
「私の弓で鍛えた器用さの冴えをとくと御覧じろ!」
 その頃よりも腕が上がった自分を盛り上げるように声を張り上げれば、また一つ別の花が咲いた。


「ご店主、休憩用に煎餅を買ってきたのだけれど、置かせてもらって構わないだろうか」
 賄いを振舞う場所として事前に案内された際に、からす(ia6525)はそう伝えていくつか煎餅の包みを取り出していた。店に来る前に買ってきていたものだ。
「わざわざありがとうございます、後で御代を報酬に上乗せしておきますね」
「『お好きにどうぞ』‥‥」
 器に盛った煎餅と茶器類の載ったお盆には、からすの書き置きが添えられた。

「年始に配る言うなら、添え状は付けないんや?」
 いくつかの重箱に料理が詰め終わる頃、何を思いついたか三豊に問うのは天津疾也(ia0019)。
「これだけ見た目が揃ってないんや。それぞれの天地を間違えて渡すようなミスも避けられていいと思うんやけど」
「そうですね‥‥店子を一人、添え状担当にまわしておきましょうか」

「さて、仕事を始めようか」
 からすの身の丈には作業台は少しばかり高いようで、彼女のためにと足場となる台も準備された。三豊を含めた従業員達は彼女を近所の子供のように扱っている節もあったが、からすは気にせず仕事へと集中する。
「‥‥?」
 視線を感じてそちらを向けば、からすの手元をまねようとしているルオウ(ia2445)。だが手さばきが滑らかな分どこで区切って覚えればいいのかわからないようで、うまくいっていないのが目に留まった。手が止まりこちらの視線に気づくのを待ってから、小さく手招きをするからすに素直に応じてよって来る。
「ここをこう折って、だ」
 ルオウの正面になるようゆっくりと実演して教えるからす。
「へぇー! これであんな綺麗に包めるんだな!」
 すごいなとからすの頭を撫でるルオウだったが、避けるでもなく退かすでもなく彼の手をそのままに作業を再開するからすに拍子抜けするのだった。

「‥‥何で俺がこんな事を」
 顔合わせの際は紗耶香に襟の後ろを引きずられるようにやってきていた鷲尾天斗(ia0371)だが、文句を零すのはふりだけで仕事には熱心な様子。ぶつぶつ言ってはいるのだが、手元は丁寧になるようにゆっくり、しっかりと重箱を包んでいる。
 まずは重箱の上で風呂敷を広げる。最後にどの角が手前に垂れる形になるのかをいくつか比べて想像する。その中でも一番見栄えが良くなると結論付けた角が想像のとおりになるように、実際の手順とは逆の確認を一通り済ませてから、実際の作業へと入るのだ。
「うん、完璧」
 またひとつ、天斗の作品が出来上がった。

「赤味が弱いなら、外は紅がええかな」
 御節料理を綺麗に詰められた重箱が届くたび、次々と風呂敷を組み合わせていくのは疾也。一度チラリと重箱の中身を確認するのはつまみ食いのためではなく、これから包む風呂敷を選ぶための作業である。風呂敷は重箱と違って店の商品でもある古風呂敷を使用するため、全てが同じ柄ではない。それならば出来る限り詰め方にあうような風呂敷を選んで包みたいと考えているようだった。

「みっぎ、ひだっり、むーすんでっ、てっまえもっ♪」
 こちらは平野 譲治(ia5226)、今日も愉快節は快調のようで、即興のてぇまとして今も作業中である風呂敷包みが採用されている模様。常よりも歌に規則性があるようなのだが、先日の宴会で訪ねた際に望む答えが得られなかった三豊、ひとまず譲治をこっそり渾名で呼ぶことにしたようである。
 ふら〜、り
 譲治の鼻歌を隠れ蓑に、まだ蓋をしただけの重箱に吸い寄せられているのが九条 乙女(ia6990)で、うっとりとした視線で重箱を見たと思えば、おもむろに蓋を開けた。
 ひょいひょいっぱくもぐかぽっ‥‥むぐむぐごっくん
「うむっ、合格っ!!」
 数品掴んで口に放り込み、蓋を閉めてから咀嚼し飲み込む音と、囁くようでいて結構音量のある乙女の声が続く。確か厨房でもいくつか味見に呼ばれていたし、その際に十分な量を食べていたはずなのだが‥‥?
 ひょいひょっ‥‥むがっ!?
「乙女? 何をやっているのかな」
 次の重箱、またその隣の重箱‥‥と勢力を伸ばしていた乙女の背後から抱きしめてくるのは雲母。あわてて横目で乙女が譲治を窺えば、必死に首を振る譲治。
「‥‥調理場は戦場と言うんだが、分かっているか?」
 乙女がどんなツッコミ受けたのかは、あえて黙秘権を行使させていただこう。

 従業員が詰める様子を一通り見つめているのは菊池 志郎(ia5584)だ。
「‥‥さすが都の御節は見ているだけでため息が出てきます」
 頷きながらもほうと溜息が転がり落ちる。
「お客様にお渡しするものです。手を抜いた仕事はできませんね」
 今一度従業員の作業で分かりにくかったところを確認し、自分でも詰める作業へと取り掛かっていった。

「一、二、三‥‥」
 最後の仕上げとばかりに包みの確認をするのは濃愛(ia8505)。乙女の所業を見かけた彼は、改めて減った分の御節の補充も行っていた。改めて包む担当の者達へと運びなおすなど幾度か行き来すれば、風呂敷に包まれた包みも増えてくるというもの。
「‥‥百、と。全ての重箱に行き届いた上、今年のうちに終えたられたのは喜ばしいことですね」
 無事の終了を報告しようと厨房を出る。担当の仕事も片付けも終えた仲間達は、きっと皆思い思いに年末を過ごしているはずだ。
(「そういえば、蕎麦と饂飩‥‥拙者はどちらにしましょうか」)


 一足早く厨房から離れた琉璃はひとやすみだと天麩羅蕎麦を啜る。
「さすがに、この人数だと仕上がる数と速さ違いますね」
 出てくる際に他の開拓者達の様子を見ていたのだが、やはり進んで料理に携わる者達は作業の手が早い。自分もあと少し頑張らなければと、青海苔入りの衣で青く爽やかな色になったちくわの磯辺上げを頬張った。
 日の出まではまだ、時間がある。

 他の皆よりも早めに屋根に上がった志郎、皆が上ってくる前にと倉庫の屋根の掃き掃除をはじめていた。
「頭上の埃も落としておけば、新年明けても目先の幸せを見落とさないはずですよ」
 誰に頼まれるでもなく屋根の塵は払い落とされ、年越し会場でもある屋根瓦も感謝の念を伝えるようにきらりと光った。
(「あけてからの一年、皆さんの幸せを祈るのも悪くありませんね」)

「蕎麦と饂飩、どちらも用意していますからお好きなほうを言ってくださいね」
 皆さんお疲れ様でした、出来次第順にお持ちしますと三豊が言えば、めいめいが希望を伝え始める開拓者達。
 皆が希望を伝え終えはけた頃合を見計らって希望を伝えたためか、氷那の頼んだ蕎麦が運ばれてくるのは最後のほう。
(「一仕事終えた後の綺麗な景色は格別ね」)
「頑張ったご褒美、といった所かしら?」

(「去年だったかしら、気分が盛り下がったものだわ」)
 どうやら前に食べた蕎麦が砂入りという嬉しくも無い奇重(きちょう)な体験があるらしい万理。
「冬は美味しい温かい汁物に限るわね」
 今年の蕎麦は口に合ったようで、かけ蕎麦の汁まで残さず頂くのだった。

 疾也が選んだのは芋の天麩羅を乗せた蕎麦。まあるく輪切りにされた芋は見事な黄金色で、これから見えるだろう初日の出を示しているようにも、新年の金運を願うかのような銭のようにも見える。

 晃が選んだ賄いは饂飩だった。三豊のこだわりか蕎麦とは別の薄めの味付けけがされた出汁なのが特徴だ。
「細く長くというがわしは太く短いのが好みやねん」
 ずるずるずるっ!
 後に続く景気のよい啜る音は、確かに晃の言葉そのままを示しているようだった。

「おーおー、年が明けるぜよ〜」
 天斗も例に漏れず今年一番はじめの景色を見ていたのだが。
「‥‥あ」
 最も大事に扱うべき己の嫁御との約束を思い出し、それと今居る自分の居場所が違う、つまり約束を反故にしていることに気がつく。‥‥新年早々幸先の悪い様子である。

 きっかけは仕事という名目だったけれども、二人並んで年を越してそのまま夜明けを待つという状況だけで恋人というものは他の事が気にならなくなるものである。
「ねえ、風葉?」
「なによ?」
 熱いお茶も用意していたし、二人寄り添って座ればそこから互いの温もりが伝わって温かい。もうすぐ日が顔をのぞかせようと言う頃合になって、ふしぎがそっと声をかける。
「風葉、今年も宜しくね‥‥僕、今よりもっと風葉を幸せにするんだからなっ」
 新しい年を迎えるそのときに、愛しい人が隣にいる幸せでふしぎの心は満たされている。風葉も同じと信じ抱き締め顔を寄せれば、そっと間に差し入れて邪魔をするのは恋人の人差し指。
「‥‥たく。初日の出くらい、ゆっくり眺めさせなさいよね?」
 他の開拓者達が年若い恋人達の様子よりも日の出を楽しみにしているように、風葉もその瞬間を見たい。恋人と迎える新年だから尚更二人でその景色を共有したい。
 ちゅ
 微かに頬に触れた感触を追おうとふしぎを見れば、悪戯を見つかったような笑顔と視線が絡んだ。

 調理以外の作業をしていた部屋は厨房よりも寒かったようで、温かい蕎麦は啜るほどに体を心から温めてくれる。初日の出を見るためにと屋根の上に上っている開拓者達ではあるが、やはり仕事か否かで体感温度も違うらしい。腹が満ちていくにつれて、年が変わる瞬間に近づくにつれて、新年に合わせた新しい己に向き合うのか、各々が気温の低さも忘れじっと遠くの空の先を見つめた。

 そして迎える、初日の出。