小鬼も歩けば罠にかかる
マスター名:石田牧場
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/15 02:52



■オープニング本文


 烏賊の干物。
 貝の佃煮。
 昆布の酢漬け。
 ‥‥等など、様々な海産物を用いた保存食は、酒呑みにしてみればまたとない肴。
 極めつけは、匂いはきついが味は格別。通が好む魚の干物。


「屋外作業中の警護、ですか?」
 受付係が言葉を復唱すれば、依頼人達はそのとおりだと頷く。
 ギルドへと訪れたのは夫婦もので、海沿いの村に暮らしているのだという。もちろん、村の生活を支えるのは海の恵みだ。村の場所を改めて確認してみれば、匂いの強い魚の干物が名物として知られている村だと、受付係の脳内で、そんな知識が浮かび上がった。
「なるほど、その匂いにつられてやってきたアヤカシが、結果として作業中の村人を襲う、と」
 生活のかかった仕事を放り出して逃げるわけにもいかないし、だからといって仕事を屋内でやるわけにもいかない。件の干物は、仕上げに天日干しをしなければ完成しないのだ。
 漬け込みや洗浄は屋内でできるとしても、干す間の数日は、干物を外に広げておかなければいけない。
 名物としているだけあって、その数も相当なものになる。大量の臭気が炎天下に広がる様子を想像し、確かに餌として人を好むアヤカシでも、その強い匂いに近づくくらいはするだろう、と結論づいた。
「わかりました、開拓者の手配はおまかせください」


「天日干しされた干物の護衛、と言い換えたほうがいいかもしれません」
 とはいえ、臭いの強さも尋常じゃないでしょうから‥‥そうそう知能の高いアヤカシは寄ってこないと思いますよというのが、受付係の言だ。
「開拓者の皆さんにしてみれば、寄ってくるアヤカシは格好の餌食とでもいいましょうか」
 それこそ肩慣らしにはいいかもしれない。


■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454
18歳・女・泰
阿弥香(ia0851
15歳・女・陰
ラフィーク(ia0944
31歳・男・泰
煉夜(ia1130
10歳・男・巫
七神蒼牙(ia1430
28歳・男・サ
喜屋武(ia2651
21歳・男・サ
箱屋敷 雲海(ia3215
28歳・女・泰
碑 九郎(ia3287
30歳・男・陰


■リプレイ本文


 通が好む魚の干物、その名をくさや。
「この干物はなんて言う名前なんですか?」
 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)が名を訪ねると、答えと共に作業場へと案内された。くさや液に漬けていた魚の洗浄真っ只中であるということと、簡単な作り方の説明を添えてくれる。
 日はまだ昇り始めたばかり。日が高くなる前に全てを天日に干し始める。準備が整うまであと少しとのことだ。

「マジで肴と一緒にタダ酒飲ましてくれんの? よっし任せな!」
 酒好きの七神蒼牙(ia1430)はくさやを以前から知っていた。常なら依頼で稼いだ報酬を酒代へとまわしているが、今回は報酬として酒と肴がついてくる。
「よく肴に食ってるアレだろぉ? ますます良いねぇ」
 舌なめずりをせんばかり、彼にとっては逃せない絶好の機会といえた。

「‥‥臭い」
 作業場を出てはじめに鼻をおさえたのはラフィーク(ia0944)。臭気にあてられている。
「この臭気の中で仕事をする漁民の人達に感服だな」
「はじめて見ますけど、匂いが凄いですねえ。でも、味がしっかり凝縮されていそうです」
 紗耶香は、料理で慣れていると涼しい顔だ。干す前の品は魚の生臭さも残っていたため、慣れた臭いに近かったのだろう。
「慣れさせるのも兼ねて話を聞いてくる」
「あたしも聞きたいことがありますし、ご一緒します〜」

「楽だと思ったが、こりゃかなり‥‥敵は陽差しだな」
 己の手を庇のかわりにさしかけて、碑 九郎(ia3287)が愚痴を零す。この時間でこれでは、日の高い時間は熱でやられる方が早そうだ。
「そりゃくさいが、そっちは最初から言われてたからなぁ」
 先ほどのくさやの山の量を思い出し、それらを並べた広さ、そして熱気で強調されるだろう臭気を予測しはじめた。

「愛すべき酒のツマミに寄って来るとは不届き千万!」
「海は空のおかあちゃんだ。そんな海の港を汚す奴ぁ、この空賊頭の阿弥香サマがゆるさねぇ!」
「美味しい? 干物さん達を守るです!」
 アヤカシ退治への意気込みが強いのは箱屋敷 雲海(ia3215)、そして阿弥香(ia0851)と煉夜(ia1130)。
「って、本当にあの臭いで美味いのか?」
 食べたことのない阿弥香が首をかしげる。煉夜も同じで、二人そろって視線を迷わせた後雲海を見上げた。
「‥‥拙僧は、あの臭いは好きではないな。味は悪くないと思うのだが」
 ある苦手をもつ雲海、気合を溜めて備えようと声を上げたものの、後ろにいた若い二人に声をかけられ動揺していた。鼻の前を手で仰ぐふりをしてから、編笠を更に深く被りなおす。
「七神殿に聞けばもっと詳しく聞けるかも知れぬ」

「結構数がいるらしいっすね。無事終わったら倒した数でも比べてみましょうか。怪我のない様助け合うのがベストですが張り合いもあった方が面白いかと思います」
 警備の直前、それまで遠めに海岸を望んでいた喜屋武(ia2651)が、そんな提案を申し出た。
(「海は良いな。広々として爽やかな気分になる」)
 山で暮らしていた彼にとって干物は貴重な海産物だ。漁村の生活の糧という意味とは別に、山村における貴重な塩分源であることを知っている。
(「だからこそ、子鬼どもが作業の邪魔をするならやっつけてやろう」)


 干物の多くは天日干しだ。日中に広げ、夜には一度回収する。日陰に干すものは屋根のあり風通しのよい屋内に干したままでよいが、他に比べれば種類も数もそう多くない。
「見せてもらったが、くさやほど臭いは強くなかった」
 ラフィークは、作業場にも長く居たおかげで鼻をおさえずにすんでいる。ヒトの適応力には我ながら感心すると呟きながら、広げて干された光景を壮観だと思い始めている。
「やってきた小鬼さんは一匹ずつだったから、作業中の村人で立ち向かって退治できていたのですねっ」
 鼻と口を覆っていた布を外しながら、煉夜はぷはぁと息を吐く。仙骨のない一般人でも、多数居れば小鬼一匹を倒すことは可能なのだ。
「ならば、なぜ警備を頼むのだ?」
 村人達で倒せるならいらないだろう、首をかしげた雲海の鼻には指貫ほどの大きさの何かが留められている。鼻をつまんだせいで、響きのよいはずの声がくぐもっていた。
「臭いが弱いから、来た数も少なかっただけかもしれねぇ。何倍も臭いが強いくさやを出したら、数が多く来るかもしれないってことだ」
 いくら弱い小鬼でも、数が居たら村人には強敵だと九郎が説明し、続けて煉夜に声をかけた。
「で、二交代制ってことでいいか?」
「そうですね、バランスも悪くないと思います♪」
 地面に木の枝で書かれた分担表に、煉夜が太鼓判を押した。
「草地の方から来るとのことなので、鳴子を置いてみましたよ☆」
 作業場も干す場所も含めてすべてが海のそばのため、周辺には森と呼べるほど豊かに木々は生えていない。背の高い植物を掻き分けてくるというのが正しいようだ。潮風で鳴らないよう少し重く作った鳴子は、紗耶香のお手製だ。
「よっし!」
 ぱしんと膝を打ったのは阿弥香で、にんまりと笑みを浮かべている。
「小鬼達をひきつける為にいいこと考えたぜ。あいつらにとっては、あたしも干物もご飯でおやつだ。つーことは、こうやって干物を咥えて全力疾走すりゃあ、引っかかるってわけだな!」
 言うや否や、そばにあったくさやを咥え走り出す。邪魔な草履はぽいと脱ぎ捨て、草地に向けて一直線!
「‥‥このまま警備開始ということでよいのだろうか?」
「順番決める手間が省けてよかったんじゃないっすか」
 俺らは一度下がりますねと言いながら、喜屋武が雲海、ラフィーク、九郎とともに作業場へと戻っていった。


 カランガラン
「おーおー来た来た。雑魚共がぞろぞろ来たぜぇ‥‥」
 賭け事でいうなら絶好のカモだな、と蒼牙が笑う。予想は的中で、鳴子の音とともに聞こえる草を踏む音は、複数の何かが移動していることを示す。
 顔を出した小鬼達が、走り回る阿弥香を視界に捕らえた。

「テメェ等ごときにくれてやるようなモンはねーよっ 食いモン欲しいなら俺等を倒してからにするんだな、オラとっととかかってきやがれ!」
 大地を響かせる蒼牙の雄叫びは、敵の注意を自分へと集中させる効果を持っている。
 小鬼達は阿弥香ばかりを追いかけていたのだが、蒼牙の啖呵に気づき、それからやっと他の開拓者へと視線を転じた。
 だがそれもつかの間で、四匹のうち三匹は揃って蒼牙めがけて駆けてくる。
 ごぶ、ごぶー!
「きやがった、まずは小手調べとくらぁ」
 抜き身の太刀を構える。様子見の初撃は軽いが、重く作られた刀の一撃が小鬼の一匹へ吸い込まれていく。これならいける。
 ご‥‥っ
 初撃とあわせ交差するように斬り込む。斬ったそばから小鬼が溶けるように黒い塊へとかわっていくので、止まることなく振り下ろせた。
「ケッ雑魚が何匹群れようが敵じゃねーんだよ。10年‥‥いや、100年早ぇぜ」
 塊は空気に溶けるように広がり、一部が地面にしみ込むように消える。そこまで見届けてからニッと笑い、太刀を収めた。

「あたしの相手は、こっちですね☆」
 紗耶香が相手に定めたのは、蒼牙に向かっていたうちの一匹。小鬼と蒼牙の間、小鬼の正面に素早く入り込むことで一対一の状況になる。
 小鬼にしてみれば、紗耶香はそれまで蒼牙しか眼中になかったところに割り込んできた存在である。あと少しで棍棒が届くといったところに割り込まれ、慌てて紗耶香へとそれを振り下ろした。
 っ? ごぶ!
 咄嗟の一撃に狙いもなにもあるはずがない。紗耶香は半歩ほど横に体を逸らしただけで避けると同時に、小鬼の更に懐へと入り込んだ!
「外れない攻撃は、これくらい近くないと」
 弱点を狙い放題、当て放題といったところか。一撃目で更に小鬼のバランスを崩し、反撃の手段を封じる。
 そのまま二撃目の拳も打ち込めば、小鬼の体が傾いだ。後一押しというところである。

(「曾祖父様の様に、殴って‥‥いや戦って守れる巫女になれる様に、これも修行なのです」)
 ばさりっ!
 三度笠を脱ぎ捨てると、引き締まった良質の筋肉が露になる。
 かちんっ!!
 はねるような勢いで胸の前に両の飛手をあわせ、瞬間の意識を高める。
「煉夜っ! 推して参りますっ!」
 煉夜が相手に選んだのは、これまた蒼牙へと向かっていた一匹。肉薄し一撃を打ち込んだかと思えば、小鬼が蒼牙から引き剥がされている。
 一撃を繰り出すまでは駆け寄っていた煉夜、攻撃により小鬼の意識が自分へ向いたことを確認し、すぐに移動手段を月歩へと変えたのだ。常に前へ進んでいるように見せて、小鬼は知らず別の場所へと誘導されていたというわけである。
 二撃目は蹴り。小鬼は煉夜よりも身長が低いものが大半だ。背の高い者が上から得物を振り下ろすより、下から足で蹴り上げる方が狙いは外しにくいかもしれない。

 仲間の攻撃が終わる頃を見計らっていた阿弥香は、足を止めて振り向く。彼女の後ろを追いかけていた小鬼はまだ接敵していない。
「今だ! 呪縛符発動! 海草の森!」
 残っている小鬼と同じ数、三枚の符を左手で扇状に掲げる。
「この符は暫くの間、相手の命中力と回避力を下げる事が出来る!」
 一枚ずつ符を使えば、たちまち海草を模した式達が現れ、小鬼達の足へと絡みつく。それぞれが小さな式ではあるが、海草という形状を互いに生かしうまく動きを鈍らせているようだった。

 紗耶香が対峙していた小鬼に止めをさして、蒼牙が二匹目を倒す。煉夜も残る小鬼の体力を削っていく。
 そして再び阿弥香の出番。
「この時を待ってたんだぜ! 式札に砕魂符を同調! 召喚! 山田さーーーん!!!」
 ご‥‥ごぶっ?
 二種の符を重ねて掲げた阿弥香の声に呼ばれ、山田と名付けられた鯨型の式が飛びかかる。小鬼が塊となり空気に溶けるのと、半透明の式が消えるのがほぼ同時。まるで鯨に消化されたかのようだった。
「成敗ッ!」
 高く結ったツインテールを跳ね上げて、拳を突き出し笑顔になる阿弥香の声が戦闘の終わりを告げる合図となった。


 戦闘での消耗を回復させる必要があり、早々に警備は交代となる。
(「できればもっと少ない数で」)
 やってきた小鬼の数が4匹と聞いた雲海は、ひたすらそればかりを祈っている。鳴子があるとわかっていても、せわしなく草地へと視線を向けてしまう。
「づらづらづ〜らづら〜♪」
 後方の九郎が歌いながら、受け持ちの砂浜をブラついている。
「うむ、実は、地面に呪術のための式札を仕込んでいるのだ。ヒマだしな」
 雲海が問いかけるように顔を向けると、にやりと顔をゆがめて答えるのだった。

 ッカランカラーン
「敵か、気を抜かずに行こう」
 すぐに戦闘態勢をとったのはラフィーク。
 できる限り小鬼を干物に近づけないことが一番であるため、まず自分から小鬼達のそばに行き、小鬼の注意をそらすつもりなのだ。
「俺はここだぁあああ!!」
 出てきた小鬼は三匹、同じことを考えた喜屋武が雄叫びを上げながら後に続く。
「‥‥はぁっ!」
 骨法起承拳の射程に小鬼が入ったところで技を繰り出す。懐に入り込むというより、小鬼を抱え込むように当てた一撃は、体力の多くを削ったようで、当の小鬼が反撃の余裕もなくしている。
 ふらふらとした足取りに追い討ちをかけるように、衝撃波を伴い全身で体当たる。堪える余力も残っていない小鬼が吹き飛びかけたのはほんの一瞬。黒い塊へと変わった一部は地面へと沈んだものの、吹き飛ばされたときの勢いのまま空気へ溶けた。

 小鬼達の注意を引くことに成功したおかげか、残る二匹はラフィークの横をすり抜け喜屋武へと襲い掛かった。
 驚かせる効果はないはずなのだが、小鬼達の攻撃はたった一度小さな傷をつけたのみとなる。
(「舐めてかかったわけではないが下っ端でも危険か」)
 鍛えた肉体を持つ彼だからこそのかすり傷。一般人であれば大きな怪我となる可能性もある。
 返す一撃は手ごたえが薄く終わったが、二撃目こそはと狙いを定める。
 ごぶぅっ!
 喜屋武の刀が小鬼の中心を貫いた直後、黒い塊となって静かに地面へと落ち、これまで同様に大半が空気へ溶けた。

 雲海が攻撃を繰り出すころには、小鬼も一匹となっていた。
 自分の半分ほどの小柄なアヤカシが一匹になったことに仲間への感謝を覚えつつ、内心ではまだ動揺している。
(「あれは醜く火傷を負った不幸な子供‥‥の幽霊、アのあれに偶然似ているだけだ」)
 心のうちで己を落ち着かせるための言葉を尽くす。
 自らの視界から早く取り除きたい一心で、疾風のごとく一撃を叩き込む。それで倒れないならもう一撃と、早く退治したい欲求に忠実に。

「うむ、準備完了」
 墨壷に浸した自分の指と、そこから滴る墨の具合を確かめ頷くのは九郎、式札の上で身構えると墨を指で弾きだす。
「天壊黒斬・急急如律令ッ」
 墨滴で式札に描けば、そこから影のように伸び、合わさり刃が作られる。真っ黒で刺々しいそれが、残る一匹へと襲い掛かった。
 ごっ‥‥
 体が斬られた瞬間までは、小鬼の姿のまま。斬り口が広がるにつれ黒い塊となっていき、空気へ溶けていくのだった。


 小鬼の強さとの兼ね合いもあり、連携や技、術の展開は様子を見つつといった部分はあったものの、時がたつにつれて慣れてきて、特別合図を交わさずともうまく小鬼を退治できるほど各自連携が取れるようになっていた。
 天日干しが終わる頃には、二班それぞれが3回ほど小鬼の襲撃を受けるといった結果であったが、小鬼はすべて撃退。無事に干物を護りきったのだ。

 村人が提供した肴の他に、紗耶香の手料理も並んだ宴席。阿弥香と煉夜の少年組は白飯と茶が肴のお供だ。
「臭いはあれですがなかなかおつな味ですね♪」
「こっちは臭いも少ないし食べやすいぞ、味薄い気もするけどなー」
 阿弥香はさりげなく醤油をたらし、一味足している。
「ほう、ずいぶんとまた俺の故郷の味と違う」
 臭いに慣れる前に出たら食べられなかったかもしれんと呟くのはラフィーク。
「臭いと旨みの元が同じだと考えれば‥‥」
 言ってはみたものの、結局鼻をつまんで食べる雲海。
 その向こうでは、先ほどまで上機嫌に歌っていたはずの九郎が早くも眠りについている。
「‥‥そういや何匹倒したっけ?」
 良いねぇと舌鼓を打っていた蒼牙が、ふと喜屋武へと声をかけた。
「いやー、動いた後は塩気の聞いた干物とご飯が最高に合うっすね。‥‥え? 確か俺は‥‥3匹でしたっけ」
「俺の勝ちだな、こっちは4匹だ」
 てなわけでこれは貰った! 笑いながら、喜屋武が皿に残していたくさやを奪い取った。
「私も早くお酒が呑める様になりたいです♪」
 大人達の酔い様を眺めつつ、楽しそうに笑う煉夜。
「お料理もお酒も、おかわりがもう少しありますよー☆」
 その横を紗耶香が追加の皿を運んでくる。
 ささやかな宴会は、もうしばらく続きそうだった。