暖を取るには鍋がいい
マスター名:石田牧場
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/11/24 10:45



■オープニング本文

●秋の味覚

「めっきり寒くなってきましたねぇ」
 熱い茶をのんびりとすすりながら言う三豊 矩亨(iz0068)に、晶秀 恵(iz0117)も頷きを返す。猫舌なのに、つい流れに合わせて茶をすすってしまったのだ。ふいて粗相をする自体は何とか避けたのだけれど、そのせいですぐに声が出せない。
「鍋が美味しい季節ですね‥‥」
 三豊は料理の話をはじめている。すでに脳内には鍋が占めているだろうから、晶秀がお茶の熱さと戦っていることは何とか気づかれずに済んだ。
「‥‥ええと」
 深呼吸をしてから声を出す。少し舌がひりひりとするが、なんとか普通に話せそうだ。
「ということは、鍋の食材を狩りに行ってほしい、ということでしょうか」
 ここで食べ物の話をするということは、開拓者の手を借りたいということなのだろう。結婚式事業もはじめてからは前より忙しくなっているという話だ。景気がいいのはいいことなのだが‥‥本格的に仕事で料理をするようになってもなお、趣味の食事、自分のための料理というものはやめられないもののようだ。
(実際、美味しいし)
 おかげで開拓者の懐と腹があたたまる話も増えるし。
(‥‥そういえば、続きがないわね?)
 三豊にしては珍しい。いつもならすぐにでも食材について語りだすはずなのだが。鍋の美点ばかり語って、食材の話になかなか入らない。どうしたのだろうかと伺えば、眉根を寄せて言い淀む様子が見えた。

●きのこ豊富な山ひとつ

「知人が山をひとつ持っているのですが‥‥」
 例年、特に秋になるとその山から旬の食材を買い取らせてもらっているとのことなのだが。
「今年は何やら、きのこが異常に生えているそうで‥‥」
 再び言い淀む依頼人に、晶秀が首をかしげる。
(たくさんのきのこに、鍋料理。きのこ鍋って美味しいわよね?)
 なにか問題があるのだろうか。今のところ、いい話にしか聞こえない。
「いいじゃないですか、きのこ鍋。人が多ければそれだけたくさん運べますよ?」
 話を促す意味も込めて、思ったことを口にする。その言葉に三豊も頷いてから、意を決して言葉を繋いだ。
「きのこ鍋がたくさん作れるだけならよかったのですが。‥‥妙なきのこも、同様に数多くは生えているようでして」
 それが普通のきのこと見た目も随分似ているみたいなのですよ、と三豊。
「私も一緒に行ければ、その場で分別も可能なのですが。あいにく仕事で、山には同行できないのです」
 ですから、狩ってきていただいたきのこが本当にすべて安全かどうか、保証して差し上げられないと申しますか、等と尻すぼみな台詞。
「開拓者にも、植物に詳しい者は居ると思いますし。そういった方がいらっしゃればいいのでは?」
 料理に明るければ、それだけ食材の知識がある者も居るだろうと晶秀。
「それはそうなのですが。知人の話ですと、どうも非現実的なきのこも混じっている、という話がありまして」
 非現実的なきのこ?
「食べると笑い上戸になってしまう、とかでしょうか」
 そういう噂ならば晶秀も聞いたことがある。
「そう言ったものにとどまらない‥‥ようで‥‥」
 そんな中に開拓者を送り出してもいいものなのかどうか、料理人として依頼人として、判断つきかねている‥‥ということらしい。
(まあ、分からなくもないけれど)
 心配し過ぎではないかとも思う晶秀。少しばかり考えて、さらさらと一枚の書面を作成し始めた。
「‥‥こんな感じでいかがでしょう?」

『ひとつ。怪しげなきのこを食べる場合は全て自己責任である。』
『ひとつ。怪しげなきのこを食べたことで起きた事態について、依頼人に責任を求めません。』
『ひとつ。依頼人の料理に勝手に怪しげなきのこを混ぜません。』

 要するに、念書と言う奴である。
「応じてくれた開拓者の方々には、これに同意していただくことにしましょう」
「それで、お手伝いに来てくれる方は居るでしょうか?」
 不安げな三豊に、晶秀は笑顔で返した。
「美味しい料理のためなら、大丈夫だと思いますよ?」


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 輝血(ia5431) / からす(ia6525) / 久木 満(ib3486) / アムルタート(ib6632) / 戸隠 菫(ib9794) / リーズ(ic0959) / 三郷 幸久(ic1442) / 葛 香里(ic1461


■リプレイ本文



「茸鍋の為の茸採取のお仕事―♪」
 鼻歌交じりに参加受付をしようとした礼野 真夢紀(ia1144)は、晶秀に手渡された書面を見た途端時が止まった。勿論一瞬だけだけれど。
「‥‥え?」
 何の前振りだこれは。そもそも普通の茸について何も書いていないというのはどういう事?
(うーん、特殊な茸の見分け方はちぃ姉様が詳しくて‥‥)
 それでも素直に考えるあたり真夢紀は良心的な参加者だ。
「正直、絶対安心な茸以外は、まゆはあんまり詳しくありませんの」
 似た茸を採ってきてしまったらどうしようと小首を傾げ、それでも大丈夫でしょうかと晶秀に尋ねる。
「その姿勢で居てくれると私も安心するわ」
 美味しい茸鍋の為にも是非、よろしく頼むわね等と熱心な応援をもらってしまった。

 野草図鑑を携えて準備も万端なからす(ia6525)、落ち着いた物腰で分け入っていく。
(採ったこともあるが、茸の判別は難しい)
 なにせ専門家でも稀に当たることがあるというのだから。できる限りの準備と心構えは整えてきたものの、油断はできない。
 だからこそ、毒をもつ茸によくある特徴を纏め、すぐに判別できる項目をいくつか予習してきていた。図鑑に載っていないような特殊なきのこもあるという話だが、既知の茸の知識を元に避けることも可能なはずだからだ。
「これは‥‥」
 記憶だけでの判別もしない。初めて見る茸の場合は迷わず図鑑の記述に照らし合わせる。少しでも違いがあれば採らない等、選択も迷わない。
 特に生木に生えている物は一種類だけと決めていた。しっとりとした褐色の茸は良い出汁が出るらしいので、鍋に入れるには丁度いいだろう。

「緑ちゃん、冒険に行こうよ!」
 天儀にも、面白い茸があるみたいだよ! 出来たばかりの友達を誘って、リーズ(ic0959)は意気揚々と山に入っていく。
「一緒に色んなところを冒険しようって約束したしねっ」
 楽し気に、ぱたぱたと尻尾が揺れる。
「今日はボクが、不思議なきのこが沢山生える山にご招待だね!」
 一緒に歩き回って、色んなものを見つけようね!

 山道と呼ぶにはお粗末な、獣道。秋色に染まった景色の中を、真っ白な毛並みに赤い羽織の神仙猫がのんびりと歩を進めている。彩り豊かな中に真っ白な毛並はふわりと浮かび上がるようで、どこか目を惹く。
「ほぅ、きのことな」
 開拓者達をちらりと眺めて一言。誰かが連れてきた相棒だっただろうかと数名が首を傾げた。晶秀が参加者の記憶と、実際に居る顔ぶれを見比べると‥‥おや、柚乃(ia0638)が居ない。どうやら急遽休みになった彼女の分、ご隠居様が担う様子。
「他にも秋の味覚があるのかの?」
 手にはジャストサイズのマイ座布団。旅に休憩はつきものだから、寝心地抜群の愛用品は欠かせないのだ。

 のんびりとした仕事で一息入れるのはどうですかと、御樹青嵐(ia1669)が想い人に声をかけたのが今日の始まり。
「あれは駄目」
 山に忍ぶ際の食糧は現地調達が基本。山に親しんでいた輝血(ia5431)にしてみれば、茸は勿論食べられる野草の見分けは当たり前の知識である。
「これは大丈夫‥‥それも」
 どんなものがどこにあるか見つけることも、毒や薬になるものを見分けることだって体が覚えている。得意分野と言っていいだろう。
(中々難しいですねぇ)
 茸狩りの為に色々と調べてきていた青嵐だが、それを出す切っ掛けを掴ませてもらえない。
(いいところを見せる良い機会だと思ったのですが)
 山の幸、茸の類が好きだと教えてくれたから、そして酒も出るようだから。正に丁度良い機会だと思ったのだ。好きなものだからこそ、好きにならざるを得ないものだからこそ詳しいことくらい、少し考えればわかるはずだった。
 輝血が、いつもとは違う視線を向けてくれる可能性ばかり考えて、共に出かけることを了承してくれたことに浮かれて。ほんの少し失念していただけだ。別に誰に迷惑もかけていないからいいじゃないか。
「それにしても流石に輝血さんは良く知ってらっしゃる」
 ここはお任せしたほうがいいみたいですねと続けて、もっと知識を得なくてはと心の内で決意する。輝血が背負うものを共に背負うためにはまだ足りない。覚悟も気持ちもあるけれど、何より輝血が認めてくれなければ意味がないのだから。
「‥‥?」
 今のは青嵐が喜ぶところだっただろうか。わずかに口角をあげたその小さな変化に輝血は気付いていたけれど、声には出さない。こういう時は黙っていた方がいいと学んでいる。慣れない自分に恥ずかしいことを言うこの男がこういった顔をするときは大抵そうだからだ。
「別に、慣れてるから」
 自然に覚えただけだと言いながら、またひとつ籠に入れる。
(‥‥なんか今のは違和感ある気もする。なんだろう?)
 ちらりと籠を覗き込む。けれどそれが何なのかはわからなかった。

 隣を歩く三郷 幸久(ic1442)を控えめな視線で見上げながら、葛 香里(ic1461)が微笑む。
「お鍋、嬉しいですね」
 空気もかなり冷たくなって来ましたから。きっと美味しくいただけます。皆で美味しく温まりましょう。
「‥‥お誘い、ありがとうございます」
 手の届く位置で共に歩ける現実。自分に向けられる微笑み。そして小さく続く感謝の言葉。ひとつひとつを脳裏に刻み込みながら、幸久は幸せをかみしめていた。
(一緒に出かけるのは久々だなぁ‥‥嬉しい)
 久しぶりだからこそ、一歩を踏み出すこと、声をかけるのにも勇気が必要だったのだけれど。だからこそこの感慨もひとしおだ。
「俺の方こそありがとうな」
 答えてくれる、それだけで。君は俺の不安を打ち消してくれるから。
 妙な念書に署名をさせられるような話だったというのに、香里は快諾してくれた。依頼人が縁のある相手だというのもあるかもしれないが。
(怪しげなキノコ? 面白くない男と言われ様が手を出すか)
 これは互いの思いを深める楽しい外出であって、妙なものに入り込まれるつもりは微塵もない。
(ましてや香里さんにそんなものは絶対に口に入れさせない‥‥!)
 そのために俺は力を尽くそうと心に誓う幸久だった。

「今日の鍋には向かないだろうが」
 毒とは別の苦味がある黒い茸を手に思案する。焼いて食べるにはちょうどいいのだがその苦味が人を選ぶのだ。からす自身は苦い薬草茶も真顔で飲めるくらいなので、茸くらいわけもないのだが。
「‥‥苦みや辛みは危険を知らせる一種ともいうしな」
 害はないのだが、嫌がる者も居るだろう。こういった味覚も楽しめる者に限定して調理してもらえばいいだろうと、他の茸よりは量を抑えることにした。
(もう少し鍋向きの茸を増やすか?)
 可能性の低い松茸はむやみに探さず、からすは改めて別の茸を捜しに視線を巡らせた。

 悪路をものともせずに駆け巡るご隠居様は、さながら山の主のよう。どこか神聖な雰囲気まで携えて、右に左にきのこを探す。
 あからさまに毒ですと言わんばかりの鮮やかなものは避けて、記憶にもある食べられるものが最重要。
(鍋もよいけど)
 赤松を探しながら、食べたいと思うものを思い浮かべる。松茸があったら確保したい。今も見つけた茸を背負い籠にぽぉんと入れる。
(採れたての松茸で網焼きとかもいいなー)
 香りも楽しんでこそ。数があれば松茸尽くしも夢じゃないかもしれない。これまでにも数種の茸がみつかっているから、可能性はあるはずだと視線を巡らせた。

「これは間違いないと思いますの‥‥でも、これと、これは‥‥?」
 似ている茸がある、と言う事前情報が真夢紀をより慎重にさせていた。小分けに出来る袋を用意したのはそのためだ。知っている茸だと確信できるものはそのまま籠に入れる。多分大丈夫だと思うもの、少しだが違和感を感じたものはその都度袋に分け、見つけた場所も記録する。あとで依頼人が判別するときにも便利になるようにとの配慮だ。正に痒い所に手が届く、頼まれる前に場所を当ててしまうような気配りの境地である。

 視界が開ける場所では特に、鳥を探すため空を見上げる。
(折角だから鳥を狩りたいな)
 鍋にも入っているだろうけれど。
話に出してみたところ、香里が腕を振るうことに乗り気な様子を見せてくれたから。
(手料理も味わえる機会だもんな)
 なんとしてでも獲物を見つけて、狩らなければ。

「食べられる茸と、似ているけど違うもの‥‥」
 試しに採ってみた茸を手にまじまじと見つめる緑の隣から、じゃれつくようにリーズも覗き込む。
「ねえ、箱庭にもきのこってあった? それを探してみようよっ」
「植物園では扱いませんでしたけど、森や山にはあったはずですね」
 同じものがあるなら私も見てみたいです。口元が笑みを形作る。
「そうと決まれば、どんな茸か教えて? 木を探すのとかボクけっこう得意だよっ」
 一度ピンと尻尾を立てて、すぐにぱたぱた。
「そうですね‥‥あの樹と同じ種類なら、もしかしたら」
「わかった。任せてっ!」
 示された木をじっと見つめて、しっかり覚えてから周囲へを視線を巡らせていくリーズ。たからもの探しみたいなわくわく感が、リーズの瞳をいつも以上に輝かせていた。
(同じ物探し、一杯見つかるといいよね!)
 茸採りが目的のはずだが、徐々に目的が変わろうとしていた。



「茸鍋を食べに来たよ!」
 三豊に元気よく挨拶をするのは、すっかり馴染みになっているアムルタート(ib6632)。茸狩りに行けず少しばかりのんびりしていた一人だ。
「‥‥本当は色々狩ったり面白い茸とかとりに行きたかったんだけどねー」
 彼女も大怪我をした一人なのだ。日常生活に支障は出ていないけれど、大事を取って山にはいかず、式場で皆を待つ。服で見えない場所にはまだ傷を守るための包帯も巻かれているのだ。
「お疲れのところ、わざわざ来てくださっただけで十分ですよ」
 食材の調達はお願いすることになってしまいましたけど、慰労も兼ねているつもりでしたからと三豊。溜め込んでしまっていた書面から顔をあげて笑顔を深める。
「ずっと文字ばかり見ているのも疲れてしまいますし、事務仕事の合間に何方かいてくださるのも悪くないですね。気も紛れますし何より楽しい」
 一番安らぐのは料理や裁縫をしているときですけれど。等と続くので、部屋に二人きりのはずなのに何も起こらないのだった。

(あー、もう、ぼろぼろ。狩も出来やしない)
 折角だから自分が採った美味しいものも一緒に楽しみたいのに。大戦で受けた怪我がまだ少しだけ、戸隠 菫(ib9794)に影響を残している。
 むやみに動き回るのを避け、川に釣竿を垂らす。新鮮な川魚で、料理の数を増やす算段だ。浮き代わりの小枝をぼんやり眺めながら、記憶を掘り起こす。
(油断したつもりは無いけれど、仲間と祓魔霊盾のおかげで助かったなあ‥‥)
 人であれ物であれ、縁って大事だ。育てるのも離すのも自分の行動次第だけれど。大事にしてきたこれまでの自分があったから、今ここでこうして過ごしていられる。
 くいっ
「きたかな?」
 この調子で数匹は採れるといいなと思いながら、最初のあたりに腰を浮かせた。

 釣りをする仲間の姿を上流にみつけ、何がいるのかと二人で覗き込む。
「そういえば下宿先の女将さんが、うなぎが美味しい季節って言ってたっけ」
「鰻‥‥掴むと痺れたりするのではないのですか?」
 緑の知識は何かずれている。
「そうじゃなくて、ぬるぬるした‥‥うん、居たら絶対捕まえる!」
 緑に見せたいという気持ちが通じたのか、リーズの目が魚影をとらえた。
「ちょっと待ってて、今捕まえて見せるから!」
 躊躇なく浅瀬に入り、ワキワキと両手を構えた。

 釣果は上々、戻るまでの時間に余裕を残していた菫は、自分でも気に入りの茸を見つけることができた。怪しげな茸も随分視界に入ったが、目もくれない。ほとんど治っているとはいえ、体にひびいたら面倒だ。何より美味しく食べたいし。
「塩焼きと、揚げて甘酢がけもいいですね」
 魚を見て言う三豊に、菫は別の一品も頼む。
「魚じゃないんだけど‥‥お米を潰して棒に巻いたのを入れて貰っても良い?」
 炙ってから鍋に入れるのだ。専用の七輪も一緒に用意しますねと三豊も頷いた。



 中心地に近い本店よりも、郊外にある結婚式場の方が山に近い。そして調理設備が整っている。
 天気も良好、秋の風情を感じさせる天儀式の庭園を眺めながらも悪くないからと、席は庭園の一角に設けられていた。
 そんな庭園の片隅に、大きな鍋が一つ。ぐつぐつとたっぷりの湯が沸かされている。熱燗用にと準備されていた鍋‥‥のはずなのだが。
「お、いい感じの風呂だな‥‥浸かっていくか‥‥ふうぅぅぅっー!」
 ふらふらとした足取りで寄ってきて、自然に鍋の中に入る知的生命体。名簿に記載された名は久木 満(ib3486)‥‥多分、人間?
 それ食べ物を扱う鍋だよとか、熱湯だよとか、今も正に薪がくべられているよとかそういう次元を超越して、なんだか自然に溶け込んでいる。違和感がありすぎて逆に自然に見えてしまう現象、アレだアレ。決して満が物理的に溶けているとかそういうわけではない。いや、満の出汁は出ているからある意味溶けている?
「‥‥なんか、暑いな‥‥あぁ、さっき飲んだ酒はうまかったな‥‥ひさしぶりにいっきのみしたぜ‥‥」
 どうやら早々にお酒を飲んだ様子。だからこんな突拍子もない行動に出たというのか? そもそもがこういう存在なのか?
「‥‥あれ、流星かな‥‥違うか‥‥人魂かな‥‥」
 ブクブクブク。まだ日中のはずなのに星が見えるとか、眩暈でも起こしているのだろうか。他の誰にもわからない地点を見つめる満はまさに珍獣。
「生きた食材もふ?」
 鮮度抜群ー! と声をかけてきたもふらが一匹。背中にうにょうにょ触手がついた、その名もぬちょ太郎。これで居て躾の行き届いた三豊ご自慢の看板もふらである。どうやら彼にも満は人として認識されていない模様。
「風呂に入ってるんだ‥‥いい湯だぞ」
 間違った認識を教える満。満はお風呂だと信じているから無駄に信憑性が高い。
「ぬちょも入るもふ!」
 人外の触手和え、湯でこぼし一丁上がりー。

 茸の吟味も終え、料理ができる間の一休みにと茶を淹れる。
 少しでも疲れが取れるようにと用意した薬草茶は見るからに苦そうな色をしているせいか手を付ける者はほとんどいない。それも見越して普通のお茶も用意していたからすだが、流石に量が多かったかとあぶれた茶碗を手に周囲を見渡した。
「薬草風呂にすれば体にいいぞ」
 どばー。満の入っている鍋に茶碗の中身をあける。
(捨てるよりはな)
 折角の茸鍋を食べる前にお茶で腹を満たすわけにもいかない。美味しく使えば勿体ないという気持ちも多少は紛れるだろう。

「茸の炊き込みご飯、美味しいですよね」
 お手伝いします、と真夢紀がたすき掛けで厨房に向かう。出汁は用意してありますよとの言葉を受けて、米を洗いほんの少しだけ味を付けた。出汁も少しだけ味見してみたけれど、見た目よりも味が濃い。魚の削り節ではなくて煮干しと昆布でとったもののようだ。透き通った見た目だからどんな料理にもあわせられそう。
(道具も大きいですし、量もたくさん入りますね)
 自分でも随分とたくさんの茸を持ち帰ってきたと思っていたが、道具達を前にすると適量に見えてしまうのが不思議だった。
 茸は房を分けて、米の上にまんべんなく散らして‥‥
「あとは炊きあがりを待つだけですね」
 火の番は店の従業員がしてくれるとのことで、三豊の鍋づくりを見学することにした。

 青嵐が鍋など料理の支度をしている間、輝血は用意されていた酒瓶をいくつか並べ、見比べていた。
 熱か冷か。鍋が暑いのだ、酒はきゅーっと冷たい方がいいかもしれない。
 桶に氷水、その中に酒瓶を数本。気温も高くないからこれで十分冷になる。二人とも呑める口だが、今日は茸がメインなのだから量もそう多くなくていい。
「輝血さん、こちらも整いましたよ」
 青嵐が呼んでいる。
「うん」
 短く答えて座した。



 ご隠居様の背負い籠にも茸がいっぱい。既に三豊に引き渡したので、後は出てくるのを待つだけとばかりに座布団の上にぽふりと座る。
「お茶を所望いたす。勿論ぬるめでの」
 猫舌に熱いお茶は厳禁。濃い目のお茶に小さな氷を浮かべれば、たちまち飲み頃へと早変わり。
「鍋や焼き物も冷まして食べるんですか?」
 流石に氷で冷ませませんねと尋ねられ、それはそうだとしたり顔。
「食べるまでは、その香りを楽しむことにするのじゃよ」
 それも風流、秋の楽しみ方の一つだ。ご隠居様に配膳された松茸は、特に香りの強いものだった。
 誰も見ていない隙に、熱くて美味しい状態の料理がご隠居様のお腹に消えていたり、なんてこともあったのだけれど。それはご隠居様だけの秘密だ。
(温かい料理は温かいうちに、だもの)

「鍋うめえええええええええええ!」
 ザバア! ゾササササササ!
 完成した料理にまっしぐらな満。絡まってるぬちょ太郎も一緒に高速移動で料理の前へ。
 満の体が何やらふやけてぐにゃりとしているように見えるとか、触手と融合しているように見えるとかはきっと目の錯覚だと思う事にしよう。

「茸鍋ぇー、茸鍋ーぇ、わぁーい!」
 一人用の鍋、二人用の鍋等、大きさも数も揃っているので量もちょうどいい具合。アムルタートの前には三豊の特製茸鍋。皆が採ってきた食材の中で最も美味しい組み合わせかもしれない。
「三豊の茸鍋だけ食べるんだ〜♪」
 そこまで言われれば料理人冥利に尽きるというものだ。美味しい顔を見せてくれるのも分かっているから、厨房でそれはもう真剣に選んでいる姿があったらしい。
「さっそくー♪」
 お椀に一度取り分けて、茸もひとつずつ試していく。柔らかくなったもの、食感が残っているもの、出汁を良く吸ってジューシーなもの‥‥
「ふわぁー♪ いろんな茸美味しいー!」
 満面の笑顔、お代として頂戴いたしました。
「秋の味覚最高だよね! アル=カマルにはないもんね〜、こっち遊びに来てよかった♪ ‥‥あれ?」
 満足した三豊は再び厨房に戻ったようで、アムルタートの言葉は宙に溶けた。かわりに置かれていたのは〆の手打ちうどん。量もアムルタートにとっての丁度いい量だった。

 幸久と香里の席には、二人用の鍋が整えられる。
 そこにたたきと揚げ物、箸休めの浅漬け等の手料理も並んだ。柚の香りが爽やかに漂っている。
「幸久様お疲れ様でございます」
「香里さんも、料理してくれてありがとう」
 互いを労い茶で喉を潤す。
(香里さんと鍋‥‥)
 同じ鍋をつつく現実に、幸久の心のうちは落ち着きが全く得られない。
「具はお取りしましょうね、なにかお好きなものはありますか?」
 更に香里が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるものだから、緊張と嬉しさも加速していく。
(一緒に暮らしたら毎日こんな感じ‥‥いやいやいや)
 まだ早い、まだ先の話。時間をかけると決めたのだから。そう思っていてもつい考えてしまう。
「俺は香里さんが」
「えっ」
 ちゃぽんっ
 おたまが鍋に落ちて汁が跳ねる。
「あつっ。あ、香里さん気を付けて。かからなかったか?」
 咄嗟に腕を伸ばしかばう幸久。
「幸久様は」
「驚いただけ。色も濃いから服も大丈夫。ほんの少しだしね」
 驚かせるようなこと言った俺のせいかな、ごめんとすぐに謝る。改めて取り分けてもらい、仕切り直して食べ始めた。
「味が染みていて美味いな」
「本当、温まりますね」
「勿論、香里さんお手製の料理もな!」
 毎日だって食べたいくらいだ。うまく冗談めかして聞こえただろうか。常に本気なのだけれど、性急に聞こえてしまうのは、本意ではないから。

「流石だなあ、美味しい」
 舌鼓を打ちながら、ふと釣りの時に沸いた疑問を口にする。
「ねー、恵ちゃん。突然だけど」
 この友情も縁の一つ。女同士で、人との縁の話と言えば。
「どんなのがタイプなの?」
「っ! 本当に突然ね?」
「ね、聞いてみたいなあ」
 特別な相手がいないことは知っているけれど。何気ない話をしてみたいと思ったのだ。
「‥‥菫ちゃんも答えるなら」
 仕事に理解のある真面目な人ねと答えがあって、自分にも同じ疑問が返される。
「え、あたし、あたしは‥‥」
 修業時代はむくつけき武僧仲間達ばかりで、開拓者の今はそれに限らず色んな人を見てきたけれど。
(うーん、あまり考えたことなかった、かも?)
 ならばと何人か知り合いを思い浮かべて、自分にとって好ましいと思う傾向はどんなものかなと吟味する。
「面倒見がいい人‥‥とか?」
 最終的に、参考になったのが桐だった、と言う事情は黙っておく。

 いつも通りに酌み交わし乾杯。茸を肴に杯を干し、その味を堪能し感想を青嵐が語るところまでは二人にとっておなじみの光景だった。
(おかしいですね‥‥)
 多少の量では酔わないはずの自分の視界が、いつもよりどこか揺らいでいるような。けれど思考は明瞭で、青嵐は冷静に自分の状態を分析している。
(何やらいつもより酔いが回るのが早いようです)
 こうして二人で過ごした後は、感謝を伝えるのが礼儀だと心得ている。気持ちを伝えた後も、変わらず‥‥希望的観測を含めれば、少しずつこちらを見てくれているように思える彼女に。けれど今既にこの状態なら、食事を終える頃にどうなっているのやら。
(ならば、今伝えてしまえばいいのです)
 青嵐の杯に酌をしていた輝血の手を空いていた手で掬い上げる。杯も置いて両手でおし抱くように引き寄せて、自らも顔を寄せて‥‥
(‥‥ん、何時も酔わないのになんか今日は変‥‥)
 輝血も酒には強い方だ、普段感じることのない酩酊感に戸惑いながら、青嵐の干した杯に新たな酒を注ぐ。だからだろうか、青嵐が語る手求めて自分を見つめていたことにも、その手が自分に伸ばされていた事にも気づくのが遅れてしまった。
「‥‥ぇ」
 手を取られたことに驚いて、出たのは小さな吐息だけ。
(なんでかな‥‥青嵐に逆らえない‥‥)
 いつも自分に感謝を向けてくる時と同じ顔だと思う。その青嵐に自分はいつも何かを返しているとは思っていない死感謝されるのも筋違いだと思っている。だって自分は何時も酷いことばかりしている。
 わからない。どうして。酒と一緒に否定的な気持ちが脳裏を廻る。その間にも少しずつ自分の手は青嵐の顔に近づいて、その先にあるのは唇?
「って、それは駄目!」
 飛び退る勢いで自分の手だけを引き戻した。
「! すみません!」
 正気に戻った青嵐も即座に謝罪を口にする。
(‥‥もしかして、ヤバいキノコだったかな。凄い恥ずかしいところ見せた気がする‥‥)
 変な顔をしていなかっただろうかと珍しく慌てる輝血。その眉尻が少しだけ下がっていることに青嵐が気付く。
(惜しい事をした気もします)

 幸久のじっと見つめてくる視線に、そこにこもる感情に。向けられるものはいつも真っ直ぐすぎて、自分の心もどこか落ち着かなくなる。
「なぁ、香里さん」
「‥‥はい」
 思っていた以上に返事の声が小さくなってしまった。怯えているわけではないけれど、間違った印象を与えていないだろうかと不安がよぎる。
「その、さ。もう少し呼び方も親しみを込めたくて‥‥香とか、だめかな?」
 けれど相手も同じだったようだ。こちらを伺うようすに、その瞳に不安も見える気がして。自分だけではないことに安堵を覚える。答えが遅れたことで窮していると思ったのか、慌てた声が降ってきた。
「あ、香里さんはそのままで良いから、さ」
「あの‥‥はい」
 いつものようすに心が解れる。だから素直に頷くことができた。
 幸久が、ゆくゆくは関係の変化を、前進を求めているのはわかる。僧籍であることで自分の気持ちを抑えていたけれど、それでも待ってくれて、時間をかけてくれている。でもたった今、ひとつ‥‥ほんの小さな欠片かもしれないけれど、見えたかもしれない。
(関係や言葉が変わっても、幸久様は幸久様)
 同じように、自分も自分のまま。根本は変わらないのだ。なら、その先を見ても‥‥?
 くすりと、知らずに笑みがこぼれた。それに自分でも気づいたら、香里の笑みは止まらなくなった。
「少々くすぐったく感じますね」
 あまりにも心地よく響くから。笑みが浮かんでしまう。
(これからも、どうか‥‥よろしくお願いします)

 仲良く並んで鍋をつつくリーズと緑の背負い篭には、同じ物探しの成果ばかりが詰め込まれていたけれど。大半が食べられる木の実だったから、食材としても採用された。
 茸鍋とは別に、木の実を使った塩気のある餅菓子が追加されたのはそのおかげだ。
「皆でこうして食べるご飯って美味しいよねっ」
「はい。それに、楽しいんですね。リーズさん、今日はありがとうございました」