【FD】門出の彩り【新縁】
マスター名:石田牧場
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/06 18:38



■開拓者活動絵巻

■オープニング本文

●模擬結婚式‥‥模擬?

「遂に完成しました!」
 満面の笑顔で告げる三豊 矩亨(iz0068)の勢いはいつも以上に熱がこもっている。
「えっ? 何がでしたっけ?」
 驚きが強かったせいだろうか、晶秀 恵(iz0117)は咄嗟に思いつかずに答えてしまう。
(‥‥あっ、会場のことだったわ‥‥)
 数秒遅れて、頭が状況を理解した。この依頼人がギルドに来る理由は様々あるのだが、最近では新事業の話を続けて承っているのだった。

 結婚式事業。
 本来は古物屋であるこの男は、被服や調理も趣味にしており、その腕も確かなもの。この春一念発起して、新たに結婚式事業を興したいとギルドに手伝いを頼みたいと言いだしていた。
(それほど、長い話じゃなかったわね)
 はじめこそ、仕事として長くなる話だと思っていたが、実際は数カ月の事だったように思う。結婚式の為の具体的な企画を募って、会場のイメージを決めて、衣装をデザインして、料理を試作して‥‥料理の話などは、つい最近だったように思うのだが、何やかやと時間がたつのは早いものである。
「式場、完成したんですね。おめでとうございます」
 記憶を探ってから、改まって祝辞を告げた。そして、これまでの仕事で書きためた資料を見直す。
「衣装の方も、だいぶ増えてきたとおっしゃっていましたよね? ‥‥と言う事は、ついにやるんですか、模擬結婚式」
「ええ、ええ! もう楽しみでたまらないのです!」
 祝辞への礼も忘れるくらい興奮している依頼人。彼の心は既に、新郎新婦に衣装を身立てている未来の自分へと飛んでいる。これもある意味仕事好きの‥‥ワーカホリックとかいうやつだろうか。

●宣伝を兼ねて

「大々的にやれたらと思っているのです」
 一息ついて落ち着いたものの、説明する三豊の声には常に喜色が混じっている。
「あくまでも宣伝の為の、式のふりと伺っていましたけれど?」
 変更があったのかと首を傾げて晶秀が促せば、意図が伝わったようで頷きながら話が続く。
「開拓者の方達でも、これから結婚式をと考えている方がいらっしゃるようですし。それに開拓者さんの結婚式は、どうやら見ごたえがあるのだと言う話を噂で耳にいたしまして」
(それって本当の結婚式じゃなくて、妄想の話じゃ‥‥)
 感づいても言葉にしないのが、受付係と言うもの。晶秀は喉に引っ掛かった言葉を飲み込む。
「希望者がいらっしゃれば、そのままその方達の結婚式にしてしまおうと思うのですよ。勿論、該当する方がいらっしゃらないようでしたら、すでに結婚しているご夫婦の方でもいいですし、恋人同士の方でもいいですし‥‥」
 三豊としては、偽だろうと本物だろうと、結婚式を行えればいいということらしい。宣伝目的と言う条件がついているのだけれども。

「念の為ですが、もし希望が複数組居らっしゃる場合はどうするのですか?」
「その場合は、誓いあうところだけ別々に行わせていただいて、それ以降は申し訳ありませんが、合同の形になりますね。それと、お食事も皆さん同じものとさせていただこうかと」
 会場は、庭園を数に入れたとしても3箇所にしかならない。各組が個別で行いたいと思うなら、3組までとなるだろう。勿論、相席ならぬ相式でも構わないならば、同じ会場で複数組の式も執り行える。
「食事も提供するのですね?」
「ええ、模擬になるか本番になるかは来て下さる方のご意向次第ですしわかりませんが、結婚式をおこなうことは変わりません。料理も勿論本番と同じものですよ」
 新郎新婦役の方には御膳かコースの盛り合わせにして、お客役の方々は、一律ブッフェ形式で統一するとのこと。
「見学でいらっしゃる方には、実際の雰囲気を存分に感じ取って頂けなくてはなりません」
 どこまでも忠実に実施したいようである。
「開拓者の皆様には、宣伝が目的である事、見学の方が居る事を了承していただければ、他は本番同様にやらせていただきますとお伝えいただければと思います」
 何分、初めての本番とはいえ宣伝を兼ねておりますので、色々と選ばせてさしあげられないのは心苦しくありますがと、少しだけ申し訳なさそうに勢いが落ちる。
「ああ! ですが、衣装については自由に選んでいただけますので、そこは是非楽しんでくださいね!」
 本当、皆さんの衣装を身立てるのが楽しみです。ギルドについたばかりの頃の勢いを取り戻した三豊は、改めて笑顔を周囲に振りまくのだった。
(普通の合同結婚式と、お祝いパーティーよね‥‥?)
 依頼人の意向を再チェックしながら、晶秀は募集の筆をとった。

●会場概要

神楽の都(郊外)
天義の屋敷を基本に、装飾にジルベリア、アル=カマルのデザインを採用した外観

「和」天義・泰国のイメージで設えた部屋
「洋」ジルベリア・アル=カマルのイメージで設えた部屋
「庭」ジルベリア風の庭園、簡易チャペルあり

●貸衣装(概要)

*新婦用
「天1」白無垢
「天2」白無垢(洋風アレンジ)
「天3」色内掛
「天4」色内掛(洋風アレンジ)
「ジ1」プリンセスラインドレス
「ジ2」プリンセスラインドレス(和柄アレンジ)
「ジ3」マーメイドラインドレス
「ジ4」マーメイドラインドレス(和柄アレンジ)
「希1」キルト・ヒマティオン
「希2」キルト・ヒマティオン(和柄アレンジ)
「泰1」チャイナドレス
「泰2」チャイナドレス(刺繍入り)

※装飾(オプションの参考にどうぞ)
布製の花飾
付け替え可能な袖
長手袋
月や星デザインの真珠のアクセサリー
金属製の飾り細工
花冠

*新郎用
「天い」紋付袴
「天ろ」紋付袴(洋風アレンジ)
「ジい」タキシード
「ジろ」タキシード(和柄アレンジ)
「希い」踝丈キトン・ヒマティオン
「希ろ」踝丈キトン・ヒマティオン(和柄アレンジ)

※装飾用
胸元の花
月桂冠


■参加者一覧
/ 静雪 蒼(ia0219) / 静雪・奏(ia1042) / ルオウ(ia2445) / エリナ(ia3853) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 尾花 紫乃(ia9951) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 尾花 朔(ib1268) / アムルタート(ib6632) / 戸隠 菫(ib9794) / 三郷 幸久(ic1442) / 葛 香里(ic1461


■リプレイ本文

●最後の仕上げ

 朝早くから式場入りしていたルオウ(ia2445)には、恋人を驚かせるための計画があった。
(選んでやるだけじゃなくて、俺自身の手も入れたいな)
 衣装作りの時はエリナ(ia3853)に似合いそうなドレスをイメージしただけだったのだけれど。いざ本番を前にするとやりーことは増えて来る。出来る限りの全てを込めて驚かせて、きっと喜んでくれるだろうエリナの笑顔が見たいのだ。
「今から作り足せたりってしないかな?」
「選んで差し上げる衣装は?‥‥なるほど、では花冠を作るのはいかがでしょう」
 ルオウの選んだ衣装を確認した三豊 矩亨(iz0068)は、いくつかの造花を持ってくるのだった。

「模擬結婚式ですか‥‥」
「ええ、模擬ですよ? 紫乃さん」
 泉宮 紫乃(ia9951)の手を取り案内する尾花朔(ib1268)は笑顔を絶やさない。恋人の可愛らしい様子を見たいがゆえに、模擬結婚式が本番と同じ式次第であるとか、見学客がいることを伝えずに連れてきている。着飾った姿とは別の驚いた様子やはにかむ様子も見逃してはなるまいと、紫乃に向ける視線を外すつもりはない。
「紫乃さんの衣装、私に選ばせてください。そして私の衣装は代わりに選んでくださいね?」

 三郷 幸久(ic1442)に誘われて、葛 香里(ic1461)も式場へとやってきた。
「自分達が楽しんで役に立てるのなら良いじゃないか。俺は香里さんのドレス姿が見たいよ」
 出会ってから巡った季節は二つほど。特別なあの日からは三月と少し。幸久の言葉と笑顔はいつでも真っ直ぐ降ってくる。衣装作りの手伝いにも来ていた縁も背を押して、香里は素直に頷く事が出来たのだ。
「三豊様、式場完成おめでとうございます。多彩で美しい式場ですね」
 どんな時も礼節を忘れない香里に見とれながら、幸久はひとつの決意を固めていた。
(もう一歩、踏み込んでもいいだろう?)
 嫌われているのではないとわかっている。待つことも、相手が香里だからこそ苦だと思ったことはない。ただ、あと少しで手が届く‥‥そんな、予感がしたのだ。

 静雪 蒼(ia0219)と静雪・奏(ia1042)も互いに衣装を選び合うことにしていたようだった。長く傍に居るからこそ互いの好みも、何が似合うかも把握している二人である。衣装選びにはそう時間はかからなかった。
 奏が選んだ蒼の衣装は、プリンセスラインの純白のドレス。胸の上から首周りまでは、先を見通せるレースを用いて体をぴたりと覆う様に作られている。袖の代わりに長手袋を付けて、縁に花の模様が編み込まれたヴェールを、牡丹や蘭の白い花飾りと共に髪に留めれば完成だ。牡丹と蘭の花言葉は『高貴』、『清純』で、奏が蒼を大事にしている事が伝わってくる。

 奏の衣装はチャコールグレーのタキシード。ダブルジャケットの下に着るシャツは白く、ベストには刺し色で赤を選んだ。左胸には赤いバラの花飾り。
 定番の衣装だからこそ結婚式らしさは強調される。
 より一般的な結婚式に近付けることが二人の狙いだった。表向きは模擬結婚式として参加しているが、二人はこの式を境目に、本当の意味で夫婦になるつもりなのだから。

 竜哉(ia8037)の衣装は白のスタンダードなタキシード。だが本分は司会だからと、識別を兼ねて目立つピンクのマントを着用していた。ビビットカラーだからこそ人目を惹き、見学客も竜哉に案内を頼んだりしている。
 同じく司会でやってきたヘスティア・ヴォルフ(ib0161)も人目を惹く衣装へと着替えた。こちらは刺繍の入ったチャイナドレスで竜哉のマントにあわせたビビットなピンク色。鮮やかな朱色の髪と炎を模した刺繍、そしてヘスティア持ち前の美貌で人を選ぶような色も着こなしている。
 はじめこそこの色に遠慮していたが、一度着てしまえば慣れてしまうもので、会場に出る頃にはいつも通りの様子に戻っていた。


●サプライズ・ウェディング

「これって‥‥」
 言われるままに連れて来られて、慣れないドレスを着せてもらって。驚きの波に心を浮かばせながら、エリナは改めて自分の姿を鏡に映した。
 淡いピンク色の布に、透けるほど薄い白の布を重ねて作られたドレスは、光の当たり具合によってピンクが色濃く見えたり、純白に見えたりと表情を変える。ふんわりとさせたプリンセスラインのおかげかスカートの裾は丈が長くとも軽やかで、ひらりと舞う花弁のようだ。着物と同じ形の付け袖は白の布は重ねられず淡いピンク一色なのだが、裾に沿う様に小花の刺繍が施されている。柄は少ないがシンプルなデザインだからこそ、エリナの可憐さを際立たせていた。
 首にはリボンのチョーカーを。白い百合と淡いピンクの蘭を、同じピンクのリボンで纏めた花冠を頭にのせる。花言葉はそれぞれ『無垢』と『あなたを愛します』。新婦様に対する新郎様の気持ちが込もっていますよね、と着付けの人がそう教えてくれた。

 支度の整ったエリナが向かったのは、同じく着替えを終えたルオウの隣。
 丈を整えた白のタキシード。シャツの襟やボタンのラインに唐草模様の布が使われ、ボタンは瑠璃唐草の花の意匠。花言葉は『どこでも成功』エリナと共に歩む、ルオウの覚悟の表れだ。
 急くように駆けよってくるエリナの姿を認めたルオウが、はにかんだように頬をかいた。
「やっぱり、よく似合ってる」
 その冠も作った甲斐があったなと笑う恋人の姿を前に、視界が霞んだ。
「泣くなよ、エリナ」
 今にもこぼれそうな涙をそっと指で拭いながら、耳打ちしてくる声に鼓動が速くなる。
 花言葉って知ってるか? あとで晶秀 恵(iz0117)も来ると思うから、詳しい話はそっちに聞いてくれればいいけれど。そう前置いて。
「幸せを意味する花は選ばなかったんだ」
 宝箱の蓋をあけるような声だったから、顔をあげる。
「‥‥どうして?」
 それでも笑顔のルオウの意図がわからず、涙も止まった。
「エリナのことを幸せにするのは、花じゃなくて俺だから。これからうんと幸せにするんだから、笑おうぜ」
「‥‥!」
 また、恋人の姿が歪む。
「これは仕事だってわかってるけど‥‥ずっと一緒にいようね」
「突然だったから、そう言っちまったけど。俺は本番の結婚式のつもりだぜ」
 照れくさそうな笑顔をもう一度見たいのに、嬉しくて前がみえないなんて。
「ずっとずっとっ、一緒だよっ」

「声掛けるタイミング、逃しちまいそうだなー」
 肩をすくめるヘスティアの横で、戸隠 菫(ib9794)も頷いた。
「彼女さん‥‥あ、お嫁さんか。彼女が落ち着いてからにしようかな」
 今は邪魔できないよね、そうだなーと頷き合う。元気な印象の強いルオウがべた惚れのお嫁さんに興味もあるけれど、流石に今は間が悪い。
(また後でちゃんと伝えるけど。うん、お幸せに)

 エリナの涙が止まるのを待つ間、ルオウは二人のこれまでを思い返していた。
(はじめて会ったときにエリナに一目ぼれをして、それからもう五年なんだな)
 涙のこぼれる数だけ、思い出がひとつずつ呼び起こされていく。
 これまでだって、二人で過ごすうちに色々な経験もしてきた。これからだって色々とあると思うけれど。‥‥この言葉に、決めた。
「ルオウ、貴方はエリナを妻とし、健やかなる時も病める時も‥‥」
 口上がもどかしい。
「‥‥誓いますか?」
「誓う。誰よりも一番大好きだ、エリナ」
 それだけは何があっても変わらないから、誓うよ。真っ直ぐな視線に、エリナも正面から見つめ返して、頷いた。
「わたしも、誓います。ルオウ、大好き‥‥わたし、しあわせだよ」

●月はひとつ星は数多

 料理の並びを見ながら、何を食べようか迷う。つい手が迷ってしまうのは、どれも美味しいと知っているからだ。
(うん、美味しいって本当に幸せ。)
 事業を始めるにあたり、手伝いの仕事全てに参加していた菫は感慨深いものを感じていた。
(ここまで漕ぎつけたんだもの、折角だから初めての式まで付き合いたいじゃない)
 相手は居ないけれど、結婚式への憧れなら負けないと取り組んだ事業への手伝い。だがこの式に参加を決めるまでは少し迷っていた。縁のあったルオウに頼んで招待客の形を取らせてもらって、やっと一歩踏み出せたくらいだ。
(完成したドレスも見たかったもの)
 改めてドレスを見下ろす。自分が素敵だと思うものを詰め込んだ一着だ。
 型紙を一から作ったマーメイドラインドレスはシンプルなシルエットだが、布の切り返しを斜めになるように工夫して布地そのものの向きや表情があわさり単一な印象ではなくなっている。特別な装飾はせず、袖や肩紐も付けていないからこそドレスそのものが美しい完成形をに至っている。
 二の腕まで隠す長手袋はドレスと同じ純白。頭には大きな薔薇の刺繍が施されたベールを被り、月と星がデザインされたティアラが留めてある。このティアラの意匠も菫が提案したものだ。だからだろうか、とてもしっくりくる感じがした。
「優雅に歩いて、魅せなきゃね」
 自分にとって素敵なものには自信を持ちたい。そして、他の誰かも素敵だと思ってくれることを願って。

●結実と始まりの日

「先日試着を遠慮させて頂きましたが、今日はその‥‥」
 口ごもる香里の様子に三豊は多く尋ねず、遠慮はいりませんよと笑顔を返した。
「お連れ様との時間を楽しんでいただけたら私も嬉しいです」
 選んだ衣装はプリンセスラインのドレス。白とは違う光沢をもった象牙色は落ち着いた雰囲気の香里によく馴染んでいる。首周りや肩が出るオフショルダーのドレスは、幅広のレースを背から回して二の腕を覆う様に巻き、八重と一重の梔子をあわせた飾りで留めている。幅広のものをギャザーを寄せて用いているおかげで肌色が透けて見えるようなこともない。腰の後ろのリボン飾りにも揃いの梔子を添えて、高い位置で纏めた髪には空木の簪をさした。
 他の髪飾りも共に使う事を提案されたけれど、香里は丁重に断った。香里が一番好きな花をこうして簪にして贈ってくれた幸久に、これを大事にしているのだと伝わるように。他の花を並べたくなかったのだ。

 幸久もフロックコートタイプのタキシードへと着替えていた。色はベージュ。髪や目の色に映える物をと探してこの色に出会った。やや抑えた色なのは、香里が選ぶであろうドレスの色と近付けるためだ。
(言葉通り、楽しんでくれたらいいけどな)
 僧籍であることを香里は気にしている。天義式の白無垢や色内掛けでは袖を通すのも遠慮してしまうのではないかと思い、敢えてジルベリア風の衣装を着ようと持ちかけたのだ。

「‥‥幸久さま如何ですか?」
 空木の下、支度を終えた香里の姿に幸久は言葉を失う。
「うわ‥‥いや、うん綺麗だ。何時も言ってるけど、でも綺麗だ」
 質素倹約を現したような楚々としたいつもの風情とはまた違う、華やかさに包まれた香里の姿。どんなドレスでも似合うだろうと思っていたし、それがどのように似合うのかまで言葉を続けるつもりだったのに。
(想像以上だ)
 一目惚れからずっと意中の相手が、模擬とはいえ自分との結婚式の為に着飾ってくれる幸せ。こみ上げてくるものを必死に抑えながら、香里の隣に並んだ。
「駄目ですね」
 そっと呟く香里の声に自分の息を殺す。全神経が香里に集中しているのだとわかる。
「こんなに心が躍ってしまうなんて‥‥」
 着替えただけのはずなのに。これは仕事のはずなのに。浮足立つ気持ちをもてあましているのはお互い様な二人だった。

「香里さん」
 式の前に少しだけ。いつかのように緊張の混じった声音に、香里はそっと顔をあげた。
「‥‥永遠の誓いに模擬でも頷くなんて香里さんには無理だろ? だから、その前に‥‥この問の返事を聞かせて欲しい」
 きっと、聞かれるのだろうと思っていた。待っていて下さいと伝えたあの日から、自分だってずっと迷っていたのだから。
「しつこいだろうけど君が好きだ。将来を視野に入れて、付き合って欲しい」
 幸久が空木の簪に触れた。こわれものを扱うような優しい手つきに、香里は少しの間だけ、目を細め、幸久の顔を正面から見つめた。
「幸久様、様々なご配慮本当にありがとうございます」
 今日この日のお誘いだけではなく、今まで待ってくれていたこと、想いを向けてくれたこと、その全てに。
「貴方は自分が強引だと気にされていますが、戸惑いつつも心地良い力でした」
 簪に触れる優しい手のように。その力に惹かれないわけがなかった。
「まだ将来の決心まではついておりませんが、その時までご一緒頂けますか‥‥?」
 幸久の手に自らの手を重ね胸の前に、梔子の傍に引き寄せて、両手で包みこむ。
「お慕い申し上げております‥‥」
 八重の梔子と、一重の梔子。花言葉はそれぞれ『この上なく幸福』、『胸に秘めた愛』。ずっと口に出来なかった一言を伝えるために、香里が選んだ花飾り。

「ありがとう。誰よりも大事にするよ」
 誓いの口付けは頬に軽く。実りはじめた果実は、ゆっくりと育てていけばいい。幸久のリードに身をまかせながら、今だけは一人の娘でいさせて下さいと精霊に願った。

●鈴の音あわせて蝶は舞う

「とうとう結婚式やるんだね♪ お疲れ様! おめでとー!!」
 料理のチェックに出ていた三豊に声をかけるのはアムルタート(ib6632)。
「来て下さったんですね! 手伝いの際は本当にありがとうございました。先日の料理も多々揃えていますから、是非ご賞味くださいね」
 特にケバブはうちの者でも好評で、ビュッフェの定番になりそうですと三豊。
「良かったー。もちろん他のも楽しみにしてきたよ♪」
 たくさん食べて帰るんだ、と宣言するアムルタートに三豊も是非どうぞと微笑んだ。美味しそうにたべていただく事も宣伝になりますし、その笑顔はうちの料理人の励みにもなりますよ。

「折角だから、貸してもらってるよ!」
 アムルタートが選んだのは深い青地のチャイナドレス。体にぴったりとした着心地のドレスは動きにくいかもしれないと心配していたけれど、スリットがあるおかげか窮屈に感じることは無かった。袖口や裾の近くには舞い飛ぶ蝶の様子が刺繍されている。刺繍糸には銀糸が含まれているようで、本来は淡いだけの色糸に光が混ざり込んでいる。白に始まり、薄桃、クリーム、朝焼けの空。虹の七色を織り込んだような蝶達がドレスの青い空を飛んでいるのだ。蝶と一緒に自分もふわりと舞う様に、アムルタートは会場を気まぐれに巡る。
 首や腕、耳や足には細い金属製の輪飾りを連ね。アムルタートが移動するたびにシャラシャラと鈴のような音を零した。
 音に気を惹かれ彼女を見た客が一番に目を引いたのは髪型でもあるかもしれない。チャイナドレスにあわせて結い上げられた髪はアシンメトリー。右耳にかかる程度の髪だけは残してそのまま流し、それ以外の長髪全てを左耳より少し後ろで一つ結い。ねじる様に巻いてゆるく簪で留める。余った髪先や巻いた髪を整えるだけで花の形が完成だ。簪にはこれまた蝶の飾りがついていて、髪の銀華に留まっているように見えた。

「ボッチだけど気にしない!」
 楽しめばいいって言われたしね。と食事を楽しむアムルタートや菫の周りには、同じような一人での見物客も少なくなかった。趣向が新しい結婚式場と聞いて気になったはいいが、会場に入るためにはカップルではなくてはいけない、そう思っていた者達が、アムルタートと菫が堂々と過ごす様子を見て自分達もと勇気を奮い起したらしい。料理も衣装も見て楽しんで、次こそは相手を見つけてここに来るのだと。ひそかに決意を固めた若者がいたとかいなかったとか。

●想いの強さでつなぐ絆

(模擬、という形でも‥‥結婚式できはる聞いて‥‥お願いしてきてもらいましたんぇ)
 選んだドレスを着つけてもらう間も、心は奏の元に飛んでいる。妹の我儘として兄を引っ張って連れてきたのだと、周りにはそう言っているのだ。同じ苗字、同じ髪色、同じ瞳、似た顔立ち‥‥兄妹であることは隠しようがなかったから。
(大切な恋人や。例え実の兄妹、禁断言われたとしてもな?)
 着付けの仕上がりが楽しみだと笑顔を浮かべながら、誓いの瞬間へと想いを馳せる。
 一生一緒に居ると決めた、お互いにただ一人の相手だから。

「それでは新婦の入場です、皆様新郎と共にお待ちください」
「奏さん! 大好きっ!」
 竜哉の声が終わるか終らないかの段階から勢いよく走ってくる花嫁の顔はまだ、ヴェールの下に隠れている。それでも意図が通じるからこそ奏は足に力を込めた。敢えて兄妹という空気を押し出して演出のように見せかけて。可愛らしい関係なのだと思いこませ、見せつけるのだ。
 ぎゅっ!
 抱きついてくる蒼の背に自らの腕をまわし抱きしめ返す。
(誰よりも愛してる、この子はボクだけの花嫁だ)
「熱すぎて見ているこちらも照れてしまいますね。お客様方が順番をお待ちですよ?」
 そうでしょう? と近くに居たカップル客に水を向けて視線をそちらにそらした。初々しいカップルの様子を茶化せば、幸せな空気が倍々で盛り上がっていく。
 そういうお兄さんこそ、あっちで見たお姉さんと順番待ちじゃないのかと客からも声が飛んだ。
「何をおっしゃる、今は貴方達が主役ですよ。存分に楽しんで、良い絆を!」
 カップル達を見回しながら、道化のように節を付けた。

 改まった口調で誓いの口上を続け、添えるのは新たな夫婦に贈る門出の言葉。
「善き絆と、善き恋と、善き愛を。己を賭けるに値するほどに。‥‥それでは、誓いのキスを」
 促され、奏はそっと蒼のヴェールに両手をかける。はやる気持ちを抑えつけながら、ゆっくりと愛しい顔を見つめる。
「‥‥綺麗だよ、蒼」
 どれだけ一緒に居ても見飽きることのない、ずっと見つめていたい妹で恋人で妻になる人。
 どれだけ触れても離れることが出来ない、ずっとそばにいたい兄で恋人で夫になる人。
 誰よりも愛し合っている家族で、生まれてから死ぬまで家族でいたい人。
「誰がなんと言おうとも、蒼は誰にも渡さないよ。ずっと、愛してる。蒼‥‥」
 身をかがめながら、他の誰にも聞こえないように、蒼にだけ聞こえる声で囁く。
 奏の声に誘われるように蒼も背伸びして、頬を寄せていって‥‥
 互いの髪とヴェールが邪魔をして、その瞬間は二人だけの世界のものとなった。

●心の色、身の色

 式が近づくにつれ、紫乃の緊張も高まっていた。模擬とはいえ結婚式だ。結婚式場に二人でやってきて、恋人に似合うと思う服を本番さながらに選んで、それを想像以上の仕上がりで着こなしている朔が隣に居るのだ。
 ちらりと朔の様子を窺う。
 紫乃が朔に選んだのは泰国風にアレンジされた紋付袴である。長着には泰国の布を使用しており、一見無地に見えるが良く見れば細かく龍と雲の模様が全体に施されている。その上からはくのは定番の灰と黒の縞袴。そして羽織は限りなく黒に近い、夜空のような深い紫をしていた。白い縫紋は芒を意識したオリジナル。紫乃が刺し、従業員が通紋の上から縫い留めて仕上げられたそれは一番星のごとく煌めいている。
 最初はいつも着ているような緑の衣装を選ぼうかと思っていた。けれど並べられた衣装の色彩の豊かさに惑わされたのか、これが本番ではなく模擬だという事実に気を許してしまったのか‥‥隣に居るこの人は私の唯一なのだと、誰にともなく主張してみたいという魔が差したのだ。自分の瞳と同じ、自分の名前でもあるこの色で。
(何か言ってくれれば、この緊張も紛れるかもしれないのに)
 この衣装を渡した時は何も言われなかったが、意図には気付いているだろうと思う。けれど恋人は微笑みこちらを見つめるばかりで、紫乃は照れるばかりでどうしたらいいのかわからない。
「そんなに照れないでください、可愛い人。とても似合っていますよ。私は着飾った貴女を見たくて誘ったのですから」
 見つめる視線に所在なく恥じらう紫乃は白無垢にアレンジを加えたいでたちである。内掛けに配された柄は大輪の薔薇で、光の当たり方によっては虹色に見える銀糸が表面を華やかに彩っている。長襦袢の裾や合わせにはレースが使われているようで、足元や襟元から時折小花の繊細な織がのぞく。髪は角隠しで隠さず柔らかく結い上げて、鈴蘭の簪で留めてあった。
 白薔薇、鈴蘭の花言葉はそれぞれ『純潔』、『幸福が訪れる』。恋人は甘やかしたいと思う朔の想いの表れだろう。
 朱に染まる紫乃の頬は鮮やかで、白一色の衣装がよく映えた。

「ファーストバイトに移るな。まずは新郎から新婦に一口、愛の大きさを示してやれレイス!」
(あ、愛の大きさ‥‥っ?)
 それがケーキの事ならば。食べやすく小さければ愛が足りないように見えるし、大きければうまく食べられず粗相をすることになってしまう。
(少食の私でも食べられる大きさで、でも朔さんはそんな愛の小さな方ではないですし‥‥っ)
 司会であり将来義姉になるヘスティアが告げる口上に戸惑う紫乃は、傍から見てもわかるほど混乱している。それも可愛くて見ていたいけれどと微笑んだあと、頬に軽く口付ける朔。困り顔は、不特定多数に見せるよりは独り占めしていたいと思うのは男の性か。
 口付けで朔に向き直る紫乃は、その時脳内に浮かんでいた言葉をそのまま声に出した。
「あ、あの朔さん。丸ごと一個は、口に入りませんよ!?」
「新郎から新婦への一口は『一生食べるものに困らせない』、新婦から新郎への一口は『一生おいしいものを作ってあげる』という意味もありますから。大きさにこだわらなくてもいいんですよ?」
 だから大丈夫。再びパニックになる前にと食べやすい大きさにケーキを切り分け、口に運んで食べさせる。
「では私も、召し上がれ‥‥?」
 きちんと租借した後は朔にもケーキが差しだされた。

「見せつけてくれるじゃないか」
 一通り終わると、ヘスティアがからかうような笑顔で寄ってくる。
「ええ、私の愛の深さをわかってくれている可愛い人ですから。姉さんもそう思うでしょ?」
「言うなあお前も」
「何のお話ですか?」
 自分は何か失言をしたのだろうか。先ほどならケーキの大きさの話だけれど‥‥ケーキの大きさが意味するところは、相手に向ける愛の大きさ。朔が差しだす丸ごとひとつは口に入らないと言って‥‥
 そうだ、ケーキ丸ごとひとつになるほどの、朔からの大きな愛。
「‥‥っ!?」
 朔からの愛を信じていて、自分もそれを受け取るつもりでいるのだと、そう大勢の前で宣言してしまったのだ。
「紫乃さん? 大丈夫ですか?」
 真っ赤な顔を隠すように頭を抱えた紫乃の様子に、朔の笑みが深くなる。
「今日のはあくまでも、予行練習。今度は模擬ではなく本番、ですよ?」
 覚悟していてくださいね、と耳朶をふるわせる声。目眩がするのは帯の締め付けが強いせいなのか、それとも恋人の甘い声のせい‥‥?

●チャペルを背に刻んで

 執り行われた結婚式は4組。それぞれに分かれて司会役を終えた竜哉とヘスティアは、覚めやらぬ興奮を鎮めるように庭に出ていた。
 屋内は食事を楽しむ者達であふれている。事前の宣伝の効果か、結婚にふさわしい時期だからなのか、見学客は多かった。司会進行もしつつ、見学客の質問にも答えつつと客捌きに精を出していた二人はそろそろ人の海から離れたかったのだ。
「お疲れ様」
「たつにーも、お互い様」
 竜哉の視線が腰に向いたのに気付き、ヘスティアは腰に手を当て立ち止まる。
「? ふふ、見よこの曲線美!」
「ああ、綺麗だな」
「だろう?」
「勿論。‥‥飲むか?」
 示すのは酒の瓶と、二つのグラス。庭に出る前に持たされたものだ。
「悪くない」
 しゃべりっぱなしだったのか互いに言葉数は少ないが、幼馴染でもある二人はそれもわかり合っている。カチンと一度あわせてから、唇を湿らせた。
「朔達の方はどうだった?」
「見せつけられたなー」
 その時の会話を口真似も交えて教えれば、想像できると笑い声があがる。
「でも」
 目を細めたその隙に、そっと唇を重ねる。
「こうして、見せつけ返せばいいからな」
 ここはチャペルの前だから。
(この男は、俺の半身)
 弟達のように、新郎新婦役で参加することを考えなかったわけじゃない。
 この男に寄り添う相手は他にもいるから、俺とするなら彼女達ともするべきだと悩んだ。弟達にかこつけて来たものの、結局司会役を選んだのはそのせいだ。
 なのにふたりきりで、これが俺達らしいとキスをしたり。‥‥どっちだよ、俺は。
(酔ってるな)
 酒か、この男か。
「しっかし、その衣装は少し寒そうだな」
 黙ったヘスティアの様子に勘違いしたのか、竜哉の腕が回される。
(とっくに知ってる。両方だ)