【新縁】仕込みが大事
マスター名:石田牧場
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/27 18:40



■オープニング本文

●宣伝効果

「おかげさまで、常連のお客様だけではなく、新規のお客様も増えているのですよ」
 先日の依頼に参加した開拓者が、新規事業の宣伝を開始したという話は耳にしている。依頼が終わり開拓者達が帰った後も、古物屋の方では宣伝活動を続けているとのこと。その効果が通常の客足にも良い影響を及ぼしているようだ。報告も兼ねた依頼主である三豊 矩亨(iz0068)の嬉しそうな明るい声に、受付係の晶秀 恵(iz0117)も笑顔を返した。
「結婚式を依頼したいと考えてらっしゃるお客様が、一組でも増えるといいですね」
「今から素敵な装いの新郎新婦を見るのが楽しみでなりません! 従業員の皆も頑張ってくれておりまして、衣装も着実に増えています、昨日は和柄のドレスも完成させたのですよ‥‥!」
 きらきらとした目で語りだす三豊だが、すぐ仕事の話をしに来たのだと思い出したようで、こほんと一つ咳払い。
「落ち着きました?」
 晶秀に勧められたお茶を一口ふくみ、居住まいを正すと改めて、事業計画の続きを話し始めるのだった。

●門出の食事

「料理の形式については考えを纏めてあるのです。その上で、案を出していただければと考えておりまして」
 懐から書付を取りだし、それを元に話し出す三豊。晶秀も文字を目で追いながら、話に耳を傾けた。
 現在建設中の会場、そこに予定されている部屋ごとに方針を立てているようだ。
 天義と泰国のイメージであつらえる部屋では、一人ひとりへ天義風祝い膳の提供をするか、卓ごとに泰国風の大皿料理を配膳し、卓の同席者同士で料理を分け合う方法。
 ジルベリアとアル=カマルのイメージであつらえる部屋は、数枚のプレートに盛り合わせた料理を一人ひとりに提供する方法か、個人が好きな量を取り分けるブッフェ形式。
「なるべく、国の特徴を意識したということですね‥‥プレートに盛り合わせ、というのは?」
 一品につき一皿ずつ提供するのではないのですねと確認する晶秀に、三豊も頷き返す。
「理由はいくつかあるのですが‥‥場が堅苦しくなり過ぎないようにするためと、従業員の接客頻度を減らすためです」
 一度目は前菜の盛り合わせと汁物を同時に出し、二度目はメイン料理を一皿に盛り合わせたプレートを、三度目にはデザートと飲み物をほぼ同時に提供する、と三回に纏める方式らしい。パンは卓それぞれにあらかじめ盛っておく。
「うちの従業員達は、まだジルベリアのような配膳の方法に慣れていないものが多いですから」
 古物屋は本来、古物、古着を扱う店だ。従業員は販売の接客ができる算術と話術に重点を置いた商人見習いと、針子や厨で仕事をする職人達ばかりである。結婚式事業はまだ走り始める前の助走の段階だ、どの程度、結婚式の依頼が来るかはまだわからない。配膳等の接客専門の従業員を雇うにはまだ早く、事業の開始からしばらくの期間は、元から居る従業員達でまかなう方針である。
「その件に関しても、今回お願いするお仕事でご教授願えればと」
「いつもより早足なお仕事なのですね」
「ええ、できれば六月に、宣伝を兼ねた模擬結婚式を行いたいと考えておりますし‥‥」
 会場は間にあうのですけれども。従業員達にあまり根を詰めさせるわけにもいかず、こうしたお手伝いを立て続けに依頼できないのも現状で。そう言う三豊の目元にも、隈の様なものが見える気がする。趣味が高じた衣装作りに自らも率先してかかりきるなどしているのだろう。料理も好きな男なので、栄養も考えた食事は摂っているはずなのだが‥‥ということは、睡眠時間を減らしている可能性が高い。
「店主が体を壊しては、店も大変になりますよ? 健康管理、気を付けてくださいね」
「ありがとうございます。うちの店の者達にも言われてまして、今日くらいは休みを取れと店を追いだされたくらいで」
 頭をかく三豊に、晶秀は肩を落とした。
(それで仕事の話に来てしまっては意味がないじゃないの)
「なら、これが終わったらきちんとお宅に帰ってください。お店の皆さんの為にも」

「料理の提案については、どのような意見を求めていらっしゃるのですか?」
「形式は考えましたので、主にメイン料理について、色々な方からご意見いただければと。私自身、やはり天義の知識ばかりですので」
 それと、と一つ呼吸をはさんで続ける。
「甘いものを作るのは不得意ですので、そちらも意見があると嬉しいですね」
「お気に入りのお店で買ってらっしゃるとは聞いていますけど‥‥そのお店に提携していただけばいいのでは?」
「他の国の甘味は、それでは賄えませんから。基礎だけでもうちの従業員に作れるようになってもらおうかと‥‥書物で学んでいる者がおりますので、後は経験をと」
「そうですか」
 募集の項目に書き足して、こんなところかと話題を切り替える。
「接客の話もあるのですよね」
「ええ、配膳方法について知識のある方がいらっしゃれば。従業員達に教えていただきたいのです」
 内容についても書きつけて、今後のマニュアルに出来ますし。企画の仕事で得た提案もしっかり生かしているようだ。
「まず料理の提案や試作。まかない時に料理の試食も兼ねて、その後は配膳の練習。このような内容で募集をかければよいですね?」
「はい、そのような流れでお願いします」
 三豊が頷いたのを確認すると、さっさと立たせ出口へと急きたてる晶秀。
「募集はいつも通りやっておきますから、三豊さんは早く帰って寝てください!」

●晶秀の書き取り書(受付控え)

依頼人 古物屋店主の三豊氏
結婚式事業をはじめるための手伝いを募集
全てを一度に進められないため、何度かに分けるとの申し出あり

・事業の開拓展望 (終了)
・新婦衣装、新郎衣装の案 (終了)
・祝い料理の案 (今回)
・接客訓練 (今回)
・宣伝展開、模擬結婚式を行うとのこと
‥‥他、順次思いつき次第とのこと

※期間中、三豊氏手製の食事提供あり

●事業関連の資料(三豊氏より)

全体テーマ 衣装の多い式場

会場建設着手が最優先(進行中、六月ごろに完成予定)
場所 神楽の都(郊外)
広さ 庭を含め十分に
外観 天義の屋敷を基本に据えつつ、装飾にジルベリア、アル=カマルのデザインを採用
内装 天義・泰国のイメージで一部屋、ジルベリア・アル=カマルのイメージで一部屋、飾りの交換などで印象変化に対応
庭園 二つに分けられるかは業者と要相談、簡易チャペル設置が最優先
設備 会場二部屋の間に、控室などを配置

基本プラン三種を規模ごとに試算し設定、臨機応変に対応できるようオプション案の書き出し
パンフレットの試作や瓦版への打診

従業員の教育の必要性
演出担当者の雇用について検討

●貸衣装(概要)

新婦用(各種アレンジあり)
白無垢、 色内掛
プリンセスライン、マーメイドライン
キルトとヒマティオン
チャイナドレス

新郎用(各種アレンジあり)
紋付袴
タキシード
踝丈キトンとヒマティオン


■参加者一覧
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
アムルタート(ib6632
16歳・女・ジ
フレス(ib6696
11歳・女・ジ
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武


■リプレイ本文

●仕込みはじめ

 古物屋の厨房は一度に数十人の料理を仕込むことも可能な広めの作りになっている。花見弁当やら、以前に食べた昼食もここで準備していたのだと思い出すと、急に身近に思えてくるのが不思議だ。
「実際に立ってみるとすごいよね」
 身支度を整えた戸隠 菫(ib9794)が道具類を見渡す。寺で修行を積んでいた頃も大人数の食事を支度することはあったが、それとはまた違う。何が違うのかと考えて思い至った理由は、料理好きの三豊 矩亨(iz0068)が趣味で揃えた道具が多いというものだった。何しろオーブンまであるくらいだ。逆につつしまやかであるべき寺に、凝った道具は有る筈がない。
「結婚式の料理ってだけで腕の振るい甲斐があるよね!」
 一生一度の何よりの晴れの日だから、それを盛り立てるお仕事も素敵。自分の旦那様との結婚式を思い浮かべるフレス(ib6696)は少しだけだからと想いを馳せる。自分の好物も嬉しいけれど、旦那様の好物でお祝いするのも悪くないよね、なんて呟くだけでも楽しい気分になってきた。
 その横では三豊に力強く宣言しているアムルタート(ib6632)の姿。
「ドレスの時は来れなかったけど料理は頑張るよ!」
「お手伝いだけでもありがたいことですのに、わざわざそう言って頂けるとやはり嬉しいですね」
 三豊も張り切った声で返し、もちろんルオウ(ia2445)さんの再来にも感謝していますよと話をふった。
「おう、任せとけ!」
 屋台料理の経験が多いルオウは、試作にどれだけ手を出すか考えていた。結婚式の料理と言うと、どことなく繊細な気がするのだ。大味を求められる事が多い屋台料理の腕前でどこまで通用するのか、想像することと実践は違う事も知っている。
(料理の案出しが主体になるかなー)
 厨房勤めの従業員も居るのだ。手伝えそうならやってみるくらいの構えでいいのかもしれない。
「ご店主、使わない皿やらお盆、こちらで預かってもいいかなぁ?」
 厨房の出入り口から顔をのぞかせた不破 颯(ib0495)は、料理の試作はしないらしい。皆が調理している間は、接客訓練に使う小道具を揃えなければならないからと、別の従業員と共に支度する手筈だ。

●香り誘うよどこまでも

・肉料理
「アル=カマル系のやつをいくつか考えてきたよ!」
 料理のジャンルごとに進めようと簡単に打ち合わせた後、まずはメイン料理からと決めればアムルタートが挙げるのは肉料理。
「まず串焼き! 牛肉とか羊肉とか、特製スパイスかけて串焼きにするの!! おいしいよースパイシーだよ♪」
 目の前には調理されることを待っている肉。そして具体的な調理法。まだ生の肉のはずなのに、見ていると涎が出て来るのはなぜだろうか。アムルタートの言葉は不思議とグイグイ想像力をかきたてる。
「あと子羊の丸焼き! 内臓とかちゃんととって焼くの。美味しいよー見た目派手だよー!!」
 調理における注意点もしっかり伝えているのが抜け目ない。説得力のある内容に、手伝いで傍にいた従業員達の彼女に向ける視線が熱くなっていく。
 美味しいは正義。食を愛する者として本能に訴える何かがあったようだ。
「やっぱりメインって言ったら肉だよなー」
 ルオウも押しの強い部類だが。今回ばかりは勢いに乗り遅れた模様。提案するタイミングを逸したまま、ひとまず相槌を打つにとどめておく。
「そんでケバブ系! 色々あるけど今回はイスケンデルケバブとかどうかな? トマトソースとヨーグルトソースが程よく混ざって美味しいよ♪」
 アムルタートの肉語りは続く。聞き慣れない料理名に詳しい説明が求められたところで、調理も進めてしまおうと開拓者達は一度それぞれに分かれた。
 熱に強い皿にちぎったパンを敷き、玉葱のおろし汁と塩胡椒に漬けこんだ羊の肉(試作なので漬けたのは短時間)を焼いて乗せていく。唐辛子と一緒に煮詰めた赤茄子と柑橘類のソース(トマトの代用)、潰して香りを立たせたニンニクと発酵乳を混ぜたソースの順に、肉の上に重ねていく。全て重ねたら、容器ごとオーブンで焼けば完成だ。焼きあがりにバターを乗せるとコクも追加される。
「これだけでも一品料理になるんだよ!」
 空腹な者なら一ひねり。つい寄ってしまいたくなる肉の香りが辺りに広がっていく。

・魚料理
 はじめに挙がるのは姿焼きだ。
「天儀の雰囲気を出すならやっぱり魚かなー、特に祝う席なら鯛がいいよな、おめでたいって事でよく使われるんだしさ」
 踊るような形になるよう、串で形を整えて焼く方法もある。鰭が焦げないようにつける化粧塩や、串の打ち方も技術が必要ではあるが、天義の料理なので従業員も未経験という事はなさそうだ。
「海老や蟹とかも忘れちゃいけねーな」
 祝いの席にかこつけて創作料理を出すという考え方もある。だがルオウはあえてセオリー通りの提案をすることにしたようだ。海老の蒸し物、茹でた蟹等、シンプルだが確実に美味しいものは存在する。
「あんまり奇をてらったり、驚くようなものよりも、基本的でも皆がおいしいってわかってるものを揃えたいかな。国ごとにってのもあるけど、同じ国の料理出すにしても、注文する方が選べる様に種類は多いのがいいよな。
好き嫌いもあるしさ」
 全くもってその通り。衣装が様々選べても、かわりに料理は全く選べないなんて期待はずれもいいところだ。ルオウの考え方は三豊の希望にも沿っていて、話を聞いていた依頼人は嬉しそうに頷いている。
「時期や価格の許す限り、選択の幅は広くもちたいと常々思っておりますよ」
 全ての食材が美味しく保存が出来たらと夢想することも‥‥なんて夢物語。
「天義風じゃないのだと、イセエビグラタンとかどうかな?」
 見た目も派手で豪華に見える案としてフレスが挙げた。縦に割ったエビを殻まで使った料理は確かに人目を引くだろう。幸い、生きたイセエビが数匹あったので、魚料理の試作はこれも決定。
 茹でたエビを縦に割り、取り出した身とホワイトソースや調味料を混ぜた後に殻に戻す。チーズやパン粉を振りかけたらオーブンで焼く。見た目が華やかな割に大量に作る手間が少ないというのが利点だ。大きさにもよるが蟹の甲羅や足でも応用が出来るので、季節の魚介料理として定番化ができそうである。

・添えものやソース
「細かい話だけどさ?」
 野菜を添えて色とりどりにする提案もルオウから。明るい色の野菜を茹でただけでも、形や盛り付けを工夫すれば料理の引き立て役になってくれる。
「あんまりソースとかは多くしない方がいいかも? 服が汚れるのはよくねーしな」
 肉や魚そのものにも下味をつけるが、ソースが味の決め手になるものがジルベリアの料理には多い。汁気の少ない、粘性の高いソースを少量、皿というキャンバスに絵を描くように盛り付けるような手法もあるくらいだ。

・甘いもの
 お菓子作りに一番の気合を入れてきた菫の気になりどころは、食材を作業中に冷やすための伝手。
「氷霊結を使える巫女さんの心当たりはないかな?」
 三豊に聞きながら、思い当たるのは受付嬢。共通の巫女の知り合いというと彼女しか居ない。
「彼女なら多分、その術を使えるかと思います‥‥が。今回はいらっしゃらないんですよね」
 氷がないと上手く出来ない工程があるのだが、居ないのは仕方ない。そこは汲みたての井戸水を張った桶を使う事で妥協して、菫は早速ケーキ作りに取り掛かった。
 まずは和三盆糖に植物性の油、卵黄に小麦粉を混ぜる。これが生地のもと。
 別の容器で、卵白と和三盆糖を混ぜたものを冷やしながら泡立てメレンゲを作るのだが、これは氷水で冷やすと非常にやりやすく、手早くそしてふわふわに出来る。すぐに温くなる井戸水を何度かはりかえて泡立てて、なんとかツノがたつくらいまで泡立てた。
「冷やさないと膨らみが足りなくなる、って、これは知り合いのパティシエの受け売り。代用してここまではできたけど、あとは祈るしかないね」
 メレンゲと生地の元を混ぜ合わせる。この時メレンゲの泡をなるべく潰さないようにするのもポイントだ。
「容器に入れて、オーブンで‥‥上手く膨らみますように」
 焼く間、ケーキに沿えるクリームの準備もしていた菫だが、そわそわと落ち着かない様子でオーブンの前に行ったり戻ったりを繰り返した。あれだけ頑張って泡立てたのだ、失敗したら悲しくなってしまう。
 かくして、容器から溢れんばかりに膨らんだケーキが完成した。
「冷めるまではひっくり返すのも大事なんだよ。折角膨らんだ分がしぼんじゃうからね」
 容器ごとひっくり返した様子を不思議に思った従業員に、片目をつぶって答えた。メレンゲの泡の力だけで膨らませたこのケーキは、ほんの少し手を抜居ただけでも残念な代物になってしまう、取り扱いが少し難しいものなのだ。でもだからこそ、貴重なメニュー。
「特別に教えてもらったレシピだから、門外不出でよろしくね?」
 和三盆の柔らかな風味が、漂う甘い匂いの中でも主張している。

・込める想い
 美味しいものは正義。見た目が華やかも大事。そして結婚式だからこそ‥‥
「あとは、そのお料理にこめられた想いとか願いも重要だと思うんだよ」
 御節がいい例だ。ルオウの言う鯛のような語呂合わせ等理由は様々だが、お祝い事に喜ばれる料理は多数存在する。
「でも、ビュッフェ方式だとそういうのは難しいから、そういう場合には会場の装飾品に気を使いたいかな」
 量と品数が重視されやすい方式では、見た目を整えることが出来ても意味を込めるのが難しいのだ。だからこそ料理を引き立てる部分で祝いの意味を込めたいのだとフレスは話す。
「氷の彫像とか‥‥寿命の長い動物の夫婦像なんか‥‥を飾り付けて縁起担いでいくといいと思うんだよ」
 古物屋にもそれらしい置物はあるだろうが、その大半は天義の品だ。別の土地の出身者向けにその日限りで使うなら、後に片付けも簡単な氷は悪くない選択だ。何より氷なら巫女の手配が比較的簡単で加工作業もしやすい素材なのだ。夏場の管理について一考は必要だろうが‥‥細かいことはさておいて、三豊が乗り気だ。採用される可能性は高そうである。
「プレートなら提供する前に出すお品書きとか、ビュッフェなら料理に対する説明書きのカードを添えておくとかも工夫して、食欲を誘って次につなげていけたらいいと思うんだよ」
 料理名に縁起の良い名前がついていればそれだけで心も浮きたつ。名前や見た目から味が想像が出来るものもあるけれど、詳しい説明が添えられていれば、作り手の熱意も伝わりやすくなるというものだ。言葉でだって、料理の味を助けることが出来るのだ。
「ケーキの表面まっさらにして、参加者で寄せ書きみたいなのできたりしねーかな?」
 ルオウの案は視点を変えたもの。皆が楽しかったってなるのが一番思い出になると思う。その言葉になるほどと周囲から同意の声が漏れるのだった。

●寄せ集まった多国籍ランチメニュー

 串焼きにケバブ。
 フィレ肉のステーキは塩胡椒で焼いただけのもの。ソースが別の皿に何種類も用意されているのは組み合わせを模索するためだ。
 鯛の姿焼きは泳いでいたり、反り返っていたりと形を模索。
 イセエビやカニのグラタン。こちらもソースが数種類。
 添え物の練習にと、様々な飾り切りを試した根菜の飾り切りはゆでたり甘く煮てみたり。
 クリーム添えのふわふわなケーキ。
 果物の層と一緒に重ねた、表面をクリームで真っ白にしたスポンジケーキ。文字用のソース。
 あらかじめ用意されていた、ビュッフェ向けのロールパン。
 材料を代用したものがあったり、材料が足りず作れなかった料理はあったりもしたが、量と種類は十分なほど揃った。
(((いざ並べてみるとすごい)))
 皆同じことを思ったが、口には出さない。
 これはあくまでも試作、今は美味しいことが肝心なのだ。

●短時間+最低限→すぱるた?

(俺もそこまで詳しいわけじゃないんだけど‥‥いつも通りの方がやりやすいかねぇ)
 畏まらなくても大丈夫だと口にすれば、多少は肩の力が抜けた様子の従業員達。
 颯より年上の者も居るので敬語で接するつもりでいたが、緊張させ過ぎては効果をあげるのは難しいかもしれない。
「まずは片手で大皿を運んだり、盆の上に皿をたくさん載せて運ぶ練習をしようかぁ」
 力が入るべきは肩ではなく手元と足元だからこそ、颯の普段の話し方は相手の力を抜くのに向いていた。
「秦系やビュッフェ系は特に皿を使うんだよぉ。それらを下げたり、逆に料理を盛った皿を複数枚運んだりしないといけないからねぇ」
 とにかく必要なのはバランス感覚だからと、大きめの皿を持った状態で歩いてみせる。
 まずは皿だけ、次に落としても困らない布巾を乗せた皿、最後の仕上げで料理も乗った状態で歩かせるという算段だ。
 グラス等の小さな食器を多く乗せたお盆でも同じように練習していく。
 皿や盆に慣れてきたところで、次は膳だ。食器の形も内容も様々な膳は土台があるとはいえバランスを取るのが難しい。料理も些細なバランスで盛りつけられていることが多いので、小さな揺れも美しさを壊す可能性がある。
 忘れてはならないのが。食器を下げる練習。何枚も同時に運ぶには重ね方や持ち方にもコツがある。
「こんなものかなぁ」
 一通り終えたところで皆の体を休ませる。今度は講義だ。
「天義系は式が終わって丁度良く膳を配れるよう用意しておくのが肝心だ。纏めて運んじゃいけないよぉ? 危ない上に失礼だからねぇ。その上で、上手く途切れることなく配膳するループが作れるよう調節したりとかね?」
 ジルベリア系ならシルバーワゴンで纏めて運ぶ。ワゴンが足りないなら片手で盆にのせ配膳。更に各机に担当を割り振り、飲み物が空にならないよう気を配る。
 ビュッフェは全体を見る指示役、料理の補充役、不要になった食器の片付け役等分担が必要。
「最後に、客に何か聞かれたら『分かりません』は駄目だからねぇ、必ず『確認してまいります』と答えてから指示役か上役に確認を取って伝えること。自分の判断で動くのが一番いけない事だからねぇ」
「離れた距離から無理に置こうとしたり、無理をしないって考えておけば良いんじゃないかな。お客さんに失礼がないようにするのが勿論だけど、無理を通したら失敗もしやすくなっちゃうし、お客さんの方も気を使っちゃうもの」
 様子を見に来た菫の言葉はマニュアルのはじめに、心構えとして記載されることになった。

●新たな一歩へ

「提供できるメニューも増えましたし、あとはコースに考えなおして‥‥」
 レシピや接客マニュアルを纏める事務仕事をしながらも、三豊の表情は緩んでいた。
「後ほんの少しで本番ですか。楽しみです」
 お客様第一号はどのようなカップルでしょうかと想いを馳せながら、再び最後の仕上げへと取りかかった。