【殲魔】始祖たる男
マスター名：石田牧場
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| ■オープニング本文 ●決断 その日、神楽の都にある開拓者ギルドの本部には、大伴定家をはじめとするギルドの重鎮らが勢揃いしていた。 上座に座る大伴定家の言葉に、誰もが耳を傾けていた。春の穏やかな日和の中、ギルドのその一室だけがぴんと緊張に空気を張り詰める。話し終えた大伴の二の句を継いで、一人のギルド長が声を上げた。 「護大を破壊すると……そう仰られましたか！？」 「いかにも」 しんと静まり返った部屋に、大伴のしわがれた声が続く。 「三種の神器を、知っておるかの」 ギルド長であれば知らぬものはない。朝廷が保有している、神よの時代より伝わる三つの道具のことだ。それぞれに、名を、八尺瓊勾玉、八咫鏡、そして天叢雲剣と言う。これらは、公には朝廷の所有であった筈だが、いずれも、実のところ朝廷の手元に存在していなかったらしく、新たな儀を拓くに従って回収されてきた。 朝廷の説明によれば、この三種の神器を揃え護大の核を討つことで、護大を完全に滅ぼせるというのである、が。 「その核と目される心の臓は、冥越の阿久津山にあると言われておる」 ギルド長らが顔を見合わせる。 「冥越と申しますと、先の、大アヤカシ黄泉の最後の言葉……」 大伴が頷く。全てを知りたければ冥越の阿久津山へ行け――黄泉はそう告げて息絶えた。せいぜいもがき苦しむのだな、とも言い添えて。その言葉がどうしても頭を離れない。それが単なる悔し紛れの捨てぜりふであれば良いのだが、果たして、大アヤカシがそのように卑小なまやかしをうそぶくものであろうか。 「いずれにせよ、次なる目標は冥越国である。各ギルド長は各国に戻り、急ぎ準備に取り掛かってもらいたい。しかし良いかの……ゆめゆめ油断してはならぬぞ」 ●夢語部の間 三種の神器を用いて護大を滅ぼす、そういう作戦が神楽の都において着々と進んでいた頃、遭都、御所の地下には武帝と共に穂邑（iz0002）や多数の開拓者達の姿があった。 全てにおいて投げやりだった武帝を九名の開拓者達が誘拐し、外の世界に触れさせることでその心境に変化を齎したのは２カ月ほど前。 以来、開拓者に信頼を寄せるようになった武帝は、穂邑が古代人だという亞久留によって誘拐され、大アヤカシ『黄泉』の手に落ちた際には代々の帝に伝わると言う貴重な宝玉を開拓者に託すまでの関係を築き上げた。 そしてこの変化は、朝廷の三羽烏と呼ばれ、難攻不落とまで言われた藤原氏の心をも動かすに至り、これまで朝廷が隠し続けてきた秘密、情報を開拓者に開示する事を決定。だが、その内容の重さを考えれば万人に広く知らしめる事が必ずしも正しいとは考えられず、まずは限られた者達にのみ伝えようと言う結論に至ったのである。 結果として、開拓者ギルドには以下の依頼書が張り出された。 『遭都、御所において今後の大規模作戦における重要会議を執り行う。朝廷はこれに開拓者の参加を望むと共に、朝廷が持つ情報の共有を図りたい』と――。 そうしてこの日、会議に臨むつもりで御所に招かれた開拓者達は、何故か地下に案内された。 穂邑は彼らとは別に『必ず』来るよう言われていたらしく、小部屋の扉が幾つも並ぶ空間に辿り着くと同時、その表情はひどく強張っていた。 そんな彼女に武帝は「安心しろ」と声を掛け、一方で朝廷の神官達が開拓者全員にこの空間の説明を始める。 曰く、此処は『夢語り部の間』。 各部屋は過去を記憶する不思議な結界が施されており、刻の記憶を司る精霊によって現代の人々が知り得るはずの無い過去の情報を授けてくれるのだ、と。朝廷はこのいくつかの部屋から、人々の知りえぬ情報を得てきたのだ。 穂邑――神代の役目はその精霊と交信し、部屋に入った開拓者達に夢を見せてくれるよう頼む事。 「私にその力はないが、荒ぶる類の精霊ではないと聞いている」 不安を取り除こうという思い遣りの見える言葉に穂邑は笑みを取戻し、頷いた。 神官の話は尚も続き、各部屋そのものがある種の結界になっている事、その結界の中で一晩を過ごすとそれぞれに記憶を夢として見、過去の出来事を追体験できると説明される。 吟遊詩人の『時の蜃気楼』の様なものかという質問が開拓者から上がるが、神官はそれよりも強力だと答えた。 この部屋で見る夢は、ただ見るだけではない。 聞いて、嗅いで、触れて……過去の物語の登場人物としての行動が出来るのだ、と。 「そなた達の行動によっては辿り着く結果が変わる事もあるだろうが、歴史そのものは変わらない」 選んだ部屋によって充足感を得る事も出来れば、深い絶望を知る事にもなるだろう。 「……それでも、お前たちはこの世界にかつて何があったのかを知りたいと望むか？」 武帝の問いに、開拓者達は――。 ●共に歩む グワァァァオォォォオー！！！ 瘴気そのものが人の形を取ったかのようなアヤカシが、攻撃を受け叫び声をあげた。 「これなら…！ 皆、あと少し頑張ってくれ！」 男が声を張り上げる。仲間達は皆傷を負い、練力も使い果たしそうなギリギリの状態の中、彼にはまだ大声で仲間を鼓舞する余裕が残っている。気力の賜物か、はたまた生来の素養なのか、彼の持つ命の光は熱く激しい。 だからこそか、導く度胸もあり知識も備えた彼を、出会う者は皆慕い、どこに行っても彼は乞われることになる。しかし彼は姉と共に知識を広め技術を伝え、ずっと旅をしていたと聞いている。 仲間達は皆、そんな彼らの道先に興味を覚えて共に来た。その知識や考え方に助けられながら、ここまでやってきたのだ。 だから、ここで終わるなんてありえない――。 「‥‥そうだな、あんた待ってるヤツがいるもんなあ？」 仲間の一人がそう言って笑った。気分を明るくするように、笑顔で。 「遂に一人のものになるんだなあ、貴方が」 堅物だと思っていたのにね、別の仲間もそれに乗じた。頑な彼の心に添える女性が出来た事は、仲間内でも慶事だと思われている。 「ならばこそ、無事に帰らないといけませんね」 いつもなら軽口も言わないような仲間さえ、微笑みをたたえて続いた。 「なっ！ 今それは関係ないだろう？ 俺は別に、留まるとは言って‥‥」 仲間達が一斉に笑いだした。慌てる彼の声が、仲間達の気を軽くする。アヤカシと戦っている最中だというのに、警戒を解いたわけではないというのに。彼を中心に皆がひとつの思いに沿って、敵を見据え直す。錯覚かもしれないが、体も軽くなったように感じた。 ――まだ、行ける。 「ここで止まってなど居られない事には、変わりませんよ」 落ち着いた声で、彼の姉も皆の背を支えた。 ――これが、始祖帝になる男と、その姉か―― 『私の先祖にあたる男と共に、アヤカシと戦う事になる』 部屋に入る前に言われていた言葉をかみしめ、開拓者達は目の前のアヤカシへと武器を構えなおした。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ（ia1037）17歳・男・シ 
リューリャ・ドラッケン（ia8037）22歳・男・騎 
郁磨（ia9365）24歳・男・魔 
アルマ・ムリフェイン（ib3629）17歳・男・吟 
御凪 縁（ib7863）27歳・男・巫 
蜂矢 ゆりね（ic0105）32歳・女・弓 
ウルスラ・ラウ（ic0909）19歳・女・魔 
天月 神影（ic0936）17歳・男・志 |
| ■リプレイ本文 ●戦の姿勢 郁磨（ia9365）の術で纏わりついた氷が、目の前のアヤカシの動きを鈍らせる。 その隙を逃さず、浮鴫こと天河 ふしぎ（ia1037）の剣が閃いた。 彼らの後方には女が一人かばわれている。ジルベルト・ドラグレスと名乗る竜哉（ia8037）の盾が、さらにその守りを強固にしていた。 白き光を放つ御凪 縁（ib7863）は、ちらりと女の放つ術を見る。自身の術に似ているようにも見えた。 跳ねるような調を奏でながら、アルマ・ムリフェイン（ib3629）は青葉の目を通して、雪色の髪をした男の背を見つめた。剣を正眼に構える様子は英雄譚の主人公のように思えた。 蜂矢 ゆりね（ic0105）は新たな矢をつがえながら、心のうちで笑みを浮かべる。答えがひとつ手に入った事を確信していたからだ。 「‥‥ぐぅっ」 空蝉の体が狙った通りにアヤカシの一撃を受け、飛んだ。ウルスラ・ラウ（ic0909）は自身の体を張って布石を打つことにしたのだ。 天月 神影（ic0936）は姓を名乗らずこの旅に同行している。男と肩を並べるように立ち、真正面へと立ち向かう。 名を変えた者も、そうしなかった者も皆、本来の恰好とは様子が違っていた。服は簡素なものに。宝珠に関わる品はまるごと手元から消えるか、良く似た別の品に変えられているのだった。勿論、細かな意匠などはどこにも見当たらない。 「さっさと倒れてしまえ！」 一番巨大なアヤカシに向けて、男が地を蹴った。神影や浮鴫が開いた血路を駆けていく。 敵の指揮を取っている頭を潰せば、戦況は格段に変わることは明白だった。かの敵は大きいわりに頭が良く回る。配下のアヤカシ達相手でさえ苦戦を強いられているのもそのせいだ。 男の背から別のアヤカシが迫る。ゆりねの放つ矢、縁の光がアヤカシを射抜き滅したおかげで、男の足が止まる事はなかった。 「この一撃で決めてやるっ！」 ●護大の欠片 頭が倒れれば、残りは有象無象も同じ。配下のアヤカシ達を殲滅するまでは長く時間はかからない。 成人男性の六、七倍は高さのあった巨大アヤカシはその瘴気の量も多く、全てが晴れる頃には他のアヤカシ達の姿は残っていなかった。 ズゥゥゥゥゥンンンンン！ 突如、腹に重い音が響く。元々瘴気の集まりのようだった黒い靄が晴れたその場所に、巨大な頭蓋骨が残された。 「なかなか、手こずる相手だと思ったけどね」 ジルベルトが皮肉めいて笑う。強さから判断する限り上級と呼ばれる程度なのだと思っていたが、護大の欠片を持つほどの大アヤカシだったらしい。 （しかも、頭蓋骨ときた） これまで現代で回収されている欠片もひとつひとつが大きいと聞いていた、だがこれは群を抜いている。感じ取れる瘴気も比ではないだろう。 「皆、待っていてくれるか」 仲間達が無言で見つめる中、男は懐から何か小さな袋を取り出し頭蓋骨に歩み寄っていく。どうするのかと問う間もなく、彼は空いた方の手をかざした。 ――！ 呪文や祈りの文句はあったのか、それとも聞き取ることが出来なかったのか。あれだけ密度濃く主張していた瘴気は一筋ほども感じられなくなった。そのかわり頭蓋骨を周囲の空間ごと、結界が覆った。 ゆりねには見覚えがあった。 「何をしたの？ ううん、それ以前に今の‥‥何？」 郁磨の声に含まれる驚きの色は別の意味に聞こえたらしい。 「護大の欠片と呼ばれるものだ。このまま外に運ぶのは面倒だから、ここで封じた。その方が楽だろう？」 その力の由来を聞きたいと誰もが思う中、神影が口を開いた。 「‥‥俺の故郷では見たことがない。俺が疎い為か？ 皆の故郷では普通なのか？」 「いや、あたしは知らないね」 「初めて見た」 口々に答えが返ってくる。 「そりゃそうだろ。俺と姉貴の故郷にしかないような技術だからな」 その話をもっと詳しく聞きたいと誰もが思ったが、思考がうまく働かない。先ほどまで激しく戦っていたのだ、疲れがある。空蝉がゆっくりと体を起こした。 「あんた‥‥誰だっけ？ ここは‥‥どこ？」 ぼんやりとした目を姉弟に向けた。不安でたまらないようにというように。 「一度、落ち着ける場所まで戻りましょう」 私も肩を貸しますからと、女の言葉に皆が頷いた。時間はまだある、焦ってはいけないのだと各自が頭に刻み込んだ。 ●一時の休息 「お帰りもふ！ 無事でよかったもふ！」 遺跡を出た彼らを待ち受けていたのは一匹のもふらさま。耳仲間の青葉と神影の周りをぐるぐると駆けまわり無事を喜ぶ姿は元気一杯だ。 「見張りに留守番、ご苦労様だ」 「心配な子が居るから、野営した場所まで戻ろう」 縁と女に支えられた空蝉を示せば、早速背を向けてしゃがみこんだ。 「みんな疲れてるもふ、おいらが運ぶもふ！」 「貴女の名は空蝉、私達と一緒に敵を退治して、遺跡から出てきたところですよ」 縁と女が仲間達の怪我を癒して回る。空蝉は記憶の混乱があるようで、必死の様子で質問を繰り返している。女も空蝉を落ち着かせようと、丁寧に根気よく答えていた。 「何処へ何のために旅をしてるの？」 「知識や技術を必要としている処へ、それを伝えるために」 「必要ってどうして？」 「敵‥‥アヤカシという脅威が動き出したからですね」 「アヤカシって何」 「瘴気のうつし身‥‥瘴気から作られた存在と聞いています」 「脅威なのに、倒せるの？ 何処から来たの？」 「私達のように志体があれば。瘴気の濃い場所からのようですね」 「じゃあ私は何処から来たの？ 貴女は何処から？」 「ええと。貴女の故郷は何処だと聞いていたかしら‥‥」 首を傾げた女を見ながら、空蝉は潮時を感じ取る。返る答えは空蝉としても聞いたことのある常識ばかりで、新たな情報を得るのは難しそうだ。 「‥‥疲れた」 「ええ、一度眠るべきでしょう。その方がきっと、記憶も早く戻りますよ」 起きたら思い出しているといいですね、おやすみなさいと優しくかけられる声に空蝉も目を閉じた。 記憶が混乱しているというのは演技だから、本当に眠らなくてもいい。周囲の声に耳を澄ませば、取りこぼしそうなつぶやきが聞きとれるかもしれない。 回復が済み手の空いた者達も、それぞれ動き出していた。 敵が居ないかと、青葉は周囲を見回した。ひとつ、気になる山を見つけて視線がそこに吸い寄せられる。 「浮鴫ちゃん、今ってどの辺りかわかる？」 そっと山を示す。意図に気づいた浮鴫はバダドサイトを使い、その山を見る。青葉に深く頷き肯定してから、改めて手に持つ地図を見直した。抽象的な、落書きのようなものが描かれた板は、読み取る事も難しい。 「山があっちにあるから‥‥多分、このあたりだよね、アニキ？」 「いや、その地図自体が間違ってる」 一瞥しただけで断言する。この時代で一般的な地図も形無しだ。 （天義の、御所から見える山と、同じ形か‥‥） 青葉はそっと自分の耳に触れて考えにふける。手触りも記憶と違わぬ狐耳が、そこにある。縁とゆりねの角も、記憶の通り生えていた。 「これじゃ駄目なんだ。ねえ、さっき言ってたアニキとねぇの故郷ってどこなの？」 「とっくの昔に捨ててきたから、無いよ」 「格好いいね、流石惚れこんでついてきただけあるよ！」 視線を遠くに向けた男に、気分を変えさせようと明るく答えれば、笑顔が戻ってくる。 「元盗賊に言われてもな」 「そうだねぇ‥‥面白そうだしついてきたけど、行けば行く程襲われるとか疲れるよねぇ。奴等を完全に滅す方法とか武器って無い物なのかなぁ〜？」 あれば楽になるし、武器なら絶対探すのに。座り込んだ郁磨のぼやきには、思い出そうとする様子。 「それでも手伝ってくれて感謝してる。封印なら俺と姉貴で出来るが、武器か‥‥」 「‥‥例えば、親玉とか居れば、ソイツを倒す事で奴等を滅する事も出来るのかな？」 「神器と呼ばれるものが存在すると、聞いたことはある。‥‥そうだな。方法という可能性があるなら、試すべきだと思う。知らないままよりずっといい」 （‥‥なかなかに面白い男だな。こうも愉快な人物とは今まで会った事がない） 笑みを浮かべ、神影は男の台詞を反芻する。知っている事は教えてくれるが、何処か曖昧に感じる事もある。壁の向こうに隠された話したくない何かがあり、それを見えない壁が覆っているような感覚だ。 空蝉と姉の会話を聞いていたジルベルトも、似た感想を持ったようだ。ならば『自分達の体』にも聞けばいい。仲間達にも手招きをして、皆で話に興じる。 「アヤカシって、なんだと思う？」 「姉貴も言ってたが、瘴気から作られた敵だ」 「最近、ここ百年くらいに見るようになったって聞いたことあるぜ」 回復を終えた縁も輪に混ざる。 「どうも護大の欠片があったあの周辺に集まっていた気がするな」 「倒したら、とんと見なくなったねえ」 「なら、このあたりにはもう居ないの？」 「他の欠片がなければ、そうなるだろうな」 確証は無いと答える男。 「それだけ周りに影響があるような、凄い奴だったのか、あのアヤカシ」 「それに対抗できているこちらも相当なものだろうけどさ？」 倒せているのがいい証拠。ジルベルトは武器を軽く構えるようにして、聖堂騎士剣を発動させた。 「これが対抗できる力っていうのは判る。でもそれが何なのかわかるか？」 「具現化した精霊力だ。志体はそもそも、精霊力を具現化するために必要な素養のことだからな」 「縁ちゃんの、傷が治せる力も？」 攻撃と回復は違うのに、それも同じなのかと青葉が問う。 「力の源になるものは同じだから、そうなるな」 「志体とは、願いを叶える力‥‥と言うと恰好つけすぎているかな」 神影は、自身の言葉にふっと笑んだ。 ●覚悟と道標 「王となってくれ‥‥か」 討伐の成功を知らせに戻れば、留まるよう乞われるのは恒例行事。いつもは迷わず断っていたはずの男も今回ばかりは事情が違う。 「ねぇ、あの人とのこと聞かせてよ。ね？」 考える時間をくれと保留を示した男が今、迷っているのは明白だ。その助けになればと青葉が声をかける。 「どんな人か気になるな」 回復した空蝉が話に乗じる。一時的なものでよかったと喜ぶ姉の微笑みと一緒に、健康状態にも太鼓判を押され今は元の通りに過ごしている。 「どんな女って‥‥何度も言ったが、普通の女だぞ？」 言いながらも頬は赤い。からかい甲斐があるねと笑って、追い打ちをかけた。 「ふふ、僕は弾いて語り歩くのが本業だよ。何度でも聞いて覚えなきゃね。そうだ、なんて呼んでるの？ 二人きりだと特別な名前とか？」 「愛称で呼んだりするんだ？ 求婚はもうしたんでしょ？ どんな台詞？」 空蝉の合の手に、額まで赤く染まった。 「そんな恥ずかしい話出来るか！ いくら友が相手でも出来ないものくらいあるだろう？」 「それじゃ結婚はするんだね！ アニキの結婚式楽しみだなあ」 激昂しても、真っ赤な顔では締まらない。背から聞こえた浮鴫の声に我に返った。 「いや‥‥迷っている」 ふむ、と顎に手を当て縁は言葉を選ぶ。 「例えば。また旅に出るなら、どこに行くんだ？」 「僕はどこにだってついていくからね！ アニキの旅の目的が果たせるまでずっとだよ」 浮鴫も目の前に回り込んで、顔を覗き込む。 「それとも、あの人も一緒に連れて旅を続けるの？」 「一所に留まるつもりがねぇってなら、その惚れた女連れてくのは手だな」 縁の言葉に男が顔をあげた。 「‥‥志体持ちじゃないあいつは、連れてはいけない。だったら、ひとつしか選べないんだな」 昔の俺なら考えられなかったが‥‥呟きがこぼれた。 「‥‥あいつがこの地に留まっても、旅を続けるのかい？」 「此れから一人の女性と生きていくってのに、こんな物騒な世の中じゃあ心配事も尽きないだろうねぇ‥‥弟が所帯持ちじゃあ姉も一緒に住むなんて出来ないだろうし、此れから如何するかってのは死活問題なんじゃない？」 ゆりねと郁磨は女に尋ねていた。視線の先には、迷っているはずの男の姿。そろそろ答えは出ているのかもしれない。 「そうですね。私はまた、旅に出るつもりでいます。あの子はもう大丈夫でしょうから」 新婚生活の邪魔はしませんよと、穏やかに微笑む。 「あの子を支えてくれる、芯の強い娘です。いつまでも母親気取りの姉はお役御免でしょう」 「親類にも報せなきゃねぇ。故郷を捨てたって言ってたが、祝言あげるとなりゃそうはいかないだろう？」 「いえ‥‥待つ者も今は存在していないのです。本当に、ずっと昔の事ですし」 「そっか。あんたらも旅が長そうだねぇ。なんか探し物屋ら人探しでもしてるのかい？ まだ行かなきゃなんない場所があるってんなら、ついてくよ」 人のいい笑みを浮かべるゆりねに、女は丁寧に礼を述べた。 「この地であの子は大事なことを見つけて、留まる事になって‥‥私達の旅は終わったのでしょう。ここから先は、私が自分で答えを探さなければならないのだと、そう思うのです」 「故郷の知識や技術を広めるだっけか、人助けだのなんだのも、それだけたぁ思えないんだけどねぇ」 探るような言葉にも、女が眉をひそめることは無かった。 「ええ。私達は一所に留まれません。‥‥でもあの子はもう、留まることが出来るはず」 「それって‥‥」 意味に気付いた郁磨が口にするより早く、女はそっと人差し指を口元に添えて、微笑んだ。 神影は日課の鍛錬の支度をしていた 「手合わせ頼めるか」 男が声をかけた。旅の間、気付けば共に鍛錬をするのが当たり前になっていた。 「今日は見学させて貰おうかね」 こうして、ジルベルトも時折寄ってくる。 「なら後で感想をくれ」 言って、自らの得物を構えて男に対峙した。男が始祖帝としてこの地の王になれば、この時間も続けられなくなるだろう。あと少しの機会だと思ったせいだろうか、その日はいつも以上に熱が入った。 夢の終わりも近付いている。 ●別れの後 大アヤカシを倒した男は、終の棲家を見つけた。恋に落ちた少女を娶り、乞われるままに王になった。 護大の欠片を封じた遺跡の上に王国を築き、彼は後の世に始祖帝として名を残すことになる。 彼と共に旅をしていた仲間達は、道を分かつことになった。故郷に帰る者、無頼を続ける者、新たな仲間を探す者‥‥それぞれの人生を歩んでいく。 始祖帝には姉が居た。彼女は弟の祝言を見届けた後、慕容を名乗って一人、新たな旅に出たと言われている。 彼らの仲間として同行していたもふらさまは、恐ろしいアヤカシを退治した凄い妖精という名声を得た。その恩恵を受けて、どのもふらさまも各地で崇められ歓待されるようになったが、どんどんとふてぶてしくなり、だらけるようになっていった。そして新たに生まれるもふらさまも生まれつきだらしなくなる頃には、かつての名声は噂として残されるだけとなっていた。 |
