【神乱】作意ある夢
マスター名:石田牧場
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/20 10:55



■オープニング本文


 天儀暦1009年12月末に蜂起したコンラート・ヴァイツァウ率いる反乱軍は、オリジナルアーマーの存在もあって、ジルベリア南部の広い地域を支配下に置いていた。
 しかし、首都ジェレゾの大帝の居城スィーラ城に届く報告は、味方の劣勢を伝えるものばかりではなかった。だが、それが帝国にとって有意義な報告かと言えば‥‥
 この一月、反乱軍と討伐軍は大きな戦闘を行っていない。だからその結果の不利はないが、大帝カラドルフの元にグレフスカス辺境伯が届ける報告には、南部のアヤカシ被害の前例ない増加も含まれていた。しかもこれらの被害はコンラートの支配地域に多く、合わせて入ってくる間諜からの報告には、コンラートの対処が場当たり的で被害を拡大させていることも添えられている。
 常なら大帝自ら大軍を率いて出陣するところだが、流石に荒天続きのこの厳寒の季節に軍勢を整えるのは並大抵のことではなく、未だ辺境伯が討伐軍の指揮官だ。
「対策の責任者はこの通りに。必要な人員は、それぞれの裁量で手配せよ」
 いつ自ら動くかは明らかにせず、大帝が署名入りの書類を文官達に手渡した。
 討伐軍への援軍手配、物資輸送、反乱軍の情報収集に、もちろんアヤカシ退治。それらの責任者とされた人々が、動き出すのもすぐのことだろう。


「でも、かぁっこいいよねぇ‥‥」
 夢見心地の溜息とともに紡がれた言葉は、いつもであれば聞き逃すくらいの、本当に些細な言葉だった。誰それが素敵だの、あの人が仕事で成果を出しただの、つまりは異性の美点を連ねて互いの好みを語り会う、そんな中での会話の欠片。
(‥‥‥?)
 休憩を済ませて戻ってきた晶秀が見かけたのは、ちょうどそのような話題で盛り上がっているべき場面‥‥ではなかった。先ほど聞こえた言葉とは反して、同僚達の様子がおかしい。晶秀が知る限りでも特におしゃべりを好む先輩肌の女性でさえ、何やら気まずげな視線をどこに向けるべきか迷っているようだった。
「先輩?」
 どうしたのか尋ねようと近づき声をかければ、『後でね』と身振りで示される。口元に笑みを浮かべているものの目はただ細めるだけの先輩に心の中でだけ首をかしげた晶秀だった。

「最近、反乱軍の対応で仕事が舞い込んできているでしょう? それで慌しいわねって、そんな他愛無い話だったはずなの」
「それでどうしてあんなに夢見るような声が?」
 あの子の夢想癖とも呼べる性格は良く知っているけれど。同期であり友人の台詞を思い出して首をかしげる晶秀。
「なんでも、昔大将の顔を見たことがあるとかないとか‥‥好みのタイプ、らしいわ」
「‥‥そういえば彼女、ジルベリア出身でしたね」
 悪評を欲しい侭にしている青年を、いくら好みだからって‥‥あそこまで堂々と言えるとは、ある意味大物かもしれない。そう軽く考えつつもどこか脳内が警報を鳴らしている気がして、晶秀は溜息をこぼした。
 しばらく後に先輩と二人あわせて上司に呼び出され‥‥警報が気のせいでなかったことを知る。


「レナ皇女がジルベリアに帰還され、その際の護衛を開拓者の皆さんに依頼する‥‥そのような仕事が斡旋されているのはご存知の方もいらっしゃると思いますが」
 一度言葉を止めた晶秀は、ちらりと視線だけで周囲を窺う。何やら警戒するかのような仕草を開拓者がからかう前に、シィッと人差指を口元にあてる晶秀。
「ここから先はあまり、大きな声でする話ではありませんので。護衛やそれにまつわる仕事が妙に多い‥‥むしろ厳重過ぎるように考えた方はいらっしゃいませんか?」
 はじめよりもいっそう声を潜めた晶秀の、その言葉の内容が飲み込めた開拓者から順にごくりとつばを飲み込む。集まった開拓者達がそろって理解した様子を見届けると、晶秀は深く頷いた。
「結論から申しますと、このギルド内部に反乱軍へと情報を漏洩した‥‥裏切り者が居るということになります。ギルドを経由して護衛の仕事が提示され、それを見越したかのように反乱軍が動いている。あまりにも対応が早すぎるのです‥‥同僚がそれに加担しているなんて、考えたくはないのですけれども」
 反乱軍の動向が掴みきれないように、裏切り者が一人だけとは限らない。ジノヴィ・ヤシンが睨んだ何名かのなかにひとり、晶秀が親しくしている者が居るということだ。決定的な証拠はまだありませんが、最近の言動を見るに可能性が高いようで‥‥溜息のように、囁くように目を伏せる晶秀。
「‥‥皆さんにお願いしたいのは、その容疑者となる職員を調査して‥‥決定的な証拠を手に入れることです」
 無ければそれに越したことはありませんが、疑いが真実ならばその捕縛もお願いします。

「容疑者‥‥彼女も同じギルドに勤める職員で、昼間は私と同じようにギルドで仕事をしています。それに日中は職員どうしの目もありますから、特別怪しい動きをする可能性は低いと思います」
 とはいえこの件は全てのギルド職員が知る話ではない。晶秀は容疑者ひとりの調査を内々に頼まれたためこうして事情を知る側になったが、そうでなければ深く考えずいつもと同じ業務をこなしていただろう。
「問題は業務外の話です。そこまでべったり張り付いて調べるには一人では難しく、なにより友人ですから私情が邪魔をし事実が見えなくなることがあるかもしれません。‥‥おおっぴらにしない形であれば、他の開拓者の手を借りても構わないと許可を貰っていますので、こうして‥‥」
 いつもの受付ではない場所を選んで話をしているというわけだった。
「報酬は普段の依頼と同じようにお支払いできます。結果がどうなるにせよ‥‥よろしくお願いします」


■参加者一覧
からす(ia6525
13歳・女・弓
蠅(ia7886
25歳・男・シ
コゼット・バラティ(ia9666
19歳・女・シ
シュヴァリエ(ia9958
30歳・男・騎
ハイネル(ia9965
32歳・男・騎
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
御形 なずな(ib0371
16歳・女・吟
カリク・レグゼカ(ib0554
19歳・男・魔


■リプレイ本文


 ゾフィー・フォルゴッサ、20歳。編み下げた茶髪と白い肌が特徴。愛称はフィア。
 ジルベリア出身のギルド職員で、依頼書の整理や担当受付の配分といった依頼管理の一部を担う事務作業を主に受け持っている。
 業務上の失敗は皆無とは言わないが粗も多くなく勤勉な方だが、常日頃から夢見がちな言動が多いため、情報を客観的に処理し伝える事が必須の対人接客業務である受付業務から外されている。
 料理や手芸といった家事を得意とし、昼食は手縫いの袋に入れた手作り弁当がほとんど。恋人ができたら尽くすタイプだろう。
「他に好みのタイプってぇのは‥‥あぁ、ヴァイツァウの様な優男なんだっけか」
 シュヴァリエ(ia9958)が頷く様子に、容疑者の特徴を開拓者達へ話していた晶秀が一言付け足した。
「自分だけの王子様が迎えに来る、と信じていても不思議はありません」
「夢見る乙女さんですね。もし誰かがその子の想いを利用してるんだったら、絶対に許せないから、止めなくちゃです!」
 気合は十分、だが場所を考えて音量を落とすのはルンルン・パムポップン(ib0234)だ。同じ夢見る乙女として想像膨らませつつ、まだ見ぬ彼女に思いを馳せる。
「真実、しかと確かめねばならんな」
 見極めるまでは何とも言えないと腕を組むのはハイネル(ia9965)で、これまでの晶秀の調査状況の確認をはじめた。
「帰宅までの尾行は出来ませんでした。フィアと私の住む場所は反対方向というほどではありませんが‥‥離れていますから。私は尾行が得意ではないし、彼女の近所の方々にも顔が知れていますから難しくて」
「じゃあ、酒場に寄り道しているかどうかまでは分からないってことやん。よく行く酒場と商店街の場所を教えてくれな?」
 ポロンとリュートをかき鳴らしたのは御形 なずな(ib0371)だ。フィアの棲家、そして行き着けの店までの簡単な地図を手に入れるとお先にとギルドを出て行った。
「私も聞き込みに行こうと思うが‥‥晶秀殿もついてきてもらえないか。事情は全て聞いた方がいいと思う」
 からす(ia6525)が誘えば、業務後なら開拓者達と過ごせるよう都合をつけるという答え。
「あまり遅くまでは無理ですが、明後日は休日ですので‥‥明日なら、夜通しのお付き合いもできるはずです」
 それまでは、勤務中の監視を続けるとのことである。


(ンフ、不安要素は確実に取り払わないといけません、ね)
 依頼書を調べているのは蠅(ia7886)である。ギルド奥の部屋まで入ることは出来ないが、開拓者に公開された仕事とそれに関する情報を調べるだけでも情報は拾いようがある。
 幸い彼はこの神楽のギルドで依頼を受けたのは今回が初めて。おかげでこれから依頼を受ける心構えを知るために、先人である先輩開拓者達のあゆみを報告書や依頼書を見て調べるという体裁を得ることが出来、ギルド内での人目を強く心配する必要が無かった。
(とはいえ、他の内通者が居ても困リマスしねぇ)
 ジルベリア方面の依頼といった条件のもとに調べているが、別の地域に関する依頼も目を通すふりをする。関係ない書面を見る間はそれまでに目を通した情報を整理するのに役立てて、視線はただ横に滑らせるだけである。
「夕方までには、タメになる情報があるといいですねぇ」
 気になることを書き付けようと用意したメモはまだ、白い。

「どいてどいてーっ!?」
 チリンチリン♪ ‥‥ドーン!
「きゃーっ!」
 昼御飯時、ギルドに響いた高い声はコゼット・バラティ(ia9666)のもの。駆け込んできた彼女はその勢いを殺しきれず、進行方向上に居た女性職員を巻き込み転倒する。開拓者として軽業師として鍛えられた身のこなしのおかげでコゼットが職員を抱きかかえるように転がり、受身をとった分二人とも怪我は無い。だが見ていた周囲の者達、実際に突撃を受けた職員としては怖いの一言だ。例外として事の結果を知らされていた晶秀と、仕掛け人のコゼットだけが表情を取り繕っている。
「えっと、大丈夫かなっ?」
「ぁ‥‥怪我は無いみたいです〜」
 声をかければ、まだ震えてはいるが返事がある。しばらく謝罪を繰り返しながら、被害者の職員‥‥容疑者フィアの声をしっかりと脳裏に刻みつけた。

「疑われてるなら、身内でも調べるしかないだろうね‥‥無実であればよいのだが」
 カリク・レグゼカ(ib0554)はからすと共に聞き込みへと出ていた。集合場所とする場所の下見を終え、そのまま長屋‥‥フィアの近所に住む者達へと声をかけようというところだ。
「その、考えていたの‥‥ですが。犯人が、自らすすんで疑われる言動をするものでしょうか?」
 ギルドで仲間達の話を聞いてからもずっと考えていたことである。フィアの性格や働き振りを聞く限り、濡れ衣の可能性や、他者に漬け込まれていると言う可能性、ともすれば無自覚の悪人である可能性など、容疑者本人の性根を善とする考えが頭をついてはなれない。それらを何とかからすに伝えようと言葉を紡ぐ。
「うーん、すでに考えが偏っていますね‥‥何事も決めつけるのは良くないです。じ、自分の足と五感で確かめたいと、思います、けど」
「彼女がボロを出しやすい性格ならばそれまでだ。だが依頼書の内容を誤魔化したように、こちらも誤魔化す必要はあるのかもしれないな」
 情報漏洩の疑いがあるから彼女を調べていると言って回るわけにはいかない。下手をすれば今後のギルドの信用にも関わる。
「そ、そういえば‥‥僕らの依頼書は、どうなっているんですか」
 カリクの問いに、からすは小首を傾げた。
「確か‥‥」
 偽の依頼書には『行方不明の届出が出ている人物に似た特徴を持った者を神楽で見つけたので、その者の正体をはっきりさせて欲しい』と書かれているはずだ。依頼のために活動する開拓者達の行動をなるべく制限しないようにと晶秀が必死で考えた一芝居であった。

 酒場の活動は夜がメインである。昼飯時に営業している店もあるが、大半は早くて夕方からで、閉店は日付も変わった深夜になるのが普通だ。日の高いうちに行きつけの酒場の営業時間を調べたなずなは、その時間の早さと店同士の近さを合わせ一番効率が良くなるように店の巡回順を決めた。なるべく短時間の移動が出来れば容疑者と接触する可能性も上がるというもので、無駄を極力省くのは商売でも調査でも、仕事の上では大事なことだ。
「店で詩を歌わせてください、お金が無いんです!」
 無いの「い」にアクセントを置く話し方は少し珍しく、まだ客足が少ない店内になずなの声が響いた。うまく客寄せになったら駄賃を払ってもいいよと軽口を叩かれ気のいい店主が頷けば、あとはなずな本人の腕前次第であった。
(本当に欲しいのは情報や。お金は‥‥臨時で入るならそれに越したことはないけど)
 目的は違うのだからと心のうちで頷いて、一曲目の前奏を爪弾き始めた。

 戸に手をかける前に一旦止まり、シュヴァリエが中の物音を窺うのは理由がある。
(‥‥そいじゃ、別の店から回るかね)
 なずなの歌が聞こえる酒場は彼女が噂を集めている証だ。近隣の酒場を虱潰しにするつもりの彼は、同じ店に行くならタイミングをずらすべきと考えた。少しでも客が入れ替わって、仲間と違う情報が得られる可能性を増やしたい。
「やっぱあっちの店の酒が美味いかねぇ」
 いかにも気の変わりやすい男の素振りでその店から離れる。仲間から見ればふざけているような様子だが、脳内は忙しく次に向かう店の情報を掘り起こしている。
(なら今度は雪灯亭か)
 今度は奢り甲斐のある情報源が居るといい、そう思いながら。


 晶秀が開拓者達と合流すると同時に、情報収集がひとまずの区切りを迎えた。晶秀は上司の梃入れにより、容疑者であるフィアと全く同じ時間帯の勤務になるよう都合を合わせられている。つまり晶秀の退勤時間は容疑者の尾行を開始する時間でもある。
 尾行を担うのは蠅とコゼット、ルンルンの三名だ。一般人相手とみれば厳重だが、第三者の立場が居る可能性を考えれば警戒のしすぎにはならない。
(連中の監視者や護衛などがいればそっちの方が怖イデスしねぇ)
 自宅へと向かっているらしきフィアを横目で見ながら、蠅は通りがかった店で売っていた果物を手に取り匂いを嗅ぐ。自分に似た行動をした者が居るならば、それは特に気をつけねばならない。
 前方に居る蠅と容疑者を挟むように後を追うルンルンは、それ以上に気になっていることがあった。蠅と同じく日中はギルドで調べ物をしていたからこそ気づいたこと。
(動くとしたら、美味しい情報が有る時だと思ってたけど‥‥情報が漏れだした時期と、その子が誘いを断るようになった時期は関係なさそうだったし)
 計画性が見えてこないことにいくらか不安が生まれていた。彼女が黒であるならば、計画を立てている存在は別に居ることになる。
(もしかしたら暗号、なんて物を使ってるかもだから‥‥)
 小さな言葉も逃すまいと、ルンルンよりも後方から聴覚を研ぎ澄ますのがコゼットだ。三人いる分、意識をそちらに集中することが出来る。
「今日は必要のない日だから‥‥明日かなぁ?」
 食材店の前で立ち止まったフィアの呟きも、声の抑揚そのままに覚えようと努めた。

 機を見計らい、コゼットが屋上に上り室内の盗聴を試みる。角部屋のおかげで登る場所に苦労せず、日もだいぶ落ちたおかげで素人がコゼットを見つけることはないだろう。
 食事の支度をする音、着替えをする衣擦れの音、卓袱台を退かし布団を敷く音‥‥日常を彩る物音の中に、時折独り言が混じる。
「やっぱり、今日は違うかぁ」
 特別に気になったのはその一言だ。待ってるのに、と続いた呟きに首を傾げる。
(決め付けることはできないけど)
 疑惑は黒に近づいた。フィアの自然な寝息が聞こえてから、仲間達のもとへ戻った。

「確認、総合したところに寄れば」
 コゼットが盗聴している間に情報は纏め終えていた。特に時間や経路を重視していたハイネルのメモを元にすると足取りが見えてくる。
「結果、フォルゴッサは何かを部屋に匿っている可能性が高い」
 一人暮らしの若い女性が買う食材の量はたかが知れている。だが実際に足取りを記録して確認すると、おかしな動きをしている日がみつかったのだ。
「しょ、商店街での買い物は、いつもの量‥‥ですけど」
 安売りでつい多く買ってしまったり、しばらく買出しに出られないからと多く買う日があったりは、日常の範疇である。
「同じ日に、別の場所へも足を運ぶことがあるみたい、です」
 近所の者の証言によれば、買い忘れがあったと慌てて部屋を出ているらしい。
「その行き先が酒場でな、わざわざ持ち帰りで一品注文して、飲みもせずに帰るそうだぜ」
 女一人で酒場に居るより安全だと、店主は納得して包みをこしらえてやるらしい。
「でも毎回同じ店じゃないみたいな。回った酒場全てで、同じような話聞いたんよ」
 それぞれ別の日に一軒ずつ回ったことになるのだ。
「明日、それぞれの時間を確認し改めて、数日分の行動を確定させるつもりだ」
「日中に終わらせたいものデスねぇ、コゼットさんの話によれば、明日『匿われている存在』が部屋にいらっしゃるようですから♪」


 二日目の調査で大きな進展は無かった。情報の補完を優先したこともあるが、フィアの部屋に通う者の姿を見た者はどれだけ聞き込んでも見つからなかったのだ。念のため尾行を担う三名がフィアの暮らす長屋を張ったが、それも空振りだ。
「きっと今日が決着の日‥‥ルンルン忍法の前に、隠せる秘密はないんだからっ」

 尾行役の三人以外は、初日に情報纏めをした場所で待機している。近ければ、駆けつけることも容易いはずだ。
(((!?)))
 買い出した荷を持ったまま酒場へ入ったフィアに、三人がそれぞれ首を傾げた。
「上機嫌だな嬢ちゃん、イイ人でも待ってるのかぃ?」
「当たらずとも遠からずですかねぇ‥‥この間の煮物美味しかったので、また包んでもらえますかぁ?」
 裏道へと体を滑り込ませ耳を澄ますコゼットに聞こえる会話は、大きな嘘があるようにも思えなかった。
(まさかここに来て、ただの男通いってことは‥‥ううん、誤魔化すような足取りの理由がみつかってない)

 帰宅後、変化があるまでに半刻ほどを要した。
 気配を潜めたその影は、身長から見る限り男のように見えた。前後左右だけではなく屋根の上まで目視確認し、戸も叩かず音もなく部屋へと入り込む。念のためとコゼットを屋上に登らせ無かったことが幸いした。
「美味しそうに食べてたからまた買ってき‥‥!」
 部屋から怒ったようなフィアの声が聞こえたかと思えば、中途半端に途切れた。聴覚を研ぎ澄ませたコゼットと恋人役でカモフラージュする蠅をその場に残し、ルンルンが仲間達を呼びに走った。

 部屋に広がるのは何枚もの書付と、縄で縛られ猿轡までも施されたフィア。そして一人の影。
「逃げられると思わない事だ」
 からすが弓を引き絞り足元に照準を合わせ、仲間達も得物を構える。だが影はすばやく移動してナイフを取り出し、フィアの首元へあてた。
「殺すまで」
 抑揚の無い声。分かるのは男であることと、唯一見える目の色、そして気迫。開拓者達は皆部屋から見通せる場所に入ってしまっていた。誰か一人でも下手に動こうものなら人質が死ぬ‥‥まして一人暮らしの部屋は狭く、乱戦が出来たとしても開拓者達の不利でしかなかった。


 男の逃亡を止める事はできなかったが、事の顛末を知ることは出来た。
 散らばっていた書付は、蠅が調べた依頼書や報告書と同じものを網羅した一覧だった。依頼概要と参加者の名が全てフィアの筆跡で書き付けられた、内勤の彼女だからこそ出来る代物だ。
「うまく運べばジルベリアまで連れてってくれて、コンラート様に会わせてやるって‥‥だから頑張ったんですよねぇ」
 食料の調達に関しては男の指示通りに動いていたが、今日だけは彼女の意思で動いたとのこと。これまでの指示と違う行動に怒った男に怒鳴り返そうとしたら、こうして身動きを封じられたとのことだ。
「良かれと思ってあの料理持ち帰ったのに。今日が戻ってくる日だってのは、これまで繰り返してて分かってましたから〜」
 フィアの様子とその内容に、晶秀から表情が抜け落ちて行く。
「終わったらジルベリアに帰って伯爵夫人〜♪ なんて思ってたのになぁ」

 ギルドへ引き渡した後、改めて尋問が行われたがそれ以上の情報は得られなかった。男は自身の情報を漏らすことを徹底的に避けていたらしく、彼女が知っていたのは料理の好みくらいであった。
 だが物的証拠と開拓者の報告により、容疑者の確定とその身柄拘束という目的は達成、報酬は規定の額が支払われた。
 後日シュヴァリエは晶秀を飲みに誘い、愚痴を聞いてやったそうである。