火煉に燃ゆ
マスター名:犬彦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/02 02:00



■オープニング本文

 全てが、燃える。
 紅蓮の炎は止まる事はなく、愛しき故郷を燃やし尽くしていった。
 住み慣れた家も、愛する家族も、長年連れ添った友人も。皆、為す術もなく炎に飲まれていく。
 崩れ落ちた家屋に押し潰された村人を喰らうのは、滴った血よりも赤い――深紅の体躯を持つアヤカシ。
 ねめつけるように向けられる瞳はしたたかに光る。細身の体に生えるのは、曲線を描く大きな尾。その姿は、まるで炎の狐。
「許さない、絶対に。例え何があっても、許さねぇ……ッ」
 少年は己の無力さに打ちひしがれつつも、決してその姿を忘れまいとアヤカシの体躯をしかと瞳に焼き付けた。
 やがて村を焼く炎は消え、村そのものも地図上から消え去った。
 だが、少年の胸の奥に燻ぶる復讐の炎は今も尚、激しく燃え続けている。

 ――それから、幾月かが経った。
 街道に炎を纏う狐のアヤカシが出る。そんな噂が流れ始めたのは、何時頃からだっただろう。
 あれから少年は旅装束を纏い、壊滅した村の敵討ちを果たす為にその噂を追いつつ自らも修行を重ねていた。
 だが、村を襲ったアヤカシ達の炎の力は強大だ。
 己の力だけでは、到底太刀打ちが出来ないと少年自身も十分に理解している。
 其処で、彼は開拓者ギルドへと赴いた。
「どーも、開拓者サン達。オレと一緒に、アヤカシ退治をしてくれないか?」
 そういって集まった者達に語り掛ける少年の瞳は、何処か悲しい色に染まっている。
 住んでいた村がアヤカシに襲われ、唯一生き残ったのが自分だと語る彼は、己の名を『エンジ』と名乗った。
 力のない自分をどれだけ悔んだのか、どれほどアヤカシを憎んで生きてきたのだろうか。
 彼の声色は年相応だが、同じ年頃の者達とは比べ物にならない程に鋭く、研ぎ澄まされた刀のようだった。
「先に言っておくが報酬はそんなに出せない。無茶な願いだってのも、分かって言ってる」
 それでも、自分はどうしても敵を討ちたいと少年は語った。
 家族や友人、生まれ育った村を燃やし尽くした炎の狐を倒したいのだ、と。
「オレだって、己の手だけで葬れるならそうしたい。だが奴らは多数だ、一人では到底敵う相手じゃねぇ」
 真摯な瞳が開拓者達に向けられる。
 悔しさの混じった想いは隠し切れていない。然し敵を討つには皆の力が必要なのだと、少年の頭が下げられた。
「頼む……開拓者サン達。奴らを倒さないと、俺はどうにかなっちまいそうなんだ……」
 ぎり、ときつく奥歯を噛み締める音が聞こえた。
 それほどまでに少年の思いは切実で、必死で――彼の願いを叶えるか否かは、開拓者達に掛かっている。
 


■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
九重 除夜(ia0756
21歳・女・サ
久万 玄斎(ia0759
70歳・男・泰
谷 松之助(ia7271
10歳・男・志
トーマス・アルバート(ia8246
19歳・男・弓
珠樹(ia8689
18歳・女・シ
周十(ia8748
25歳・男・志
鞘(ia9215
19歳・女・弓


■リプレイ本文

●紅に揺らめく
 さくり、さくりと。ほんのり雪が積もった道を踏み締める。
 炎を纏うという狐アヤカシの情報を追い、街道沿いの道を往く一行へ、冷たい風が吹き付けた。
「さぁて、そろそろ奴さんを見掛けても良い頃合だが」
 掌を額に当て、庇代わりにした鷲尾天斗(ia0371)が辺りを見渡す。
 この辺りに現れるという炎狐の姿はまだ見えない。移動したという話は聞かない為、何処かに居るはずだが――
「アヤカシめ‥‥早く出て来い」
 其処に呟いたのは依頼人の少年、エンジだ。彼は周囲に視線を向け、仇が現れる事を待ち侘びているようだ。
 未だ憎しみに囚われる少年を見兼ねたのか、その肩を久万 玄斎(ia0759)の手が軽く叩いた。
「落ち着き、気を静めるのじゃ。急いては事を仕損じるとも言うからのう」
 此処は見晴らしの良い平原だ。敵の居場所を探し当てる事も難儀な場所ではない故、大丈夫だと玄斎は告げる。
 歳相応の腰構えを持つ彼は、周囲に気を配りながらも趣味の俳句にまで考えを巡らせる余裕振りを見せていた。
(「仇討ち‥‥ね。まぁ、理由も真っ当だし、別段止める気もないけど‥‥」)
 真っ直ぐに伸びる木々が連なる道の途中、珠樹(ia8689)は胸中でひとりごちていた。
 思っていても口には出さない。どう感じていても彼女のやるべき事はただひとつ、依頼人の願いを遂行する事だ。
 踏み締める雪はまだ柔らかく、開拓者達の足跡を残していく。
「今の内に戦闘のお浚いをしておこう。エンジ君、自分の役割はわかってるね」
 そんな時、まだ敵が来ないだろうと判断した鞘(ia9215)が口を開き、ああ、とエンジが頷く。
「君は後衛の護衛‥‥つまり弓術師の私達を護る役目。しっかり守ってね」
 鞘はもう一度、言い含めるように少年に告げた。護衛とは言っても、それはただの名目に過ぎない。
 エンジ自身、刀を持つ身で後方に付くのは腑に落ちないだろう。だが、誰かを護る役割があれば、きっと受け入れてくれるだろうと考えての護衛作戦だ。
 歩みを進める中、谷 松之助(ia7271)はエンジの緊張を解す為に声を掛ける。
「我も汝と同じような境遇でな。子供の頃、遊びから家に帰ってきたら父母が‥‥」
 親近感も手伝ったのだろう。幼い頃の出来事を語る松之助に、少年は目を細めて話を聞いていた。
「お前も苦労したんだな。俺より小さいのに‥‥」
「小さい? 我はこの外見だが、れっきとした27歳だ」
 松之助の眉が顰められ、慌てて謝罪を述べるエンジ。だがそのお陰で気も少しは和らいだようだ。
 そして、開拓者達は道行きに続く動物の足跡を見つけた。
「お、こいつは当たりみてぇだな。未だ足跡も新しい、近くに居る筈だぜ」
 周十(ia8748)が確認した後、太刀を構える。前方には小さな岩場、周りには少しの木々が立ち並んでいた。
 開拓者達の間に真剣な空気が流れる。もしかすると、既に向こうも此方の気配に気付いているかもしれない。
「――来たか」
 短く呟いたのは鎧に身を包む九重 除夜(ia0756)。その報せの通り、真っ赤な体躯の狐が岩場の上に姿を現す。
 ゆらりと風に吹かれた尾は炎の様に、開拓者達を誘うように揺れ――威嚇の唸り声が響いた。

●炎の温度
 アヤカシの数は六匹。此方を見据える瞳もまた、赤々と燃えているように見える。
「間違いない、俺の村を襲った奴らだ!」
 エンジが叫び、勢いで今にも飛び出しそうになった所をトーマス・アルバート(ia8246)が制した。
「‥‥せっかく助かった命を無駄にするな。いきなり無茶をして欲しくはない、わかるな?」
 戦闘態勢に入るトーマスは弓に手を掛けながら、柔らかく注意を促す。
 先程の鞘からの指示も手伝い、ぐっと堪えた少年は小さく頷くも、炎狐達をきつく睨み付けていた。
 次々と岩場から降りてくるアヤカシ達を迎え撃たんと、除夜が前へと身を乗り出す。
「復讐は何も生まぬ。さりとて強い願いは未来を開く、か‥‥」
 鎧の中から紡がれた言葉はくぐもっており、表情も仮面に隠れて窺い知る事は出来ないが、何か思う所は感じられた。
 棍を構えた玄斎も、敵を推し測るように見据える。
 恐らく、強い。例え一対一だとしても、依頼人が前衛を張って戦える相手でない事は確かだ。
 天斗も少年へちらりと視線を向け、彼らと同様に前へと飛び出した。
「いい目をしてるねぇ。業火に自身を焼く尽くす目だ。だが、返り討ちにならない様に後ろに下がってな」
 己と少年を心の奥で重ね合せた天斗は、此方に向かって来る炎狐に向けて構え様に長槍を払う。
 一撃はかわされたが、挨拶代わりの攻撃だとばかりに、彼は不敵な笑みを浮かべた。
 其処へ、立ちはだかる前衛をすり抜けて別の炎狐が駆け出して来た。咄嗟に、松之助が間に入って匕首を抜く。
「ふむ、やはり後方を狙って来るか。来い‥‥お前の相手は我だ」
 松之助は攻撃を放とうとするフェイントを掛け、相手を見事に引き付ける。
 刀身にアヤカシが一瞬怯んだ隙、精確な狙いを付けて珠樹から放たれた手裏剣が、鋭い刃でその体躯を抉った。
 鳴き声を荒げた炎狐に向け、更に後方から飛んできたのは二本の矢。
「こうして集中していけば、どんな相手にも勝ち目はあるんだよ」
 一本は、少年に言い聞かせるように呟いた鞘の打ち放った速射の矢。もう一本は、精霊の力を込めたトーマスの矢だ。
 素早く飛ぶ矢と、敵をしかと捉える矢。それらは炎狐を追い詰め、均衡を崩させる。
「すげぇ‥‥これが、開拓者の力なのか」
 開拓者達の素早い攻防を見つめていたエンジが思わず呟く。
 その隣に付いて彼の護衛を担う周十は、刀を確りと構えるように促して声を掛けた。
「呆気に取られてる場合じゃねぇぜ。向こうは待っちゃくれねぇ‥‥来るぞ!」
 群れを成す炎狐達は既に誰が戦闘慣れしていないか、自分達にとって狙い易い相手が誰かを見抜いているようだ。
 周十が呼び掛けた瞬間、除夜達の向こう側に居た炎狐達の尻尾が怪しく動き、炎の塊を打ち出した。
 炎の狙いは後方援護に回る弓術師達だ。周十とエンジがすぐさま察知し、立ち塞がる。
「く‥‥なかなか、痛い攻撃だ」
 逸れた瘴気の炎のひとつがトーマスを襲い、身体が揺らぐ。然し彼は弓を番え、次の攻撃に備えた。
 これ以上、後方へと炎が向かぬよう、目の前のアヤカシを抑える松之助が流れるような太刀筋で白鞘を振るう。
 苦しげな声が響き、一体の炎狐が地に伏せた。
「まずは一匹。エンジ殿、心まで憎しみに囚われるなよ」
 仲間が攻撃されて動揺を隠せない様子の少年へと言葉を掛け、松之助は別のアヤカシへと走り往く。
 前方では群がる狐達と、除夜と天斗が戦っている。
 流石にアヤカシ達も後方ばかりに気を掛けていられぬと判断したのか、天斗を集中的に狙って攻撃を仕掛けていた。
「ま、他人の復讐に手を貸すのはめんどくさい事だが‥‥素直に俺の糧になりな!」
 喰らい付かれた痛みはあれど、天斗は哂う。戦いに狂う――正に、そのような様相で槍を向けて薙ぐ。
 腰を低く落とす体勢を保つ、除夜も容赦のない太刀をアヤカシに当てていく。
 其処にその年齢をも感じさせぬ、敵をも翻弄する素早い動きで玄斎が七節棍での自在な攻撃を繰り出した。
「わしらを甘く見んで欲しいのう。後ろにばかり感けておる余裕はなかろうて」
 二体目をさくりと倒して言葉で余裕を感じさせてはいるが、その間にも彼らにアヤカシからの手痛い爪の一撃が襲う。
 速さを生かして間髪を入れずに痛みを与えてくる相手の戦法に、前線はやや押され気味だった。
 ぎり、とエンジは歯を噛み締めた。内に思い起こすのは、村が襲われた時の事だろうか――
「畜生ッ」
 少年の胸を怒りが支配していく様に気付いたのは、珠樹だった。手裏剣で援護を入れる事も忘れずに、呼び掛ける。
「熱くならないで。もし貴方が死んだら、足を引っ張った依頼人としか語り継げなくなるんだけど‥‥それでもいい?」
 厳しい言葉の裏には、彼を危険に飛び込ませたくないという思いが込められている。
 仲間の意見に頷く鞘もまた、少年の襟首を掴む。首を左右に振り、瞳を向けた。
「急くんじゃねぇ、またいつ炎が飛んでくるかわからねぇからな」
 それに備えるべくお前は此処に居るのだ、と。周十も同様に、護る事も大事な役目だと視線で告げる。
 そんな中でも依然、戦闘は続く。
 炎狐の抑えに回っていた松之助が刃で斬り付けた瞬間を狙い、トーマスが矢を放つ。
「これで‥‥倒せるか?」
 衝撃が蓄積されていたのか、そのアヤカシの身体がぐらりと傾いだ。倒した。そう確信した瞬間――
 炎狐が最後の力を振り絞って炎が打ち放った。炎は緩く弧を描き、別の敵に向かっていた玄斎を背後から襲う。
「む、なんじゃと‥‥」
 彼の体勢が崩れ、相手を立ち塞いでいた前衛の壁が揺らいだ。
 これ以上の追撃を防ぐため、鞘が玄斎を襲った炎狐へと放った矢は見事に敵の身体を貫き、完全な止めを刺す。
「玄斎さん、大丈夫? 今、倒したから」
 だが、其処に生まれた一瞬の隙を見逃さぬ炎狐達ではなかった。
 玄斎が立ち上がった時には既に、残る三匹のアヤカシがするりと傍を抜けて走り往く。
 すぐさま天斗が追い縋るが、敵の最初の標的は、身構えは出来ても下がりきれなかった後方に定められていて。
 咄嗟に除夜が動き、仮面の下から高音が伸び上がるような咆哮がするすると響き渡っていく。
 だが、その声に引き付けられたのはたった一匹。二匹は依然として近くの相手――珠樹へ襲い掛かった。
「駄目、下がりきれない。受けるしかない、か‥‥っ」
 飛び掛かってくた炎狐の爪を、寸での所で珠樹はかわした。だが、更に襲い来るもう一匹の牙が深く喰らい込む。
 堪える珠樹を庇い、アヤカシ達に追い付いた松之助と玄斎が攻撃を仕掛けるが、炎狐達はその太刀筋を避けてしまう。
 開拓者達の流れを狂わせたアヤカシ達は勢いに乗り、更に後方の開拓者達へと向かい往く。
 前方では、除夜と天斗が引き付けられた狐と対峙している。とても、放置して護りに行ける状況ではない。
「相手の強さを知るずる賢さ、そして炎の眷属か」
 天斗が小さく呟く。軽口を叩けるような状況でもなく、彼は炎を纏わせた槍を全力で振るった。
「退け、残念ながら、貴様達の姿は私にも少々不愉快だ」
 くぐもる冷たい言葉と共に、除夜も太刀を大きく振り被り、敵の身体を薙ぐ。
 二人からの鋭い斬撃を喰らった炎狐は、喉の奥から絞り出されたような断末魔を上げ、倒れて行った。
 だが、後方には未だ二匹が陣形を乱すかの如く暴れ回っている。
 距離を取ってと鞘から指示されたエンジは、震える心を抑えきる事が出来なくなっていて。
「父さんや母さん、村の皆を‥‥よくも!」
 怒りに満ちた言葉に乗った刀は炎狐に向けられる。だが、少年よりもアヤカシの方が速く動いていた。
 迫る鋭い爪。このままでは、彼は一撃でやられてしまうかもしれない。
「ったく、頭に血ィ上ったままで動いてんじゃねぇよ!」
 周十が少年とアヤカシの間に入り込み、半ば無理矢理に庇う。一撃を喰らう事を覚悟した、迷いのない動きだった。
 まともに攻撃を受けた彼の肩からは血が滴り落ち、少年がはっと我に返って目を見開いた。
「もう掻き乱させない‥‥!」
 その間に、トーマスが牽制を込めた瞬速の矢が敵の足を貫き、珠樹が追撃の刃を投げ付ける。
「さっきのお返し、しっかりとさせて貰うわ」
 先程からの衝撃が蓄積していたのだろうか、急所に当たった手裏剣は相手の息の根を止めた。
 残るは、一匹。
 開拓者達はいつしか円状に、最後の炎狐を取り囲んでいた。
 周十のお陰で落ち着きを取り戻した少年も、その一陣に加わっている。
 アヤカシは唸り声を上げ、抵抗を見せているが随分と弱っていた。形勢逆転、後は誰が刃を振るうか。
「‥‥やりたいのなら、やってみろ」
 不意に、除夜がエンジに声を掛けた。警戒は解かずに他の開拓者達も同様に小さく頷いた。
 だが炎狐は弱りながらも疾走し、未だ止まらぬ血を抑える周十へと向かい行く。
「ちぃ、こっちに来たか‥‥ッ」
 力を振り絞り、振るわれた爪を周十は太刀で受けた。きぃん、と鋭い金属音が反響する。
 松之助が機を読み、刀を構えるエンジへと呼び掛け――
「今だ、エンジ殿!」
 声に乗って少年は走る。復讐の思いを込めて、敵を討つ為に。開拓者達が作ってくれた機を逃さぬ為にも。
 そして、刃が振るわれた。
 斬り伏せた感触と共に最後の炎狐の姿は地に伏せ、霧状となって地に染み込むかの如く消えていく。
「やったね、エンジさん。私達の勝ちだよ」
 鞘が、終わり告げるかのように静かに呟く。辺りを見渡しても、憎むべきアヤカシの姿はもう何処にも無かった。

●焔の志
 全てが終わった後、周十はエンジに問い掛けた。
「この後、エンジはどうするつもりなんだ?」
 他の目的はあるのか、と聞かれた少年は緩く首を左右に振った。目的は何もない、と。
 安堵の混じる気の抜けた表情を浮かべる彼に対し、横から玄斎が柔和な笑みを浮かべて口を挟む。
「目的などすぐに見つけんでも良いさ。世の中には楽しい事があるからのう。例えばわしの‥‥」
 玄斎は長年の己の体験談を語り始めた。
 だが楽しい思い出話が、ほぼ覗き行為の話に移り始めた辺りで少年の頬が赤く染まり始める。
 鞘は緩く頭を振り、天斗は「何を言ってるんだ」と思わず突っ込みを入れたりして。
「それは置いて‥‥これからは自分の意思で、新しい生き方を探すと良い。何時までも過去に囚われぬようにな」
 トーマスがエンジに励ましの言葉を送り、自分も進むべき道を探しているのだと告げた。
 続けて、紅い瞳をちらりと向けて珠樹が口を開く。
「これからあんたは一人寂しく生き残るわけだけど‥‥大丈夫よね。そう簡単にくたばると思っちゃいないわ」
 アヤカシになんか負けない程度に強いのだから、と。相変わらずの彼女なりの言葉だが気持ちは伝わっているだろう。
 何かを考えるように頷いたエンジに向け、除夜も静かに言葉を掛ける。
「復讐はこれにて終わり。これからをどうするか、この道を選ぶのなら、違う理由を見つける事だ」
 この道、と示されたのは開拓者への道。
 復讐を遂げたばかりの少年には、未だはっきりとした思いは生まれていないようだが。
「生きる目的なんてわからない。けれど、目標は決まったよ‥‥あんた達、だ」
 憎しみではない、新たな炎を宿す少年。その瞳は、真っ直ぐに開拓者達に向けられていた。
 その様子を見た松之助は、満足そうにそっと呟く。
「そうか、汝が幸せに生きる事を願うよ‥‥」

 雪道に、帰路に付く開拓者達の足跡が残る。さくり、さくりと、一歩ずつ。
 それは未来へ歩み往く――少年のみちゆきを示すかの如き、新たな軌跡にも見えた。