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■オープニング本文 私と別の道を歩むだなんて、言わせない。 もう私には貴方しかいないの。嫌よ、私を置いて行かないで! 貴方がこの気持ちを受け入れてくれないのなら――私を捨てると云うのならば。 「一生‥‥いえ、死んでも恨み続けるわ」 女は悲しげな笑みを浮かべると、愛する男の目前で煌めく銀刃を自身の胸に深々と突き刺した。 青年が止める間も無く、女は胸に赤い花を咲かせてその場に倒れ込む。 見開かれた瞳には、最早何も映っていない。其処に遺っているのは情愛の果ての怨念のみ。 ごほ、と苦しげに咳き込む彼女の口元からは大量の血液が滴り、瞬く間に地面を緋色に染めて上げていく。 対称的に顔を蒼白にした青年の介抱も虚しく――やがて、女はその場で息絶えた。 ある恋仲同士の別れ話の最中、その事件は起こったらしい。 「‥‥。痴情の縺れと云うべきか、そんなところだね」 過去にあったひとつの事件を語ったギルド職員の青年は、何とも言えぬ表情で告げた。 擦れ違いの末の結末。どちらかが一方的に悪かった訳ではない。自ら命を絶った女の情愛が深過ぎたのだ。 無論、職員が開拓者達にそんな話をした事にはちゃんとした理由がある。 「確かに亡くなり、埋葬までされた彼女が‥‥蘇ったんだ。アヤカシとなって、ね」 事件から幾許かの日が流れ、男の心にも平穏が戻りかけていた矢先。 彼女は、再び男の前に姿を現した。 恋情から生まれた怨嗟という瘴気に身を包み、今度こそ彼を己の物とする為に。 「瘴気が様々なモノに憑く事は知ってるよね。おそらく、現世に遺っていた彼女の怨嗟を取り込んだんだ」 苦虫を噛み潰したような表情で、職員は依頼の説明を続ける。 そういったアヤカシ、特に恋慕の念に憑いた類を『恨み姫』と呼ぶ。 恨み姫はまず慕い人を殺そうと付け狙う。そして相手を殺した後は、無差別に人を襲い始めると言われている。 「アヤカシ‥‥生前の名前は珠貴さん。男性の名は義文さんというよ」 彼女は昨晩、今回の依頼主でもある義文を襲った。 義文は何とか逃げ出し、一命を取り留めて開拓者ギルドへ助けを求めた。だがアヤカシは再び彼を付け狙うだろう。 「護衛の場所は彼の自宅。残念だけど、ギルドで保護も出来ない状態でね」 申し訳なさそうな表情の職員は肩を落とすと、開拓者達に義文の家の場所を教えた。 説明が終わった後、別室に控えている彼と合流してからその自宅に向かって護衛を始めて欲しいという。 襲撃が予想されるのは、昨晩と同じ夜。 恨み姫となった珠貴の怨念は侮る事は出来ない。 依頼者の男性を殺す邪魔をするならば、相手も全力で襲い掛かってくる事が十分に予想される。 「義文さんは、殺されたくないと云う気持ちと同時に複雑な想いも抱いてるみたいだ」 死を選ぶ事しか出来なかった彼女に何か出来なかったのかと、悔やむ気持ち。 そして、彼女の姿をしたモノに人を殺めて欲しくないという願い。 「生前の姿をしていてもソレはアヤカシだ。その人、本人じゃないから、説得の言葉なんかはきっと届かない」 だから‥‥と、何かを言いかけた職員がふと押し黙った後、再び口を開いた。 必ずアヤカシは退治してきて欲しい、と。 依頼主の為に、そして現世に留まったままの念を解放する為にも。 全ては、開拓者達の手に託された。 |
■参加者一覧
氷(ia1083)
29歳・男・陰
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
羽貫・周(ia5320)
37歳・女・弓
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
沢村楓(ia5437)
17歳・女・志
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
鼈甲猫(ia8346)
23歳・女・弓
周十(ia8748)
25歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●怨 静かな夜だった。 月は雲に隠れ、時折その間から射す月光は仄かに青白くも感じられる。 家屋に灯った蝋燭の薄明かりが部屋内を照らし、開け放たれた戸から吹き込んだ寒風が炎をゆらりと揺らした。 「すっかり冬だ‥‥流石に冷えるなぁ」 庭先――ふぁ、と欠伸をした氷(ia1083)は己の外套にくるまり、灯りとして用意した火に近付いて暖を取る。 うとうとしかけている氷を横目に、羽貫・周(ia5320)は家を一直線に見通せる位置に立ち、周囲を警戒していた。 「行きすぎた愛というのは往々にして悲劇しか生まないものだね‥‥」 ぽつりと口にして、思うのはアヤカシの事。 同じ女として気持ちは判らないでもない。だが、限度や道理というものがあるだろう。 彼女が踏み留まれなかった事に憐れみを覚え、周は弓の弦を指で軽く撫ぜた。討つより他は無い、と。 縁側では、沢村楓(ia5437)が片足胡坐で待機していた。部屋へ向けた視線の先には、依頼人である義文の姿がある。 単身用の狭い家故、声を掛ければ彼までの距離くらいならば届く。襲撃に備えながら、楓は口を開いた。 「貴殿はこれから起こること、そしてその結果を見届けなくてはいけない」 逃げるなと真正面から告げ、庭に足を向けた楓の言葉が義文に突き刺さる。 元より真面目で純朴な青年は押し黙り、静かに瞳を伏せた。 そのすぐ隣、彼の護衛役を務める浅井 灰音(ia7439)が神妙な面持ちで右目を瞑り、独り言を呟く。 「人の恨みほど恐ろしい物はないって事、かな」 呟きが聞こえたのか、同様に青年の傍に付く周十(ia8748)も頷いた。 「女は怖ぇたあよく言うしな。実際化けてでるってのは、男からすりゃ冗談じゃねえって話だぜ」 アヤカシが現れるまで依頼人から聞ける事は無いかと、周十は恨み姫へと成り果てた珠貴の弱点はないかと問うた。 だが、人としての彼女としか過ごした事の無い義文には到底分かり兼ねる事だった。 分かるのは、生前の好き嫌いや彼女の家の事。そして、如何に彼女が嫉妬深く義文に執着したか等の話。 「まぁ、義文が一番の弱点なんだろうがよ」 周十は改めて相手が面倒な類なのだと実感し、やれやれと肩を落とした。 其処へ、義文が静かに語り始める。 「確かに珠貴は激しい奴で‥‥俺に彼女の愛は重過ぎた。だが、根はとても優しい子だったんだ‥‥」 そんな思いが残っているからこそ、珠貴の姿をしたアヤカシに人を殺めて欲しくない。 義文の語った思いに共感した鼈甲猫(ia8346)は、その手伝いをしたいと願う。 「人の気持ちは‥‥難しいですね。でも義文様のお気持ちも判ります‥‥。必ずや‥‥仕留めなくては!」 今回は、鼈甲猫にとっての初めての戦闘依頼。己の緊張を抑え込み、彼女はきゅっと掌を握り締めた。 「痴情の縺れか。そういうときに浮かべる感情ってどういうものなんだろうね?」 輝血(ia5431)は首を傾げ、疑問を浮かべる。 恋愛とは縁遠い環境で育った輝血だ。事情は理解出来ても、其れ以上の事柄が想像出来ないのも尤もだろう。 対称的に、斎 朧(ia3446)は感心したような笑みを浮かべている。 「愛深きが故に拒絶され、自らの命も失い‥‥過ぎたるは及ばざるが如しとは、昔の方はよく言ったもので」 朧達は万全を期す為に路地側に立ち、瘴索結界を張って気配を探っていた。 刻々と、夜が更け往く。 そんな中、義文は思いのたけを吶々と話し出した。 ――恋人としての別れを選んだ事は、間違いではないと思いたい。間違えたのだとしたら、その方法だったのだろう。 義文が抱く後悔を察知した楓は、彼までもが瘴気に呑まれぬ様にと懸念を抱く。 その時だった。 在らぬ気配を察知し、持ち場で待機する開拓者達が一様に顔を上げた。 何処からかぶつぶつと呟かれる怨嗟の言葉が聞こえる。力を使わずとも、肌でも感じられる禍々しいまでの存在。 「さて、彼の“後悔”‥‥来たようだ」 楓が呟き、皆が其々己の武器を構えた。危うく眠り掛けていた氷も、はっきりと目を覚まして身構える。 怯えの気持ちもあるのか、義文の体が震え、灰音が彼の肩に手を置く。 路地側、燃ゆる松明を玄関横に置き挿した鼈甲猫は、抑えきれない緊張で口を開く事すらままならない。 どちら側から来るのかと、一同に戦慄が走る。そして、路地側から黒髪を振り乱した女の影が差し掛かった。 重過ぎた恋情は今、殺意となって―― ●惨 瞬時に、玄関側の路地から鼈甲猫の合図が響く。 「来たみたいだね。外に出るよ義文さん!」 咄嗟に灰音が義文の手を引き、周十も彼女達に続いて庭側へと向かう。 それと入れ違いに、庭に居た者達が駆け出して家屋を真っ直ぐに突っ切って行く。 玄関側では朧が輝血の背に触れて加護結界を施し、淡い光に包まれた輝血がアヤカシの前を立ち塞いだ。 「君がどんな気持ちでいるのかは知らないけど、足止めさせてもらうよ」 アヤカシは血走った瞳で、目前の輝血をじろりと睨め付ける。 言葉は無くとも、まるで「退け」と云わんばかりの視線に、後方に控えて弓を番える鼈甲猫が僅かに震えた。 相手が退かないと分かったのか、アヤカシは手にしていた小刀を輝血に向かって振り下ろす。 すぐに刀で其れを受けた輝血だが、女の見た目からは想像も出来ぬ程の力に思わず押されてしまう。 「加減はしないよ」 其処へ、駆け付けた周の放った矢がアヤカシの腕に正確に突き刺さった。 一瞬だけ躊躇した様子を見せた女に向かい、楓も近付き様に鞘から刀を抜き去って刀を薙ぐ。 「あんたとはあんまりお近付きになりたくないんでね、俺は此処からやらせてもらうよ」 その後方、氷は式を呼び出してアヤカシの動きを阻害しようと試みる。 式符は女に絡み付こうと向かって行くが、彼女はひらりと身を翻し、氷の放った呪縛は避けられてしまった。 瞳に精霊の力を宿した鼈甲猫は素早く弓を構えて、恐怖にも負けずに矢を打ち放った。 矢を受けながらも、アヤカシの注意は奥に居るであろう義文に向かっているようだ。 邪魔をする開拓者達を押しのけてでも玄関から先へ進まんと、鬼気迫る勢いで向かって来る。 このままでいけないと、注意を引く為に朧は珠貴のへとわざとらしく言葉を掛けた。 「はやく貴女のような懸念がなくなって、義文さんと二人の時間を過ごしたいのですけれど‥‥」 朧と依頼人が深い関係に在あように思わせる一言に、心なしかアヤカシがぴくりと反応を見せたように思えた。 先程にも増し、彼女の表情が怒りや憎しみといったものに染まっていく。 行かせまいと前に立つ楓達の間をするりと抜け、アヤカシは朧を突き飛ばしに行くかのように突進した。 「‥‥っ!」 嫉妬の炎とは其れほどまでに燃え上がるのか。 標的となった朧は手痛い打撃を受け、勢い余って地面に倒れ込んだ。 そんな彼女を尻目に、更に奥へ行かんと踏み出した女は行く手を阻む氷へ向けて呪いの言葉を響かせる。 『邪魔をシないデ‥‥私ハ、あの人の元ヘ行くダケ‥‥』 「‥‥!」 脳裏に響く、醜くも怨みがましい声に氷の表情が歪む。 アヤカシは既に玄関の前にまで進んでいるが、早駆けを使って駆け込んだ輝血が再びその前に回り込んだ。 攻撃をする事で少しでも足止めしようと周もまた、女の元へ瞬速の矢を打ち込んでいく。 相手の体力は徐々に減っている筈だ。だが、その足は未だ止まる事はない。 位置を詰められては、攻撃する事もままならぬ。後方配置を務める鼈甲猫達はじりじりと後退し、距離を取る。 左右からの挟撃する形になりつつも、楓も前衛としてアヤカシの行く手を阻むように刀を振るった。 体勢を立て直した氷が、式を呼び出し珠貴へ呼び掛ける。 「目の前で命を絶ってやったんだ。もう一生分の呪いはかけたろ?」 瘴気諸共、相手を喰らわんと式が向かう。 生前の彼女の行為に、義文も充分堪えた筈だ。それ以上を望むのは彼女ではなくアヤカシの意思だが――それでも。 氷の攻撃により体勢を崩し掛けた女は尚、恋しい相手を求めて一歩踏み出す。 「そこまで一途に何かに想いを寄せるなんて‥‥」 ふらりと立ち上がった朧は恩寵の風を仲間に吹かせ、アヤカシを見つめて静かに呟いた。 一方、周十達に連れられて庭先に出た義文は、ふと後ろを振り返る。 見通した部屋の向こう、開拓者達が足止めをする珠貴の姿が視界に入ったようだ。 「珠貴‥‥俺を、未だ恨んで‥‥」 途端、義文の足が竦む。かくんとその場にへたり込みそうになる彼の手を引き、灰音は強く呼び掛けた。 「義文さん、しっかりして! 出来る限り私からは離れないこと。いいね?」 彼とて一般人だ。鬼気迫るアヤカシ――それも元恋人の姿を見れば、とても平静では居られなくなるのだろう。 逃げようとするも、腰を抜かし掛けた大人ひとりを引っ張っていくには、些か時間が掛かった。 周十は退路に付く二人を護るように太刀を構え、万が一の為に備える。 (「ひでぇ事言って別れようとした訳でもなさそうだしな。気負うのも判る気がするぜ」) 怯える青年を見て、胸中で気の毒に思う周十。 すぐさま戻した視線の先には、尚もアヤカシである珠貴と戦う仲間達の姿が映る。 其処には、女に近接する輝血が大きく刀を振り下ろしている光景が見えた。 相手は瘴気の塊故に、着衣が乱れる事などはない。然し、確実に相手への打撃になっている事は確かだ。 「拙いな、未だ彼女の意識は依頼人に向かっているようだ」 楓が立ち塞がっても、アヤカシの怨嗟に満ちた心が映すものは開拓者たちではなく、青年の姿。 女は生気のない視線を一度、楓に向ける。その時、楓の動きがぴたりと止まった。 己の意思に反し、否応なしに植え付けられた恐怖の思いが刀で切り伏せようとした腕を動かす事を拒む。 此方が二の足を踏んだ隙を見計らって、アヤカシは再び前衛二人の間を擦り抜けて家の奥に踏み入って行った。 近接する者が二人だけという穴は埋めきれない。せめて、もう一人でも居れば違ったのだろうか。 「駄目だ、彼の所には行かせない」 行く手を阻もうと周と鼈甲猫が矢を次々に放っていく。だが、ふたりの存在をも無視するかのように女は走る。 目的はただひとり、彼女が愛してやまないかつての恋人だけだ。 「く、こっちに来やがったか。だが、決して通らせねぇぜ」 未だ庭の柵を越えられないで居る義文達を護る為、周十が女の前に飛び出した。 邪魔者を排除せんとばかりに、相手の小刀が横薙ぎに振るわれる。 切り裂かれた痛みに、周十がたじろぐ。それでも彼は反撃として太刀の一撃をアヤカシへ喰らわせた。 義文の震える体を、灰音が押す。 だが、このまま逃げるだけではすぐに追いつかれてしまうだろう。――かくなる上は。 「義文さんは貴女じゃなくて、私みたいな若い女性が好みなんだってさ。残念だったね、珠貴さん」 言い放ったのは、先程に朧が使った手と同じような挑発。 少しでも自分に注意を引き付け、依頼人から意識を逸らせる為、灰音は精いっぱい悪びれながら語り掛けた。 次の瞬間、珠貴の視線が彼女に向けてきつく向けられる。 (「なんなんだこの感覚‥‥だけど私も負けるわけには‥‥!」) 沸きあがる恐怖と目の前の敵に抵抗するように、灰音は唇を噛み締めて耐えた。 その間、家の中から氷の放った式がアヤカシの足元に纏わり付き、動きを見事に阻害する事に成功したようだ。 すかさず後方から周が真っ直ぐに即射の矢を打ち、女の背を貫く。 思わず倒れ込んだ珠貴。だが、彼女は地面に膝を付きながらも血走った目を青年から背ける事は無かった。 朧が傷を受けた周十へ癒しの風を放ち、楓と輝血が女の元へと追い付く。 おそらく後一撃で瘴気を解放する事が出来る。誰もがそう思った時だった。 「貴女ガ、憎‥‥。殺ス、殺してや、る――!」 禍々しいまでの声を上げ、珠貴が小刀を義文に向けて投げ付けた。 「――!」 驚いた鼈甲猫の声無き声が響く。 だが、それは破れかぶれの行動だったのだろう。軌道を外した刀は腰を抜かした義文の腕を掠るだけに留まった。 ほっとする間もなく、最後の力を振り絞ったアヤカシが近くまで迫っていた輝血に縋り付く。 ――道連レに、してアゲル。 女は冷たい声で囁き、相手を絞め殺そうと縋った腕に力を込める。 (「‥‥目、とても悲しそうだね」) だが輝血は慌てずにその瞳を見つめ返し、相手が自分から離れぬように腕を掴んだ。 痛みに耐える輝血がアヤカシを己ごと火遁で焼き払おうとした時、朧の神風恩寵の力が身体を癒す。 そして、凛とした声と共に強烈な矢がアヤカシに突き刺さった。 「お願いです‥‥。どうか間違った事は‥‥これで全てを忘れて!」 それは震えを抑えた鼈甲猫の朔月だった。悲痛な願いが込めた矢は最期の一撃となり、珠貴は力なく崩れ落ちた。 義文が茫然と見守る中、女を形作っていた瘴気はゆっくりと融け出すように。 やがて地面へと吸い込まれたそれは何も残すことなく、消えた。 ●弔 静寂が辺りを包む。 隠れていた月は雲の外へ出ており、白い月光がその場を照らし出す。 「アヤカシになるなど、珠貴様の本意ではなかったと‥‥信じたいです」 鼈甲猫が珠貴が消え去った地面を見つめて小さく言うと、彼女の傍に立つ灰音もこくりと頷いた。 周十も、心配するような視線を向けて小さな傷を負った義文を助け起こす。 氷は遠く、月を見上げて青年に語り掛ける。 「まあ色々と思うことはあるだろうけど、死んじまえば皆それまでだ」 それ故に、せめて最後は義文自身で弔ってやって欲しい。これで終いになる、というのが彼の思いであり、言葉だった。 弔う事に同意を示す周も、気遣いを向けて義文に告げる。 「そうだね、定期的に墓参りをしてあげるのが良いんじゃないのかな。忘れられる、というのは怖いものだよ」 今回、彼女がああして出てきたのもそういう事かもしれないと周が語り、輝血も珠貴の瞳を思い出して口を開く。 「悪意のあるなしに関わらず、人はとても残酷だ。義文だっけ? 君もそれを忘れないようにね」 彼女達の言葉を受け、青年は微かに頷いた。彼がこれから抱えていく思いは決して容易に癒されるものではない。 「義文殿、一つ聞きたい。彼女の好きな花はなんだったかな?」 楓は、報いのない彼女に弔いの花を捧げにいきたいと告げると、青年はぽつりぽつりと答える。 返って来たのは短くも、確りとした答え。その言葉を聞いた楓は、彼はきっと大丈夫だと感じた。 そんな中、朧は外を振り返って誰に言うでもなく呟いた。 「一途な想い‥‥それが全く理解できない私よりは、彼女は人らしかったのでしょう」 多分、と付け加えられた言葉は、静かに消えて行く。 其れを聞いていたのは、夜空に浮かぶ月だけ。 |