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■オープニング本文 虫の声も夜毎に細くなっていき、師走も近付き始めた霜月の候。 朝晩となれば吐く息も白く染まり、季節もいよいよ冬へと変わり行くある日の事。 静かな山道を下っていた青年達は空を見上げた。 夕陽が沈む時間も随分と早くなり、既に濃藍へと色を変えた夜空には月が浮かび上がっている。 「すっかり暗くなってしまったな」 「ああ、早く帰らないと村の皆が心配してしまう」 彼らは山菜採りを終えた帰りらしく、手には山の幸が詰まった籠を提げていた。 月光に照らされた山道は踏み固められており、見通しも良いので最低限の気を配れば迷う事も無い。 他愛も無い話をしながら、山を下る彼らは何時もとは違う言い知れぬ気配を感じた。 「うん? 向こうに何かあるぞ」 道行く先、青年達は遠目に不可解なものを見つける。 ふわ、ふわり――と、冷たい夜風に吹かれて、淡い光を放つものが幾つも宙を舞っていたのだ。 「‥‥雪、か?」 一見すればそれは真白な雪だった。月明かりの下、その光景は何処か幻想的にも映る。 然し未だ時期としても早く、例え雪が降っていたとしても前方だけというのは範囲が狭過ぎるのではないか。 「蛍が舞うような季節ではないし、はて」 不思議そうに呟いた青年達は歩を進めた。心なしか、光は此方に向かって来るように感じる。 距離が近付き、それが何かわかった瞬間、二人は言葉を失った。否、何かを口にする暇もなかったのか。 近くで見れば見るほど不気味に感じられる蒼白く灯る光――その正体は、瘴気。 その瘴気を纏うのは、小さな羽虫の形を取ったアヤカシだ。 それら一匹ずつ腹には雪のような白い綿毛が生えており、例えるならばその形状は雪虫に近い。 気付けば大量のアヤカシに囲まれていた青年達は恐怖に慄く。 「ひっ‥‥」 片方の青年が短い悲鳴を上げ、籠を放り出して一目散に駆け出した。 一瞬後、もう一人も逃げ出そうとするが、郡を為すアヤカシの奔流は逃すまいと彼に張り付く。 身体に纏わり付く虫達から血を啜られ、全身から襲い来る激しい痛みに彼は悲鳴を上げる事すら出来ず―― 翌日、青年は見るも無残な亡骸となって山中に転がっていた。 「という訳で、現時点での被害者はひとり。依頼者は近くの村の人だ」 事の経緯を話し終えたギルド職員の青年は、ふっと溜息を吐いた。 それらが普通のものであるならば、雪虫は冬の訪れを告げる虫だとも言われている。 「そういう謂れも風流で悪くないと思うんだけど、ね」 だが然し、それが出会った人間に死を告げる虫であっていけない。 そういうと彼は紙に筆でさらさらと絵を描き、取り出した地図上へ“妖雪虫”と注釈がついた虫の絵を貼り付けた。 大雑把な説明だが、つまりはこの地図の場所にアヤカシが出現したらしい。 地図に記されているのは小さな村。続く平原の先には、小高い山がある。 「人が襲われたのはこの辺り。人の往来もよくある道だから歩きやすいし、迷ったりはしないはずだよ」 今から急いで向かえば、現場には夕刻過ぎに辿り着ける距離だ。 妖雪虫は淡雪のように僅かな光を帯びているらしいので、辺りが暗くなればすぐに見つける事も容易だろう。 アヤカシ単体は小さく力も弱いが、注意しなければいけない事も幾つか。 それらは常に群れを成して行動している。その数、十数匹。 一匹ずつはしぶとい相手ではないようだが大群から一気に集中攻撃を受ける可能性もあり、油断は出来ない。 また、緩やかな山とはいえ、戦う場所によっては傾斜などの影響で足場が悪い事も考えられる。 「少し厄介だけど、皆が協力すれば造作ないと思う。‥‥頑張ってきてね」 信頼の言葉と共に、青年から開拓者達に地図が渡された。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
時任 一真(ia1316)
41歳・男・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
沢村楓(ia5437)
17歳・女・志
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
濃愛(ia8505)
24歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●深き夜の奥へ 山道に続く街道を往く開拓者達の間に、一陣の風が吹き抜けていく。 その冷たさに思わず体を僅かに震わせた設楽 万理(ia5443)は、風の往く先を目で追うように遠くを見つめた。 「冷える、冷えると思ってみればもう冬が間近に迫ってきているのね。冬物でも用意しようかしら」 気温が徐々に下がる季節――とはいっても、彼女が寒さを感じるのにも理由がある。 何故なら、薄着を好む万理の格好は未だ夏服。その上に外套を羽織るだけなのだから、無理もない。 仲間達の傍を歩くルオウ(ia2445)は、くるりと仲間の方に向き直って告げた。 「そういや、まだちゃんと自己紹介をしてなかったよな。俺はサムライのルオウ。よろしくな!」 元気の良い口調からは、十分なやる気が滲み出ている。 正義感の強いルオウの事だ、今回の依頼にも気合いを込めて当たる心算なのだろう。 遠くの空には沈みかけの夕陽が濃い橙色を描き、山々の間へとゆっくりと沈んでゆく光景が見える。 もう半刻もすれば空は夜色に染まり、辺りは闇夜となって行く。 辺りが完全に暗くなる前、彼らは山道の入り口に辿り着く事が出来た。 時任 一真(ia1316)を先頭に慎重に山へ入る開拓者達の表情は真剣で、其々がアヤカシの気配を探っている。 ――冬を告げる、と云われる雪虫。 その姿を借りたアヤカシは、本当に冬を告げに現れたわけではないのだ。 「風流な物を汚されるような気がするね、こういうの」 一真は眉を顰め、誰に言うでもなく己の思いを口にする。 無粋だと言う事はどんなアヤカシにでも言える事だ。然し、そうであっても許しておけるものではない。 「うむ、哀れな犠牲者がでないためにも」 濃愛(ia8505)も頷き、皆の思いの根本は同じだという事を言葉にした。 開拓者達は、道の傾斜に気を配りながら着々と山を登っていく。青年が襲われたという場所まで、あと少し。 ●舞い散る雪のように 暫し後、晩秋の空は既に深い闇色へと変わっていた。 そんな時――遠くの木の陰で淡い光が揺れる。暗くて辺りが見えない分、とてもよく目立つ灯火。 現れた気配に仲間達が気付き始める前に、沢村楓(ia5437)は心眼を発動させた。 その瞳で視るのは、倒すべきアヤカシの気配と数。 「前方以外の存在はない。見えている限りだ、数は‥‥十五、六といったところか」 周囲を探る楓の言葉に相違はなく、妖雪虫は徐々に開拓者達の目前に集まっていく様子だ。 その姿を眺め、天津疾也(ia0019)は松明を用意しながらぽつりと呟く。 「やれやれ、綺麗な花には棘があるっちゅうが、見てたらこっちがお陀仏しそうやな」 うんざりとした口調と視線は、アヤカシの大群へ向けられている。 風に吹かれるように、ふらふらと。然し妖雪虫は確実に此方へと距離を詰めてきているように見える。 瘴気の不気味な光でさえなければ、それらは本物の綿雪のようだとも言えただろう。 じり、と万理が弓を構えて後ろに下がる。 彼らが立つその場は、戦う場所としては傾斜と足場が難を示す。 幸いにも妖雪虫の全体の動きはそれほど素早くはなく、ふわりふわりと漂うように近付くのみ。 だが、相手の狙いは確かに開拓者達へと向けられている。 誘い出すならば、この機しかない。 「皆、出来るだけ足場の良い方へ」 一真が一同を先導して踵を返す。駆け出すのは、今まで通ってきた道の途中。 土が踏み固められ、木々の障害が無い場所。然程広くは無いが傾斜も緩く、他の所よりは幾分か楽に戦えるだろう。 囮班の楓達は後衛の仲間を先に向かわせ、付かず離れずの位置取りでアヤカシを引き付ける。 仲間達が後方の位置取りに付いた事を横目で確認した後、敵へと向けられたのはルオウの猛る咆哮。 「む‥‥」 一瞬、楓の額に皺が寄る。耳元に近い位置で吼えられたからだろうか。 だがその咆哮とて、今はアヤカシを誘き寄せる為に必要な事であり、同時に頼もしい技だ。 狙い通り、妖雪虫は郡を成して目標をルオウのみへと定めつつある。 その隙に一真と楓の二人は攻撃班が標的への狙いを付け易い様にと、左右に分かれて陣を形成した。 郡は未だ完全に追いついては居ないが、前衛へ先行して向かう妖雪虫が一匹。 其処へ、疾也が狙い澄ました弓の一撃を放つ。 距離を取った位置に付いていても、彼の矢は標的を外す事無く雪虫の体を羽ごと貫いた。 「よし、まずは一匹や」 確かな手応えを感じた疾也は小さく頷く。 元から耐久力の無いアヤカシは一撃の下に葬り去られ、瘴気である淡い光を放ちながら地に落ちる。 その間にも、大群は前衛であるルオウの周囲に集まり始めていた。 アヤカシ達は一様にゆらゆらと揺れ、風に舞う雪の如く彼の体に纏わり付いて行く。 「普段なら‥‥風情があるというところだが、さて」 静かに呟いた楓が珠刀を構え、その内の一匹へ刃を振り下ろした。 然し、妖雪虫は刀筋をかわした。避けるというより、敢えて風に流されたと云う方が正しいだろうか。 相手の体はとても小さい上に宙を浮遊しており、攻撃がいとも簡単に回避される確率も高い。 「害虫ども、拙者が消し去ってくれよう」 厄介な相手だからと、濃愛は警戒しながら身構えた。 そしてアヤカシ達は振り払おうと抵抗するルオウの腕を掻い潜り、一斉に彼の身体に取り付き血を啜り始めた。 「‥‥く、負けやしねぇ!」 痛みをも振り払うような威勢の良い声と共に、ルオウの回転切りが放たれる。 何匹かは横に弧を描いた刃に巻き込む事が出来たが、それを逃れた妖雪虫達は左右に散開した。 次の標的は二方向に分かれていた一真と楓。 アヤカシはただ己の空腹を満たす為に血液を求め、彼らに向かい行く。 飛んで来る敵の軌道を先読みし、楓は雪虫達を囲い込む陣へと作るため、誘い出すように位置を取り始めた。 「ちょっと綺麗ね。ま、アヤカシでさえ無ければだけど‥‥」 その機を窺う後方の万理は、暗がりの中で瘴気が淡く光る様を見て胸中に浮かんだ考えをふと呟いた。 ――紅葉と対にして見られるならば、晩秋の風物詩として観光客でも呼べるかもしれない。 だが人に害を為す存在である以上、それらは駆逐されるべきモノ。 万理は短く息を吸うと、アヤカシ見据えて弓を引き絞って目標へ矢を降らせた。 取り付かれ、吸血のじくりとした痛みに耐えていた一真の周囲、矢から広がる衝撃波が妖雪虫を襲う。 その攻撃で打ち漏らしたアヤカシには、葛が絡まる矢弾を疾也が打ち放って行く。 後方からの援護攻撃に一真は礼を口にして、刀を構え直した。 「すまない、助かったよ。こう引っ付かれていては身動きさえも取り辛い」 纏わり付く数が減り相手の攻撃が弱まった瞬間を狙って、一真も目の前の一匹へと刃を振るった。 回避される事も多々あるが、少しずつでも着実に敵の数は減っている。 然し、未だ敵の数は開拓者達の人数よりも多いまま。 「一寸の虫にも五分の魂やないが、こう数がおおいと面倒やなあ」 内容通りの面倒臭そうな疾也の言葉に、絶妙な足捌きでアヤカシを引き付けている楓が同意して小さく頷く。 引き付けるとは言っても、統率など取れていない妖雪虫達は其々にばらけてしまう。 ルオウの方へと向かって行きつつある敵に、彼は二度目の回転切りを放とうと身構えていた。 楓は冷静に状況を見据え、少年へ呼びかける。 「あまりかき乱すな、ルオウ。後ろに任せよう」 範囲攻撃で殲滅を狙う以上、アヤカシを散らしてしまう可能性がある回転切りは使う機を見極める必要がある。 開拓者達は互いに視線を交差し、その機会を見定めようと頷き合った。 そんな時、群れから離れた一匹が万理の元へふわふわと近寄っていく。 それは、彼女に向かってひとかけらの雪が舞い降りるようでもあるが、だからといって近付かせる訳には行くまい。 「其方には往かせられないな」 すぐにアヤカシの移動に気付いた一真は万理の前方に回り込み、妖雪虫と対峙した。 両手に構える武器を交差させ、彼から繰り出された素早い弐連撃が相手の小さな体を捉えて薙ぐ。 衝撃に羽を戦慄かせて地へと落下した妖雪虫は、瘴気と共にゆっくりと消え去っていった。 その前方では、楓が大半のアヤカシを引き付け、ルオウの近くまで距離を詰めている。 狙いはひとつ、此処で勝負を決める事。 妖雪虫が吸い寄せられるように集まり始める。相手もまた、楓を襲わんと狙っていて―― 「今が好機や、いくで!」 矢を番える疾也が仲間達に呼び掛ける。 アヤカシはルオウと楓を中心にして、全て其処に集合していた。 敵から攻撃が仕掛けられる前に、狙われていた楓は身体を地に倒れんほどに低く保ち、そして、 「いくぜぃ!」 ルオウが大きく刀を回転させ、周囲のアヤカシを薙いだ。 「雪のように風に舞って消えなさい!」 それと同時に万理から二度目のバーストアローが放たれ、ふたつの衝撃が妖雪虫に襲い掛かる。 まともに攻撃を受けた敵は、次々と短い断末魔を上げながら宙から落ち、動かなくなった。 仕留めきれなかった最後の一匹へ、濃愛が手裏剣を投げ付けた。 その攻撃を追うように疾也からも最期を告げる一矢が放たれ、とどめを刺しに掛かる。 手裏剣と矢、両方に貫かれたアヤカシは、舞い落ちるようにして地面へ伏せ――そして、融けるように消えて行った。 「残――零。‥‥依頼完了」 静かに呟かれた楓の言葉の後、刀を鞘に納める鍔音と共に静寂が辺りを支配する。 闇に包まれた深山、灯る悪しき光はもう何処にもない。虫の声さえも、今は何処かへ消えたようだ。 ひんやりとした空気の冷たさが、戦いの終わりを示しているようだった。 ●淡雪の思い 仕事はこれで終わり。 と、そのまま帰る訳にも行かぬと、開拓者達は村へと報告を終えた翌日に青年が襲われたと云う場所へ来ていた。 「‥‥‥‥」 目を瞑って黙祷する楓の目の前には、簡易ではあるが青年の墓が建てられていた。 一真を始めとした有志で作られた其処には、ささやかだが小さな花も開拓者達の手によって添えられている。 「傷は大した事はないといっても、冬にまで蚊が出てきたみたいになってますわねぇ」 先に拝み終えた万理は、自分が手当てをした仲間の傷を見て言う。 開拓者達であったからこそ、この程度の傷で済んでいたが、件の青年は相当苦しい思いをしたのだろう。 「俺より若く、逝っちゃった訳か‥‥」 一真は呟き、青年の墓を眺めた。 失われた命を取り戻すことは出来ないが、その生を想う事ならば出来る。 暫し、黙祷を続ける開拓者達。 其処に聳える山々の頂上には、真白な雪が降り積もっていた。 この先に冬が来るならば、その次は春が来る。一真が思い描くのは、厳しい冬の後に訪れる季節の事。 終わる秋と、始まる冬。これから訪れる様々な季節を、己の力で平穏に出来るように、と。 その思いはきっと――山に降る淡雪のように柔らかで、優しい。 |