墓標に捧ぐ
マスター名:犬彦
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/22 18:14



■オープニング本文

 天高く、緩やかな日差しが射す丘の上。
 涼しげな風が丘に吹き抜け、草木がさやさやと音を立てて靡く。
 青年は秋風に舞った花弁を空へ見送り、降り注ぐ陽光を掌で遮った。

 ――姉がこの丘で命を落としてから、幾月経っただろうか。
 胸中でひとりごちて、青年は墓標に線香を供えると、手を合わせて瞳を閉じた。
 長い黙祷の間、白く燻る煙が柔らかな風に乗ってふわりと揺れる。 
「見て下さい、姉上。あの時植えた花が、こんなに」
 青年は瞼を開け、墓標の周りをゆっくりと見渡す。
 丘には生前の姉と二人で植えた種が芽吹き、一面に秋桜が咲き誇っていた。
 淡い花色が風に揺れて踊る様を見て、彼は口元に緩やかな笑みを浮かべる。
 過去にアヤカシの襲来によって、たったひとりの家族を亡くした傷は癒えていない。
 だが姉が眠る場所に花を咲かせる事が、自分に出来る何よりの供養だと思えた。
 暫し後、愛しげに花を眺めていた青年の表情が不意に曇る。
 視線は丘の向こうへと向けられ、その瞳がはっと見開かれた。
「そんな‥‥あれは、あの時のアヤカシ‥‥?」
 遠目に見えたのは地平を彷徨う化物、白と黒の二体の化猪の姿。
 巨大な体躯のそれらは、過去に丘を踏み荒らした者と同じに見える。
 沸き上がる恐怖。だが青年は震えそうになる掌を抑え付け、前を見据えた。
 ――二度とこの地を荒させはしない。姉が大好きだったこの丘も、村も。
 丘の背後には彼が住む小さな村がある。
 何もせずにいれば丘の花や墓はおろか、村までもがアヤカシの餌食になってしまう。
 自分に戦う力が無い悔しさに唇を噛み締めるも、青年は踵を返して走った。
 村に危険を知らせる為。そして、戦う力を持つ者達へ助けを求める為に。

 そして、処変わって開拓者ギルド内。
 ギルドの職員は集まった開拓者達を見渡すと、急ぎの依頼だと告げた。
「ある村の近隣でアヤカシが彷徨っているようです。直ちに向かって下さい」
 アヤカシが現れたのは、街に程近いとある村の近隣。
 助けを求めに来た青年の働きかけによって、村人は既に避難を始めている。
 村までの道案内はその青年が行う故、道中の心配も無く辿り付ける筈だ。
 今すぐに向かえば、アヤカシ達が村へ侵入する前に対峙する事が出来る。
 確認されているアヤカシは二体。白い化猪、そして黒い化猪が一体ずつ。
 開拓者が力を合わせれば勝機の見える相手だが、油断は禁物。
「‥‥以前はアヤカシ全てを倒す事が出来ず、追い払っただけなんです」
 おそらく、今回のアヤカシはその時の個体ではないかと青年は語る。
 以前にも似た事例があり、その際に向かった開拓者が手傷を負っていた。
 そして、その時に逃げ遅れたひとりの村人――青年の姉の命も失われたという。
 青年は口にはしなかったが、討伐は彼にとっての敵討ちにもなるのだろう。
 真剣な面持ちの青年は開拓者達に向け「お願いします」と、深々と頭を下げた。


■参加者一覧
赤銅(ia0321
41歳・男・サ
七里・港(ia0476
21歳・女・陰
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
安達 圭介(ia5082
27歳・男・巫
露羽(ia5413
23歳・男・シ
太刀花(ia6079
25歳・男・サ
雲母(ia6295
20歳・女・陰
麻績丸(ia7004
15歳・男・志


■リプレイ本文

●護るべきもの

 一段と強い風が丘に吹き抜けて、野に咲く秋桜の花々を揺らす。
 普段は平穏であろうこの丘も、今日ばかりは不穏な空気に包まれている。
 地から響くかのような足音を轟かせて其処に現れたのは、巨大な牙を持つ獰猛な二体の化猪。

 依頼者の青年の案内を受け、村方面から向かってきた開拓者達。
 紅の瞳で丘の様子を見据えた露羽(ia5413)は、猪達の巨体を視界に捉える。
 しぃ、と人差し指を口元にあて、安達 圭介(ia5082)が皆に身を潜めるように促した。
 見晴らしの良い丘の上の化猪達は幸いにも背を向けており、まだ此方に気付いてはいない様子。
「さて、と」
 見つからぬよう、姿勢を低く保ちながら赤銅(ia0321)は周囲を見回す。
 案内の青年が無事に身を隠したかどうか、他に人が居ないか、重要なものは他にないかなど。
 経験を積んできた壮年であるが故の、行き届いた配慮でもって最終確認を行う。
 同様に九竜・鋼介(ia2192)も視線を巡らせ、事前に聞いていた墓標がある箇所を見遣る。
 化猪達が現在立っている場所は墓標からは少し離れており、鋼介はほっと胸を撫で下ろした。
 アヤカシの背を眺め、眼鏡をクイッとかけ直した太刀花(ia6079)は静かに呟く。
「人の命を奪い、その上、今は静かに眠る場所をも踏み荒そうとは‥‥」
 なんて、無粋なアヤカシなのだろうか。
 その思いは同じだったのか、七里・港(ia0476)も声色を潜めてはいるが、確かな声で応える。
「大事なお墓の前ですもの。思い出の場所を荒らさないようにしたいですわ」
 風に靡く白く長い髪を手で抑え、港はこれからの戦いに向けて決意を新たにした。
 その隣、露羽も柔和な微笑みを浮かべて頷く。
「弟さんの為にも仇は取りましょう、必ず」
 微笑に釣られた圭介も小さく笑み、青年と自分を重ね合わせてみる。
 自分にも姉がいる故に彼の気持ちは分かる。圭介の姉は生きているが、弟としての気持ちは同じだろうと。

 そうしながらも開拓者達はじわじわと、しかし確実に化猪との距離を詰めていた。
 そんな中、ぼんやりと墓へ視線を向けたのは、雲母(ia6295)だ。
 ――いつまでも過去に固執するとは、愚考だな。
 死んだ者は帰らない、何も喋らない、何も感じないというのに。
 胸中でひとりごちた彼女は凛とした口調で、誰に言うでもなく口を開く。
「‥‥とは言え、仕事だ」
 彼女の思考は既に、アヤカシ退治へと切り替わっていた。
 鋭く前方へ向ける瞳には、此方の気配に気が付いた化猪が映っている。
 二体はその巨体に相応しい低い唸り声を上げ、近付いた開拓者達へ獰猛な眼差しを向けた。
 蹂躙すべき標的が見つかったからなのか、二体とも酷く興奮している。
「流石にこの位置では、気付かれてしまいますね。参りましょう!」
 既に引き付けるための十分な位置取りは終わっている。
 もう隠れている必要はないとばかりに麻績丸(ia7004)が立ち上がり、太刀を抜いた。
 刃が陽光に煌めく様は、まるで彼の意気込みをそのまま表しているかの様にも見えて。

 戦いの始まりを告げるが如く、アヤカシが大きく咆えた。
 瞬間、吹き抜けた風に乗った秋桜の花弁が、化猪と彼等の間を舞っていった。

●黒白の襲撃獣

 開拓者達の位置取りは的確だった。
 白毛の猪の相手をする者、黒毛の猪の相手をする者とが、各自別々の方角に分かれる。
 無論、彼等は誰ひとり墓や村を背にしていない。
 理由は単純明快。
 かの地を、二度と荒らさせぬ為だ。
 仲間を支える後衛である港と圭介は、一歩退いた後方に就いて身構える。
「それじゃ、行くとしますかね」
 黒い化猪へ鋼介が駆け寄り、大薙刀で斬り掛かった。
 刀筋は弧線を描き、黒猪の牙に命中。
 がきん、と衝突音が響く。気を引く狙いは十分だ。
「おい、猪! 僕はこっちだぞ!」
 ほぼ同時、麻績丸は白い化猪へ側面から一撃を放ち、引き付けようとする。
 だが巨体には然程効いてはいないのか、白猪は麻績丸の姿をちらりと視線で追っただけ。
 其処へ追撃として雲母が弓を引いて朔月の矢を打ち込み、赤銅が吹いた呼子笛の甲高い音が重なる。
 白猪は痛みに呻きながらも音に反応し、標的を彼らへと定めた。
「黒い化猪もこちらに気を取られているようです。気を付けて下さい!」
 後方から、全体の動きを見守っていた圭介が声を上げる。
 響いた笛の音は黒猪の耳にも届き、結果二体の気を引く事となってしまったようだ。
 だが、そこで何も手を打たぬ彼らではない。
 逸早く動向を察知した露羽が、素早く手裏剣を放った。
「あなたの相手は、私達ですよ」
 手裏剣の軌跡は的確に、黒猪の身体を捉えて向かう。
 太刀花もそれに続き、両手剣を大きく振るって側面から巨体を薙ぎ払った。
 ぐらりと傾きかける黒猪の体。相手は怒りを表すかのように脚を踏みしめ、港達が居る方角を睨む。
 これで完全に黒白の化猪が意識を向ける方向を分断出来た。
 後は、開拓者達と化猪の純粋な腕勝負のみ。

 大きく離れた白猪班と違い、黒猪班は若干だが丘の墓標に近い位置取りになってしまった。
 然し、黒猪の牙は真正面に鋼介達と向けられている。
 興奮した猪は地面で蹄を引っ掻き、勢いをつけて真っ直ぐに鋼介へと頭突きを繰り出す。
「おっと、危ねぇ。当たるわけにはいかないんでな」
 近付き過ぎぬ様に間を取っていた鋼介は咄嗟に側面へ跳び、それをひらりと避ける。
 目標を失って勢いが空回りする敵の隙を狙い、反対側面より太刀花が向かい行く。
「一刀入魂!」
 力強い掛け声と共に打ち出された太刀花の強打が、黒猪の横腹へ叩き込まれる。
 苦しげな唸り声をあげる黒猪。彼の攻撃は確かに敵へと響いたようだ。
 そして、刀を構える露羽が狙うは猪の前脚。移動力を殺ぐ為の攻撃は見事に命中すると思われた、が。
 刀が振り下ろされる直前――呻く黒猪がブン、と大きく首を振った。
 首の動きと共に真横に振られた牙が、露羽の身体に直撃する。
「――‥‥ッ!」
 地面へと叩き付けられた露羽を激しい痛みが襲う。
 たった一撃。されど、怒りに狂う化猪の渾身が込められた重い一撃だった。
「露羽さん!」
 港が露羽に治癒符を使い、体力の回復を施す。
 無理は禁物です、と港からの優しげな気遣いの言葉が掛けられる。
 ふらつきながらも露羽は立ち上がった。大幅に体力を削られたが、まだ戦える。
「一度、後ろへ下がっていてください。前は俺たちが!」
 退路を庇うように前に出る太刀花、そして鋼介。
 それに頷き、露羽は後方からの手裏剣攻撃に切り替えた。
 左右の側面へ分かれ、交互に繰り出される鋼介と太刀花の斬撃は、着実に敵の体力を奪っている。
 だが黒猪もやられてばかりではない。
 鈍い動きながらも、鋼介が近付いた拍子を狙って頭突きを放つ。
「痛ぅ、これは厳しいな」
 強烈な一撃を受け止め、思わず呻いた鋼介へ港がすかさず治癒符を投げる。
 それは、前衛を支える何より心強い支援だ。
 再び頭突きを喰らわないように距離をとる鋼介の代わりに、太刀花が黒猪へ向かう。
 然し、次の瞬間。
 呼吸を荒げた黒猪が、彼らとは反対側へくるりと方向転換した。
「まさか、逃走する気でしょうか」
 訝しげに首を傾げた露羽。黒猪が鼻先を向けたのは――墓標の方向。
「いけません、向こうには墓標が‥‥」
 それに気付いた港が驚き、手で口元を覆う。
 同じくして、走り出したのは太刀花。
 化猪は以前もこうやって逃げ遂せたのだろうか。
 決して墓標に向かわせる訳には、逃がすわけにはいかない。
 確かな思いを抱いて疾走する太刀花が、黒猪を上回る速度で追い越し、立ちはだかる。
「ぐ‥‥行かせません、絶対に!」
 回り込まれた事に驚きを隠せぬ様子の猪は一瞬怯み、勢いのまま彼に衝突して、止まる。
 巨体に吹き飛ばされ、太刀花が秋桜の茂みへと倒れ込む。
 だが、彼の行動は絶好の隙を作った。
 瞬時に、港が一時動きの止まった黒猪へ呪縛符を、そして露羽が手裏剣を投げ付ける。
 背後から走り込む鋼介は全身全霊の力を込めて、渾身の一撃を叩き込んだ。
 辺りに響き渡る咆哮と共に、黒猪がその場に倒れ込む。
「一丁上がり。いや猪だけに一猪上がり、なんてな。‥‥流石にちょっと苦しいかねぇ?」
 猪の体から溢れる瘴気を確認した鋼介が語るのは、彼独自の駄洒落。
 その言葉を聞きながら、ふらりと身体を起こした太刀花が弱々しくも薄く微笑む。
 墓標が傷付けられる事はなく、無事だった故に――

 うまく墓標から距離を作った白猪班は、順調に敵の注意を引いていた。
 翻弄を目的とした動きでくるくると周囲を動き回る麻績丸の姿に、白猪が興奮して鼻息を荒げる。
 その後ろでは、圭介が神楽舞攻を舞う。
 応援によって恩恵を受けた赤銅が、戦斧で手堅い一撃を白猪へ打ち込んだ。
「おっしゃ! 効いているみたいだな」
 その直ぐ後、連なるように的確に放たれた雲母の矢が突き刺さる。
 気を引く事に専念している麻績丸、支援と攻撃に特化する三人。その連携には確りとした手応えがある。
(「これは俺としても、支援し甲斐がありますね」)
 胸の中で、成功させたいという更なる決意を固めた圭介が再び舞を使う。
 応援を受けた麻績丸も、白猪に声を掛けながら注意を引き続ける為の一撃をお見舞いする。
 ギィ、と苦しげな声を上げる白猪が反撃として牙を振るい、麻績丸の身体をかすめた。
「おっと‥‥ちょっと危なかった‥‥」
 相応の衝撃が彼を襲い、均衡を崩してふらつく。
 軽くかすめるだけでもこの威力。まともに当たっていたならば、倒れていたかもしれない。
 大丈夫か、と気遣う赤銅の声に麻績丸がこくりと頷く。
 其処に攻撃直後に狙いを定めた雲母の矢が命中し、白猪が身を捩った。
「大分弱ってきているようだな。一気に片を付けてしまいたい所だ」
 後方より客観的に状況を見極めている雲母が呟く。
 戦斧を握り締め、同意した赤銅が白猪の体へ目掛ける。
 圭介の放つ神風恩寵の風を受けた麻績丸も、体勢を立て直して太刀を振るった。
 まともに両方からの攻撃を受けた白猪は激しく左右に体を振り、地団駄を踏みながら暴れる。
「うお、耐えきれねぇッ」
 至近距離に居た前衛二人は、激しく動く巨体に押されて吹き飛ばされてしまった。
 麻績丸は咄嗟に受け身をとる事が出来たが、赤銅は勢いのままに倒れ込んでしまう。
 圭介が赤銅へ、すぐに恩寵の風を吹かせた。
「赤銅さん、今すぐに癒し‥‥何、しまった――」
 が、彼はすぐに白猪の異変に気が付く。
 前衛二人の抑止を失った白猪が、圭介を睨み付けて突進してくるような動きを見せている。
 直線状に並ばぬ様にと注意していた圭介だが、敵の目標と視線は既に彼のみへと注がれてしまっていた。
「く‥‥拙いな」
 雲母の吸う煙草の煙が燻る。
 然し、自分が庇いに向かっても彼諸共やられてしまうだけだろう。
 ならば、出来る事はひとつだ、と雲母は突進していく白猪に全神経を集中して矢の狙いを定めた。
 例え矢が間に合ったとて、化猪を完全に止める抑止力となりえるだろうか。
 完全な賭けではあったが、それが彼女に出来る最善だった。
 圭介へと物凄い勢いで白猪が迫り来る。
 このまま彼へと突進させてしまえば、ひとたまりもない。
「そうはさせません!」
 そんな時、一目散に駈け出したのは麻績丸。攻撃は間に合わないが、圭介を庇う事ならば可能なはず。
 間一髪。跳躍するように飛び出した麻績丸が、圭介の身体を突進の軌道上から押し出す。
 ずざざ、と地を転がる二人。それと同時に、雲母が放った矢が白猪の体へと突き刺さった。
 避けられた事、攻撃が命中した事に猪は苦しげに唸る。
 だがそれも、今や何処か弱々しい。
(「おそらく、あと一撃だ――」)
 体勢を立て直し、己の脚へ練力を込めた赤銅が走り来る。
 この一撃は、決して押し負けぬようにと。
 此方を向いた白猪の真正面から、戦斧を力一杯薙ぐ。
 放たれた強力な斧の軌跡は、見事に化猪を斬り伏せた。
 赤銅の最後の一撃によって倒れた化猪の身体から瘴気が溢れ出し、徐々に霧散していく。
 大地に融け往くかのように消えていく黒白のアヤカシ達。
「ふぅ‥‥これにて、一件落着ですね」
 その姿を見つめ、地面から起き上がった圭介が目を細めて呟いた。

●真心を捧ぐ

 戦いが終わり、開拓者達は丘の上の状態を確認する。
 彼らが細心の注意を払って戦った甲斐もあり、一部の秋桜が散っただけで他の被害はほぼ無い。
「騒がしくしてしまって申し訳ありません。でも、もう大丈夫です」
 墓標を前にし、青年の姉へ向け圭介が静かに謝罪を述べた。
 それは、姉を持つ者としての心の表れだろうか。
 戦いが終わった事を確認して、丘の上まで戻ってきた青年もその傍に控えている。
 鋼介や太刀花、赤銅を始めとした開拓者が墓へと手を合わせ、彼らに倣った麻績丸も目を閉じた。
 ふわり、と。優しい風が丘に吹き抜けた。
 緩やかに照らす太陽の光が、丘に咲く秋桜をより美しく魅せているように思える。
「綺麗ですね‥‥」
 青年の隣に立った太刀花が揺れる秋桜と緑の景色を眺める。
 鋼介もそれに頷き、そよぐ風を肌で感じている。
 荒らすことなく無事に守りきった丘を見渡して、港も心地良さそうに瞳を細めた。
「お姉さんも、この秋桜のように美しい方だったのではないでしょうか」
 露羽は摘み取った花を墓標に添えて、思いを馳せる。

 本当は、家族は傍で笑っていてくれるのが一番だが、それは叶わぬ事。だから――
「此れがゆるりと眠れる機になりゃ‥‥何よりだ」
 赤銅が墓標と青年へと交互に視線を遣る。その声は、とても優しげだった。
 そして、雲母はそんな彼らの後方でひとり遠くを見つめている。
 ――何故、死んだ者を何時までも想う必要があるのか。
 彼女にとっては甚だ疑問に思う事だった。
 ふと、仲間たちの傍に控える青年の瞳に未だ憂いが満ちている事に気付く。
「少しは気を楽にしろ、思い詰め過ぎだ」
 淡々とした言葉を紡ぎ、雲母は摘み取った一輪の秋桜をくるくると手で回して丘を去り行く。
 其処へ、静かではあるが去りゆく彼女にも聞こえるような青年の声が皆の元へ届いた。
 ありがとうございます、と。
 それは、嘘偽りなど無く。青年から開拓者へと贈られる、紛れもない感謝から告げられていた。
 青年の言葉を聞いた太刀花は眼鏡をかけ直し、礼には及ばないと首を振りながらも口元を緩める。
 港もまた青年へと向けてゆるりと微笑む。
 麻績丸も照れ臭そうに頬を掻き、良かった、との呟きを漏らした。

 そして残った彼らは、墓標に捧げた花に慈しみの心を込めて拝む。
 捧げるのは秋桜の花言葉でもある、真心だろうか。
 どうか、安らかな眠りを、と――