死人恋歌
マスター名:犬彦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/25 20:32



■オープニング本文

 月夜に謡い、星を詠む。
 青年が爪弾く弦の音に乗って響く、少女の美しい歌声――
 その音色を聞く事が好きだった。二人が居る限り、優しい音色は已まないのだと思っていた。
「なのに何故‥‥二人とも、そんなにあっさりと逝っちまったんだよ」
 深い夜の底、二人分の墓標の前に立つ男はひとりごちる。
 親友だった琵琶弾きの青年と、その恋人の唄い手の少女がアヤカシに襲われて亡くなったのは突然の事だった。
 死体がこうして墓に納められただけでも喜ぶべきか。然しふたりの曲も、歌声も、もう二度と聞く事は出来ないのだ。
「お前達が曲を聴かせてくれた時も、こんな月夜の晩だったっけ」
 幸せそうに寄り添う二人。その姿を見ているだけで、自然と幸せな気持ちになれた。
 自分が琵琶を弾けるようになったのも、親友が丁寧に教えてくれたお陰だ。
 そんな思い出を懐かしみ、男は月が昇る空を見上げた。
「奏一、詩乃。もう一度お前達に逢えたら、と思うが‥‥それは無理な話だよな」
 叶わぬ望みを口にして男は肩を落としたが、それ以上に二人を大切に思う気持ちを更に実感して、ふと想う。
 例え世間が彼らの事を忘れようとも、自分だけはふたりの事を覚えてやっていよう、と。

 だが、その数日後――男は自分の元に届いた或る報せに驚愕する事となる。
 二人の死体が、墓地から忽然と無くなったのだ。否、自ら動いて居なくなったというべきか。
 琵琶弾きの青年と唄い手の少女、彼らは黄泉返っていた。屍人となり、この世を彷徨う存在となって。


 開拓者ギルド内、背の高い青年が集まった開拓者達を見渡した。
「お前達がアヤカシ討伐を引き受けてくれたヤツらか。俺の名は、篤志だ」
 宜しく頼むよ、と名乗った青年は何処か憔悴した様子だったが、気を取り直すと今回の依頼の説明を始める。
 倒すべきアヤカシは屍人。
 つまり、人間の死体に瘴気が取り憑いたアヤカシだ。
 瘴気はとある墓場に埋葬されていた死体に憑き、今もその身体を操って闊歩しているらしい。
「他から見りゃただのアヤカシだが‥‥実はな、そいつらは俺の親友だったんだ」
 頬を掻いた篤志は気まずそうに、そして酷く悲しそうに告げた。
 彼らの姿はしているが、中身はアヤカシ。だが、逆を言えばアヤカシである前に人間の身体でもあるのだ。
 優しかった友人達の姿で、人を襲う事は許せない――
 悔しげに呟いた篤志の真剣な瞳は、開拓者達に真っ直ぐに向けられた。
「頼む、彼らが人間を襲ってしまう前に‥‥その手を血で染める前に。どうか討ってやってくれ」
 頭を下げた篤志は、彼ら――アヤカシは墓地の周辺に未だ居るらしいと告げた。
 その付近へは、今からすぐに向かえば夜になるまでには辿り着ける。
 アヤカシ達も夜に活発に活動して居る為、周囲をくまなく探索すれば出会う事が出来るだろう。
「それと、もうひとつ願い出がある。全てが終わったらもう一度二人に別れを言いたい。故に、俺に報告して欲しいんだ」
 例え彼らの身体がどうなっていようとも。
 青年にとってはそれは親友達の身体であり、弔うべき対象なのだ。
 そうして篤志は、開拓者に向けてもう一度深く頭を下げた。


■参加者一覧
黒鳶丸(ia0499
30歳・男・サ
蒼零(ia3027
18歳・男・志
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
頼明(ia5323
35歳・男・シ
早乙女梓馬(ia5627
21歳・男・弓
千羽夜(ia7831
17歳・女・シ
ニノン(ia9578
16歳・女・巫
奈良柴 ミレイ(ia9601
17歳・女・サ


■リプレイ本文

●月白
 濃紺の空、月の光は仄かに白く。
 静かに地上を照らす月明かりを、ニノン・サジュマン(ia9578)が見上げる。
「皮肉な程、美しい月だのう」
 ニノンは自分が用意していた明かりは必要ないだろうと判断し、松明を仕舞い込んだ。
「例の二人はまだ現れんが‥‥気張らしてもらおか」
 ぱしり、と黒鳶丸(ia0499)が拳を掌に合せて呟く。思うのは、友を亡くした依頼者の事。
 望まぬ形での再会など、無粋も良い所。墓地周辺を見渡す彼の瞳は真剣そのものだ。
 頼明(ia5323)も、その長身を活かし遠くを見通していた。
「取り憑かれようとも、人の想いが消えぬ証か。死して尚、共に在る事を望むか‥‥」
 心眼を使い、辺りを隈なく探るが未だアヤカシの気配は視えない。開拓者達は辺りを警戒しながら探索を続ける。
 民家も程近い場所故、被害が心配される所での戦闘は避けたい。
 だが、探索からほぼ半刻が過ぎ、開拓者達にも若干の焦りが出てくる。
 そんな時、蒼零(ia3027)が持参した横笛を手に取った。
「見つからないなら、誘き寄せるしかないか。‥‥上手くいくかは判らないが」
 生前、二人は音楽に関わる者だった。それならば、何かしらの音色に反応するのではないか。
 そう考えた蒼零は横笛を演奏し始めた。例え音楽が分からずとも、アヤカシに人間がいる事を知らせられる。
 彼の音色に重なり、御凪 祥(ia5285)も共に横笛の音色を奏でた。
 雲ひとつない夜空から射す月光の下、静かに木霊する笛の音。其れは何処か寂しげに響き渡った。
 暫し後――かさり、と草を踏み分ける音が微かに聞こえた。
 開拓者達の立てた音ではないと感じた早乙女梓馬(ia5627)が、其方に視線を巡らせる。
「‥‥来たか」
 其処に現れたのは白い着物の女と、琵琶を片手に持つ男の二人連れ。
 志半ばでアヤカシに殺され、死してまでアヤカシに弄ばれる悲しき躯――奏一と詩乃だ。
 梓馬は憐れみに瞳を伏せた後、仲間達にアヤカシが現れた事を知らせる。
 笛を吹いていた二人も演奏を止め、開拓者達は直ぐに戦闘態勢に入った。
「突然未来を奪われて、貴方達はさぞ無念だったでしょうね‥‥」
 千羽夜(ia7831)が小さく呟き、木刀を構える。
 過去に仲間を亡くした少女にとって、遺される辛さも痛い程に理解出来た。
 そんな悲しみをこれ以上、広げない為にも――二人を倒す。開拓者達の思いは、ただひとつ。
 
●詩奏
 生気の無い瞳に、血の気を失った青白い肌。
 自らの前に立ちはだかったアヤカシ達を見据え、奈良柴 ミレイ(ia9601)が槍を構えた。
 二人のアヤカシは寄り添うようにして、開拓者達をただ虚ろに見つめている。
「必ずその体から追い出してやるから。今度こそ、二人静かに眠れるように」
 決意を込めた梓馬は仲間の補助に回る為、後方へ下がりながら二人へ視線を向ける。
 仲間と頷き合い、民家とは別の方へと駆けた黒鳶丸の咆哮が猛り、アヤカシ達は彼の元へと向かい来た。
「さて、一気に引き離そうか」
 木刀を手にした蒼零が走り込む。彼が狙うのは奏一。
 その後に続いた祥は詩乃を狙い、力任せに引き離さんと一撃を喰らわせる。
 衝撃に小柄な詩乃の身体は、後方に吹き飛ばされた。二人は僅かな隙を逃さず、間へと体を滑り込ませる。
 背中合せになった祥と蒼零は、相手が合流せぬようにと武器を構え、更に其処へ頼明も駆け付けた。
「一刻も早く二人を解放してやらねばな」
 やや遅れて、ニノンが黒鳶丸へと加護法を施す。
 彼女の背後から目標に向かう千羽夜は早駆を使い、奏一への距離を一気に詰めた。
 相手が手にする琵琶を取り落とさせようと千羽夜が木刀を振るうも、攻撃は短刀によって防がれてしまう。
 奏一の元へと縋り付こうとする詩乃は、己の邪魔をする祥に向けて呪声を響かせた。
「く‥‥っ」
 脳裏に重く圧し掛かる声に、祥の意識が歪む。
 そのまま彼へと襲い掛からんとする詩乃に目掛け、梓馬が素早く矢を矧いだ。
 黒鳶丸がアヤカシ達を分断しようと奏一に突きを放ち、ミレイは攻撃を受けた祥を庇い、詩乃側へ付く。
 開拓者達は二人の敵に半ば挟撃される形となったが、其れこそが彼らの狙いだ。
「二人を引き裂くようで心苦しいが、致し方ない」
 頼明が木葉隠で詩乃を撹乱しながら呟く。その言葉には、僅かな悲痛さが見て取れた。
 その時、開拓者達から距離を取った奏一が琵琶の音を奏で始める。
 歪みを帯びた幻惑の音色は周囲に響き渡り、その効果の対象をミレイへと絞った。
「ん、景色が歪んで‥‥」
 今まさに詩乃へ槍を向けていたミレイの視界が揺れ、振るった槍は空振ってしまう。
(「ミレイさんまで走るには少し遠いわね。頬を叩いて覚醒させられる確証もないし‥‥」)
 千羽夜は幻惑の効果を受ける彼女へちらりと視線を向けるが、今はアヤカシに対抗するべきだと判断した。
 ふらつくミレイを後方のニノンの神風恩寵の風が癒す。
「無理をするな、一度下がるんじゃ」
 前線では蒼零が奏一の腹を狙った木刀の一撃を放ち、応戦している。
 打撃によって相手の動きが一瞬鈍くなったが、なお短刀を振るうアヤカシは眼前の黒鳶丸に襲い掛かった。
 武器で攻撃を受け流し、黒鳶丸は強化による渾身の攻撃を向ける。
「あんまり傷負わせたら元の身体に悪いしな、一気に行かせてもらうで」
 然しその瞬間、攻撃に体勢を崩した奏一を庇うかの如く、詩乃が発した歌声が周囲に響き渡った。
 否、それは歌と表すには些か乱暴で。開拓者達の鼓膜を劈く、地の底から届いたような叫びだ。
「――く、何て声だ‥‥!」
 全員に襲い掛かる衝撃波は後方までにも及び、思わず梓馬は耳を塞ぎ一歩たじろぐ。
「詩乃さんが歌いたいのは悲鳴に似た哀しい歌じゃない。奏一さんを想う幸せな恋歌の筈‥‥!」
 もうすぐ一緒に眠れるから、少しだけ我慢して。千羽夜は心の中で願うと痛みを堪えて立ち上がった。
 祥もまた、眉を顰めながらも決死で踏み込み、歌を紡ぎ続ける詩乃へと精霊力を込めた一撃を振るう。
 アヤカシの意志で動く屍なれど、元は人間。その身体に必要以上の傷を付けぬように。
 全力を尽くす開拓者達の思いは強く、その太刀筋に現れていた。
 
●月光
 白い着物の裾がひらりとはためき、詩乃の身体が揺れる。
 開拓者達の攻撃により力を失いつつある彼女は、余力を振り絞るように奏一の方へと歩き出す。
 その動きは、恋しい相手を求めたかのように見えた。
 だが彼女達の身体を動かすのはアヤカシだ。本人達の元の意思や想いなど、既にその中には無い。
「悪いが、彼と引き合わせる事は出来ない」
 その行く手を阻む為、祥が身を乗り出した。
 やっと幻惑から立ち直ったミレイも追い縋り、行かせまいと立ちはだかる。
 頼明も己の気を流れを制御し、すっと手をかざした。
「人に害為す存在は、討つのみ」
 彼が言葉に思いと力を込めた瞬間、詩乃の目前に水柱が立ち上がり、水流が巻き起こる。
『あ‥‥ぁ、アァあああ――』
 意味を持たず歌にさえならぬ断末魔が響き、アヤカシは地に伏す。
 弱々しくも奏一の方向へ伸ばされた手は空を掴み――そして、詩乃の身体は力を失った。
 
 一方、残る奏一は再び幻惑の旋律を奏でんと琵琶を手に取る。
 千羽夜と黒鳶丸は互いに視線を交差させ、小さく頷き合った後に左右へと走り込んだ。
「一人で音を奏でるのも寂しいだろう。もう演奏させるわけにはいかない」
 仲間の動きを受け、蒼零が咄嗟に敵の元へ駆けて肩口へと木刀を振り下ろした。
 その一瞬の隙を狙い、千羽夜が対する奏一の手元を狙う。
 木刀による狙い済まされた一撃により、琵琶が敵の手から転げ落ちた。
 然し演奏の代わりとばかりに奏一は短刀を抜き去り、琵琶を拾い上げようとしていた黒鳶丸に斬り掛かる。
「痛ぅ、何ていう力や‥‥あかん!」
 自らの楽器を奪われた故か、勢いの乗った刃は業物で受けた黒鳶丸の身体を後方へと吹き飛ばした。
 そして、大地に転がる琵琶へと奏一が手を伸ばした時。
「その身体から離れろ、アヤカシ。人の死をこれ以上侮辱するのは許さぬ!」
 梓馬の凛とした鋭い声が響き、敵の足元に打ち放たれた矢がその動きを阻止した。
 同時にニノンが使う力の歪みの効果により、奏一の周りの空間がぐにゃりと揺れ動いた。
「奏一殿を安らかに眠らせてやるためにも、今じゃ!」
 ニノンから掛けられた声に頷き、体勢を立て直した黒鳶丸が駆け行く。
 この一撃に全てを込めて。悲しき躯を、本当の意味で逝かせてやる為に――
 振り上げられた業物が奏一の身体を真正面から捉え、大きく薙がれる。
「二人の奏で詩う音は他人を傷つけるためのもんやない。‥‥覚悟せえや」
 同時に冷たく放たれた言葉は、死人の身体に取り付く瘴気そのものへと向けられていて。
 最後の一撃に、どさりと音を立てて奏一が地に倒れ込む。
 その身体からは黒い瘴気がじわじわと抜け落ちて行き――やがて、融けゆくように消えた。
 琵琶を拾い上げた千羽夜が、無言で二人の亡骸を見下ろす。
 白い月光はただ静かに、開拓者達と恋人達を照らし出していた。

●思弔
 二人の身体の汚れを水で落とし、大きな傷には包帯を巻く。
 そうして開拓者達によって清められた遺体は、依頼者自らの手で墓に埋葬された。
「何から何まで、手伝って貰ってすまない。本当に何と感謝を述べて良いか」
 篤志は死に化粧まで施された親友達の姿を思い出し、思わず涙ぐんでしまっている。
 死に別れた事への涙もあるだろうが、これ程までに彼らを思ってくれる者達が居たという感謝の心も強い。
 何度も何度も礼を述べる篤志へ向け、ニノンがゆっくりと首を振る。
「いいんじゃよ。好いた男の前では、おなごは美しい姿でおりたいものじゃからのう」
 語るのは詩乃が生きていればそう思うだろう、と想像した乙女心。その言葉には優しさが混じっていて。
 墓標の前、蒼零は近くで摘んできた野花を墓に捧げて微かに口を開く。
「二人はどんな幸せを感じていて、最後にどんな恐怖を味わったのだろう‥‥」
 死者を思い、彼は瞳を伏せる。傍に控えていたミレイも黙祷を捧げた。
「死んだ者の悲しみも、残された者の悲しみも‥‥俺には量り知れんが」
 梓馬はぽつりと呟いて思う。
 ――このような悲しみを味わう者を増やさぬ為にも己の力を尽くす事を誓おう、と。
 其処へ、頼明が戦闘中に拾っておいた琵琶を取り出した。
「篤志殿‥‥これを」
 渡された琵琶を受け取った篤志は、はっとして開拓者達を見遣る。手にするそれは、奏一が持っていた琵琶だ。
 汚れていて弦もしっかりとは張られていない。しかし、彼の親友が最後まで持っていたものだった。
「篤志さん、二人の為に鎮魂歌を奏でてくれる?」
 千羽夜が依頼者に提案を投げ掛けた。弾けるんでしょう、と向けられた瞳は真っ直ぐだ。
 だが‥‥と頭を振る青年の肩を黒鳶丸がぽんと軽く叩く。
「弾いたれや、親友の分まで。上手い下手やのうて、あんたの音で葬送ったるのが何よりの餞やろ」
 その言葉に押され、篤志はおずおずと義甲を取り出して琵琶の弦に触れた。

 ――悲しく、それでいて何処か優しい音色が奏でられ始める。

 月下に響くは、親友達へと贈る葬送歌。
 青年の弾く曲が流れる中、開拓者達は耳を澄ませた。
 壊れかけた琵琶から紡がれる音は歪んでいて、それはお世辞にも上手いとはいえない。
 想いを込めた音色を奏でる青年の頬を、涙が伝う。彼だけには二人の『声』と『歌』が聞こえていて欲しい。
 開拓者達は夜空を見上げる。彼らの魂が、無事に天へと昇る事を願って――