水晶の中で
マスター名:碇星
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/22 21:04



■オープニング本文

●水晶の採れば
ぴとん。ぴとん――。
 朱藩の山岳部にある、ほの暗い洞穴の中に、水の落ちる音が満ちていた。跳ね返る音が幾つも重なり、どれが本当に水の落ちた時の音なのか、判然としない。
 そんな滴る静寂を破ったのは、甲高い金属音。思いの丈を詰め込むように激しく、堅い何かを打ちつけている。
 男たちは洞穴の行き止まりで、つるはしを岩に叩きつけていた。鋭いくちばしが岩を砕くたび、小さな火花がぱっと開いては消える。一人が疲れれば後に続く者が代わり、間断無く掘り進んでゆく。
 永遠に続くかと思われた残響の中に、一際高く鳴り渡る音が混じった。皆が一斉に手を止め、音のしたところへと急ぐ。
 男たちは緊張した面もちで、岩を叩いていく。今度は小さな金槌と田金に持ち換え、少しずつ岩を削り取っていく。それはまるでネズミの食事のように慎ましく、掘ると言うよりは掻くといった動作である。
 岩の透き間が、きらりと目映く照り返す。出入り口から届いた僅かな光を受けてきらきらと輝きを増すそれは、男たちが求めたものだった。
 水晶の鉱脈を見つけ、男たちはその場所をさらに掘り進み、次々と水晶を削りだしてゆく。
 しばらくして、一際大きな水晶の鉱脈が、岩の透き間から露わとなった。不純物の含有が多いのか、透き通った表面に反して奥は黒々とくすんでいて、光をあまりこちらに返してはくれない。
 さて取り出してみようかと、鉱夫の一人が水晶に鏨《たがね》を打ちつけた。岩から弾かれた塊が、ごろごろと鉱夫たちの足下に転がってくる。
 そうして、黒く濁っていた水晶の奥の部分が、露わとなった。表面の水晶を取り除いてみると、それはまるで靄のように不定形で、何やら蠢いているようにさえ見える。
 突然、水晶の割れ目からしゅうしゅうと、毒々しい煙が吹き上がる。思わず身を引いた鉱夫たちが慄いていると、まるで雨を降らすように煙の中から小さな水晶の欠片が落ちてくる。
 ぱちぱちと音を立てて転がるそれを、鉱夫たちは手に取る勇気が持てなかった。如何に水晶を掘り当てるのが仕事だとて、斯様に面妖な代物に手を出すのは気が引ける。
 事実、鉱夫たちの判断は賢明だっただろう。煙から滴る水晶は見る間に数を増やし、洞穴の天井にまで達してしまった。
 鉱夫たちが見上げるそれは、全身を水晶で形作られたおぞましき化け物となっていた。中身は黒く濁り、それがまるで内臓のように奥で蠢いている。
 堅い四つ足で地を噛み、それがにじり寄ると、鉱夫たちは矢も盾もたまらず出入り口のほうへと逃げ出した。無論それを見逃すほど、水晶の化け物は鈍重ではなかった。
 撓めた後ろ足を解放し、一飛びで鉱夫たちに追いつくと、まずは一人の頭に堅く鋭い水晶の牙を突き立てる。
 骨格の中でも特に堅牢を誇る頭部に、白々と透けた爪牙がするりと入り込み、中身を乱雑にひっかき回した。
 聞くに堪えない断末魔と、骨肉を裁断する鈍い音が、洞穴の中に反響した。その恐ろしい音に追われて、鉱夫たちは我先にと出口へ急ぐ。
 一つ、また一つと、音が増えてゆく。そのたびに鉱夫たちはおののき、背に張り付く音から遠ざかろうと躍起になる。
 一番はじめに洞穴から飛び出した鉱夫が振り返ると、後に続いているものだとばかり思っていた仲間たちが、あの背を押していた音に変わっていたことに気がついた。
 表面を白く光らせていた化け物の体は、今や赤々とした血にまみれ、残った鉱夫を貪っている。噛み下したものがどのようになるのか、黒い靄と赤い血に遮られて窺い知ることはできない。
 だが、それの察しがついたとて、残された彼のすることは限られている。
 彼は刻々と形を失くしていく仲間たちに背を向け、一心不乱に村へと走り出した。


●水晶退治
「何でも、水晶をまとったアヤカシだそうです。生き延びた者が相当に動揺していたようで、詳しい風体までは聞き出せなんだです」
 青年が言うことに、水晶を発掘していた鉱夫たちは、突如として現れたアヤカシについて話し始めた。
「堅そうではありますが、脆くもあるでしょう。金槌か何かで叩いてやれば、案外と砕けてしまうかも」
 確かに水晶ならば、鏨や金槌で叩けば容易に砕ける。しかしそれを、アヤカシ相手に実践するとなると容易ならざることだろう。鉱物は動かないが、アヤカシは絶え間なく動き、あまつさえこちらを食らおうと襲い掛かってくるのだから。
「しかし、相手はアヤカシ。そんな普遍の考えすら通じないものです。くれぐれも油断なさらぬよう」
 最後に諫めるようなこと言って、青年は開拓者を見送った。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
露羽(ia5413
23歳・男・シ
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
アッシュ・クライン(ib0456
26歳・男・騎
神鳥 隼人(ib3024
34歳・男・砲
ファルシータ=D(ib5519
17歳・男・砲
玉響和(ib5703
15歳・女・サ


■リプレイ本文

●洞穴へ
 冷ややかな月光が滴り、露は地に滋く。
 木々を渡る風に身が荒み、たまらず開拓者達は一様に首を竦ませた。
 凝りそうなほど冷たい風は、まさに水晶。硬く透き通って、触れたら身が切れてしまいそうなほどだ。
「瘴気で出来た水晶、か‥‥アヤカシでなけりゃ、お土産に持って帰るのに」
 ふと思い出したように、鴇ノ宮 風葉(ia0799)が呟く。ギルドや麓の村で聞いたところによると、アヤカシは全身が水晶で出来ており、さながら四足獣の如く人に襲い掛かるのだと言う。
「ふむ‥‥水晶のアヤカシか。
 いやはや、アヤカシでなければさぞ高く売れたかもしれぬが、相手がアヤカシではどうすることも出来ぬな」
 鴇ノ宮に同調して、神鳥 隼人(ib3024)はしみじみと言った。大きさで言えば虎ほどもあるらしいので、水晶としては破格の大きさだろう。とてもではないが値の見当がつかない。
 しかし所詮はアヤカシ。人に害をなす悪性である。それが真に水晶で形作られているのならば、砕いてしまうより他ないだろう。
「いつもとは少々勝手の違う相手となりそうですね。
 犠牲となった方の為にも、必ず討ち果たしましょう」
 物腰柔らかに露羽(ia5413)は言うが、そこには硬く決した何かが読み取れる。
 腰に差した片手棍をなぞる。扱いの慣れぬ武器ではあるが、今回は有効そうなので持ち出した。
 相手の体は水晶で出来ている。ならば恐らく結晶質なのは確実であり、相当な硬度を有すると思われる。
 硬いということは、必ずしも丈夫なことではない。硬く堅く固まるほどに、案外と衝撃に弱くなってしまうのだ。衝撃を受け止める柔らかさを有さないため、結晶の繋がりに従ってばっくりと断ち割れてしてしまう。
 刀ではそうはいかない。同じく硬い刃金では、容易に刃毀れを起こしてしまうだろう。
 ルエラ・ファールバルト(ia9645)はくるりと担いだ長柄槌を弄び、先に着いている宝珠を確かめる。
 この長柄槌と盾を有した自分が、面に立ってアヤカシを抑えねばならない。それが依頼の成否を分けることにもなる。
 細い柄が、途端に重く感じてしまう。
「確かに硬そうだが、弱い部分や脆い個所というのは少なからず存在するものだ。
 その一点を、穿つのみ」
 アッシュ・クライン(ib0456)は、ルエラの肩を叩きながら力強く言った。
 それが励ましに近しいものだと分かるまで、ルエラは数秒を有した。
 ファルシータ=D(ib5519)は坑道の地図を熱心に眺めている。なるべく突入する前に覚えてしまいたいのだ。
 ファルシータの懐には今、鏨が仕舞われている。麓の村に立ち寄った折、犠牲者の仕事仲間だという鉱夫に借りたのだ。
 案外と、これが決め手となるやも知れない。そう考えたファルシータは、それを丁重に扱っていた。
「仕事が出来ないのは辛いでしょうし、早く解決してあげたいです‥‥」
 しみじみと漏らしたのは、玉響和(ib5703)。大切な仕事場をアヤカシに奪われた鉱夫たちのことが、何よりも心配であった。
 いよいよ洞穴の入り口まで近づくと、柊沢 霞澄(ia0067)は、立ち止まって順々に皆の体に手を当てて祈り始めた。
「加護があるのは一度だけです、気をつけてください‥‥」
 皆の体を、柔らかな光が包み込む。月光に薄れるほどの淡さだが、確かに光が漂っているのが分かる。
 加護結界を受けて、開拓者達は洞穴の中へと足を踏み入れた。


●闇を行く
「お行き、夜光虫」
 鴇ノ宮の呼び出した夜光虫がぼんやりと漂い、洞穴の中を照らし出す。前衛となるアッシュやルエラを誘うように、揺れながら道なりに進んでゆく。
 生体特有の柔い光の中で、聞こえてくるのは自身の靴音と、滴る水の音だけ。まるで後を追うように水音が続き、逃げ場の無い洞穴の中を跳ね返っている。
「ぴいっ!? あ‥‥す、すみませんっ!」
 堪らず自分の近くから聞こえた水音に、玉響は声を上げて驚いてみせる。
 落ち着くように言い聞かせて、刀の柄を握り締める。こうしているとやはり、落ち着いてしまう。心の底で恐れていながら、これをいざ抜き払えば、どうにかなってしまうのではないかという奇妙な信頼が掌に滲む。
 そのとき、硬く何かを叩いたときの、如何にも乾いた音が響いてきた。多少は開けた採掘場所らしいが、相も変わらず濃い闇が張り付いている。
 既に皆はその音を察して立ち止まり、臨戦の体制を整えていた。
 夜光虫の光さえ容易く吸い込んでしまう闇を、アッシュのダーククレイモアが放つ煌きによって僅かに暴かれる。
 届いた銀光が、さらに跳ね返される。
「ぬう!?」
 咄嗟にアッシュとルエラがそれぞれの得物を掲げ、その光を遮った。
「ガギュアアアアア!」
 痛々しいまでに耳を叩く騒音が、彼らの目の前で炸裂する。
「おいでませってね!」
 威勢のいい声と共に、ファルシータは弾丸を殺到させる。迅速を極めた連射が、けたたましい金属音を上げる。
 残念ながら弾丸は須らく闇に飲まれ、命中の程は窺えない。
 がきりと、削る音が後方で鳴る。鴇ノ宮が新たに放った夜光虫が、件のアヤカシを浮かび上がらせる。夜光虫の放つ光を吸い、あるいは返して、きらきらと全身を輝かせている。
 既にアヤカシは、飛び退いて回り込んでいたらしい。
 精悍な犬のように首を立てて、こちらの様子を窺っている。急ぎ前衛の者達が立ちはだかり、後衛の者達はその後ろに隠れる。
 アッシュ、ルエラ、神鳥が最前面に陣取り、やや遅れて露羽、ファルシータ。そして柊沢、鴇ノ宮。そして最後尾に、玉響がいた。
「おらあ、どきやがれ!」
 怒鳴り声は、玉響が上げていた。抜き放たれた刀を高々と、まるで見せ付けるように掲げている。
 前にいた全員が、申し合わせたように脇へと退いていた。
「食らえ、地断撃!」
 勢いよく刀を叩きつけられた地面が、ごりごりとめくれ上がってアヤカシを目指す。
 刀で発生させた衝撃波が地面を伝い、その軌道上に居るものを薙ぎ払う妙技である。
 アヤカシはその場から高く飛び上がり、地を伝う衝撃波を避けてみせた。
 アヤカシが元居た場所が、炸裂したように石片を散らす。
 しかし、これできっかけは出来た。すかさず霧羽は片手棍に手を掛ける。
「その足、封じさせてもらいます!」
 まるで抜き打ちのように、腰の辺りから片手棍を奔らせる。アヤカシの前足に命中したそれは、まるで銅鑼を叩くように派手な音を立てた。
 霧羽は思わず、得物を取り落としそうになった。打ちにいった彼女の手の方が、衝撃で痺れてしまったのだ。極太の水晶を片手で叩きにいったのだから、それも無理からぬことかもしれない。
 アヤカシもまた無事ではない。その左前足には大きな亀裂が走っている。しかしアヤカシは意に介することなく、四足を用いてこちらに駆けてくる。どうやら致命的なところまで砕いてやらねば、動きは止められないらしい。
「精霊さん、霧羽さんの傷を癒して‥‥」
 すぐに駆け寄ってきた柊沢が、霧羽の手に手を重ねる。ぼうっと手に灯る光を見ているうちに、霧羽が感じていた痛みが波を引いていく。
 その間に鴇ノ宮は白狐を呼び出し、アヤカシにけしかけた。
 振り上げられた白狐の爪と、アヤカシの爪がカチ合う。まるで力を比べあうように、二匹は一歩も退こうとしない。
 すかさず噛み付きに来たアヤカシの攻撃を白狐が避けると、それを潜って胸板に思い切り頭を打ちつけた。
 均衡を失ったアヤカシは派手に転がり、壁に背を打ち付ける。
「アタシの白狐の爪も、中々のもんよ?」
 無様に転げたアヤカシを見て、鴇ノ宮はどうだと言わんばかりに胸を張った。
「おおお!」
 その隙を突いて、アッシュはダーククレイモアを打ち下ろし、アヤカシの体を叩く。その度に火花が散り、彼らの姿が闇間に一瞬だけ浮かび上がる。
 剣戟でアヤカシの体が削れていくものの、それはほんの瑕疵ほどでしかない。やはり打撃か、もしくは狙い済ませた突きの一撃を見舞うしかない。
「がぎいいいい!」
 踊りかかるアヤカシの噛み付きを、アッシュはダーククレイモアを掲げ、寸でのところで押し返す。
「このっ!」
 競り合うアッシュの目の前で、一際大きな火花が舞い散った。ルエラの長柄槌が、アヤカシの頭部を上から叩いたのだ。
 たたらを踏むアヤカシに、ルエラは長柄槌を持ち替えて追撃する。精霊の白い気を纏わせた先端部を振り上げる。
 それに応じて、アッシュもダーククレイモアを腰溜めに構える。
「一点集中でいくぞ。穿ち貫け‥‥!」
 ほぼ同時に振るわれた二つの得物が、アヤカシの頭を粉々に砕いた。
 水晶の破片が飛び散る中、アヤカシはまるで血のように、中の黒いものを垂れ流している。
 しかしそこには、痛がったり竦んだりする色は見当たらない。頭部それ自体など意味が無いとでも言うかのように、減じた首を立てている。
「いいわ。そこ、動かないでね」
 瓢げたとさえ言える声で、ファルシータは何かを投げ込んだ。それはするりと吸い込まれるように、アヤカシの首の亀裂に突き立った。
「こいつは、いい的だ」
 短銃を両手で構え、神鳥が笑った。
 二つの筒から放たれる弾丸が、交互に鏨の頭を叩く。それはまるで、規則正しく鎚を振り下ろす職人のそれに似て、アヤカシの体を順調に掘削していった。
 やがて鏨がアヤカシを貫通しても、銃撃は一向に止まなかった。鏨の通った道をさらに押し広げようと、鉛たちが強引に入り込んで中から水晶を削り取っていく。
 ファルシータと神鳥が引き金を止めたのは、アヤカシの上半身が跡形もなくなったのを確認してからだった。
 もはや四肢で支えて立つことも叶わず、アヤカシはどうと地面に倒れこんだ。その際にがしゃりと甲高い音を立てて、残った下半身の辺りが勝手に砕け散ってしまった。
 闇の中に広がった欠片たちが、まるで夜天を敷いたように瞬いていた。