寒い蛙
マスター名:碇星
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/25 22:25



■オープニング本文

●大蛙
 気持ちのよい秋晴れの空の下、子供たちは風と一緒になって林の中を走りまわっていた。
 どうやら追いかけっこに興じているらしく、みんな思い思いの方向へと散り散りになって逃げてゆく。鬼の子はその中からこれぞという獲物を定め、声を上げながら追い回す。
 もう何度か鬼が入れ替わると、辺りはすっかり暗くなっていた。日没にはまだ時間はあるが、林の中では日差しもあまり入ってこれず、外よりも暗く見えてしまう。
 まだ遊ぼうか悩んでいた子供たちの元に、一陣の風が吹き寄せる。それは薄着の彼らにとって、家路へ急ぐのを決心させるのに十分な寒さを持っていた。
 口々に寒い寒いと言いながら、遊んでいたときよりも元気な様子で林を駆け抜ける。
 村へ通じる道が、何か巨大な影に遮られていた。夕日が逆光になっていて、子供たちは近くまで寄らなければそれが何なのか分からなかった。
 それは、大きな蛙だった。子供たちが遙か頭上に仰がねば、その全容を視界に収められない。大蛙は岩のように巌として、まるで寒さに凍って堅くなってしまったのではないかと思わせる。
 しばらくすると、大蛙は目をしばたかせて、ぎょろりと辺りを見渡した。どうやらまだ生きているようだ。
 まるで親が寝物語で語ったおとぎ話のように、蛙はのっそりと子供たちの前に立ちはだかる。
 気圧されるもの、興味に目を輝かせるものと、子供たちの反応は様々だったが、皆この場から離れようとはしなかった。その珍妙なものに、少なからず好奇心をくすぐられたのだろう。
 蛙は首を巡らせて身を揺すると、牛のように低い声で鳴いた。そして大きく開いた口から、べろりと長い舌を吐き出した。
 伸びる舌は目にも止まらぬ早さで木をくるむと、根っこから引き抜いてしまった。ばきばきと木が断末魔に似た破砕の音を立てる。
 同じ早さで舌が口の中に戻ると、引き抜かれた木が蛙 の口へ吸い込まれる。しばらくそれを咀嚼していたが、何か気に入らなかったようで、げえっと粗方吐き出してしまった。
 残った木の欠片を、口の中に突っ込んだ手で掻いて落とす。それを終えてようやく、大蛙の目が子供たちを捉えた。大蛙はもう一度、その口を開いて低く吼え上げた。
 子供たちには、今自分たちがどう見られているのかがよく分かった。いちいち根拠など必要ない。無垢であるが故の鋭すぎる直感が、ここを離れろとしきりに訴える。
 大蛙の威容には、もうおとぎ話に出てくる雰囲気はない。それは人を食らう化け物、アヤカシの姿だった。
 大声を上げて、子供たちは散り散りになって大蛙から少しでも遠ざかる。それを大蛙が低い嘶きを上げて追い回す。
 そこへ寒からしめる風が吹き寄せる。子供たちは身を凍らせる暇もなく、必死の体で村の方へと駆けてゆく。
 しかし、大蛙はどうしたことか。子供たちを追い回すのをやめて、じっとその場に身を固め、また塑像のように動きを止めた。
 なにが起きたのか分からないが、今は逃げるべきだと思った子供たちは、一目散に林を抜け出した。
 それから遅れて、牛の声を幾つも重ねたような蛮声が、林を揺るがして轟いた。


●村へ
「大きな蛙のアヤカシが出たそうです。いやいや、蛙としては大きい方、ではないんです。身の丈は人を大きく越えて木々に迫らんばかり。幅もそれに合わせてでっぷりと太り、まさに大蛙という風体だそうです」
 食い手がありそうですね。と冗談混じりに受付の青年が付け加えた。
 彼が言うには、ある村の近くにある林に、蛙のようなアヤカシが出たらしい。子供らが帰り道で遭遇し、命辛々逃げてきたそうだ。
 幸い子供らに怪我はなかったが、村の近くにそのような恐ろしいアヤカシがいるのでは、おちおち眠ることもできない。ましてその林には、樵として働きにいく者もいる。
「まだ具体的な被害者は出ておりません。しかし時間の問題でしょう。早めに手を打つに越したことはありません」
 懸命な村人たちはそう判断し、アヤカシを早々に退治してくれるよう、開拓者ギルドに依頼を提出した。
「そろそろ寒くなるこの時期に出てくるとは、冬眠の準備でもしているのでしょうかねえ」
 依頼を出した村の辺りも、すでに冷え込みが始まっているらしい。アヤカシ相手に尋常な蛙の生態を求めるのもどうかと思うが、一応は考慮に入れて置くようにと、受付の青年は開拓者に助言した。


■参加者一覧
篠田 紅雪(ia0704
21歳・女・サ
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
ヨーコ・オールビー(ib0095
19歳・女・吟
朱華(ib1944
19歳・男・志
神鳥 隼人(ib3024
34歳・男・砲
マーリカ・メリ(ib3099
23歳・女・魔
ベルナデット東條(ib5223
16歳・女・志


■リプレイ本文

●案山子作り
 硬く凍えた風が吹きすさび、乾いた木の葉が無残に枝から切り離されて落ちる。
「すっかり色付いてきたものだ」
 篠田 紅雪(ia0704)は特に赤く染まった一枚を拾い上げ、満足そうに見つめている。
「そのかわり、寒くもなりましたね」
 しきりに手を擦りながら、茜ヶ原 ほとり(ia9204)も紅葉を眺めている。熊の毛皮であしらったきぐるみは大変に暖かいのだが、弓を使うとなればやはり、手の悴みには神経を尖らせてしまう。
「ちょっと皆、黙って見てへんでコレ作んの手伝ってや!」
 荒縄や藁で何かを拵えてるのは、ヨーコ・オールビー(ib0095)。
 彼女が作っているのは、案山子であった。
「これも入れましょう。あとこれも」
 ヨーコが作った案山子に、千代田清顕(ia9802)はさらにナイフなども捻じ込んでいく。これを件のアヤカシに喰わせ、釣り上げてしまおうと言う算段である。
「蛙ってことは……冬眠前の腹ごしらえってことかな」
 朱華(ib1944)は一人呟き、思案げな顔で案山子の出来を確認する。
 村では話を聞いたところ、アヤカシは蛙の姿を取っており、人の上背を遥かに超える巨躯なのだと言う。
「ハッハッハ。いやあ大きい蛙とは、ビックリしただろうね」
 神鳥 隼人(ib3024)は豪気に笑い、さも大きな蛙とやら楽しみだと言わんばかりである。
「大蛙は冬眠じゃなくて、すっきり退治しちゃいましょう」
 マーリカ・メリ(ib3099)は案山子作りを手伝いながら、すっかり息巻いている。ただでさえナイフを仕込まれた案山子に、さらに撒菱を加え、より剣呑な仕様となった。
「村人も、あんなのがいればおちおち眠れぬだろう。アヤカシは……滅す……」
 ベルナデット東條(ib5223)はマーリカとは少々ベクトルは違えども、アヤカシを倒す覚悟を決めていた。


●蛙、大いに暴れる
 開拓者たちは息を潜め、林の中、一点を見つめていた。
 傍目には岩塊にしか見えないのだが、それの放つ瘴気は、明らかにアヤカシのそれである。
 早速お目にかかれたアヤカシを逃がすまいと、すぐに行動に移る。
「ほな、早速取り掛かるで」
 ヨーコは完成した案山子を肩に担ぎ上げ、ちょうど蛙の目の前に来るように案山子を下ろした。
 自分や他の開拓者は、既に草むらの中に身を隠し、準備を万端整えている。
「こっちのカカシはうーまいで〜……」
 興味をそそるように少し揺らし、まるで幽霊のように案山子が大蛙の顔の前を行ったり来たりする。
 漸う大蛙の目が、ぱちりと開いた。それを見ていたヨーコの手が、俄かに強張る。
 ここが正念場だ。この釣りの成功如何が、退治の成功を占うことになる。
 まるであくびでもするように、ゆったりと口を開くと、それに似合わぬ素早さでピンク色の帯が何重にも巻き付いていた。
 大蛙は身を捩って案山子を引き回し、その巨体が雑木林を踏み鳴らす。
「なな!? か、掛かったで! 皆の衆、出番や!」
 腰を落として竿を保持しながら、ヨーコが叫び上げる。しかしそんなことをせずとも、既に他の連中は大蛙の許へと殺到していた。
「せいッ」
 いち早く飛び出していた篠田が、飛び上がり様に刀を抜き放つ。涼やかな鞘鳴りと共に、照り返された月光が白魚のように跳ね飛ぶ。
 しかし篠田の刀が奏でたのは風を切る音のみで、その切先には何の手応えも無い。
「さすがに……でかいだけはある、か」
 素早く納刀しながら、篠田は苦々しく呟く。鈍重な大蛙にあって例外的な俊敏さを有する舌は、出来得ることならば最初の一合にて切り落としておきたかったが、激しくのたうちまわる細い舌を空中で捉えるのは至難を極める。
 しかし、備えは篠田の刀一本ではない。
 既に篠田の後ろで、朱華の体が大蛙の舌目掛けて飛び上がっていた。構えられた二本の刀が赤い燐光を放ち、揺るやかに靡いて軌線を残す。
 赤く燃える一刀が、振り下ろされる。しかし激しく撓む舌は、それすらも空かしてしまう。
「まだだ!」
 朱華は気を吐き様、もう一本の刀を真下から降り抜いた。真っ赤な光が舌を通り過ぎ、後れて刀の燐光とは違う赤いものが尾を引いた。
「グヒャアアア!」
 蛙に似つかぬ激しい叫喚の声を上げ、さらに身を震わせてのたうちまわる。その口から伸びる舌は、中ほどから先が欠損していた。
 前宙して体を入れ替え、朱華が地面に降り立つ。血振るいを済ませて刀を納める。
 立て続けに矢が大蛙の足に突き刺さり、あるいは弾丸が肉を抉る。草むらに控えていた茜ヶ原と神鳥が大蛙の肢体を狙い撃ちにした。
 まるで機械のように正確に、二人は大蛙の急所という急所を打ち貫いていく。
「さあて、当たっておくれよ」
 軽い口調で願を掛けながら、しかし銃身はぴたりと不動で、標的に向けられている。
 引き金を絞ると同時に、心地よい反動が来る。この感触、この感覚、既に慣れ親しんだ、命中の予感。
 神鳥の狙いは過たず、大蛙の飛び出した眼球のうち、一つを打ち抜いた。
 さすがにその急所は応えたのだろう。大蛙はさらに身を悶えさせる。
 会心の手応えに神鳥が打ち震えるなか、もう一方の眼球に、今度は矢が突き立った。
 茜ヶ原を見ると、自分と同じく会心の手応えだったらしく、引き手をぐっと握り締めていた。
 こちらも負けじと、神鳥は再び照星に大蛙の姿を捉え直した。
「てやッ」
 両の眼から血を吹く大蛙に、千代田が木を蹴ってその頭部に近づく。そして降りざま、逆手に握り直した忍刀を大蛙の脳天に突き立てた。
 ずぶずぶと刀身が沈み込み、隙間から血が飛沫を放つ。大蛙は一際大きく体を振るい、たまらず千代田は忍刀を引き抜いてそこから離れた。
 しかし嫌がるということは、そこがやはり利いているという証左だろう。
「寒いの嫌でしょ。これで凍えちゃいなさーい」
 マーリカが杖を振り上げると、大蛙の周囲から俄かに真っ白な霧が立ち込める。
「フリーズ!」
 そして間を置かず。大蛙の体表は全て霜に覆われた。
 牛のように吼えながら、大蛙は見る間にその挙動を鈍らせてゆく。さながら本当の蛙と同じく寒さに弱いようで、ただでさえ重苦しかった動きが、もはや止まっているのと変わらなくなっている。
 こうなれば、ただ大きいだけの的である。
「黄泉への六文銭だ。受け取れ……」
 後方から回り込んだベルナデットが接近する。もはや舌による攻撃も、踏みつけも気にする必要が無い。万感この一刀に賭けて臨むのみである。
 充溢する気が鞘から漏れ出し、今にも刀と共に迸ってしまいそうだ。
「オオオッ」
 気合一閃。ベルナデットが大蛙の首を落とすべく、火炎と共に刀を抜き放った。横薙ぎの形で放たれた斬撃が、大蛙の首の辺りをごっそりと焼きながら削ぎ落とした。
「ブモオオオッ」
 顔まで焼け爛れながら、しかし大蛙は吼え上げて、頭頂に降り立ったベルナデットを振るい落とすべく体を振るう。
 やはり巨体を誇るだけあって、耐久力は並では無いらしい。口惜しそうに顔を歪めながら、ベルナデットは再び居合を敢行すべく刀を納めた。
「後詰だ、東条殿!」
 名を呼ばれ、ベルナデットが一瞬その声のした方向を見た。そこには、自分と同じく刀を鞘に収めた篠田がいた。
 その眼光は鋭く大蛙を見据え、体には十全な気の高まりが窺える。既に前々から、それを放つべく気を凝らし、機を窺っていたのだろう。
 これから一撃を放とうとするベルナデットよりも、こちらのほうが整っている。
 瞬時にそれだけのことを見て取ったベルナデットは、大蛙の振るい落とす動作に逆らわず、そのまま地面へと降りていった。
 そのときには、篠田の刀が甲高い鞘鳴りを打ち響かせていた。
 その高音を受けて、暴れていた大蛙はその動きを完全に停止させた。そのまま様子を窺っていた皆は、ほどなくそれぞれの得物を仕舞いこむに至る。
 大蛙の顔が、ずるりと下にずれ、そのまま地面に落ちていた。
 迅速にして不可視の真空刃が、ベルナデットの抉った傷口から侵入し、大蛙の顔面をそのまま両断する結果となった。
 程なく大蛙の体は、その全てを瘴気へと変換し、寒々とした木枯らしの一陣に攫われ、塵の一つも残さずに林の中から姿を消した。