おいしいものを探しに
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/26 19:21



■オープニング本文

 さくさく、畦道を踏んでゆく。
 進むごとにいなごやかえる、とんぼが畦から飛び出して、ばたばた、かさかさとひっきりなしに音が立つ。ひとりきりで歩いているのに、ずいぶんとにぎやかな道のりであった。それがやけに楽しくて、さくさく、足早に歩を進める。応えるようにかえるが飛び出し、いなごが跳ね、とんぼが飛んだ。
「佐羽ちゃーん」
 友達の呼び声に手を振り返す。佐羽の背で、負った枝豆の茎がわさわさと揺れた。
 流和は向こうの畦から田に降り、刈り株だけの田をつっきってやってくる。刈り株に足を取られて二度ほど転んでいたが、いつものことだ。多少の擦り傷だけで、元気にこちらの畦へ登ってくる。
「枝豆もいでたの?」
「うん、畑に捨てに行くの。流和ちゃんは?」
「芋掘り。でももう遊んでいいって。半分持つよ、これでおしまい?」
「うん、ありがとう」
 背負った枝豆の枝を分けて渡す。流和は渡された拍子にべろんと垂れ下がった蜘蛛を払い、同じように背負った。枝と葉だけで豆のすっかり取られたそれは、流和の背でもわさわさと揺れる。
 今日はなにをしようか、と話を弾ませ、畦を進む。もう二つ田を越えなければ、畑へは着かない。
「あけびがもう割れるよね」
 佐羽はつるになる、甘いあけびに思いを馳せた。流和が笑う。
「佐羽ちゃんは食べることばっかり」
「流和ちゃんも好きじゃない、あけび」
「好きだけど、種がなぁ。あんなにいっぱいじゃあ、ばくばく食べられないもん」
「呆れたー。食い意地張ってるっていうんだよ、そーいうの」
 ふたつの足音。ばたばた、かさかさ飛び出す虫たちも変わらずにぎやかす。
「川端のあけびは高いところにあるよねぇ」
「いいよ、佐羽ちゃんは下で待ってれば。あたしが取ってきてあげる」
「いっつもごめんね」
「得意だもん、気にしないで」
 流和はいつでも、柿やら栗やら取ってくれる。佐羽は下で籠を持つだけだ。
(あたしも流和ちゃんになにかとってあげたいなぁ)
 けれども、流和の取れないものが佐羽に取れるはずもない。
 ぼんやり先を見ていると、ふと田の中に動くものを見た。
「流和ちゃん、あれ、猪かなぁ」
 牡丹鍋、と咄嗟に考えたのは、さすが親友同士ということか。どちらも思考回路は似ていた。
「‥‥あれ?」
 流和はけれど、それを見て違和感を覚えた。
 なにか様子がおかしい。猪ならば田より畑に出るだろう、芋やらなにやらを荒らしに。けれどあれはなぜ田にいるのだろうか。猪はこちらに気付く素振りもなく、畦のもろいところを鼻でがつがつと掘り返し、そして。
「あっ‥‥」
 もぐらだろう、小さなそれを掘り出すと、食べた。
「‥‥」
 互いに顔を見合わせる。流和の顔は青かった。佐羽の顔も変わるまい。
「‥‥逃げよう。そっとだよ」
 流和の言葉に頷く。そろり、そろりと畦の高いところの影に隠れて逃げ出した。そして、村長の家の戸を叩く。
「おじいちゃん! アヤカシ出た!」
「猪出た!」
 こうして、開拓者ギルドまで依頼が届けられるのであった。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
アッシュ・クライン(ib0456
26歳・男・騎
マーリカ・メリ(ib3099
23歳・女・魔
針野(ib3728
21歳・女・弓
浄巌(ib4173
29歳・男・吟
悠月 澪玲(ib4245
19歳・女・弓
凶 猛(ib4381
25歳・男・騎
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎


■リプレイ本文

「開拓者の人みーつけ!」
「来てくれたんだね! いらっしゃい!」
 村で待ち受けていたのは、背中の籠に芋をしょった少女たち。にぎやかな二人に、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は目元を和ませる。
「わたくしたちがきっとアヤカシを退治しますわね」
 上品且つ丁寧な物言い。
『おじょうさまってカンジだ‥‥!』
 田舎者の二人は、そろって内心驚いた。佐羽が答える。
「う、うん。よろしくね! アヤカシ、あっちの田んぼだよ。誰も近寄んないから、すぐわかると思う」
「焙烙玉の使用許可を頂きたいのですが‥‥村長様はどちらに?」
「焙烙玉?」
 マルカは簡単に説明した。するとあっさり、
「使っていいよ。どうせ田植え前にほっくり返すし、ちょっとやそっとの穴なら別に。あ、でっかい破片が残ったら、それだけ回収しといてね」
 悩むそぶりも見せず、きわめてイージーに流和が許可した。

 だだっ広い田んぼ。むやみやたらと広いので、空がずいぶん広く見える。
「よっし、いざ、イノシシ狩りなんよ!」
 ざくっ、と弓の先端を地面に突き立て、針野(ib3728)は気合満々に宣言した。鷲の目を使うまでもなく、遠方の畦のあたりにもぞもぞと動く影。念のため鷲の目を使えば、はっきりと猪の姿が視認できた。
「あー‥‥、ちょっと遠いさ?」
 針野がここから弓を引いても、届かないのが明白な距離だった。
「うーわー。遠慮したかったのにー」
 マーリカ・メリ(ib3099)が、どこかのどかにつぶやいた。ここで猪と追いかけっこ。追い立てに行く面々は、どうやっても田に入らざるをえなさそうだ。
「何はともあれアヤカシ退治。
 いざやいざいざ、追い立てようぞ」
 ためらいなく足を踏み入れる浄巌(ib4173)に続き、マーリカ、針野、そして悠月 澪玲(ib4245)が踏み込む。
 もっとも飛距離を稼げる針野と、針野の次に射程圏内の広い澪玲が左右に分かれる。針野が一矢を放った直後、即射で矢を番えるタイムラグを埋め、放った。距離があるせいか、ダメージはあまり見込めない。
(目に命中して暴走したら怖いから‥‥狙うのは脚や体)
 もう一撃――放つ。マーリカが射程圏内に入った。
「マーリカ、に‥‥当たらないように‥‥しないと、いけないね‥‥」
 まじめに澪玲が矢を番えるかたわら、当のマーリカといえば、
「牡丹鍋にはできないのよね。残念」
 ぼやきつつホーリーアローを放っていた。発想が流和たちと同じである。
「読書に運動芸術と秋のものは多々あれど、老若男女と楽しめるは、やはり食というものよな」
 マーリカのぼやきを拾った、浄巌が頷く。符を取り出して生んだ眼突鴉。それを猪めがけて放つ。
 猪が浄巌を見る。マーリカよりも射程の短い浄巌が、一番、猪に近かった。
「! 浄巌さん!」
 猛然と猪が突撃する。槌で受けた――が、力負けして吹っ飛ばされた。
 あわててアムルリープをかけるも、猪は眠ってはくれなかった。次はマーリカめがけて突進する。
「やーめーて!」
 近距離ではあったが、なんとか身をひねりかわす。片手がわずかに逃げ損ね、かすり傷を負った。
「嫌だったのにーい!」
 畦を戻る。振り向けば、浄巌も針野に促されて距離をとっていた。

 追い込みをかける四人とはまた別に、地面のしっかりした道端で待つ四人。紆余曲折しつつも猪はこちらへやってきて、彼らを見つけるなり突撃してくる。
 加護結界を。そう思って練力を使おうとし――、礼野 真夢紀(ia1144)はあどけないかんばせを凍りつかせた。
 ないのだ。どこにも。技を使うだけの力が。
(そ、そういえば立て続けに依頼を)
 忙しすぎて、うっかりしてしまったのだろう。次から次へと敵の出てくるご時世だ。
「すみません、援護が‥‥できないです」
「そうか。なら、戦闘圏内に入らずにいてくれ」
 アッシュ・クライン(ib0456)は、冷静に指示を飛ばした。
「アヤカシが居座っているなら倒すまでだ」
 それだけができるなら構わない、と言わんばかりに猪を見据える。まだすこし、距離があった。
 マルカは手にした焙烙玉を、めいいっぱい投げつける。若干軌道がそれて直撃とはいかなかった、が、爆発と同時に破片が飛び散り猪の皮膚を刺した。それでもとまらない猪を、真正面からアッシュが迎え撃つ。
 黒々としたオーラをまとい、さらに剣をしっかり握り締め。ざり、と地面を踏みしめた。
 ガッ――!
 重い響き。防御にまわした剣を押し払い、猪の頭がまともにアッシュの腹に入る。踵が地面にめりこみ、ざ、とわずかに後退した。
「っ‥‥」
 組み合ったまま剣を戻し、脳天めがけて振り下ろした。
 しぶとくまだ消えない猪。横合いから、オーラをまとったマルカがスラッシュを叩き込む。きわめつけに、凶 猛(ib4381)がスタッキングをかけて踏み込み、大きくその胴を薙いだ。剣の柄から掌に、重い感触が伝わる。
 どうっ、とその体が打ち倒れ――そして、大気にとけて消えた。
「依頼達成っと。ざっとこんなものかね」
 手ごたえの消えた剣を引き戻し、鞘へおさめた。

「おまちどーさまー!」
「も、持ってきたよー」
 川端へ、元気な流和と、息せき切らした佐羽が駆けてくる。抱えた籠がいかにも大きくて大変そうだった。
「‥‥持とう」
「あ、ありがとう」
 ひょいと二人の抱えていた荷物を取り上げ、アッシュが抱えた。籠の中でがちゃがちゃと鳴るところからして、食器類だろう。
「結構あるみたいだが、どれだけあるかな?」
 率先していがぐりへ足を向けたのは猛であった。片側のいがをしっかりと踏みつけ、もう片側を崩すように踏む。中から取り出した栗は、ふっくらと丸みを帯び、見るからによさそうな栗だった。赤みがかった皮はつやつやと輝いている。栗だけは探さなくても、集めるのは楽そうだ。
「流和ちゃん佐羽ちゃん、ご飯に混ぜるとおいしいきのこってあるさー?」
「あるよー、こっち!」
「来て来て、針野さん。穴場あるよー!」
 ぐいぐいと両手を引っ張られる針野。秘密基地を案内するくらい誇らしげである。
「このへん?」
「そう! 初茸! おいしいんだよ、たーっくさんご飯に入れるの。でも毒キノコそっくりだから、ちゃーんと見なきゃ」
 これはだめー、と、いくつか弾いて佐羽が投げ捨てる。穴場というだけあって、短時間でそれなりの量が確保できた。戻ってみると、火になべをかける真夢紀に、なぜか鍋蓋だけを取り出すマーリカ。
「鍋のふた♪」
 流和と佐羽は顔を見合わせ、次に針野を見上げる。心の底からの疑問が芽生えた。
「‥‥開拓者って鍋蓋だけ持ち歩くの?」
「うえ!? そんなことないさー。えーと、マーリカさん、なんだって鍋のふた?」
「いらない? まな板代わりにでも?」
 えへへ、と笑うマーリカ。そんなら、と針野は鍋蓋を受け取った。きのこの石突を落とすのにちょうどいいだろう。料理にかかった針野は手際よく野外炊飯にとりかかる。
「あけびという果実は食したことがありませんので楽しみですわ」
 料理はさっぱりなので食材確保は、というマルカの笑顔。がーん、と流和と佐羽が目を見開いた。
「た、食べたことないのあけび!?」
「え? ええ」
「実も皮もおいしいんだよ、うわぁ、流和ちゃん、どうしよう!」
「マルカさんにあけび食べさせなきゃ!」
 今度はマルカがぐいぐい引っ張っていかれた。なら一緒に、と真夢紀も火を針野に任せて席を立つ。歩く中で簡単に梨も探してみたマルカだったが、ざっと見てもそれらしき木は見当たらなかった。
 あけびはつるであるからして、よその木々にからみついて生える。実は、卵を縦に二倍くらいに引き伸ばしたような形状。ややカーブしたその実がぱっくりと割れていれば、食べごろである。
「だからね、割れたのをとるの。わわ、真夢紀ちゃん大丈夫?」
 流和に続いて、するする木に登った真夢紀。登るのに難しいわけではないが、佐羽はすこしばかり驚いたようだ。
「地元じゃよく木登りしてとってたんですよ〜」
 慣れた手つきでもいでいく真夢紀。マルカは手の届くあたりからもぎとった。
「じゃあ次! 木苺とりに行こうよ!」
「え、ここって今の時期に木苺とれるんですか?」
 流和に続き、飛び降りた真夢紀。地元じゃ五月‥‥、間違いのない記憶だ。
「春にもなるよ?」
 きょとんと首をかしげる流和。さらに真夢紀がええ、とカルチャーショック。
「に、二回なるんですか?」
「え、ええー!? 真夢紀ちゃんとこならないの!? 春だけ? 春だけ!?」
 佐羽と流和にも驚きの事実である。実のところ、一期なりと二期なりの違いなのだが‥‥知らない少女たちの受けた衝撃は大きかった。
「し、知らなかった。春だけのあるんだ」
「びっくりです‥‥。秋にもなるんですね〜」
 驚きの余韻を引きずりつつ、木苺を摘んで集める。すぐに手が木苺の汁で赤く染まり、あたりに熟した甘い香りがただよった。
「手が真っ赤ですわ」
 マルカが細い指をひろげる。血と見まがうにはずいぶんと明るい赤色が、ぽたりと足下の草を塗らした。

 少女たちが果物狩りに明け暮れているころ、浄巌も別の方向で柿を取っていた。
 ただし――。
 ざしゅっ。
「色艶もよく不足ない」
 落ちてきたそれを受け止め、確認する。刃物で切ったかのような切り口を晒すヘタ。なにを隠そう、たかが柿をとるのに斬撃符――、流和たちが知ったら、それやっちゃっていいの、と驚きそうな手法である。届くところは手でもぎ取り、そうでなければ斬撃符。時々うっかり間違えて、枝ごと落ちてきたりもする。
 そんな浄巌の集めた柿をアッシュが運び、澪玲が剥くために受け取る。
「戦闘中に転ばなくて良か‥‥」
 油断がここで一気に顔を出した。川端ももちろん平らなわけがなく――。
 べし。
「痛たた‥‥」
 怪我をするほどではないが、したたかに額を打ち付ける。出発前に心配されていたらしいが、みごとに転ぶ結果となった。澪玲の下敷きを免れたが、弾みで柿が飛び散る。
「果物‥‥待って‥‥っ」
 また転んだ。柿に気をとられて、足元がおろそかだったのだろう。めげずに追いかけ、拾い集める。なんとか集めたそれに、慎重に包丁を立てた。おぼつかない手つきが危なっかしいが、使わなければ包丁の扱いなど慣れるものでもないだろう。
「み、澪玲さん大丈夫さー?」
 思わず針野は声をかけた。指まで切りそうで、見ているほうがはらはらする。
「だ、大丈夫‥‥不恰好になったら‥‥ゴメン、ね?」
 皮を薄くとか、細くとか、そんな余裕があるわけもなく。いびつな形をとる柿。数を重ねるごとに、いくらかマシになった‥‥気がしないでもない。柿は成熟具合から、そんなに多く取れたわけではないので‥‥数をこなす、と言えるほどはないのだが。
 そこへ、採取していためいめいが戻ってきた。
「なんかおいしいにおいするー」
「そろそろできる頃か?」
 猛が腕いっぱいに栗を抱えて戻ってきた。
「お鍋は今塞がってますから‥‥焼き栗にしましょう」
 同じく戻ってきた真夢紀が、猛からそれを受け取って切れ目を入れ、火に入れる。
「故郷で、ばあちゃんによく作ってもらったんよ」
 根っからのばあちゃんっ子らしい。幸せな記憶がにじみ出るかのようだ。初茸の香りが竹の香りと混ざり合い、食欲をそそる。
「わっ、いいにおい‥‥!」
 出された竹筒を割り、とろんと佐羽が顔をとろけさせた。
「ん〜、いい香り。しあわせ〜」
 一口食べて、マーリカの頬が緩んだ。もともとだいぶ緩やかな気性のようではあるが‥‥よりいっそう磨きがかかっていた。
 いっぽう猛は細かな配膳を手伝っていた。真夢紀が用意した椀に味噌汁をよそい、茶碗に湯で戻した干し飯と、梅干を添えていく。梅干の香りがまた、食欲をうながした。
「みんなで、のんびり、おいしいものを楽しく食べられるって、いいよね」
 しあわせ、と素直に表情で語り、マーリカはつぶやく。ただし、のんびりしていない人物も約一名いた。がつがつと胃に米をかき込む流和だ。ゆるゆると、澪玲が笑みを浮かべる。
「流和はすごい食欲‥‥佐羽も負けてられないね?」
「あっ‥‥、そうだ、流和ちゃんにぜんぶ食べられちゃう!」
(どの食べ物も美味しいのは‥‥皆で食べてるから。
 私も兄様の為に‥‥お料理上手になりたいな)
 大事なひとを思い浮かべて、澪玲は剥いた柿を見た。すぐに、とはいかないかもしれないが‥‥。
 なごやかな一団のそばで、クールといおうか、ストイックといおうか‥‥、アッシュはつまむ程度に箸を動かす。
「いやはや美味よの秋の幸」
 独特の韻を踏む言い回しで評価して、すこし冷ました栗を剥く浄巌。甘くてホクホク、申し分ない。深編笠の下から簡単に食べられる、一番手軽な食べ物だった。構造上、飲食にはすこし難儀しそうな笠であるが、慣れているのか、浄巌はまったく困ったそぶりがない。味噌汁は厳しいかもしれないが、残念ながら、つぶさに彼を観察した者はおらず――浄巌に渡された味噌汁がどうなったのか、たしかなところは定かでなかった。
「そうですわ、あけび」
 マルカが箸を置いてその実を取った。どうやって? と首をかしげる。食べるのにいっしょうけんめいな流和と佐羽。意気込んでいたわりに、まったくあてにならない。かわって真夢紀が手本を見せた。
「割れ目から、こう、ぱこっと」
 開くように割ると、中は白い。外側から想像していたような大きさよりもひとまわり、ふたまわりも小さい白いものが中にあった。
「‥‥い、芋虫ですの?」
「違いますよ〜。種です。種を包んでいるのがこの白いもので、ここを食べるんです」
 見てくれはあまり快くはないのだが、あっさりした甘さがある。おそるおそる口をつけると、ふわっとした頼りない食感。舌で押しつぶすと甘みが広がり、小さな種が舌の上を転がった。
 同じく茶碗を置いた猛は、だいぶでこぼこした柿を口へ運ぶ。まだすこし青さの残る甘い味がした。
「渋柿ではありませんでした〜?」
「甘いな」
 種を出しつつ答える。甘柿の木だったようだ。渋柿なら、よほどガッチリ熟さない限りは渋い。
「やー、空が高いさー」
 甘い甘い木苺を口に放り、秋空をあおぐ。ベリー独特の酸味が淡く広がり、甘さを引き立てた。
 のどかに時間は過ぎていった。

 帰路についたマルカは、不意にあることに気づいた。
 なにげなく持ち上げた手。常よりも赤く見えるのは、皮膚を木苺が染めたせいだろう。一度洗ったくらいでは、完全には落ちなかったのだ。そしてただよう、淡く甘い香り。
「これ‥‥木苺、ですわね」
「え? あ、本当です〜」
 真夢紀はあけびも持っていたため、そこまで強い香りではない。浄巌の指先にも、ごくうっすらと香りが残っていた。
 薄く薄く、木苺が香る。秋風が吹きぬけていった。