【AP】遠い鼓動
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/13 20:42



■オープニング本文

※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。


 とくん、とくん。
 音がする。
 とくん、とくん。
 あたたかい音。
 とくん、とくん。

 命の音。
 ……君の音。


 鼓動を感じていた。
 そのとき確かに、その音を耳で、肌で、感じ取っていた。
 その鼓動を。
 その命の証を、覚えているだろうか。

 まだ今も、覚えているだろうか。


 そこは薄暗い森だったように思う。ひどく深くて、どこからどう歩いたのかまるで思い出せない、夢か現かもわからないほど現実味を欠いた、どこだかわからない、どこか。
 目の前にあったのは大きく、重たげな石の扉。
 そばに佇んでいた女が振り向いた。近寄りたくないのなら、近づかないほうが身のためだわ、と心のこもらない忠告をくれた。
「その温かさを、生々しさを、懐かしさを、明確なしるしを、掘り起こされたくなければ」
 鼓動。
 誰かの、あなたの、愛した人の、憎んだ人の、よく知っている誰かの、誰だかわからない赤の他人の。

 鼓動。

 重たげな音を立てて扉はその口を開く。
 抗えないほど強い吸引力に、身体はくっきりと濃い闇の中へ吸い込まれた。

 鼓動が聞こえる。
 感じ取れる。
 どこかで、誰かの、命の音が刻まれている。

 それはあなたの、過去だ。


■参加者一覧
御凪 縁(ib7863
27歳・男・巫
霧咲 ネム(ib7870
18歳・女・弓
ゼス=R=御凪(ib8732
23歳・女・砲
二式丸(ib9801
16歳・男・武
黒葉(ic0141
18歳・女・ジ
リドワーン(ic0545
42歳・男・弓


■リプレイ本文

●二式丸(ib9801
 肩で息を、していた。

 握った小刀から返り血が滴る。ぽたぽたと地面に赤黒いしみを残している。腕に足に身体に巻いた包帯のあちこちから、血が滲んでいた。

 けれどそれは、彼の心に引っかかりもしなかった。

 いくつかの死骸が、力なく紅い傷口を晒して黄昏の曖昧な闇とも言えない闇の中に転がっていた。周囲にはまだ、無傷の山犬が目をぎらつかせている。

 肩で息をしていた。
 反射的に構え、敵を切り伏せた小刀を構えた腕が激しい疲れと絶え間ない痛みでかすかに震えていた。

 けれどそれも、彼の心に引っかかりはしなかった。

 低い獣の唸り声も聞こえない。ただ心臓から首を伝って、外気ではなく身体を、骨を、筋肉を通して直接鼓膜を震わせる、鼓動の音ばかりが耳につく。

 切っ先からは刀身に残った返り血が、ぽたり、と地面にしみを増やす。

 肩で息をしていた。
 心臓の音がうるさかった。
 心は、心という外側の器ばかりを残して中はがらんどうだった。

 切っ先から血が滴る。
 ぽたり、また増やす。

 彼らも血にまみれて、倒れていた。
 彼を引き取ってくれたあの一家。名前をくれた棟梁。折れた角のあとを覆ってくれた鉢金。

(なんで。俺。こんなに必死、なんだ、ろう)

 傷だらけの足を無理矢理動かして、墓参りして。
 ――ほんとうは、ほんとうなら、ほんとうのところ、墓参りがしたかったわけでは、ない。

(――会える、かな。…会いたい、な)

 太陽が最後の光を投げかけ終えて、もうその姿は見当たらないのに。
 ぼんやりと、ふわふわと、曖昧に世界は光と闇を混ぜている。

 あの獣のように薄闇の中へ横たわれば、会えるだろうか。
 ――ほんとうは、ほんとうなら、ほんとうのところ、
 会いたい、だけなのだ。

 墓ではなくて。つめたく物言わぬ石ではなくて。彼らに。

(会いた、い)

 意識せず、切っ先をおろそうとした。
 腕はもう、疲れきっていた。

「だーっ、待て待て待て、ちょっと待て!」
 崖を駆け下り錫杖を振り払い、一喝してその乱入者は群れを退けた。
「無益な殺生はちょいと……って、言ってる場合じゃないか、うん」
 背の高い、黒い髪の、武僧のようだった。まだ若い。一喝を無視して飛び掛ってきた数体を錫杖で薙ぎ払い、とりあえずの空間ができたことで振り返る。
 青い、目。
「おい、若いの! 生きてっか!?」
 ――生きて。
 生きて、いる。死のうとした。迷いもなく。
 愕然とする。心音がもっと近く、強く聞こえる。
 ――生きて、いた。
 今もまだ。


●ネム(ib7870
 繰り返す夢。
 記憶にない過去。
 それは遠い、炎の記憶。

(…あぁ、だからこれは、明晰夢だ。
 失った過去を取り戻す、たった一度の機会)

(彼の人を迎え入れる為の、準備なんだ――…)


「睡朱」
 名を呼ばれる。
「おいで、睡朱」
 限りない優しさと惜しみない愛情。赤い髪に赤い目の、修羅の一族。
 同じ色をまとった、齢三つばかりの女の子が振り向いた。ぱっと振り返りふにゃりと笑う。
「かかさま、ととさま」
 まだ重心も定まらない、身体を支える筋肉も未発達の拙い足取りでネムは――睡朱は駆け寄り、その腕の中に飛び込んだ。よく転ばないで歩けましたね、と明るく母が笑む。
(…これが〜、本当の家族の愛…なのかな〜?)
 その温もりに心地よく目を閉じてまどろんだのは、果たしてネムか、小さな『睡朱』か。
 知らない温もり。
 知らない名前。
 覚えのない愛情と、記憶を浚っても出てこない両親の顔。陽州の名家、紅蓮院のたった一人のお姫様。
 すべてがあって、何一つ足りないものがなく、満たされていた。
 そんな、ころのこと。

 ふるえる睫。
 瞳を開いて飛び込むのは赤い色。
 紅蓮。
 赤々と、ごうごうと。木の燃えるにおい、立ちのぼる煙、おどる火焔と飛び散る火の粉のきらめきと、肌を痛いほど炙る熱気。
 繰り返す夢の繰り返す光景。
「お逃げなさい、睡朱…っ!!!!」
 赤い中で、母の最期の悲鳴じみた声。
 赤いすべては炎に抱かれ飲み込まれ。
 たったひとりで駆け出した。
 燃え落ちた梁を乗り越え、息絶えたみなに目もくれず、暗くつめたい山までまっすぐ駆け抜ける。
 下草を蹴り、腐葉土のやわらかな土を踏み、張り出した木の根を飛び越え奥へ奥へとひたすらに。

 そこには誰もいなかった。
 そこには何もいなかった。
 ただそこには森の深きにふさわしい静寂ばかりがあり、しんと静かでしっとりと水っぽく、緑の濃いにおいばかりだった。
 炎の気配などかけらもなく。

 手は煤と泥で黒ずんでいた。
 何度か転んで、膝をすりむいていた。
 ここには誰も、いなかった。

 唇を開く。
 息を吸う。

 音もなく、声もなく。
 大気を震わせない悲鳴だけがただ、木霊した。

●黒葉(ic0141
 一人遊びが得意だった。
 好きだった、わけではなかったと思う。一人で遊ぶのは寂しかった。獣人のめずらしい土地で、大人はまだしも子供の間では仲間外れ。当時の引っ込み思案な性格も手伝って、孤立するのは常だった。
 そうして一人で居ると興味本位で構われ、いやな思いをすることもしばしばあった。そんな折、庇ってくれた少年がいた。
「…貴方までのけ者にされちゃうにゃ?」
 黒葉は忠告を込めてそう言ったけれど、彼は笑って黒葉の頭を軽く撫ぜる。
 自分に嘘をつきたくない、と返す彼。
 黒葉ははじめて、友達ができた。

 いつも一緒だった。
 気がつけば二人でいた。いろんな遊びをして、笑ったりはしゃいだりした。そうして遊ぶことが、共にあることが、楽しかった。楽しくて楽しくて、引っ込み思案でなにも言えないまま沈黙していたころでは考えられないくらい、笑うようになって。そんな黒葉に、きっとずっと心配していたのだろう、親も微笑んでいた。
 のちに振り返る事になる。交わした約束と共有した時間といくつもの黒葉を肯定する言葉が彼女を支え、生かすたびに。
 苦しいときも辛いときも、そしてふとしたなんでもない瞬間に振り返るたびごとに。
 初恋というものがあるのなら。
 きっと、このことだと。

 ある春の夕暮れに、それは訪れた。
 村を離れる、と、彼は言った。
 親の都合。ただそのことに驚き戸惑い、言葉も選べず表情も決められずにろくろく口もきかぬまま、数日を無為に過ごしていた。
 それでも、
(それでもこの侭別れるのは嫌だった)
 夢なのだと、わかっていた。これは夢。この夕暮れも頭を撫でてくれたあの手のぬくもりも、なにもかもが今は遠い。
 それに。
(私の親はもう――、それに今の私はこれ程幼くも有りません)

 桜の下で向かい合う。
「…大人に成ったら、この桜の木の前で、また会えるにゃ?」
 『何時』も『どうやって』もなく。頷いた彼の肯定だけを拠り所にした不確かな約束。
(それでもこの約束と、彼の言葉達が今の私を生かしています)
 でも。
 でも彼はどう思うだろうか。食べるために身を窶し、踊り子の渾名のまま生きて。
(貴方を見付けた時は本当に心臓が止まりそうでした)
 どう思うのだろうか。彼はあの約束を――今の自分を。答えが聞けない、怖くて問えない。
(それでも、何時の日か――)
 そんな夢を、見た。

●リドワーン(ic0545
 それはまだ、剣を握っていたときだった。

 彼女は肌の黒い、エルフだった。リドワーンの身体の下で、彼が盗賊だと知りながらおそれげなく濃い緑色をしたまなざしで見上げてきた。
 彼は盗賊だった。略奪し蹂躙し陵辱する。功名心に駆られて進んで難しい仕事を引き受け、上を目指す。手を伸ばせば掴み取れるだけの力があると信じ、大抵のものはその自負のとおり手に入り――攻撃的な高揚感に包まれていたころ。
 気まぐれで買った娼婦だった。気に入って囲った。
 深く濃い緑色のまなざしの、美貌の女。二十の半ばを過ぎてなお苛烈なリドワーンに、臆しもせず直裁にものを言う。そして、奇妙なほどに互いの孤独が共鳴した。

 鼓動が重なるように、
 唇を重ねるように、
 吐息が混ざり腕が絡んで情を交わして。
 まるで当たり前みたいに抵抗なくすっと、彼女は彼の孤独に入り込んだ。
 孤独が重なるように、
 唇を重ねるように、
(この女を守りたい)
 気づきもしなかった孤独に触れて、安らぎと心の支えは不思議な安堵となって。
(こいつ以外に何も要らない)
 他にはなにも、いらない。

「盗賊から足を洗う」
 その美貌に、なんとも言えない色が浮かんだ。彼女が、彼がなにか言葉を続ける前に、それより先に。
 女は腕を振るう。
 手にしたナイフの刃。顔に熱く流れる血潮。世界が赤く染まる。
 なにかを考えるより先に、なにかを判断するより前に。
 彼は女を切り捨てた。
 哀しいほど骨身に染み付いた、反射行動だった。

 肌が黒いせいであまり青ざめては見えないが、寝台を赤く赤くなお赤く染めるさまを見れば助からぬことは明白であった。なにより、確かな手ごたえを感じたからには。
 幾度も重ねた唇は、震えながら言葉を結ぶ。かすかな声が音になる。
 ――あの、ひとを。ころし、た盗賊、に。
 途切れ途切れに、目に、あのなんとも言えない色を浮かべたまま、
 ――復讐を――そ、のため、に、あなた、に、近づい、
 真実をひとつ告げて。
 彼の心に大きな波紋だけ残して。
 女はひとり、眠りについた。

 ぎらぎらした功名心のあとに、狂おしい想いの果てに、得たのは顔の傷痕と、
 はじめての、痛み。
 その傷の疼きを飲み込むこともできず紛らわすことも知らずただ、酒でやり過ごす。

 無駄なものはみな捨てて、愛という名の幻想がまるではじめからなかったかのように。
 からくり仕掛けのようにただ仕事を繰り返す、彼だけひとり残された。

●ゼス=M=ヘロージオ(ib8732
(黒だ)

(いや…銀だ)
 同じ瞳の色をした、違う髪の、ひと。

 それが愛だと、思おうとした。

 うっすらと意識が戻る感覚。ぼやけた視界に映るにじんだ景色。
(ここは何処だ)
「さっさと座り直せ、出来損ないの道具め!」
 反射的に動く。長い黒髪を掴まれ、そのまま床へ叩きつけられた。ぶちりと何本か髪が抜けて、口の中に鉄錆の味。
「お前が失敗をすれば私の首が跳ね飛ばされる」
(知っていた)

 それでも。

(完璧にこなせないのは私のせい)
 それを正してくれる。これは愛だ、愛情なんだ、だから、

 だから。

 嘆くのも、怯えるのも、心の奥で上げた声も、全部。
 箱の中にみな押し込めて。
(私が間違っているから、私がうまくできないから、私が完璧ではないから)
 それは愛なのだと思い込むために。

 はじまりは彼。
 同じ青いまなざしの、銀色の髪をした兄。

 頭に鈍い痛みがあって。
 腹に鋭い、痛み。
「痛い! やめて!」
 身を守ろうと振り上げた腕が兄に当たる。
「…道具が飼い主に怪我を負わせるのか?」
 調教不足。激しさを増す教育係のヒステリー。
(抵抗すれば殺される)
 ただ嵐が過ぎ去るのを待つ花のように、じっと、ただじっと、なにもかもが過ぎるのを待つしかないのだと、悟る。

 いくつもの痣と傷が肌に刻まれ消えゆく日々。
(出来損ない。
 出来損ない)

 ドレスを脱ぎ捨てれば、鏡に映るのはただ無残に傷つけられた身体だけ。
(嗚呼。
 こんなにも愛の証が)
 なのに。
(一番消えて欲しい証は、一生消えない)
 どんなにそれが愛だと称しても傷であることに変わりがないように。
 どんなに皮膚が新しくなろうとも、それは。

(私は誰だ)
 六、だ。

(私は誰だ)
 一族の道具だ。
 命も身体も人生も一族のもの。

(私は誰だ)
 私は、
 ――私だ。

 皮膚の焦げるにおい。
 脇腹に鋭い痛み。
 銀色の彼。
(試しているのか)
 違う。
(証を刻んでいる)

「お前と僕では差は明確なんだ。解れよ」

(痛い)
 痛い痛い痛い痛い。どうやってもどう耐えてもどう自分を誤魔化しても、
 痛い。
(許して)

●御凪 縁(ib7863
 北の果て、冥越の里のひとつ。
 神楽舞を奉じる巫女の長子として、縁は生まれた。

 差す手返す手、閃く白刃、剣を捧げる両の手。
 里を守るものとして――、
 静かな母の、教えの言葉。

 冥越の土地は厳しい。アヤカシが跋扈し瘴気渦巻く魔の森の際での生活。里の根底に流れる怯えと恐怖とある種の諦め。閉ざされた土地の閉じた環境。
 巫女たる母の後継として生まれ学び、巫女の何たるかを叩き込まれながらも、縁は母のようではなかった。
(母と同じ様に村の平和を願い、精霊へ舞を奉じ生きていく…?)
 そんな事で魔の森は里を避けて行くのだろうか。それが通用するのだろうか。本当に?
 今より幾分若く、ふたつの角が健在で、横髪を長くした青年は母とよく似た面差しで母の動きを見つめる。
 ひらり、翳す手。
 大気をなめらかに裂く神器の刃。
 無心に、誠実に、己の役割を果たす母の舞姿。
 彼女の手にする剣を誂えるため、炉に向かう父の背中。父によく似た弟が、それを習っている。
 ずっと、巫女として育てられてきた。
 弟と共に両親のあとを継げるように。共に遊び共に学びいつか共に継ぐのだと予定された未来。
 嫌いだったわけではない。
 それでも。
 そのすべてを置き去りに、ひとり里を飛び出した。

 慣れた足運びと確かな太刀筋。巫女装束が翻り、指先まで張り詰めた緊張感。
 里を守る者なのだから。
 静かな母の教えの言葉。
 里を守らぬ者が精霊に助けを乞う事は許されないだろう。
 あの里で舞ったのを最後に、以来縁が舞うことはない。今もずっと。
 里を守る者だからこそ。

 どうしているだろうか、彼らは。
 二度と会えなくとも、どこか遠くで健やかであればよい、と思ってはいる。
 今はもう安否も知れず、会いにゆくこともできない。
(俺は本当にここにきてよかったのか)
 心底の後悔、やはり有る。

 今も母は舞っているだろうか。父は炉に向かっているだろうか。弟は。
 みなそれぞれに、まだ生きて、いるだろうか。

●夢の終わり
「―――!!!」
 声にならない悲鳴と共に、跳ね起きたゼス。つられるように縁の意識も覚醒する。
 荒い息を繰り返し、焦点の定まらない視線を彷徨わせる彼女。広げていた手足を戻して、全身の筋肉を使って起き上がり細い肩を抱き寄せる。
 一筋、雫が自分の頬を伝う。
 しばらく二人でじっとそうしていた。強張っていた身体の力が抜けてゆき、小さく身じろぎしたゼスのために腕を緩める。
「もう大丈夫だ…ありがとう」
 そうして顔を上げた彼女は、暫し彼を見つめた。何か言いたげな顔。伸ばした指に、濡れた頬の感触。
 緩く首を振った。彼女のせいではない。
「昔は…惜念なんぞ毛程もなかったんだけどな」 
 浮かべた笑みは自嘲をかたどる。
「…そうか」
 彼女はただひとこと頷いて、言葉を飲み込んだ。