【武僧】万屋からの募集
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 15人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/15 10:24



■オープニング本文


 万屋黒藍は、商品の一覧を眺めていた。
 開拓者の使う武器や防具。身の回りのものや贈答用のもの。多岐に渡る商品一覧は膨大な数に及び、そして、それらすべてが常時店頭に並ぶわけでもない。強力なものは大抵入手しにくいし、販路の確定していないものなどは特に入荷が不安定になりやすい。いかな万屋とて常に万全の品揃え、とはいかないのが現状だ。
 それに、何より……。
「現場でほんとうは何を使いたいのか、それが一番大事ですよね……」
 開拓者たちの使う品は多種多様で、戦い方もそうだ。ゆえに全員に完全なる満足を、とはいえないが、需要があってはじめて供給が成立する。
 特に武僧などはだまだ取引先も販路も少なく、新たな商売の場があるだろう。
 最近はあまり出歩いていなかったし……。
 自分の目で見て、耳で聞いて。それらを自分なりに解釈して。需要とはそうして掴むものだ、と……亡き夫は言うだろう。
「まず、先触れのお手紙……ですね」
 ふふ、と微笑む。今からあれとそれとあのあたりを処理すれば、何日かあとには半日くらいの時間はとれるだろう。
 開拓者ギルドに行くのも久々だ。有益な時間となればいいと、思った。


 万屋黒藍が来る。
 数日後、菓子折りを持って。ギルドに。
「……な、なぜですか。なんでそんな。なんで今!?」
 いきなりそんな大物の襲来を告げられた受付嬢は、しどろもどろになって上司を問い詰めた。
「落ち着け、別にはじめてってわけじゃないだろ」
「あのころ私は新人で、裏にいたんですよ。はじめてですよ、私には!」
「あー、そうだったっけか? 何も別に商談に来るわけじゃない。身構えるな。ただ依頼があるだけだ」
「よ、万屋黒藍様の依頼」
「だから……ああ、もういいや。緊張していろ、お前。どのみち受付には大した用はないってさ。
 万屋は手広くやってるだろ? だから現場の意見も聞いてみたいんだとよ。で、当日不在の開拓者もいるだろ。そういう奴にはこれ書いてもらっておいてくれ。受付はそれだけやってりゃいい」
「は、はい……」
 受け取ったのは紙の束だった。
 同じ内容が刷ってある。それは、今一番必要としている道具についての調査用紙だった。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / 明王院 未楡(ib0349) / ティア・ユスティース(ib0353) / フィン・ファルスト(ib0979) / アナス・ディアズイ(ib5668) / 巌 技藝(ib8056) / 弥十花緑(ib9750) / 芽(ib9757) / 紫乃宮・夕璃(ib9765


■リプレイ本文


 さらさら、筆を走らせながら礼野 真夢紀(ia1144)はいくつかの事柄を書き込んだ。
(ええと…精霊の唄が使える精霊武器が簡単に手に入りますように。これは外せません)
 あとは、余った…余らせた余白にかなうかぎりいろいろと書き込んだ。節分豆やオリーブオイルの再販をしてほしいし、装備するとスキルをもうひとつ余分に身体に馴染ませられるようなアイテムがほしい。
(あったら、本当に助かるんですけど…)
 真夢紀は多彩な精霊術を使えるが、身体とスキルを調整し、使えるように「馴染ませる」ことができるのは三つまでだ。調整には数時間を要するし、志体の身でも一度に扱えるのは三つが限界である。
 道具でその四つ目ができたら、どんなに助かるだろう。味方の生命線を握る回復手として、術の選択は苦悩する。自分しか回復手がいないと本気で。
 やわらかな眉間に皺を寄せて、できるだけ小さな字でどうにか思いの丈を書き綴った。それを乾かすついでに何度も読み返す。誤字脱字なし。意味はじゅうぶん伝わるはず。うん、問題ない。
「じゃあ、まゆは行ってきますので。よろしくお願いします」
「はい。お預かりしますね。お気をつけて」
 オリーブオイルにお玉に七輪に包丁に、お酒にお茶にと小さな体でいつもどおりいろいろ抱え、真夢紀はギルドをあとにした。

 ついつい忘れがちな支給品を受け取る前に、と立ち寄ったところ、アンケートが置いてあった。
 そのアンケート項目をながめ、和奏(ia8807)は表情に出さないままぼんやりと納得する。
(…最近、受け取るのをつい忘れてしまうのは是非欲しいと思うアイテムが見当たらなかったからだったのですね…)
 基本的に、あれば楽だな、といった程度のものに傾けるような情熱を和奏は持ち合わせてはいない。市を見回っても冷やかしで終わることもしばしばである。そもそも彼は全体的にまんべんなく、欲という欲が希薄なたちだった。ないとは言わない。何一つ興味がないわけでもない。しかし薄いのである。必要なものを必要な分だけそろえてしまえば、あとはまあいいや、となる部類、とでもいおうか。そして今、そこまで必要にかられているものもない。
(欲しいものですか…)
 最近あったらいいなと思ったのは、防寒具一式だろうか。――外套だの手袋だの、あれこれ着ないと土地によっては凍える。普通に万屋に置いてあったりもするのだが。
(いちいち探し出してひとつひとつ装備変更するのがアレだな…、と思ったくらいかな…)
 和奏は毛皮のミトンから利き手だけ出して、筆をとった。

 青い帽子の下で、少女はじっと用紙を見つめていた。胸元に輝く、勾玉の形をした琥珀色の宝珠を指で辿る。
 こんなふうに、…。
 芽(ib9757)は筆を手に取った。


 白い衣が、あかるい部屋の中で柔らかく輪郭を滲ませていた。結い上げた漆黒の髪が一筋の乱れもなくその上にくっきりと流れている。
 からす(ia6525)は準備を整え、きちんと茶器が揃っているのを確認していた。手馴れている上に時間も余裕を持って準備しただけあり、抜かりはない。ふんわりと柔らかな黄色の茶器に、万屋湯呑が混ざる。愛嬌だ。
 微かな物音のほかは何もない、静謐の空間。

 しばしののちに、村雨 紫狼(ia9073)が牛姿で、鍋蓋絵馬を飾りにばーんと現れた。鍋蓋しつけぇ! と思いながらもそれはそれ、これはこれ。鍋蓋とは仲良くしとこうぜ。…燃料にもなるし。ほら。
「万屋のオーナー自ら現場に来る姿勢、イエスだね!
 みんなも茶菓子そろえて黒藍たんをお迎えすんぞー!」
 てきとうに早出してきた開拓者に声をかけながら、頭の中で構想を練る。強力な武装は黒藍もできるだけ提供しようと探しているはずだし、現に今までもけっこう出ていた。それなら日用品か、とあたりをつけた。

 昼時が過ぎるころ、ぱらぱらと開拓者が集まり始めた。しゃんしゃんと華やかな鈴の音を響かせて、ティア・ユスティース(ib0353)は毛皮の外套を脱ぐ。揺らめく青のコルセールコートが目に鮮やかだ。一方明王院 未楡(ib0349)は割烹着姿で、昼食の支度後か、あるいは夕食の買出しついでとでもいえそうな雰囲気である。
「黒藍さんはまだだろう? 間に合ったな」
「寒かった〜。あ、よろしくお願いします」
 留具に宝珠をあしらった青い外套を羅喉丸(ia0347)が、重厚なコートをフィン・ファルスト(ib0979)が差し出す。目の前でそんな光景があったものだから、つい紫乃宮・夕璃(ib9765)は受付嬢に目を向ける。向こうで見習いが預かったコートをかけていた。その中に羽織は一着もない。
「羽織はお召しになったままどうぞ」
「ありがとうございます」
 そう改まった場でもないせいだろうか。ともあれ。
(欲しいもののアンケートですか!
 どうしようありすぎて困ります…)
 楽しい悩みの中へ戻りながら、夕璃は奥へと入る。
 そのあとから、鷲頭を模したヘルムの小柄な人影がマントを翻して入ってきた。両手でヘルムを持ち上げ、流れるように小脇に抱える。さらりと金髪が煌いた。アナス・ディアズイ(ib5668)である。
「そちらのお水もお預かりしましょうか」
「かたじけない。少々かさばりますが、お願いします」
 やけに大量に持っていた岩清水を預けた。


 黒藍が訪れたのは、昼も回ったころだった。
「お忙しい中、私のためにお時間を割いていただいてありがとうございます」
「やあ」
 気軽に、けれど悠々と声をかけたのはからすだった。まだ大人になりきれていないように見える、小さな手が席を示す。
「使ってくれて構わない。その為に用意した」
「用意していただいていたのですね。ありがとうございます」
 受付嬢が、黒藍さんから頂きました、と言葉を添えて茶菓子を盛った菓子皿を置いていった。あわせるようにこぽこぽ、からすも茶を注いで渡す。
「毎度、贔屓にさせてもらってる」
 みずからは万屋の湯飲みを手に取り、やわらかな緑茶の香りを楽しんだ。フィンがのびやかに挨拶する。
「日ごろからお世話になっています〜。あと欲しい商品を出して貰えると嬉しいな〜」
「ご愛顧ありがとうございます」
「いえいえ。じゃあさっそく〜。大剣が欲しいんです。あたしより頭二つ分くらい大きくて、重量と勢い任せでがつっと粉砕、な感じの」
 盾を使うこともあるが、フィンは体当たりしたり突っ込んでいったり、突貫力の高い戦い方をすることもしばしばある。貫通力なら槍に分配があがるが、フィンは武器だけ突き出すタイプではなく。
「槍だと懐に敵がいたら飛ばしにくい感じです…」
 自分も突っ込む。武器ごと突っ込んでいく。盾があれば、盾で押し切る。もちろん相手の懐に飛び込むのは自分も相手との距離が近い。半ば格闘戦めいた戦い方にならざるをえない場合も多々。
「それでは剣のほうが便利ですね。性能はどの程度あればいいと思われますか?」
「甲レベルで攻撃力特化かつ頑丈。大アヤカシも砕けるくらいの。
 もうひとつは鉤縄なんですけど、片手武器か携帯品で使えたら便利だと。シノビの人みたいに身軽に跳ねれないし、敵に絡めて動きを封じたり引き倒したり」
「鞭のように、でしょうか」
「そう、そんな感じで。って…欲しい物言ってるだけですね」
 フィンはちょっと反省した。

「アナス・ディアズイと申します。よろしくお願いします」
 小柄でかわいらしい少女は、きまじめにぴしりと一礼した。話し方にも性格が出ているのか、滑舌がよく無駄がなく、要点をおさえていて極めてわかりやすい。
「私が必要としているのは、梵露丸のような練力回復アイテムです。依頼などでアーマーをよく使う都合上、練力を常に消費する身としては、練力回復アイテムは必需品なのです」
 とはいえ、開拓者といえど梵露丸はいつでもどこでもいくらでも手に入るわけではない。そのことは承知している、とアナスは言い置いた。
「節分豆のように、回復する量は下がっても『確実に店にあり購入できるもの』が必要なのです。なにとぞご検討の程、お願いいたします」
 剣と盾を持つ、典型的な騎士のスタイル。とはいえ全身を普通の鎧で固めてはいない。要所要所を皮で補強した、アーマーマスターだ。背中を渋い赤色のマントが覆っている。言い回しといい格好といい、説得力が高い。
「検討しましょう」
「難しければ時期限定で構わないので、節分豆を再販していただけませんか」
「そちらであればすぐに対応可能です。いつまでも、とはいえませんが、季節柄しばらくは置いておけるでしょう。ご不便をおかけします」
「いえ」
 思いがけずあっさり通ったため、やや肩透かしを食う。とはいえすぐに一礼して下がった。
「店売り繋がりで、次いいかな」
 声をかけたのは羅喉丸だった。はじめて万屋に入ったのはもうずいぶんと前のことだったが、そのときと今では品揃えが段違いに増えている。
 いくつか泰拳士用の強力な装備が追加されているが、万商店では泰拳士の装備一式が揃わない点をのべた。
「今だと、頭、顔、上着、靴の部位に装備する、泰拳士用と思われる泰国製の武具はないのかな」
「専用のもの、という意味でしたら置いておりませんね。汎用性が高く常時入荷できるようなものを主軸にそろえております」
「泰国の物は入手に苦労しているのかな」
「輸入品になると、安定供給に気を遣うのは確かですが…」
 答えつつ、黒藍はわずかに首を傾けて羅喉丸の説明を促した。彼の装備はよく整っていて、特にその龍袍やびっしりと呪文が書き記された拳を包む布はよく使い込まれ、鍛えられている。いまさら羅喉丸自身が「手に入れやすい優良装備」を必要としているようには見えなかった。
「ああ、俺じゃないんだ。見ての通りだいたい揃えてしまった。ただ、駆け出しの開拓者はまず万屋で装備を一通り揃えるだろう? 泰拳士に限らず、各クラスの装備一式がだいたい揃っている方がいいんじゃないかと思ってな」
「そういうことでしたか。失礼しました。
 印象の統一できるようなものを揃えられるように致します。泰拳士らしいもの、魔術師らしいものなど。
 大切なことを教えてくださりありがとうございます」
 いや、と羅喉丸は首を振った。
「本日は忙しい中、ありがとうございます」
「こちらこそ。お時間を割いてくださって」
 羅喉丸の他者への配慮は聞いていて感心するばかりだった。意識してかせずかは知らないが、欠点の指摘であるというのにまったくそう感じさせない。もちろん後進への配慮ゆえの提案であったが、この言い方には舌を巻く。やんわりと、しかし明確に意思を伝えるのは難しいことがしばしばあるものだ。
 礼をのべて、黒藍は他の開拓者にも話を振る。その中でからすが挙げたのは、罠関連だった。
「捕縛罠かな。
 具体的には陰陽師の呪縛符のようなもので、仕掛けて踏んだり触ったりしたら起動するといい。荒縄で拘束しようにもその前に逃げられたりするからね」
「腰をすえて開発する必要があるかもしれませんね」
「そう簡単にはいかないのだね。まあ、そうだろう。では一般的な罠の作成書、ツールはどうだろうか。
 初めて仕掛ける者にも鳴子とか張れるようにね」
 慌てることなく、からすは悠然と続けた。
「その他でいうなら威力は兎も角便利な物だね。
 期待する」
「考えておきます」
 うん、そうしてくれ、と少女はいつものように頷いた。
「便利なものか。俺は書籍類かなー」
 紫狼は気軽くそう言った。
「いろんな依頼があるだろ? 料理とか裁縫の手引書だとか、逆に戦闘や探索に使えそうな、歴史書とか兵法書とか。詩集から絵本、薄い本なんかも使い方次第! 性能はいろいろでいいだろうしさ」
 薄い本あたりは堂々と万屋に置くことは…はばかられるだろうけれども。
 ほかの点に関しては悪いことはない。
 未楡が肩の辺りでひかえめに手をあげた。
「本も大切ですが、道具を置いていただけると助かります。
 料理用品一式、裁縫道具一式、大工道具一式、などの日用品ですね。常時置いてあるもの以外ですと、探し出すのに苦労することがありますから。たとえば復興支援に行くとき、炊き出しの道具などを用意するのに困ることがあります。万屋に置いてあればまとめて買っていけますが、そうでないとあちこちのお店を探し回ったり、最悪の場合出かけるまでに手ごろなものが見つからなかったりもするのです。
 道具の調達に気を遣うあまり、依頼そのものへ手が回りきらない…などということにならないためにも、ご用意いただけないでしょうか」
 割烹着姿の未楡の言葉には、やたらと説得力があった。常日頃からあちらで誰かの手伝いをし、こちらで料理して、そちらで洗濯している人柄があらわれている。
「これといった性能は必要ありませんが、職人肌の開拓者向きに拵えた本職仕様等であれば。道具があれば、あとは材料をそろえるだけで済みますから」
 わりと毎度毎度苦労している未楡はそうくくった。


 ぺこり、と頭を下げる柚乃(ia0638)。動きにあわせて、しゃん、とほそい鈴音が幾重にも音を重ねた。
「お会いできて嬉しいです」
 すっと透き通って響く声。まるで水面に浮かぶ花のように、白金の冠が青い髪にきらめいている。
「楽器が…あればって思うんです。小さくて軽くて、片手でも扱える、隠し持てるような。
 相棒に騎乗した状態だと、両手で…というわけにもいかず。
 また、隠密に不向きで…」
「片手で隠し持てる…ですか。なにか見当はついていますか?」
 少なくとも、黒藍はすぐに思いあたらなかったらしい。問われて柚乃も言葉に詰まった。
「あんまり…ないです。
 でも、ローレライの髪飾りとか…。性能は落ちても、比較的入手しやすいようなのでできないでしょうか」
 そうですね、と頷きながら、黒藍はしばし言葉を探す。落ちた沈黙の中で、しゃん、と華やいだ鈴の音とともにティアが空気を変えた。
「似たようなものですし、一緒にいいでしょうか。私も、片手で使えるかアクセサリーとして身につけられる楽器がほしかったのです。
 そうですね、ちょうど柚乃さんの持っているような鈴。これが店頭で常時手軽に買えるのであれば助かります。踊り子等は、鈴の付いたブレスレットやアンクル、衣装を纏って、手拍子や足踏みすらも音色に併せ、舞い踊ったりもしますから」
 ひらり、としなやかにその細い右腕を広げてティアは言った。両手につけたブレスレット・ベルの鈴の音が華やかにその動きを彩る。体の制御が得意で、さらにそこへ情緒を込めて表現できる人間の動きだった。コルセールコートの装飾が、波のようにさざめいて揺れる。胸元に光るピンクサファイアが調和をもたらしていた。
 指先まで神経を張り巡らして、鈴の音をひたりと止める。そこからまた腕を戻して、最後にしゃりん、と際立たせた。
「こんなふうに片手で扱えますから」
 もう幾許か思案して、黒藍は口を開いた。
「ティアさんの提案については、おそらくそうお待たせせずに形にできるでしょう。できるだけ手に入りやすいよう、取り計らいます」
 続いて柚乃と視線をあわせる。柚乃は雄弁な性質ではなかったし、感情表現も慎ましやかだ。でも。
(でも、折角の機会だし…)
 お話できたら。そう思って、ここに来たのだ。言葉をもう一度、選ぶ。
 話の流れで入れづらかった言葉を。ティアが変えてくれた空気で伝えられる。
「鈴は、確かに作りやすいかもしれません。でも何処で事件に遭遇するかわからなく。何時でも対応できるようにしたい。…巫女の術にも唄がありますし。精霊武器としても使えたら、すごくいいです」
「わかりました。できるかどうか、持ち帰って検討させて頂きます。あわせて条件に合致する楽器がないかどうかも調べてみましょう。すぐに見つからずとも、心にかけておきます。
 ただ、皆様の使う術や技は道具を選びます。その点はご了承ください」
 スキルが使えるかどうかは、道具ではなくスキル側での制限だという。詳細な説明は省いたが、おそらく無理だろう、ということだった。
 続いて巌 技藝(ib8056)が、次いいかい、と声をかけた。
「ちょっと被るんだけどね」
 技藝はティアに一瞥を送って、すこし笑った。特別に背の高い技藝はそれだけでもじゅうぶん人目を引くが、くっきりとした紅い旗袍が存在感を強調していた。胸元に描かれた雀たちが、ブルードロップのペンダントトップにじゃれつくように見えてそれが愛嬌になっている。
「あたいはさ、格闘武器に関してなんだ。でも言いたいことは似てる。両手が塞がってしまうと都合が悪いことがあってね。
 あたいの様な武と舞を共に愛する者にとっては剣舞の中に蹴りや突きの見せ場をと、技を組み込んだりしたいって思うのだけど。
 店売りの格闘武器ってさ、両手持ちばかりで、そう言った組み合わせを考える時に本当に困るんだよね」
 片手だけで扱えるものがあるとか、手軽に行動の選択肢を増やせると――なにかと動きやすい。紅い旗袍の裾から、きらめくエメラルドグリーンのレガースがのぞいている。それを一瞥して黒藍はもう一度技藝を見上げた。
「道具を集める楽しさもあるけどさ、ほら。最低限は手軽に手に入るとやりやすいだろう? まだ、あたいら女性はバトルヒールとか幾つか候補があるけど、男性はそうもいかないだろうし」
「そうですね。…やはりいつでも手に入るものをある程度そろえる、というのは必要になってくるでしょうか。程度と内容についてはまだなんとも申し上げられませんが」
 羅喉丸が小さく笑った。ぜひ検討してよ、と技藝は後押しする。
「たとえばさ、掌底や拳を保護する片手用の指抜き手袋とか補強された靴とか。
 他の武具を装備して自由に戦いながら、敵の隙を突いて密着、格闘戦を挑んだり。敵の姿勢を崩して大きな隙を作る為の一撃を与えるとか、そう言う戦術も組み込めるような武具もあると嬉しいんだけどね」
 すらすらと例が挙げられる。
「参考にさせて頂きますね」


「お初にお目に掛ります」
 紗の向こうで、弥十花緑(ib9750)は小さく目礼を送った。それから装備していない携帯品をならべていく。その気遣いに黒藍は礼をのべた。いえ、と花緑は頭を振る。
「俺は林や屋内で戦って以降は錫杖が主です」
 長柄武器は、一定以下の限定空間では使いづらい。それは武器を持たぬ黒藍も察してあまりある事情だった。ならべられた携帯品とともに、ひときわ存在感を放つ大薙刀が無言で横たわっている。肉厚で、いかにも無骨な刃だった。
「狭い場での立回り、護衛など場所柄的に武器を持ち難い際、武具としての念珠、独鈷はどうかと」
 武僧ゆえの選択肢だろう。該当する武器をいくつか思い浮かべ――。
「…ほとんど置いておりませんでしたね。すみません」
「いえ。これから検討して頂ければ」
「そうします。お届けまでは暫しご不便をおかけいたしますが」
 しかし続けた、片手扱いの薙刀も需要があるかもしれない、との提案には難しいだろうとの返答だった。主要項目ではなかったので、頷くだけにとどめておく。
「この薙刀は術も補佐できるようになってますが、精霊武器なら術の威力を高めるようなもの、薙刀であれば攻撃と、防御力関係に切り分けて頂けると。
 性能は…あって困ることはありませんね」
 それはそうだろう。これだけの大薙刀を持っているのだから。
「防具は…俺はこうですが籠手で受け流すなり、中に鉄着込むなりして備えるべき、ですね」
 困ったような苦いような曖昧な色を乗せて笑う。
「そうですね…、鎖帷子、などでしたらありうるかもしれません。武僧の方は戦い方の幅が広いでしょうから、一概にどうとは申せませんが」
「ええ。そのあたりはまたおいおい、でしょうね。
 それと干飯みたいな保存食を、いつでも買えるようにしといて頂けると助かります」
 検討します、と黒藍は頷いた。

 どれを言おうかあれこれ夕璃は悩んでいた。精霊武器は提案者が多いけれど…。
 悩みに悩み、しばらくしてうん、と頷く。決めた。これにしよう。 
「武僧、紫乃宮・夕璃と申します。よろしくお願いしますね」
「ご丁寧にありがとうございます」
「自分は両手持ちの薙刀を主武器としていますが、武僧の術は精霊武器で無ければ発動しないものもあるので悩ましいです。
 そこで普段身につけている眼鏡に精霊武器としての機能を有すれば便利かな、と」
 こつ、と優美な薙刀の石突で床を小さく鳴らした。夕璃の身の丈よりわずかに短い薙刀の柄は黒く、艶めいている。刃はよく詰んでいて硬そうなのに、そのしなやかな美しさといったらなかった。いいものを使っている。確かにこんな良質の相棒がいるのなら、そうそう簡単に乗り換えようという気は起きないだろう。
「眼鏡としての機能と精霊武器としての機能を有してくれれば性能は程ほどで構わないと思います。
 ほかにも、できたら服や身に着ける小物の類をもっと充実してくださるとうれしいです」
「どのようなものがお好きですか」
「え? ええっと…」
 かわいいものが好き。認められない夕璃は視線を彷徨わせる。
「足元も簪とそろえていらっしゃるのですね。こういったものがお好みでしょうか」
 違うんです、と言うべきか。ああでも、入荷されたらすごく、うれしい…。
 暫し葛藤する夕璃は、結局無難に「お、おまかせします」、とまとめた。

 ほっそりした手を取って、そっと両手で包み込んだ。喪越(ia1670)の手は前線に出るような、あからさまな無骨さはなかったけれど、それでもやはり黒藍の手とくらべると、大きくて筋張っていて、だいぶ無骨だった。
「貴女の愛が欲しい」
 言葉は率直だった。赤と黒のまなざしが交差した。
「ありがとうございます。ですが…」
 ごめんなさい。柔らかな声ではあったが、望んだ言葉ではなかった。
「――駄目ですかそうですか」
 手を離す。温かかった掌に、つめたい空気が触れた。
 わかってはいた。瞬きの間だけ沈黙して、すぐにいつもの喪越へ戻る。内心を見せず、感情を統制し、自分の外側をつくることは――幸か不幸か、不得意ではない。
「ならどうしたもんかなー。欲を言えばキリが無ぇし、今の装備で何とかするのも仕事の内」
 ――ここは一つ、無茶振りでもお見舞いしてみるか。
 伊達眼鏡の奥で、きらりと目が輝いた。
「からくり技術と陰陽術を組み合わせた防具、あるいはアクセサリー、ってのの開発とか? 呪術武器として使えるような。片手が塞がると都合の悪いこともあるんでね」
「からくり技術…ですか」
 現状、可能か不可能かの見極めすらつかない。というのが正直なところである。
「ま、新分野の開拓が目的だ。性能は気にしねぇし、鎧で防御面もカバーするとか、汎用性の高いアクセサリーにするとか、いろいろできるんじゃないかってな」
「そうですね…、できるかどうかわかりませんが、研究・開発してくださる方がおりましたら」
 こちらもまた、よほど腰をすえて取り掛からねばならない部類になるのだろう。
(…でもやっぱり、愛の方がいいな)
 さら、と。
 視界の端で黒く長い髪が揺れた。

「本日はご足労いただきまして、誠にありがとうございました。
 皆様のお時間を頂いてしまいましたが、ますますよい商品をご提供できるよう、従業員一同尽力してまいりますね」
 そんな言葉と共に締めくくられ、夕暮れ前に解散となった。


(防寒具…そうね、一式揃えてあると便利なのかしら。オリーブオイル…、これはなんとも言えないわ。精霊武器は苦心していらっしゃる方が多いようね)
 四つ目のスキル、というのは難しいだろう。気持ちは伝わるので心苦しいが…。
 次に捲った芽のアンケートは簡潔にまとめられている。必要としているのは、荷物をより多く運ぶための背負い籠。
『依頼によっては多くの道具が必要となりかさばります。それらを収納できる籠があれば旅路や戦闘での苦労が減ります』
 きちんとした文字だった。どんな開拓者なのだろう。文字から女性のように感じるけれど、紙面から読み取れるのはそれくらいだった。
『装備が上がるのであれば何でも構いませんが、できれば防水性があれば』
 雨で苦労したことがあるのかもしれない。それとも川にでも飛び込んだりしたのだろうか。さすがに水中は難しいだろうが、雨くらいなら…。
『アクセサリで装備できればいいですが、荷物を運ぶために使います』
 背負い籠よりも、背嚢のほうが動きを阻害しにくいだろう。戦闘が前提になるのならなおさら。頑丈で、使う布地そのものも水を通しにくいもので、塗料と宝珠でなんとかすれば…できるのではないだろうか。
 黒藍は資料を纏めるよう、従業員へ指示を出しに立った。