|
■オープニング本文 ● 背中から生えた刃の切っ先だけ嫌に鮮明に覚えている。 逃げてよ。 震える声が囁いた。いつもの張りを失った小さな声。 逃げろって、言ってんでしょっ! 弾かれたように走りだす。助けられるわけがなかった。助けるすべを持たなかった。助けようがなかった。 たくさんのいいわけをあとからいくらでも思いついたけれど。 そのときは何も考えずに、ただ、ああなりたくないと思っただけだった。 ● その町は冷ややかで、近所づきあいもろくに存在しなかった。 越してきた理由も昔なにをやっていたかも何一つ問われることもなく、ただいつのまにか町の一部に溶け込むことを許してくれた。 その冷たく無関心なやさしさに心安らいだ。――救いでは、決して、なかったけれど。 朝から晩まで無心に黙々と畳を作る。それしかできなかった。それしかやることがなかった。それ以外をやろうなんて思えなかった。 (美津……) 今でもにがく、思い出せば苦しい。 自分を庇って死んで、そして。 そして庇われた自分はこんなありさまだ。 生きている、それだけのことが苦しいのに。 死にたいだなんて間違っても思わない自分がむなしかった。 ――結局、妻よりも自分のほうが大事なのだと、そんなことを見せ付けられるようで。 ● その町は時折警鐘が鳴る。アヤカシだったり凶暴なケモノだったりさまざまではあったが、そんなものが発生したという報せだった。 騒ぎはなく、速やかに避難は始まる。はじめは戸惑いもしたが、慣れてしまえばどうということではなかった。 「――戻るな、馬鹿!!」 だからその鋭い声が響いたとき、その声を拾うのは簡単だった。前方から少年がひとり、人波に逆らって駆けてくる。 「待て、馬鹿! 待てと……言ってるだろーに!!」 少年が自分の横をすり抜けていく。あとを追うように赤毛が鮮烈になびいた。 衝撃音。 「っでえ!!」 「この、手間かけさせやがって……!」 振り向くと、少年に飛び蹴りをかました赤毛の青年がいた。青年はそのまま痛みにもだえる少年を肩に担ぎ上げる。 「放せよ! 澪、森行ってんだよ! 迎えに行かなきゃねーんだ!!」 「それは俺らの仕事なの! お・れ・ら・の!! ガキがしゃしゃり出て来ンじゃねーよ邪魔くせえ!」 「てめーらは命がけで澪を助けない!!」 激しい批難の声。 鋭く胸に突き刺さる。 人々は無関心に避難を続ける。歩みを止めたのは自分ひとりだけだった。 「あんたら自警団じゃ信用できねぇ! 助けられねぇって悟ったら逃げるくせに! 死んでいたら遺体の回収なんて後回しにするくせに! 俺は絶対にお前らなんか信じない……!!」 「あーはいはい。熱血なのは結構結構、でもお前のせいで救助遅れてンのも事実だかんな。だいたいお前、夜叉カズラなんて見たこともねぇだろーが。攻撃範囲に入ってみろ、俺でも逃げらんねーっつーの」 言いながら青年は少年の鳩尾に拳を叩き込んだ。暴れていた細い手足が力を失い弛緩する。気を失った少年を赤毛の青年はひとりの団員に託した。 「ちょいこいつ縛って猿轡でも噛ませてどっか適当な避難所に放り込んどけ。ついでに森のほうにゃ俺らが行くって伝令出しとけよ。 おら、残りは行くぞー」 赤く波打つ髪が揺れて、男たちを率いて駆けてゆく。 人波は無関心に移動を続ける。 やがて誰もいなくなった町に、ひとり立ち尽くすしかできなかった。 ● 生きたいと思ったことはなかった。 ただ死にたくないだけだった。 生きていて楽しいことなんてたいしてなかった。 自分に価値なんて感じていなかった。 だからきっと、命を投げ出して動くのは自分の役目だったはずなのに。 ――そいつは俺よりも価値があるのか? 俺みたいなクズじゃないのか? 助ける必要があるのか? 俺がやるよりも他の奴らが動いて、もっといい結果を出すかもしれない。だからここで息をひそめていたって別に構わないはずだ。 だって、それが無駄死にではないと誰がわかるだろう。 少なくとも自分は美津の命に、報いることはできなかった。報いることができたならこんな町になど流れ着いていない。美津が助けてくれたこの命を力の限り使って、精一杯生きられるのなら。他人の慰めを受け入れて前を向いて生きていけたなら、こんな、町になんて。 背中から突き出した切っ先ばかり鮮明に覚えている。 ――美津、 どうしてだろうか。あのとき彼女が自分を庇ったのは。 どうして、そんなことができたのだろうか。 臆病で卑怯で、卑小な男だと知っていただろうに。 ――俺は今も、動けないまま立ち尽くしている。 この町はやさしい。 虚しさを抱えて生きていくことを許してくれる。仕事だけをしていてもいいと言ってくれる。元気になれとも、過去を乗り越えろとも言わない。他人のやさしさにも触れないようにしてくれる。やさしい誰かを見て、自己嫌悪に浸ったりしないで済むような構造をしている。そうしてまともな町では生きていけないような、どうしようもない人間が静かに暮らすことを許してくれる。そう、――他人のやさしさや気遣いさえ受け入れられずに疎みさえするような、そんな人間を。 けれど。 ――俺はこのままで、いいのだろうか。 俺が行ってくる、俺が助けに行く、と、そう言いたくてたまらないのに。 立ち尽くすしかない自分を、嫌というほどよく、知っていた。 ● そのとき、その町にいたのはたまたまだった。 知り合いがいたからかもしれない。旅の通り道だったかもしれない。 開拓者たちは、人のいなくなった町に残っていた。 |
■参加者一覧
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
楠木(ib9224)
22歳・女・シ
秋葉 輝郷(ib9674)
20歳・男・志
ディラン・フォーガス(ib9718)
52歳・男・魔
朝倉 涼(ic0288)
17歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ● 趣味のためだったのだ、それは。 まだまだ日も高いし、今日はこの町でのんびりいろんなお面を探そうと立ち寄った。 なんたって職人と商人の町。料理に使う食材を探したっていいし、日が落ちるまでの時間あれこれと冷やかしながら歩いてまわるのも楽しいだろうと想像をめぐらせていたのに。 激しい警鐘。 黙々と避難する人々。 「……」 予定ががらがらと崩れ去るのを、嫌というほどはっきりと感じ取った。 「あぁ……、アヤカシ絡みかな……」 ユウキ=アルセイフ(ib6332)は思わずうんざりと、ため息をひとつこぼした。 なぜかくっついてきた楠木(ib9224)を連れて、玖雀(ib6816)はいまだにさっぱり懐かないたぬきを構おうと思っていた。 のに。 がんがんと激しい警鐘。脱兎、とでも言うべきみごとで迅速で乱れない町民の逃走。 突然のことに驚いている楠木。見た目はすらりとした美人、中身は夢見る乙女。その実これでもシノビ、玖雀と同じ。 ――引っ張り出すしかない。 「だぁぁ! 危なくなったら援護してやっから、お前も来い!」 「先輩は此処に来るの初めてじゃないんですよね? ぜびご一緒させていただきます!」 「……なんかやけにやる気だな」 しかしことは一刻をあらそう。ここは豊かな森だ。たぬき小屋もわりと近い。あまりぐだぐだ言っている場合ではないだろう。 超越聴覚で音を拾い、楠木は森への道を指示されながら情報源となりうるものを探しつつ玖雀を先導した。耳に飛び込む少年と大人の言い合い。眉根を寄せる。 (なんだろう此処……人の感情が刺さるようだよ……) 無関心。的確に迷いなく、極めて機械的に自分のことだけを迅速に行う。 それはとても効率的だったけれど、楠木のやわらかな感性には説明もなしに受容できるものでは決してなかった。布だと思って無防備に触れたものがよく研がれた刃物だったときのように、驚きと混乱と理不尽さがない交ぜになる。しかしそれらは心の表面を撫ぜただけで、楠木は小さくかぶりを振って払いのけた。 (ううん、気にしちゃ駄目。私は私らしくだよね!) 「背中は私が守ってあげますからご安心を!」 「前に出るのはお前だろうが!」 「ええとそれはそのー、言葉のあやってやつで!」 「今適当に考えたんじゃねえか、絶対」 「あっ、あの人たちが自警団ですね!」 「都合いいなおい!」 赤毛を先頭とした一団を見つけた。ばっちりのタイミングで。 記憶を揺り返す警鐘に足を止めた。 人波から身を避け遠くなる赤い後姿を見送って、朝倉 涼(ic0288)はぽつりと呟いた。 「……逃げれないと分かっているのに、森に向かうんですね」 ほろん、と指がハープの弦を爪弾く。虚空に響き、とけていく音。 (……此の町と同じだ) 無機質で、冷たくて、自然と溶け込んで、何時か忘れられてしまう。 (……俺も、そうなりたかった) そうして世界に埋没してしまえたなら、……そうしたならどんなにかよかっただろう。 こんなところにうずくまって燻って立ち止まって――。 『ありえない』。 そうなりたいと願いながら、涼はけっしてその中に逃げられなかった。忘却の彼方に記憶を沈めてしまえればどんなにか楽だろうと思いながら、すべてを克明に覚えていた。 恐怖と孤独に耐え、焦燥と絶望を胸のうちに押さえ込んで。 (……俺達三人の終焉の日、俺は一人、立っていた) 隣にはもう、誰もいなくなっていた。 ただひとつ自分だけが、自分の命だけが残されて。 (此の命の使い方なんて、今も変わらず、分からない。 ……大切な人達を失ったあの日から、俺は、俺の強さを、呪ったんだ) 死ねなかった、狂えなかった、耐えてしまった、その、強さを。 駆け出す。力はこの手に、ある。 (だからせめてもの償いに、人の導を奏で続ける……) 命の使い方は知らずとも。 力の使い方は、知っていた。 動かぬ伊土の背中が見えたとき、ユウキは歩調を緩めて声をかけた。 「……過去に何があったのかは分からないけれど、今は立ち止まっている場合じゃないよ。その命で出来る事は色々、あるんだ。何も出来る事は無い、と決め付けるには未だ、早いんじゃないかな?」 その脇を駆け抜けた。 秋葉 輝郷(ib9674)がそこにいたのは、偶然というほかない。 (……ん?) ふと意識の端に引っかかる。動かない男。ユウキがそのそばを通り抜けていく。 彼は動かない。 「早く避難したほうがいい」 「あ……ああ、どうも」 いささかぼうっとした返事だった。 ついでに森の地形を尋ねるも、詳しくないという。近づいてきたディランに目配せして輝郷はその場を離れた。 どこかで見たような赤毛を追おうとして、ディラン・フォーガス(ib9718)は立ち尽くす伊土の背中に気づいた。 (みな立ち去ったのに……) 根本的に人好きで、こんなに厳しい土地でこんなに無防備な背中を見てしまったら。 そうしたら放っておけるわけがなかった。 (少年の血を吐くような叫びに感じる所があったのか。 迷っているのだろうか) 心迷い、行き着くところなくこんなところで? 駆け出しそうな足をゆるめ、ゆっくりと近づきながら口を開く。 「少年の言い分も、赤毛の見解も理解できる。 恐れを知らない向こう見ずな少年なら、他人に任せるより自分で行きたいだろうし、志体のない身であれば、誰かを見捨ててでも、犠牲を少なくする道を選ぶだろう。 どちらが正しい訳でもない。 命の価値は本来、天秤にかけられないが。家族、友人、恋人……命の重さは関係によって変わるのも事実」 前を向いたまま、隣に並んでひとりごちた。小さく息をのむ空気、 「力が無いのに勝機も無く立ち向かうのは無謀。 敵わぬ相手に恐れを抱き足が竦むのは当然。 だけど幸いにして俺には志体がある」 振り向くと、揺れに揺れて行き場を失った目と合った。 揺れに揺れ、失意の底で立ちすくんだ人間の目だった。 ニッと笑う。彼がなにか反応を返すよりさきに、その背中を豪快に叩いた。 「わっ!?」 「アヤカシは開拓者に任せて、救助から戻った時に備えて、医師や治療の用意を頼めるかな?」 返事も聞かないで、ディランは走り出した。通じるかは知らないが、頼んだ、と手でサインをひとつ送って。 ――どんな励ましよりどんな慰めより、今伊土がほんとうに必要としていたものが。 ひとつでいい、すこしでいい、きっかけでも切れ端でもいい、そんなふうに切望したものが。 彼を形作るための、彼の指標となるための、彼が存在するための「役割」だと、はたしてディランは気づいていたのだろうか。 ただ彼はひとつ涙を流し、それを拭って駆け出した。 森とは反対方向へ。――与えられた今だけの、いっときだけの役割を果たすために。 今はただ、そのためだけに。 ● 自警団を探す必要はなかった。涼がまっすぐに彼らのところに走っていったから、ユウキはそれを追いかける。並んで走る涼たちの会話が漏れ聞こえた。 「……残念な事に、俺は強いんで。 手伝いますよ……。救出対象の特徴、教えてください」 「やはり、ア……」 「特徴つっても、なんの変哲もねぇガキ三人だ。澪、古江、夏木の三人」 「……行方不明者? 大変……、捜しに行かなくちゃ……!」 さすがに行方不明者となれば慌てないわけにもいかない。 「探索協力か。歓迎する。発生アヤカシは夜叉カズラ。攻撃は……」 つらつら語られる情報を頭に叩き込み、ちょうどよく一人で森に分け入ろうとしていた涼を捕まえて一緒に行く。やや遅れて輝郷が森へ入ったが、それはユウキたちとは別の道からのようで、中で会うことはなかった。 忌矢は手短に開拓者を割り振っていた。 「シノビ二名な。担当希望は」 「殲滅になる。場所にこだわりはないが、」 「中のほう頼む。質問は? 次」 玖雀と楠木が情報を得て道を逸れていく。 「殲滅希望の魔術師だ」 「希望は」 「表の三体を倒して中へ。情報提供頼む」 目撃総数や主な攻撃手段が手短に伝えられる。最後にディランは要請をひとつ出した。 「地の利に聡い者を一人」 「鳶武。いけ」 鳶色の髪をした青年が無言で頷く。こちらです、と囁くような声がディランを先導して走った。 ● 鳶武を連れ歩くのは極めて効率的だった。 「南西方向に敵影目視一、敵攻撃射程圏内までおよそ六十歩です」 「戦闘は引き受けた。蔦による攻撃などの警戒と助言を頼む」 「攻撃行動中は私の目では追えません。予備動作からの予測案内になります。半分も正解したら奇跡です。参考程度に留めてください」 「わかった。それで頼む」 しばし立ち止まり、術を編み上げて石の壁を設置する。鳶武がその後ろに入ったのを確認して射程圏内まで近づいた。 突如現れた敵をどうにかフローズで倒し、瘴気に還ったのを見届けてユウキはほっと息をついた。 「任せてしまったな」 「一体だけだったから余裕もあったし。大丈夫」 距離をあけて歩きながら、涼は周囲を見渡した。張り詰めていて、鳥の声もしない。静まり返った森だ。 「兎に角、澪さん達をアヤカシよりも先に見つけて守らなくちゃね」 「葛は日当たりの良い場所に生息しますし、子供が収穫に向かう様な場所なら、そう遠くは無いでしょうね……」 ハープの音が遠く遠く響いてゆく。それにあわせて歌を乗せた。 ずず、と這いずるような音に、楠木ははっとした。 「…聴こえる…!?」 方角を割り出す。小さな池の向こう、だ。 「行きましょう先輩っ! 言ったからにはちゃんと援護してくださいね?」 にこっと笑い、小太刀を抜いて先駆けた。やっぱ気にするんじゃねーか! と突込みが背中を追ってきたが、気づいて伸ばされた蔦を鮮やかに潜り抜ける。 (弱い姿なんて見せられない。か弱い女の子なんて性に合わない!) 守られるより守りたい。懐に飛び込んだ勢いを殺さず斬りつけ、すぐさま距離をとる。追いすがった蔦を正確に飛んできた苦無が牽制した。 大丈夫、いける。 玖雀も伸ばされた蔦を避けるため、高く跳躍したようだった。地面を蹴る音、そばの木の幹に足をついてもうひと飛び。伸びた枝に手をかけくるりと身体を持ち上げて着地、上から向けられる視線。 いける。怖くない。だって。 「だって先輩の事、いつだって信じてるから」 彼を追って伸びた蔦のひとつを切り落とす。のたうつ身体にもう一太刀、暴れ回る蔦を逸らす礫と苦無。 「蔦は引き受けた」 「トドメ喰らわせていいんですか? よーっし…篤とご覧あれ!」 楠木が動く直前に玖雀が枝を飛び移り、蔦を誘う。 「ふふ、別に俺は一人で戦ってるわけじゃないんでね」 小太刀は複雑に残りの蔦をさばき、本体を真っ二つに切り裂いた。 ● 微風が瘴気を吹き散らす。風の中で玖雀は周囲を見回した。荒らされた地面の草を撫でて、整えてやる。 「傷つけて、悪かったな」 その背中を、楠木はじっと見つめる。広い背中。長い腕。器用な指。 (……先輩は、どんな過去を背負ってきたんだろう。誰の為に強くなりたかったんだろう) 触れたい。 ――知りたい。 でも。 踏み込めば嫌われる。そんな確信めいた予感があった。 (そしたら喋ってくれないかな。やだな……) 目をそらした。小太刀を強く握り締める。息を吐いて。 「せーんぱいっ、後で甘味処行きましょうよー!」 振り返る視線が呆れている。明るくするしか、近くにいる方法を知らない。 「甘味ねぇ……。ま、それは追々考えるとして、終わったら狸見に行くが」 「う、うーっ。あとで必ず行きます! ちょっと用があるのでっ!」 「森沿いに歩きゃ着くが……迷うなよ?」 「どうやってですか!?」 踏み込めない、踏み出せない、明るさで装う、 (弱い私) (日向で、掘り起こされた土が乾いていない場所。一箇所で採取を続けると採れなくなるので少し採っては移動を繰り返しているはず。仕事である以上深くまで踏み込んでいることが多い……か) 輝郷は忌矢から聞き出した情報を反芻しながら進んでいた。時折心眼で確認し、周囲の反応をうかがう。「やたら早く動くもの」はアヤカシか味方だとあたりをつけて除外。そうして一人の子供を見つけた。 掘り起こした葛根から土をほろい落としている。輝郷に気づいて振り向いた。 「……アヤカシが出た。迎えに来たのだが……」 「旅の方ですか? わざわざ……ありがとうございます」 どことなく陰鬱な雰囲気だが、澪と名乗った子供は礼儀正しく頭を下げる。 「あの、あっちにもう一人……いるはずなので。寄っても、大丈夫、ですか」 確かに子供同士で同業者同士、互いの作業場所を把握していてもおかしくはない。結局そこには誰もいなかったものの、帰る途中に心眼に引っかかった子供をもう一人保護できた。こちらは警鐘に気づき、自力で帰ろうとしていたところを拾う。心眼というスキルと、最初から忌矢にめぼしい場所を聞いていたために行動が的確だった。 (戦う術を持たぬ者がアヤカシと渡り合うのは難しい。 それが人を守るとなれば尚難しい) 自分が生き延びればいいことと、誰かを生かさなければいけないことはまったく異なる。 開拓者ですら場合によっては犠牲を出すのだ。己の命を優先するのは至極当然だと受け止められる。 けれど。 哲史が叫んだ。彼は自分で助けにいこうと、した。力の限り押さえつける大人に抗議して。 (力無くば殺されるが道理ではあるが。 その強い気持ちを汲取るのが我ら開拓者の役目なのであろう) 周囲を警戒しながら、輝郷は二人を連れ戻った。 ユウキはぽつりと呟いた。 「……もしかして、逆効果だったりしない?」 「……逆効果?」 「あれだけ警戒心と自力で逃げようって気のある人たちだし……、歌が聞こえたら、かえって隠れて逃げそうな」 「……」 一理あった。 ● 最後の一人は自力で戻る途中ディランに保護された。別れ際、楠木は森から戻った自警団をまっすぐ見上げる。 「ねぇ、自警団の人たち。 人を救えるのは人だけなんだよ? 貴方たちが逃げたら誰がこの町を守ってくれるの? 人を守る仕事を……すぐ逃げたりしないで、正面から向き合ってよ」 がしがし、と赤毛をかきむしる。楠木を見下ろして、そのまっすぐな視線に忌矢はため息をついた。 誤魔化すことを考えて、諦めた人間のため息だった。 「自力で逃げられない奴は死ぬ。叶う範囲で自警団は助けるが、必要なら見捨てる。それがここの理だ」 「そういうことに向き合わないの?」 「俺らは深いことを話す仲じゃねぇだろ?」 その言葉に怯んだ。 玖雀の背中。拒絶の予感。 ――そういうことを話す、仲じゃ、ないんだ。 少なくとも今は。 うつむいた彼女を、忌矢はひどく決まり悪そうな顔で見下ろしていた。 のちに、染否からはひとりの畳刺が流れ出ていった。 冷たくやさしく無関心な安らぎの中から、暖かく厳しく人間めいたほかの町へ。 |