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■オープニング本文 ※このシナリオは【初夢】IFシナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 扉があった。 観音開きの、重たげな、大きな石の扉。 不思議に思って近づくと、すっと石の扉が消える。 中からすさまじい引力を感じた。踏ん張るが、耐え切れずに身体が吸い込まれていく。 それを、あなたは覚えているだろうか。 出会いの日を、あなたは、覚えているだろうか。 ギルドからの貸し出しの龍だったかもしれない。 相棒を探しに行った港でのことだったかもしれない。 故郷で出会い、それからギルドに来たのかもしれない。 身内から譲られたのかもしれない。 生まれたときから共に、いたのかも、しれない。 遺跡の奥で目覚めさせたのかもしれない。 森で、山で、川で、湖で、海で空で――。 どこかで出会い、そして今ここであなたと共にいる。 あなたの朋友との、その出会いを、覚えているだろうか。 目を開くと、覚えのある景色が広がっていることだろう。 それは、あなたと――あなたの朋友の、過去だ。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
レビィ・JS(ib2821)
22歳・女・泰
サニーレイン=ハレサメ(ib5382)
11歳・女・吟
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
カルマ=B=ノア(ic0001)
36歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●カルマ=B=ノア(ic0001) なぜと問われたら、便利だったからだ。 開拓者の身分はカルマにとって、その一言に尽きた。今から半年前のことである。 こちらです、という営業スマイル。 龍選びの最中、楽しく粉をかけ、気軽に受け流され、にこやかなまま平和にナンパ失敗。涙をのんでさよならと手を振った別れ際。 それは聞こえてきた。 猛烈に接近する足音に振り返った。だん、とひときわ大きく地面を蹴る音。目の前に迫った真っ黒い塊。 がっ、と体重も勢いも乗った体当たりで、バーリグはもろに体制を崩して――押し倒された。 べろんべろんと顔中嘗め回され、がっつり前足で肩を押さえつけられ、ようやくバーリグは悟る。 犬だ。 「な、なな何ブッ…ちょ、ちょっとタンマタンマ!す、ステイ!!」 「あら、大変」 ちっとも大変そうじゃない、慣れきった台詞。とはいえ腐ってもギルド職員、いい子いい子ー、とあっというまに手際よく犬をおさえる。 その隙にどうにか這い出し、起き上がって黒い塊こと黒いラブラドールレトリバーを見下ろした。 「ごめんなさいね。この子、気に入った人を見つけるといつもこうで」 犬はそわそわと落ち着きなく、立っては職員になだめられて座っていたが、尻尾の回転数が半端なかった。ばたばたばたばた、と竜巻でも起こせるんじゃないかというほど激しく振られている。 「こんな感じなので、貰い手もつかないんですよね。絆を結ぶ主人が見つかれば言うことをきかせるのも苦労しないと思うのですが、やっぱり貰い手が…」 職員の言葉は半分以上脳みそを素通りしていった。黒い目を見つめて思案する。 「俺の事そんなに気に入っちゃった?」 ばう! 「俺の事好き?」 わう! わかっているんだかいないんだか。よだれででろでろの顔を腕で拭い、やれやれ、と笑う。 「そっか。じゃあ拒めないな。 君とは何だか気が合いそうだし。さっきの積極的なアプローチも嫌いじゃないよ? ま、これからよろしくね、相棒」 わおん! じゃーんぷ。 「あ」 華麗に職員の腕を振り払った犬は、バーリグに飛び掛るなり顔を舐めた。 ● 「あ。そうだ。名前つけないとね。んー…アスワドとかどう…あれ?」 今さっきまで千切れんばかりに尻尾振っていたアスワド、いずこ。 「よかった。あの子も忍犬として…あら?」 二人して港を走り回り、見つけたときにはなんと。 くーんくーん。 ふんっ。 がーん。 開拓者に連れられた忍犬(女の子)にアプローチしてふられてうなだれる、真っ黒なラブラドールレトリバー。 「…俺と気が合いそーね、ホント」 アッサリふられるところまでそっくりで。 …ちょっと悲しい。 ●サニーレイン(ib5382) 二年か三年、前のことだったと思う。 開拓者になる。 十歳の誕生日、サニーレインはそう言った。 「よし」 父は笑う。サニーレインとはあまり似ない、天儀人の父。皺や白髪が目立ち始めた四十半ばの男の人。 でも。 たしかに血の繋がった父だった。 「お前を娘として迎えられなかった、私を許してくれサニー」 寂しげな微笑みが、その頬に浮かぶ。 貰われ子、というのが、この山奥の小さな村でサニーレインの持つ外向きの「肩書き」だった。 訳ありの学者はここへ隠棲し、身寄りのない子を引き取った。 美談の裏には正式に結婚していなかった、ジルベリア人の母の存在。それなりに複雑な立場を、サニーレインは子供なりに察してはいたけれど。 (でも、お父さんは、面白い人だったから) それだけで充分だった。少なくとも、彼女にとっては。 けれど決して、父はそうではなかったのだろう。おいで、と古い扉の前に誘われる。 「せめて彼を、連れていくといい。私の代わりに、君を守ってくれる」 「…彼?」 「私の、かつての相棒だよ」 ぎぃ、と蝶番が軋む。 開け放たれた扉の向こうに、たたずむ影。 サニーレインの身の丈からすれば随分と大きな彼は、ゆっくりと足を踏み出した。 「私の名は鉄仁十八号。気高く戦って死んだ十七人の兄と、彼らより継いだ鉄仁の名に掛けて、君を守ろう」 でかい、と思った。土偶ゴーレムのごっついフォルム。 (ちょう、かっこいい) ときめきのまま、真っ先にサニーレインは問いかけた。 「お空は、飛べますか」 「無理」 即答だった。 夢が潰れた。 「さいですか、ロマンのない」 「はは、手厳しいな」 「うん。でも、それ以外は、ごうかく」 ぐ、と親指を突き出す。 「そうか、合格か」 器用に彼も、親指を突き出した。 一緒にいられる間は、いつだって一緒に行動した。 友達で、仲間で、お父さん。 何一つ建前も誤魔化しも必要ない相手。 少女は眠る。 テツジンが見守る。 …むにゃむにゃ。 ●皇 りょう(ia1673) 滔々と語って聞かせる声を、十にも満たない幼い童女は思い出していた。 真っ暗で、蜘蛛の巣だらけで、いかにもおそろしげな、 ――屋敷の床下で。 皇家。その直系に生まれた彼女には、家にまつわる物語を聞くことはめずらしくなかった。 その中でも、「当主様の化け猫退治」は有名で。彼女もよく覚えていた。 「昔々、人々が次々に神隠しに遭っていました。その地方では怖い怖い化け猫がおりまして、土地の者をたいそう苦しめていたそうです。 時の当主様はこれを憂い、居所を突き止め、鎧をまとい兜をかぶり、刀を差して化け物退治に向かいます。 いくつもの困難に打ち勝ち、ついに当主様は化け猫を退治しました。しかし人々を神隠しに遭わせる化け猫です。当主様でも完全には滅ぼせませんでした」 手に汗握って、聞き入った。 「化け猫は力の大半を失いながらも今なお皇家を恨み、猫又の姿を借りて呪いをかけているのです」 証拠もあるのがこの逸話のおそろしいところで――。 今。 興味半分で潜り込んだ床下で、童女は「証拠」と対面することとなった。 「ふ。我がコレクションを奪いにでも来たか? 小童」 堂々とした物言い。闇に光る目。 宝の山(仮)を背にして、優雅に尻尾をぱたりと打つ。 泣いて逃げ出したいだろうに、勇ましく立ち向かう童女を鼻で笑う、「証拠」。 ――猫又が、暗闇の中に鎮座していた。 『真名』にとって、化け猫扱いは苦ではなかった。 この地が乱れるくらいなら、すべてを被って引き受けるくらいなんということでもなかった。 ほんとうの化け物はたいていの場合人間で、そんな大それたことをやらかすのは、これまたたいていそれなりの人物だったりするのだから――度し難い。 退治されたことにする。すべてを飲み込んで猫又が一匹口を噤めばそれで済むなら。 「真実なぞどうでも良い。それで多くの命が救えるのならばな」 沈黙を約束した「化け猫」を、「当主様」は誘った。 「その誇り高い魂に敬意を表し、我が一族は子孫代々、そなたの盟友となろう。共に歩もう」 そんなことは知りもしないだろうに。 宝(春画)を見せびらかされて半泣きな童女は、また来るからな! と指をつきつけて帰っていった。 ●礼野 真夢紀(ia1144) 冬のはじめのことだった。 二人の姉から、連名で手紙が届く。実家へ真夢紀を呼び戻すためのそれには詳しいことはひとつもなくて、不思議に思いながら帰郷した。 長姉の部屋には布団が敷かれている。体調を崩して床に伏したままで、そばには次姉が控えていた。朱色の髪紐と腰までの長い髪。成人しているかどうか見分けの付けづらい背中。振り向いたその顔に宿る、意思の強さ。 「お帰り、真夢紀」 にっと笑って、次姉は真夢紀を手招きした。首をかしげながらもついていき、示された籠の中を覗き込む。 真っ白で、まだ手足も牙も小さくて拙い。 「わ〜何この子、可愛い可愛い〜〜♪♪」 素直に喜んだ真夢紀に、長姉はおっとりと微笑んだ。次姉が手を貸し話をするために身を起こすのを手伝う。ウェーブがかったその長い長いきれいな髪が、単の上を流れて床に広がっていた。 あれ、と真夢紀は気づく。 「…尾二本? 猫又って島にいなかったよね?」 あいつんとこだ、と次姉が言う。 長姉の友人で開拓者をしている人たち。言われれば頷ける程度に面識もあった。 「そこの朋友の猫又が子を産んだそうで、そのうちの1匹。今のあいつ等じゃ親子全員を養うのはちょっと無理で」 「親御さんは「彼らの知り合いか信頼のおける人に子供を託したい」って事で、家にも訪ねてこられたの。でもわたくしはこんな体質だし、智美もわたくしの看病してるとこの子まで面倒見れないでしょう?」 「姉様達の朋友って皆大人だし二、三日ほっとかれても文句言わない性格だもんね〜」 でも、この子猫にそれは耐えられまい。 小さく弱く拙くて、庇護を必要としている。自力でどうにかできる基礎を、今から築いていくところなのだから。 「こいつ警戒心が一番低くて一番親猫又が心配してるっぽくてな。真夢紀は今いる朋友は龍の鈴麗だけだろ? 「真夢紀の相棒にして良いか」って聞いたらあいつ等も親猫又も了承した」 「じゃこの子、まゆが貰っていいの?」 見つめた長姉の顔がゆっくり頷く。さらり、ウェーブがかった長い髪が揺れた。 「ちゃんと面倒を見てあげるのよ」 「うん!」 我知らず声が弾む。 そんな気配に誘発されたのか、仔猫は小さく伸びをして目を開いた。 「うにゅ…しずか、ともみ、このひとだぁれ?」 まだまだ、ほんとうに小さくて拙い。言葉まで。 「真夢紀。俺達の妹で今日からお前のご主人様」 「ごしゅじんたま?」 「真夢紀でいいよ」 そういえば、この子の名前はなんというのだろう。 「名前未だ付いてないぞ」 「…真っ白で小さいから小雪」 名付け親は小さな命を、自分の小さな手で撫ぜた。 ●レビィ・JS(ib2821) レビィは泣きそうだった。 お腹すいたし疲れてくたくただったし、寒いし心細いし…ほんとうにもう、泣きそうだった。 いまにも泣き言ばかりを並べ立てそうな唇を引き結んで、ちょっと本気で潤み始めた目でどうにかしっかり前を見て――レビィは山を歩いていた。 否。 山で迷っていた。 迷子。そう、迷子。 師よ親よと慕ったひとが失踪して数ヶ月、ぶかぶかのコートだけ大事に着て、でもそれも引きずりそうになりながら――山へ分け入り早三日。 ちょっと本気で、泣きそう。 狩には失敗するし木の実もあんまり見つからないし。 ろくすっぽ食事にもありつけず、帰り道を見失ってうろうろうろうろと――三日。 焚き火を焚いてコートをかき合わせて、ひどく寄る辺ない気持ちのまま目を閉じた。 寒くて目が覚めた。四日目の朝。 火は消えて細い煙だけが空に向かって消えていく。ちょっとの風でもゆらゆら揺れて、まるで今の自分みたいだった。 その横に何かの山。 びっくりするほどたくさんの、山菜と木の実だった。 五日目は野ウサギが置かれていた。 ひょっとしたら師匠が見ていて、助けてくれているのかも。 じっくりこんがり焼いて有難く胃におさめる。眠るのもなんだか怖くなかった。 六日目もそうして安心したまま寝ようとした。けれど。 焚き火の照らす明かりの外、闇の中に潜む――いくつもの、気配。 驚いて硬直する。野犬の群れが飛び掛る直前、とん、とレビィの前に陣取った犬一頭。あっというまに野犬を追い散らす。 何も言えずに見下ろすレビィ。見上げるくりくりの目。 犬、だ。 黄色いスカーフを巻いた犬。 その犬は一度暗がりに戻ると、どこからか茸をくわえて戻り、ぽんと置いていなくなった。 助かった。 師匠じゃ、なかった。 また一人になっちゃった。 寂しい。 じわりと涙が滲む、ふ、と息が漏れる。 ぎりぎりのところでよりどころを見つけて安心していた少女の気持ちはもう、限界だった。いきなり危なくなって助かって、寄る辺にしていた師の存在が見えなくなって、もう気持ちはぐちゃぐちゃでわけがわからなくて、わんわんと声を上げて泣いた。 ただひたすら、泣いた。 やっぱり寒くて目が覚めた。 泣き疲れて眠ってしまったらしい。のろのろと身を起こすと、焚き火は煙すら上がっていなかった。すっかり灰になっている。 その横に、茸の山。さらに横に、昨日の犬。わん、とひと鳴き挨拶して、顔を舐める。腫れぼったい瞼をぺろん、ぺろん。 じんわりと涙が滲む。忍犬をぎゅっと抱きしめて。 そしてまた、泣いた。 赤いコートと黄色いスカーフの一組を見下ろす場所。 「さて…とりあえずは彼女にフォローを任せておけば後は大丈夫かな」 少女と同じ赤いコートを翻して、その人影は山を去った。 ●菊池 志郎(ia5584) 蝉がぱたりと静かになった。 鼻につく水の気配。濃度を増した湿気。雨の予感。 ――降る。 あっというまに雨雲が広がり、雨を降らせる。朱の剥げかけた鳥居をくぐり、神社へと駆け込む。 髪や衣服を拭って休んでいると、空の端が明るくなった。 ――じき、雨も上がる。 雲の流れる速さを読む。食事をして、一服して。ちょうどそれくらいの時間には。 シノビの里もまだ遠い。一休みついでに昼食も済ませるか。 ぺりっとおにぎりから竹の皮包みをはがす。 ――強い視線を、感じた。 直前までなんの気配もなかったのに。 警戒しつつ振り向いた志郎の目に、それは映った。 薄暗い本堂の中。浮かび上がる小さな白銀の体。静かな紫色のまなざし。 不釣合いに大きな尻尾が三本、ゆったりと宙を撫ぜている。 ――社の神の御使いだろうか。 ぐううううう、きゅるるるるる。 神々しさも緊張感も警戒心も、あっというまに霧散した。 ええと。 まさか。 もしかして、もしかしなくても。 …腹の音? 「…空腹でしたら、どうぞ」 竹の皮包みを剥がしたままのおにぎりを差し出す。後ろ足のないお狐様はしばらくためらうように志郎とおにぎりを見比べ、しだいにおにぎりに吸い寄せられ、ぱくりとひとつ食べたかと思ったら。 二つ三つ、ぺろりとすべて平らげた。 「足りない。足りないぞ。もっとないのか。今の食べ物はなんだ。別の食べ物もないのか」 「…すみません、今ので手持ちは全部です」 「そうか、残念だ…。ほんとうに残念だ…。何かないのか? すこしも? ないならないで今の食べ物を教えろ」 食ったら遠慮も吹っ飛んだらしい。なんてお狐様だ。 「今のはおにぎりと言って、天儀の携帯食です。最近は泰やジルベリアの珍しい料理も増えましたが、」 「我も食べてみたいぞ!」 三本尻尾が、ぶんぶん振られていた。わくわくうきうき、もはや食べる気満々。 断るなんて絶対無理な状態だった。財布の中身を気にしながら、見た目は高貴、中身は大食い、その実素性も過去も謎だらけのお狐様――雪待との相棒関係は今なお続いている。 謎だらけで、遠慮なく財布の中身を消費してくれる相棒だけれど。 ――ここまで人間の食べ物を好きなのです。きっと人のことも好きなのでしょう。 夢の狭間でふと思う。 (そういえば最近は正月料理ばかりだったな。 おかかに鮭…目が覚めたら久しぶりにおにぎりを作りましょうか) ●和奏(ia8807) 巣立ちは完璧だった。 広げた翼は気流を掴み、まっすぐ空へと舞い上がる。威風堂々と力強く、空高く駆け上った。 のだが。 これはいったい、何事だろうか。 美しい隠れ家のようなここに、逗留していただけだったのに。 人間に取り囲まれたまま、一頭の鷲獅鳥は翼の痛みと羞恥心に大恐慌に陥っていた。 ● 丁寧に髪をくしけずられ、お着物は、帯はと着せ替え人形になっている少年がひとり。 年のころは十四ばかり。彼はあまりにも人形めいていた。 ああでもない、こうでもない、と楽しそうなのは母らしき女性ばかりで、そのことを喜ぶでもなく、迎合しているわけでもなく、かといって疎むこともなく。眼差しはまるで黒く透き通った玻璃のようになんの感慨も浮かべず、ただそこにあるものをそのまま映していた。 ようやっと母が満足して数限りない試着と着替えから開放されたときも、そう、とひとつ頷いただけ。 (…何だかいつもよりちょっと騒々しい…。 悪い事ではない…の、かな…?) ぽこりと水泡のように思考が浮かんだ。それが明確な輪郭線を持つ前に、人々はやれ瑞兆だ、元服の朝に佳きことだ、と囃し立てて和奏を外に連れ出す。 浮かんだ思考は水面に向かってあっというまにのぼり、消えていった。 一角に人垣ができている。和奏が姿を見せるとざざ、と道ができた。 中心にいたのは、大くて白い翼あるものだった。 (…見たことのない不思議な生き物…) 一見、白いのだ。 けれど影になっている部分や、日の光を照り返す部分が不思議な色をまとっている。鳥にしてはずいぶんと大きいし、いろいろな疑問が和奏の中で生まれようとした。 けれど、やっぱり。 「天啓です」 疑問が疑問という形を取る前に。生まれた泡はあっというまに遠ざかる。 (…天啓…? ふぅん、そういうもの…) 与えられた回答。生まれなかった疑問。 玻璃のようにただ、和奏の目は白い彼を見つめていた。 ● 翼を広げて人間たちを威嚇しながら、彼は現れた少年を見つめていた。 他と違って顔色をなくさない。いちばん綺麗で、華やかな容姿。なんだか良い匂いもする…。 なにより少年は彼を恐れなかった。ただじっと、反らすことなく見つめてくる。 (…こいつは…何者?) 彼はただの鳥ではなかったが、野生だった。 ゆえに。 一度交わした視線を反らすなんて、できるわけがなかった。 本人たちはなんだかよくわからないまま、気がつけば相棒の枠におさまることとなる。 それは漣李が巣立ったばかりのころで、和奏が元服する、その朝のことだった。 ●戸隠 菫(ib9794) その喪失感を、どう表現すべきだろうか。 彼女はそれでも自らの成すべきことを見つけ出していた。 せめて。 せめてマスターの大切な人だけでも脱出させないと。 脆くなった壁に攻撃を叩き込む。土砂と土煙は、敵もろとも彼女を飲み込んだ。 ● 「ぼろぼろだ…」 土砂の中から、菫はシーラ・シャトールノー(ib5285)とその相棒の協力で一体のからくりを掘り起こした。 最近崩れた土砂のようで、土が固くなっていないことが救いだろうか。 (こんなに酷く破損して…何があったんだろう。倒れ方を見ると、誰かを逃がす為に立ちはだかったのかな?) 菫の心に、なにか奇妙に引っかかっていた。 「ねえ、この子を直してあげる事は出来ないのかな?」 「了解、調べてみる」 シーラのからくり、アンフェルネは菫の求めにこくりと応じた。 「コアは無傷で、致命的な損傷は免れているから修理できるよ。スペアパーツもあるし、気になるなら修理するけど?」 「うん…ここで出会ったのも何かの縁だし、この子に良きパートナーになって貰えたら嬉しいなって」 「うん、修理してあげるね。あたしの仲間が増えるの嬉しいし」 潰れた腕が取り替えられ、傷ついた肌が修復されていく。もういいよ、と場所を譲られて、からくりのそばに膝をついた。 「本当にありがとう、アンフェルネ」 手にした鍵を、その首輪に差し込んだ。 ゆっくりと瞼が持ち上がる。 ――明るい茶色の目。 「おはよう。あたしは戸隠菫。キミの名前は?」 ● ――似ている。 …誰に? 「わ…たしの名前…は…」 口がうまく動かない。 名前、なまえ…。 「ほだか…き…り…」 「うん、穂高 桐なんだね。ねえ、あたしと共に歩んでくれると嬉しいな」 もやがかって、思い出せない。 けれど。 「そ…うか、あなたがわたしの新しいマスターなのだな。 体が思い通りに動かないが…共に歩むとは…良いだろう、何か、同じ事があったような気がするな。良いだろう、菫」 「歩ける? 最近崩れたばっかりみたいだから、早く出ないと」 ぎこちなく足を動かす。 今日からは。 今日からは、彼女と歩いていく。これからを。 |