|
■オープニング本文 ● クリノカラカミの遺跡の入り口に、森がある。 その森は広く、川が流れていて、そして野生の龍が数多く棲んでいた。「地這う古龍」と呼ばれるヌシが治める森だという。 厳密に言うのなら、その森すべてが古龍の縄張り、というわけではないようで、遺跡入り口のあたりは若干縄張りから外れたところにあるようだった。 けれども付近を大々的に調査する都合上、周辺を騒がせる旨を知らせるため、開拓者ギルドから使者が派遣される。五名の開拓者がその任を担い、古龍の縄張りへと入り込み、野生の龍を退けて古龍へ接触。 会話を交わすことに成功した。 これが「【人形】地這う古龍」依頼の概要である。 ● 「で、その古龍がどうしたって?」 あっけらかんと問い返されて、受付嬢は少しだけ不安になった。ほんとうにわかっているのだろうか、この少年。 「そこへもう一度行って頂きたい、という依頼です」 「へー。龍で上飛んでったらだめかな」 「会話してはじめて判明したことですが、古龍は龍の捕獲をあまりよくは思っていないようです。それは確かに、そうなんですよね。自分の意思で主についてきた龍もいないとは言いませんが、力ずくで捕獲することもありますから」 「マジで!? うわ、聞きたくなかった……」 「けっこう人の手で飼育・繁殖させているんですけどね。 でも、だからといって人間を敵視しない程度には理性的ですよ。捕まえに来たら今まで通り攻撃する、とは言っていますが、捕まえに来るなとは言いません。不愉快ではあっても、生存競争のひとつだと割り切っているのではないでしょうか。 だいたい空から行ったら野性の龍に寄ってたかって攻撃されて、いくら歴戦の開拓者様でも墜落しかねませんよ。調教されていない野生の龍はわりと凶暴なんですから」 「……調教されてても、湯花の龍とか凶暴だぜ?」 「炎龍は気性が荒い固体が多いですからね。それにあの子のあれはコミュニケーションの一種になっていませんか」 「あー、なってるなってる。うけるよなー」 「あなたも似たようなものだと思いますけど……。まあいいでしょう。 道は地上を行っていただくことになると思います。前回の担当者様がきちんと地図を記録してくださいましたので、迷うことはそうないでしょう。ただやっぱり、古龍のところへたどり着くまでは攻撃されるでしょうから……がんばってください」 「それさ、攻撃しちゃだめってわけじゃないんだろー? 重傷とか、再起不能の怪我とかがあんまりよくないだけで」 「ええ。古龍は他者を癒す技を持っているようですから、それで回復できる範囲なら問題ないでしょう。皆さんも帰る前には怪我しても治してくださると思いますよ。さすがに帰り道は襲われないようですし」 「へー。で、行って何してくりゃいいわけ?」 「宴会です」 受付嬢はきっぱりと言った。少年は沈黙する。 「……わり。もっぺん言ってくんね?」 「宴会です。聞き間違いではありませんよ。 ちょうどあちこちで新年だのなんだのの時期ですから、これを口実に行ってきてください。非常時にはできれば協力関係をとりつけたいんです。ただ、今のままではそういうことができません。 彼らは人間の文化や文明、こちらの都合などは興味を示してくださらないようです。野性ですから、致し方のない部分があるでしょう。実はアヤカシが出たときに協力したい、と既に申し出てくださった方がいるのですが、断られているんです」 「断られてンのかよ! だめじゃね?」 「一度断られたくらいでめげてどうするんですか。外交なんて断られてなんぼです。そうやって集めてくださった情報があるから、次に活かせるんですよ。 まずお互いを知る必要があると思います。私たちは野生という相手の背景を考慮しなくてはいけないし、向こうにもこちらの人間社会を知ってほしい。新年というのは一年の挨拶で、人間にとっては礼儀なのだと言えば無碍にされることもないはずです。彼はとても理性的な龍ですから」 「へー。理性的なのに襲うのか……」 「上空を飛び回る野生の龍にとっては、人間の敵味方識別なんてできないのでしょうね。いい人間ばかりではありませんから。 ですから、もう一度どうにか森の奥まで突破してきてください。何か宴会芸か余興でもやって……せっかくですのでちょっとものめずらしい土地で皆様も楽しんできてください。めずらしいって言っても、野生の龍の山とヌシしかいませんけどね」 「宴会芸! なーにやろっかなー!」 「かくれんぼとか、他の龍にわかる程度にルールを簡略化して遊んできても悪くはないと思います。古龍も身体を動かすのは嫌いではないみたいですし。 そうですね、目で見てわかるもの、身体を動かすもの、といった直接的なことがいいでしょう。舞とか。楽はちょっとわかりませんが。物語は無理のようです。文化や生活様式を知らないと通じないものですからね。 今は交渉のときではありません。古龍との伝手を作り、強めたい。お酒や肉はギルドで用意しましょう。必要な――運べる分だけ申請してください。台車などは使えません。悪路ですから。 他の龍へまで食事を振舞うことはないでしょう。どうやっても運べませんし、量が量なので専用に予算をもらわないと対処できませんしね。 お願いできますか?」 「おもしろそーだし、いーぜ。俺行く! 宝物を何かひとつ持ってさ、奪い合いすんの! よくねー?」 「ギルドからの使者だということは忘れないでくださいね……あまり礼節に厳しくはないと思いますが、最低限の礼儀は守ってくださいよ!」 「わーってるって! 湯花と鋼天も誘って来るなー!」 「無理矢理誘うことないんですからねー!?」 「無理矢理じゃねーって、結局あいつら最後は楽しんでるからよー!」 「……心配です……」 ギルドを飛び出していった少年を見送って、受付嬢は顔を覆った。そしてあなたに気づく。 「もしよければ、彼と一緒に行ってくださいませんか」 お目付け役になってくれないかと言われているも同然だった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
水月(ia2566)
10歳・女・吟
ヴィクトリア(ia9070)
42歳・女・サ
スレダ(ib6629)
14歳・女・魔
祖父江 葛籠(ib9769)
16歳・女・武
久那彦(ib9799)
10歳・男・武 |
■リプレイ本文 ● (普通の龍さんの三倍……それじゃあいっぱいお土産持っていってあげないと……。 おなかいっぱい食べられないのは悲しいの) わりと食べる娘、水月(ia2566)はそう思ってたくさんの荷物を申請した。スレダ(ib6629)も大八車を推す。 しかし積雪量――雪化粧になるほどきちんと積もっている場所で、しかも木の根などが遠慮なくせり出している獣道で使うには無謀だと言われた。 「……牛さんでは無理ですか?」 一頭まるごと、生きたまま。 「現状では途中で他の龍にやられてしまうと思います。ちょっと現実的ではありませんね」 「じゃあ、ソリでどうだい」 提案したのはヴィクトリア(ia9070)だった。 「あたいが引いていく。引き受けたからにはやり遂げてみせるだわさ」 「わかりました。ソリなら合理的ですね。引っ張りすぎて吹っ飛ばしたりしないようご留意ください。 ではソリ一台と、それに乗るだけの肉と酒を。以上ですか?」 「よく血抜きされた、臭いの少ない大きな肉にしてーですが……」 「普通、血抜きはきっちり行われるので問題ないかと。業者に頼むので大丈夫ですよ。臭いはちょっと、なんとも言えませんが」 「密閉はできるですか?」 「難しいですね。できるだけ臭いの漏れにくいものを選びますが、動物の鼻ですから」 「背負子と、それに乗せる荷物をお願いします」 祖父江 葛籠(ib9769)が付け加えた。 「ボクもお酒を」 久那彦(ib9799)が心持ち女性陣から距離を取りつつ便乗する。 そうして用意された荷物をできるだけ臭いがしないよう梱包して、酒は小樽でソリに積み込んだ。隙間がないよう詰めて、それをぐるぐると縄でしっかり括りつける。白い布で覆いをかぶせて四方を留め、それぞれ白を基調にした衣服や布を被って偽装した。 「気に入ってもらえたらいいのですが」 酒を背負って、久那彦は小さくこぼす。 武僧という職そのものに興味のあるヴィクトリアは、それに引っ掛けて依頼を受けていた。ソリを引く縄を確認して、うん、と頷く。 (古龍の処まで行き着いて宴会をするなんざ、中々やるものだね。 そこまで辿り着くのは結構大変だろうけども) やりがいもあるし、それに。 「飲み比べするのも面白そうだしね」 にっと唇にはっきりと笑みを刻んで、大股で歩き出した。 ● 「去年の春ぶりですね」 スレダはすっかり白くなった景色を前に呟いた。雪かき道具を背負って踏み込む。今回行くのは獣道だ。 そしてすぐに、箒を持って来るべきだったと後悔した。 「消えねーです」 「木の雪を使うのも限度があるね。けっこうはっきり影ができちゃう」 雪の上の足跡を消すのは難しい。豪雪であればあっというまに覆い隠してくれるのだが、晴天であれば雪の表面を陽気が溶かして、溶けたわずかな雪が再び凍ってぱりぱりになってしまう。そこに残った痕跡を、遠目にであっても誤魔化すのは大変だ。せめて箒があればすこしは楽だっただろうが、ないものはしかたがない。 さらに言えば。 「……音」 水月が呟く。そんな雪の上を歩くのだから、ごす、がさ、と足音だけでけっこう響く。しかも葉の少ない季節ゆえに、音がどこまでも遠く響いてしまう。 積雪は深くはなかったが、あるだけでとても厄介だった。つくづくソリにしてよかったと思う。この上雪の下にある悪路に車輪をとられるとしたら悪夢だ。まったく、ヴィクトリアの提案は的確といえた。 「雪さえなけりゃ、大八車でもいけたかもしれねーですね。壊れねーかがやっぱり心配ですが」 春の状態とはいえ、覚えている限りの道のりを伝えてスレダは一行を先導した。 ● スレダから道を聞き、先行偵察するのは久那彦。 枝の絡み合う道でも天狗駆なら苦もなくゆける。木立の影に身を潜めながら、道なき道を進んだ。 遠目に、鮮やかな赤い龍を見る。しかし――迂回できる道もない。 突っ込むしかない。 龍に気づかれるまでは、隠密行動を心がけて交戦を避け、距離を稼ぐ。 気づかれたら足を止め、突破を優先する。 羅喉丸(ia0347)の示した方針を思い出して、久那彦はそっと皆の元へ戻って敵発見位置を告げた。 (争いは避けられるに越したことはないのですが) 「この位置にもういましたか。まだ距離ありますよ」 「練力消費に気をつけないとね」 ヴィクトリアの言葉にそれぞれ頷く。この場合、練力切れがもっとも怖い。 静かに進むが、やはり気づかれた。鮮やかな鱗を見せ付けて襲い掛かる炎龍と、それに続く甲龍が二体。 (せっかく用意した荷を滅茶苦茶にされちゃったら大変) 水月はゆったりとした子守唄を歌い上げる。甲龍の一体がとろんと目蓋を落としたが、残る二体は跳ね除けた。たった一度歌っただけなのに練力がごっそり持っていかれる。無駄撃ちはできない。 開いた口から、炎龍は炎の球を吐き出した。咄嗟にソリを引いて離れるヴィクトリア。羅喉丸がソリの前に膝をついて盾を構えた。その身体から気がたちのぼる。 地面へ着弾、爆発。冷えた身体に暴力的なまでに熱気がたたきつけられる。 「できるか、違うな、やるだけだ」 羅喉丸は空波掌を続いてきた甲龍へ叩き込んだ。重心から外して撃ち、崩させる。進路からわずかに逸れた龍をスレダのアムルリープが襲い、眠りの底へ叩き込んだ。 続けて葛籠の一喝が響き渡る。ぎくりとして距離をとった炎龍のそばを、ヴィクトリアは真っ先に駆け抜けた。久那彦が羅喉丸の傷を癒す。 「どれくらい持つんだい?」 「三十秒くらいしか続かないよ! 殿はあたしが!」 ヴィクトリアと短く交わす。 「傷はボクが治します。お二人は緊急以外は龍対応に集中してください」 治癒の届かない距離へ行ってしまった甲龍は諦めて、久那彦は言い添える。実際それは、非常にありがたい申し出だった。 騒げば見つかる。どこからともなく龍が押しかけ、眠らせても遠ざけてもきりがない。構うよりも突破を優先して押し切り、どうにかそこへたどり着いた。 ● 小さな滝のそばだった。ゆったりと背に雪を積もらせていた古龍が、目蓋の下から鬼灯みたいに真っ赤な目を覗かせた。 「人の子か」 地響きみたいな声。ゆっくりと頭をもたげると、ずず、と雪が滑ってどうっと落ちる。 敬意を――畏怖をもって久那彦はそれを見上げた。大きくて、永い永い時の果てに年老いた古木のようだった。苔むしたような鱗の色がいっそうその雰囲気を強める。 地這う古龍。 名誉なことだ、と羅喉丸は思った。 こうして永い時を経たものの前に出られるのは、名誉なことだ、と。 「はじめまして。あたしはエルフの葛籠って言います。天輪宗の武僧をしているの」 明るくはきはきと葛籠が挨拶する。そうか、と彼は頷いてスレダに目をとめる。 「そなたは春に訪れたものだな。何ぞ、また用でもあるのか」 いえ、挨拶です、と彼女は答える。治癒の光が降り注いで、傷ついた身体を癒してくれた。 「人は新年には挨拶をするですよ。 同時にいつもよりいいものを食べたりもするですから、ささやかな宴会を催しに来たです」 できるだけ噛み砕いたスレダの言葉は、けれどやはりそんなに理解できないらしい。 焚き火の用意をしながら、羅喉丸が言葉を付け加える。 「生きて新しい年を迎えられた事を祝う行事ですよ」 「……そういうものか?」 飲み込めていない古龍の気持ちが、水月にはすこし、わかった。あたりまえのようにまわりがやってきたこと。まわりは当たり前だと思って受け入れているけれど、それが当たり前ではなかった人間には感覚的に理解することができない。 「正直、わたしも年始の挨拶とか、よく分かってないです。 でもきっと、人間も何かと理由をつけて楽しく宴会したいんだと思うの」 鬼灯のように紅い目が、小さな水月を映した。 「そなたの言葉はとてもわかりやすい。 では、何かと理由をつけて参った者たちよ。ともに食をとろうではないか」 地響きのような声の中に、少しだけ笑いに似た気配が滲んでいた。 ヴィクトリアが引いてきたソリを前に出す。しっかりと結わえ付けていた紐を切って何重にもした包装をといた。 「牛丸ごとはねーですが、それに近い物も用意させて貰ったですよ」 「覚えていたか。牛はほんとうに久しい」 ばたむ、と太い尻尾が機嫌よく地面を叩いた。震動がびりびりと伝わる。粉雪が舞った。 ばくりとかぶりついて、血が足りぬ、と文句を言いながらもあっというまにひとつの塊をたいらげてしまった。 やっぱり牛をそのまま連れてきたほうがよかったかと水月は思いながら、それを眺めて自分の分の弁当を広げる。 久那彦も背負ってきた小樽をひとつ開けると、ばたむ、と再び機嫌よく尻尾が地面を叩いた。 「酒はよい。人は大抵ろくなことはしておらぬしあまり美味くもないが、酒を作り出すとはすばらしいことだ」 葛籠も背負子をおろし、肉をソリに追加した。 「古龍さんは、人間の言葉をどうやって覚えたんだろう」 ぽつりとこぼした言葉。誰かに習ったのだろうか、興味を持って? それとも身を守るためだったのだろうか。 「我らの種は人の言葉と同じ言葉を使ったものだ。そなたらの傍にもおろう、人の姿をとらずに人の言葉を操るケモノや精霊が。もふらもそうだったな。 我はそういったものだ。こやつらとは種を異にしている」 遠巻きにする龍たちをさして言う。 「同族の龍はいないの……?」 「みないなくなった。遠い昔のことだな」 「長い間、ずっとひとりで……?」 「そうして滅びるのが我らだったのだろう。その最後が我だった。それだけのことだ」 感傷に似た響きはない。ばりっ、と骨から肉を剥ぎ取って咀嚼する。 「大食い比べ勝負、挑んでみたいの」 「無理だ」 「もちろん体の大きさが全然違いますからハンデはもらいますけど……」 「そうではない。我が食べるには足らぬから、勝負ができぬ。 それに、食事はむやみにとるものではない。必要なだけあればよかろう。今、我はほとんど動きはせぬからな」 こくこく、頷く。やっぱり牛一頭、まるまる連れてこられたらよかった。あれだけ過酷な道のりでさえなければ、それもできるのに。 かわりではないけれど、精霊の衣から天女の衣へと着替えた。 ――……。 決して大きくはない声はよく透き通り、さえずるような歌声を紡ぐ。ひらり、小さな手をいっぱいに伸ばして。 白い薄衣が翻る。雪景色に溶け込みそうに白く淡く、薄緑色の淡い燐光をまとった輪郭線を浮かび上がらせて。 軽やかに弾むように。 ふわりとやさしく、強く踏み込んで激しく。風みたいに。 ● 水月の舞を肴に、大人たちは古龍と酒を酌み交わしていた。持ってきた小樽にそのまま鼻先を突っ込む古龍、肉を火で炙り肴にする羅喉丸(焼くなどもったいない、と横から文句が入った)、余裕で杯を干すヴィクトリア。そして何気に成人している久那彦も、平然と飲んでいた。 がぶがぶと浴びるように飲む古龍に、ヴィクトリアは次の樽を開けてやった。 「いくらでも付き合えるからいいけどね」 「かたじけない」 ひらり、舞い終えて水月がぺこりと一礼する。 「佳き舞であった。そなたは飲まぬのか」 「それは大人の飲み物なの」 「そうか。そなたは小さいからか」 こくこく、と頷く。広げたお弁当の前に戻ってお箸をとった。 「しかし、翼ある人の子は小さい」 背丈さえほんのちょっぴり水月より低い久那彦。悲しいかな、もはや慣れきって反発する気持ちなんてない。 「ボクはこれでも大人です」 「そうか。人は難しいな」 「いえ、慣れていますから」 気持ちを切り替えるためにも、杯を置いて太刀をとった。 「剣舞くらいしかできないのですが」 ひとこと断り、久那彦は入れ替わるように出る。抜き放った刀身が雪との間でまばゆく光を乱反射した。小柄な身体でなめらかに太刀を扱う舞を見ながら、スレダは礼をのべる。 「以前お話したからくりの友人は、無事に目を覚ましたです。 口実はあるですが、個人的で身勝手なお礼でもあるですから。 ……ありがとう御座います」 「我は力添えをしていない」 「それでも、ですよ」 「そうか」 大気を切り裂く太刀の音。いくつかの型を繋げて舞い、そして納刀ののち一礼。戻ってくる久那彦の次にスレダが立つ。 「私は歌を」 意味までは仔細に伝わらないかもしれない。歌に使われるような言い回しは独特なものも少なくなくて、文化背景を知らぬ彼にとっては理解しがたい部分があるだろう。 冬の澄んだ、つめたい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。 自然を敬い、そこに住まう者を敬い、ヌシを敬うスレダの一族に伝わる歌。 古い言葉の、古い歌。 意味が伝わらなくても言葉の持つ表現が理解できなくても。 (私が自信を持ってできるのはこれぐれーですから) 自分のできる最高のものを披露したいという、心意気はきっと。 ● 胃袋もほどほどに満ちてきて、しこたま飲んでおきながら大人たちはけろっとしていて。 「――よし! 第一回、宝強奪ゲームをはじめる!」 真樹が宣言して、羅喉丸が簡潔に古龍へ説明した。 「野生だと狩りが本能だから、かくれんぼとか楽しんでくれるかもしれないね」 「採用!」 「混ぜるの?」 なにげなく呟いた葛籠の台詞まで拾い上げられた。 「――獲物を抱えて、相手の獲物を狙う遊びになるか。隠れたり、頭を使うのは各自の自由で」 「ほう。群れのあれらも加えてか」 「かかってきやがれ、奪ってやんぜ!」 ああ。礼儀知らず。困ったように笑いながら鞠をもてあそぶ葛籠。宝はこれでいいか。 「俺は賽子でいいか」 「我はこれでよい」 古龍は残った牛の骨だった。 練力は残りわずか。しかし。 「遊びといえど、手を抜いては面白くないし、失礼だな」 はじめ、というヴィクトリアの合図で人と龍の遊びが始まった。 普段から狩りをしている奴らは、人や動物を襲うことにとても慣れていた。スキルを使わないあたり手加減だったのだろうが。 一方古龍を相手取る羅喉丸は地を踏みしめて構え、じゃれるような尻尾をかわしながら隙を伺っていた。振りぬかれた隙、背中までの道筋。 「奥義を尽くさなければな」 地を蹴り奔る。苔色の鱗に足をかけてのぼり。 ――叩き落とされた。 「よい動きだ」 楽しそうに言う古龍の足元で、うねうねと蔦が蠢いている。あれが古龍の力の一端なのだろうか。 その蔦のひとつが賽子を持っているのを見て、降参を示す。 存外負けず嫌いらしい。 休憩がてら、葛籠はいろいろと持ってきたものを出した。 香炉は嫌がったが、風鈴は好まれた。葛籠は近くの木の枝に結び付けてやる。線香花火で遊んで、最後に森を見回した。今は一面の雪。 「見たいお花があったら、こんど持ってくるよ。 種を植えて育てるのも、楽しいかも」 「植物は好きだ。森を乱さぬ種がよい」 「うん」 約束の後に、帰路についた。 |