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■オープニング本文 ● ミルクティ色の髪をまとめ、帽子をかぶり、薔薇のイヤリングをつける。首の詰まった臙脂のドレスと黒いレース。カメオのブローチ。ベルベットのハイヒール。やさしく香る薔薇の香水。たぶん正座をするからバッスルはつけないけれど、手袋をして日傘を持てば、完璧。 身だしなみを確認して、どきどきする胸をおさえた。鏡の向こうから緊張気味の自分が見返してきていた。 「大丈夫……、教会に行くだけだもの」 数日かけて蓄積した勇気があっというまに霧散しないよう、慎重に気持ちを整えた。 「……」 やっぱりちょっと、怖い。 気合を入れるために口紅をもう一度塗り重ねた。甘さと深みを増した色になる。 「よし、完璧です」 えいや、とドアを開けた。 ● 通された一室で待っていると、教員であり友人である女性、恵理はお茶を持ってきてくれた。 染否にある天儀神教会付属孤児院。綴の家からさほど離れていないここは、綴にとっても馴染み深い場所だった。 「久しぶりねー、あんたがここに来るの」 「私がここに来ても、あまり役には立ちませんから」 自立を奨励する染否で生きる下地を作るのなら、依存心が強く優しすぎる綴は有害になる。 はっきりとそう言われて手伝いを拒まれてから、ここに来るのはいつもためらいがあった。 「せいぜい金持ちになれば綺麗な格好ができるって子供たちの意欲が上がるくらいだものねー」 「……エリちゃん、ひどいです」 「まあ、たまには来なさいよ。忙しくなければ歓迎してあげる。そんで今年の人数でしょ。これくらいね」 一枚の紙を渡される。年齢性別に分けられた、子供の人数。 「……増えて、ませんか」 「しょうがないでしょー、難民流れてくるんだもの。忌矢も忙しそうよ」 「『連』は?」 「いろいろやってくれてるわ。よその町でも奉公先探してくれるし。 問題は『造』よ。もう、全然相手にしてくれないんだから」 「……仕方がないと思いますけど」 商人連合と職人連合は根本的に性質が違う。町の運営に大きく食い込んでいる商人連合、通称『連』と、議席の押し付け合いが恒例化している職人連合『造』ではなにもかもが違うのだ。孤児院は双方の支援を受けている。だからこそ天儀神教会などというマイナーな宗派でも大勢の孤児を養うことができるわけだが。 「染否の職人はやーねー、協調性がなくてやりづらいわ」 「それを言っちゃうエリちゃんの命知らずっぷりが怖いです」 「弟子入りのための門戸狭いのよ。金持ってんだから弟子くらい育てなさいよっての。流派が消えるでしょーがっ」 「強要すると職人さんが欝になると思いますけど……」 「その前に反乱起こすわよあいつら。自分の気に入らないことは絶対やんないんだから。 そうそう、深喜とか翠牙とかそろそろ弟子取らないかしら」 「『造』に申請したらどうですか」 「もう却下されたわ。ね、ちょーっと綴から頼んでみてくれない? あいつらあんたに弱いじゃない」 「遠慮します。職人相手にそんな卑怯なことはできません。どうしても薬師になりたいとか、なにがなんでも研師になりたいわけじゃないのでしょう?」 ここは職人と商人の町だ。 技と財が尊ばれ、誇りと自立を重んじる。その中からあぶれて馴染めない人間のための町ではない。――はっきりとその方針を打ち出している。 だから、町を出て行く子供は少なからずいるだろう。ここにないものを求めるのならそうするしかない。 要領の悪い子供は苦労することだろう。しかしそれはその子の人生で、その子が責任を負うべきことだ。就職の機会は至るところに存在する。町の人間は綴含め、ちょっとした雑用に孤児を使い、伝手と賃金を得る機会を与えている。それを活かせないような子供の人生を面倒見てくれるほどのお人よしは町にいない。 恵理はへにょりと眉尻を下げた。 「奉公先が決まらない子とかいるしさー。どうにか無事に送り出したいのよ」 「そんなによくないんですか?」 「自分に自信のない子とか、逆にありすぎて困った子とか、染否じゃ生きにくい子は毎年行き先決まりにくくてね」 「そうですか……」 でも、町の多くはここで生きていけないのなら出て行けばいい、と言うだろう。 ここは人の出入りが激しい。恵理のように孤児としてやってきた者、優しさの中で生きられなかったひねくれ者、あるいは過去を詮索されたくないような者が流れ着くこともある。そしてこの町が合わない者は出て行くのだ。 無理にここで生きていくことはない。 「大抵は順応していくんだけどさ。そうじゃない子も必ず出てきちゃうのよ。そういう子に限って自発性なかったりしてね。 ま、無理言って悪かったわ。ともあれ今年もよろしくね。手伝い派遣しなくて平気?」 「子供たちへのプレゼントなのに、手伝わせてどうするんですか。 仕事納めでどこも雑用係欲しがるでしょうし、忙しいのでしょう? 誰もいないじゃないですか。外回り苦手な子も残らず出払っているなんて相当でしょう。伝手が作れる機会ですよ。活かさないと困るのは子供です」 「でも大丈夫? けっこうな量よ」 「ええ。こういうときに助けてくれそうな方々に心当たりがあるんです」 染否の気質を変えることはできない。ここはそういう人間が流れ着き、そういう人間が得た居場所なのだから。彼らを押しのけることはできない。 綴にとっては怖い町だ。出歩くことさえためらうほどに。そして、この町を怖がる子供もいる。 (開拓者のひとたちなら、きっと) きっと染否に共感しても、綴に共感しても、あるいはどちらにも共感しなくても。 これからいろいろな人生を歩む子供たちのために、一緒に料理のひとつも手伝ってくれる人だって……いるだろう。 ● 「こんにちわ! 依頼お願いにうかがいましたー!」 蔓で編んだバスケットを抱えて、十代半ばごろの少女がギルドを訪れた。めずらしくひらひらしたライトブルーのエプロンドレスを着ている。 「こんにちわ、佐羽様。本日のご用件は?」 「これなんです」 ぱぱっとバスケットからいろいろ取り出した。ミートローフ、星型に切り抜かれたつやつやのてりがあるにんじんのグラッセ、丁寧に裏ごしされたポテトサラダ、みずみずしいレタス。かりっときれいに焼けたバゲット。 ごくりと受付嬢、および周囲の何名かが唾を飲み込んだ。 昼食直前の時間帯にこの仕打ち。なんだこれ。拷問か。新手の拷問なのか。 「スープは運ぶのが大変なのでやめたんですけど、だいたいこんな感じです」 「なにがですか。いいんですか、食べていいんですかこれ」 「え? えーっと……。あの、綴さんは「さんぷる品」って言ってましたけど」 「なんの!?」 「一緒に作ってくれるお手伝いさん募集です」 あたしとしてはこの本に書かれている「バクラヴァ」を作りたいです! と「【希儀】希儀料理指南書」を取り出して、佐羽は力説した。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 村雨 紫狼(ia9073) / フェンリエッタ(ib0018) / 十野間 月与(ib0343) / 明王院 未楡(ib0349) / ティア・ユスティース(ib0353) / 西光寺 百合(ib2997) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / 玖雀(ib6816) / ソヘイル(ib9726) / 祖父江 葛籠(ib9769) / 山茶花 久兵衛(ib9946) / ルース・エリコット(ic0005) / 麗空(ic0129) / 理心(ic0180) / 結咲(ic0181) |
■リプレイ本文 ● 看病で来るつもりが、来られなくて。礼野 真夢紀(ia1144)はしょげていた。 「この間も来るつもりがこれなかったし去年のミートローフ作りだって……」 「まあ……そうだったの。それは……ほんとうに残念だったけれど。 でも、年の瀬ですしあんまり無理しないでくださいね。来ようと思ってくださるのが、とても、嬉しいの」 そうして喋りながら作業する。ふと真夢紀はじゃがいもを茹でつつ尋ねた。 「ポテトサラダの馬鈴薯は茹でた後保冷庫に入れたら早く冷めませんか?」 大きな箱があれば、氷霊結で氷を作って保冷庫にできる。どうだろう、と提案すると綴は喜んだ。 「外に持っていかなくて済むわ。よければお願いできますか?」 「もちろんです」 「料理は人並みですが、お手伝いさせて頂きますね」 そう言って柚乃(ia0638)はにんじんを手に取った。星とか花とか、かわいい形に切って行く。神楽の都に来たばかりのころは、こんなこと全然、できなかった。調理器具も、もちろん包丁なんか触らせてもらえなくて。 (美味しいって笑顔を向けてくれると嬉しくなります) 今はこうして、思ったとおりに包丁を操れる。味付けだって自分の気に入った味にすることができる。神楽の都に来て、開拓者になって、ほんとうにいろんなことが変わった――。 口の中で小さく音律を紡ぎながら、するするとにんじんの花弁に立体感を持たせていく。 「あの……」 声をかけられて振り向いた。西光寺 百合(ib2997)が立っている。 「料理、は……得意、とは言えなくて。 よかったら、教えてもらえない……?」 「……いいですよ」 そう、こうやって人に教える日が来るなんて、思っても、みなかった。 慣れない包丁を懸命に扱う百合に、小さなこつを教えていく。人並みだけれど、意外にいろいろ知っているものだった。こうすると簡単に、ほら、花の形になる――そんなことを。すいぶんいろいろなことを覚えた――。 百合は不器用ではないし、たぶん、柚乃と同じだ。料理をしてこなかったから、あんまりよくわからない。勝手が馴染まない、感覚がわからない、そんなふうなのだろう。きっと。 最後に味付けして鍋に入れて、くつくつ煮込む間に持ってきたオリーブオイルを取り出した。塩で味付けして、パンにかけて食べるのがおすすめなのだ。これを持っていこう、と思う。 こんな食べ方だって、世界には転がっているのだ。知らないところに、たくさん。 割烹着を着込んだ明王院 未楡(ib0349)は、バクラヴァの材料を調理台に並べた。 「佐羽ちゃん、良く似合ってますよ。 みんなが思わず笑顔になる、そんな美味しいお菓子を作りましょうね」 「うん! よーし、がんばろーっ」 腕まくりする佐羽に微笑んで、まず生地作りからはじめた。 「孤児院へのクリスマスの贈り物かぁ」 ぱたぱたと動き回る母を見て、十野間 月与(ib0343)は小さく微笑んだ。 (あたいら実子と一緒に、沢山の孤児達を受け入れて育て上げてきた母様にして見たら確かに放ってはおけないよね) ディナーに時間を割けない未楡のかわりに、材料を手に取った。ミートローフの生地をこねていく。母と共に店を支えてきたのだ。手際よく次々と生地を作っていった。 そうしてゆで卵をいれ、形を整えてオーブンに入れる。焼いている間にと手早く器具を片付けて、次のケーキ作りにとりかかった。 ブッシュ・ド・ノエル。基本はロールケーキだからオーブンの空く時間を計算して生地を作った。綴の家は何気にオーブンも大きいから、一度に何枚も焼けるだろう。焼きむらだけ気をつけなければいけないけれど。 「よし、と。こんな感じかな。……まゆちゃん、保冷庫に隙間あるかな。チョコレートクリームを冷やしておけると助かるんだけど……」 「大丈夫ですよ。お預かりします」 「ありがとう、よろしくね」 差し出す両手にクリームの器を預けた。さあ、この場を片付けてロールケーキが焼けたら飾り付けして、そして着替えなくては。 ティア・ユスティース(ib0353)もエプロンドレスに着替えると、よく慣れたジルベリア料理にとりかかった。その最中にお皿を出したりしているルース・エリコット(ic0005)を見つける。次の仕事を探してきょろきょろしていた。 「ちょっといいでしょうか。スープを見ていていただけたら助かるのですが」 「あっ……は、はい。よ、ろしく……お願い、しま……す」 賑やかで忙しい台所では、蚊の鳴くような声はともすれば聞き逃しかねない。真っ赤になってしどろもどろの唇の動きをあわせて読んで意味を汲み取りながら、ティアはお玉を渡した。 「余裕があったら、隣のグラッセの水分がなくなったら教えてください。時々確認しますので、心配しないでくださいね」 「は、い……」 「料理ははじめてですか?」 「実家では、その、……作る機会、とか、なく、て……」 こぼしたりしないよう注意して、火力が足りているか確認しながら、覚束ないながらもルースはきまじめに、丁寧に頼まれたことをこなしてくれた。これなら目を離しても問題ないだろう。目元を和ませてティアも自分の作業に戻る。 (少しでも未来に希望を持てるように……) 祈りを込めて。グラッセに、ミートローフに、スープに、ポテトサラダの中に。四葉のクローバーをかたどったにんじんを忍ばせてゆく。 どうか、と、願った。 どうか小さな希望の兆しに気付く心の余裕や、小さな幸せに気付く心を忘れないで欲しいと。 そう、願った。 火加減を見ながら、ほんの隙間時間に空いた器を回収して流し場に持っていく。布巾をとって戻ってきて、ルースはティアの包丁捌きに目をまんまるくした。 「ふわぁ! ……すご、い……ですッ!!」 ぼた、と何かが落ちる音。我に返ると足元に布巾。 やっちゃった。……やっちゃった。お皿じゃなくて、よかった。ほんとうに! かーっと顔に血が上って、耳まで真っ赤に染まる。慌てて周囲を見回した。誰も見てない、よ、ね……。 別のところで百合を教えていた柚乃と目が合う。大丈夫ですよ、とやさしく励ますように唇が動く。 「あ、の、その、落とそうと、思ったわけじゃ……!」 そんなこと思われているわけもないって知っているのに、口は勝手に言い訳を探して迷走していた。 大きな手が、肉をむぎゅむぎゅとこねていた。 女性だらけの調理場にひときわ浮く長身といかつい顔。どこかで豪華な椅子にでも座ってそうな風体の、山茶花 久兵衛(ib9946)である。 彼が肉をこねている理由はただひとつ。好きだからだ。肉が。 「ジルベリアの料理か……初めて見るな」 むぎゅむぎゅ。ゆっくりのんびりこねていく。なにぶん動きは鈍いので時間がかかるのだ。できてから中に卵を入れて形を整え、オーブンで焼くほうへまわす。タレはまだ誰も作っていないようだった。鍋に大量生産することにしよう、いちいち個別に作るより効率的だ。 「もう少し塩味が……いやこれは……」 味見しつつ豊かな風味になるよういろいろと工夫した。舌の肥えている久兵衛としては半端なものにはしたくない。 いい匂いが漂ってきて、ふらふらと久兵衛はオーブンのほうへ吸い寄せられた。ミトンをしたティアが次々と取り出している。ふわりと豊かな肉の香り。味見味見、とナイフを入れて一切れ失敬。作ったタレをかけて試食。 「いやもう少し……」 調節して、味見して、なんだかいつのまにか一皿減っていた。 パンの生地を寝かせる間にジンジャークッキーを作りながら、真夢紀は小さくこぼした。ここはあんまりにも故郷と違いすぎて、それがほんとうに、ほんとうにどうしても、馴染まない。 「……まゆは染否はなじめません。 故郷は丁度正反対ですもの……」 ほんとうに小さな声だったのに、綴はその声を拾い上げた。難しい顔をする真夢紀にふわりと微笑む。 「なんだか嬉しいわ」 自分だけが馴染めないわけではなくて。そして、いつも大人びてしっかりしているような真夢紀が不意に滲ませた感情が、どうしてもいい感情なんて持てないでいることが、なんだか嬉しいと。綴は言った。 受け入れられない、納得できない、そんな感情が滲んで、それが信頼とか、共感とか、そんなものの欠片に見えて嬉しいと。 ほんとうになんだって綴がこんな町にいたのだろう、と真夢紀は思った。『造』というか、深喜と翠牙が弱い理由も不思議だ。 そう思いながらも手は動く。生姜をすりおろし、生地に練り込んで型抜きして。 「オーブン使っていいよ、まゆちゃん」 月与が声をかけてくれた。 「ありがとうございます。これ全部並べたら使いますので」 ひとまず今は、準備をしなければ。 ● 赤い三角帽、白ひげに――なぜかまるごともーもー。なぜに。 ちぐはぐに愉快な格好した村雨 紫狼(ia9073)は綴の家と孤児院の間を爆走していた。 「はっはーひたすら走るんだよォォーーッどけーヤジ馬どもッ!」 一応屋敷の多い住宅地なので、それはどうだろう――。しかし早いっちゃ早いのも事実だ。素敵に無駄にありあまる体力フル活用、デリバリー専門。いやいや料理だってできるのだ、一人暮らし長いし得意である。しかしここは女子力の見せ所、とばかりに手を出すまい。紫狼はひたすら荷運びに専念した。 「今日はわたくし達もおりますから。ご一緒に設営もいたしましょう?」 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)の誘いに、その心遣いに、綴は一瞬泣きそうに顔を歪めた。その手がすぐに顔を覆い隠して表情が見えなくなる。 マルカはただ黙って返事を待った。 「強いのですね。この前だって、あんなに断られて。……どうしたらそんなに、毅然としていられるの。マルカちゃんだって、すごく、大変なところ通ってきているのに。どうしてそんなに、しなやかに生きていけるの……?」 合わないだけなのだろう、と、マルカは思った。 染否の人々と話すとよくわかる。ここは綴や佐羽みたいな人間には、合わない。でも。 「ほんとうは行きたいんです。……だって、私だって、私だってあそこの子供だったんですもの」 すがるような言葉に微笑んだ。 「では参りましょう」 マルカは会場でも綴に付き添った。 「この鉢植えならどうかしら」 「手ごろですわね。飾りを運んでくださいまし。これはわたくしが」 ひょいと鉢植えを抱えて、マルカは会場の一角に置いた。もみの木はないけど、飾り付ければそれっぽくなるだろう。星飾りや綿の雲をのせていく。壁に色紙の鎖を垂らしていって。 フェンリエッタ(ib0018)が星や薔薇の形をした、かわいいキャンドルを持ってきてくれた。造花のリースもある。 「どこに置いたらいいかしら」 「そうですわね……、中央にテーブル代わりの台を置いて、クロスをかけましょう。綴様、クロスはありますでしょうか」 「ええ。そうですね、それぞれ食べる分だけ取ってもらったほうがいいですよね」 そうして用意した台の上にフェンリエッタが持ってきたリースを置き、その中央にキャンドルを置いて飾る。マルカも持ってきた紅茶やテュルク・カフヴェスィ、ジャムセットを並べた。 理心(ic0180)にとっては億劫なだけだった。会場に向かう足取りも重い。 「くりすます、だっけか? はぁ……面倒な事だ」 しょうがないから来たけど。なんたって保護対象がどこで何やらかすかわかったもんじゃないし。まったくもってこの二人は――。 「って、あのガキ共、どこに行きやがった……!」 い・な・い! どっちも。どっちもいない。どこで人様に迷惑かけてるかわかったもんじゃない……! 保護者であるからには監督責任がある。即座に回収しなければ。 同時刻。 高く結い上げた黒髪、あの後姿――。 おいしいものくれる人。 脳内に刷り込まれた情報に従い、麗空(ic0129)はてててと駆け寄った。 「くじゃく〜」 くい、と服の裾を引っ張る。 「おお? 麗空……と、」 玖雀(ib6816)の視線が後ろに向く。麗空を追いかけて、結咲(ic0181)が走り寄ってきた。 「ボクは、結咲」 開いた口の奥に鋭い犬歯が見える。 「結咲、な。麗空の友達か? 俺は玖雀だ」 「くじゃ、く?」 こて、と首が傾げられた。あ、これは誤解される判例だ。結咲はうろちょろ玖雀の足元を行ったりきたりする。 「……羽、綺麗な、羽ある? ボク、見たい、な」 いやそれはねぇわ――。 突っ込む前に後ろに回った結咲が、がばりと服を捲り上げる。 「おいおいおいー!?」 「……見え、ない。どこ、隠してる、の?」 「いやいやいや。ねぇわ。俺には羽根とかねぇわ。マジで!」 「おか、しい……」 「おかしくねぇ!」 「くじゃくー。はねあったのー?」 「ねぇから! ほんとねぇから!!」 「お前ら人様に何やってやがるっ!!」 理心が回収してくれるまで、玖雀の災難は続いた。まる。 緑色のドレスを翻して、ソヘイル(ib9726)はご機嫌に笑った。「くりすます」といえば赤と緑らしい――。 「くりすますのお祭りは初めて……楽しみ!」 赤いドレスの祖父江 葛籠(ib9769)に、包みを渡す。 「つづらさん。お誕生日おめでとうっ!」 その赤いドレスに映えるような、スノードロップの耳飾。緑色の目が思いがけないサプライズに丸くなる。鮮やかなその色に少し似ているドレスを着ていることが、またソヘイルを嬉しくさせた。狙ったわけじゃなかったのに。 「イル……! ありがとうっ」 明け透けでまじりっけない感謝の言葉。手を取り合って会場に入った。買いこんできた材料を切り貼りしながら飾りを作る。低いところにはぺたぺたソヘイルが貼り付けた。 「つづらさん、あそこにこのお星様つけてもらえますか?」 「もちろん任せて! えーと、このへんかな?」 「はい、ばっちりです」 「雪の飾りもうちょっと増やそっかー。あと、足袋に贈り物を入れるんだっけ?」 「くつしたですね。そんな飾りを作ってもいいかもしれません」 二人で作業すると、そんななんでもないことも楽しい。 「い〜いにおい〜!」 うきうきと楽しげな麗空の首根っこ引っつかみながら、理心はざっと室内を見回す。マルカや葛籠たちが飾り付けをしているが、部屋は広くてもう少し人手が必要のようだった。 「料理には近づくんじゃねぇぞ。おら、飾りだ飾り。でかい飾りを作って面積埋めりゃいいだろ」 ざくざくと大きく雪だるま等を切っていく。できあがると結咲が引きずりながら持って行き、麗空がべたりと豪快に貼り付ける。ちょっとくらい曲がっていてもぜんぜんお構いなしだ。 「いいにおい〜」 そしてちょっと手が空くと、麗空は料理に寄ってって涎を垂らす。玖雀が困ったように笑いながら、持っていた練り菓子を渡した。 「こっちで我慢しろなー」 「わ〜い〜!」 「お前はまた……!!」 ぶらーん、と理心に首根っこ掴みあげられながら、練り菓子をぱくりと食べた。 最後に持ち帰る分を作って、それから真夢紀は孤児院に行った。忙しくばたばたしている恵理が一息ついたころを見計らって捕まえる。 「クリスマスですから」 「わぁ……ありがと! なんか悪いわね、あなたってうちの子達と変わんないんだけどさー。年頃とか。 そうねぇ、せっかくだから嗜好品か何かのほうがいいかしら。それとも独り立ちするときのお道具箱でも作ってあげたらいいと思う?」 「お任せします」 「そう? 助かるわ! あなたも仕事無理しないでね。ほどほどにすんのよ」 ぐりぐりと頭を撫で回された。 ● 「すげー。なんか今年はゴーカだな!」 「サンタがいる! あの赤いのサンタだー! ねーちゃんサンタだろっ。サンタってじーさんじゃなかったんだな!」 「行き届いているか見るから席ついてね」 「なんだあのでかい猫」 「もふらさまくっついてる」 子供たちを誘導する月与に、まるごとねこまたを着込んだ上にぶさいくなもふらのぬいぐるみ、の呪術武器を手にした久兵衛。月与はともかく久兵衛のそれは曾孫用の一張羅らしい。もふらさま大好きな曾孫のために。そんな格好で混じっている。 「……もっと変なのがいる」 子供がまるごともーもーを着込んだ紫狼を指差した。 「さ〜孤児院の少年少女ッ美味いクリスマスディナーの到着だぁ! つーこって、ボクはサンタも〜も〜だYO☆ ハッピーうれピーよろピクね〜♪ ……ってなにポカーンな顔してんだあ? 食いたきゃ手伝いやがれガキども〜〜!!」 「牛だ」 「食えんの、あれ」 「無理だろ、腹壊す」 「じゃあ牛の意味ねーじゃん!!」 全力の突っ込みも紫狼は大雑把にスルー。雰囲気作りなのだ、これは。断じて食われてやるためでは、ない! 羽ばたく梟の意匠が凝らされた竪琴を、フェンリエッタは静かに奏でた。 貴族に生まれ、騎士となった。でも家事もするし、音楽や絵や物語も作る。――こんなふうに。 興味を持った。それが入り口だった。学ぶのは楽しかった。世界はちょっと広くなった。 誰かの笑顔に、出会えた。 ――本当は人見知り。そんなことを言うと驚かれる。 それを治すための音楽でもあったけれど。それだけじゃ、なくなっていた。 これからもっと沢山のことを知ればいい。 (職人や商人じゃなくても) それだけが道じゃない。自分の可能性は、どれだけあるだろう。気づく切欠さえあればなんだってできる。 なんにだってなれる。 (頑張って) ――虹色の鍵をあげる 君色の扉を探してご覧 今はまだ夜が明けずとも 望み、真っ直ぐ、踏み出せば 開け放った扉の道の先 輝く明日は君のもの―― 応援、している。 がんばれ。子供たち。 もう一度はっきりと、食事の邪魔にならないようにけれど聞こうと思えば聞き取れるように、明瞭に歌う。同じ音色がふと被った。同じ竪琴を抱えたティアが、ちらりと視線をよこして笑った。同じ音色が少し違う技術で奏でられる。互いに相手を尊重して共鳴する。 「どんな時でも、小さな幸せは必ず見つかりますから……」 小さくティアがささやいた。 ソヘイルと葛籠も子供たちに混じって食事していた。 「どれもおいしそうですね」 目移りしながらグラッセをひとつフォークにさして、葛籠に差し出した。 「あーん。……うんっ、やわらかくて甘くって、おいしーい!」 「おいしいですよね。おすすめです」 「イル、これ美味しいよ!」 あたしのおすすめ、と葛籠がポテトサラダをすくう。ぱくりと食べた。クリーミーで滑らかで、びっくりするほどやわらかい。キャンドルの光に葛籠の耳飾が揺れる。楽しすぎて黙っているのは無理だった。とんと身を起こし、少し空いている場所に出て行って足を踏み鳴らす。緑色のドレスの裾を翻して。気づいたフェンリエッタとティアがあわせて軽快な楽をくれた。とんとん、足を踏み鳴らして。 一曲終わると拍手。即席で奏でてくれた二人と観客に一礼して席に戻る。 「君、開拓者? 踊るの?」 「ボクも実は孤児なんです。ボクの夢は一人前の踊り子になって、拾って育ててくれたお養父さんに認めてもらう事。辛い事もあるけど頑張ります」 それが夢なのだと、話した。明るく葛籠が引き継ぐ。 「あたしも孤児。くりすますの夜に拾われたんだ。 でも、毎日が楽しいよっ」 屈託なく、そのまままっすぐに伝える。 「修行は辛かったりもしたけど、開拓者になれて……。 人の役に立ったり、色んな人と出会えたり」 ソヘイルとも会えた。それはとても大事なことだ。 「みんなの船出が、聖夜に輝く星のように素敵なものになりますように」 そう、願っている。 「美味しいか?」 オリーブオイルをかけてパンを食べ、ミートローフを齧る子供。返事はないけれど食べるのに必死な様子を見れば聞くまでもない。久兵衛は満足げに微笑んだ。 「ケーキ切るよ、順番にとりにおいで」 お皿にブッシュ・ド・ノエルとジンジャークッキーを載せて配る月与。 (自信がなくて自発性のない、子……。 何だか私の事を言われているようで身につまされるわ) 百合は小さく笑う。そう――自分もそうだった。だから、大勢の子供たちの中でそんな子を見つけることは容易だった。 みんなの輪の中から少し外れていて、視線が頼りなくて、小さくて寄る辺ないような、不安定な子――。 小さな男の子のそばにしゃがみ込む。一緒に食事して、少し話して、切り出した。 「私も、ね。 流されて生きてきた。今も、かもしれない」 今も、今だって、自分で選んであふれるような行動力で生きているわけではない。そんな力強さは百合にとって無縁だった。足元さえ固まっていなくて不安定で。 「だけど……必要だと言ってくれた人に巡り会えた。 だから今はね。 相変わらず自信はないけれど、生きてきてよかったのかもしれないって思えるようになったの」 不安を引きずりながら、心細さと自信のなさを持ったまま、それでも。 「貴方にも、きっとそういう出会いがあるわ。 だから……与えられた機会を無駄にはしないでね」 それでも受け入れてくれる人が、百合でいいと――違う、たぶん、百合がいいと、言ってくれる。 そんな人が見つかるまで、どうか強く、生きていってほしいと。願った。 ばくばくむしゃむしゃとふっ散らかし気味に食べる麗空を眺めつつ、理心は結咲にスープを渡した。自身もあまり食べずに隅に陣取る。 バクラヴァもぺろっとたいらげて、麗空が宙返りしたり身軽に曲芸をしてみせているのを眺めた。たぶん一番孤児院で身軽なのだろう少年が張り合っている。負けてるが。 ふと焦げた匂いがした。横を向くとなぜか、焼き芋を理心に押し付けようとする結咲。眉根を寄せる理心。 「………お前は…何でそんなもん持ってきてんだよ、おい」 「理心、芋、焼いた。食べ、て?」 外真っ黒。触った感触からして、中半生。硬い。 「だから、半生の芋なんて食えるかっ!」 ぶん、と結咲の頭にぶん投げる。がつんとぶち当たって明後日の方向に飛んでいく。 「ぅー…いた、い」 「お〜、芋〜。おいし〜い」 てててと駆け寄りナイスキャッチ、がりがりかじる麗空。ぱちぱち手を叩く結咲。 賑やかに夜は更けていった。 ● 片付けのころ、百合は恵理に調合した薬を渡した。 「あら、ありがとう! なんだかね、こないだもお薬くれた人がいるのよ。開拓者って薬草関係詳しいの?」 「そういうわけじゃ……ない、と思うわ……」 少なくとも百合にとっては今の稼業とこの知識とは紐づいていなかった。建設的な目的を持って身につけた知識でさえなかった。それでも。 (子供達を守ってあげて、ね) この知識が、少しでも助けとなるように。 「幸せになれますように……」 未楡は祈りと言祝ぎと共に、祈りの組紐を手首に結わえ付けてやる。どうしても全員分は無理で、先にいなくなる子供たちから配った。 「孤独や心細さに負けてしまいそうになる事もあるかもしれません……。 そんな時は優しくしてくれた人、大切にしてくれた人の事を思い出して……。 あなたの幸せを願う人達の事を思い出して、幸せになる事を諦めないで下さいね」 (この子達が世間の厳しさに負けずに真っ直ぐに歩んで行く時、自分達を思ってくれた人達と紡いだ思い出が力となってくれますように……) 未楡がひとつひとつ手首に結んでゆくのを見て、月与は祈る。 幸せになれますように。ほんとうにそうだ。ほんとうに。 この祈りが、この願いが、今この瞬間に注がれるこの思いが。この記憶が彼らの力となり支えとなり未来へと紡がれるように。 帰り道、マルカは綴に尋ねる。 「どうでしたか?」 「ありがとうございます。……嬉しかったわ。ほんとうに……」 声が揺れていた。鼻にかかった声だった。 暗くて顔は、見えないけれど。 そのことに丁重に気づかないふりをして、よかったですわ、といつも通りに微笑んだ。 女の子に服捲くられるとは……。しかも会場は女性だらけ。麗空とか理心とか、他数名の男性がいただけだ。あそこは女性率が高い。妙に居心地が悪かった。 「嫌いってわけじゃねぇが、あんまり、なぁ……」 玖雀はびくびくたぬき小屋で丸まるたぬき相手にこぼす。そもそもジルベリア文化にも疎い。わざわざ持参した極辛純米酒を飲むくらいには。郊外とここは少し離れているから、かすかな喧騒さえ聞こえてこないけれど。向こうはまあ、楽しくやっているだろう。 おもむろに手を小屋の中に突っ込んで、もふもふする塊を撫でた。ぴき、と凍りついた毛玉はこてりと転がる。 驚かせすぎたらしい。気絶していた。 「あー……。スマン。つい」 どうせだから一匹取り上げて胡坐をかいた上に乗せた。寒い夜にはちょうどいい。 喉を焼く酒の味と肌を刺す風の冷たさと、膝の上のもこもこと。 それだけを感じてまた、杯を干した。 |