|
■オープニング本文 ● どうにかしないといけない。 どうしたらいいのかわからない。 気持ちばかり焦って、空回りしている自覚はあった。 染否の町に来て一年とすこし。やってることといえば屋台の下っ端か友人とのお料理くらいで、まったくもって進展がない。 料理人になりたい。 漠然とした夢を追いかけて出てきたが、この町はそんなにやさしくなかった。弟子入りは片っ端から断られ続けている。何度も何度も繰り返したが、答えはいつもノーだった。なんて統一感あふれる町だろう。このやろう。 とはいえ焦って解決する問題でもないし、と上手く日常と折り合いをつけられる程度には、彼女は器用な性質だった。 なのに。 上手く、器用に、調節して折り合いをつけていたのに。 手紙を握る手が震える。紙がくしゃり、と手の形に添ってゆがんだ。どうにか激情をやりすごそうと、しばし理性と感情が拮抗する。叫べ。いや叫ぶな、落ち着け。落ち着いてられるかこの事態……! しばしの沈黙。そして。 「流和ちゃんのバカーっ!!」 力いっぱい、感情が勝利の雄叫びを上げた。 ぎょっとしたおじさんに断って、長屋を飛び出す。夕暮れの森に人気なんぞがあるわけもなく、立ち止まったところはとても静かだった。近くには空き家とたぬき小屋しかない。人影なし。よし。 「流和ちゃんのバカーっ! バカバカバカ、大バカ!! あほんだらーっ!! なによ、なによなによなによーっ! 村飛び出したあたしはもう村の人間じゃないってのー!? ふざけっ……」 ふ、と声が揺れる。涙腺が緩む。 ぼろぼろ、勝手に涙が落ちていった。握り締めていた拳でぎゅっと拭う。 手紙には、故郷で弔事があったことの報せだった。 簡潔で簡素で、しかも日付はだいぶ前。絶対に出し忘れていたのだろう。忘れられていたのも腹が立つが、「葬儀は村内のみで行いました」なんてバカにしているのだろうか。これがまあ、他の人の弔事だったらまだわかる。釈然としなくても受け入れられる。でも。 佐羽は人生のほとんどを実家ではなく、村長宅で過ごしていた。各種都合で実家よりも村長宅のほうが、佐羽にとっては比重も重ければ思い入れも深い。なのに。 なのにその、先代村長が。 佐羽にとっても祖父のような人だった彼が。 そんな人が死んだのに、まるっと無視されてきれいさっぱり忘れられて、季節がひとつ過ぎ去ってようやっと、しかも手紙ひとつで片付けられたのが。 親友が傷ついて苦しんでいたのに、こんな愛想のない手紙ひとつで終わらされてしまったのが。 それがたまらなく、悔しかった。 ● 空き家の屋根の上で、佐羽は膝を抱えて丸くなっていた。眼下に広がる森の木立の隙間から、たぬき小屋が見て取れる。佐羽がこの町に来たばかりのころ、あのたぬき小屋を作ってくれた開拓者がいた。あのときは母親たぬきに子だぬき四匹の家族だったのに、今はもう子だぬきはみんな大人になってそれぞれの家庭を作っている。今小屋にいるのは子だぬきのうちのどれか一匹と、その伴侶と子供だろう。野生だからこういうふうに遠くからしか、見られないけど。 それでもたぬきたちのほうがよっぽどしっかり生きているのだ。行き詰って身動きが取れなくなって、どうしていいかわからない佐羽よりもよっぽど。 「あたしどうしたらいい……?」 染否の人間は無意味に厳しいわけではない。自分の仕事の効率ややりやすさを考えるから、不必要なものを取り込もうとしないだけだ。機能的、と言ってもいいだろう。人の情を重んじる故郷とはずいぶん違う。 その違いに慣れたはずだった。その違いを理解しているはずだった。けれど叩きつけられた現実が、その機能的な仕組みの中に入ろうとすると拒否されることが、つらい。 お前は必要ではない。むしろ有害だ。――そう、言われているようで。 (あたしはどこに行き着くんだろう。……流和ちゃんだってあたしを呼び戻してはくれなかった。あたしを頼ってくれなかった……。おじさんの店を繁盛させる案だって、ないし。あたしは何も持ってない) 足元が崩れていく。自分の存在の不確かさに怖くなる。 ――あたしはいなくてもいいんじゃないの……? くぅ、とお腹が鳴った。 思わず膝に顔を埋める。 「おなかすいた……せつないよぅ……」 おなかがすいて、すいてたまらない。 最近まともな大人一人分の食事しかしてないし。売れ残りの商品は食べるけど。 だってお店も儲かってるわけじゃないし。 実家に居たころから家族と食事するときは一人分しか食べてなかったし。 我慢することは慣れている。我慢、我慢……。 あちこちの家から夕餉の支度をしているらしき、煙が立ち上っていた。 炊き立てのお米のあたたかい香り。 きゅう。 「せ、せつない……!」 最後に山ほどおにぎり作ったの、いつだっけ。 豚汁食べたい。野菜の皮じゃなくて実が食べたい。そんな贅沢がしたい。白いご飯にさばの味噌煮をかけて食べたい。普段から白米とか町にいるからこその贅沢だよね、実家じゃ玄米だけだし! ほっかほかで甘いご飯に甘辛くしたさばの味噌煮。たっぷりの白髪ねぎ乗っけて。それから赤カブの甘酢漬けがあったから、それを出して。お豆腐で冷奴もしよう。口直しにいいと思う。かぼちゃをことこと、醤油とお酒とみりんとお砂糖で煮込んだ、ほっくほくの煮物をたっくさん作ろう。竈にはどの順番で何載せようかな。最初はご飯炊く土鍋乗せて、ああ、おでんで使った野菜の皮も使わなきゃ。きんぴらと、えーと……ほそーく千切りにしてお好み焼き! お好み焼き食べたい! 確かソースあの店に売ってた!! 昔食べたあのお好み焼きの味が忘れられない……! 表面がかりっとしていて、ソースが濃厚で、あああああ。春菊のほろ苦いお浸しとかあれば最高だよね……! 食べたい食べたい食べたい食べたい……! 「そ、そうだよ。もともとあたし、食べたいから作りたいんだよ……! 他人の目とかすごい関係ない!」 振り切れた食欲はさまざまな感情も一緒に吹っ切った。蹴散らしたと言ってもいい。 流和はあれで意外と繊細だが、佐羽はわりかし精神構造が頑丈である。悩んでいても明るく振舞えるし、深刻になっても最終的に自力で這い上がれる程度には打たれ強かった。ぶっちゃけ何も解決していないとしても。 「よし、今晩は気が済むまで食べるっ! おじさんに遠慮するのはちょっとお休み! 食べてから他の事考える!!」 そうと決まれば買出しだ。佐羽は立ち上がり。 「……あたし、どうやってここに登ったの?」 降りられない。 カア、と鴉が茜空を横切った。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
針野(ib3728)
21歳・女・弓
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
カチェ・ロール(ib6605)
11歳・女・砂
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
麗空(ic0129)
12歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● 槌音を響かせて破損箇所を補修し終えると、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)はふう、と息をついた。 「助かりましたわ、玖雀様」 「いやいや、なんの。しかしすげーな、あっというまに」 「自分で作ったものですから…」 たぬき一家をまるごと抱えた玖雀(ib6816)は、一匹ずつぽいぽいと小屋に戻す。ふと懐かしんで顔見せたはいいものの、野生動物がにこやかに出迎えるわけがない。わかっちゃいたけど。あいかわらずこてっと気絶したたぬきーずを抱えていたところ、マルカが資材を抱えてやってきたのだ。たぬき持ち係とたぬき小屋係は素敵な役割分担のもと、それぞれの任務をまっとうした。 その任務も無事終わったため、最後の一匹を戻そうとしたとき。 「針野さーん。助けてー」 間延びした声がどっかから、聞こえた。 「佐羽さん、あんな所で何してるんでしょう?」 それを見つけたとき、カチェ・ロール(ib6605)が取った行動は直裁的だった。 よじよじと窓の桟やわずかな出っ張りに手足をかけて、茅葺屋根の下に手を突っ込んで骨組みを掴み、身体を持ち上げよじ登る。 「どうしたんですか、佐羽さん」 「カチェちゃん! わー久しぶりー! そのう…」 おりられない。 カチェも自分の登ってきたところを見た。 「…カチェも降りられません」 山にしろ木にしろ、登るほうが安全で簡単なのだ。 「カチェは飛び降りても、何とか平気そうですけど。佐羽さんはどうやって降りましょう」 「えへー…。…ん? あの髪の毛…、あ、もしかして」 真っ青な髪に日焼けした肌。どちらもここらではあまり多くはない。 やっほー、とばかりに手を振ると、目の上に手を翳して、んん? と屋根の上を見上げる針野(ib3728)。 「おろ、何だろ。屋根の上に人が…あれ、あの女の子、どこかで見たことあるよう、な?」 …。 ……。 ……!? 「うおっ、さささ佐羽ちゃんじゃないっさね!?」 「針野さーん。助けてー…」 「なんでそんなトコに…っていうか降りられないん? ちょ、ちょっと待っとって。登る時に使った足場とかないか、周囲を調べてみるんよ」 慌てて家のまわりを確認する針野。しかしまともな足場は桟とか出っ張りとかそれくらい。 大工道具抱えたマルカと、戻しそびれのたぬきを一匹小脇に抱えた玖雀がやってきた。 「…まあ。佐羽様、ロール様。もしかして」 「カチェまで降りられなくなっちゃいました」 「では足場になる物を探しますわ」 「なんかありそうなん?」 「ガラクタならあると思います」 ● 染否の町並みを歩くと、思い返す少女がいる。明王院 未楡(ib0349)はとても、気になっていた。 (佐羽ちゃんは元気にしているでしょうか…) お母さん体質な未楡としてはいろいろ心配だ。 (そうですわ…お茶会なんていいかもしれませんね。 何時も誘って下さる綴さんも、日頃のお礼を兼ねて今度はお誘いして…) ただ長屋は長屋でしかない。佐羽の胃袋を考えると…無理だ。色々。オーブン完備な綴の自宅のほうが何かと利便性が高い。 「まあ。お久しぶりです、未楡さん」 すっかり薔薇も散って寂しくなった庭を抜けると、庭を片付けていた綴がいた。 「こんにちわ、綴さん。実は少しご相談があるのですが…」 台所の借用とお茶会のお誘いをすると、綴は少し不安そうな顔をした。 「台所は使っていただいて構わないのですけれど…」 「ご予定でも?」 「いえ…、…そう、ですね。未楡さんと佐羽ちゃんがいるのなら、行きます」 ● 町外れにさしかかった麗空(ic0129)は、高く結わえた黒髪を見つけて進路を変えた。 ほどよく次の食事を待ち望む胃袋、プラス、いっつもおいしいものくれる人発見。イコールぱたぱたと走り寄る。 数式のように決まりきった不動の選択肢であった。 「くじゃくだ〜」 服の裾を引っ張る、のを間違えてたぬきの尻尾を引っ張った。 びびびびび、と手足を伸ばしきってキュー! と鳴く。痛いというよりびびった。びびると当然気絶した。だらんと手足尻尾が垂れ下がる。 「あー…。スマン」 麗空にかたぬきにか謝る玖雀。きょん、と尻尾を掴んだ手を見る麗空。もこもこだった。 「ここでいいさー?」 「ありがとうございますわ」 空き家の軒下では針野とマルカが家の中から壊れたたんすだのなんだのを引っ張り出し、積み上げていた。 「たのしい〜?」 見上げて問いかけると、佐羽は少し悩んで。 「え…えーっと…みんないるから楽しいかも。おなかすいたけど」 麗空の胃が応えるようにくきゅるぅと鳴る。 「ん〜、おなか、すいたね〜」 「食うか?」 ごそごそと玖雀が取り出したのは練り菓子。ちなみにお手製。麗空の口にひとつ入れてやり、マルカと針野にも渡す。 「食いもんを投げるのはあれだが…」 降りてくる間に空腹で眩暈がしても困るし。ほいと投げればカチェがしっかり二つ受け取って佐羽と食べる。 「ごちそうさまです」 「ありがとー玖雀さん! わー、お茶淹れたくなるね!」 もはや半分、遠足気分であった。 作ってもらった踏み台を伝ってなんとか佐羽が、そのあとに身軽にカチェが降りてくる。 「お騒がせしました! お礼って言ったらなんだけど、うちでお夕飯食べてってくださいー」 針野が屈託なく頷いた。 「ぜひ喜んで! あ、わしも何か作ってええかな?」 「もちろんです! えーと、まず買出しかな」 「荷物持つの手伝うんよー」 「女に重い荷物持たせるわけにはいかねぇし、買出しいくなら付き合うぜ?」 「あ、ありが…」 とう。言いかけて佐羽は小脇に抱えられたままのたぬきに目をとめる。 改めて玖雀を見上げた。 気まずげに目がそらされる。 「今。食材ー? って考えたー!?」 「冗談だ、冗談。食ったりしねぇよ! 多分」 「信用なりません! マルカさん、ちょっと見張っててー!」 「まあ。お任せください…と言いたいところですが、綴さんをお誘いしようかと思っておりましたの」 「わぁ、さんせーい! えーと、じゃあ」 佐羽は麗空に目を移した。仲よさそうだしストッパーになってくれないかな! と期待したところ。 何を思ったか、じっとたぬきを見つめて棍を取り出した。 「たぬき〜…にく〜…?」 「あー、これはダメ。他にもっと美味いの食わせてやるから。な?」 玖雀がやんわり阻止する。麗空はおとなしく棍をしまい、手を伸ばしてたぬきを要求した。 「もこもこ〜」 玖雀はその腕の中に気絶したままのたぬきを渡してやる。 「たぬき〜、ぬくぬくだね〜」 ほー、と佐羽が胸をなでおろし、くるりと振り向いた。 「針野さん、見張りよろしく!」 「え? うーん、構わんよー」 「やった!」 だめって言われているのに食べるわけないだろうと思いつつ、針野はよろしくと目で挨拶した。玖雀はそれに小さく笑って応え、 「ほれ、町行くからたぬきは返そうなー」 「おうちにかえすの〜?」 「そ。来るか?」 「いく〜」 そうして二人(と見張りの針野)はたぬき小屋のほうへ。 「どうしてまた、屋根に登っていたのですか?」 マルカが尋ねると、佐羽は照れたように事情を話した。 ● 材料調達のため店先で値切っていると、聞き覚えのある声がした。 「そこのさばください!」 「あら、佐羽ちゃん。皆さんも。…あらあら、ちょっと痛んでいますね」 「未楡さん!」 「よ」 玖雀が片手を上げ、未楡も微笑み――値切りにかかった。夕方なのでいろいろ有利。 安く買い叩いたさばを玖雀が持つ。 「ありがとうございました、未楡さん。あの、もしお暇だったらお夕飯どうですか?」 オーブンから甘くやさしい香りが漂ってきた。焼け上がるまでもう少し。 これからを乗り越えるために。胃袋も心も満たせるように。 楽しかったケーキ作りのときの、チョコケーキ。 焼き上がりを待ちながら、丁寧にテュルク・カフヴェスィを使ってティラミスを作った。 ● マルカは綴に会ったあと、飲食店を回った。 「一度佐羽様の料理を食べてみて欲しいのです」 「駄目だ」 「他人が頭下げてどうなるってんだ」 「方向性も定まっちゃいない、何がしたいんだかもよくわからねぇ、うちで面倒見る必要がどこにある」 たくさんの否定を聞いた。 それでも信じた。 諦められなかった。 やがてひとつの料亭で、昆布の薫り高いにおいの中で店の主人はぽつりと言った。 「あんたやあの子みたいな、まともな子は見ていてつらい。 どこも雇わないだろうさ」 「どういう――」 「性格が合わねぇ。…あの子は去名の気質だ。染否にゃ合わんよ。お互いつらいだけだ」 ● 「懐かしいなー」 「わしも思い出したんよー、初めて会ったときに作ったなぁって。 あの時はお米に醤油少々ときのこ、切込みを入れた昆布だけだったから、もう少しちゃんと出汁や味付けをしっかりするのと、歯ごたえの楽しめそうな野菜を刻んで加えるんよ」 「わー、おいしそう!」 互いにいろいろ話して、そして話題は前村長の件に移った。 「…わし、それ初めて聞いたんよ」 「…針野さんも?」 「出来事が大きすぎて流和ちゃん中で何かが変わったのかもしれんし、連絡の寄越し方が淡白で、佐羽ちゃんが不安になるのも当然だと思うし」 「ですよね! もー! …もー!」 にじむ不安。うぐ、と針野は詰まった。難しい。 「…やっぱり、顔と顔を合わせて物申さないと始まらないような気がするさー」 「顔…」 「もし衝突や戸惑いがあったとしても、二人とも食べることが好きだって根っこは変わらないだろうし。 こうやって美味しいものをたらふく食べて、それで仲直りができればええなァ、と思うんよ」 「…喧嘩、してるのかなぁ」 「行き違いはできてるさー」 「そっか。…行き違ってるのかぁ…」 ざくざくてきぱきと玖雀はさばを処理して野菜を切り分ける。愛用の泰包丁でかぼちゃもすっぱり。 隣でにんじんを切っていた麗空は、むしろ自分の指をすっぱりやりそうな手つきだった。 「麗空…大丈夫かよ、おい」 ひたすら不安だ。とにかく不安だ。何気に切れ味いいし、この家の包丁。カチェもキャベツを千切り。こちらはお好み焼きだ。 だんだんいい匂いがあちこちから。 「んむ…がまん〜…」 空きっ腹にこれはつらい。涎が口からだらーっと。 「これ、何〜?」 カチェががりごり薬味のゴマすってたすり鉢に手を伸ばす。 さーっと青ざめる玖雀。 「いいから麗空はそこに座って見とけ!」 ひょいと放してひとまず豚汁の味見係に任命した。 「いいにおい〜」 「おい佐羽、そっちも味見できるもの持ってきてくれ」 「はーい。お煮つけー」 しかし、まあ。 「何だかすごく沢山のお料理が出来てます。全部食べ切れるでしょうか」 カチェはちょっと疑問だった。 ● 食事が整う頃にはマルカと未楡、少し緊張気味の綴もやってくる。 「デザートに出してください」 「未楡さん…!!」 プリャニキ、クリスマスプディングといろいろ詰め合わせて持ってきてくれた。 「揃ったなー。よそうぞ?」 「よそうよ〜」 夕飯、いただきます。 佐羽の話を聞きながら、でもカチェも自分の中で整理しきれていなかった。 「流和さんも、すごく色々考えていたみたいですから、きっと忘れていたとか、そう言うんじゃないと思います」 「そーかなー」 「流和ちゃんも、迷い、悩みながらも歩み続ける決意をしたところです。 もしかすると二人にとって、そう言う時期が来たのかもしれませんね」 未楡が優しく言葉にする。 「…そっかぁ…」 玖雀には確実に安全なものを食べさせたい人がいた。 料理をするようになったのはそのためだった。 武だけでなく、食においても守りたかった。 (我が君が花開くように笑って俺の料理を食うことはもう無いけれど) 一番食べてほしい人にはもう。 「…美味いか?」 「うん!」 「おいしいよ〜」 ふっ散らかして食べながら麗空も答える。尋ねた玖雀はふふ、と微笑んだ。 手酌で酒を飲みながら、ほどほどに取り分けた料理を口に運ぶ。 「ああ、おいしい。幸せ。きのこご飯……懐かしいよう。豚汁最高」 うっとり。 食べるより見るほうが好き、それは玖雀に限った話でもなく。懐かしさと嬉しさにマルカもにこにこしていた。 (そう、わたくしはこのお食事振りが大好きなんですわ!) 佐羽は味わってるのにみるみる消えていく料理。ばくばくばくと次々豪快に、あればあるだけ食べる麗空。 「まあ、懐かしい」 「ちょっと改良してあるさー」 「おかわりはどうですか?」 「「はーい」」 お櫃のそばで気を配る未楡。お茶淹れますね、と綴が席を立った。 「ほら麗空、口の周りついてる」 「ん〜」 かいがいしく口元をぬぐってやる玖雀。佐羽と麗空がきれいさっぱり何もかも最後にはたいらげて、お皿はどれも空だった。 タルトは懐かしい味がした。ティラミスのほろ苦さがちょっとじんわりした。とろんと甘いチョコプリン。デザートもみんな素敵で。 「ああ幸せだった…!」 麗空も空腹が満たされて満足だ。佐羽を見上げる。 「…め、まっかっか。…いたい〜?」 「う。ん、大丈夫!」 ぐっと拳を握る佐羽の頭をなでなで、小さな手が撫でる。 そこではじめて、佐羽は麗空が獣人だと気づいた。尻尾がくるりと腰に巻きついている。 「さみしいときはね〜、あったかいとこにいなきゃなんだよ〜? ババが、言ってた」 「ん。うん…そうだね」 あったかくておいしいところは、幸せだね。 ● マルカの報告に、佐羽は唖然とした。 「あたし性格で落とされてたの!? 去名ってうちのことじゃん!」 「目標が明確ではなかったのもあるようですが…、最終的には」 「…さすが染否。想像の斜め上だ…」 胃袋を満たすことは心を満たすことに似ている。 楽しいおしゃべりの時間は食事に似ている。 「じゃあそもそも弟子入りするのに無理があったんだ…。うっわぁ…。マルカさん、ありがとう。きつかったでしょ? なんていうかほんとありがとう…。すごいありがとう…」 「いい報告ではなくて申し訳ありませんわ」 「いやいやいや。すごく助かる。師匠以外の手考えなきゃだー…」 「弟子にして貰えないなら、見よう見まねで盗むとか。 職人さんは、教わるのではなく、師匠の技を見て盗むらしいです。 下っ端とか雑用からでも、色々覚えて、出来る事が増えれば、ちゃんと修行になっていると思います」 カチェが言う。きらりと佐羽の目が光った。やりようはある。なんたって味覚だけは自信があるのだ。 「カチェも、今はまだ修行中なのです。自分の仕事の責任が取れるようになったら、一人前らしいです。 『持てる』じゃなくて、『取れる』らしいです。でも、カチェにはまだ違いが分らないです」 「…あたしにも難しい」 「少しずつですよ、お二人とも。 これは少し早いですがクリスマスプレゼントです」 「わー、かわいー!! ありがとう、未楡さん!」 洋食の道を暗示したエプロンドレス。わたくしも、とマルカが希儀料理の本を渡した。 |